SAO-銀ノ月-
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第百一話
『どれ。踏み潰してやるか――』
プレイヤーショップに携わる者としては、反応せざるを得ない宝の山にまみれた広い部屋。エクスキャリバー入手クエストにおけるダンジョンの最下層にて、遂に俺たちは霜の巨人王《スリュム》と対峙していた。恐らくはこのクエストのラスボスであろうソレは、まるで山のような大きさで俺たちを睥睨していた。浮遊城というその特性上、あまりにも巨大なサイズという訳ではなかった、かのアインクラッドのボスとは違い。見上げなければならないほどの身長の違いから、まさしく真に《巨人》と呼べる存在だった。
『おや。そこにいるのはフレイヤ嬢ではないか。儂の結婚相手になる決心がついたのか?』
「けっ、結婚相手だぁ!?」
そんな筋肉隆々とした肉体の上から俺たちを見下ろすスリュムだったが、俺たちの背後にいたNPC《フレイヤ》を見据えた。見事に生えた髭をさすりながら言い放ったそのセリフを、少し離れた距離にいるサラマンダーのサムライが過敏に反応する。
「何を世迷い言を。こうなれば我が宝、力ずくで奪い返すまで!」
そんなフレイヤの雄々しい否定の意味を込めた宣言に、俺は僅かながらこのNPCたちのバックストーリーを理解する。お宝をスリュムに奪われたフレイヤは、取り戻そうと単身乗り込んだが、それは適わず捕まってしまったのだろう。こうなればパーティーメンバー皆が危惧していた、後ろからあのフレイヤに襲われるという心配はなくなったらしい。
『気丈な奴よ。ならば力ずくで儂のものにさせてもらおうか』
「フレイヤさんをお前なんぞに渡すかゴルァ!」
サムライが一歩前に出るとともに、その戦いは開始された。白い髭をさすっていたスリュムが手を離し、その腕を準備体操の如くグルグルと腕を回す。そのままゆっくりと歩を進むスリュムに、俺たちも総員でそれぞれの武器を構えた。
「スリュムにフレイヤ……うーん……」
「みんな! ひとまずはユイの指示を聞いて、とりあえず攻撃パターンを探ってくれ!」
このゲームの大元となった北欧神話に詳しいリーファの呟きは、近くにいたメンバー以外には、キリトからの伝達で遮られ。タイムリミットもあるため、あまり時間のかかる戦い方は出来ないが……全滅してしまっては元も子もない。慎重策を取るキリトの指示にパーティーは従いながら、ひとまずはスリュムの動きを注視する。
『そぉら!』
「皆さん! 別れてください!」
スリュムが最初に放った攻撃は、そのグルグルと回していた腕による一撃。ただ拳を振り下ろしただけだったが、それだけでも高位魔法と同程度の範囲を誇っていた。地震のような効果もプラスされ、ユイの警告がなければ、それぞれに別れて避けることは出来なかっただろう。
「ちぇいさ!」
「今のうちです!」
さらに追撃を加えようとしていたスリュムだったが、その眼前を黒い霧のようなものが覆う。その正体はノリの幻惑魔法であり、下級魔法故に効果持続時間も一瞬だったが、それだけあれば充分だ。同じ方向に逃げたメンバーたちで即席パーティーを組み、スリュムを囲むような陣形の、三つの集団を完成させる。
その中でも後衛組だったメンバーから、ひとまずシノンの矢やレコンの闇魔法の弾幕が飛ぶ。しかしスリュムにとっては蚊に刺されたようなものなのか、まるで効いていないようであり。ただ、ターゲットをそちらに移すだけで終わる。
「後ろに」
スリュムが本当に虫を払うように手を払うと、暴風雨のような旋風がフィールドに発生し、シノンたちがいるグループへと突風となって襲いかかる。それはテッチが大盾により、それ以外のメンバーはテッチを盾に見立て、吹き飛ばされないように持ちこたえ、旋風によるダメージは即座にシウネーが回復する。
