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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第1章始節 奇縁のプレリュード  2023/11
  4話 燻る苦悩

 門番の守護していた階段の先、暗がりの袋小路にいた男の求めていたモノが眠る場所は、煩わしい通路の分岐も罠もなく、ただひたすらに直進するだけの通路のみのダンジョン《剣の櫃堂》は発光する苔の幽かな灯りを途切れ途切れに道標として、その先も奥へ単調に延びる様を暗に伝える。
 しかし、門番と同様に内部にも駆動する石像は配備されており、道の両脇に沿って並び立つそれ全てでないにしても相当数が石で造られた武器を振りかざして襲ってくるのである。しかしながら、内部の石像は数こそ多いのだが、門番と比べるとレベルの面では劣るものがある。門番でさえ、体術スキルにして僅か五発。片手剣による攻撃を含めると六発で決着のつく程度だ。故に、ダンジョンに入ってからは苦戦らしい苦戦もなく、現在に至る。


「ゼァァ!」


 踏み込みから繰り出す正拳と、そこから転身しての裏拳。体術スキル二連技《旋桜(センオウ)》が鳩尾を穿ち、脇腹を砕き、石の身体は両断される。青い燐光となって消滅する石像を見送り、無機質な守護者の群れは一先ず払い除けたといったところか。一息つくには丁度良い頃合いだ。倒壊している石像に腰を下ろして休憩を決め込む事にした。


「なんだろう、私、最前線の片手剣プレイヤーの動きを見てみたかったのに……」
「相性を見て武器を切り替える思い切りも大事だと思うぞ。蹴り技さえ使えれば盾を持ったままだって体術スキルを使いこなせるさ。そっちを重点的に鍛えれば面白いかもな………人気はないけどさ」
「……でも、隙がないのよね。面白そうだわ」


 少々口惜しそうにしていたものの、冗談半分で体術スキルを勧めてみたら意外にも乗り気である。
 実際、使用スキルを足技だけに限定していれば盾持ち剣士でも装備を損なわずに併用可能だ。それでもそのスタイルがあまり前線で見ないのは、やはり情報自体が出回らなかったことと低火力という難点がネックなのだろう。そもそも、フロアボスのように膨大なHPを擁するモンスターに対してはほぼ無力に等しいからこそ、見向きもされないというのが現状と言わざるを得ない。攻略は大型モンスターと戦うことだけを指すものではないのだが、それもまた大局の優先順位によるものか。


「……でも、スレイド君は盾を持ってないのよね? 装備も防具っていうより服だし、危なくないの?」


 未だ日の目を浴びない体術スキルを憂うのも束の間、グリセルダさんの疑問が俺に向けられる。
 セオリーに誠実なグリセルダさんだからこその問いかけは、しかしデスゲームだからこそ意味合いは重くなる。ステータスの比率やスキル構成、装備の選択は単なる個性ではない。そのプレイヤーが生き残るために導き出した答えとも言える。だからこそグリセルダさんは多くのプレイヤーが至った共通解となるビルドを選択したのだろう。この浮遊城に閉じ込められた者達が今日まで検証と実践を重ね、成果を得てきた結果だ。裏切りはしない筈だ。それを知っているからこそグリセルダさんも模範的な剣士装備を身に纏っている。
 それに対しての俺は、防具という枠組に含めるべきかも定かではない布装備。それも盾を排したともなれば、正気の沙汰には映らないことだろう。不安に思われても無理はない。


「この手の布装備は防御力が低い代わりにSTRやAGIに補正が付与されていることが多いし、そもそも軽いから動き易い。だからこそ、攻撃を盾で受けるよりは避けたり凌いだりした方が利点を追求出来ると俺は考えている」
「なんだか火中の栗を拾いに行ってるような気もするけど、それで戦闘が捗るものかしら?」
「基本的にPTで行動しているから、俺はこのままで問題はない。むしろ、空振りや遅延(ディレイ)で足止めするのが俺の目的だ。仕留めるのは相棒(ダメージディーラー)に任せてある」


 相手の攻撃に対して回避や相殺を以て無効化するからこそ、本来であればダメージなど気にならないものだが、いざ躱しきれなければ即ち死に直結することも容易に想像できる。だが、ヒヨリの一撃離脱特化ビルドを優先させ、それをサポートする為に俺が前線を撹乱させることで形成された役割分担は結果として戦闘を極めて早期に片付けることとなった。一見するとかなりリスキーで、戦闘における決定力が欠如している為に誰もやりたがらない。ヒヨリの火力がなければ、こんな酔狂を好んでするわけがない。


