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されど世界を幸せに踊りたい

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第5話

 
前書き
第二章始まります。
突然ですが、王女って言葉いいよね!しかも、砂漠の国の王女様!ロマンスに満ち溢れている言葉だなぁ。
だからって特にどうこうなるわけではありませんが。ありません! 

 
 龍皇国とハオル王国に挟まれたリゲイラ海峡。そこに隣接するハオル王国の港にヤザワとガユスは居た。彼らの足元には、体の各所を無くした異形の死体。まるで魚が足を手に入れて二足歩行をしたかのような形。異貌のものどもの一種である魚人だ。
 普段なら仕事を終えた漁師で賑わう場所も、魚人達が占拠している。

「運の悪い漁師が破壊した巣の報復か」

 ガユスは苦虫を食い潰したような表情で、色々な武器を向けてくる魚人を見据えた。
 彼の前方では、ヤザワが魔杖刀と短刀を構え、魚人達を踊るように切り倒していく。

「どっちか悪いか。なんて面倒なことは考えないでください、っよ!」

 突き出された槍を避け、ヤザワは片手の魔杖刀で、目の前の魚人を唐竹割りにした。ついでとばかりに、ガユスに忠告を投げる。

「いちいち七面倒臭い事まで考えるのは、ガユスの悪癖だと思いますねぇ」
 
 半分に分かれていく魚人の後方から、別の仲間が放った強酸の奔流を重力力場系第五階位骨䯊怨啼力(ガッシャドロクー)で打ち消す。返す刃で重力力場系第三階位重力斬刀(オハチスエ)を魔杖短刀から発動。
  魔杖短刀〈骨喰藤四郎〉から単分子レベルまで縮められた双の重力帯で出来た見えない刃が、魚人の首を落とす。幾分かの痙攣の後、首なし死体が後方に倒れていく。最後の魚人達が、ヤザワを殺そうと集まってきた。
 囲んで仕留めるつもりだろう。ヤザワの前から、残りの五体程の魚人たちが突撃してくる。
 彼も両手の武器を開くように構えて突進。魔杖刀〈一期一振〉が一体目の魚人の首を狙う。
 狙われた奴も、サンゴや大貝でできた大槌で防御。
 二体目が、横から銛を突出そうとした。
 ヤザワは回転するような足さばきで体の向きを変えて、短刀を突き出し目を抉りにかかる。
 三体目が、守るように亀の甲羅で出来た盾を突き出して受けた。
 短刀が受けられたヤザワは体を動かし続ける。刀や短刀が嵐のように、魚人たちを攻め続けていく。
 刀で胴を薙ぐ袈裟斬り。そこから両足を狙って斜めに斬り下げ。もう片方の手にある短刀で喉を狙う逆袈裟。
 一撃一撃が、急所攻撃。受け損ねれば忽ちに命を落とすことになる。
 たまらず三体の魚人等は防御で精一杯となった。残りの二体も、前衛の体が邪魔でヤザワを狙えず攻めあぐねていた。
 と突然、ヤザワが後ろに飛ぶ。持っている魔杖刀から薬きょうが飛び出た。次の瞬間には、彼の姿が消え、ガユスの隣に現れた。重力力場系第六階位瞬速転移(シュン・ポー)の亜光速移動だ。
 ガユスの魔杖剣〈断罪者ヨルガ〉の剣先には、完成された咒印組成式が青白く光る。
 そこから化学錬成系白炎消失火(ワ・ニュードゥー)が発動。マグネシウム96%とアルミニウム4%で出来たエレクトロン信管が五体の魚人達の中央に着弾。中のテルミットがエレクトロン信管に着火。白く激しく輝く火炎が巻き起こる。
 魚人達は約摂氏2000~3000度にもなる焔の柱に飲み込まれた。後には何も残らない。
 それを確認するとヤザワ達は武器を収める。
 ガユスが一度大きく深呼吸をして、横にいるヤザワに向き直る。

「さて、役所に向かうとしよう」
「低級とはいえ、数はいましたからね。それなりの金額にはなるでしょう」

 ヤザワは反転して歩き出す。ガユスは一度振り向き、切り倒された魚人達の死体を眺めた。
 数秒ほど立ち尽くし、死体から視線を外す。そのままヤザワが歩く方向へと足を進めたのだった。





 止まっている安ホテルの一室で、ヤザワとガユスは食事をしていた。
 向かい合う中央のテーブルの上に、買ってきた料理が並べられている。
 塩漬けされた魚と野菜の煮込み料理が熱い湯気を立てていた。
 スパイスの刺激的な香りの元には、良く脂が乗った羊肉の串焼き。
 骨付きのスベアリブが山の様に突き立つ、真っ赤なシチューの海には、ハオル王国地方特有である小麦で練った団子が浮いていた。
 それを奪い合う様に二人は貪り食っていく。

