豹頭王異伝
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奇蹟
最高の軍師
「そりゃそうだ、早速お通ししてくれ。
何が何だか分からねぇが兎に角、御目通りして話を聞いてみるっきゃねえだろうな」
ドライドン騎士団の副長、ブラン・クィーグが扉の外に姿を消した数タル後。
旧ユラニア大公国の誇った軍師、ユディウス・シンが現れた。
「某は以前ユディトー伯の位を賜りながら、大公の期待を裏切り醜態を曝した非才の参謀。
アキレウス大帝の暗殺を謀り、マライア皇后と共謀せし罪に裁かれ幽閉されておりました。
ケイロニア王グイン陛下が御即位の際、ユディトーに戻る事を許され療養しておりましたが。
ゴーラ新王の為人を見聞の後、2度と野心は抱かぬ誓いを立てるに至りました。
ユラニア領内に在る旧友の勧誘ないし説得も拒み、カメロン殿の許に馳せ参じるは自粛。
パロ出兵と同時に北の強国より使者が来り、返答を申し上げる為サイロンへ再び赴きましたが。
某は流血を好む僭王に仕える心を持てぬ故、再度の禁固刑に処されるも苦しからず。
ケイロニア政府の留守を預かる聡明なる宰相、ハゾス殿の御前に参り申し上げた次第。
宰相を御助けし新王の暴走を阻止せよ、微力を尽くす事を以って刑に代わるものとする。
ランゴバルト選帝侯より豹頭王陛下の御伝言、御厚情を賜り再考を促され故郷へ戻った次第。
旧ユラニア領民も王子の誕生を受け、新生ゴーラを自らの母国と誇る空気に変じつつあります。
某も新生ゴーラ王国の領民に倣い、微力ながら御役に立つ所存にて出頭した次第に御座ります」
バルドゥール子爵の推薦を受け黒竜騎士団に入隊した傭兵、ダニエルの面影は微塵も無い。
炯々たる強い光を宿す黒色の瞳を一瞥した瞬間、ゴーラ宰相を務める海の男は心を決めた。
「オル・カン大公の信任厚い軍師、ユディトー伯ユディウス殿。
御高名は以前から御聞きする、貴公の許を伺わなかったは当方の手落ちでありましたな。
失礼の段は、平に御容赦を願いたい。
貴公は私より、ユラニアの機微を良く御存知だろう。
私は見ての通り些か体調を崩している故、暫く宰相代行を御願い出来ると助かるのだが」
海千山千の交渉術を心得える海の漢、カメロンは意表を突く提案で応え朗らかに微笑。
ユラニアの誇った軍師は思いも掛けぬ返答を受け、細い眼を見開いた。
宰相の内心は何処にあるか思案を巡らせ、当然の疑問を表明する。
「沿海州ヴァラキアの誇る名将、カメロン提督の御高名は以前より聞き及ぶが。
御会いするは初めての筈、些か突拍子も無き御決断かと思われる。
初対面の某に対し、其処まで御信頼を頂ける理由を御聞かせ願いたい」
「貴公は悪名を轟かせる征服者に仕える事を拒んだ、ケイロニアの報復を覚悟の上でね。
旧ユラニアの民が新生ゴーラを認めた故、俺が信頼に足るか否か確認に来たのだろう?