「その相棒さんを信用してるのね」
「リアルでも付き合いが長いからな」


 とはいえ、グリセルダさんの言う通り、ヒヨリに対する信頼がなければ成立し得ないことだっただろう。懇意にしているとはいえ、他のギルドに腕を買われるほどにまで成長したのだ。こんな場所にあって不謹慎な物言いだが、喜ばしい事だと思う。


「じゃあ、その子とはずっとお友達なの?」
「まあ、そんなところだな。家も近所だ」
「もしかして、女の子だったりする?」
「………そういうのも分かるんだな」
「女の勘よ。男の子には分からないでしょうけどね」
「そりゃ便利だな」
「ええ、とっても便利よ………でも、知りたくないことまで教えてくれるから、無い方が助かる時もあるわね」


 思わしげに溜息をつくグリセルダさんには、どこか寂しいものを感じさせられる。
 その雰囲気は不思議と、俺が設けた線引きを曖昧なものにするに足る力があったように思えた。放っておけないような、後になって公開してしまうのではないかという強迫観念めいた不安は、それだけで俺が定めたグリセルダさんとの保つべき距離感を容易く踏み越えさせてしまった。


「余計な事まで知って後悔したような言い草だな」
「………そうね、後悔してるのかも知れない。でも、目を背けたくもないの」
「………何だか、複雑なんだな」


 自分から話題を振っておいて尻込みしてしまうのは些か情けなく感じるが、それでも自身の為し得る限りで最も無難な返答を選択する。我ながら苦しい解答に、グリセルダさんは俺の内心を知ってか知らずか僅かに笑みを零しながら、口を開いた。


「私ね、旦那がいるの。趣味って言ってもネットゲームなんだけど、そのオフ会で始めて会ってから意気投合しちゃってね。結婚まではあっという間だったかな。それなりの期間はちゃんとお付き合いもしたんだけど、気付いたら結婚してたってくらいだったわ」


 振り返り、昔を懐かしむように語るグリセルダさんは遠くに視線を向けているようにも思える。
 距離ではなく、時間上において隔てのあるそれを憧憬するように懐かしむ。しかし、懐かしむにしては表情から見て取れる寂寞は過分に見えてならない。ふと、嫌な予感が過る。


「そんなこんなで趣味が一致してるから、おかげで一緒にSAOに閉じ込められちゃったってわけ。まあ、両方生きてるだけ良かったわよね」


 あっけらかんと、まるでタネ明かしでもするかのように締め括られたグリセルダさんの惚気話(のろけばなし)に、脳裏にこびりついた不安めいた予感は霧散する。話を広げておいて、旦那さんと離れてしまったか、或いは死別してました。なんてオチだけは御免被る。
 少なくとも、この点については話題として継続しても差し障りはなさそうだ。


「とは言っても、こんな状況になって………ううん、こんな状況だからこそかな。私は、いつの間にか旦那の前で《演じること》をやめちゃってたんだ」
「演じる………」


 俯いた視線と一緒に呟かれた、どこか仄暗いものを孕んだその言葉を繰り返して、その真意を知るには然して時間を要することはなかった。
 旦那さん、俺の与り知らぬ彼とグリセルダさんとの馴れ初めは、タイトルこそ分からないがネットゲームだ。
 そもネットゲームとは自身の依代となるアバターを介し、同様のプレイヤーが同時に存在するマップ内にてプレイされる。その場において、個人のパーソナリティは今日まで積み重ねて蓄積されたものが予め認知されるのではなく、そこでプレイした個人の振る舞い(ロールプレイ)によって再構築される。つまり、リアルとは異なる自分を《演じられる》場とも言えるだろうか。ネットゲームの中では、決してリアル通りに振舞わねばならないという制約は存在しないのである。


「旦那と出会うキッカケになったゲームでね、私は大人しくて物腰の柔らかい性格を演じていたんだ。そういう人物像(ひと)に憧れてたのかな。ゲームの世界の延長線上のつもりで、そのオフ会でも同じように振舞って、今の旦那と結婚して………そのまま、私は現実でも偽りの自分(バーチャル)を演じなくちゃならなくなってしまったの。そうしないと、私はあの人を裏切ってしまうことになるから。でも、そう思うほどあの人の優しさが怖くて、痛くて、でも、本当の私を見せる勇気も無くて………段々、疲れてしまったの………どうしてかな。もう少し頑張って、ここでも《争い事の嫌いな回復職(ヒーラー)》らしく居られれば良かったのに、私は………」


――――完全な仮想世界に来てようやく、偽りの仮面を外した、外してしまった。
――――その所為で、旦那の心に何か壁のようなモノが出来てしまったのだ、と。
 そこで、グリセルダさんの独白は途切れた。