「こういう小国にはフリーの攻性咒式士はあまりいないみたいだな」
「其のためか、依頼が結構あります。けど、報酬が少なすぎやしませんかねぇ」

 ガユスが串焼きを食いちぎると、口の中で脂がはじける。
 ヤザワは、身が厚く柔らかそうな塩漬けされたタラの煮込み料理を口にしていた。

「仕方ないだろう。ハオル王国もそれほどいい経済状況とは言えない」
「どこもかしこも似たような話で嫌になりますね」

 大量の料理を猛烈な勢いで消化していく二人。気が付けば、テーブルの上には何も残っていなかった。

「まぁまぁだ。買ってきた物にしては」
「ガユスは料理がうまいですからね。また作ってください」
「暇ができたらな」

 ガユスは要望を苦笑して流した。懐から携帯端末を取り出し、立体映像を浮かび上がらせる。
 その中には様々な依頼が乗っていた。

「それより良い依頼が来ないかね」      
「どんな?」
「それは」ヤザワの質問にガユスは一度悩む。「美女からの依頼で、厄介ごとがなく幸福の結末で終わる依頼」
「それは」

 一度発言を止めて、ガユスに視線を送る。彼も頷いて、携帯端末を戻す。
 二人は互いに泊まっている部屋のドア近くまで移動する。

「ないでしょうねぇ」

 ガユスの前にヤザワが立つ。
 ドアの前で二人共、自分自身の獲物を構える。
 次の瞬間、ドアが蹴り開けられた。
 ドアの先には粗末な魔杖短剣を構えた男達。十人ほどが部屋の中に押し入りながら、剣先に咒印組成式を発生。
 だが、すでにガユスが構えた魔杖剣〈断罪者ヨルガ〉から化学錬成系第一階位光閃(コヴア)が発動。六十万カンデラルという光量をもつ小太陽を生みだした。
 すでに備えていたガユスとヤザワを除いた全員が視界を喪失。
 ヤザワが短刀を抜いて突撃。敵を打倒していく。
 最後の男がようやく、ヤザワの接近に気付き、魔杖剣を構えて防御。
 ヤザワの魔杖短刀〈骨喰藤四郎〉から薬莢が排出。
 防御に構えた魔杖剣を短刀がすり抜けて、男を気絶させた。
 数法量子系第五階位筐内存在無確率〈シュエレッティンガー〉で量子力学的制御により自身の存在確立を0に近づけて、防御不可能かつ絶対回避する脅威の存在になったのである。
 戦闘の後にも関わらず、部屋は傷一つついていない。実力差が現れているようだ。

「ガユスの不運が、強盗を運んできました」
「俺のせいか!?」

 ガユスは理不尽を叫ぶ。次の時には、扉がなくなった入り口に、目を向けた。

「明らかに其処にいる奴のせいだろう」
「お気づきになられていましたか」

 入り口から、軍服を来た黒肌の男が現れた。
 ガユスは前に出て、ヤザワは後ろに下がった。交渉事はガユスの担当のようだ。

「娯楽小説に出るような、実力の試しかたまでやって、何のようだ?」

 ガユスの嫌みったらしい質問に、軍服の男は静かに頭を下げる。

「依頼を一つお願いしたいのですが」

 男の言葉を聞いた二人は互いに目配せをした。
 二人の心中は全く同じ、
(これ絶対厄介事だ)
 と言うものである。





 ガユスとヤザワは現れた軍服の男と向き合っている。
 打倒された男達はホテルの入り口に移動していた。
 机を挟んで軍服の男の前に、ガユスとヤザワが座っている。

「で、ハオル王国の軍人様が、我々にどのような御用でしょうか?」

 痛烈な皮肉を混ぜてガユスが、軍人に言い放った。
 男は無表情のまま受け止める。

「実は我々の王であるリベス二世様が、あなた方にお力をお借りしたいと申しております」

 ちらりと一度ガユスとヤザワが目を合わせる。その後、話を促すように、軍人に視線を戻した。
 彼の依頼は、ハオル王国のアラヤ・ウーラ・ハオル王女殿下の護衛をしてもらいたいとのことだった。
 無論ハオル王国にも王家を守る近衛兵たちはいる。だが最近きな臭く、彼らだけでは不安になってきた。
 念には念を入れて、王女を守る護衛を任せたい。それが彼の言い分だった。

「期間は半年程。その間の衣食住は無料。期間の間何もなくても護衛相場の報酬を。何かあったときは、最低でも相場の二倍はお支払いします。さらに、」

 懐に手を入れて、携帯端末を取り出した。その画面から立体映像が、映し出される。映像にはある本が、浮かび上がっていた。
 その本の画像を見たヤザワが、驚愕の表情を浮かべて立ち上がった。

