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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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32.流動情報

 
「――それでですね。あの……生存したカース氏を含めて被害者は全員が元冒険者だったんですよ」
「元?ってことは……全員が昔は冒険者をやっていたけど途中でドロップアウトしたってこと?」
「は、ははははいっ。理由は様々ですけど……全員がきっぱり冒険者登録を抹消していますっ」

 今、捜査班は三つに分かれている。
 一つはブラス・レフィーヤ・ルスケのチーム。彼らは被害者を今まで殺害してきた『方法』を探るために動くことになった。
 二つ目はヨハン率いるギルド隊。彼らは引き続き聞き込みを続けると同時に周辺に不審物が無かったかなどの証拠、証言の確保に奔走している。
 そして最後に余ったトローネとアズは――被害者の共通項を調べることで犯人の『動機』を調べるためにギルドの資料保管庫に来ていた。

 なお、これはブラスの指示だ。

『犯人はそれほど殺しに慣れている奴ではないだろう』
『そうかぁ?足がつきにくい方法で今まで何人も殺してるんだぜ?頭はいいだろう?』
『頭がいい事と殺しに慣れていることはイコールじゃない。事実、今回の被害者は辛うじて蘇生可能範囲のダメージだった。プロならそんな『隙間』は作らない。それに冒険者でもない奴を消すんなら闇討ちなり金で殺しの依頼をするなりもっと確実な手段があるし、電撃なんて回りくどい方法をするメリットもない』
『ってことは、プロの暗殺者でもないし、殺人鬼でもない?そして闇派閥でもないってちょっと前にも言ってたな』
『ああ。これは俺の勝手な推測だが、犯人は個人的な……ある種で幼稚とも言える私情でこれをやらかした筈だ。なら、被害者の過去のどこかに共通項がある』

 この命令を基にヨハンが被害者の死亡前の行動を調査し、トローネとアズは経歴を調査することになったのだ。
 デスクに山積した冒険者個人情報リストを捲りながら二人は被害者たちの経歴を調べ上げていく。ギルド未報告の情報もあるだろうが、それを差し引いても貴重な情報源だ。

「……あ。全員が一時期同じファミリアにいたようだね」
「は、はいっ。『ウルカグアリ・ファミリア』……生産系のファミリアだった、と思います……」
「何人かは『改宗』しているね。辞めたタイミングも多少ばらつきがあるみたいだ。関係あるがどうか分からないけど一応調べた方がいいかなぁ……」
「か、『改宗』の後のファミリアにも共通点や事件があったかもしれませんね……さ、探ってみますっ」
「オッケー。俺は『ウルカグアリ・ファミリア』の資料を漁ってみるよ。ええっと、確かこの辺に……あったあった」

 アズはまるで勝手を知っているように資料室の棚から資料を抜き取る。実際の所、何度かこの部屋には入ったことがあるから大まかな資料の位置関係は知っている。しかし、そんな事情を知らないトローネは先程から若干強張っている体を更に強張らせる。

(どーして資料の位置を知ってるんですか!?はっ、ままままさか既にお金でロイマン局長を懐柔済みだから知ってて当然!?……って事は既にギルドは陥落していて哀れな私は死神に捧げられる若くて美しい生娘の生贄なのですかぁぁぁ~~~~っ!?)

 ……相も変わらず何故か自分を過大評価しているが、まぁギルド番付の『受付嬢アホかわいい子ランキング』では1位らしいので大目に見てあげよう。

 トローネにとって、アズライールという男は途轍もなく不気味な男だった。

 口元はいつもへらへら笑っているのにその瞳は黄金の仮面に隠されて見えず、黒いコートの隙間から漏れ出す尋常ならざる負の気配だけがやけに冷たく背中をなぜる。トローネお得意のデータ収集を以てしても彼は行動報告が極端に少なく、中には賄賂らしきものを手渡した形跡さえある。
 秩序を最も重んじる筈のギルドに於いて、彼はあの『狂闘士』の仲介役という特殊なポジションにある。今まで完全に野放しだった獣を繋ぐ、ギルドからの唯一の鎖。故に――多少の無理も彼が相手ではまかり通ってしまう。
 そんな存在、トローネでなくとも疑ってかかるのが普通だ。

(ロイマン大先ぱ~~い………ほ、本当に信用できる冒険者なんですかこの人は……?嗚呼、許されるなら前途有望な私じゃない誰かに代わって欲しい!顔だけで仕事できないミイシャ先輩とかに!)
「ええっと………当時流行りだった装備品の改造(カスタム)業に手を出したものの、引き際を誤って大赤字。経営を持ち直すために業績の悪い冒険者をファミリアから追い出し……リストラかぁ。世知辛いね」
「えっ!?は、はい!!」