「雷よ!」
攻撃魔法を得意とするメンバーはテッチの後ろに固まってしまったが、そこ以外の場所から紫電の雷光がスリュムを襲った。フレイヤが放ったNPC特有の高位魔法であり、それとともにクラインの斬撃がスネを切る。スリュムがターゲットをクラインに変更しようとした瞬間、反対側から俺たちのグループ――というかリズが飛び出し、その小指に執拗にメイスを叩き込んだ。
さらにシノンの爆発を伴う矢が顔面に直撃し、ユイの誘導によって三分割されたターゲットに、スリュムは一瞬だけ攻撃目標を見失う。足元のゴミを払うような蹴りは放たれたが、近づいていたリズにクラインも、いつまでも同じ場所に留まっているわけもなく。
「うぉぉぉっ!」
そのスリュムの一瞬の逡巡に対し、キリトとリーファが懐に飛び込んだ。邪神級ボスの名に相応しいスリュムでさえ、幾分かの怯みを与えるソードスキルを兄妹で叩き込み、その隙にメンバーの一斉攻撃が加えられた。
『小癪な!』
メンバーの人数に任せた袋叩き。特にスリーピング・ナイツのメンバーの、集団での戦闘における熟練度は見事の一言だった。そしてこのような事態に陥った大型ボスは、大抵の場合広範囲攻撃を行うか、もしくは――
『現れろ!』
――手下のモンスターを呼び出すか、だ。
床から現れる氷で出来たドワーフ。斧を持った猪のような獣人が、スリュムの足元から俺たちに襲いかかる。……が、その左胸に素早く火矢が直撃する。
「ナイスです!」
ステータスを上げる支援魔法を唱え終わったシリカが、氷で出来たドワーフが出現した瞬間に、見事な精密射撃をくらわせたシノンに声援を送る。ノリが撃ち漏らしたドワーフを坤で砕きながら、さらに攻撃を加えようと接近するが……スリュムの右足のスタンプにより、フィールド全域を地震が襲う。
「っつ……!」
翼を使えない俺たちにとって、その大地に語りかける技を避ける術はない。一瞬だけ動きを封じられた後、スリュムはさらにその両腕を力任せに振り回していく。
「きゃぁっ!」
何とか各々の武器でガードはしたものの、その圧倒的な質量に抵抗も出来ずに吹き飛ばされ、ダメージとともに宝の山にぶつかってしまう。ただ離れていた為か魔法使いたちがいる部隊は巻き込まれておらず、シウネーとアスナの魔法により回復される。
ただ、放たれた回復魔法は一気に全て回復する訳ではなく、徐々にHPゲージを回復していくタイプ。すぐさま攻撃に転じる、という訳にはいかず。追撃で放たれたブレスを避けながら、ひとまずHPゲージの回復を待つ。
「んの野郎ぉ!」
いち早く攻撃に戻ったクラインの炎を伴った刀が、スリュムの毛皮を纏った足を切り裂いた。その一撃は毛皮によって大幅に威力を減じたものの――確かな手応えをスリュムのHPゲージに感じさせた。
よってスリュムの弱点は炎による攻撃。霜の巨人、などという名前もその弱点から頷ける。右足のスタンプ攻撃を範囲外に離脱することで避けながら、近接攻撃組が接近する。
ただ問題なのは、スリュムの足を覆っている毛皮。それは物理ダメージを大幅に減じていたが、近接攻撃は毛皮で覆われた部分しか届かない。そこに魔法による援護射撃が届き、近接攻撃組が攻撃しようとしていた毛皮に放たれる。
「今だ!」
放たれたのはレコンの闇魔法。ダメージはないが、当たった部分の装甲を腐食させる効果を持つ。魔法のエフェクトが終わったスリュムの足には、溶かされたように毛皮の存在はなく。剥き出しの素足に、炎を伴ったソードスキルの一撃が殺到する。
『ぬぅっ……!』
弱点による連撃によってスリュムにのけぞりが発生し、再びソードスキルと魔法が叩き込まれる。特にフレイヤの紫電の雷を含めた、顔面に浴びせられる魔法と矢は堪えるようで、スリュムは遂に獣のような咆哮をあげた。
「パターン変わるぞ! 一旦下がれ!」
