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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第1章 奇縁のプレリュード  2023/11 - 2024/04
  2話 試練の幕開け

 十九層、ラーベルグの片隅にひっそりと佇むカフェにて朝食を摂り終え、不愛想に皿が下げられる。実のところ、主街区とはいえ攻略の基点として前線に立つプレイヤーが身を寄せるのは決まって《迷宮区の最寄り》であり、この街自体が前線拠点として役目を果たしたのは僅か二日前後のことであった。故に、今いるこの店だって、提供する料理の味に対して知名度が上がらない穴場なのである。
 店内は伽藍堂の開店休業状態であり、店主である初老のNPCは退屈そうに頬杖を付きながら店の外を呆然と眺めるのみだ。腕こそ確かなのだが、仮にも客がいるのにこの無気力感である。
 それにしても、なぜ俺がこうして朝から寂れた隠れ家的な店にいるのか。それを説明するのは昨日の邂逅、グリセルダさん――――結局は《さん》付けで落ち着いた――――との一件を振り返らねばならない。


「あ、いたいた。ちゃんと言い付けは守れたようね」
「………そっちが邪魔してきたんだろうが」
「そうだったかしら?」


 ふと、ドアが開かれたことで備え付けられたベルが涼やかに響き、記憶に新しい女声が店内を伝播する。声の主は言わずもがな、この店を待ち合わせ場所に指定してきた張本人であるグリセルダさんその人だ。昨夜と同様にフード付きのローブと軽金属装備、背中に(カイトシールド)を背負って携行する姿は模範的な片手剣士の装備だ。
 グリセルダはこちらを視認するや、テーブルの向かいに腰を下ろした。椅子の背凭れに盾を掛けてから軽食を店主に注文すると、改めてこちらに向き直る。


「さてと、念のために確認しますけど、ちゃんとお家に帰ったんでしょうね?」
「……天地神明に誓って、帰宅の上で十分適度な睡眠と朝食を摂らせていただきました」
「うんうん、諦めの良さは肝心ね。それでこそ親御さんに面目が立つというものよ!」


 腕を組み、一人で納得するグリセルダさんを見遣りつつ、内心で溜息を吐く。
 これこそが、俺がこんな寂れた店に足を運ばなければならなくなった原因、昨夜のうちに隠しクエストの攻略を断念した理由だ。
 自己紹介を終え、彼女を主街区まで無事に送り続けた。そこまでは問題ない。至って善意に満ちた一場面であろう。しかし、そのまま攻略に向けて踵を返した俺の肩を掴み、彼女もまた至って真剣な表情を以てこう宣ったのである。


『こんな遅い時間に若い子が出歩くものじゃありません!』と………


 しかし、一プレイヤーである俺の行動指針に彼女が口を出すのもおこがましいと反発したものの、生きた歳の重みによる差が如実に出てしまい、というよりも正論のオンパレードによって反撃さえ行えず、気付けば説教される格好となり、モチベーションを殺がれた俺はあえなく拠点へと帰宅。
 その後に持ち直して隠蔽スキルを駆使しつつ二度ほど彼女を出し抜こうとしたものの、夜を徹して転移門広場に貼り付かれては転移時のエフェクトにて姿を感知されてしまうこととなり、さしものスキルも用を為さずに御用となり、やむなく彼女の意思を尊重することと相成ったのである。隣接する層の往還階段から迂回するという考えもなかったではないが、目的に対して労力が釣り合っていないようにも思えたので断念した次第である。誰に先を越されるわけでもなし、急ぐ理由こそなかったという事情もあってのことだ。


「………で、スレイド君はクエストの攻略に行くのよね?」
「まあ、それ以外にやることもないんでね」


 迷宮区では大手ギルドが幅を利かせている。
 ソロプレイヤーが潜り込むくらいは然して問題ないが、《恩赦》を逆手に取られた為に、俺にはそれが難しいのだ。


「そう、だったら朝ごはんが済んだら出発ね。頑張りましょう!」
「………始めからそれが目的か」
「律儀に待ち合わせ場所に来てくれているんだから、拒否するつもりなんてなかったんでしょ? それに私はクエストの報酬は欲しくないわ。ただ、最前線のプレイヤーの戦いを見たいだけ。もっと言えば、今日はギルドの狩りがオフだから暇潰し。スレイド君は私に気兼ねする必要なんてないのよ?」