 咄嗟に話しかけられてトローネはびくりと跳ね上がり――その衝撃で座っていた椅子がバランスを崩して後ろへ傾いていく。

「あっ、へっ?はわわわわわわわぁっ!?」
「おっと危ない!」

 直ぐに事態に気付いたアズが資料を投げ出して慌ててトローネの椅子を掴むが、既に重心が傾きすぎて止めるのは間に合わない。咄嗟に身を乗り出したアズは自分の足をストッパーに、トローネが床に叩きつけられる寸前でどうにか椅子を停止させた。

「ごめんごめん、なんか驚かせちゃったみたいだね?」
「……………あ、あの。ありがとうございまひゅ」
(……ございま『ひゅ』?)

 まだ上手く事態が把握できていなかったトローネは、やっと自分が助けられたことに気付いて何だか自分が情けなくなった。散々警戒していた相手に助けられるなんて、自分はどんだけトロいのだろうか。

 と、その直後――テーブルに積み上がっていた書類がぐらりと揺れた。

「えっ」
「あっ」

 アズが投げ出したファイルがテーブルの上の書類の山にぶつかったのだろう、バランスがとれていた無数の紙媒体が二人の前に不気味な影を落とし――直後、二人の頭上に雪崩のように崩れ落ちてきた。
 どさどさ、ばさばさ!!と盛大な音が鳴り響き、その中から書類塗れの二人が姿を現す。
 二人は互いを見つめ合い、アズはばつが悪そうに項垂れた。

「なんか、ちゃんと助けきれなくてごめんね……」
「えと……」
「あー、格好悪っ……っていうか鎖使えば普通に防げたじゃん!しくじったぁ……!」
 
 ぬぐおおお、と唸りながら頭を抱える仮面の男。その姿が、今までのアズライール・チェンバレットのイメージと比べてあまりにも情けなくて――自然と笑みが漏れた。

「くすっ、ふふ……♪」
「……人の不幸を笑わないでよ。唯でさえ恥ずかしいのにさー……」
「だ、だってぇ……なんだか落ち込んでるアズライールさんが子供みたいで、可笑しくて……!」

 怖くても怪しくても、それが悪い人だとは限らない。中にはこんな間の抜けた人だっているだろう。こみ上げる可笑しさに笑いながら、トローネはもっとアズという男を知りたくなった。
 そんな二人の傍らの落下物の中に、一人の冒険者のプロフィールが書きこまれた項の開かれたファイルがある事に二人が気付くのは……それから間もなくの事。



 = =



『レフィーヤ。お前はギルドに依頼を受けた訳ではないから捜査に参加する必要はない。今日は大人しくホームに帰るんだな』

 ブラスにそう言われた瞬間、レフィーヤはある錯覚を覚えた。

 お前は役に立たないか帰れ――そう言われたかのような錯覚を。

 いや、事実としてそう思われていたのかもしれない。レフィーヤはこのような事件には慣れていないし、メンバーの中では明らかに子供に分類されるだろう。客観的に見てその主張は正しい。レフィーヤに戦闘経験の心得はあっても事件捜査の心得などある筈もない。
 しかし、理屈ではそう分かっていた筈なのに、レフィーヤはつい反射的にこう返した。

『ロキ・ファミリアの名を背負う冒険者として、ここで黙って身を引くことは出来ません!』

 自分だって少しは役に立つ――そんな意地もあったのかもしれない。ブラスの隠し事の真相が気になっていたこともある。しかし、それ以上に胸の内に抱えていたのはもっと稚拙な感情だった。
 何の事はない、子供っぽくてちっぽけな劣等感だ。

 冒険者として、人間として、この場で自分という存在が全く必要とされていないという事実を抱えたまま帰るのが嫌だった。最低でも自分を恐怖させた事件の真相くらいは見極めておかなければ気が済まなかった。
 ブラスは、そんなレフィーヤを一瞥して『邪魔はするなよ』とだけ告げて歩き始めた。
 子供というのは本当に嫌なもので、その言葉にカチンとくると、相手の嫌な部分しか目に入らなくなってくる。その頃から、レフィーヤは自分で自分のことを嫌になりながらも、ブラスの不審な行動の事ばかり考えていた。

(嘘が嫌いなあの人が、目撃証言で嘘をついた理由……この人とは何度か轡を並べて戦ったこともあるけど、もしかして………)

