SAO-銀ノ月-
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第百話
前書き
祝百話
金色と黒色のミノタウロスをキリトの活躍で打倒した俺たちは、ユイのナビゲーションによってダンジョンを踏破していた。ダンジョンマップをハッキングして得て、ゴールへの最短距離で俺たちを導いていた。いつもならば自重するような反則的な手段だったが、何せよ今は時間も何もない。
「リーファ、メダリオンはどうなってる?」
「黒くなってる……もう一時間もないくらい」
キリトの問いかけに対し、リーファがその手に握ったペンダントのような物を見つめた。真っ黒に染まっていくソレは、女神から託されたメダリオンというアイテムであり、真っ黒に染まった時がこのクエストの終わりの時――つまり、ALOが崩壊する時だ。
そのメダリオンが漆黒に染まっているということは、もはや崩壊の時は近いということであり。それもあって俺たちは、地下へと続いていくダンジョンを駆け下りていた。第一層にいたサイクロプスは、自分たち以外のメンバーの場所に向かったようで、本来いるべき場所にはいなかった。第二層は先程の黒色と金色のミノタウロスは、先述の通りにキリトの活躍で突破した。
そして第三層は。
「だっあ!」
支援魔法を受けた俺たちが第三層に突入して最初に聞いた声は、そんな野太い男の声だった。
「うぇ……」
そしてそこにいたボスの外見に、隣にいたリズが嫌そうなうめき声を出した。十本足のムカデとも言うべきそのボスモンスターに、多数のプレイヤーが群がっていた。
「みんな!」
ダンジョンに入る前に分断されてしまった、シリカの飛竜に乗っていたメンバー。クライン、シリカにルクス、シノン。タルケンとユウキを除いた、スリーピング・ナイツのメンバー。十本足による攻撃を、前衛のメンバーが抑えていた。
「ショウキ!」
「ああ……!」
しかしその前衛の数は足りず、キリトとともに無理やり十本足ムカデへと割り込んだ。テッチを襲わんとする足に、日本刀《銀ノ月》で割り込んだ。切り裂くほどの一撃を加えたつもりだったが、堅い甲殻に阻まれて切断までには至らない。
「ショウキさん……いやあ、ありがとうございます」
「余裕そうだけども……一度下がってくれ」
それでも呑気そうなテッチだったが、その足の一撃は予想以上に重く。完璧に受け流したつもりだったが、それでも削りダメージでかなりHPゲージが減らされた。こちらとは違って元からタンク役とはいえ、その一撃を受け続けていたテッチの消耗は凄まじく、お礼とともに後退していく。
「……っ!」
レコンの闇魔法による絨毯爆撃が炸裂し、元よりかなり削られていた十本足ムカデのHPがまたもや削れるが、その分だけ足による攻撃が激化する。黒と金のミノタウロスが、いずれかの耐性に特化したというのならば、この十本足ムカデは攻撃に特化しているらしく。早くも俺のHPゲージを赤く染める。
「スイッチ!」
アインクラッドでずっと聞いていたその言葉に、勝手に身体が反応する。さらに連撃を叩き込もうとした足から、無理やりバックステップで距離を取ると。ルクスが二刀でもって、ダメージもなく凌いでみせる。
その間にも、俺のHPゲージにアスナかシウネーのヒール――いや、それ以上の――により回復し、ルクスとともに前に立つ。切り裂くことの出来ないムカデの足に、腰から再びアタッチメントを取りだした。レイン印の日本刀《銀ノ月》の新アイテムを、柄にセットしようとした瞬間、そのムカデの足が彼方へと吹き飛んでいた。
「どうだこのムカデ野郎!」
俺にキリト、ルクスが足による攻撃を防いでいる間に、クラインがムカデの足の根元――甲殻に覆われていない場所から斬ったのだ。
「出来ると分かりゃこっちのもんだっ!」
「せやっ!」
クラインの先駆けで前衛が調子づいていき、ジュンとリーファがそれぞれ、炎と風を纏った斬撃で二本の足を根元から分断した。回復や攻撃をメインにしていた魔法部隊も、前衛が懐に飛び込む為の隙をつくる為の支援に回る。