 言うなり、タイミングを計ったかのように店主が厨房から運んできたトーストやらソーセージやらが盛られたモーニングプレートがグリセルダと俺の前に置かれる。フォークでレタスに似た葉菜をつつくグリセルダさんを見つつ、溜息を零す。俺の前にも鎮座するそれは、実のところ本日二度目の朝食であるが、是非もなく寄越された皿に罪はない。
 昨晩の言動から察するに、グリセルダさんからしてみれば若者の保護者として同伴する程度の気でいるのかも知れないが、それでも俺と彼女の間には年齢という隔たり以上に、レベル差という壁が存在するのだ。俺が気軽に探索できるダンジョンであっても、保護者気取りの彼女には命を賭する場面が発生しないとも限らないのだ。おいそれと連れて行けるような余裕は、デスゲームであるSAOにおいては純粋な慢心でしかない。慢心というならば、彼女が抱く保護者気質もそれに該当しかねないのだが。


「オフだったらオフらしく休息に充ててくれ。正直、危ない目に遭うのはグリセルダさんの方かも知れないだろう」
「心配してくれるのね。でも、私だって圏外で戦った経験はあるの。きっと大丈夫!」
「そんな根拠のない自信で堪るか。圏外を甘く見ない方が良い。せっかく助けたのに、今度はうっかり死なれたら俺が報われない」
「まあ、それはいいとして、案外思っているよりも簡単にどうにかなることだってあるんだから、ね?」


 暖簾に腕押しと言わんばかりに、俺の意見はのらりくらりと躱される。
 要は俺が待ち合わせを無下にしなかった時点で結果は決していたのだろう。我ながら稚拙な後ろめたさに屈する弱小メンタルが残念でならない。
 そのまま成り行きで交わされた申請を承諾し、晴れてグリセルダさんをリーダーとする急造PTは完成したのである。


「………自分の身くらいは守っておいてくれ。本当に頼むぞ」
「ええ、言われなくても分かってるわよ。そんなことより、あまり食べてないみたいだけど? ずっと暗い顔だし、どこか具合でも悪いの?」
「………至って好調ですが」
「じゃあ、早く食べなさい。朝食をきちんと摂らないのは良くないわ」
「いや、俺はもう二杯目なんだけど」
「大丈夫、クエストは逃げません。それに男の子なんだから、このくらい食べないでどうするの!」


 どうあれ、俺は彼女のペースから抜け出すことは出来ないのかも知れない。
 クエストが終わるまでの辛抱と決めつつ、常日頃のヒヨリの食欲を今だけ羨ましく思いながらも、誰に助けを乞うことも出来ない俺には眼前の理不尽に為す術もない。遅々として進まない朝食は俺の皿が空くまで続くのだった。今後の展望に一抹の不安を覚えながらも、食事を終えて店の外へ。相も変わらず人の気配のない街路は、やはり索敵スキルを用いても文字通り《人っ子一人居ない》有り様だ。マップデータを開いてグリセルダさんに見せつつ、クエストを攻略する事前の打ち合わせを開始する。


「ラーベルグから北に向かった先にクエストの目的地になるダンジョンがあるらしい。これまで未確認のダンジョンだから、俺が先行する。グリセルダさんは間違っても前に出ないでくれ。それと、もし危ないって思ったらコレを使ってくれ」


 打ち合わせとは言ったものの、実質的にグリセルダさんを戦力に加えることはない。
 出現するモンスターのレベルや使用スキルも判然としない、全くの未開の地に見ず知らずの同行者を連れていくのだから、自分に負い目はなくとも尽くせる手段と用意だけはするべきだろう。ということで、何らかの事由で不慮のダメージを追った場合に即応出来るようにとティルネル謹製中級ポーション《妖精の霊水》を手渡す。


「………これって、昨日も貰っちゃったけど結構な貴重品よね? 簡単に受け取って良いのかしら?」
「グリセルダさんも変なところで気を遣うんだな」
「だって、私の言い出したことで誰かに頼りっぱなしになるのも気が引けるというか………」


