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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百二話

 
前書き
キャリバー編、完 

 
「それじゃあ、エクスキャリバー入手を祝して!」

『乾杯!』

 イグドラシル・シティ中央、キリトたちの住居にて。年末の一大クエストを終わらせた俺たちは、リズの音頭でなみなみと飲み物が注がれたコップを押しつけあった。中には強く押しつけすぎたせいで、中身を少し零してしまう者もいたが、何とか乾杯が完了するとともに歓談に移る。

「あっ……ちょっとこぼれちゃった……」

「はいユウキ、お代わりどうぞ」

 少々中身を溢れさせながら、豪快にジュースを一気飲みしたユウキに、リズが飲んだそばからジュースを注いでいく。ついでにリズのコップには俺がジュースを注ぎ、自分のコップには……注がれない。そもそもこの豪快な彼女たちとは違って、まだ飲み終わっていないのだから当然だが。

「あらショウキ、ありがと。でも、あんたももっと一気にいきなさいよ」

「そうだよショウキ! すっごい美味しいよ!」

 何故か二人の期待されるような視線に晒され、苦笑しながらも残っていたジュースを飲み終わる。するとすぐさま、もっとどうぞ、と言わんばかりにリズが注ぐ。現実でいうところのブドウにも似た、眩しい紫色の果実から作られたそのジュースをもう一口だけ飲むと、ひとまず机の上に置く。

「それにしても、アスナとキリトの家って凄いね。ホントのパーティーみたいだよ」

「でもやっぱり、都市部の中心だとやることに限界があるわよねぇ……ほら田舎だったら、バーベキューなんかも出来る訳じゃない?」

「バ、バーベキュー……」

 バーベキューという響きに目を輝かせているユウキを見ながら、俺も机の上に用意された軽食を少しつまむ。とろけたチーズが乗せられたクラッカーが、俺の舌の感覚に襲いかかるとともに、こうして無事に宴会が出来ている理由を思い返す。

 トールとともに《霜の巨人スリュム》を打倒し、ダンジョンがALOに浮上する前に《聖剣エクスキャリバー》を入手出来た俺たちだったが、ダンジョンの崩壊に巻き込まれて落下してしまっていた。トンキーも助けてくれたものの、いかんせんパーティーメンバーの数が多く、万事休す――という状態のところで、俺たちを助けてくれた人物がいた。

「いやー。でも助かったわよ。ユウキにレインがいなきゃ、今ごろあたしたちどうなってたか」

「ボクとしては、そのスリュムと戦いたかったんだけど……」

 ユウキとレイン。ダンジョン突入前に分断されてしまった二人が、空中を自在に駆ける巨大な黒い羊に乗って駆けつけ、俺たちとトンキーを救ってくれたのだ。神話などに詳しいリーファに後で聞いた話ではあるが、その黒い羊は《タングリスニ》と呼ばれるトールの乗り物を引く動物であり、恐らくはクエストの別ルートの為に用意されていたのだろう。あのトールの動物だと言われれば、トンキーを含めた俺たちを、軽々と乗せて飛行出来るのも頷ける。

「でもね、レインの必殺技凄いんだよ! 邪神級のモンスターだって倒しちゃうんだから!」

「必殺技?」

 そして女神たちに正式にクエスト終了を告げられ、こうして打ち上げが始まっていた。パーティー会場ほどの広さは確保出来るキリトたちの家にて、俺たちはみんなで持ち寄った軽食や飲み物をつまみながら、クエストについて賑わっていた。

 そんな中でも俺とリズが気になっていたのは、タングリスニで駆けつけてきたユウキとレインのことだった。スリュム戦には間に合わなかったものの、リズ曰わく『美味しいところを持っていった』彼女らが、どんな冒険をしてきたか。しかし聞くと、なんと邪神級モンスターに二人しかいない時に襲われたとかで。

「必殺技っていうと……OSSか?」

 オリジナル・ソードスキル。俺の知る限りでは、ユウキにアスナ――ついでに自分も――習得しているソレを、レインが邪神級を倒すほどの威力を誇り持っているのか。驚きとともにユウキに聞き返したものの、ユウキはハッとした後、悪戯めいた表情となった。