「……ん?」
……残念そうに日本刀《銀ノ月》のアタッチメントをしまいながら、俺はパーティーメンバー以外の人物を向こう側に見た。金色の長髪をなびかせたその少女は、アスナとシウネーが支援に回った分の回復を務めていた。暴れまわる十本足ムカデの懐に潜り込む隙を伺いながら、迫り来る足から逃げつつ、隣のルクスへと問いかける。
「ルクス、あの女の……っ!」
「くっ! あの人は……話は長くなるっ、けど、味方だ……多分」
ムカデの高速で駆動する足と、それによって生じる弾丸と化した石つぶてを避けながら、ルクスとギリギリの回避を演じる。そんなシチュエーションということもあり、まるで要領を得ない回答が返ってきたが、とりあえず味方ということが分かれば充分だ。
そして三本の足が斬られて警戒しているのか、ムカデは俺たちを寄せ付けようとしない。いつもならばキリトあたりが無理やり突破するのだが、ムカデの火力もあってそれも難しい。
「今だ!」
その状況に一石を――いや、二石が投じられた。シノンのソードスキルを伴った矢と、タルケンの投げ槍が暴れ足を貫通し、ピンポイントで足の根元を狙撃する。勢いを失った足の攻勢に、回復したテッチが盾役として前進する。
「おっ……ととと」
「せぇ……のっ!」
ムカデの足をノックバックで後退しながらも、テッチが大盾で受け止めたムカデの二本の足に、それぞれリズとノリが近づいた。鏡合わせのようにメイスと坤がムカデの足を叩くと、その足を覆っていた甲殻にヒビが入っていく。
「もういっぱぁつ!」
第二打。ムカデの足を覆っていた甲殻が完全に崩壊し、根元と同じく柔らかい皮膚を晒した。
「ショウキ!」
「ルクス!」
リズとノリの俺たちに向けた叫び声――どちらも、呼ばれた意図は分かっていた。懐に近づくのが難しかろうと、ただ足を切り裂くだけなら、さほど難しくはなく。俺とルクスは人間ならば膝の部分にあたる、足の中ほどから断つことに成功する。
これで残る足は三本になりながらも、まだまだ十本足ムカデの勢いは揺るがない。足を切り裂かれたことによってか、さらに周囲に火炎を撒き散らし始め、急いでリズとノリが後退する。彼女たちの悲鳴をバックミュージックにしながら、一際巨大な火炎弾を斬り払う。近くにいたルクスはタンク役となったテッチのカバーに行ったらしく、今あるのは俺とムカデの足のみ。
火炎弾となお暴れまわるムカデに、前衛は退却せざるを得なくなるが――この新たな日本刀《銀ノ月》ならば。目の前のムカデの足をその覆われた甲殻ごと、切り裂くことも可能な筈だ。周囲に撒き散らされる火炎弾を避けながら、俺は少しでも甲殻の薄い場所を見破らんと――
――目の前の足が地面に落ちる光景を、見た。
「ナイス、ピナ!」
そんなリズの声に、自身が放つことが出来る泡を纏って火炎を軽減し、ムカデの足を根元から噛み切ったピナの姿を見る。その牙にはソードスキル同様の光が垣間見え、恐らくはシリカのスキルの一種なのだろう。
「ショウキさん、ピナをお願いします!」
遠くから聞こえてくるシリカの声。泡でダメージを軽減出来るとはいえ、これ以上はピナにキツいだろう。一閃にて炎を切り裂くと、ピナが切り裂いた炎の狭間から俺の頭に着地する。
そのまま高速移動術《縮地》で巨大ムカデから離脱しつつ、ダメージを負ったムカデと戦況を離れた場所から観察する。残る足は僅か二本ながら、それでも邪神の名に違わぬ気配を纏わせながら、その残った二本を死神の鎌のように構えた。……のも、もう遅い。
「あーもう、いつのまにあの子……」
《縮地》によって後退した先でポーションを飲んでいた、メイスを肩にかけたリズが、嬉しそうにした顔を手で覆うという矛盾に満ちたことをやってみせ、俺は十本足ムカデに手を合わせる。そこにいたのは、ムカデの足にそれぞれ肉迫していたキリトとアスナ。共に前衛をしていたキリトはともかく、今の今まで後方で魔法の支援を担当していたアスナはいつのまに。本来なら巨大モンスターを前にして、そんな思考が出来るほどの余裕はないが、何だか力が抜けてしまったような感覚に襲われる。