 突然、呵責に悩みだすグリセルダさんだが、それを言うならばなぜ付いて来ようと思い立ったのか問い質すべきなのだろうけれど、敢えて口にしなかった。元を辿れば、出会って間もない相手との待ち合わせを反故にしなかった自分に責任が帰結するだろう。無用な飛び火は避けたいし、何より彼女の同行を望んでいたのは俺の方なのかも知れない。理由は定かではないが、言うなれば興が乗ったというやつだ。自分も余裕があるわけではないが、ある程度まで行くと吹っ切れることも肝要だろう。


「だったら、暫くは話し相手にでもなってくれればそれで十分だ。PT内でのチャット(会話)はネトゲの華だろ? 多少のアイテムだって、どうしても気が収まらないなら後で返してくれればいいさ」


 デスクトップの画面を眺めながらのクエスト周回なんて、ゲームを純粋に楽しめていた頃がもう遥か昔の出来事のように思えてならないが、あれはあれで味わいのあるものだ。そこで成立していたプレイヤー間の遣り取りがSAOでは成立し得ないこともない。確かに匿名性が薄れてMMOとしては異例な環境ではあるが、それでもMMOであることに変わりはないのだから。自分でも苦しい方便に思えなくもないが、当のグリセルダさんには効果覿面であったらしい。


「………そうよね。これ(SAO)だって、本当はそういう遊びだったのよね」
「キーボードとマウスを買い替えなくて良いだけ経済的かもな」
「ありがとう。もしもの時は有り難く使わせていただくわ。でも、いつかお返しはさせてもらうわよ?」
「はいはい。楽しみに待っておきますよ」


 元の性格故か切り替えも中々に早い。気の迷いも晴れたらしく、その後の確認も同行者の理解力の高さによってスムーズに進み、満を持して街の外へと踏み出す。朝もそれなりに日が昇った時分となれば、森の中も見通しが利くし夜間ほどモンスターの湧出も多くはない。危険が少ないからこそ日中の攻略が望ましいという見解はSAOにおけるプレイヤーの共通見解であり、セオリー通りの行動となる。多少なりとも横暴さは目立つが、グリセルダさんが伴ったことによる現状は意外と攻略に際しては模範解答と言える。装備の《ありふれた片手剣士》然とした一式からしても、押さえるべきところを外さない印象を受ける。
 それを思うと、グリセルダさんが夜に圏外に出ていた理由も気にならなくはないが、彼女も一人のプレイヤーだ。あまり深く詮索するのも気が進まない。SAOが如何に匿名性を損なったとは言っても、(いたずら)に一線を踏み越えさえしなければ、ある程度の情報は機密を保持できる。互いに一定の距離を保つくらいが丁度良い。それに、グリセルダさんを見る限りでは考えなしにハイリスクな行動に出るとも思えない。行動の理由とは人それぞれであるとしておこう。


「そう言えば、このクエストってどんな情報屋さんから貰ったの?」
「自前だ」
「え、前線の攻略をしながらクエスト探してるの? 大変じゃない?」
「違う、特技と実利を兼ねた後方支援。俺は例外なんだよ」


 一般的に攻略組と呼ばれるプレイヤーは、文字通り前線にてSAOをクリアするべく邁進する者を指す意味合いの称号だ。迷宮区を踏破し、フロアボスを撃破し、次階層を有効化(アクティベート)する。その一連の行動が攻略組の実態とされていることだろう。その認識を否定するつもりはない。しかし、俺の活動は多分に大衆の認識を異にするところにあるのだ。

 隠しクエストや隠しダンジョンの攻略。
 第一層より続けてきた俺のライフワークは、当然の事ながら迷宮区攻略と並行して進行させることの出来ないものである。隠しダンジョンや隠しクエストを発見、攻略する間にフロアボスが倒されていたという事も往々にして経験した。しかし、在りし第四層ボス攻略会議において俺に転機が訪れたのである。
 それはクーネ達が未だギルドを結成する前、俺は彼女達と主街区にて遭遇し《ボス攻略を共に参加する》約束を取り交わした。その後に大型隠しクエストも共に攻略し、いよいよ迷宮区の探索を開始しようとした矢先に思わぬ障害が立ちはだかったのだ。

