ランス ~another story~
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第3章 リーザス陥落
第79話 生気抱擁
ホッホ峡の戦いも終結した。
まさに、それを象徴するかの様に、夜明け。太陽が地平線から顔を出し、世界を陽の光で包み込んでいた。リーザスの夜明けも……近い、そう 思いたかった。
「一先ず、ですね。バレス殿」
「おお、エクスか。……ご苦労じゃったな」
「いえ。……一番の功は 間違いなく正面の部隊と敵陣深くに切り込んだ部隊。……いえ、一概に決められませんね。今戦には、功を成した者達が多すぎると言えるでしょう」
エクスは、配置を思い出しながらそう呟いていた。
敵陣深くに切り込んだ リック、清十郎、レイナの隊。
そこまで深く無いものの、敵を討ち漏らさず、後衛の負担をかけない為に配置された ミリ、トマト、ランの部隊。
そして、チューリップ3号と共に進撃を続けるユーリの部隊。
戦闘の細かな詳細は判らないが、甲乙つけがたいとはこの事である。どこか1つでもかけていたら、もっと被害が甚大だった可能性が大いに高いのだ。……ランス隊もそれは同様だ。
「魔人の使徒との一戦も無事に終わったらしいです。最後はランス殿が仕留めたとか」
「うむ。ユーリ殿が深く信頼をしている御方じゃ」
バレスも頷く。
確かに、ランスの口は非常に悪いと言っていい。と言うか、悪い以外はない。だが、いい加減その毒舌トークには慣れてきた、と言う事もあるだろう。そして、戦果を必ず残す、と言う面では 優等生と言えるから。
「ふふ、ですね」
「……騎士道的には、全て頷く訳には行きませんが……、ランス殿は冒険者……軍人ではない、ですから」
生真面目なハウレーンだけは、まだ なかなか認めたくない様子。……が、間違いなく戦果を残している事を考慮。配置を最終的に決めたのもランスだったから。いろんな面をそつなくこなすからこそ、怒るに怒れない。つまり、困った子供を見ている様な気分になってくる。……子供、大きすぎるが、子供だと思うからこそ、諦めと 少しの甘さも出せるから。
「さて、合流するとしよう。まだ 全てが終わった訳じゃないしのぉ」
バレスは、味方部隊に号令を出すと、そのまま ホッホ峡を進み ジオの町側の出口へと向かっていった。
そして、ジオ側にまで進んでいたランス達もこの朝日を見ていた。ランスは、腰に手を当て、豪快に笑いながら朝日を浴びている。
「がははは! 流石はオレ様だ。制圧のタイミングが夜明けとはな! いや、だが 長い戦いだった……ふわぁ……」
大笑いをしながらも、ランスは軽くあくびを噛み殺しながら、ヘルマン軍が引いていった本道を進んでいく。
「……ランスが戦ったのって、最後だけじゃない」
呆れ果ててるのは、かなみだ。
メナドとは とりあえず今は分かれている。彼女が率いる部隊もしっかりと労わなければならないし、指揮を取らなければならないから。
「バカ言え。その最後が激しかったのだ。なんせ、結局もう3周程した後に、更に6発追加。この戦争の誰よりも消耗しているぞ? だが、それでも オレ様だからこそ 動けるのだがな! がはははは!!」
「あっそ……」
かなみは、もうそれ以上ランスにツッコミを入れる事なく、周囲を見渡した。
周囲には、ヘルマン兵達の残骸で溢れている。……勿論、その中にはリーザスの、解放軍達も同じだった。死体の山が、積み上がっている。太陽が顔を出した事で、より鮮明に分かる。
「(……必ず、取り戻すから。……皆、ありがとう……)」
かなみは、薄らと目に浮かぶ涙を拭った。
皆が、信念を持って立ち上がってくれた。死にたくなんかないのは、誰でも同じだ。だけど、それでも……顧みずに戦ってくれた。それに報いる為にも 必ず成功させると心に誓ったのだ。
「(……ユーリ、さん)」
そして、浮かぶのはもう1人。
きっと、この死体をみたら誰よりも心を痛め、そして 誰よりも それを悟らせない様にするであろう、皆の、……自分の英雄。