キリト夫妻の攻撃を受けて最後の足が切り裂かれたムカデは、その巨大な胴体を大地に縛られてしまう。もぞもぞと動き回ろうとはしていたが、もはや足を失ったムカデに動くことは適わず。
「よっしムカデ野郎、そこ動くなよ」
正面に立つクラインを初めとして、パーティーメンバーたちが十本足ムカデを取り囲むように、逃げられないように武器を持って集結する。囲んでタコ殴りとは少し気が引けるところもあるが、そんなことを言っている暇はない。メンバーは思い思いの武器を手に叩きに行き、俺も日本刀《銀ノ月》を構えて向かおうとしたが、隣にいるリズは動こうとしていなかった。
「リズ、どうした?」
俺の頭の上に乗ったままのピナとともに、動こうとしないリズに疑問をぶつける。正確には行こうとはしているのだが、どこか拒んでいるような感じがしている、というか。何にせよ、動こうとしていないのは確かなリズは、十本足ムカデをチラリと見ながら。
「……キモい……」
絞るような震える声でそれだけ呟いた。一瞬自分のことかと思って肝が冷えたが、ピクピクと震えた指で十本足ムカデ――もう一本たりとも足はないが――の方を指差しているので、どうやらあの巨大ムカデのことらしく。
「……さっきぶん殴りに行ったじゃないか」
「さっきのはまだいいけど……ダメ! 動きがダメ!」
もぞもぞと動く巨大なムカデ――確かに嫌悪感が湧いてもおかしくない外見だった。もう一つの現実とも言われるこのVRMMO、外見がリアルに近すぎて戦えない、というのは割とよくある話らしく――アスナも幽霊などが出る場所は行きたがらない、という話はキリトから聞いた覚えはあるが、リズからそういった話を聞くとは珍しい。
「リズって虫苦手だったのか?」
「そ、そうよ。悪い?」
特にあんなデッカいのとか――と身体を震えさせながら熱弁していたが、次第にこちらの顔を見てムスッとした表情に変わっていく。リズのそんな表情は、こちらへの不満を隠そうとしていない時だ、と経験から判断する。
「……何よ、その顔は」
「え?」
こちらの表情も知らず知らずのうちに呆けた表情になっていたらしく、俺の顔を見上げるリズにそう言われて、俺自身の顔をペタペタと触る。自身の気持ちをどうやって説明するか、それを考えるように、そのまま癖のように髪をクシャクシャと掻く。
「いや、リズって虫苦手だったんだなって。当たり前だけど、まだ知らないことも多いな」
「そりゃ……そうよね」
何だかんだともう長い付き合いになっているが、まだまだお互いについて知らないことも多いと。言われてみれば当たり前のことに、二人して顔を突き合わせる。
「……ま、そんなこと言ってる場合じゃないわね。さっさとあのキモいムカデ倒しちゃわないと!」
「……そうだな」
苦手なんて言ってらんない、と意気込むリズを守るように前に出て、新生日本刀《銀ノ月》を一旦鞘にしまう。動けない巨大モンスターとは、いまいち試し斬り相手としては不満足だが――腐っても邪神級モンスターだ、耐久力は期待できるだろう。
「……あたしの苦手なものを知ったんだから、こいつ倒したらショウキの番よね」
そんな試し斬り相手と見定めながら、腰から新生日本刀《銀ノ月》を象徴するアタッチメントを取りだしていると、背後のリズからそんなことをボソりと呟かれる。完全にリズの自爆からの責任転嫁なそれに、ひとまず流すことにして。
「ボスを倒した後でな。よし、行く――」
「――いやおせぇよ!」
十本足ムカデへの攻勢に参加しようとした瞬間、いつの間にか横にいたクラインに張り倒された。そのままもんどりうって倒れそうになるも、何とかバランスを取って立つことに成功した。
「何するんだクライン」
