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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第三十九話 オーディンからの使者

 俺は報告書を持つとパラパラとめくり内容を確認する。とりあえずこんなものか…。
「中尉、次の報告書をください」
ヴァレリーは一センチくらいの厚さの報告書を俺に渡した。
「はい。次はルックナー提督の報告書です。これで最後です。」
「最後ですか」
ルックナーか…。彼にはラインハルトの事で世話になっている。それなりの評価をしないとな。いい加減うんざりしながらも俺は報告書を読み始めた。

 イゼルローン要塞攻防戦は終了した。しかし戦闘が終了したからと言ってすぐオーディンに帰れるわけではない。戦果確認、戦闘詳報の作成、損傷を受けた艦の応急修理、負傷者の手当て等様々な残務整理が有る。今回はイゼルローン要塞の攻防戦という事で、戦果確認、戦闘詳報はイゼルローン要塞で行われている。もちろん最終責任者はミュッケンベルガー元帥だ。

俺は今戦果確認を行っている。各艦隊の戦果を確認し評価する仕事だ。当然だがこの評価が各人の昇進に影響する、いい加減な事は出来ない。ところが今回、この戦果確認で各艦隊司令官より苦情が出た。評価が正しくされていない、と言うのだ。

原因はシュターデン少将だった。何を考えたのか同盟軍にどの程度ダメージを与えたか、敵の目的をどう阻んだかで評価すればいいものを艦隊運動がどうだとか、その戦術は正しくないとか艦隊運用、戦術行動で評価した。しかも必ず貶している。士官学校の教官時代からそうなのだが必ず一言ケチをつける。それが評価者としての仕事だと思っているのだろう。

 当然艦隊司令官達は怒りミュッケンベルガーに抗議した。ミュッケンベルガーは当惑しただろう。彼にしてみれば、一日も早くオーディンに帰り次の出兵計画に取り掛かりたい。極端な事を言えば、勝ち戦なのだから余程の失態を起したのでなければ昇進させてもいいと考えていたはずだ。

シュターデンを呼んで真意を確認したが、彼の言い分は次のようなものだった。同盟軍にどの程度ダメージを与えたか、敵の目的をどう阻んだかだけで評価しては偶然の要素に頼りすぎる事になる。艦隊運用、戦術行動で評価してこそ、当人が昇進に相応しい能力を持っているか判断できる。

一理有ることは確かだが、それを認めては他者との評価方法が違うということになる。またシュターデンの面子も考えなければならない。そこでもう一度、敵に対してどの程度ダメージを与えたか、敵の目的をどう阻んだかを評価し、シュターデンの評価と合わせて最終評価とすることで艦隊司令官達を納得させた。言って見ればシュターデンの評価は採用しないと言ったようなものだ。そして評価者に選ばれたのが俺、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン准将だった。

 俺が選ばれた理由なのだが、この仕事をする者は嫌でもシュターデンの恨みを買うことになる。今後も司令部に勤める人間にはちょっと厳しいだろう。そこで作戦参謀を辞めることになる俺なら問題が無いということで俺が評価者になったというわけだ。

シュターデンは当然いい顔をしなかった。露骨に“卿に評価など出来るのか”、“ヴァレンシュタインは艦隊司令官に媚びて甘い評価をする”、“小僧同士で馴れ合っている”等、散々に誹謗した。小僧同士、艦隊司令官に媚びるというのはラインハルトのことらしい。

一方評価される艦隊司令官達にとっては死活問題だった。すがるような目で俺を見てくる。たとえシュターデンの評価であっても評価が低いというのは一種のレッテルになりかねない。彼らはシュターデンの評価が根拠の無いものだという証が欲しいのだ、つまり昇進だ。シュターデンの阿呆、余計な事をして仕事を増やすな。

 俺が評価を終えミュッケンベルガーの自室へ向かったのはそれから三時間後だった。
「元帥閣下、戦果確認の評価が終わりました。こちらに置きます」
「うむ。ご苦労だった。で、どのようにした」
「全員昇進が至当であると評価してあります」

「うむ、それでいい。これ以上のゴタゴタはたくさんだからな。ご苦労だった」
俺は事前にミュッケンベルガーから甘めに評価しろといわれている。オーディンに早く戻りたいのだ。
「シュターデン少将に恨まれますね」
「まあそうだな。しかし、それを気にする卿ではあるまい」
まあそうですけどね。だからって貧乏くじを引かせる事はないでしょう。

「ところで、ミューゼル少将のことだが、卿はかなり高く評価しているようだが」
「はい」
「どのような男だ?グリューネワルト伯爵夫人の弟だとは知っているが」
「きわめて有能な人物です。一個艦隊は楽に動かすでしょう」

「そうか。次の戦いに役に立つかな?」
「必ず役に立つと思います」
「そうか」
「ただ…」
「なんだ?」

「若いせいか、少々覇気が強すぎます。自尊心も強い。他者から見ると生意気に見え、使いづらく感じるかもしれません」
「使いづらい部下にはなれている。心配はない」
俺のことか?
「……」
「フフフ、気になるか」
この狸爺。

