銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第十七話 カイザーリング艦隊(その3)
■ カイザーリング艦隊旗艦アーケンの艦橋
俺が艦橋に戻ると連中は提督席に座ったカイザーリング中将を取り囲んでいた。
「司令官閣下。バーゼル少将を憲兵隊から取り返すべきです」
「そうです。その上で、イゼルローン回廊の哨戒任務に行きましょう。宇宙に出てしまえば憲兵隊など何も出来ません」
「ヴァレンシュタインも死んだのです。問題は無い」
「勝手に殺さないでくれませんか」
「!……ヴァ、ヴァレンシュタイン大尉、馬鹿な死んだはずだ……」
パーペン参謀長の顔は引き攣っている。いや参謀長だけではない、カイザーリングを含め皆信じられないといった表情だ。俺が死んだと思って喜んでいたのだろう。俺は連中に近づきつつ話し続けた。俺の後からはケスラーを含め憲兵が続く。
「小官は生きております。誰が死んだと言ったのです。アウグスト・シェーラー二等兵ですか」
「な、何を言っているのだね。シェーラー二等兵などは知らん」
「シェーラー二等兵は閣下を良くご存知のようですよ。これをお聞きください」
俺が手に持った再生機のボタンを押すと声が流れ始めた。
「さ、参謀長閣下、シェーラー二等兵です。ヴァ、ヴァレンシュタイン大尉を殺しました。参謀長閣下の仰った通りジークリンデに来ました。出てきたところを殺しました」
「そうか! 間違いないのだなシェーラー」
「はい、間違いありません。頭を吹っ飛ばしてやりました」
「うむ。ご苦労だった、シェーラー。しばらく身を隠していろ。後でこちらから連絡する」
「皇帝の闇の左手を殺そうとしたんです。失敗した以上、それなりの覚悟はしてください」
「ヴァ、ヴァレンシュタイン大尉、待ってくれ」
「ケスラー中佐。後はお願いする」
「はい、大尉。パーペン参謀長、貴方を逮捕します。他の方々もお話を聞かせていただきます。捜査本部の方へご同行ください」
「ちょっと待て、不当だ、ヴァレンシュタイン」
「ケスラー中佐。多少手荒に扱っても憲兵隊が批判される事はない。死なない程度に可愛がってくれ」
「はっ。全員連れて行け」
3時間後、俺はケスラー、キスリングとアーケンの艦橋にいた。
「全員がサイオキシン麻薬の密売に絡んでいたと言う事ですか、ケスラー中佐」
「うむ。最初はバーゼル少将の独断だったのは確かだ。しかしバーゼル少将は少しずつ仲間を増やしていき、カイザーリング中将が気付いた時には、周りは全てバーゼルの仲間になっていたそうだ」
「バーゼルからの見返りは何だったのです」
「サイオキシン麻薬、女、金だよ。さすがに司令部だからね、サイオキシン麻薬は常習にならないように注意していたらしい」
「では真の実力者はバーゼルでカイザーリング中将は傀儡ですか」
「そうだ。中将は自分の無力さを嘆いていたよ」
俺は以前から気になっていた疑問が消えていくのを感じた。
アルレスハイム星域の会戦後、軍法会議が開かれている。この中でカイザーリングは一切自己を弁護していない。俺が気になっていたのはカイザーリングの幕僚達は何をしていたのかだ。原作の中では彼らがカイザーリングの弁護をした形跡が無い。
ありえない話ではないか。それは自己弁護でも有るのだ。カイザーリングが有罪になれば、カイザーリングのスタッフである幕僚達にも責任が有るという意見が出たはずだ。軍での将来は閉ざされると言っていい。彼らは不可抗力であった事を強く主張しカイザーリングを弁護してよかったはずだ、いや弁護しなければならない。
「カイザーリング提督は必死に艦隊の統制をとろうとしましたが彼らは無秩序に行動するだけで我々は何も出来ませんでした。何故彼らがそのような行動をとったかわかりません。カイザーリング提督は最善を尽くしたと小官は考えます」
そのような意見が出たらどうだろう。軍法会議のなかでカイザーリングの指揮能力の他に今回の敗因が有るのではないか、そんな意見が出たのではないか。そうすれば、サイオキシン麻薬が原因だとわかった可能性がある。だが現実にはそれは無かった。
俺は当初、それを司令部が壊滅的な被害を受けたからではないかと考えた。損傷率60%を超えたのだ。旗艦アーケンが被弾してもおかしくない。弁護すべき幕僚達はほぼ全滅したのだと。旗艦アーケンへの配属を命じられたとき、旗艦だからと言って生き残れるとは限らないと俺が考えた理由はこれなのだ。
だが彼らがバーゼルの仲間なら話は別だ。彼らにとってカイザーリングの弁護はバーゼルと自分たちの破滅に他ならない。平然と見殺したろう。いや、それだけではないカイザーリングに圧力を掛けた可能性も有る。カイザーリングの沈黙はヨハンナへの想いだけとは限らないだろう。なんとも後味の悪い真実だ。
「それにしても随分あっさりと自供しましたね」
「なんといっても、皇帝の闇の左手の命を狙って失敗したのだからね。少しでも罪を軽くしてもらおうと争って自供したよ」
「卿の演技のおかげだ。なかなかの役者ぶりだったよ、噴出すのをこらえるので大変だった」
「どうせ大根役者だよ、私は」
ようやく笑いが起きた。いいものだ、こうやって笑って話せる仲間が居る事は。カイザーリングには居なかっただろう。
「明日からは彼らの自供を元に民間の売人組織も摘発するつもりだ」
「民間もですか」
「ああ、証拠固めのためにね」
「はあ、何かだんだん事件が大きくなってきますね」
「全くだ」
「ところで、彼らはどうして小官が皇帝の闇の左手だと思ったんです」
「不自然だからさ。卿は不自然すぎるんだ、ヴァレンシュタイン大尉」
不自然すぎる。彼らは俺の惑星リューケンでの行動をそう思ったのだ。そして、俺のことを調べだした。妙な事に気付いたろう。士官学校在籍中に帝文に合格、軍務省の官房局、法務局へ進まずに兵站統括部へと進んでいる。
わざと目立たない部署への配属を選んだとしか思えない。決定的だったのは、俺の戦闘詳報が原因でクライスト大将とヴァルテンベルク大将の首が飛んだ事だった。オーディンでは知られていないが、イゼルローンでは結構有名らしい。シュトックハウゼンとゼークトのどちらかが喋ったのだろう。そして今回の俺の人事だが人事局長ハウプト中将が直接絡んでいる。
「彼らの疑いはもっともだよ。俺がその立場なら同じように考えたろうね」
「私は皇帝の闇の左手じゃないよ、ギュンター」
「判っているよ、エーリッヒ」
「ヴァレンシュタイン大尉。私はこれからオーディンへ連絡をいれるつもりだ。憲兵総監も軍務尚書も大騒ぎだろうな。卿はどうする」
「そうですね。小官もミュッケンベルガー元帥に連絡を入れなければならないでしょうね。なんせ、哨戒任務は出来そうにありません。いや、艦隊の維持さえ出来るかどうか」
ミュッケンベルガーは怒るだろう。こう不祥事が続いてはエーレンベルクもシュタインホフも怒るに違いない。しかし死なずにすんだのだし、事件も解決の目処がついたのだ。先ずはその事を喜ぼう。ともすれば暗くなりがちな心を励ましながら、どうミュッケンベルガーに話をするかと俺は考え始めた。
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