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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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33.改造屋

 
前書き
4/10 色々とミスがあったので後半を細々と書き替えました。 

 
 
 現在、ブラスたち4人は事件に使われた殺人魔道具の拠出を探るために、『新聞連合』がかき集めた街中の魔道具に関する情報を精査していた。

「ヘルメス・ファミリアの魔道具無許可販売………これは関係がないな。あそこは引き際くらいは弁えてる。あからさまな殺しの道具は作らんだろう」
「無許可販売自体はしてるんですか!?」
「するさ。財政にそれほど余裕がないからな。許可販売は税金を取られるから、裏でバレないように流すのがあそこのやり方だ」
「ま、裏の方ではみんな黙認してることだし?証拠そのものは残ってないから突かれても言い逃れできるってわけ。レフィーヤちゃんみたいな表の冒険者からしたらショックかもしれないけど、軽い罪ってのはある程度黙認されてるものなのよ」
「………否定はできねぇッスね。ギルドには実働部隊が無いッスから網の目は大きいんスよ」

 ルスケの複雑な表情を気にも留めずにブラスとペイシェは黙々と作業を続けている。どうやらこの場で心が真っ白いのは自分だけらしいことを、作業をしながらレフィーヤは悟った。
 表には出てこないオラリオの隠された部分――単なる噂から裏の取れた事実まで、『新聞連合』の情報収集能力は驚異的の一言に尽きた。

「………魔道具の不正転売。アビリティを偽った詐欺。ラキアへの横流し。魔道具を使用したと思われる窃盗、誘拐、殺人。粗悪品を渡された冒険者がダンジョンで死亡認定……偽物の『魔導書』による魔力不全事件………これが全部、オラリオの中で……?」

 これでも、レフィーヤはダンジョン内外での殺人事件や汚い話を目撃したことはあった。ファミリアとして事件に関わったこともある。だからそのことで驚くことはないと思っていた。だが、目の前にある情報は想像以上に生々しくて、どれもこれも外道で、犯人は未だに街中を堂々と闊歩していて――あまりにも量が多すぎた。
 どこか、自分の生きる場所を美化していた。そんな甘い自分が悔しくて、レフィーヤはきゅっと唇を噛んだ。

「ロキやリヴェリアにどれだけ過保護にされてきたのか、理解したか?」

 不意に、ブラスが書類から目を離してレフィーヤの方を向いた。
 確かにそうだ。自分の第二第三の親とも言える主神とファミリアの先輩たちは、きっとずっとこんな後ろ暗い部分からレフィーヤ達を守ってきたのだろう。事実を噛み締めたレフィーヤは静かに頷く。

「私にはまだ早い……って、思われてたんでしょうか」
「どうかな。表のオラリオで生きていく分には別段知らなくともいいことだ。なにせ、事件は裏で起きている訳だからな。進んで薄汚い裏に入る必要はない。あそこは、落ちるしかない奴が自然と引きずり込まれる世界だ」

 表の小奇麗な世界と裏の薄汚い世界には、明確な線引きがある。いつだったか、フィンはレフィーヤにこんな言葉を漏らしたことがある。「オーネストの心は常に表と裏の狭間にある」、と。意味は分からなかったが、彼――今は彼女だが――が(そこ)(ここ)の違いを良く知っているのだと言う事だけは理解できた。

「ここの記事だって本当に起こっているか確認できないものもあれば、この情報網でも掴めないほどこっそり行われる裏取引もある。裏の連中は、同じ裏か或いは確実に落とせるカモにしか手を出さない。よって、表の人間は綺麗な世界だけ見ていてもしっかり生きていける訳だ」
「まぁ、アタシ達『新聞連合』は表も裏もきっちり見るのが仕事なんだけどねー。でないとスクープを逃しちゃうし?目を背けたらその分だけ真実が遠ざかるしー。今回の事件はイイ記事になりそうね!」
「……人死にで金儲けッスか。ハゲタカ精神旺盛ッスね」

