男は今日も迷宮へと潜る
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第六話
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行ったり来たりの人の波。
西の大通りは今日も労働者や冒険者でごった返していた。
方々の酒場からは笑い声やがなり声が響き渡り、大通りの喧騒を作り出している。
「賑やかだねぇ」
「嫌いですか?こういうの」
「いや。全然」
人ごみを掻き分けながら歩くスーツの禿男と民族衣装を着た少女。
余裕が出来たので、外食でもしようかという話になり今に至る。
「いっぱいありますね・・・・・・どのお店にしましょうか?」
「そうだねぇ。値が張ってもいいから旨いとこがいいなぁ。
やっぱ装備代ロハってのはでかいね」
武器と防具に割く費用が無いと言う利点は大きい。
マサの懐から出てくる武器類は、マサの手を離れると消滅する。
そしてまた懐に手を突っ込むと仕入れたときの状態、即ちほぼ新品で出てくる。
銃弾も同様に空薬莢、空弾倉はそこら辺に放ると消え、懐から幾らでも出てくる。
防具にいたってはそもそも怪我を避ける必要もない。再生するのだから。痛いけど。
「あれなんてどうしょう?賑わってますよ」
イシュタムが指差したのは一軒の酒場。
『豊饒の女主人』。通りに数ある酒場の中でも一際大きな造りだ。
漏れ出てくる明るい雰囲気、そして落ち着いた内装に旨そうな料理。
その中ではウェイトレスが愛想よく笑顔で飛び回り、それに伴い笑い声が起こる。
「ほぉ。いい雰囲気だな。嬢ちゃん、あんた見る目あるんでないの?」
「いやぁそれほどでも」
「さぁ!お腹も空きましたし、さっさと入りましょう!」
言い終わるや否や、イシュタムは店に向かいテテテと走り出す。
神と言えども見た目相応に中々子供っぽい一面がある物だ。
「わかったわかった。ほらそんなに急ぐと──」
駆け出したイシュタムの足に長いポンチョが絡まる。
べちっという音と共に転倒。中に着ている丈の短いチュニックから白い布がチラリ。
「ほぉれ。言わんこっちゃねえ。大丈夫か?」
「う゛ぅ。すみません・・・・・・」
こけたイシュタムを助け起こし、二人は賑やかな店内へと足を進めた。
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「ですからぁ!マサさんは言わばスーパースターなんですよぉぅ!」
「はいはい・・・・・・わかった。分かったから・・・・・・」
「いやぁ、全然分かってません!いいですかぁ!あなたはですねぇ・・・・・・」
銀髪の快活な店員に案内された席は四人がけで窓際の四角いテーブル。
そこに対面するように座り、適当な料理と酒を頼み早数十分。
そこにはすっかり出来上がった褐色美少女と、それに絡まれる強面禿男という奇妙な構図が出来ていた。
「嬢ちゃん、あんた酒癖悪いのな・・・・・・」
「そう!特にあの湿地戦の時ですっ!
あの一対三百と言う絶望的な状況から、突破するためのあの突撃と言ったらもう!
そこからのゲリラ戦なんてもうドキドキハラハラで──」
迂闊だった。
本人の「私結構いける口なんです!」という言葉を信頼した自分が馬鹿だった。
来る酒を次々と飲み干し、気がついたらこの様だ。
「聞いてますぅっ!?」
「あー、はいはい。聞いてますよー」
しかし延々と自分のことを話されるのも中々にこそばゆい。
どうにかならないだろうか。
「それにですねぇ!あの砂漠での──」
「──真っ赤なトマトになっちまったんだよ!」
「囲まれたときの──」
「──情けねぇったらねぇぜ!」
「あの──」
「──どっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてぇんだ?」
鈴のようなイシュタムの声が、野蛮な怒声に掻き消される。
丁度自分たちが座っている席の右前方の集団。その中の犬耳が生えた男が発信地。
その集団の中には先日迷宮内で出会ったあの美少女も居た。
酔いが回っているのか、誰かへの罵倒と下ネタが混じったそれは今や店内中に響き渡り、場の雰囲気を悪くしている。
「むぅー・・・・・・下品な男ですねぇ」
「私のマサさん談義が伝わらないじゃないですか!」
怒るとこはそこか、我が神よ。
「・・・・・・そうだ!」
「マサさん!ちょっとあいつ黙らせてきてくださいよ!」
「・・・・・・は?」
何を言ってるんだ我が神よ。
「いやいやいやいや、落ち着けよ嬢ちゃん。
確かにうるせぇけどよ、ほら、見ろよあいつめっちゃ強そう」
「マサさんの方が強いに決まってます!」
「いやいや、他の奴らも黙ってるし。こういうのは放っとくもんなんだって。
話なら後でゆっくり聞くからよ」
「いーやーでーすー!今話したいんです!」
飲ませたことを激しく後悔。
こうなるんだったら途中で止めとくんだった。
「ほらほら、早く早く!命令ですぞ!」
落ち着いてくれ我が神よ。口調が崩れてるぞ。
・・・・・・まぁしかし。流石に酒が不味くなってきたところだ。
イシュタムの勢いも収まりそうにないし、行くとしよう。
「雑魚じゃあ釣りあわねぇんだ!アイズ・ヴァレンシュタインにはなぁ!」
丁度犬耳男に接近したとき、どっかで見たような少年と先ほどの銀髪店員が駆けて行く。
まぁそんなことはどうでもいい。
「あー・・・・・・ちょいと失礼」
「あ゛あ゛?」
「何だよ、オッサン?」
ぎらつく目がこっちを向いた。かなり酒臭い。
どうやら注目は集まっていたようで、多数の視線を感じる。
「そのー、そう大声で罵倒や下ネタやらを言われるとだな。
酒が不味くなるというか、周囲に迷惑がだな──」
「は?何が言いてぇんだ?」
「簡単に言うとだな・・・・・・酒が不味くなるからその喧しい酒臭せぇ口を閉じろってことだよ。さもねぇと蒸して味噌つけて喰っちまうぞ犬っコロ」
青筋を浮かべる犬耳男と、面白そうにこっちを見る褐色少女達が印象的だった。
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