「いえ。それと参謀長には慎重な人物を配するのが良いかと思います。若さに引き摺られる様な事があった場合、止めてくれるでしょう」
「誰かいい人間がいるか?若い司令官を補佐するのだ。余程の人物が必要だが」
「さて?」
結局適当な人物が見つからず、宿題ということになった。原作のノルデン少将のようなボンクラは押し付けられない。俺は適当な所でミュッケンベルガーの自室を辞した。

 部屋に戻ろうとすると、ヴァレリーに呼び止められた。俺に客が来ているという。
「ヴァレンシュタイン准将」
「ケスラー大佐、どうして此処に」
ウルリッヒ・ケスラーだった。そうかグリンメルスハウゼン文書をラインハルトに渡しに来たのか。

「卿に会いに来たのだ。二人だけで話したいのだが」
俺はケスラーを自室に入れた。
「久しぶりですね。ケスラー大佐」
「ああ、本当に久しぶりだ。それにしても准将か」

「運に恵まれました」
「運だけで出世するほど甘くはないさ。遅れたが戦勝おめでとう」
「有難うございます。それで今日は何を」

「グリンメルスハウゼン閣下のことだ。閣下はもう長くない、夏風邪をひいてな、それがこじれて気管支と肺に炎症が起きた。年は越せまいとのことだ。」
「そうですか…」
やはりそうなったか。

「皇帝の闇の左手は解散する」
「まさか!」
「閣下が病に倒れた後、陛下が密かに見舞われた。その際、閣下と陛下の間で解散が決められた。取り消しはない」
皇帝の闇の左手が解散か…。

「卿に伝えておくことがある。我々が集めた秘密、情報は有る人物にゆだねられる事になった。しかし卿に関する文書は全て破棄された」
「どういうことです」
「グリンメルスハウゼン閣下が、卿には何者にも縛られて欲しくないと」
「……」
ラインハルトが俺を縛ると思ったか。

「グリンメルスハウゼン閣下のご厚意に感謝します。閣下が亡くなられたら、大佐はどうなります」
「多分、辺境星域へ行く事になると思う。准将に昇進してな」
「そうですか」

ケスラーをラインハルトの参謀長にしてはどうだろう。この男なら十分にあの男を抑えられるだろう。
「ケスラー大佐。ミューゼル少将の参謀長になる気は有りませんか」
「ミューゼル少将の参謀長?」
「ミューゼル少将は今回の戦功で中将に昇進します。次の戦いでは一万隻以上を指揮する。その参謀長です」

「しかし、私がなれるのか」
「ミュッケンベルガー元帥から参謀長に相応しい人物を探せと言われています。ちなみに次の戦いは来年早々になるでしょう」
「しかし、私はミューゼル少将と面識がない」

「これから会うのでは有りませんか」
「…卿、知っているのか」
「想像はつきます」
「……会ってから判断しよう。それでいいか」
「はい」

ケスラーが俺に参謀長を引き受けると返事をしたのは、一時間後だった。俺はその答えを持ってミュッケンベルガーの所へ行った。幸いミュッケンベルガーはケスラーの事を知っていた。例のサイオキシン麻薬事件で軍務尚書エーレンベルク元帥よりケスラーの事を聞いていたらしい。すんなり了承し、エーレンベルクに掛け合うと言ってくれた。
少しずつでは有るがラインハルトの下に人材が集まりつつあるようだ。飛躍するのはクロプシュトック侯事件だが、さてどうなるか…。

帝国暦485年 3月
ヴァンフリート星域の会戦。帝国軍、同盟軍に圧勝する。
ヴァンフリート4=2の戦い。帝国軍、地上基地を破壊、同盟軍ヴァンフリート星域より撤退。

帝国暦485年 4月
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン大佐、ヴァンフリート星域の会戦の勝利に功あり。准将へ昇進。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン准将、宇宙艦隊司令部作戦参謀を命じられる。

帝国暦485年10月
同盟軍、イゼルローン回廊の出入り口を封鎖。第六次イゼルローン要塞攻防戦始まる。

帝国暦485年11月
ラインハルト・フォン・ミューゼル少将、同盟軍の重包囲に陥るも味方の援軍を得て脱出。

帝国暦485年12月
第六次イゼルローン要塞攻防戦。帝国軍、同盟軍に圧勝する。
第六次イゼルローン要塞攻防戦終結。

帝国暦486年 1月
ラインハルト・フォン・ミューゼル少将、第六次イゼルローン要塞攻防戦の勝利に功あり。中将へ昇進。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン准将、第六次イゼルローン要塞攻防戦の勝利に功あり。少将へ昇進。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン少将、兵站統括部第三局第一課課長補佐を命じられる。




 
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