「いや遅ぇっての! もうキリトがチートでやっちまったよあのムカデ!」
どうやら全員でタコ殴りをするまでもなく、キリトが《スキルコネクト》でそのまましとめていたそうだ。まあ最後のあがきで全滅させられては困ると、キリトの即座に撃破するという判断は間違っていない。ただクラインのフラストレーションは貯まったらしく、攻撃に出遅れていた俺たちに文句を言いにきたらしい。
「何で皆で攻撃しようとしてる時にイチャイチャしてんだよォォイ?」
「それは……悪かった。すまない」
「いや、元はと言えばあたしのせいだし……ごめん」
最後の方はもの凄い巻き舌になっていたが、おおむねクラインの言うことは正論であり。ポリゴン片と化している巨大ムカデの向こう側で、シリカに励まされて《スキルコネクト》の練習をしているルクスを見ながら、リズとともにクラインに正直に謝った。そんな様子にクラインも毒気が抜かれたのか、追求の手をどうするか迷うような表情に変わる。
「お、おう……いや何だな。そう素直に謝られるとよぉ……」
「計画通り」
「ん? おいリズ今何つった?」
「それよりクライン。あの女の人は……」
リズの呟いた言葉に突っかかって行きそうなクラインだったが、俺があの金髪の女性のことを聞いた途端、こちらに襲いかかってきた。……いや、襲いかかってくるような雰囲気だったが、どうやら『よくぞ聞いてくれました』ということらしい。驚いて身を竦めた俺とリズの手を掴むと、高速で件の金髪の女性の元へ俺たちを連れて行く。高いステータスの無駄使いだった。
「こちら、囚われの女神様のフレイヤさんだ。何でもスリュムのクソ野郎に閉じ込められてたみたいでな!」
「フレイヤです。妖精様、よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀をするフレイヤと呼ばれた女性は、どうやらこのダンジョンに囚われていたNPCらしく。牢屋に閉じ込められていたところをクラインたちが発見したらしく、そこをクラインが侍魂で助けだしたとか何とか。そしてこのダンジョンの主、スリュムを打倒するまでこちらに手を貸してくれるらしい……のだが。
「それ、罠じゃないの?」
「罠なのか?」
「ほら、前にあったじゃない。あんたが連れてったNPCがら『ふはは、ここに連れてくれて感謝するぞ』みたいなの。アレよ」
リズの歯に衣着せぬ言葉に問いかけてみると、ああ――と、確かに『そういう』イベントも経験した記憶がある。フレイヤさんはそんな俺たちの様子に対し、困ったように苦笑しており、クラインもその可能性も否定は出来ないらしい。
「でもよぉ……こんなキレイな人なんだぜ? なぁショウキよ?」
「だから怪しいってのよ!」
そうクラインに問いかけられ、改めてまじまじとフレイヤさんの容姿を観察しようとしたところ、俺の前にリズが飛び込んできた。結局クラインと言い争うリズの背中と、大体目につくそのふわっとしたピンク髪しか見えなくなり。
「何かあったら後ろから撃てばいいんでしょう?」
まあ、それはそれでいいか――なんて考えていた俺の耳に、そんな物騒な言葉を聞こえさせたのは、ケットシーのスナイパーことシノン。様々な矢を準備していながらそう語る彼女からは、まるで冗談のような雰囲気は感じられず、苦笑せざるを得ない。
「シノン。ユウキかレイン、見なかったか?」
「……あんたたちと一緒じゃないの?」
そのままギャーギャーと言い争いを初めたリズとクラインを横目にしていると、返答とともにシノンの水色の視線がこちらを覗き込む。トンキーに一緒に乗ってはいたが、途中ではぐれてしまったあの二人は、やはりこちらのパーティーにも合流していないらしく。
「ああ、途中ではぐれたんだ。あと……サイクロプスとか、見てないか?」
「ふぅん……サイクロプスってあの一つ目の奴よね? なら会ってないわ。ノリのおかげで、今のムカデ以外には接敵してないし」