HPゲージを一定数削った咆哮と新たな技の解禁の証に、素早くキリトの指示が飛ぶ。近接攻撃組はその指示に従って深追いすることなく、素早くスリュムから離れていく――つもりだったのだが。
「あ、あれ……?」
離れようとしているにもかかわらず、何故かスリュムへと寄っていってしまう。その正体はスリュムが大きく息を吸ったことで生じていた、圧倒的な吸引力を誇る疾風。ゴミどころか家ごと吹き飛ばしそうな、そんな風に近接攻撃組はスリュムに引き寄せられてしまう。
「皆さん! 防御してください!」
「防御してくださいって言われてもねぇ!」
風圧に吸引されて自由を失いながらも、律儀に全体攻撃の警告をするユイとリズの逆ギレが響く。そんなさえずりを聞きながら、スリュムはゆっくりと右足を上げると、俺たちをまとめて踏み潰さんと迫る。
「ピナ! バブルブレス!」
「えぇーい!」
いち早く風から脱出していたらしいピナが、シリカの指示に従ってスリュムの顔面に泡を吐いていく。それにスリュムが一瞬怯んでいる間に、リーファと後方のレコンが放った風が放たれ、スリュムの吸引力を伴う風を打ち消した。一目散に逃げるメンバーの後方で、スリュムの足が振り下ろされる。
「うぉっ!?」
後方の地震に足を取られながらも、とにかくスリュムから離れ。安全な距離までたどり着きひとまず反転すると、氷のドワーフが出現とともに狙撃される瞬間を目撃した。適当な撃ちもらしを片付けながら、再びソードスキルを叩き込まんと接近した瞬間、スリュムが再び大きく息を吸う。吸引力を発生させる風ではなく、一直線に放たれる衝撃波ブレス。
「よっしゃあ!」
シノンたちに放たれた衝撃波ブレスはテッチが防いでくれたが、その衝撃波はフィールド全域に伝播していく。予想外の方向から放たれた攻撃を防ぐと、再びスリュムが大きく息を吸っていた。
「前のブレスと違います! 皆さん避けてください!」
再び衝撃波ブレスとばかり思っていた近接攻撃組に、間に合わないタイミングでユイの警告が響く。スリュムが放ったブレスは一直線に放たれる衝撃波ではなく、周囲に放たれたのは冷凍ブレス。それに直撃したメンバーの、武器を構えたままの氷像が完成する。
「くっ!」
ブレスを切り裂いた俺はその範囲外から素早く抜けると、同じく免れたらしいキリトにルクスと合流する。氷像に殴りかかろうとするスリュムの喉元に、弓矢の火線を撃ち込むソードスキル《エクスプロード・アロー》が命中した。目に見えてHPゲージが減ったスリュムは、その怒りのままにシノンに向かっていく。
「この隙に……!」
「剣士様!」
シノンがスリュムを引き寄せてくれた隙に、回復とみんなの救出を済ませようと思った瞬間。アスナたちといた筈のフレイヤが、俺たちの目の前で語りかけていた。
「このままでは、スリュムを打倒することは叶わないでしょう。ですが、私の宝物に隠された真の力があれば……」
「し、真の力……?」
恐らくはこの部屋中に散らばった宝の中に、フレイヤが探している宝物とやらもあるのだろう。ここに来て戦力が増えるのは、もちろん残された時間としてもありがたい。迷ってる暇はないと、三人でそれぞれの顔を見渡した。
「よし……俺はユイと宝物を探しに行く! だから……」
「俺はシノンを助けに!」
「私はみんなを助けに行こう」
リーダーであるキリトの指示を聞くよりも早く、三人でそれぞれの役割分担を決める。その答えにキリトも頷いて、三者三様の方向へ飛び出した。シノンは見事な身のこなしで逃げ回っていたが、それも長くは保つまい。
「やぁっ!」
……とはいえ。シノンを追うスリュムの前に、青色の髪をたなびかせたアスナが立ちはだかった。左手に杖を持ってスリュムの足を凍らせ、足止めした瞬間に右手の細剣が繰り出された。火力は少なくスリュムには通じないが、とはいえ足止めには成功する。