そんな決断の出来る者が現れるとは欣快の至り、ユラニアの民を護る為に総て任せる。
ケイロニアのグイン王が勧めてくれたとあれば、最高の身元保証人だよ。
貴公の言葉を俺は信じる、嘘偽りがあるとすれば俺に人を見る眼が無かったと言う事だ。
俺は貴公を信頼できると決めた、わからん事があれば何でも聞いてくれ。
細々とした報告も不要だ、貴公の裁量に総て任せる。
俺の耳に入れとかんとまずい、と判断した事だけ教えて貰えれば良い」
深い光を湛え、カメロンの表情を観察する黒い瞳が瞬いた。
ユディトー伯ユディウス・シンは、返答を静聴の後に深々と敬礼。
ゆっくりと腰に手を伸ばし、携えた剣を抜く。
ブランが思わず腰を浮かせ、警護の任務を果たすべく剣の柄に手を伸ばすが。
カメロンは海の兄弟を視線で止め、訪問者に微笑。
オル・カン大公の厚い信頼を得た軍師、サイロンに単身潜入した男は剛毅な瞳を直視。
中原に共通する騎士の作法に則り、緩やかな動作で長剣を廻した。
剣の柄を差し出し、切っ先を自らの胸に向け敵意の無い事を示す。
二君に仕えぬ決意を翻し、朗々と宣誓の詞を述べた。
「新生ゴーラ王国の宰相、ヴァラキアのカメロン殿。
君は我が剣の王、唯一の主君なり。
我が忠誠を試さん時はその御手にて、何時なりととも我が胸を突き給え。
我が生命は君に奉りし物にして、君が為死するは我が心よりの喜びなれば。
我が剣の主たるを肯んじ賜わば、いざ我が剣を受け給え」
「ユディウス・シンの剣、確かに受け取った。
これより御身を我が右腕として信頼し、御身の忠誠に応えん事を誓う」
カメロンは刃に口付けし反対側に廻し、柄を向けて剣を渡した。
ユディウスも剣に唇を付け、震える手で剣の上に忠誠の印を切る。
レントの海で鍛えられた提督の瞳、ユラニアの軍師と尊称された男の誠実な黒い瞳。
双方の眼が相手の裡に何か、信頼に足るものを見出した喜びに輝いた。
誓いの剣を厳かに鞘へ収め、感激を噛み締める軍師ユディウス・シン。
新ユディトー伯爵は終生カメロンの片腕となり、ゴーラの安定に力を尽くす事となる。
新生ゴーラ王国の宰相は図らずも、ケイロニア王の計らいで有能な補佐役を得たが。
旧ユラニア領に精通する軍師の手腕を絶賛の後、アルセイスの牢獄を訪れた。
『アルゴンのエル、モンゴールは決して忘れぬ!』の言葉を遺した先代マルス伯爵。
アムネリス幼少時からの御守役、厚い信頼を得た勇者と同じ青い瞳が訪問者を睨んだ。
「アムネリス様を騙し、父を焼き殺した裏切り者の同類め!
お前と話す気は無い、消え失せろ!!」
前モンゴール青騎士団司令官、マリウス・オーリウス伯爵。
トーラス動乱の際、ゴーラ軍の捕虜となった幽閉者の瞳に凄絶な炎が踊る。
「アムネリス様に、男児が誕生した。
俺が名付け親となり、ミアイル公子の継承者となって貰う心算でいる」
下手な説得や弁明は避け、単刀直入に事実を告げる。
感情に惑わされず、淡々と語られた言葉は真実の響きを感じさせた。
「何だと!
アムネリス様に、男児が!?
お前が名付け親、ミアイル公子の継承者だと?
裏切り者イシュトヴァーンが、そんな事を許すものか!」
新マルス伯マリウスの瞳に驚愕の色が浮かび、内心の衝撃を露呈する。
「イシュトヴァーンには、男児誕生の事実を知らせていない。
ミアイルと名付けたのも、俺の一存だ。
アムネリス様の自害を喰い止める為には、他の手段を思い付けなかった。
モンゴール大公家の後継者に、とは思っているが秘密裏に事を運ばねばならん。
お前が協力してくれなければ、どうにもならんだろうな」
心理戦を有利に導く機会を逃さず、カメロンは一気に畳み掛けた。
鋼鉄の強靭さを秘めた剛毅な黒い瞳、爛々と光る青い瞳が激突。
目に見えぬ火花が散り、新マルス伯爵が叫んだ。
「頼む、アムネリス様と御子息を守ってくれ!