こちらの妙な質問にもシノンは、眉一つ動かさずにテキパキと答えてくれた。スプリガンのノリのダンジョンアタックをサポートする魔法とスキルにより、あまり消耗することなく移動出来たらしく――こちらのスプリガンとは大違いだ――サイクロプス系のモンスターとは会っていないらしい。
「で、何なの?」
「いや、もしかしたら……ユウキとレインの二人だけで、邪神級のサイクロプスに会ってるかもしれない」
手は淀みなく弓矢の整備を続けていたが、流石に不審げな視線を向けてきたシノンに、今までの質問の意図を説明する。
第一層で俺たちを待ち受けていたのは、サイクロプス系のボスだったが、本来いるはずの場所にはおらず。これ幸いと俺たちは素通りしたものの、ユイが言うにはボスの反応自体はダンジョンにはあると。ならば、俺たち以外のパーティーを狙って移動したのか、と結論づけたのだが――シノンたちがいたパーティーが接敵していないということは、すなわちユウキとレインのコンビのところに行った可能性が高く。
実力が未知数のレインはなおのこと、ユウキと言えども、二人で邪神級モンスターの相手は難しいと思うが……
「……ま、心配しても仕方ないわよ。無事を祈りましょ」
クラインとの言い争いを終えたのか、俺とシノンに肩を組んだリズがそう語る。同意を求めるような『ね?』というリズの顔にうなずきながら、向こうのメンバーの準備が終わったことを確認する。
「シノンは弓の調子はどう?」
「いい調子ね。今なら二百メートルくらいは狙撃出来そう」
物騒な言葉が使用者と制作者から放たれているが、そちらは気にしないことにして。もちろん、俺たちはただやみくもに時間を過ごしていた訳ではなく、疲弊したメンバーの回復をしていた。特にあの巨大ムカデの攻撃を受け続けていた、シリカたちのパーティーの前衛組や、人数が少ない分負担も大きい魔法使い組などだ。
MPを回復するポーションを惜しみなく使用したり、武器の耐久力や自身のHPを回復する準備などを終え、合流したパーティーメンバーは進軍を再開する。メダリオンは漆黒に染まり続けており、一刻も早くスリュムを倒さねばALOが保たないだろう。
「支援は終わったよな? ……行くぞ!」
フレイヤさんのNPC専用の支援魔法も含め、ステータスアップの魔法による支援を限界まで使った後、俺たちはさらに階段を駆け下りていく。ユイの言葉が正しいのならば、次の階層はほぼボス戦用の部屋だけということらしく。俺たちはユウキとレインのことを考えながらも、パーティーリーダーであるキリトの号令の下、スリュムが待つボス部屋へと足を踏み入れた――
『……小虫が飛んでおる』
「うわぁ!」
そして主力メンバーと別れて神殿のような場所にたどり着いたレインとユウキは、神殿の天井ほどの大きさのサイクロプスと接敵していた。その強靭な腕で妖精たちを捕まえようとしていたが、当のレインとユウキは素早く死角へと逃げていた。
「邪神級モンスター……二人じゃキツいかな……」
サイクロプスの股を走って迫り来る腕を走るレインは、鞘から二刀を構えながらも、そう冷静に呟いていた。恐らくは階層を守るほどの邪神級、いくら腕が立つとは言っても、軽装プレイヤーの自分とユウキでは勝ち目はない。
「ってことは逃げるしかないよね……ってあれ? ユウキちゃん?」
ならば即座に撤退するしかない。幸いなことに、明らかにそのサイズはこの横道という場には似つかわしくなく、今まで自分たちが歩いてきた通路には入って来れなさそうだ。そこから逃げるを判断を下したレインだったが、隣に今までいた筈のユウキの姿がどこにもなく。
「ってやぁ!」
しかしてすぐさま見つかった。雄々しい叫び声とともに、ユウキはサイクロプスへと切りかかっていたのだ。人間で言うならば足の腱を狙った一太刀だったが、ユウキの細くカスタマイズされた剣では、それを切断するまでには至ることはなく。
「……全然効かない!」
「ユウキちゃん! 逃げよう!」