 テンションの高い編集長ペイシェに、ルスケの冷たい視線が突き刺さる。言葉には出さずともレフィーヤだって同じ気分にはさせられた。そう、この女はそうして人の不幸を飯のタネにしてる存在だ。彼女に限らず『新聞連合』は多かれ少なかれそういう集団だった。
 しかし、ペイシェはさも心外そうに首を横に振って大仰に溜息をついた。

「あら失礼ね。別にアタシ達は金が欲しくて仕事してんじゃないのよ?そういう人が目を逸らしたり隠そうとするような暗部にこそ真実が潜んでるの。今回の事件だって、アタシ達が記事にしなければ痛い腹を探られたくない連中が情報を隠滅するかもしれないのよ?そんな連中の小細工で真実が闇に覆われたら………隠したもの勝ちで腹が立つじゃない?」
「それは……でも、死を悼むとかそういう発想はないんスか?」
「馬鹿ね。死んだ人間に遠慮した結果、真実を知らずに今を生きる人間が損したら意味ないじゃないの。うちの『新聞』がそういう案件を記事にするのはね……そうやって悪い連中だけが知っているような情報をスッパ抜いて、いい連中にも知ってもらって警鐘を鳴らすことでもあるのよ」

 彼女の姿勢は褒められたものではないが、その思想には筋が通っている。反論できずに「でも……」と呟いたルスケに対し、ペイシェはトドメを刺した。

「だいたい、そう言う貴方は『新聞』を暇つぶしに購読してるんでしょう?その新聞には今回みたいな誰かの不幸も載っていた筈よ。記事を読む分には暇つぶしなのに、少しばかり物事に関わった途端に不謹慎だって騒ぎ出すのはちょーっと自分を都合よく考えすぎなんじゃない?」
「うぐっ」
「記事出す阿呆に見る阿呆♪人の記事を見て暇つぶししてた貴方は不謹慎じゃないのー?オネーサン気になるなぁ~♪」
「その辺にしておけ。民衆がどいつもこいつも確固たる信念を持っている訳じゃない。気が変わることはよくある」
「ええ、もうちょっとからかいたかったのに!ぶーぶー!ブラスちゃんノリ悪い~……本当にオーネストそっくりなのね」
「よく言われる」

 ふざけた態度でテーブルに突っ伏しながらペイシェはメモの精査を続ける。だが、その目はルスケをからかう時とは比べ物にならないほどに真摯な眼差しだ。真実の一つ、情報の一かけらも見逃さないように一つ一つを確実に、そして手早くこなす様は、ひとつの道に全てを注ぐプロフェッショナルの姿勢に他ならない。このボサボサ髪の女性の情報に対する熱意の差が垣間見えた瞬間だった。

 今日は、本当に人間のいろんな側面が見える日だ。そう思いながらぺらりとメモをめくったレフィーヤは、そこで気になるものを発見した。

「ええと、『北街のアルガード・改造屋・料金徴収時に注意』……?なんですかこのメモ?」
「ああ、それは多分新聞の購入代金を徴収するときのメモだと思うわよ。おかしいなぁ、資料をかき集めた時に紛れ込んだのかな?」
「じゃあこれは関係ないってことですね……」
「待て」

 ブラスの眼光が、レフィーヤの発見したメモに向いた。

「『改造屋』と言ったな?……『改造(カスタム)』は魔道具の作成に似た性質のある職人技だ。『神秘』のアビリティを持っているかもしれんぞ」



 = =



「――改造(カスタム)というのは、20年ほど前にオラリオで一時期流行した技術です」

 『ウルカグアリ・ファミリア』所属、アルガード・ブロッケという男の備考欄に書かれた『改造屋』という聞き慣れない言葉。こういう時に説明をしてくれるオーネストのいないアズは、トローネの知恵を借りていた。
 二人とも床に落ちたその資料が気になって、床に座り込んだままだ。

