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されど世界を幸せに踊りたい

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3話

「う、うう」

 うめき声を上げて、レメディウスは目を開いた。

「起きたか」

 ガユスがその様子を見て、ヤザワに目線を送る。
 何時もの細目でうさん臭さを出している表情を変えていく。ヤザワは笑みを浮かべて親しみやすさを出した。そのまま、レメディウスの前に近づく。

「ドーモ。私はヤザワです。後ろにいるのはガユスです。山を探索中にあなた方を拾いました。わかりますね」
「ああ。わかるよ」

 レメディウスはしっかりと意識を取り戻そうと、頭を振った。そして、慌てるように顔を上げる。

「そうだ! ナリシア! ナリシアは無事か!」

 ヤザワに襲い掛かってきそうなほど、力強く問い詰める。砂埃と何日も彷徨った体臭がヤザワの花に襲い掛かる。かなりつらいようだ。急に襟首を捕まれたヤザワも、苦しそうに横を指さす。

「そこです。かなり衰弱してましたが、何とか無事ですよ!」

 投げるようにヤザワを放して、示された方へ向き直る。そこでは、傷だらけながらも呼吸が安定した少女が、横になっていた。

「よかった」
「恩を仇で返すのがラズエルの流儀か?」

 焚き火の上に乗った鍋を混ぜている、ガユスの呆れたような言葉が、レメディウスに突き刺さる。
 すぐに、咳をしているヤザワに、体ごと顔を向けた。

「す、すまない! 僕は命の恩人になんてことを!」

 そのまま土下座をしそうな程、彼は勢いよく謝っている。
 その様子に、ヤザワは気にしていないと手を振った。
 ガユスも鍋の中にある粥に視線を戻す。
 騒々しい周囲に、反応した傷だらけの少女が目蓋を開ける。

「レメディウス?」
「ナリシア! 良かった。目を覚ましたんだね」

 ナリシアと呼ばれた少女とレメディウスは、互いの体を確かめ会うように抱き合う。それはまるで映画のワンシーンのように清らかだった。
 ここでイイハナシダナー、で終わらせるほど、ガユスとヤザワの性格はよくない。

「はい。どうぞ」

 二人の前に、粥が盛られたお椀が置かれた。
 レメディウスとナリシアは、無言でそれを食べていく。

「どうやら何日も食べていないようだが」

 ガユスが空になったお椀に、再度粥を注ぎ込む。二人は再びそれを貪る様に食らっていった。
 お米のもつ旨みと塩のしょっぱさが程よく混じわり、滋養豊かな味がレメディウスとナリシアの骨身にしみていく。

「レメディウス博士。あなた程の人がなぜこんなところに?」
「風の噂では、曙光の戦線というテロ組織に誘拐されたと聞いたが」

 ガユスとヤザワが怒涛の質問を、レメディウスにする。
 無言で食べていた彼の手が止まる。
 ナリシアとレメディウスの視線が交差した。

「話したくないならいいが、俺達としては貴方をラズエル社に送り届けたいと思っている」

 その時、ガユスとヤザワに贈られる御礼は、膨大な物となるだろう。
 遭難していたレメディウスを、実家であるラズエル社に、送り届けることも理に叶っている。
 しかし彼は怒りに身を震わせながら、
「誰があんなところに戻るか!」
と吐き捨てた。

 そして自身の状況を静かに語っていく。
 ウルムンに来て曙光の戦線に拐われたこと。
 技術力を買われて、武装の手入れを手伝っていた。
 その間にドーチェッタの非道を見た。
 彼等の装備はラズエル者が売った物だったらしい。
 義憤と怒りに買われ、曙光の戦線に協力したこと。
 突然ドーチェッタに捕まった。
 話を聞いている間に、ガユスとヤザワは視線を交差。

(凄くどうでもいいのですが)
(黙ってろよ。冷血侍)

 一瞬のアイコンタクトを終了させて、彼等二人はレメディウスの御高説を黙って聞いていた。
 拷問の末にこのデリラ山脈に仲間と共に放逐されたらしい。
 山脈をさまよう末に、レメディウスとナリシア以外の全員が死んだこと。
 語り終えた彼は、疲れたのか大きな息を吐いた。