その一撃でユウキも手に余る相手だということが分かったのか、レインの言葉に素早く反応する。目指すは今来た通路、ということをアイコンタクトで伝え合い、二人は通路へと走っていくが。
「えっ?」
その驚愕の声はどちらのものだったが。サイクロプスは咆哮するとともに、その腕を伸ばして近くの壁を叩くと、地鳴りとともに神殿の屋上から岩が落下する。その岩は狙いすましたかの如く、レインたちが通ってきていた通路の入口を塞いでいた。
「ウソぉ……ってひゃっ!」
しばし呆然と立ち尽くしてしまったユウキへ、その隙にサイクロプスのチョップが迫り来る。流石の反応速度で直撃は避けたものの、チョップによって生じる風圧によって、体重の軽いユウキは吹き飛ばされてしまう。
「っ……こっち!」
神殿の壁に直撃するか否かというところで、壁の前の前に立っていたレインがユウキをキャッチ。さらに追撃に放たれていた、サイクロプスの踏み潰しを、ユウキの手を引いてともに回避する。
「あ……ありがとう、レイン!」
「ううん。それより……どうしよっか……」
踏み潰すことに失敗したサイクロプスが、再びユウキたちに視線を向けるとともに、ともかくサイクロプスから離れようと走っていく。ただ、二人とも敏捷度に優れているものの、サイクロプスとはまるで足幅が違い。いずれ追い詰められるのは、火を見るより明らかだった。
「こうなったら……奥に行こ、レイン! まだ探してないし、何かあるかもしれない!」
「そうだね……!」
今まで通ってきていた通路が塞がれてしまった以上、こうなればまだ調べていなかった、神殿の奥に進むしかない。ユウキたちを掴もうとするサイクロプスの手から逃げながら、二人はサイクロプスが現れた神殿の奥へと進んでいく。ただし神殿の奥に行けば行くほど、神殿の奥行きは大きくなっていき、それはサイクロプスの行動が自由になっていくことに他ならない。
「こっちこっち!」
それでも何とか逃げられており。この状況への打開策をそれぞれ探すために、二人はそれぞれサイクロプスから逃げながらも、神殿の奥へと向かっていく。サイクロプスからの攻勢は止まることなく続いており、攻撃とともに巻き上がる風圧に攻撃はままならなかったが、とにかく逃げるだけなら何とかなっていた。
サイクロプスも言葉が通じているかは定かではないが、挑発しながら逃げるユウキをメインに狙っていた。自分よりダンジョンに詳しいレインに、打開策を集中して探してもらうためのユウキの行動であったが――
――それでも、いつまでもそうする事は出来ず。
「あっ……!」
曲がり角を曲がったものの、その先に通路はなかった。いわゆる行き止まりということであり、ユウキはすぐさま反転しようとしたが、その視線のすぐ先には巨大な足を見る。神殿を揺らす地鳴りとともに、ユウキを追いつめんとサイクロプスが迫って来ていたのだ。
「やば……」
こうまで接近されてしまうとサイクロプスの足しか見えず、まるで蟻と人間ほどの――もちろんユウキが蟻側だが――錯覚に陥ってしまう。サイクロプスの股下を潜り抜けるか――とユウキは考えたが、恐らく踏みつぶされてしまうだろう、とその自らの考えを否定する。
「もう蟻はゴメンなんだけど……」
そんな、以前訪れたことのあるVRMMOのことを思いながら、口から勝手に軽口を吐いていると。冷や汗を知らず知らずのうちに流していたユウキを、まるで楽しむように見下ろすサイクロプスは――
――その横っ面に、人間ほどの大きさの剣を受けていた。
「……え?」
ギルド仲間のジュンが使っているような大剣。それがサイクロプスの顔へと放たれたのを、ユウキは見逃すことはなかった。突如として放たれたそれに、サイクロプスは不思議そうな雰囲気を醸し出していたが……そんなことを言っている場合ではなく。
大小異なる剣や槍、斧、刀、果ては矢まで。数え切れないほどの様々な武具が、ユウキを追い詰めていたサイクロプスに襲いかかっていた。その武具には全てソードスキルの光が伴っており、まさに――ソードスキルの雨、と呼ばれるに相応しいものであった。
