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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第1章 奇縁のプレリュード  2023/11 - 2024/04
  3話 剣の櫃堂

 石畳はおよそ三十メートル四方に敷かれているらしく、その上に石柱が並んでいる格好だ。瓦礫は既に風化してしまっている為に復元は叶わないだろうが、そのどれもがやはり石畳の上か、或いは少数がその周辺に転がっている。人為的に片付けられたわけでないのならば、破片は《そこにあった何かを形成していた名残》と捉えるべきであろう。きっと大昔に忘れられた末、時の重みに耐えかねた結果であろう。しかしこれでダンジョンは地下に進む形式であることが分かった。まさか瓦礫からダンジョンを復元するなんて荒唐無稽な話などあるはずもないだろう。


「ねえ、これって剣の台座よね?」


 周囲から情報を探っている最中に、グリセルダさんは早々に石畳に踏み入れて何かを発見したらしい。全体を俯瞰することで気付くこともあるが、往々にして一つの特殊なオブジェクトに勝る情報ではないので、こちらの作業は即座に切り上げることとする。
 呼ばれた先は石畳の中央からやや奥まった位置、背後に剣を地面に突いた戦士の石像がそびえるブロック様の石座は確かに細く口を開いていた。風化しながらも、うっすらと残る文様といい、およそ中心に陣取る配置といい、ただのブラフにしては意地の悪いオブジェクトだ。ある一点を除けば、台座に見えなくもないのだ。


「確かに、剣が差し込めそうな形ではあるけどな………」
「でも、どう見ても大剣より幅広なんだけど、こんな剣ってあるかしら?」


 どうやらグリセルダさん本人も違和感については認識しているらしく、首を傾げながら訝しむ様子を見せる。


「一般的な大剣よりも二倍は広いぞ。いや、それ以上じゃないか? どう見てもプレイヤーの装備ではないだろう」


 この穴に剣が収まると仮定して、その刀身の幅は目算にして六十センチメートルも半ばくらいに届きそうだ。一言で大剣と括っても個々によって一概に断言は出来ないのだが、単純計算で刀身のリーチも二倍。攻略組が携える大剣の平均的な長さで言えば一四〇センチメートルくらいが一般的だろうか。その二倍を超すのであれば、この台座に収まる剣はリーチにして三メートルは下らないような超巨大剣ということになる。そんな代物は当然のことながらプレイヤーの装備品では在り得ない。


「幅からして、意外と盾が嵌まったりしてな」
「それ、意外とアリかも知れないわよ?」


 渾身のジョークに対しては意外と冷ややかな反応が返ってこなかったものの、聞き流すわけではなく真に受けられてしまっては立場がない。盾を背中から降ろそうとするグリセルダさんに対して思わず舌を巻かされる思いだ。


「………本気なんですか?」
「立案者が弱気でどうするの。もっと自信を持ちなさい………あら、意外とスッポリ嵌ったわ!!」
「これは………流石にダメだろう………」


 なんというか、コンクールの最優秀賞とかの受賞者に贈られる記念盾みたいなオブジェが出来上がってしまった。おまけに台座の大きさと盾のサイズとデザインのバランスがマッチングしていなかったこともあって、かなりお粗末な結果になってしまっている。当然、哀愁さえ感じる石座は何かしらのギミックを起動させることもなく、黙して盾を収めるだけだ。ただただ空しい光景である。


「………ダメね」
「まあ、そうだろうな」


 やや肩を落としつつ、グリセルダさんは盾を引き抜く。
 しかしながら、これをギミックとするならば、何かしらのキーアイテムを捜索しなければならなくなるのがRPGの定石というものだろうか。SAOというパッケージがどこまで王道を踏襲しているかは俺の知るところではないが、それでも一つの方向性として台座の可能性を信じても良さそうだ。
 だとすれば、ちょうど台座を見下ろすように鎮座する石像に何かしらのヒントか直接的なキーアイテムが隠されているような気がする。何の捻りもない初歩的な発想ではあるが、手にした剣は理想的な形状である。ただ、これだけの大物を運べるに足るステータスであるか、俺は少々心許ない。これがあの男の言っていた試練というものなのだろうか。STR値が一定値に達していなければ開かれないダンジョンというのも斬新ではあるが、試さない事には成否さえ判ぜられないままである。