「……いらないんじゃないか、これ」
「なーに馬鹿なこと言ってんのっ!」
アスナの獅子奮迅の活躍につい出た言葉に、何故か離れた距離から聞こえたらしいリズからの叫びが飛ぶ。どんな地獄耳だ――と思いながら、俺は日本刀《銀ノ月》の柄を握る。上体を落として疾走して勢いをつけて跳躍、スリュムの背中に向けて抜刀術を叩き込む。筋肉の鎧を斬り裂く一太刀は、スリュムの背中に消えない傷を作る。
『ぬっ!?』
「こっちだ」
スリュムがこちらの一撃を気にして後ろを向いている間に、俺は既にスリュムの肩に乗っていて。目の前にボサボサと広がる白い髪に掴まると、その首の後ろに日本刀《銀ノ月》を深々と旗のように突き刺す。スリュムが痛みで暴れまわる前に、掴んでいた髪の毛を力任せに引き抜いた後、空中をクルクルと回転しながら落下する。さらに腰からあるアタッチメントを取り出し、落下しながらそれを眺める。
「ここら辺り……か!」
落下しながらタイミングを合わせて、先程背中を斬り裂いた場所に日本刀《銀ノ月》を突き立て、落下を途中でキャンセルする。痛みで暴れるスリュムを日本刀《銀ノ月》にしがみつきながら、吹き飛ばされないように耐えると、スリュムが今どうなっているか考える。人間で例えるならば、手の届かない背中に針が刺さっているような。
そんな状態では、暴れまわるのも頷ける。蹴りとともに日本刀《銀ノ月》をスリュムの背中から抜くと、落下しつつ縦一閃に斬り裂いていく。
「っと」
スリュムの背中に切り傷を作りながら、腰を落としてゆっくり悠々と着地すると、スリュムがこちらを向いて睨みつける。両腕を振り上げてパンチ連打の構え、その隙に日本刀《銀ノ月》の柄にアタッチメントを取り付ける。
ずっと使うタイミングを逃していたが――ソードスキルを使えない自分のために、リズとレインによって改造された新生日本刀《銀ノ月》。その正体はレインのデフォルメされた似顔絵が書かれた、簡単に持ち運べるサイズのアタッチメント。それを柄の内部に入れることで、効果を発揮する。
「っせや!」
取り出していたアタッチメントを柄の内部にセットし、スリュムの迫る両腕に日本刀《銀ノ月》を振りかざす。本来ならば圧力と質量の違いから、斬り払うとかそのような次元ではないが――スリュムの拳を切り刻み、自分の横の床に腕は炸裂する。
――その日本刀《銀ノ月》の刀身には、水が纏わりついていた。
「よし……」
新生日本刀《銀ノ月》の能力は、俺に使えないソードスキルの補完をするもの。新生ALOのソードスキルに追加された属性という概念を、日本刀《銀ノ月》に取り入れること――
――つまり。全ての属性の力を、刀身に纏わせることが出来る、と。地、水、火、風、闇、聖。それぞれの属性とその能力が、日本刀《銀ノ月》には時間制限付きで付与される。
よって。どんな衝撃だろうと壊れない流水の力を得た刀身は、スリュムの拳だろうと受け流した。
「……いい感じだ」
出来栄えに満足しながらも、柄から《流水》の力を得るアタッチメントを排出すると、新たなアタッチメントを差し込んでいく。すると刀身には《業火》の力が宿り、スリュムの弱点であるその属性による一撃を拳に見舞う。
一閃。床に斬り払われていたスリュムの右の拳が、一瞬の閃光とともに右腕と離れポリゴン片と化す。拳を失ったスリュムの手からは血こそ出なかったものの、そのHPゲージを大幅に減少させるという結果に終わる。
『キサマァ――』
「まだ全部試してないが……もうごめんだ」
柄から《業火》のアタッチメントを排出して腰にしまい、高速移動術《縮地》でスリュムの狙いから逃げる。ここら辺りが限界だと言わんばかりの逃亡に、スリュムは俺の姿を探すものの、その顔に爆撃のように矢と魔法が浴びせられた。
