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没ストーリー倉庫

作者:海戦型
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はて迷外伝 最強の剣と最強の盾2nd

 
 トールという男は、岩石をくり抜いて人の顔にしたかのように厳つい神だった。
 しかし同時にどこか不器用で心優しい姿は人を惹きつけ、やがて大きなファミリアを形成していった。

 かつて、【トール・ファミリア】と言えば【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】にも匹敵する超大型ファミリアだった。まだゼウス・ヘラのオラリオ二強時代が訪れるよりも更に前の時代の話だ。ゼウスをトールは友人同士でもあり、二人のファミリアは互いに切磋琢磨し合うライバル関係に近かった。
 とはいえ敵対している訳ではなく、高レベル冒険者が次々に誕生した冒険者黎明期には轡を並べてダンジョンの困難を突破することも珍しくなかった。

 その頃こそまさに冒険者の黄金時代だった。
 ダンジョン・ドリームなどと揶揄された爆発的な経済効果は諸外国にまで響き渡った。この頃は【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】も数ある大型ファミリアの一つだった。あらゆる魔物を打ち倒し、ダンジョンの構造が次々に明かされた。そんな湧き上がる伝説の日々は、いつまでも続くと思われた。

 だが、ある日それは突然訪れる。

 遠征へ向かった【トール・ファミリア】の『消滅』。

 ダンジョン未開拓エリアに入った【トール・ファミリア】の勇猛なる戦士たちが、一人たりとも帰ってこなかった。予定日数を越えても戻ってこない眷属の身を案じたトールはゼウスに彼等の捜索を依頼したが、どんなにエリアの開拓を進めても人っ子一人、人間のいた気配一つ見つからない。更に下に潜ったのかと探すが、それでも見つからない。何の手がかりも見つからないまま、捜索は打ち切られた。

 一体彼等の身に何が起きたのか――誰も知らない。生き残りのたった一人でも、鎧や剣の一かけらでも見つかって欲しいとトールがどれほど強く願っても、痕跡一つ――情報一つ見つからなかった。
 ダンジョンにはまだ謎が多く、当時は世界の二大怪物と呼ばれたリヴァイアイサンやベヒーモスに並ぶ魔物が潜む可能性は示唆されていた。しかし、彼らはまるで全員丸ごと化物に丸呑みされたかのようにいなくなったため、本当に魔物に殺されたのかも不明のままだった。

 トールの手元には愛すべき子供たちが残した莫大な財産と残されたわずかな新人眷属たち、そして百枚にも及ぶギルドからの死亡認定書だけが残った。

 トールは泣いた。三日三晩に渡って碌に食事も睡眠もとらず、延々とむせび泣いた。もうどれほど待っても、自分の愛した息子・娘たちは永遠に戻ってこないのだと悟ってしまったからだ。

 三つめの晩の夜、とうとう疲れ果てて眠りに着いたトールは不思議な夢を見た。

 その不思議と暖かな空間には、もう二度と会えないと思っていた眷属たちが勢ぞろいでトールの事を待っていた。彼等は口々にトールへこれまでの感謝を告げた。そして同時に、志半ばで逝ってしまうことに対して謝罪をした。

 それは、天界の何者かがトールを憐れんで設けた告別の場だったのかもしれない。真相は分からないが、少なくともトールは彼らが幻ではないと確信した。トールは静かに、眷属たち一人一人に告別の言葉を継げ、感謝とともに抱擁した。
 一人一人ゆっくりと、嘗てを回顧しながら在りし日の暖かな日々を想う時間。永遠に続いて欲しい――そう願うほどに心地よい時間は、永遠には程遠い間に終わった。

 トールは、別れが惜しくなった。地上に降りた神も、二度と地上へ降りぬという誓いを受け入れれば再び天界へと舞い戻ることが出来る。トールは今から天界へ昇り、子供たちと永遠に過ごそうかとさえ考えた。しかしそれを口にすると、子供たちは首を横に振った。そして、こう告げた。

『トール様、貴方はここで終わるお方ではありませぬ。それに、トール様が地上を去ったのなら、志半ばでダンジョンの制覇を諦めることになった我々の無念はどこへゆくのです?刹那と那由多が永遠に交錯する世界へ散ってしまうのですか?』

『貴方と永遠に共にいる……確かに甘美な、あまりにも甘美な誘惑であります。しかしそれは駄目であります。我々の夢が……貴方と共に見た輝かしい夢が、それでは嘘になってしまいます。我等が貴方と共に同じ夢への永遠の裏切りになってしまいます』

『夢を継ぐ者を見つけてください。我等の生きた証――我らの『想願(ミーム)』を背負うに相応しいと貴方が思った者が、いずれ現れます。どんなに時間がかかってもいい、何度世代をまたいでもいい……我等と貴方が築いた時代を、終わらせないでください』