モンゴールの為だ、協力する!!」
人心収攬の練達者は無表情《ポーカー・フェイス》を貫き、冷徹な男を装っていたが。
20代の実直な武人を更に翻弄する必要は無い、と見て破顔。
太陽の様な微笑を見せ、無造作に鍵の束を取り出し牢屋の扉を開ける。
するりと格子の中に足を踏み入れ、思わず後退する若者に掌を差し出す。
クムの銀色鬼と畏怖される軍勢を破り、大公を討ち取った際の戦友と固い握手を交わした。
「感謝する、マルス伯。
イシュトヴァーンが留守の間に、事を進めて置きたい。
アムネリス様に会い、心を落ち着かせる一助となってくれ。
モンゴールの騎士達を組織して、大公家の再興に備えると誓う事でな」
「そ、それは、願ったり叶ったりだが、そんな事をして、大丈夫なのか?」
「あんまり、大っぴらに動かれると困るがな。
トーラス出身の騎士達に、クムの密偵が暗躍してないか見張らせてはいる。
貴公の部下達にも働き掛けたいが、誰か、適任者を推薦して貰えると有難い」
「ヤヌスの戦いで殿軍の大隊を率いたダロスは、生き延びているのだろうか?
副官を務めたドルクス、アロス、デイクスも乱戦の中ではぐれてしまった。
黒騎士団の長官に任命された盟友アリオン、情報部隊の指揮官ダレン大佐は?
まだ若いが俺の従兄弟、ハラス大尉も戦死していなければ力になる筈だ」
マルス伯爵の遺児マリウスは単純と評される事もあり、朴訥な人柄であるが。
モンゴールの人々は概して堅忍不抜、裏表の無い忍耐強く粘り強い正直者が多い。
荒波に揉まれた凄腕の交渉人、カメロンの様な海千山千の強者とは人種が異なる。
20代の若武者は素直に兜を脱ぎ、豹変した訳ではないが率直に答えた。
「カダイン伯爵、いや、アリオン子爵は貴公と同様に捕らえている。
ダレン大佐も諜報活動の経験者、カダイン出身で目端の利く男だ。
ハラス大尉の噂は聞いていないが、部下達に捜索させる。
マルス伯が戻るまで自重しろ、と直筆の手紙を書いて貰えるかな。
アリオンとダレンの説得が済み次第、アムネリス殿下の御前に案内するよ」
「忝い、カメロン殿!
モンゴール大公家に忠誠を捧げる者として、御礼を申し上げる!!」
直情径行の武人は数タルザン前と一変、青い瞳も崇敬の念が溢れんばかりに輝く。
思わず頬が緩み失笑する寸前、カメロンは微妙に顔の筋肉を制御し若輩者の肩を抱いた。
「アリオンも俺の話を聞く耳は持たんのだが、モンゴールの為に説得してくれ。
カダイン出身のダレンも、カダイン伯爵の彼から話を聞く方が抵抗が少なかろう。
3人とも俺の一存で釈放、トーラスへの帰還を黙認する」
外交官としても有能な元提督の読み通り、2人も数タルザンで翻意する事となった。
「アムネリス様、よくぞ、御無事で!
御子息の誕生、おめでとう御座ります!!」
光の公女アムネリス、エメラルド色の瞳を持つ赤子を一瞥した瞬間。
モンゴール青騎士団長、二代目マルス伯爵の青い瞳から涙が溢れた。
カダイン出身の黒騎士団長官、情報部隊の指揮官も頭を垂れる。
後書き
グインにはハゾスが、ナリスにはヴァレリウス(ヨナ?)がいます。
カメロンはマルコをイシュトに取られ、ブランは出張で長期不在。
誰か傍らで右腕と成り得る人物を探して見たら、適任者を発見しました。
ユラニアの誇る軍師、ユディトー伯爵ユディウス・シン。
大公の信任厚い彼は、ユラニア大公国に豊富な人脈と情報網を持っていたと思われます。
マライア皇后絡みで囚われたものの、処刑されたとの記述は見当たりませんでした。
カメロンに好意を持つグインが、ゴーラ国内を安定させる密命を与え釈放させたと想定。
ひょっとしたら、『風のゆくえ』からずっとサイロンで幽閉されているのかもしれませんが(アストリアスみたいに)。
グインは後に情報が届かずイシュタールで気を揉むカメロンを気遣い、魔道師ギールを派遣して細かい情勢を説明させています。
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