ユウキを追い詰めていたつもりのサイクロプスは、むしろその《ソードスキルの雨》が全力を発揮できる場所に誘導されており、その巨大な体躯全てに防ぐことも出来ずに直撃していく。ユウキはピッタリと曲がり角の壁に張り付き、そのソードスキルの雨に巻き込まれないようにしながら、その雨が放たれている場所を見た。
「…………」
絶えることのない武具の嵐を与えていたのは、もちろんこの場にいるもう1人のプレイヤー――レイン。あの紅髪のプレイヤーが二刀を構えると、その周囲に無数の武具が展開されていき、それらは単発重突撃系ソードスキルを伴い、サイクロプスへと射出されていく。
「ユウキちゃん! 弱点は目と炎!」
「……わかった!」
そのソードスキルの雨もやみくもに発射されていた訳ではなく、サイクロプスの弱点をそれぞれ探っていた。レインがサイクロプスに肉迫すると同時に、驟雨のようにソードスキルの雨は止み、サイクロプスは連続ダメージにたまらず膝をつく。
「やぁっ!」
まずは空中に飛んだレインの四連撃ソードスキル《バーチカル・スクエア》が、炎を伴いながら膝をついたサイクロプスの目に直撃する。使っているのが二刀流とはいえ、キリトのように《スキルコネクト》は使えず、そのままレインは重力に従って落下していく。
「今度はボクの番だ!」
だが息もつかせぬ間に。太陽の届かない場所での飛翔という種族特性を活かし、ユウキがサイクロプスの目がある場所へ飛翔する。その細剣と見紛うような鋭い刃には、既に業火が燦然と輝いており。
「やぁぁぁぁぁぁ!」
十一連撃オリジナル・ソードスキル《マザーズ・ロザリオ》。OSSシステムが導入された直後からユウキが編み出した、この世界における最強のオリジナル・ソードスキル。その九連撃がサイクロプスの弱点に叩き込まれていき、翼が活動限界を迎えてユウキが地上に降り立った瞬間、サイクロプスの身体はポリゴン片となって消滅していく。身体中に突き刺さっていた武具がまるで墓石のようで、サイクロプスの消滅とともに消えていく。
ただポリゴン片となって消滅していくのとは違い、アイテムストレージに収納されるようなそれで、つまりあの武具たちは――
「イェイ! ユウキちゃんナイス!」
「イェイ!」
ユウキがそこまで考えていたところで、二刀を鞘に仕舞ったレインからハイタッチされる。ユウキは思考を打ち切りながらそれに応えたが、やはり今の技は気になるところであり。
「ねぇねぇレイン。今の何なの?」
「うーん……秘密。私の必殺技、みたいな?」
ユウキは今の武具の嵐のことについて聞いてはみたものの、わざとらしく口に指を当てたレインは答える気はないらしく。確かにOSSについてあまりオープンにしていないのは、あまり騒がれたくないユウキも同じことだ。
「それにさ、ユウキだって最後の何?」
しかし子供っぽい感情だと自分でも思ったが、あちらは秘密なのにこちらが懇切丁寧に説明してやる、というのは少しユウキには納得がいかず。特にフレンドには内緒にする理由はないのだが、剣を鞘に仕舞いながらレインを真似して指を口に当て、わざとらしく返答する。
「ならボクだってヒミツだもんね!」
……そんなやり取りをしていると、サイクロプスがやられたことに反応したのか、行き止まりだと思っていた壁がせり上がっていく。どうやら壁に偽装された扉だったらしく、その先には新たな道が続いていた。
新たに開かれた道と相方の顔を見比べながら、どうしてかおかしい気持ちになって、どちらからともなく笑い合いながら。
「じゃ、どっちもヒミツってことで……レイン、進もっか!」
「うん。また邪神級に会っても余裕だよね?」
――二人もまた、さらに地下へと進んでいった。
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