「ヒミツ。レインとの約束なんだ。……どうかな、ちょっと大人の女の人っぽくなかった?」

「大丈夫、ユウキはちっちゃくて可愛いから」

 映画にありがちな秘密を持った大人の女性――と、ユウキはそれっぽくしたかったようではあるが、リズに力任せに撫でられている姿を見るに、その目論見は失敗しているようだった。

「むー……でもボクも効果しか知らないんだ。教えてくれないと思うけど、レインに直接聞いた方がいいと思うよ? でもちょっとその前に助けて」

「そうする」

 とはいえユウキも、あまり必要以上のことは知らないらしく。そのままリズに愛でられているユウキを見捨て――拝むと、コップを持ってレインの姿を探しに立ち去った。背後からユウキの「ショウキのうらぎりものー!」みたいな声が聞こえたような気がしたが、パーティーの騒音で聞こえなかった。決してリズの邪魔をすれば後が怖いとかそういう理由ではなく、聞こえなかったということにしておく。

 早速、レインの姿を見つけようとするものの。あのエプロンドレスに真紅の髪、という目立つ姿をした少女はどこにもいなかった。いくら広いとはいっても、メンバーがどこにいるか分からないほどではないと思うのだが――と、妖精たちが集結しているところを見た。

「……ああ」

 あれだけ囲まれていれば、レインの姿が分からなくても仕方ないだろう。ただでさえ二刀流という異質な闖入者に、ユウキが中途半端に漏らしたOSSがあるとすれば、さまありなん。どうやら出遅れてしまったらしい。

「ショウキさんもレインさんに用でしたか?」

「……遅かったみたいだけどな」

 同じくレインへと出遅れたらしい、シリカとルクスが揃って話しかけてくる。それに苦笑で返しながらも、三人で適当な席へと座り込んだ。

「ルクスさんはどうですか? 二刀流OSS! なんて」

「それは私には無理だよ。まだ二刀を振るうだけで精一杯なんだ」

 ルクス本人曰わく、キリトの真似とのことだったが、そうそう真似出来る技ではなく。左手の剣はひたすら防御に利用する――という、攻撃してから攻撃なキリトの剣技とはかけ離れたものだ。そう謙遜するルクスに対し、シリカはピナに軽食を分けながら問いかけていく。

「じゃあ、キリトさんに直接教えてもらうとか?」

「それは――」

「ルクスー。そっち足りてるかー!」

「――ひゃ、ひゃい!?」

「ダメみたいですね……」

 向こうの席からの軽食は足りているか、というキリトからの問いに代わりに答えながら、声をかけられただけで顔を真っ赤にするルクスを落ち着かせる。あの浮遊城の時から憧れの人だった――とは聞いていたが、もう少し限度というものが無いだろうか。

「確か……ルクスって中層にいたんだよな?」

「あ、ああ。だからキリト様……さんやショウキさんみたいな、攻略組の人に勇気を貰ってたよ」

「あ、それ分かります!」

 同じく中層プレイヤーだったシリカの合いの手を聞きながら、ルクスの顔をジッと見つめた。その軽くウェーブが入った髪に、ふわっとした雰囲気を感じさせるその姿は、俺たちと同様にアインクラッド当時と同じコンバートしたままだ。どこか見覚えがあるようなその顔を見ていると、ルクスの方が少し頬を赤く染めて顔を逸らしてしまう。

「ショ、ショウキさん、その……」

「ショウキさん? リズさんに言いつけますよー?」

「あ……すまない。ルクスの顔、あっちで見た覚えがあって」

 気づけばずっと眺めるという失礼なことをしてしまい、照れ笑いするルクスに半目で睨んでくるシリカに、髪をクシャクシャと掻きながら謝罪する。どこかで見た覚えがある、といった瞬間、ルクスの顔が強張った気もするが――真偽を確かめるその前に、ストローでジュースを飲んでいたシリカの言葉が紡がれた。

「ショウキさんって結構、中層も来てたみたいですし。その時に見たんじゃないですか?」

 確かにあの浮遊城の時は特異な理由により、キリトたちほどレベリングの必要がなかった俺は、よく中層にも顔を出していた。故に完全に攻略組プレイヤー、とはあまり胸を張って言えなかったが……そんな俺の心中を知ってか知らずか、シリカは机から身を乗り出した。