『そうすれば……我々の魂は離れるとも、我等の『想願(ミーム)』は永遠にトール様と一緒にいられるのです』

『泣いてもいい』

『叫んでもいい』

『それでも我等を想うのならば』

『その時が来るまで耐えて、耐えて、耐えて………我らの後輩を、導いて下さいませ』



 夢から覚めたトールは、残されたわずかなファミリアを集めて、その顔を見渡した。
 いずれ大成するであろう期待を抱かせる者ばかりだったが、その中に『想願(ミーム)』を背負うに相応しい者はいなかった。トールは、ファミリアを解散することを正式に告げた。

 その後、トールは彼らの才覚を見極め、全員にトールの考えうる最適の神への『改宗』の手伝いを施した。そして、残されたあらゆる財のうち本当に残したいものだけを信頼のおける友神に預け、ホームを含むそれ以外の全てを換金して銀行に放り込み、そのままオラリオの表舞台から姿を消した。



 = =



 それから数十年の刻を経て――親友のファミリアが壊滅し――世代が変わり――誰もが【トール・ファミリア】の名前など忘れ果てた頃、彼は街の小さな酒場を切り盛りするオーナーになっていた。
 いずれ自分の店に『想願(ミーム)』を継ぐに相応しい者が現れた時に、自分がロートルになっていては世話ない。オラリオの生の情報が集まる酒場は世俗から離れすぎないため都合が良かった。厳ついトールが酒場を切り盛りする姿を「落ちぶれた」笑う者もいれば、そんなことは気にせず常連になる者もいた。

 そして、もう『想願(ミーム)』を継ぐに相応しい者など自分の前には現れないかもしれないと思い始めたその頃――少女は現れた。

「……テメェ、クソガキ。今、何て言った?」
「あんたみたいな落ちぶれ者が幅を利かせるような腰抜けファミリアに、どうして私が入らなければならないのか。そう言ったのだけれど?」

 栗色の髪の少女が、ガラの悪そうな男達に毅然とそう言い放つ光景が、目に映った。

「あのね、私はいずれ剣王になる女なのよ?安くないの。王に仕えるだけの志もないアンタみたいなしょーもない男をはべらせてるような誇りもないファミリアに用はないのっ!」
「………はぁ?剣王?お前みたいな田舎者丸出しの小娘がぁ?………ぷっ、くくくくっ!!ぶわ~~~っはっはっはっはっはッ!!」

 どっ、と男の周囲が爆笑――あるいは嘲笑の渦に包まれた。

「バッッッカ丸出しだなお嬢ちゃん!!お前みたいな細っこい小娘が王様だぁ!?おままごとのしすぎで頭がハッピーになっちまったのかァ!?」
「イヒヒヒヒヒっ!!いるんだよなぁ、君みたいな夢見がちな乙女ってのがさぁ!?そういうのこの街でなんて言うか知ってるかぁ!?………み・の・ほ・ど・し・ら・ず!!アーッハハハハハハ!!」
「俺達は今までに何人もお嬢ちゃんみたいな脳みそお花畑の新人を何人も見てきたがよぉっ!!くくく……みぃんな辿る結末は二つに一つだぁ!!」
「身の程を知らな過ぎてくたばるか、身の程を思い知って惨めに冒険者を続けるかだっ!!ぶふふッ……だぁ~っはっはっはっはっはっは!!」
「くくくっ、お前らそんなに笑ってやるなよぉ、可哀想だろぉ!?」
「おう嬢ちゃん!お前さんは冒険者よりその妄想を垂れ流す吟遊詩人か作家にでもなった方がいいんじゃないか!?ぎゃはははははははっ!!」

 口々に夢をあざ笑う男達を少女は鋭い目つきでゆっくり見回しながら、無言で立ち尽くしていた。彼女と同じテーブルには、同じ年頃の少年が無言で食事を取り続けていた。助け船を寄越す気配は一切なく、我関せずと言った様子だ。
 冒険者にはよくあることだ。冒険者になれば英雄になれるなどと誰が吹聴しているのか、結局この街でも特別な強さを持つのは特別な才能のある者だけ。その現実を知らずに井の中の蛙となり、水に溺れる哀れな若者たちをトールは知っている。

 こういったとき、新人はいつもその現実を認めようとしない。やってみなければわからない――そんな魔法(のろい)の言葉に縛られては戦いに挑み、そこで初めて魔物と戦う本物の恐怖を知るのだ。実力の伴わない虚勢に耳を貸すほどこの街の住民は甘くはない。

 お前のような冒険者は腐るほど見た。だが、その中から英雄になる者など見たことがない。そんな夢を見る時代はもう終わったのだ。それが、黄金期を過ぎたこの街に蔓延する空気だった。