 ブラスの背中は何も語らない。微かな猜疑心と自己嫌悪を消せないまま、レフィーヤは彼の背中を追い続ける。アズたちに指示を飛ばした後、ブラスはルスケとレフィーヤを無視するかのように人通りの少ない路地を抜け、ひとつの大きな建物の入り口にまでたどり着いていた。建物の看板にはメモ帳にペンを挟んだ模様のエムブレムが掲げられているが、レフィーヤにはそれがどこかで見たことがあるもののような気がした。

「ここに、例の事件の殺害方法を知る手がかりがあるんッスか?」
「いや、ないだろうな」
「ないんスか!?」

 さらりと行動の根底を否定されて愕然とするルスケを無視し、ブラスは懐から一枚のカードを取り出して建物の警備員らしい人物に手渡す。内容を改めた職員は顔を上げて確認を取った。

「これはオーネスト様のメンバーカードですね。あの方が他人にカードを預けるということは、それなりのお考えがあっての事でしょう。………ご用件をお伺いいたします」
「部屋をひとつ借りたい。それと、ここ一か月の魔道具関連の噂や加工職人の動向の情報をまとめて寄越すように所長に伝えてくれ」
「かしこまりました。2階の第三会議室が空いていますのでご自由にお使いください」
「……お前ら、ついて来い」

 手招きをしたブラスはつかつかと建物に入っていく。置いて行かれてはたまらないと思った二人は慌ててその背中を追いかけた。

「あの……この建物はなんですか?何だかメンバーカードがどうとか言ってましたけど」
「『新聞組合(タイムズ)』……と言って分かるか?」
「あー、知ってるッス。このオラリオにある事実、嘘、噂話を纏めてゴッタ煮にしたような文章の羅列をしょっちゅう発行してるアホ集団でしょ?内容は眉唾物ばっかッスけど、仕事づくめのギルド内では暇つぶしに結構人気なんッスよ。ほら、これ」

 ルスケが取り出したのは安物の紙につらつらと写真や文章が乗せられた紙束だった。見た印象では精一杯ひらべったく伸ばした薄本と言った感じだ。ページ1枚が通常書籍10ページ分くらいある代わりにぺージ数自体は10にも満たない。
 このなかで知らないのはレフィーヤだけのようだが、そのレフィーヤもその紙束に何となく見覚えがあった。

「これ、ガレスさん辺りが似たような紙を持ってたような……あ、エムブレムが建物のものと一緒だ」
「こんなものを発行している出版社は『新聞組合(タイムズ)』しかない。まず間違いないだろう」

 そう、確かリヴェリアが「またそんな胡散臭いものを……」と顔を顰めていたのを覚えている。ファミリア内では確かロキとフィンもざっと目を通す程度には見ていた。

「で、ここと『新聞連合(タイムズ)』と何のかかわりが?」
「ここはその『新聞組合』の発行元……本部だ」
「マジッスか!?『新聞連合』って意外と贅沢な職場持ってるんスねぇ……そうそう儲かっているようには見えないんスけど」
「建物自体は既存の物だ。元はギルドから受注された手配書や情報公開文章を大量に印刷する公営施設だったが、ここ数年で印刷機が小型化したせいで大きな印刷所を抱えるメリットがなくなったから売りに出されたのを、当時無名だった『新聞組合(タイムズ)』が丸ごと買い取ったのさ」
「ほえー………ここも元はギルドの職場だったんッスねぇ」
「言われてみればギルドの作りとよく似てますね。建築したファミリアが一緒だから似てたんだ……」

 そこそこ年季の入った建物だと思っていたが、そこがまさか自分の昔の先輩が務めていた場所だとは思わなかったのか、ルスケは感心したように周囲を見回す。今でこそ『新聞連合』の持ち込んだ物があちこちに設置されているが、確かに基本的なつくりはギルドのそれと同じだ。

「『新聞連合』のこれからの活動内容を考えれば、この施設は必要なものが全部揃っている理想的な建物だ。何より旧式印刷機はギルドも処分に困っていたから値段がタダ同然なのが大きかった。一から集め直すより遙かに安上がりで済むし、広いスペースを利用すれば倉庫や宿舎の役割も賄える」
「やけに詳しいんスね?メンバーカードとか持ってたし、もしかしてブラスさんも『新聞連合』なんッスか?」
「いや………」