「それよりショウキさん。ショウキさんも何か凄いことしてたじゃないですか!」

「凄いこと……?」

「新しい刀のことじゃないかな」

 ルクスからの注釈にようやく、ああ、とシリカの言葉を意味を悟る。リズとレインに俺が作り出した、新生した日本刀《銀ノ月》の新たな力。ソードスキルが使えない俺が、属性を司るための手段。

 それが柄にセットするアタッチメント。それぞれ司る属性があり、セットしたアタッチメントによって、その属性の攻撃と効果を付加する――というものだ。例えば、炎ならば剣は全てを焼き尽くす業火に包まれ、水ならば全てを受け流す流水の力を得る。今はアイテムストレージに仕舞われているが、どちらもリズベット武具店として自慢の逸品だ。

「リズも気合いいれてたし、よく出来て良かったよ」

「ああ」

「……これは別ゲーと思うわたしがおかしいんでしょうか……」

 どんな兵装か二人に説明し終わると、しきりに感心しているルクスとは対照的に、シリカは少し首を傾げていた。そんな飼い主の言葉が終わるとともに、ピナは小さく鳴き声を漏らしていたが、それは飼い主を肯定する言葉か否定する言葉か。もちろん制作者の一人として、シリカの疑問はごもっともだと思う次第。すまない……レプラコーン驚異のメカニズムですまない……

「でも……何だかいいな。憧れるよ、ショウキさんとリズの関係」

「っっぐふ」

 内心でシリカにそう謝っていると、ルクスから放たれたド真ん中ストレートに変な声がでる。かなり恥ずかしいことを語っているというのに、当のルクス本人は「どうしたんだい? 喉に詰まった?」な感じだからどうしようもない。でもニヤニヤとこちらを見ているシリカとピナは許さない。

「……あ」

「どうしました?」

 そんなこんなでシリカとピナにどう反撃するか考えていると、キリト家のモニターにもなる巨大な窓の向こう、このイグドラシル・シティの景色。空に浮かぶ浮遊城に最も近いこの街に、白い雪が降り始めていた。

「わぁ……!」

「運営も粋なことしてくれるじゃなーい」

 もはや年末も近いこの季節。クリスマスに続いて降り注ぐ雪に、女性陣からの運営への評価は上々だった。ここで帰る時寒いなぁ、とか、雪が降ったらあのフィールドは~とか、今まで雪だらけのヨツンヘイムにいただろうとか、そう思ってしまうのがダメなのだろう。きっと似たようなことを考えていた、そんなキリトと目があって苦笑しあう。

「やっと解放された……」

 そこに疲労困憊といった様子で座り込んできたのは、今の今までOSSについて聞かれていたレイン。どうやらみんなが雪に目を取られた隙に脱出してきたらしく、疲れて机に突っ伏しながらコップを口に持ってくるその姿は、控え目に言っても酔っ払いのようだった。

「あーしんどかっ……ゴホン。あーあー、えっと。……レインちゃんだよー?」

「ああ」

「そうですね」

「お疲れ様」

 ようやく俺たち三人の視線に気づいたレインが、ハッとして決めポーズのようなものをとって見せていた。俺たち――いや、ルクスは心底励ましているようなので、俺とシリカ――の反応は冷ややかなものだったが、とりあえずあの動作でレインは今起きた出来事をなかったことにしたらしい。

「レインさん、もしかしてリアルは……」

「違うよ、外見通り!」

 言わなくていいことまで口走ってしまったようだったが、そこは触れてあげないことにする。レインも自分の失言には気づいたらしく、一度深呼吸して自らを落ち着かせていた。

「えーっと……そういう訳だから!」

 どういう訳かは分からないが、レインが言うにはそういう訳らしい。結局OSSやレイン自身のことは何も話してくれないらしく、仕方のない話ではあるが、少し距離感を感じてしまう。……そもそも、違和感がないほどにイジられて――もとい。馴染んでいるために忘れがちだが、レインと知り合ったのはここ数週間程度のことだ。なかなか腹を割っては話せないだろう。

「レ~イ~ンッ!」

「うひゃぁ!」

 ようやく平静を取り戻したレインだったが、後ろから忍び寄ってきたユウキに抱きつかれてしまい、今度はパーティー会場中に響き渡る奇声をあげた。ああして付き合っていくうちに、いつしか彼女自身のことも話してくれるだろう――などと考えていると、シリカに袖を引っ張られた。