「それ、持ち上げるつもり?」
「無理なら他を考える」


 (ひざまず)く石像の膝に立ち、巨剣の柄を全力で持ち上げる。
 やや聞き苦しい呻きを多分に漏らしているが、グリセルダさんは気にする様子もなく、しかし何か期待しているような視線だけを向けてくる。僅かに刀身が浮いた感触こそあるもののそれ以上の進展はない。あくまで体感での意見だが、STR一極振りのプレイヤーであれば持ち上がる可能性があるように思える。しかしながら運ぶというならば話は変わってくるだろう。現状において、プレイヤーの手による正攻法で台座まで運ぶというのは非常に難儀な問題だ。そうと分かれば早々に断念。グリセルダさんが無言で肩に手を置いてきたが、敗北感に苛まれそうなので真意を追求するのは止しておこう。

 では、もっと現実的な手段で行くならば、他のプレイヤーに応援を要請するという手が考えられる。
 だが、ヒヨリとティルネルはクーネ達の下で活躍中だ。せっかく期待されて出向いているのだから邪魔をするのも憚られるし、《片翼の戦乙女》の今後の在り方を左右する重要な時期なのだ。無粋な横槍は避けたいところである。なによりAGI特化のヒヨリには無理難題だ。
 アルゴも、クエストの話をする場合は検証が済んでからという暗黙の了解がある。情報屋として東奔西走する彼女に時間を割かせるのも、実に心苦しいところがある。加えて、タダで情報を融通してもらっている以上は《商品として使える情報》を手渡すことで帳尻を合わせなければならない。更に言えばAGI特化のアルゴには荷が重い。
 装備の補修や強化を依頼するお針子プレイヤーズは、残念ながら見送りとさせて頂こう。
 
 こうして消去法を繰り返した結果として、俺のフレンド欄から選択肢は潰えたわけだ。実に情けない。


「もしかしたら、もっと別の場所にヒントがあったりするのかしら」
「それはないと思うぞ」


 グリセルダさんの意見をあっさり否定してみせたが、それはこれまでの経験が根拠としてあるからだ。一応は幾重にも張られたフラグによって守られた隠しクエストや隠しダンジョンではあるが、それへ至るまでの道筋は決して理不尽なものではない。NPCの情報は基本的に信用に足るものしかない上に、あまり奇を(てら)うような難問は無かったといっていい。命の危険に晒されていながら、こう評価するのは倒錯したものを感じるが、このゲームはプレイヤーに対して公平性を損ねないような創意工夫が見られる。やはり、このゲームの製作者は単純にプレイヤーの死に様を見て愉悦を覚える性格ではないらしい。


「じゃあ、他に何か目星でもあるの?」
「そんな簡単に見つかったら苦労はしない」


 そもそも誰も勘付いていないクエストだ。急いだところで結果は何に影響するでもないし、普段であれば気になるものでもないのだが、普段の単独による探索でないこともあってか、思うように進まない現状に多少なりともフラストレーションの蓄積を感じるように思える。話し相手がいることで退屈こそしないが、攻略の速度が気に掛かるようになるというのも思わぬ弊害だ。ともあれ、解決できる問題でもなく、体術スキル込みの拳を石像の脛に叩き込む。まるで溜まったストレスがそのまま重量となって負荷したような、そんな印象さえ覚えるほどの会心の正拳は、それでも僅かに表面を剥離させる程度に留まる。


「………もう、少しは落ち着いたら? 八つ当たりは感心しないわよ?」


 グリセルダさんの注意を受けつつも、拳に意識が向いてしまう為に返答もしないまま放置する格好となってしまう。剥離、僅かな破壊の痕跡はつまり、それが非破壊オブジェクトではないということを指す。それはつまり………

 繰り出した拳打。それ自体が実は思いも寄らぬ《曲解》となっていた事に遅蒔きながら気付く頃には、既に事態は展開していたのである。


「く、っそ!?」


 判断などそっちのけで後方へ飛び退くと、その場に真一文字の剣閃が滑らかに刻まれる。
 数歩更に距離を取り、睨んだ先に()()()のは俺が弁慶の泣き所に拳を食らわせた石像。完全に直立し、岩の巨大剣を握ったそれは、新たに現れた赤いカラーカーソルとHPバーによって完全にモンスターたらしめられてる。

 その名は《Exist Statue Gatekeeper》

 《生きた石像の門番》ということだろうか。瓦礫を乱雑に踏み潰しながら猛然と歩み寄りつつも、台座だけは丁寧に迂回するところを見ると、やはり何かしらの意味合いはあるのだろう。というよりは、既に答えが動き出したようなものなのだが。


「オブジェクトがモンスター化するって、反則じゃないかしら………」
「でも、突然湧いて出たわけじゃないんだ。文句は言えないだろうさ。とにかく、特殊な攻撃はしてこないだろうけど、あの剣の一撃が怖いからグリセルダさんは距離を置いてくれないか?」
「スレイド君だけで戦えるの?」
「あのくらいなら大丈夫だと思う」
「じゃあ、遠くから応援してるわね!」