だけど、その彼にもまだ会えていない。……合流、出来ていないんだ。
「おい」
「っ……」
その時、だった。
かなみの肩に感触があったのは。
「あまり 思いつめない方が良い。……それに、アイツは絶対に大丈夫だ。この程度で殺られる様なヤツじゃないだろ」
大きな鎌を肩に担ぎ直し、そう言うのはフェリスだった。
死体の山が生まれている為、当初、ちゃっかりと目的として入れていた魂の回収をすませていたのだ。
勿論――回収したのは、ヘルマン兵達のみの魂。
いつか、輪廻の輪を潜り、再び転生するその時までを、奪う訳にはいかない。
確かに、ヘルマン兵達も、自分達の為に 国の為に侵攻をしていたのは判る。だからこそただ、義理立てに過ぎないのだ。
「……あ、ありがとう、フェリス、さん」
「ん。あたしの事は、フェリスでいい。さん付けは ちょっと慣れない。そう呼ぶのは、シィルだけで良いよ」
シィルは性分だからか、何度か言ってみたものの、治る気配が無かったのだ。だから、フェリスはシィルは構わない、と決定した。
「え……、う、うんっ フェリス」
「……ああ」
軽く拳を作り、そして互いに こつんっ、と あてがった。
「我々の勝利ですな。ランス殿」
丁度その頃には、バレス達の部隊も合流を果たし、ランスの傍へと来た。
「朝っぱらからむさ苦しい顔を見せるんじゃない。と言うか、勝利はオレ様がいる時点で決まっているのだ。この世界が誕生したその瞬間からな」
「ははは。まさにそうですね」
「む? お前も生きていたのか」
「はぁ……」
「おお、ハウレーンちゃんもか。よしよし、後でオレ様直々に褒美をやろうではないか!」
「いえ。……部隊の様子を見て回ります」
其々との挨拶も済ませた? ランスは 少し不機嫌気味になってしまったが、直ぐに立ち直る。
「お疲れ様、ランス君」
ランスを労いにレイラも来たからだ。
「おっ、レイラさんも戻った様だな。良い戦いっぷりだったぞ」
「ふふ。まぁ あの2人の影に埋もれそうだったけどね」
「馬鹿言うな。アレは ただの戦闘馬鹿だ。同系列に見てはいかん。レイラさんだからこそ、出来る事だって沢山あるではないか」
ランスのまさかの言葉に、レイラは思わず目を丸くさせてしまうが……、直ぐに戻して微笑み直した。
ランスの事はよく判っているつもりだから。
「ふふ、ありがと。そうね、病み上がりだけど、問題ないって事くらいは証明できたかしら?」
「おう。そうだな! がははは!! その分なら夜の運動の方もバッチリだな」
「そっちは、遠慮しておくわ」
軽く微笑みだけを返して、レイラは手を振った。 ランスはレイラの身体に傷らしい傷も無く、綺麗なままだという事と、元気である事を知り、上機嫌になっていた。美人だから、と言う理由が強いだろう。
「ランス殿、皆さん。ご無事で何より」
「一段落はついた、と言った所か……」
レイラと共に戦っていたリックと清十郎も後ろに控えていた。ランスは軽く目をやると。
「おう。なんだ、死ななかったのか」
「おかげさまをもちまして」
「あの程度は 死は考えられんな。ヌルいと言うものだ。……魔人とやらにも合わなかったしな」
リックと清十郎の返答を訊いて、ランスはやや引きつった顔をみせた。皮肉を言ったつもりだが、片方はそうとはとらず、片方は物足りない様子だから、尚更だ。
「(次はもっともっと働かせてやるか……。ん? ただ喜ぶだけで嫌がらせにならん……が、まぁ 良い。オレ様の負担が大幅に減るだろう。この2人に危険地帯を中心にやらせると)」
色々と考えている時に、リックはバレスに報告をした。
「……恐らくは殿部隊。ですが、信じられない程強かった。どうも、指揮はリプトン将軍の様でした」
「ああ。死を覚悟する者は強い。それは当然だが それ以上を感じた、な。心底信頼しているのだろう。強い忠誠と信念、信頼。それらが強さを更に倍化させた、とも感じ取れた」
戦闘の最中に戦っていた時よりも、最後の殿として残った部隊と戦った時の方が疲弊したのだ。だからこそ、リックは背後にいる大物の気配を感じ、トーマを知らない清十郎は、相手の強さの源を感じ取っていたのだ。