「リズさん向こうにいますし、誰かと話し始める前に、お二人で過ごしたらどうですか?」

 ほら、ちょうど雪も降ってますし――と、シリカの言葉は続く。ニヤニヤと笑うシリカが指差す方向を見てみると、確かにリズが窓際で雪を見ていて。

「……余計なお世話だ」

 何を想像しているのか、少し朱に染まった頬を手で隠しているルクスを見てため息をつきながら、ジュースを飲んでいたカップを持って立ち上がる。ついでにもう片手にはジュースの瓶本体を持ち、「頑張ってくださいね~」などと余計なお世話極まりないシリカから離れていく。

 レインにルクス、ユウキたちスリーピング・ナイツ。まだまだ分からないこともあるメンバーも多いが、ネットゲームの距離感というのはこんなものだろうか。まるで本当の現実のように過ごしてきた、あの浮遊城での二年間とは違って……

「ふぅ……」

 少しため息をついて自嘲する。改めて考えてみれば、本当の顔と名前も分からない相手に、自分は一体何を求めているのか。これだから二年間をVRゲーム内で育ってきた、危険なSAO生還者は――などと、何やらの専門家に言われてしまう。そういうところはどうも疎いものの、ひとまず今、一番知りたい人物は。

「どうした、リズ」

 ……彼女のことだろう。

「雪が綺麗だなって。ショウキこそどうしたわけ?」

 しんみりと窓の外側を眺めていた姿が嘘のように、振り向いたリズは相変わらずの笑みをこちらに向けた。持ってきたジュースの瓶と空になったリズのカップを示すと、頷いたリズとともに、外の雪景色が見える席に座る。

「そういえば……あんたが手に入れたあのベルト、何だったの?」

「ああ」

 聖剣エクスキャリバーやその後の出来事に圧倒され、いまいちみんなや俺の記憶には残らなかったが。向こうでシウネーを口説いているクライン――結果は芳しくないようだ――が手に入れたハンマーは、鑑定するまでもなく使えないので、本人もあまり興味はなさそうだったが。

 俺が手に入れた黒いベルトは、一応《鑑定》スキルでもって効果を割り出していた。……とはいえ、俺が一からリズに説明するよりは、リズ本人に《鑑定》してもらった方が早いだろう。メニューを慣れた手つきで操作していくと、リズの机の前にゴトリという重い音とともに、漆黒の金属製のベルトが置かれていた。

「ふむふむ……一応伝説級武具なのね……」

 シリカが期待していたような色気のある話ではなく、まずは鍛冶屋としての職人魂が試され。現れた漆黒のベルトをまじまじと眺めながら、リズは俺より高い《鑑定》スキルを遺憾なく発揮する。最初は興味深げに隅々まで調べていたリズだったが、みるみるうちに表情が微妙なものになっていく。

「うーん……」

 そのベルトの名前は《メギンギョルズ》。帰り際にリーファとシノンから聞いた話だが、俺たちを助太刀してくれた《トール》には三つの武具があるらしく。一つはクラインが貰った、かの有名な雷の鎚《ミョルニル》であるが、あのトールと言えども簡単に《ミョルニル》を振ることは出来なかったらしい。

 それをトールの得物として補佐するのが、使い手にすら暴れまわる《ミョルニル》の雷撃を防ぎ、柄を握るための鉄の篭手《ヤールングレイプル》。そして極端に重い《ミョルニル》を振るうために、単純な力と神としての力を高めるベルトが、俺が手に入れたこの《メギンギョルズ》。

 ――つまり、この三つはセットであり。単体ではあくまで筋力アップに過ぎず、伝説級武具としては肩透かしをくらうこととなった。もちろん使えなくはないし、ステータス補助アイテムとしてはかなり優秀なのだが……使うにしても鉄の篭手《ヤールングレイプル》が足りないのと、キリトが手に入れた《聖剣エクスキャリバー》と比較してしまえば。

「……まあまあ、使えるんじゃないかしら」

 リズからも微妙な評価をいただいた。こちらに返却された《メギンギョルズ》を手に持ち、とりあえず腰に装備しておく。コートの下に着ていた和服を束ねる帯が、似つかわしくない金属製のベルトへと変わる。