「それで、改造ってのは具体的に何をする技術なのかな?」
「既存の装備に特定の素材を化合してポテンシャルを引き延ばしたり、デザインを変更したり、オプションパーツを付け足したり……という技術です。一時期はかなり流行したのですが、色々と問題が多くて直ぐに廃れてしまったそうです」
「と言うと?」
「たとえば改造で剣を強くすれば一から剣を作るより遙かに安価で強化できます。でも、それって結果的には一度完成させたものに混ぜ物をするってことですよね?だから、改造で強化した剣はその殆どが耐久力が落ちてしまうんです。デザイン変更やオプションパーツも所詮は後付けである以上、やはり耐久力に難がある……という具合でして」
「つまり、威力は上がるけど耐久力が落ちてるからすぐ折れると。そりゃ長期戦が前提のダンジョンではマズイなぁ」
「そうなんですよ。……最初は欠点を知らない冒険者の皆さんも面白がって改造を施していたみらいですけど、改造すればするほどに耐久力は落ちてあっさり壊れてしまう。すると新しい剣はさらに強くしようとして改造に……としているうちに、改造のカラクリに気付いてきたんです。更に、他の職人が作った剣に後から手を施す商法が鍛冶ファミリアからいたく顰蹙(ひんしゅく)を買いまして………」

 後は簡単だ。メリットよりデメリットが多いと知れれば冒険者たちは夢から醒めたように離れていき、流行に乗って改造屋になった連中は目論見が外れて大コケ。改造のビジネスは一過性の流行として時代の流れに掬われて彼方へと消えてしまった、という事だろう。

「一応、今も少数ながら『改造屋』はいます。この人達は耐久力を落とさない『改造』の施せる腕利きの職人さんで、少ないながらきちんとした需要があります」
「つまり、このアルガード・ブロッケさんもその時代の職人さんの生き残りって訳だ……」

 アズとトローネは顔を見合わせて、再び経歴書類を見て同時に呟く。

「40代になってこの童顔……流石は小人族だな」
「恐怖のロリショタ種族は伊達じゃないですね……」

 そこには、年端もいかないようなあどけない顔をした少年の写真が張り付けられていた。

「俺も友達に小人族何人かいるんだけど、もう年齢わっかんねぇのよ」
「いっそサギの域ですよねぇ……私も初めて小人族にあった時なんかもう……」

 どう考えても重要なのはそこではないのだが、残念なことにこの空間はツッコミ不在だ。しかし二人は少々天然であっても当初の目的を忘れるほど仕事が出来ない性質でもなかったのが幸いか、脱線は直ぐに修正される。

「……っとと、それよりブロッケさんだ。この人、被害者7人と同時期に『ウルカグアリ・ファミリア』にいたらしい。ブロッケさんは未だにここのファミリアの一員みたいだね。レベルは2、現在は個人的な工房で改造(カスタム)、鎧、装飾品を中心に作成している……と」
「確か、去年の決算書での売り上げはボチボチだったと思います。少なくとも然程お金に困ってはいないかと」
「ファミリアに所属してるんなら話は早い。一旦ヨハンさんの所に寄って話を伝えてからウルカグアリに会いに行こう。ファミリアの長ならブロッケさんと被害者の人間関係も知っているかもしれない。それに………」

 アズはポケットから小さな箱を取り出して、その中に入っているものを摘まみ上げた。

装飾品(アクセサリ)を作ってるんなら、こいつと関係があるかもしれない」

 それは、ブラスが現場で目ざとく発見していた現場の異物――千切れた鎖らしきもの。今のところの読みでは、この鎖こそが被害者を襲った魔道具の一部である可能性が高い。ファミリアの道具作成名簿や動向によって犯人を絞り込む手掛かりになる筈だ。

「じゃ、早速いこうか。ブロッケさんは7人を殺した犯人の可能性と、真犯人による8人目のターゲットにされる可能性の両方があるからね」
「ええっ!?け、決断早すぎません!?それにアポもとってないし!」
「そこはそれ、非常時だしギルド権限で押し通せるでしょ」