 なんというか、なんというべきか、いや、もし仮に返答を求められているならば、これこそ俺如きでは()()()()()()()ような難問だ。気まずさが先行して思考を淀ませていることも一因だろう。いや、考え付いた一言が赤っ恥に直結することさえ想像だに易いというものだ。


「ねえ、もし君が、この荒んだ世界で信じていたパートナーが突然変わってしまうような目に遭ったら………やっぱり、嫌かな?」


 サバサバした印象の横暴なグリセルダさんではない、これは旦那さんの前で見せていた《優しい方のグリセルダさん》か。或いはそう見えるだけか。いずれにしても、よもや独白を静かに聞くだけでは容認してくれないらしい。一つ溜息を吐きつつ、それでも俺は素直な見解を述べねばならないのだろう。憂鬱な気持ちは呼気と一緒に吐き出すことは出来ない事など、とうの昔に検証済みだというのに、それでも学ばない自分に辟易しつつ、重い城門めいた口を努めて開いた。


「グリセルダさんが剣を握ったのは、演技に疲れたからなのか?」
「違うわ………私はただ、もう一度あの人と一緒に普通の生活に戻りたかっただけなの………」
「なんだ、そうか」


 やっぱり、どうあっても根は優しいじゃないか。
 額面通りの横暴な性格であったならば、そもそもこんな可愛らしいことで悩みさえしない。そうであったならば俺は《グリセルダさんの暴虐に晒されているであろう》旦那さんを救うべく尽力せねばならなかっただろうに。今度は溜息ではなく、掠れた笑いが零れた。


「だったら心配はいらない。どんなに表面を取り繕ったって、グリセルダさんの内側はそうそう変わらないものだと思う。だって、他人に伝わるような優しさってのは演技じゃ無理なんだよ。旦那さんに、グリセルダさんの事を嫌いになる理由なんてない」


 言いながら、俺は思い出す。
 はじまりの街を後にした、もう少しで一年前になるあの日。死ぬことを前提としていた俺が今もなお生きているのは、あの時のヒヨリの優しさがあったからだ。口先だけの優しさじゃなかったからこそ、俺は涙を零してしまった。造り物の演技じゃなかったからこそ、どこか温かいものを感じられた。そう思えたのは、ヒヨリが底抜けに優しかったからだ。形だけの優しさは、感情のない冷たい行為は、それらには決して血液は通わない。無機質で機械的な厚意など、言葉にしてみれば違和感しかないが、まさしくその感覚が全てを物語っているのではないだろうか。畢竟、形だけの優しさを人は《偽善》などと言うのだろう。


「要は考え過ぎだ。せっかく演技をやめたんだから、あとは認知してもらうだけだろう。時間は掛かるかも知れないけれどさ」
「……自分のことじゃないからって、好き勝手に言い過ぎなんじゃないかしら?」
「他人事だからな。一歩引いて俯瞰して、見えたことを率直に言った結果だ。だからこそ意外な意見が出て、どうにかなったりするんだと思う。もちろん、情報を鵜呑みにすることだけは避けてほしいところだけど」


 俺みたいな若輩の意見では(たか)が知れているだろうけれど、それでも情報を取捨選択する権利を有しているのは聞き手であるグリセルダさんだ。訝しむのは結構。その意気で情報を精査してもらいたい。自分で言うと身も蓋もないが、なんたって中学生相当の人生観で語られたものなのだから。


「でも、そうね。悩むより行動した方が私らしいのかもね!」
「それは、俺にはよく分からないな。無責任なことを言いたくない」
「………心配しなくても貴方は軽率発言たくさんしてるわよ。そこは自信を持って肯定するものでしょう」


 苦笑を漏らすグリセルダさんに窘められながら、なんとも言えない空気で休憩は幕を閉じた。
 ただ、強いて言うならば、グリセルダさんについて知れただけでも有意義だったのだろうか。

 ………ともあれ、ダンジョンもいよいよ最奥を残すのみのようだ。 
 

 
後書き
お悩み相談回。


今回は黒の幻影版グリセルダさんのキャラクター性について触れたお話となりました。
アニメや原作においては旦那さんが「可愛くて従順な」奥さんだったという評価をしていたので、それに付随したバックストーリーで原作とリンクさせてみました。ネトゲではロールプレイする派だったようですね。しかし、ネトゲで演じていたキャラを結婚生活にまで持ち込むのはちょっと根性が要りそうです。疲れて当然と言えるでしょう。

要するに、変わってしまったのではなくこっちが素です。リゼルとは別ベクトルで姉御肌、クーネよりもオカン気質な仕上がりとなっております。スレイドは息子か或いは歳の離れた弟のような扱いなんでしょうかね。


次回の更新は若干遅れるかも知れません。とりあえず、空の境界面白いです。



ではまたノシ 
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