「でもせっかくだから、ちょっとインゴットにしたい気もするわね……」

「クラインに頼め」

「やらねぇって言ってんだろうが!」

 伝説級武具を解体すると、最高級のインゴットが姿を表すらしい――という情報を聞いたリズの手が、無意識にハンマーを振り下ろす動作に変わる。向こうからサラマンダーの抗議の声が聞こえてきたため、ひとまずそんなもったいないことは阻止されたようだ。

「そういや……SAOからもう随分経ったんだな」

「何よいきなり」

 改めて腰に装着された《メギンギョルズ》を眺めながら、俺はふと、そんなことを呟いていた。何か考えていた訳ではなく、全くの無意識に。そのためか、遠くのサラマンダーと舌戦を繰り広げていたリズも、怪訝な表情をこちらに見せていた。

「いや……何となく」

「変なの。ま、言われてみればそうかもね」

 何となくとしか言いようがなかったが、そんなこちらの言葉にリズは困ったように苦笑すると、量が減っていた俺のコップになみなみと注いでいく。軽食をつまみながら窓の外を眺めてみると、外はもう雪が深々と積もっていた。

「おいリズ、ありがたいけど多すぎる」

「まあまあ。しっかし……あんた、何が苦手なんだっけ?」

 なみなみと注がれすぎて飲みにくいカップを、こぼさないように注意しながら口に運んでいると――リズの口から、唐突にそんなことが紡がれた。ここでジュースをこぼさずに飲めたのは、日頃の鍛錬で鍛えられた証左だろう……こんなところで発揮したくはないが。

「いきなり何だ、そっちこそ」

「ほら、巨大ムカデの時に言ったじゃない。あんたが苦手なもの教えるって」

 巨大ムカデ――あのエクスキャリバーのダンジョンで遭遇した、十本足のムカデ型邪神のことだろう。はて、そんなことがあったか――と考えてみると、確かリズが虫が苦手という話から、ボス戦が終わったらこちらの苦手なことを教えるとか教えないとか。

「……言ったか?」

「言った言った」

 こちらの記憶には、リズが無理やり「……あたしの苦手なものを知ったんだから、こいつ倒したらショウキの番よね」――と、完全にリズの自爆からの責任転嫁だったような覚えがあるのだが。まあ、リズがそこまで自信満々なのだから、きっとこちらの記憶違いなのだろう。

「子ど」

「あ、子供の相手苦手~とかいうのは、アスナから聞いたことあるからそれ以外でね」

 ……せっかく答えようとしたのに、その直前で潰されてしまった。太陽のような笑顔のリズと真顔のこちら、端から見たら異様な光景に見えたに違いない。

「…………」

「どうしたの?」

 そもそも子供が苦手、というのもまるで発揮されない故に秘密だというのに。強いて言えば年齢的にはユイだが、目の前でニヤついているピンクよりよほど大人だ。そんなことを心中で愚痴りながら、あまり言いたくない方を観念して白状する。

「……床屋」

「は? 床屋?」

 ようやくぼそりと呟いた言葉に、心底理解できなさそうなリズの疑問の声が重なった。

「床屋っていうよりひげ剃りか。だって怖いだろう……首に抜き身の刀向けられてるのと同じなんだ……」

「あー……じゃあ、髪のカットはカットだけみたいなとこで?」

 床屋といっても正確には――ひげ剃りという過程について。微妙に納得したような呆れたような、そんなリズの表情がころころと千変万化していく。

「そうだな。美容室とか魔境」

「魔境ってあんた……でもなんか、わざと変な話して、本当のははぐらかされた感じよねー」

「っ」

 どこかの探偵のように手を顎に置いて考える動作をしながら、俺を下から覗き込んでくるリズの桃色の瞳に、心を見透かされているようで目を逸らす。そんな俺の動作に勝ち誇ったリズが、腕を組んで勝利したようなポーズを取るのを見て、やけ酒のようにジュースを飲む。