 一瞬何かを言い淀んだブラスだったが、考えを纏めたかのように言葉を続ける。

「この建物を『新聞連合』に教え、買い取りの段取りを整えたのがオーネスト・ライアーだったんだ。買い取り資金も一部をオーネストから借りたらしい。だからここの連中は恩義を感じてオーネストを名誉会員のように扱っている。そんなオーネストが俺に身分証を貸したのなら、俺はオーネストが認めたゲスト……俺が連れてきた得体の知れない二人も連中にとってはまたゲストという訳だ」
「………『ゴースト・ファミリア』。アンタもそうなんッスね」
「まぁ、な」

 何を隠そう俺がオーネストだから、などとは言い出せないので言葉を濁すブラス。やがて三人は第三会議室に辿り着き、そこに入る。テーブルの周囲に設置された椅子を無造作に引き出してブラスが座ったため、残りの二人も座る。

「あの……ブラスさん。そろそろ私達をここに連れこんだ理由を教えてもらえますか?最初、私達は被害者を襲った『方法』を探るって話でしたけど、何でそれが『新聞連合』に繋がるんですか?」

 いい加減に、レフィーヤは多くを語らないブラスにフラストレーションを溜めていた。
 人の話を聞いている筈なのに行動そのものは自分本位で、更に冷たい言葉や疑わしい言動を時折見せるブラス――いや、オーネスト。彼は自分の中で行動を決定したら、誰が何を言おうと実行するタイプの人間だ。故に自分の思考を他人に喋ることを無駄だと考えているきらいがある気がした。
 責めるようなレフィーヤに対し、ブラスの声はどこまでも平坦だった。

「繋がる、繋がらないで言えば……俺とお前たちの認識は『繋がっていない』な。それを説明するために落ち着いて喋れる場所が欲しかったのもある」
「それは、さっきヨハンさんたちに不審者の情報をわざと伏せたこととも関係があるんですか?」
「ある」
「一緒に行動している以上、説明はしてもらえますよね?」
「今からしよう」

 ざっくばらんな回答でレフィーヤの言葉を切り裂いたオーネストが、状況の変化に戸惑うルスケにメモを取るよう目線で促した。

「まず、『方法』だな。これは探るも探らないも二者択一だ。魔法か魔道具……これ以外で人間にあんなダメージを与える方法は存在しない。あれは完全に電気を利用した殺害方法だ。ルスケ、レフィーヤ………お前ら、人間が魔法も魔道具も使わずに人を殺すほどの電気を起こす方法を知ってるか?」
「出来たらそいつ人間じゃねぇッスよ……」
「魔物の一部には電撃を発生させる存在もいますけど………そんな訳ありませんよねぇ」
「そうだ。そんな事を実行しようとしたら街中で魔物を引き連れてけしかけるという馬鹿みたいな方法を取らなければならん。隠匿性も実行性もゼロに等しい以上、方法は限られる」

 街中で周囲に気付かれずに特定人物を電気で殺害する――一般的に電気といえば雷のことである以上、雷を発生させる方法は確かに二つしかない。魔法か魔法具だ。

「では魔法から考える。まず単純に思いつくのが超遠距離雷撃魔法だが……俺はこれを実現性のない物と考える」
「でしょうね……まず、距離が離れすぎると魔法は威力が減退します。人間を即死させるにはある程度近距離で使用する必要があります。また、超遠距離で魔法を命中させるならそれだけの技量が必要ですが、そんな使い方はダンジョン内ではする意味が皆無なので出来る人はまずいないと思います」

 ダンジョンは広いようで、戦闘空間そのものは広くない場合が多い。求められるのは精密なコントロールより範囲と威力だ。遠距離から人間サイズの敵を狙い撃つ技量があったとして、それがいつ、どこで求められるのかという話だ。無駄に集中力を浪費するよりぶっ放して命中させたほうが効率がいい。

「それと……常識的に考えて魔法使用者はターゲットを目視できる場所にいなければ命中させることは出来ません。なので、近くにそれをやろうとしている人がいたら……すっごく目立つと思います」
「あ、それと被害者の中には屋内で倒れた人もいるから、どっちにしろその線はないッス」
「そう言う事だ。まぁ、『そういう魔法』という可能性もあるが……使った瞬間に被害者から加害者までの閃光がラインで繋がる訳だから、目撃証言と合致しない。被害者を襲った閃光は近距離でのみ確認されている。なら、別の魔法は?」
「別の、魔法……ですか」
「そう……時限式魔法、とかな」

 時限式魔法………つまり、セットから一定時間が経過したら自動的に発動するという意味だ。
 ………が。

「まぁ、ないだろうな。そんな使いにくいにも程がある魔法が都合よく存在するとは思えんだろう?」
「「はい、全く」」

 当然と言うかなんというか、こちとら今すぐに目の前の魔物を倒したい時に魔法を求めるのだ。なのに何故インターバルを作る必要があるのか。戦いに於いて魔法にそんな無駄な時間差を作る意味が分からない。
 実はブラスは他にも「空間転移魔法」なる恐ろしい方法まで想像していたのだが、これまた可能性が限りなく低い上に概念を説明するのが面倒だったので喋るのを止めた。