……いや、それだけではなく。黄金色に輝く巨大な鉄槌が、スリュムを正面から捉えていた。
「ん……?」
あくまで魔法使い組の攻勢までの準備時間と、キリトの宝物を探すまでの時間稼ぎ。最初からそのつもりだが、まさかそんな時間稼ぎが何を巻き起こしたのか。
「んん……?」
『卑劣な巨人めが……我が宝《ミョルニル》を盗んだ報い、受けるがよい!』
むしろスリュムと見紛うような、雷光を全身に纏った巨人。右手に鉄槌を構えたその巨人の名は、パーティーメンバーの《フレイヤ》と入れ替わるように、《トール》と刻まれていた。
『小汚い神が……アースガルスに送り返してやろうぞ!』
残った腕に氷の斧を出しながら、スリュムとトールは俺たちを気にせず殴り合いを始めていく。どういうことかも分からずポカンとしていると、キリトたちが駆けつけてくる。
「その……キリト」
「……簡単に言うと、フレイヤさんはあのオッサンが化けてたんだ」
出来るだけクラインを見ないように説明するキリトに、こちらも――いや、他のメンバーも――クラインの方を見ないようにしながら。どこか何とも言えない雰囲気が支配していたが、とりあえず何が起きたかは大体分かった。
「そんなことより……今のうちに一斉攻撃だ!」
「お、おう」
今ならトールに意識が向いているため、踏みつぶさなければソードスキルは狙い放題だ。近接攻撃もこなせるアスナとレコンも剣を構え、シウネーの援護とともに総員でスリュムに接近する。
「ぬぉりゃぁぁぁぁぁぁ!」
……クラインの一際大きい叫び声とともに、全員のソードスキルがスリュムに叩き込まれる。まだHPゲージは大分残ってはいるが、このタイミングで倒すと全力をぶつけていく。
『うっ、ぬぐっ……』
トールとメンバーの怒涛の連続攻撃により、遂にスリュムは膝を着く。スタン反応を起こしたスリュムの眼前に、《スキルコネクト》を温存したキリトと、柄に新たなアタッチメントを装着する俺が接近する。選ぶアタッチメントの属性は光――《閃光》。
『地に返るがよい! 巨人の王めが!』
『ぐ、おおお……ふ、ふふ。今は勝ち誇るがいい羽虫ども……だが、奴らこそが真の、しん』
キリトの連撃と閃光の刃はスリュムを貫き、トドメとばかりにトールの右足が踏み潰す。凄まじいエンドフレイムが巻き起こり、氷の欠片となって宝物庫に静寂を招く。
「ふぃー……」
リズの何とも言えない吐息がその沈黙を破ったが、まだメンバーに緊張は続いていた。何しろ、目の前にまだスリュムと同程度の巨人がいるからだ。件の巨人――トールは、数歩歩くと俺とクラインの姿を見下ろした。
『妖精の剣士たちよ。貴君等のおかげで助かった』
そう言い放つトールの姿が徐々に消えていき、俺とクラインの手に光とともに武具が出現する。フレイヤとなっていたトールを助けたクラインはともかく、自分は……スリュムの拳を切り落としたか、それともラストアタックだったか。何にせよ、クラインとともにその光を掴むと、トールはニッコリと微笑んだ。
『正しき戦に使うがよい……さらばだ』
その言葉とともにトールは完全に姿を消した。掴んだ武具から光がなくなっていくと、二人が手に入れた武具の姿が露わになる――その姿は一目だけでも、伝説級の武器と分かる代物で。
「……伝説級武器ゲット、おめでとう」
……ただしクラインが手に入れたかったのは、伝説級武器などというものではなく。キリトが慰めるように手に肩を置いたものの、肝心のクラインからの反応は芳しくない。
「…………ハンマースキル、オレぁビタ一文上げてねぇけど」
長い沈黙の後、クラインは受け取った伝説級武器――トールが使っていたハンマーである《雷鎚ミョルニル》を片手に、万感の思いを込めて呟いた。そう言われると鍛冶屋の血が騒ぐ、というもので。
「クライン、いらないなら引き取る」
「うっせ! そういうお前は何貰ったんだっての!」
