銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第三十八話 要塞攻防戦(その3)
■ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ
ようやく男二人の争いが終わったらしい。全くこんなところで喧嘩なんて冗談じゃないわ。何考えてるんだか。
「グリーンヒル閣下」
「何でしょう」
「最後の一つの用件ですが、此処にいるフィッツシモンズ中尉のことです」
何?私?
「彼女が何か?」
「フィッツシモンズ中尉は元々同盟の軍人でした。ヴァンフリート4=2の地上基地にいたのです。しかしあの戦いで捕虜になりました。捕らえたのはリューネブルク少将ですが、少将は女性兵の捕虜は帝国では酷い目にあいかねないと言って、小官に相談に来たのです」
周囲がざわめく。皆驚いているようだ。ワルターも驚いている。
「それで?」
「私たちは彼女を亡命希望者ということにしました。そして小官の副官という地位を与えたのです。それ以外、彼女の安全を確保する事は難しかったとおもいます。彼女を同盟にお返しします」
「よろしいのですかな」
「ええ、かまいません」
そう言うと、准将は私を正面から見詰めた。相変わらず顔色が悪い。
「ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ中尉」
准将が私を呼ぶ。
「はい」
「私とリューネブルク少将は帝国軍へ戻る。貴官はこのまま此処に留まりなさい」
「……」
私は素直に頷けない。
「中尉。同盟に戻りなさい。貴官もわかっているでしょうが帝国は亡命者に優しい国ではない。いや、それはなにも帝国に限った事ではありませんが…。貴官は同盟でならごく普通の市民として生きていける。しかし帝国では常に亡命者として見られるでしょう。友人も恋人もなかなか作れない。そんな辛い一生を送る必要はないと思います」
「……ですが、それでは閣下が困った事になりませんか。小官の事を何と説明するのです?」
私は同盟に帰りたいと思っている。しかしこの少年はどうなるだろう?地位も名誉も全て失うことになるのではないか?
「心配は要りません。元帥閣下とは約束をしています。覚えていませんか?“勝ったら一つお願いがあります”と言ったことを」
「覚えています」
覚えている。妙な事を言うと思っていたのだ。まさか私のことだったのか……。
「私のことは心配は要らないのです。自分の国に戻りなさい」
本当にいいのだろうか?私は彼の、作戦参謀の副官だったのだ。私の知っている情報が同盟に漏れてもいいのだろうか?
「美しい、感動的な話ですな。しかし、彼女は閣下の副官だったのでしょう。帝国の機密が漏れてもよいのですかな。勝者の余裕と言う事ですか」
私が感じていた事を口に出したのは血色の悪い陰気そうな感じのするまだ若い参謀だった。
「失礼ですが、卿は」
「アンドリュー・フォーク中佐です」
その名を聞いたとき、准将は小さく笑ったように見えた。苦笑?それとも嘲笑?
「フォーク中佐、戦闘が終わった今、その情報にどれだけの意味があります?」
「まだ戦闘は終わっていません!」
「ああ、そうでしたね。でも、まあ、余り役には立たないと思いますよ。それに皆さん、もうすぐそれどころではなくなりますし」
「どういうことですか准将?」
グリーンヒル中将がいぶかしげに尋ねてきた。
「アルレスハイム、ヴァンフリート、そして今回のイゼルローン、国防委員長はどうお考えかと」
「!」
准将!こんなところで喧嘩売ってどうすんの! 見渡せば周囲はみな青ざめている。
「小官なら、我慢できないでしょうね」
周囲はますます青ざめている。時折、“喧嘩を売っているのか”、“ふざけるな”、“無礼にも程が有る”などと声が上がっている。同感、今すぐ口を閉じなさい!