「………ヤツ、か。ありそうな事じゃ。驚く程鮮やかに退いていったらしいから、の。遠目じゃったが、確認は出来た。エクスの伝令も訊いた。印象は我々も感じた」
「……自分も、間に合いませんでした。残念です」
「次に持ち越し、だな」
「じゃが、今はヘルマンを退けた事は事実じゃ。心の持ち方、これを敗戦ととるのであれば、そこからこそが、将の真価が出るもの。ここまで状況が嵌ったにしては、戦果は控えめじゃろう」
「……その分は、追撃戦で取り返します」
「ああ。任せてくれ」
まだまだ戦いは続くのだ。真に勝者と敗者が決まるとすれば、どちらかが全滅。若しくは国へと追い返す事のみ。まだ 戦いも中盤程度なのだから。これから始まるであろう激しい戦火に血を滾らせる清十郎とリックだった。
「うむうむ、オレ様の他の女たちは……?」
ランスは、てきとうに将軍達とやり取りをした後、他の部隊を探した。
その時だ。
「おっ。ランスじゃねぇか。ここにいたのか」
「…………」
ランスの傍に来たのはミリ、そして セルだ。
「おう。ミリ。………セルさん?」
この時、ランスはセルに違和感を覚えていた。
何か悲しみの様なものが、複雑なものが、その顔に現れていたからだ、戦争だから、シスターとして当然なのだろう、とランスは何処か思っていたが。
「あ、は、はい! なんでしょう?」
「元気がなさそうだったからな。……大丈夫か?
「あ、はい……。戦場は初めてで……、ちょっと疲れてしまって……」
セルの表情を見たランスは、何かを感じ取った。
そう、それは同行者への疑惑だ。
「おいコラ、ミリ。お前、セルさんに余計なことしなかっただろうな」
「べっつにー? ただ普通に仲良くなっただけだぜ? 普通にな」
「なんだと!? お前の普通ってどういう事だ!!」
「ははははっ 普通は普通だよ。かる~~い、スキンシップ、とかな」
「なんだと、コラ! オレ様もまだ手をつけてないのに………!!」
まるで、子供の様に言い合う2人。いや、一方はからかっている様にも見える。その表情が、セルには無理をしている様に見えて、どうしても 心苦しくなってしまうのだ。例え、ミリが信じている、としても……。現代医学、魔法学においても、彼女を蝕んでいる物を治す術は 確立されていないのだから。
「だ~いじょーぶよ。なんせ、セルよ? 私とおんなじ、清楚なシスター。貞操はちゃ~~んと、守るって」
「だぁぁぁぁぁ!! お前のどこが清楚だ!! お前とミリだけは別格なのだ!! 要チェック人物なのだっ!」
そこに、いつの間にか現れたのはロゼ。
これだけランスが騒いでいるから、面白おかしく参戦したのだ。その身体も傷一つ無く、どうやら あの悪魔ダ・ゲイルに守らせたのは見てわかった。
「セルさん? 大丈夫、でしょうか」
「あっ……、クルックーさん。はい、大丈夫、です。ありがとうございます」
「……そうですか」
クルックーはお辞儀を1つすると、答えた。
「大丈夫ですよ」
「……えっ?」
クルックーは、そう一言だけ言うと、他の人に声をかけられていた。
「クルックーさーーんっ、すいませんが、治療をしてもらえないですかねー?? ランさんの部隊もそうですが、トマトの部隊にも、けが人が多数いるですかねー」
「はい。判りました」
トマトに呼ばれて、クルックーは、神魔法、治療をする為に向かう。
「あ、あの。クルックーさん……」
「私から言えるのは、其れくらい、なので。……大丈夫、です。ユーリがいますから。私達に出来る事をしましょう」
短く、それだけを伝えていた。
そう、クルックーもユーリの事を信じている。深く、深く、信じている。
ロゼと言い合っていた時にも、クルックーがそう言う仕草を見せていたのだが、ロゼに説教をする事に集中していたセルは訊いてなかった様だ。だから、改めて知った。
「……はいっ」
だからこそ、頷いた。
悪い方向へ考え続けるのではなく、信じる。……そして、信じるだけではダメだ。何か、出来る事、自分に出来る事を全部する。後悔をしない様に。