「話が逸れたが……つまり魔法による犯行は『限りなく不可能に近い可能』。よって今回は一旦除外する。ここで浮かび上がるのが魔法具という方法だ。それも、トラップ式のな」
「確かに……魔法具なら作り手の技量次第で様々な小細工を挟む余地がありますね」

 魔法具は、『神秘』という発展アビリティを習得した冒険者が作成した特殊なアイテムだ。その道具には常識では考えられない、魔法に近いレベルの特殊効果が付与されている。もしも作り手が「道具の持ち主に電撃を喰らわせる」という特殊効果を付与しようとすれば不可能ではないし、こちらなら時限式もありうる。

「魔道具の作り手なら容疑者はかなり絞れる……!ブラスさん、この短期間でそこまで考えてたなんて……御見それしました」
「小説の名探偵さながらの洞察力ッス!ロイマン大先輩が解決を依頼したのはその頭脳を買ってのことだったんッスね!」
「あのデブがどんなつもりかなど知るか。俺は事件の真相に興味が湧いたからやってるだけだ。ちなみにこの事はアズにも伝えてある。今頃人間関係を伝ってそれらしい奴を炙り出している筈だ」

 興味なさ気に廊下に目をやったブラスは、小さく「来たか」と呟いた。
 直後、会議室のドアが開いて煩雑なまでにかき集められた紙束を抱えた女性が入ってくる。

「ハァイ、お待たせ!魔法と魔法具関連のメモ、持ってきたわよ!」

 寝癖か癖毛か頭のあちこちから妖怪アンテナが剃り建つモノクルの女性が笑顔で入り込み、紙束をドサリと会議室のテーブルに布く。陽気に鼻歌を歌う彼女は会議室の三人を見渡して興味深げにうんうんと頷いた。

「オーネストくんの友達だって言うから期待してたんだけど、やっぱり彼はこっちの期待を裏切らない男ね!ヘファイストス・ファミリアに定期的に訪れる謎の美麗女剣士ブラスに、ロキ・ファミリアの『千の妖精』!残り1人はネタにもなんない凡人だけどねー」
「サラッとヒデェ!?初対面の相手に言うに事欠いてヒドイじゃないッスか!ちくしょうギルドで出世して『新聞連合』を冷遇してやる!!」
「無理だねーオーラがないもん。いいトコ中間管理職止まりで部下や同期に追い越されるタイプね!」
「やめてええええええ!!想像できるからこそやめてええええええ!!」

 ルスケの心の脆い所にニコニコ笑いながら土足で踏み込んできた女性は、えぐえぐとぐずる彼をスルーして自分も椅子に座って足を組む。ふとレフィーヤと目があった女性はにこりと笑った。その笑顔は社交的に見えたが、瞳だけはレフィーヤの内心を探るような蛇の眼。
 彼女を一瞥したブラスは、既に運ばれたメモ類に目を通しながらぼそりと呟く。

「まさかアンタが来るとはな。オーネストからは現場主義だと聞いていたが、本社にいたのか」
「あら、薄々感じてたけど貴方ずいぶんオーネストと親しいのね?外見もよく似てるし……まさか兄妹だったりして?」
「俺に関する詮索は遠慮してもらいたいものだな。間違っても記事にはしないことをお勧めする……互いの為に、な」
「ふふ、分かってるわよ。私もあの子を怒らせたくはないもの――それで」

 手帳とペンを片手に、その女性は鼻息荒く身を乗り出した。

「こんな事を頼んだからにはあなた達――この『新聞組合』取締役のペイシェ・サーブル様の知的好奇心を満足させられる特ダネを持ってきたんでしょうね!?」

 ブラス(オーネスト)さんの知り合いって変人しかいないのかな――と。
 なんとは無しに、レフィーヤは思った。
  
 

 
後書き
ペイシェ・サーブル……
常識はずれの癖っ毛を持つ長身の女性。全力で髪形を整えても結局ハネるため髪形を直す気はない。『色気より仕事』をモットーに10年前からマスメディアとして活動している。好奇心旺盛な姿は子供っぽく顔も童顔気味だが、既に齢30は過ぎているらしい。
取締役となった今でも時々本社を脱走して情報集めに奔走するが、その際には髪が目立たないように帽子をかぶっている。 
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