 ぱちっとウィンクして早速立ち上がるアズにトローネは慌てた。

「ももも、もしそのブロッケさんが事件に関係なかったらどうするんですか!もっと裏付け調査をしてから行きましょうよ~!」

 というか本音を言えば殺人犯候補に自分から近付きたくないというのがトローネの意見なのだが、一応は冷静な観点から見ても彼女の言い分は間違っていない。
 まだ被害者の『改宗』後の動向や関わった事件について調査が全然終わっていない。それに、まだウルカグアリ・ファミリア全員の経歴はチェックしていないので容疑者も被害者候補もまだいるかもしれない。アズの行動はどう考えても早計だ。
 だが、アズはそんなトローネの手をがしっと掴んでにへら、と笑った。

「なーに言ってんの、それこそウルカグアリ本人に聞けばいい事じゃん。神様は記憶力いいからね~……かつてのファミリアの『改宗』先も把握してるだろうし、人間関係だってギルドの資料以上にバッチリ!こと自分のファミリアなら忘れてることはまずないさ!」
「ううっ、それはそうですけどぉ……」
「だいたい、被害者7人が一堂に揃ったファミリアだよ?ぶっちゃけこれ以上の共通項なんて見つからないと思うよ」
「それもそうですけどぉぉぉ~~~……!」

 アズはトローネの手を離す気配がまったくない。その姿はまるで友達と一緒に遊びに行きたい子供の様だ。既に危険な場所に飛び込む気満々の冒険少年の眼をしている。

「そっそうだ!調べ事はお外で働いてるヨハンさんたちに任せましょう!ねっ!?」
「事情を調べた俺達が直接言った方が面倒が無くていいと思うなー」
「か……神様も実はブロッケさんとグルかもしれません!きき、危険です!危険な場所に冒険者を同行させる訳にはいかないなー!ああ私ったらなんて心優しいギルド職員なのでしょう!そう、アズさんのためなのです!!」
「大丈夫大丈夫。俺、護衛に関してはこの街で一番の自信あるから!」
「自信過剰っ!?」

 グッと親指を上げて誇らしげにアピールするアズ。やっぱり手は離す気配がない。いよいよを以って逃げ道がなくなってきたトローネは焦って何事か言い訳に使える言葉がないか耳をパタパタさせて考えるるが、残念なことに高学歴で将来有望な彼女の頭脳を以てしても適切な答えは発見できなかった。
 そして、とうとう袋小路に追い込まれた哀れな子犬に、死神の毒牙が迫る。

「君は死なないよ。俺が認めさせない。例えそれが神の裁定であろうとも――『告死天使(アズライール)』の名に賭けて、君の為に運命を覆して進ぜよう」

 それは超越存在が人々を(いつく)しむときに見せる、儚くも美しき微笑み。
 この人になら自分の命を任せていい――そんな衝動が、無垢な少女の心を激しく揺さぶった。

「それでは不満かな、可愛いお嬢さん?」
「……………し、信じまひゅ」

 数秒ほどアズの笑顔に目が釘付けになっていたトローネは、頬を火照らせながら微妙に呂律の回らない舌で返事をした。この瞬間、トローネの心は完全にアズの微笑みに『魅了』された。

 ロキが面白半分でアズに教え込んだ女性オトしのテクニック――別名『神威微笑(カリスマイル)』が炸裂した瞬間だった。



 = =

 

 オラリオにある新聞は、現代日本の新聞と比べれば内容は洗練されておらず、まだ『薄っぺらい雑誌』程度のものでしかない。内容も真実と根も葉もない噂が入り混じった信憑性の高くない代物だ。情報媒体というよりは娯楽で、普及度は低い。
 物珍しさに定期購読する固定客もいるため売上としては悪くないが、全体的に脳筋の多いオラリオでは新聞の価値などトイレのちり紙程度にしか思われていないのが実情である。情報を重んじる者、情報の中に隠された更なる情報を求める者にとっては新聞は街の息吹を感じる『生きた情報』だが、それ以外の者は情報を酒場で仕入れるスタイルをずっと続けている。