大体の部隊が揃った所で、あのチューリップも顔を出した。
戦車故に、直ぐにわかった様だ。移動速度も悪くない。
「あれ? ランス。なんでこんな所に??」
「むっ、マリアか。お前らが不甲斐なく、魔法で立ち往生食らっていたから、オレ様が、ズバッと三人組をお仕置きしたんだ」
「……え? ランス、が……?」
「おう。まったくお前らは、オレ様がいないと、何にもできんな。いや、更に言えばオレ様の下僕がいなければ あの魔法にすぱーっとヤられていた可能性もある。多大なる感謝をしろ。オレ様のみに」
「っ……、な、なんで ランス、だけなのよ……。助けてくれたの、ゆー、……ユーリ、さんなのに」
「馬鹿者。アイツはオレ様の下僕だ。つまりは、アイツの活躍全てオレ様のモノ。なのだ」
むちゃくちゃな理論だが、今はそれでいい。とマリアは感じた。それよりも、もっと大切な事があるから。……大変な事があるから。
「あ……う、うん……」
「工場長……」
「うん……大丈夫」
「(ん? マリアがなんか変か? ま、腹が減ったとかなんかだろうが) がははは! よーし、一通り部隊は揃ったな! このままジオの町へと追撃するぞ!」
ランスが声を張り上げて、号令をし、解放軍は動き出した。
いつもの……、いや、これまでの規模の戦いであれば、この場の異常に直ぐに気づくものだろう。だが、広大な戦場だった、と言う事と、何部隊にも訳で戦ったと言う事。……そして、殆ど疲労している者が多かった事もあり、たった1つの穴が、見えてなかった。
大きな大きな、穴……だったが、ホッホ峡の戦いを制したリーザス解放軍達の喜びの渦中に、かき消されてしまったのか。
「(……ユーリさん、は? もう、ジオの方を見に行ったのかな……?)」
「(ユーリ、見かけなかったけど……。また、誰かを助けたり? この戦いも大変だったし、負傷している人も、多いはずだし……、うん……僕も頑張らないと……!)」
「(ユーリさん? 沢山の人がいて……見つけにくいです。ランス様に進言を……む、無駄ですかね……)」
一部の心模様を抜擢。
そう、この場に姿をみせないのは、ユーリだった。そして、もう1人いる。
「むー、ユーリさんがなかなか、見つからないですかねー。それに、何だか志津香さんもいない気がしますかねー」
トマトは、クルックーの治療を受けながら、キョロキョロと周囲を探したが、すがたは見えない。
「広く展開してますから。この辺りを探すだけでは、難しいかと思います。先頭はもう移動を開始してるようですし」
治療を続けながらトマトにそう言うクルックー。
そして、ランもそこにはいた。
「ありがとうございます。クルックーさん。(……ユーリさんなら、きっと大丈夫。それに、志津香だって。……2人はおんなじ部隊だったし……、羨ましい、かな……、やっぱり……)」
やっぱり 複雑なランだった。ちょっぴり出番が少ないのも。
そこは、ホッホ峡の片隅にある小屋。
恐らくは見張り台として機能をしていたのであろう。一部は高く見晴台として補強され、作られていた。ホッホ峡の中でも入り組んだ先に建てられている事もあるから、容易に見つかる事はないだろう。
……ただ、それは 敵だけではなく、味方も見つけにくい、と言う難点もあった。
そして、その場所に2人がいた。
そう、志津香と……ユーリである。
「っ……、ゆぅ……」
志津香は、彼女を象徴している、と思える魔法使いの大きな三角帽子は脱いでその鮮やかな緑の髪が顕になっていた。
そして、その傍らでは ユーリがいた。
ただ、いるのではない。
――……倒れているのだ。
その顔は、まるで眠っているのか? と思える様な表情だった。
それは、遡る事1時間前。
魔人アイゼルとユーリの一騎打ち。
戦闘の最中、明らかにアイゼルの動きが、表情がおかしくなった。確かに、ユーリの攻撃は、アイゼルの洗脳術をも切り裂いた。それは、魔法抵抗が一般人よりも遥かに高く、一度はアイゼルの術中から逃れる事さえ出来た、更に アイゼルから離れていたのにも関わらず、志津香にも影響を及ぼす程の広範囲であり、魔法密度が有り得ない程濃かった術。