 カラーカーソルの色調から鑑みて、レベルは大して高くはないようだ。それでもあの剣を軽々と装備しているのだからSTRはかなりの数値であることが予想される。十分に対応できる攻撃速度だったし、何よりもモーションが大振りだ。おまけに脛を攻められた憎悪か、ヘイトは完全に俺に向けられている。苦慮する相手ではないだろう。
 歩幅の大きさもあって至近距離に迫った石像の剣士は、こちらを睥睨するも間もなく大上段に構えて振り降ろす。しかし、何の捻りのない一撃は威力こそ圧巻だが、回避には事欠かない。身体を逸らせれば通り過ぎるし、重過ぎる攻撃はほぼ確実に《硬直》を強いられる。本来ならば様子見を繰り返して攻撃パターンを把握してから反撃に移るという流れが理想的なのだが、武器を持つ腕がガラ空きである以上は隙を突かせてもらうことにする。


「シィッ!」


 鋭く空気を吐き、右の肩口に走る接合部を目掛けて繰り出した《バーチカル》は吸い込まれるように継ぎ目の線を捉える。衝突時に木霊した金属音が周囲に鳴り響き、小鳥(クリッター)が慌てて逃げ、石畳に重い衝撃が駆け抜けた。接着剤らしき黒いゲルが糸を引きつつ、ものの見事に右腕が外れたのである。しかし《部位欠損》にしては違和感のある光景だ。腕を破壊したというのに、石像のHPは一割も削れていない。恐らくは斬撃(スラッシュ)属性のダメージが徹りづらいのかもしれないが、それは些末な問題に過ぎない。真に注視するべきは切断した腕にある。
 SAOにおいて、切断された四肢は間もなくポリゴン片となって消滅するのだが、剣を握ったままの右腕はいつまでもそこに在り続けているのだ。やはりキーアイテムである剣が握られたままだと消失しないのだろうかと推論を巡らせるうち、なんと石像は屈んで《切断した右腕》の肩を左手で掴み………

――――そして、《横薙ぎ》が繰り出された。

 やや度肝を抜かれてしまったものの、何とか平静を装いつつ距離を置く。よもや落ちた腕を武器として用いるなど石像の青天井な豪快さには恐怖を覚えてしまいそうになるが、ある意味で特殊攻撃と見れば得心がいく。ただし、それが有効に働くかはまた別の話になる。
 そして続く二撃目。やはり大振りの袈裟に振るわれた剣の軌道から避け、鈍い刃の上に飛び乗る。
 石畳に叩きつけられて舞い上がった砂埃の向こうで、《破壊不能オブジェクト》を報せる紫のウインドウが光を放つのを横目に見つつも、刃を走り抜け、右腕を越え、左の手首を踏み抜いて跳躍する。着地点は石像の肩。しっかりと幅もあり足場として不便はないが、それでも借りるのは僅かな時間だ。

 落下の加速度を余すことなく乗せた拳は石像の脳天を捉え、ビキリと不穏な音をたてる。体術スキル防御(DEF)貫通技《鉄穿(テッセン)》。軒並み低火力な体術スキルにおいて異色の効果を持つこの技は、鎧紬一触という四字熟語を字面だけ体現したような働きを見せる。加えて、体術スキルはその大多数を打撃(ブラント)属性に占められている。更に言うならば、打撃属性に該当する攻撃は《堅固な外表を持つ》相手に対しての有効打となる傾向がある。どうやら読みは当たったらしく、敵の守りを貫く拳は石像のHPを三割ほど削り、頭部に薄い皹を走らせる。これで弱点属性も把握できた。片手槌使い(メイサー)であれば素早く決着をつけられるのであろうが、今の俺に与えられた決定打は拳と脚のみ。
 肩から飛び退いた先で愛剣を剣帯ごと横へ(ほう)り、石畳を駆けて再び接敵。横薙ぎを屈んで回避し、石像の踏み込んだ右足に水平蹴り技《水月》を放ち、足を払う。ゆっくりと後方に倒れるタイミングを見逃さず、硬質な石材の膝を足場に跳躍。体術スキル《烈震》による跳び膝蹴りが石像の顎を捉え、更に頭部の皹を濃くするのを見届けて着地。ついでに確認した石像のHPは残り三割。そろそろ幕引きとしよう。


