されど世界を幸せに踊りたい
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第4話
前書き
取りあえず、一章は終わりです。
切りのいいところで切ったので今回は短いです。すみません。
洞穴を入って数十分。何度かガユスが空気を清浄化するために、化学錬成系の咒式を発動していたことを除けば、順調に進んでいる。
周りは岩壁に覆われて、歩く場所だけが砂利で出来ていた。
ガユスの魔杖剣〈断罪者ヨルガ〉の先で、化学錬成系第一階位冷光(サイリム)のシュウ酸ジフェニルと過酸化水素との混合溶液の化学発光により起きる熱のない光が、唯一の光源だった。その光を頼りに、暗闇の中を歩き続けていく。
砂利を踏む音や服の擦れる音。そしてヤザワからかすかに聞こえる金属が軋むような音。暗闇だからか、それらがやたらと歩く者たちの耳に響く。
レメディウスやナリシアが不思議そうに、軋むような音の発生源であるヤザワに視線を送る。だが、彼はそれを無視してひたすら歩いていく。
答える気はないという事を言外に察し、レメディウスとナリシアも黙々と歩み続けた。
数分ほど進んでいくと、ようやく行き止まりに差し掛かった。ヤザワが道を塞ぐ土壁に触れる。魔杖刀〈一期一振〉から薬莢が排出。刀から重力探査咒式が発動。土中の金属質や含有量を調べていく。
ヤザワが胸ポケットから出した携帯端末に、探査咒式の結果が表示される。
それを一度ガユスとヤザワだけで見る。その後、二人して本当に残念そうなため息をついた。
「個々の土地が龍皇国や同盟だったら、どれだけよかった事でしょう」
「ああ。俺達は今頃土地売買で大金持ちだっただろう」
二人の意味深な発言にレメディウスが、携帯端末を興味半分に覗き込んだ。
「なっ!」
瞬間、携帯端末を奪い取る。驚愕のあまり、全身が大きく震えていた。
ただナリシアだけが一人取り残されている。その不満を解消するために、レメディウスに近づいて何事か問う。
「レメディウス、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもない! やったぞナリシア! うまくやればこれでウルムンは救われる!」
彼はナリシアに勢いよく抱き着いて、喜びを露わにした。
「オランダ病や資源の呪いなど沢山の問題が出てくると思う。でも最初に、ソブリン・ウエルス・ファンドを設立して、僕の知識を使って工業力や技術力を向上させていけば、いずれは」
「あー、レメディウス博士。できれば俺たちの事も忘れないでもらいたい」
ガユスの呼びかけで、レメディウスは我に返りナリシアから離れた。
レメディウスは、慌てた様子でヤザワに携帯端末を返す。
「なるほど、お二人がこの宝を見つけて落胆していた理由が理解できました」
「そうだろう。俺達がこの宝の山を見つけた処で、何の役にも立たない」
ガユスの面に無念そうな表情が浮かぶ。
「むしろ厄介ごとにしかならないでしょうね。最悪拙者達はウルムンで屍をさらす事になる」
レアメタルの鉱山を見つけた処で、ウルムンという独裁国家ではどうしようもないのだ。安い土地を買い取り、レアメタルを発掘しようとしたとしても、その情報を流し高く土地を売ろうとした場合も、ウルムンの独裁者ドーチェッタがその富を奪いに来る。そのまま無事に返してもらえる保障すらない。
適当にでっち上げられた罪で、処刑されるほうが高い、とガユスとヤザワは予想していた。
その予測が確かな事を、レメディウスが裏付けるように頷いていた。
無論彼等がレメディウスに、タダでレアメタル鉱山の情報を話したわけではない。
「ところでレメディウス博士。この情報を渡した俺達に幾らかのお礼を貰いたいのだが」
「勿論です。貴方達の要求は可能な限り飲ませてもらいます。その代り」
彼の意味深な発言にガユスはうなずく。
「勿論。誰にも話したりしない」
「それを聞いて安心しました」
レメディウスが手を差し出す。ガユスはその手を握りこんだ。ヤザワは期待に目を輝かせていた。
「良い取引だった」
満足そうなガユスが車を走らせていた。後ろの座席では、ヤザワが読書にいそしんでいる。
あの後、二人はレメディウスの取引でかなりの利益を得ていた。
レメディウス氏独自の咒印組成式や研究資料を得て…………ヤザワが今読んでいるのはそれだ…………他にも彼等の装備である咒式具の改造をやってもらっていた。
「第七階位の咒式発動が見えてきたな」
「…………」
ガユスの発言を無視するように、ヤザワは読書に専念している。実際彼は一度本を読みだすと、反応が全くなくなるタイプだった。とはいえ、周りが見えなくなる訳ではないようだ。
それを知っているガユスは一度彼の方に視線を送る。そのまま、数分ほど待った。切りが良くなったのだろうか。一度本から目線を外し、ガユスの方へ顔を向けた。
「全くです。拙者達が十三階梯になるのも夢ではなくなりました」
先程の発言に、ヤザワがようやく反応を返した。
ヤザワの反応が返ってきたのを皮切りに、ガユスは一つの疑問を発する。
「あれでよかったのか」
「…………何故です」
心底不思議そうな表情で、ヤザワが首を傾げた。
「彼らはレアメタル鉱山と死の商人の情報を得ました。こちらは装備が断然に上がりレメディウス氏の咒印組成式も手に入りました。何が不満なのでしょうかね」
発言にガユスは呆れたながらも口を開く。
「あそこを拠点にしたところで何ともならんだろう。それこそ、国家予算規模の金をもった集団が彼等に合流でもしない限りは」バックミラーを盗み見た。「出来ることは他の反政府組織を飲み込む程度だ。その程度ではドーチェッタの軍に踏みつぶされる。持って一年というところだろうが」
「そうですか」
彼の予想にヤザワが頷く。そして糸目の奥にある黒目を合わせて、再度問う。
「……だから?」
「…………相変わらず他人には冷たいな」
「所詮他人ですからね」
いつもの糸目をさらに細くさせながら、ヤザワは虚空に視線を送る。
「拙者の手は、他人を包めるほど広くはない。身内大事で何が悪いのか」
ガユスの耳に、かすかに聞こえる程度の声が、車内に響いた。
ヤザワは首を横に振り、何かを振り払う。
車の空気が葛湯のように重たくなる。振り切るように、ヤザワが携帯端末を取り出して、話し出した。
「そんな事より、次の依頼ですよ。ウルムンの隣国で異貌のものどもが発生したらしく討伐依頼が流れています」
「他には?」
「これ以外だと、少し遠いか胡散臭い依頼ばっかですねぇ」
何者かが攻性咒式士を集めているなどの情報がヤザワの目から流れていく。
「相変わらず攻性咒式士の依頼は物騒な依頼ばっかりか」
「それが拙者達の仕事ですよ」
「わかっているさ」
ガユスのため息癖は治りそうもない。おもに気苦労が理由だからだ。
「場所は?」
「ハオル王国のリゲイラ海峡近くです」
「海か。たまにはいい」
車の行先は決まったようだった。
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