ユーリの《煉獄》は それすら切り裂いた。かつて、ハンティの雷速の魔法を斬った様に、最も凶悪とされている最上級攻撃魔法 黒色破壊光線を斬り裂いた様に。
『……アイゼル。成る程……、お前と言う者が、見えた』
「な、なに……?」
アイゼルは動揺を隠せられてない。ただただ、いつも通りの佇まいとはかけ離れている程だった。
「い、いったい なんだって言うの……?」
志津香も、突然のアイゼルの様子に驚いていた。
確かにユーリの剣技で魔法を斬った事に驚くのは判る。……だが、あの無敵結界を斬り裂いた訳ではない。ユーリの力は未知数だと言っても、如何に『次は斬る』と言ってのけたとしても、ハッタリの可能性だってある。……まだ、魔人の無敵結界を看破していない以上、圧倒的に有利なのは、魔人アイゼルの方なのは間違いないのだから。
「………」
ユーリは、ただただ 何も言わずに、アイゼルを見据えていた。
何が起きているのか、判っているかの様に……。
『魔の者であるお前が畏れる、とすれば それ以上の者だと言えるだろう……。今、対立をしている魔の者、とは思えない。確かに、力の差、と言う物は絶対なのだから、な。……つまりは、魔の王』
「………ッ」
その刹那、アイゼルは、突然脇目も振らずに駆け出した。
人間相手だというのにも関わらず、心の底ではまだ見下していた筈の人間に、背を向けて全力で駆け出したのだ。
「っ……??」
志津香は、アイゼルが逃げ出した意味が判らなかった。
構図を見れば、ユーリに威圧されて、怖気付いた、と言えるだろう。だが、直前までのやり取りを見て、戦闘を見て、まだ 序盤も序盤だった。なのに……何故、逃げると言うのだろうか?
「……良かった、逃げてくれた……か。そろそろ、げんかい、みたい、だったから……」
そんな時だ
ユーリの声が聞こえたのは。
集中していた故に、周囲の音全て一切遮断していた志津香だったが、その声だけはダイレクトに聞こえてきた。
「ゆぅ……」
志津香は、傷ついた身体を引きずり、ユーリの元へと向かった。ユーリが来た事での安心感、そして少しの休息もあり、先程よりも動ける状態になったのは僥倖だった。
だが、ユーリは 志津香が到着した所で、手に持っていた剣をかしゃり、と落とすと、ゆっくりと、腰を落とした。
「ゆ、ゆぅっ!?」
志津香の眼には、倒れた様に見えた。ゆっくり、だとは言え 剣を落として、身体を沈めたのだから。
「……むり、した。……な。まじんが、あいて、とはいえ……また……っ。まだ、まだ たりなかった、か……」
ユーリは、志津香の方を振り向いて、何処か笑みを浮かべていた。
だけど、志津香は安心できなかった。その顔から、まるで生気が抜け落ちていくかの様に、青白くなっていったのだから。
「ゆ、ゆぅ! しっかり、しっかりして……っ」
身体が思う様に動けない事に苛立ちを隠せられない。
自分を庇い、また ユーリが傷つこうとしたのだから。マリアに言った様に、志津香は自分が赦せられなかった。だけど、今は嘆いている暇はない。一刻も早く仲間達の所に戻らないといけないから。
自軍には、少数であるが、治癒術士はいるのだ。彼女達の所にユーリを連れて行かなければならないから。
「しづ、か。これ、を……」
ユーリが、取り出したのは 竜角惨、そして元気の薬、だった。
「もっと、もってくればよかったが……、な。ぼうけんしゃ、しっかくだ……」
「ば、ばかっっ!! そんなの、そんなの自分に使いなさいよっっ! わ、私は大丈夫だから、ゆぅ、ゆぅがっ!」
志津香は、アイテムを受け取るのを拒否し、自分に使え、と催促をするが……、ユーリは首振った。
「これは、ちがう。……オレの、じびょう……、みたいな、もの。だ。だから、なおせ、ない。……じぶんの、ちからで なおすしか……ないんだ。こんかい、ばかりは――むり、かも、な」
志津香は、それを訊いた時 かなみから教えてもらった時の事を思い出していた。