「……床屋が苦手なのは本当だよ」

「ま、今はそれでいいでしょ。これからおいおいと、一緒にいるんだから。お互――」

「お互いにな」

 先んじてそう言い放つと、少しだけリズが椅子ごと近づいてきた。ゆったりとした空気が支配する中――視界の端に野武士のような顔が映る。

「……なんだクライン」

「んな顔されても、オレだって好きで来たわけじゃねぇっての。そこのリモコンに用があるんだよ」

 あまりそういった感情を思っていたつもりはなかったが、どうやら表情には出ていたらしい。相変わらず不便な世界だと思いながら、クラインが指差していた先を追うと、机の上にリモコンが置いてあった。それをクラインに渡してやると、すぐさま窓に向かってスイッチを押す。

 すると雪景色を映していた窓はテレビ画面のような平面に変わり、窓がよく見える席に座っていた俺たちは、少し離れたソファーへと席を移る。キリトたちの家の窓は、スイッチ一つでテレビにもなるとのことで。

「あーっ! クラインさん、外見えないじゃないですかー!」

「うっせ、どうせ誰も見てなかっただろ」

「それは窓際でショウキさんとリズさんがイチャつい――ふぎゃっ!」

 しかし当然テレビ画面になってしまえば、外の景色は見ることは出来ない。そうクラインへの抗議をした――ついでに、余計なことまで口走り始めたシリカに、リズの上方からのチョップが炸裂する。

「そろそろセブンちゃんの年末ライブなんだぜ? 聞いてみろって!」

「ああ、いい歌だよ」

 そう言ってリモコンを操作するクラインとルクスが勧める中、窓だったテレビ画面いっぱいにライブ用のスタジアムが移る。眩しいペンライトが炸裂する観客たちの目線を一手に集める、スタジアムを支配するアイドルこと、七色・アルシャービン――セブンと名乗るキャラと、瓜二つの姿がそこにはあった。

「セブン……」

 アイドルにしてVRMMO研究家の天才少女。一度だけこのALOで会った彼女は、どうやらそんな肩書きを持っているらしく。今はアイドルとしての活動中らしく、ファンであるクラインとルクスを虜にしていた。確かに大人気アイドルと言われても頷ける、そんな姿をテレビで見ていると、これからライブが始まるところのようだ。

『みんなー! 今日はありがとー!』

「セブンちゃーん!」

「うわぁ……あ、そういえばショウキ。前貸したCD、どうだった?」

 テレビの向こう側に対して声援を送るクラインに、心底引いたような顔を見せながら、リズは思い出したように聞いてきた。そういえば、リズから彼女オススメの歌手――《神崎エルザ》のCDを借りていた。テレビに映った七色とは違って本業は歌手だが、アイドルのような容姿を持っているらしい。

 ……らしい、というのは。リズが外見が映っているパッケージまで、貸してくれなかったからだが。

「ああ、しっとりとした感じでいい歌だった。他にあるか?」

「ほほう。分かってるじゃない。あたしの神崎エルザコレクションが火を吹くわよ」

「リズさん、ちょっとよく分からないです……」

 火を吹くかどうかはともかく、リズのおかげで歌にも少し興味が出て来た。どんなものかと七色の歌を聞いてみようと、テレビ画面の方に意識を集中させた。隣に座っているルクスのように、拳を握って身体中でワクワクを表現するまではいかないが。

『みんな知ってると思うけど、わたしはアイドル以外にもVR世界の研究で博士もしてるの』

 キリトたちの家での窓に映った画面では、ライブの前座である七色のトークショーが続いていた。何やら、重大かつサプライズな発表があるとのことだ。

『それで今度、VRMMORPGに研究の一環でログインするの。ギルドも作る予定だから、みんなで遊びましょ!』

「マジで!?」

 クラインの大きな驚愕の声に、テレビ画面を見ていなかったメンバーもつられて画面を見る。七色のライブステージに映る、どこまでも広がる蒼穹と自在に飛翔する妖精たち、そして空中に鎮座する浮遊城の姿を。

『――そのゲームの名前は、アルヴヘイム・オンライン!』

 
 

 
後書き
 次の話への繋ぎ。本当はスリュム戦と同じ話数で、最後のシーンまで行く予定だったのはノーコメント。

 そんな訳で次回からマザロザ……にゲームのロストソング……と漫画のガールズ・オプスを混ぜた、『スーパーシスコン大戦~ロリコンもいるよ~(仮称)』が始まります。ロストソング、ガールズ・オプスの両外伝を知らずとも、分かるように書いていきたい(願望)ので、お付き合いいただければ幸いです。

ではまた。
 
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