 しかし少女は、次の瞬間にそんな彼らを鼻で笑った。

「言ったわね、底辺冒険者軍団?なら一つ賭けでもしようじゃない。――私が『二つ名』で王の名を冠したら、あんたたち私の子分になりなさい。たかが新人のたわごと、どうせ敵わないならその身を賭けても損はないでしょ?」
「たはははっ!!ああ、いいぜぇ?それでお嬢ちゃんの方は何を賭けてくれるんだぁ?処女でもかけてみるかぁ?がはははははははははっ!!」
「あんたたち全員を総べる権利と全然釣り合わないから却下」
「………あまり調子に乗んなよ、ガキ」

 げらげらと笑っていた男達の声色が、威嚇するような低さに変貌する。

「俺達はレベル1だが、まだファミリアにも入ってねぇ小娘じゃあ到底かなわねぇ位には強いんだぜぇ?その気になればこのままホームに無理やり連れ込んでヨロシクやれるぐらいにはなぁッ!!」

 男の一人が少女の胸ぐらに素早く手を伸ばした。

「――ああ、失敬。俺の君主に汚い手で触らないで貰えるか」

 直後、少女の隣にいた少年が食事を続けながら男の手首を掴みとった。

「んだ、てめぇ。嬢ちゃんが王様気分ならツレは騎士(ナイト)気取りかよ?とっとと離しな、そのほそっこい腕を折っちまうぞ?冒険者になりたてで剣を握れない手にはなりたくねぇだろ………!?」

 軽く振り払おうとする動作を見せる男。しかし、動きに反して少年の腕は微動だにしない。それどころか、少年の細い指は段々と男の腕にミシミシとめり込んでいく。底に到って男はやっと気づく。少年の筋力が、自分の力を遙かに上回っていることを。

「そういえば興味深い話をしていたな。確かアーサーの処女を賭けるとか、攫ってヨロシクだとか………笑わせるなよ半端者。つまらない冗談はその辺にしておかねば、明日剣を握って戦えなくなるぞ」
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?こ、こいつ!冒険者でもねぇのになんて馬鹿力してやが……クソがぁッ!!」

 生意気な態度に激昂すると同時に力関係を誇示したいという無駄なプライドが頭を支配し、男は腰の短剣を引き抜いて少年に鋭く振り下ろした。

「――ユーリ、そいつから手ぇ離して。今から殴り飛ばすから、ねッ!!」
「な――ガハァッ!?」

 剣が届くより早く、非力だと思っていた少女が腰だめに放ったボディブローが男に突き刺さった。凄まじい衝撃に男はそのまま数Mほど宙を舞い、反対側にいた男達のテーブルに背中からぶつかって料理と木片がぶちまけられる。

「このガキども………!!新人だと思って大目にみてりゃぁつけあがりやがってッ!!もういい、テメェらこのガキどもをやっちまえ!!野郎は骨を折ってゴミ捨て場!女は一晩中俺達の輪姦(まわ)し者にしてやれぇッ!!」
「あら、物理的に不可能なことをのたまうなんて『おままごとのしすぎで頭がハッピー』になったんじゃないのッ!?……ユーリ!こいつらに未来の最強の力をブチ込んでやるわよッ!!」

 トールの目線などまるでなかったかのように二人は曲がりなりにも現役の冒険者に真正面から突っ込み――1時間後、滅茶苦茶になった店と、これでもかというほどボコボコに叩きのめされた冒険者たち。そして肩で息をする二人の若者がそこに残されていた。

「ぜはっ!ぜー、ぜー………た、タフすぎるでしょ、恩恵持ち冒険者……!!」
「やはり、恩恵の有無は大きかったな……何発か、いいのを貰ってしまった………」

 二人は息を切らしながらも胸を張る。アーサーと呼ばれた少女は息も絶え絶えな男たちの方へと一歩踏み出して勝利を誇示するように片手を天に突き上げた。

「この喧嘩、私達の勝ちよ!!未来の剣王とこの街で初めて戦ったことを光栄に思って……次はもう少し誇りある戦士になって出直してきなさいッ!!」

 あれほど自分を馬鹿にした醜悪な連中に嫌な顔一つせず、敬意を払いつつも自らが王であることを誇示し続ける。それは底抜けの馬鹿なのか、優しいナルシストなのか、一見しただけでは判別がつかない。

 しかしこの時、トールが彼女に対して抱いていたのは呆れでも、店を潰された怒りでもなかった。
 
 誇らしげに笑う彼女の背中に、『想願(ミーム)』を背負ってもなお余りある巨大な意志を垣間見たこと、そしてそんな少女に出会えたことへの――純粋な喜びだった。


「なぁ、お嬢さん。俺の店をぶち壊した詫びってわけじゃないが、儂の話を少し聞いて行ってくれんか?」



 この事件の翌日から、トールの酒場が【トール・ファミリア】のホームとして正式にギルドに登録されたという。
  
 

 
後書き
え、本編の続きですか?今まで通りのペースで書いてるんで全く問題ありません。
ただ、ちょっと細かい部分が重要になる場面が多いので。完成したら7話分くらいになるかもしれません。 
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