それは、初めて魔人と邂逅した時の事。……相対した時の事。
魔人サテラにユーリの友人が殺されかけていた時に、ユーリが救った。……そして、別の場所で、ユーリはサテラと。……魔人と、その使徒であるガーディアンと戦ったのだ。それも、単独で。そして、かなみが駆けつけた時、ユーリは倒れていた。まるで、死んでしまっているかの様だった。
かなみとて、状態を見る事くらいは出来る。外傷は無いのに、只事ではない、と言う事が。息もしてなかったから、かなみは取り乱してしまったのだ。
「しづか……、だから おまえが つかえ。……そし、て 、 まだ、あいつが、いないとも、かぎらない……、だ、から おれ、を おい、て ここから……にげ……ろ………」
ユーリはそう言ったと同時に、事切れたかの様に倒れた。
最後の瞬間、手に持った薬を、志津香に強引に持たせて。
「ゆ、ゆぅっ!!!」
志津香は、半狂乱になりかねない状態だった。冷静さを保つ事など出来ずに、ユーリの状態を直ぐに確認した、が、息はしてなかった。そして、――心臓も 動いてなかったのだ。
「っっ……!!!」
志津香は、ユーリから受け取った元気の薬をユーリに無理矢理飲ませようとしたが、口の中から、溢れてしまい 飲ませる事が出来なかった。
もう、躊躇などしてられなかった。いや、そんな事 全く考えてなかった。
志津香は 元気の薬を 自身の口の中に含ませると、ユーリの唇に自身の唇を押し当てた。
空気と共に、元気の薬を無理矢理ユーリの身体の中へと流し込む。喉を通った感触はあった。……だが、ユーリの状態が変わる事は無かった。
「ど、どうし、たら……っ ゆぅが……ゆぅ……がっ」
このままでは、ユーリが死んでしまうかもしれない。以前は、目を覚ましたそうだが、二度続く、と志津香は、そんな楽観的な事は考えてられなかった。
その時だった
――世界が、止まったのだ。
志津香自身は全く動けない。
ユーリを助けたい。早くここから一緒に連れ出したい、と行動に移したかったのに……全く動けないのだ。
それだけではない。
舞い上がる砂埃、崖から落下している小石、この場の全てがまるで時間が止まったかの様に、静止しているのだ。
こんな現象は初めての事だった。時空転移をした時もこんな感覚は無かった。
『――無理を、したな。いや し過ぎ、と言えるか。……本当に仕様がない男だ』
そんな時だった。
全てが止まった世界で、志津香の耳に声が届いたのは。
『我の忠告を無視し、以前どの様な事になったか、忘れた訳ではない筈なのだが、よもや三度とは。……魔人相手とはいえ。一度目とは違うとはいえ、二度も《神威》の力を、その片鱗を纏わすとは。今回ばかりは―――死ぬぞ』
『ッ……!』
話をしているのが、誰なのか判らない。
だけど、何故だろうか。志津香には敵だとは思えなかった。
『(お、お願いっ!! ゆぅ、ゆぅを……、助けて、助けてっっ!!!)』
志津香は、声にならない声を必死に上げて叫んだ。言葉を口から発せられているのかどうか、判らない。
『我としても、この者が死せるのは好ましくはない。人の身でありながらも、神威を体現した程の器の持ち主。今、失えば 今後いつ。如何な時を過ごせば これほどの男と巡り会えるのか判らん。……娘。我が声に耳を傾けよ』
『っ……』
志津香は、意識を集中させた。その言葉の1つ1つを 決してもらせない様に。
『この男には 快復が必要なのは間違いない、が。それを 人間の範囲で考えるな。――強大な力を纏わせた反動で、命を喰われかけているのだ』
――……命を喰われかけている。
つまり、死の一歩手前、だという事が判った。
志津香は、絶望などしなかった。何故なら、裏を返せばそれはまだ、ユーリが生きている証明にもなるのだから。
『――……生気を、この男に与えよ』
『……ぇ? せい、き……?』
その言葉の意味は判る。だが、具体性が無かった。
生きている気配が無い。即ち、生気が無い。と使う事もあるし、後は万物を育てる自然の力とも言う意味だ。 何をすれば良いのかが、判らなかった。