「妙に重いベルト」
……いや、本当にそう言う他なく。両腕で抱えなくては持てないほどの、妙に重い漆黒のベルトだった。もちろん伝説級ないし銘有り武具ではあるだろうが、帰って《鑑定》スキルを使わねば名前すら分からないものだった。トールの分身である《雷鎚ミョルニル》より、知名度が低い代物だろうか。
「よし、それじゃ――」
使えない代物ならインゴットにすればいいだけだ、などともったいないことと、リーファに心当たりのある神話を知らないか聞いてみるか、と考えながら。クラインとともに武具をストレージにしまい込み、あとは《エクスキャリバー》を入手するだけとなると。
――ダンジョンに地鳴りが始まっていた。
「お、お兄ちゃん! まだクエスト終わってない!」
最近は人数が多いところでは控えていた、リーファが「お兄ちゃん」呼びをするまでに慌てながら、キリトとメンバーにメダリオンを見せつける。クエストの終了時間を黒く染まっていくことで知らせるそれは、もうほとんど漆黒に染まっていたが、まだ止まってはいなかった。まだクエストは終わっていないのだ。
「な、何? 帰るまでが遠足ってこと!?」
「いや、それを言うならエクスキャリバーを取るまでが遠足じゃ」
「遠足って?」
「……早くエクスキャリバーを取りに行こう!」
一時混乱したものの、誰かが言ったそう解決策に飛びついた。全力で《エクスキャリバー》があるだろう、次の階層へ降りる階段に全員で駆け下りる。もはや落ちているかも下りているかも分からない、そんな様子で次の改装に到着すると、《エクスキャリバー》が突き刺さった台座を見る。
「キリト!」
「ああ!」
この場で最も、筋力値と敏捷値を高いバランスで備えているのはキリトだ。キリトが地鳴りの中で高速で駆けると、《エクスキャリバー》の柄に手をかける。
「ぐ、ぬぬ……」
しかし、そんなキリトをもってしても《エクスキャリバー》は重いらしく。掴んだもののなかなか台座から引き抜けないようだった。その頃には地震も強くなり、一歩も身動きが出来なくなっていた。
「何やってんのよキリト、早く抜きなさいって!」
「――ってりゃぁ!」
決してリズの暴言……もとい、声援が力になった訳ではないだろうが。遂にキリトが《聖剣エクスキャリバー》を台座から引き抜き――
「あっ」
――ダンジョンは崩壊した。
「ひゃぁぁぁぁあ!」
高いところから落ちる時の独特の浮遊感を感じながら、ジェットコースターが苦手だと語っていたシリカが、耳に残る高音の悲鳴を響かせる。妙に冷静なのは隣に同じく悲鳴をあげていたリズがいて、そのリズを目に捉えて心に刻むことに全神経を集中していたからだろう。……現実逃避とも言うが。
「キャァァァ……って!?」
そんな落下死確定の俺たちを助けてくれたのは、未だ傷が癒えていないトンキーだった。トンキーは空中を素早く飛翔し、落ちていく俺たちを回収していく……が。ただでさえ負傷している上に、元来九人しか乗れないトンキーは定員オーバーだ。それでも着地くらいは出来るかもしれないが、まだ1人だけトンキーが回収出来ていない人物がいた。
「キリトくん!」
《聖剣エクスキャリバー》を引き抜きに言っていたため、遠い距離で落ちていたキリト。トンキーも定員オーバーで飛翔速度が落ち、それでも触手の先に行ったアスナがキリトの手を掴む。トンキーが触手でアスナを掴み、アスナが両腕でキリトを掴んでいたが……引っ張り上げることは出来なかった。
理由は火を見るより明らかである――キリトが抱えている《聖剣エクスキャリバー》が重すぎるのだ。アレでは筋力値の低いアスナでは、引き上げることも出来やしない。助けに行きたいところだが、この状況ではアスナのところに行くまでに、確実にキリトは落ちるだろう。