「……その首、貰い受ける」


 勝利を確信して変な台詞が出てしまうのも気にすることなく、起き上がろうとする石像の首を目掛けて繰り出したのは体術スキル単発技《紫電》と銘打たれた後ろ回し蹴り(ソバット)。遠心力の加わった踵は石像のこめかみを撃ち、HPを更に二割削る。いよいよ頭部に蓄積したダメージで立ち上がれなくなり、ちょうど頭を垂れる格好になった石像の崩壊寸前の頭蓋に体術スキル単発技《霹靂》の踵落としを追撃とする。集中して狙われたことで、いよいよ耐久値が臨界に達した首が砕け、同時にHPも全て失せたことで石像の門番は巨大な剣を遺して青い破片となって宙に融けていった。


「ホントに一人で勝てたのね。剣士っぽくなかったけど……」
「柔軟性があると言ってくれると有り難い。さて、見事に剣だけ残ったわけだが」
「やっぱり、あれを刺せってことかしら?」


 戦勝祝いもそこそこに、目下の課題であるダンジョンの鍵へと論点は戻る。モンスターの武器である筈だった巨大剣が残っていることからも答えは明白なのだが、それを行う手段がない。とても忌々しい事態だ。


「とりあえず、二人で持ってみましょう? きっと動かせるから」
「いや、無理じゃないか?」
「いいからやる!!」
「……へいへい」


 意見があれば即実行とばかりに、グリセルダさんに引っ張られて剣を運ぶことに。
 しかし、俺が持ち上がったとしても発案者であるグリセルダさんのSTR値が足らず、片方だけしか上がっていない。その後、グリセルダさんは数分は粘ったのだが、パラメータの数値がプレイヤーの力を決定している以上はそこに気合や根性といった不思議パワーが介入する余地などある筈もなく、結果としてグリセルダさんが不機嫌になっただけだった。凄まじくむくれてしまった。


「………もう、重いんだったら割って運びやすくしちゃいましょう。スレイド君、石像の頭を割ったあのパンチをお見舞いしてやりなさい!」
「八つ当たりするなって誰が言ったんだよ。しかも他力本願ってどういうことだ」
「私は大人だから良いの!!」
「冷静になれ。本当に壊れたらクエストどころじゃなくなるだろうが」
「先っぽだけあれば大丈夫です!」


 大人ってなんだろうか。それこそ真理を探究せざるを得なくなりそうな命題を垣間見たものの脇へと押しやる。だが、このまま剣を運べなければどのみちクエストだって進展はしないだろう。根拠こそないが、グリセルダさんの意見を尊重して鋒だけ残すべく、刀身の腹を目掛けて再び《鉄穿》を撃ち降ろす。それなりの厚さのある剣ではあるが元来の材質は石であるためか、呆気なく真っ二つに折れてしまう。柄側の部分は消失してしまったが、本当に必要な部分だけはしっかりと残ってくれたので良しとする。しかし、残った部分だけを台座に納めてみたものの、何か仕掛けが動いたような様子はない。


「……や、やっぱり、壊しちゃったのはマズかったかしら?」
「だから弱気になるなよ。こんな形で失敗するくらいだったら始めから剣が消失してるだろうが」


 相も変わらず、いざという時に小心者になるグリセルダさんに呆れながら、苦肉の策を講じることとした。要は巨大剣の《失った残りの部分》に対応するようにアクションを取ればいいのではなかろうか。


「グリセルダさん、ちょっと剣の上に乗ってみてくれ」
「え、ここに? ……良いけど」


 グリセルダさんはどこか不安そうな返答を残しつつ残った刀身に飛び乗る。
 そして、機械的な何かが噛み合う音が地下で鳴り、剣の鋒もグリセルダさんを乗せたまま沈み込むと、石像が鎮座していた石の舞台が左右に分かれて空洞が口を開いた。中は地下に降りるための階段が延びている。この先がクエストの目的地らしい。


「どういう仕掛けか良く分からないけれど、上手く行ったわね!」
「……ああ、助かったよ。先に行こう」


 事態も一挙に好転したことで息を吹き返したグリセルダさんを遠目に見て、思わず苦笑を漏らしつつ、ふと思う。

――――剣の重量を補う錘に使ったなんて、口が裂けても言えない。と……… 
 

 
後書き
スレイド「鉄穿から霹靂まで体術スキル混成接続」
グリセルダ「結構懐かしいネタを知ってるのね」


ダンジョン開通回。

グリセルダさんを交えての謎解きと、申し訳程度の戦闘、意外と子供っぽいグリセルダさんでお送りしています。何気にグリセルダさんはスレイドのサポートキャラになりつつありますね。人妻なのにね。というか保護者ですかね。人妻ですからね。

ということで、今回の後書きもあまり書くことも無いまま終了となります。
更新はなるべき早めにしたいです。不定期と言いつつも週1ペース。このまま無理せず続けていきたいです。



ではまたノシ 
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