 ありていに言えば、この街での『新聞』という文化は時代を先取りしすぎた。

 一部の特殊な人間――ギルド長のロイマンや探偵稼業、情報屋、神々はその価値を認めているが、今のオラリオの人間にはそれが価値あるものだという実感が湧かない……いや、新聞という情報媒体の利用方法をいまいち理解できていないのだ。

 おそらくこの世界で新聞というものの価値が高まるのはもっと先の事になる。
 だが、逆を言えばいつか新聞が日常に溶け込む日が来る。
 新聞を製作している『新聞組合(タイムズ)』のメンバーは、そう信じている。

 街を歩く男――ハンチング帽をかぶった若者、パラベラム・ルガーもまたその一人だった。
 メモを片手に周囲を見回すパラベラムは、たまたま目に入った煉瓦屋らしき店で玄関を掃く男に阿指酔って質問した。

「えっと……すいませーん!この近所にアルガードって人の住んでる鎧工房がある筈なんですけど、どこにあるか知ってます?」
「ああ、アルガードさんの家ですか?ここを右手に行った先の路地から行けます。玄関先に鎧があるからすぐわかると思いますよ?そういえば最近あの人を見かけないけど……ま、元々外出の少ない人だし」
「ほうほう、これはどうも御親切に!あ、それと……これよかったらどうぞ」

 目的地の情報を聞きだせたパラベラムは感謝の品を渡すように、肩にかけた鞄から紙束を取り出して男に差し出す。

「これは……『オラリオ新聞』、ですか?」
「自分、『新聞組合(タイムズ)』という所で新聞っていうものを作ってるんです。代金は要りませんのでヒマつぶしがてら読んでみてください!色々と新鮮な情報が乗ってますよ!」
「は、はぁ………チラシの束にしか見えませんが、新聞ってそもそもなんですか?」
「簡単に言えば最近の出来事、皆が注目している情報、噂話や面白い事件などの情報を纏めて知れちゃう雑記の寄せ集めですかね。ギルドとも提携してるんで、ギルド発表の最新情報も一通り乗ってますよ!」

 店員の男は少々胡乱気な顔をしている。見知らぬ男が差し出した聞いたこともない紙媒体の存在意義を、押し付けられたゴミ程度にしか思っていないのだろう。
 だが、パラベラムはこれ以上の説明はしない。前は内容を理解してもらうために言葉を尽くしていたのだが、説明だけではどうしても空回りしてしまうことが判明した。よって、自分で読んで内容を検めてもらうのが良くも悪くも手っ取り早いというスタンスに変えたのだ。新聞の価値は、自分ではなく読み手が決めるのだから。

「気に入ったら近所の売店、書店でお買い求めくださーい!」

 それだけ言い残して、パラベラムは目的地の路地裏へと入っていく。

 今のパラベラムの仕事――それはアルガード・ブロッケという男への集金である。

 新聞は基本的に許可を貰ったオラリオ内のギルド認可店で販売されているが、新聞は最新情報を貴ぶためにおよそ3日に1回のペースで発行されている。しかし、新聞の定期購読者の中にはそれを買う為に何度も店に足を運ぶのが面倒だと言う意見が取り寄せられていた。そこで、『新聞組合(タイムズ)』は購読契約システムを構築した。
 購読契約システムとは、先に新聞代金を払う代わりに発行された新聞を契約者の下まで配達するシステムだ。金さえ払えば全て確実に、しかも在宅のまま新聞を受け取れる。お金さえ気にしなければ便利なシステムだ。