「喧嘩を売るなどとんでもない。小官は停戦に来たのです。皆さんがこれ以上馬鹿な真似をして恥の上塗りをしないように」
総旗艦アイアースの司令部は怒号に包まれた。
■ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
俺は今、ミュッケンベルガー元帥の私室へ向かっている。停戦交渉後イゼルローンに戻るとミュッケンベルガーより呼び出しが有ったのだ。同盟軍との停戦交渉はほぼ上手くいった。停戦交渉自体は受け入れてくれたし、シェーンコップとの話し合いも上手くいったと思う。
だが、ヴァレリーを帰す事は失敗した。同盟軍総旗艦アイアースを丁重に追い出された後、どういうわけか彼女も連絡艇に乗っていたのだ。何故戻らないと言うと、閣下のように誰彼構わず喧嘩を売る人間は放って置けませんとの事だった。冗談ではない、俺は喧嘩など売っていないと言うとリューネブルクは笑いながら、その通り、准将は喧嘩を最高値で買っただけです、等という始末だった。結局、俺は連絡艇、シュワルツ・ティーゲルに乗船中ずっと彼女の説教を聞かされまくった。少しは病人を労われないのだろうか。
ミュッケンベルガーは私室で一人宇宙を見ていた。
「閣下、ヴァレンシュタインです」
「うむ。停戦交渉ご苦労だった。で、どうであった」
「ご命令どおりに致しました」
「そうか、では食いついてくるか」
「敵も愚かではありません。この場でイゼルローンに攻撃を仕掛けてくる事はないと思いますが…なんとも…少し薬が利きすぎたかもしれません」
「フフフ、卿は口が悪いからの。しかしこれでロボスも次は必死になる。」
「はい。ロボス総司令官が罷免されれば、後任者に対して圧力になります」
「うむ」
「やはり、艦隊決戦をお望みですか」
「わかるか」
「閣下が宇宙艦隊の実力を確認したいと思っていることは理解しております。イゼルローン要塞の攻防戦で指揮権をお預け頂けたのも、停戦交渉を受け入れていただけたのもこの戦いを早く切り上げ、次の戦いに専念するためでしょう。そして、敵を挑発して来いと仰られた」
俺がミュッケンベルガーに停戦を提案したのは戦闘の終了後ではない。戦闘の開始前だ。指揮権の委譲とともに頼んだ。そしてそれの交換条件が敵の挑発だった。
「来年早々に軍を動かす。幸い、帝国軍の今年一年間の損害は驚くほど少なかった。それになんと言ってもこちらが勝っている。軍を動かす事に異論は出ぬはずだ。いざとなれば陛下の戴冠三十周年を持ち出すつもりだ」
「では、アルレスハイムかティアマトですね」
第三次ティアマト会戦か…。
「うむ。決戦場はアルレスハイムとなるだろう」
え、ティアマトじゃない。どういうことだ?
「ティアマトではないのですか?あちらのほうが兵は動かしやすいと思うのですが」
「確かに卿の言うとおりだ。しかし帝国はこの一年、反乱軍に対して損害を与え続けてきた。彼らの宇宙戦力は減少しつつある」
「はい。閣下の仰るとおりです」
「となると、ティアマトに出た場合、反乱軍はダゴンにまで退く可能性が有る。ダゴンは戦い辛い場所だ。それに帝国にとっては縁起の悪い場所でもある。出来れば避けたい」
「たしかに」
「一方アルレスハイムは敵が引いてもパランティアだ。どちらも大軍を動かしやすい。反乱軍にとっては後退する意味がない。それでも後退するならば、アスターテまで押し出す。そうすれば嫌でも反乱軍は出てこよう。またアルレスハイムもパランティアも帝国にとっては縁起のよい場所だ。兵の士気も上げ易い」
なるほど。現状ではアルレスハイムに出るのが最善と言っていい。縁起の良し悪しは余り馬鹿に出来ない。ミュッケンベルガーの言うように兵の士気にもかかわるところが有る。俺は少し原作に囚われすぎていたようだ。それにしても原作で第三次ティアマト会戦が起きたのは、アルレスハイムで大敗を喫したからか。その事がミュッケンベルガーにアルレスハイムではなくティアマトを選択させた…。
「卿は私に願いが有ると言っていたが?」
「はっ」
「副官の事か、反乱軍に戻らなかったようだな」
「ご存知でしたか」
「自分の事ではないと言っていたからな。想像はつく」
「小官のことが心配でならないそうです。誰にでも喧嘩を売ると」
「フフフ、それは悪いことをしたな」
「まことに」
「いずれ埋め合わせをつけよう」
「はっ。有難うございます」
「他に望みはないか?」
「よろしいのですか?」
「うむ」
「では、作戦参謀の任を解いていただきたいと思います」
「…なぜだ?」
「小官は他の参謀たちに好かれていません。今回の件では少々やりすぎました。今後、彼らは感情面から小官の意見に反発する恐れがあります、それが一点。次に今年一年少々無理をしすぎました。最近体調が思わしくありません。疲れやすくなっています。作戦参謀を辞めるべきかと思います」
「そうか、済まぬな、グリンメルスハウゼンの件では卿に苦労をかけた…。よかろう、卿の辞職を認めよう。次の役職の希望はあるか?」
「出来ますれば、兵站統括部への配属をお願いいたします」
「うむ。軍務尚書には話しておこう。但し、出兵計画に関しては卿も参加せよ。補給計画の速やかな立案には卿の力がいる。よいな」
「はっ」
次の戦いには俺がいないほうがいいだろう。艦隊決戦となる以上、ミュッケンベルガーは自分の力で勝ちたいと思っているはずだ。横から口を出して疎まれるのも馬鹿馬鹿しい。幸いラインハルトは今回の功績で中将になるはずだ。かなりの部隊を率いるはずだから負け戦は先ず無い。余り心配はいらんだろう。それより今後の事を落ち着いて考える必要がある。原作との乖離が結構大きくなっているし、俺自身も予想以上に出世している。どうするべきか考えなければならないだろう…。
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