『生きとし生けるものの、全てに――生気は宿っている。それは生命エネルギー、と言えるだろう。それを この男に与えよ。それ以外に方法はない』
『ど、どうやって?』
『具体的に言うならば、――その男を、抱擁せよ』
『っ……!?』
志津香は、少しだけ、ほんの少しだけ動揺をしてしまったが、直ぐに気を取り戻す事は出来た。……今は非常事態なのだから。
『以前、忍の娘も この男の手を握り続けた。縋り付いた。――故に、快復の速度が速まった。だが、今回ばかりは それでは足りぬ。 ――だが、娘よ。これは主もただでは済まない可能性があるぞ。行為そのものは簡潔なれど、反動で主の生気も奪いかねない』
忠告、だった。だけど、志津香がする事は1つ、願うのは1つだけだ。
――ユーリを、助ける。
志津香には、それ以外考えられなかった。
その想いを汲み取ったのだろうか。
――……ふっ。強いものだ。人と言うのは……。
そういったのが最後だった。
そして、場が突如光り輝く。
――我が手を貸すのは、この男を媒体にせねばならない。故に 今の状態で 手を貸すのはほぼ不可能だ。命を奪いかねない故にな。だが、道標くらいは、示してやろう。
その光が止むと、その声は全く聞こえなくなった。
そして、次の瞬間、世界が再び動き出した。
「っ!!」
志津香は、突然動き出した反動で、倒れそうになったが、必死にこらえたと同時に、辺りを見渡した。
そして、間違いなく身体が動く事を確認した時、突如 光のラインが岩肌に向かって伸び貫通したのだ。その光は 岩を削り、1本の道筋を作った。
伸びた先にあるのは、古びた小屋だった。
「あそこ、あそこまで……行けば……っ!」
志津香は、ユーリに託された竜角惨と元気の薬。そして 自分自身の持ちものを漁って、何か無いか、を確認した。
出てきた世色癌を口に含み 噛み砕き、苦味が口の中を蔓延する状態で、更に竜角惨をも噛み砕いて、元気の薬と共に身体の奥底へと移送した。あまりの逃がさ故に、コーティングをさせ、胃の中で消化されながら、全身へと広がっていく様に作ってある薬。効果は、噛み砕いた方が吸収性を増す事になる為、即効性があるのだ。
「ぐっ、うっ……!!」
志津香は、痛む身体にムチを打つと、ユーリの身体を引きずる様に引っ張り、あの小屋へと歩いた。一歩一歩、確実に。……敵に見つからない様に願いながら。
その願いは届いたのだろうか。ユーリも自分も、小屋の中に避難する事が出来た。
ただ、志津香はユーリを少しでも軽くさせる為、剣や装備を一旦外して、運んでいるから、まだ戻らなければならない。そのままにしておくと、敵に場所を悟られるかもしれないから。
可能性は少しでも少なくする方が良いから、痛む身体に再びムチを打ち、再び往復をした。
全て、終わったのがその約1時間後。
志津香は、ユーリを小屋に備え付けられていた簡易ベッドに横たわらせ、安静にさせる事が出来た。
――これは奇跡、だと言えるだろう。その間 誰にも邪魔されず、見つかる事が無かったのは。
だが、まだ安心は出来ない。そして、しなければならない事はある。
ユーリは、何度も自分を助けてくれたんだ。
『これから死ぬヤツに名乗る名は無ぇ!!!!』
いつだって、傍に来てくれた。
『しづか……よかった、無事……だったんだな、志津香。……本当に』
抱きしめてくれた。
その優しさに、何度だって救われた。
「今度は、私の番。――ゆぅの事は、必ず助ける、から」
志津香は、身に纏っていた衣類を全て脱いだ。
生気とは生きとし生けるもの全てが纏っている生命のエネルギー。それを与える為に、抱擁をする。……その上では衣類は邪魔でしかないだろう。
これは、直感的に志津香が悟った事だった。
薄地の毛布を羽織ると、横たわるユーリの身体を包み込む様に、自分の身体で温める様に、ユーリの身体を包み込んだ。
ゆっくりと、ゆっくり、と――。
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