「おい! これは!」
「ええ、完遂時にはこの著書。モラデウスの月下絶唱。その写本をお渡しします」

 ヤザワの喉が唸る。この態度でよほどの希少本なのだと、ガユスにもわかった。

「どうなされますか?」

 軍人の質問に対して、二人は数秒程の沈黙を返す。
 ガユスが口を開いた。

「少々考える時間を頂けないでしょうか?」
「ええ、但しあと二時間以内でお願いします。それ以上の場合。依頼はご辞退なされたと考えます」

 他にも候補はいる、と軍人は言外に告げている。

「ええ、すぐですので」

 ガユスとヤザワは立ち上がり、部屋の外に出た。
 そのまま声を低くした話し合う。

「どうする受けるか。受けないか」
「受けたい。受けたいですが」

 ヤザワは、苦渋の表情でガユスを見つめていた。
 依頼にはある問題がある。

「ハオル王国の事は、聞いたことがありますよね?」

 質問に対してガユスはうなずいた。二人ともかなり悩んでいるようである。
 ハオル王国について説明しよう。ゴフラル織りという伝統工芸が売りで、主産業は希少金属の輸出。特に特徴のない小国家といった処の平和な国だった。だった、つまり過去形である。
 今現在の王であり依頼主でもあるリベス二世は典型的な暴君であり、国は圧政と重税で貧困の一途を辿っている。
 すでに内乱も近いと見なされている。

「風のうわさでは、ハオル王国の重要人物が攻性咒式士達を囲っている、らしいですね」
「その噂は俺も聞いたことがある」ガユスは一度頷く。「奴かと思ったが、違うようだ。そっちの依頼人は宗教家だと聞いたことがある」

 ガユスは一度部屋の扉に視線を移動させた。
 ヤザワも頭痛がするのか頭に手を置く。
 
「つまり、集めているのは内乱を起こす側。つまり革命側でしょう」
「圧政に苦しめられた国民達は革命を求めている」

 二人は互いに意見を重ねていく。

「だけど、報酬は魅力的にもほどがあります」
「そんなにか」

 ヤザワは苦々しげな表情を浮かべながらも、ガユスの質問に頷いた。

「写本とはいえ売れば、二千万イェンは軽くするものです。最低に見積もって、です」
「…………本当ですか?」

 高額のあまり、ガユスの口調が敬語になってしまう。
 それほどの衝撃を受けたようだった。

「拙者は再度写本したかデータ版を持っていれば良いので…………。依頼の報酬と、写本を売った金額」
「それだけの金があれば、今までのと合わせれば、目標金額になる」

 彼等にも目指すべき未来があった。
 エリダナで一旗揚げる。有名になって自分の事務所を得るのは、咒式士の誰もが願う夢だった。
 エリダナに移住しある程度生活するための支度金を貯めている最中なのである。

「たが危険すぎないか?」
「博打ですが…………何があっても、逃げ切れる自信はあります」
「あの咒式か」

 彼の断言に、ガユスは頭を掻く。ヤザワの自身の源に理解があった
 ヤザワの得意咒式の一つを、ガユスは思い出す。
 賢明な読者諸君の方々にはお分かりになることであろう。
 重力力場系第六階位瞬速転移(シュン・ポー)である。ありていに言えば、自身の周囲の空間を、都合のいい物理法則に変換する咒式である。
 応用すれば、操作する空間の広さをある程度変えられることができた。
 とは言っても三人か四人程度が入ることができる程度の広さである。
 つまり、護衛対象が二人程度までならば、何があってもどこか安全なところまで移動することのできる咒式なのである。ヒナギにある流派の秘伝咒式なだけはあった。
 つまりある程度の保証はできるバクチである。
 だが、王族の護衛だ。失敗すれば、死ぬ程度ではすまないであろうことは予想できることだった。
 難しい問題を前に唸るガユスを、ヤザワは見つめる。
 ガユスには、お前が決めろと、ヤザワの糸目が言っている気がした。
 数分頭に手を置いて、彼は悩み続ける。
 その後、憂鬱そうに肩を落とす。

「いい加減。ホテル住まいは卒業したい」

 疲れたようなため息を吐く。心持が決まったようだった。
 表情を改めて、ガユスはヤザワを連れて、部屋の中へ入っていく。
 そこで待つ軍人の男へ、言葉を投げかける。

「話し合いの結果ですが、この依頼受けさせてもらいます」

 彼等はハオル王国の王城へと向かうことになる。
 そしてある意味で運命ともいえる邂逅となるのだった。 
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