アイテムストレージにしまえば――とは思ったが、キリトがそこまで思い至らない訳もなく。恐らくエクスキャリバーはこのクエストのクリア報酬となっており、女神にスリュムを打倒したことを伝えなくては、まだキリトの物という訳ではないのだろう。つまり、スリュムの撃破の報酬として受け取った俺やクラインの武具とは違い、まだキリトの物ではない故にストレージにしまえないのだ。
「キリトくん……!」
「……くそっ、カーディナルめ!」
少し逡巡した後にアスナの呼びかけに答え、キリトが珍しく毒づきながらエクスキャリバーを放り投げる。この世で一つきりの聖剣は投げやりに飛ばされ、眼下に見える湖の方向に落下していく。
両腕が自由になったキリトはアスナの手をしっかりと掴み、ロッククライミングのように登っていく。そのままヤケクソ気味にアスナを抱えると、触手部ではなく安全な本体の部分まで帰ってきた。
「さっすがキリト、見せつけてくれるじゃない。ショウキもアレぐらい出来ない?」
「リズには帰ったらな」
「よねー……えっ、帰ったらいいの」
それはともかく、キリトも肩を落としているが無事なようで。トンキーも自由に飛翔こそ出来ないようであるが、無事に大地へ着地するくらいは出来そうだ。湖と遠ざかるトンキーの背中から、落ちていく《聖剣エクスキャリバー》を見守っていると。
「今の俺には重かったのか……何だ!?」
キリトそう呟くとともに。突如として安定していなかったトンキーが安定する。緩やかに降下していたのが嘘のように、ピッタリと空中で静止していた。
「おーい! みんなー!」
その正体は、トンキーを背負うように下部に現れた巨大な黒羊。突如として現れたそれの頭の上では、ユウキとレインがぶんぶんと手を振っていた。
「……はい?」
「タングリスニ……」
理解が追いつかない俺たちをよそに、何か得心が言ったかのようにリーファが呟く。タングリスニ、とはあの羊の名前だろうか――とはいえ何にせよ。その飛行能力を持った黒羊に支えられ、再びトンキーは空中に浮上していく。
「これだけ安定してるなら……」
「シノン?」
トンキーと俺たちを支えてなお空中を歩くように飛ぶ、タングリスニというらしい、巨大な黒羊の馬力に感服していると。視界の端に弓を構えているシノンの姿が映る。安定しているとは言っても比較的であって、まだ暴れ牛の上に乗っているような感覚なのだが……
「……そこっ」
シノンがソードスキルを伴って矢を放つと、寸分違わず落下していた《聖剣エクスキャリバー》に命中する。とはいえ様子がおかしく、当たった矢はキッチリとエクスキャリバーに密着していた。
そういえば聞いたことがある――当たった物体を引き寄せる、という効果を持つ弓矢のソードスキルを。その噂に違わず、放った筈の矢はみるみるうちにシノンの手に収まっていき、ついでのように《聖剣エクスキャリバー》はシノンが手に入れていた。
「あっ」
「うわっ……重っ……何よ、そんな物欲しそうな顔しなくてもあんたのものよ」
一度は諦めて投げ捨てた聖剣を前にして、キリトがどことなく間抜けな声をあげていて。シノンはどこか軽い様子で冷静に、エクスキャリバーの重さを確かめていた。
『シ、シノンさんマジかっけぇ――!』
そんな妙な声が重なるとともに、俺たちの《聖剣エクスキャリバー》を求める冒険は終わりを告げた。
――ただ、ある一つのことを除いては。
後書き
もうちょっとだけ続くんじゃ
ところで今回の魔改造は……まあ本文中の通りですね。何か「あの属性の必殺技、設定だけあって使ってなくね?」とか「土属性……負けたな(察し)」とか、「また小物商法かよ番台」とかそんなサムシング。バッシャーフィーバー……タイヤカキマゼールうっ頭が
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