「それでレメディウス博士はこれからどうする? 山の麓の仲間達に合流するか?」

 ガユスの質問に、レメディウスは少しの間をおいて、首を横に振った。

「少々気になることがあるので、まだ合流は考えていません」
「レメディウス。何で?」

 粥を啜っていたナリシアが首を傾げる。

「僕達が何故捕まったのか。少し考えてみたんだ」

 其の深い緑色の目は、静かな炎が宿っていた。

「あの状況で僕等の居場所が解るはずがないんだ。誰か裏切り者がいない限り」
「そんな!」

 彼の言葉に、ナリシアは驚愕の声を上げる。彼女にとっては長い時間を共にした仲間だったのだろう。裏切者がいるなんて考えられないという声色だった。

(この茶番は続くのでしょうか? 宝もやばいものでしたし、早く帰りたいのですが)
(だから黙っていろ。爬虫類型黄色人間)
(人種差別反対)

 再びのアイコンタクトを済ませて、ガユスとヤザワは視線を粥が入ったお椀に戻した。
 その間も、レメディウスとナリシアは舞台劇のような一面を繰り広げていた。
 やれそんなこと信じられないだの。やれそうとしか考えられないだの。どうのこうの。ヤザワとガユスにして見ればいい加減にしてほしいと思うところであった。

「やはり俺達としては、レメディウス博士。貴方を連れ帰りラズエル社に送り届けたいのですが」
「その方が報奨金を貰えて嬉しい事がありますし」

 二人の言葉が男女の劇を遮る。
 レメディウスは二人の方へ視線を移す。

「それはないでしょう。もし、ラズエルに送り届けたところで、僕が反体制組織に協力していた事は消えません」一度首を振って話を続ける。「いえ、それどころか。僕と貴方方を殺して、醜聞を無かった事にするでしょうね」

 レメディウスの説得に、密かに魔杖刀の峰に手を置いて構えていたヤザワが腰を下ろす。

「嫌なことをいう」

 ガユスがあり得そうな展望に、落胆して顔を下した。
 ヤザワも苦虫を噛み潰したような、表情に変わっている。だが、何か思いついたのかレメディウスに目をやった。

「仕返しに拙者も嫌なことを言わせてもらいます。…………ドーチェッタを殺してその後どうするつもりなのですか?」

 ヤザワの言葉に突き刺されたかのように、レメディウスは胸に手を置いた。
 その反応にヤザワの方が目を瞬かせる。

「もしかして、何も考えていなかったのですか? 政権を取ってもっといい国にしようとか」今度はヤザワが大きなため息を吐いた。「それは少し無責もが」
 
 余計なことを言うなと言わんばかりに、ガユスがヤザワの動く口をふさいだ。
 その後、四人の間に嫌な沈黙が漂う。だが、数瞬ほど後ナリシアの妙に明るい声が上がった。

「私、レメディウスが主導する国なら住んでみたいな。きっとドーチェッタよりはいい国よ」
「――――――」

 それでも、レメディウスは何の反応も返さなかった。
 もしかしたら考えてたのかもしれない。自身がウルムンを主導した時のことを。そして、見えてしまったのだろう。このままではドーチェッタの二の舞になる運命を。
 最悪の予想を振り切るように、レメディウスは首を振った。そして話を反らす為か。ガユスと矢沢に話しかける。

「そういえば、お二人はどうしてここに」

 この疑問に男二人が三度アイコンタクトで意見を交わす。
 数瞬ほどの間が空いて、ガユスが口を開いた。

「実は、この山に」

 そして経緯を話した。
 デリラ山脈に宝が捜しに来たと。
 その瞬間ナリシアが耐えきれずに失笑を漏らした。

「ナリシア」
「ごめんなさい。でも、この山脈にそんなものある訳が」

 無いと続くことはなかった。
 ただ黙るヤザワとガユスの様子を見たからだ。

「もしかして、何か見つかったのですか?」

 ヤザワとガユスは、視線を交差させて意見を交わす。何度目か解らなくなってきたアイコンタクトを終えて、二人とも重い腰を上げた。

「歩けるならついてくるといい」
「面白いものが見れますよ」

 言い終わると、彼等は背を向けて歩き出した。先程までレメディウスとナリシアが倒れていた洞穴へ向かっている。

「あ、待ってください」
「レメディウス。待って」

 ヤザワとガユスの後を、少年と少女は追いかける。傷も治療されて食料を得て、ある程度歩けるくらいには回復したようだった。
 そして四人は洞窟の暗闇へと消えて行くのだった。 
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