 前線攻略ギルド《DKB》リーダー、現《聖竜連合(DDA)》リーダーであるリンドが俺達のレイド参加に反対票を投じたのである。
 第一層ボス攻略以降、会議にすら顔を出さないままでいたプレイヤーを気安くレイドに加えることは出来ないという痛烈な意見は今でも鮮明に記憶しているところであるが、その状況にあって助け舟を寄越してくれたのは意外にもキバオウだった。
 彼はいつぞやかエギルがして見せた――――俺はその現場を見ていないのだが――――ように攻略本を持ち上げて弁明を買って出てくれたのだ。あまりにも予想の域外を往く事態にヒヨリまでもが唖然としつつ、雄弁を遂げたキバオウでさえも顔を赤くするという珍事に見舞われながらも、俺を含めたクーネ達はボス戦に参加することが叶ったのだ。
 加えて、以降もボス攻略においては暗黙の了解である《迷宮区攻略》を例外的に免除され、攻略組や中層プレイヤーがレベリングをするにあたって効率の良いクエストを捜査、公開することを条件として特例的にボス攻略への参加が認められた。これが現在に至る俺の顛末にして、先の《恩赦》の所以になる。

 ………逆説的に言えば、俺が前線に残り続けるために前線プレイヤーに効率的な狩り場と周回クエストを探して提供しろ。という指図を受けてしまったのである。
 まだキバオウが前線に在ったころは彼が後ろ盾となってくれていたが、今では《血盟騎士団》と《聖竜連合》が幅を利かせるなかで、極めて苦しい立場となりつつあるのが現状であるが。

 昔話を交えながらも不遇な立場に繋がる情報は伏せ、現在の長々とした経緯を話し終えると、グリセルダさんは真剣な表情で聞き入っていた。それほど真面目に聞かれる話でもないのだが、最後に一際大きく頷くと、こう宣ったのだ。


「スレイド君、ちゃんとお友達居たのね。安心したわ」
「………そうか。俺の交友関係が不安だったのか」


 前言撤回だ。この人は話を聞いてくれていなかった。
 というより、今の話を聞いてあの見解に辿り着く意味が分からないし、そもそも俺は何故グリセルダさんにプライベートを心配されているのだろうか。当然の事ながら答えなど出る筈もない。いよいよこの疑問に匙を投げたところで、森を形成する木々のオブジェクトが失せ、代わりにひび割れた石畳と砕けた石柱、それと幾つかの石像が残るだけの開けた空間に辿り着く。
 袋小路のNPCの証言と照らし合わせても、周辺の特徴は合致する。ここがクエストに関係するダンジョンの入口ということだろう。


「ところで、噂のダンジョンの入口が見当たらないんだけれど?」
「簡単に見つかったら()()クエストにならないからな」


 さて、何はともあれ仕事を始めるとしよう。 
 

 
後書き
グリセルダさん同行回。


実は人付き合いを大切にするスレイドと、グリセルダさんとの関係性が形成されたお話でもあります。
上下関係で言えば確実にスレイドが下位に属しますが、そもそも押しに弱いので致し方無いのかも知れないですね。
そして、意外と強気な物言いの多いグリセルダさんの性格にはやんわりと根拠がございます。とにかく、一貫して言えるのは《グリセルダさん自身はアインクラッドから脱出する為に積極的に行動する》ことでしょうか。その意思の根源もまた彼女ならではの理由があってのことなのですが。

また、第四層ボス攻略会議時の記憶についてですが、これはいつか短編で形にしたいお話ですね。後書きでは文字数が足らないのです。
ですが、キバオウさんのプログレッシブにおけるスタンスが、ベータテスターそれ自体を恨んでいるのではなく《情報を開示しないで新規プレイヤーを置き去りにしたベータテスター》に憎悪を向けていたというものらしく、自分の意思とは無関係ながらも攻略本を通じてハイリワードな隠しクエストを公開していたスレイドには()()()()優しくしてあげても良いと思ったんでしょうね。根は話の分かる人らしく、プログレッシブとアニメでは印象がガラリと変わっています。ツンは髪型だけにしてもらいたいものです。


というわけで、次回は二人でダンジョン攻略となります。どうでもいい話ですが、この後書きでも雰囲気を損ねないために主人公の実名扱いを避けようと思います。正直、黒の幻影を書いている気がしなかったです。(半ギレ)
不定期更新ではありますが、極力早いうちに更新したいですね。



ではまたノシ 
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