 そして、アルガードもまたそうやって先月に月割購入契約を結んだ一人だった。

 アルガード・ブロッケ。種族はパルゥム、性別は男性、年齢は43歳。幾つかの鍛冶ファミリアとアイテム作成のファミリアを転々とした後にウルガグアリ・ファミリアに根を降ろし、現在は装備――主に鎧のカスタムを専門に受注する個人職人として活動しているらしい。……と、ここまでが先輩から仕事を押し付けられたパラベラムが把握している情報になる。

「さて、普通のお客様なら素直にお金を払ってくれる訳だけど……残念ながらアルガード様は普通じゃないかもしれない。厄介なことにならなきゃいいんだけどな……」

 小さく嘆息したアルガードはハンチング帽の鍔を指で摘まみ、深くかぶり直した。
 厄介かもしれないとパラベラムが判断する理由――それは、これがアルガードに行なう最初の集金であることが関係している。
 何事も初めてというのはトラブルが付き纏う。『新聞組合(タイムズ)』も新聞も歴史が浅く知名度が低いが故に『下』に見られていることが多く、初契約の集金時は今までも幾度とない苦難が待ち構えていた。料金支払いを拒否したり、貰うだけ貰っておいて一方的に契約を踏み倒したり、難癖をつける、金銭問題を理由に先延ばしにしようとする、新聞を突き返して『これで代金チャラ』などとのたまう……見も蓋もない言い方をすると『ナメられる』訳だ。

 彼の懸念はそれだけではない。アルガードという男は新聞契約を交わしているにも拘らず、『今までに新聞を読んだ形跡がない』らしいのだ。契約時には確かに顔や住所を確認したのだが、後の調査でこの家から捨てられた新聞を見ると未開封の証である紙テープが破られてすらいない。変に思って本人確認の為に何度か尋ねたのだが、扉越しに代理人の返事が来るばかりで一向に顔を出さない。

 新聞を買っておいて読む気が失せたことはあるだろうが、ああもあからさまだとこの客とのやりとりに嫌な予感を覚えざるを得なかった。具体的に何がという話ではなく、経験則という名の統計が『厄介』という警鐘をかき鳴らしているのだ。その厄介はこれから起きるかもしれないし、来月に起きるかもしれない。ただ、何となくパラベラムはそれが確実に訪れるであろうことを予感していた。

 煉瓦屋に道を聞いたのは、別に家が分からなかったからではない。アルガードという男の情報をさり気なく聞き出そうとする狙いがあった。

「あの人の話じゃ最近見ていないらしいが……やけに出不精だな。生活してんなら最低限外出ぐらいするだろう。ならあそこに住んでないのかとも思ったが、お手伝いさんはいるようだし。話を聞く限りでは金回りにそこまで困ってる訳ではなさそうだな」

 最初に契約に行った組合員の話では、半ば自営業の状態にしてはそこそこ儲けている風だったという。契約を続けるにしても辞めるにしても、取り敢えず今月分の代金は回収しなければ組合長に顔向けが出来ない。

 鬼が出るか蛇が出るか……避けたい仕事だが、避けて通れない仕事でもある。
 ため息交じりに真上を見上げると、屋根と屋根の間を数人の人影が次々に飛び移っているのが見えた。最近冒険者の間で密かな流行の兆しを見せる『移動遊戯(パルクール)』だ。近々それを題材にした特集をしようと計画している。
 だが、パラベラムの目線は未来の記事には向けられておらず、参加者に女性がいるかどうかにばかりに向いていた。

「……ちぇっ。女の子はいるけど流石にスカートは履いちゃいないか」

 どうせ相手をするなら40代のちびガキではなく美人奥様がいい。
 そんな本音を漏らしかけたパラベラムは、実現しない妄言をのたまう自分が虚しくなって大きなため息を吐いた。
  
 

 
後書き
迷宮に潜らない回多すぎじゃないかと思う今日この頃。基本的に人間関係書きたいし、戦ったら主人公二名の無双ゲーだからぶっちゃけダンジョンなんていらな(ここから先は神聖文字になっていて読めない) 
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