銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第十八話 収束
「卿がヴァレンシュタイン大尉か、何の用だ」
「閣下、御人払いをお願いします」
「心配は無用だ、此処には誰もおらん。話せ」
「第359遊撃部隊司令部は小官を除き、全て憲兵隊に逮捕されました」
「何だと! 今何と言った」
「第359遊撃部隊司令部は小官を除き、全て憲兵隊に逮捕されました。容疑はサイオキシン麻薬の密売です」
「馬鹿な……」
俺は今、ミュッケンベルガー元帥とTV電話で話をしている。当初俺の顔を嫌そうに見ていた元帥だが、今は哀れなほどに混乱している。無理も無いだろう、司令部全員逮捕だなんて誰だって混乱する。しかし、俺にとっては望みどおりの展開だった。その調子その調子、混乱しろ。俺が助けてやるから。
「間違いではないのか?憲兵隊の勇み足ではないのか」
「閣下、間違いでは有りません。彼らは既に自供しています」
「自供だと……何という事だ」
「それと参謀長のパーペン少将には殺人教唆の容疑もかかっています」
「!!」
「これも既に自供が取れています。証拠も有りますので有罪は間違いないでしょう」
「なんということだ、馬鹿どもが。軍の統制はどうなってしまうのだ!」
「閣下、パーペン少将が殺そうとしたのは小官です。どうも皇帝の闇の左手だと思ったようです」
「皇帝の闇の左手だと……まさか、まさか卿は」
ミュッケンベルガーの顔面は蒼白になっている。怯えているのだろう。皇帝の闇の左手が動く、それは皇帝の軍に対する不信任に他ならない。此処からが勝負だ。
「違います。小官は皇帝の闇の左手ではありません。但し、ある方の密命を受けたのは事実です」
「ある方の密命だと、一体それは誰だ」
「閣下、ご冗談はおやめください」
「冗談だと、何が冗談だ、私には言えぬと言うのか」
「まだそのような事を。密命を下したのは閣下ではありませんか」
「???何のことだ」
ミュッケンベルガーはまた混乱した。
■ミュッケンベルガー元帥の回想
第359遊撃部隊の作戦参謀を命じられた後、ヴァレンシュタイン大尉は第359遊撃部隊を調べたようだ。そして第359遊撃部隊が物資の横流しを行い、サイオキシン麻薬の密売にかかわっているという疑いを抱いた。すぐさま彼は私に連絡を取り、彼の感じた不審を訴えた。彼の不審はもっともだった。事の重大さを認識した私はすぐさま彼に調査を命じた。
「ヴァレンシュタイン大尉。長い戦争の影響で兵たちの心が荒んでいる。不正に手を出すものが出てもおかしくない。すぐ調べてくれ」
「軍の威信が失墜するかもしれませんが?」
「やむをえん。戦闘中にサイオキシン麻薬に狂った味方に後ろから殺されるよりはましだろう。どうせ死ぬのなら名誉の戦死でありたいものだ」
父、ウィルヘルム・フォン・ミュッケンベルガーは第二次ティアマト会戦において名誉の戦死を遂げた。私はどんな死を迎えるのか。願わくば父の前で顔を俯ける様な死は遂げたくないものだ……。
「憲兵隊の協力が必要になります」
「うむ。軍務尚書には私から話をする。これを放置すれば軍だけでなく国家にも悪影響をもたらす。賛成してくれるだろう」
エーレンベルクは食えない男だが、決して無能ではない。理を尽くして話せば必ず判ってくれるはずだ。
「捜査において、注意するべき点は」
「いかなる意味でも手加減せずにやってくれ。これを機に軍の膿を出し切ってしまおう」
「私にそのような策に乗れと言うのか」
「策も何も、これが事実です」
「シュタインホフはどうする。あの男は真実を知っているぞ。私と軍務尚書が今回の事件に驚いた事を知っている。シュタインホフだけではない、宮中の廷臣、貴族たちも知っている」
「彼らがサイオキシン麻薬の密売組織に関係していないと誰がいえます?」
「!!」
「敵を欺くためにも尚書閣下と司令長官閣下は演技をなされたのです。違いますか、閣下。この事を話せば皇帝陛下を初め宮中の廷臣、貴族たちも軍には不信を抱いても、お二人がいらっしゃれば大丈夫だと安心されるでしょう。シュタインホフ元帥も必要以上に軍の威信が低下するのは避けたいはず、表立っては非難は出来ないはずです。なによりシュタインホフ元帥は今回何もしていません。お二人に対して何も言えないはずです」
「……軍務尚書が話しに乗るか?」
「乗ります。既にケスラー中佐がその方向で説得しております」
俺とケスラーが一番苦慮したのは帝国軍上層部が司令部要員を全員逮捕(俺を除く)という事実を受け入れられるかどうかだった。既にサイオキシン麻薬を押収し、輸送関係者を逮捕、補給基地まで捜査しているのだ。これ以上となると隠蔽工作に走りかねない。その場合危険なのは、犯罪者も捜査員もまとめて処分(口封じ)という事になりかねないことだった。彼らの自尊心を満足させる方向で事件を収束させる。それが必要だった。
「何が望みだ」
「は?」
「何が望みかと聞いている。出世か、地位か」
「どちらもいりません」
「いらぬと?」
「はい。先日中尉から大尉に昇進しています。充分です。第359遊撃部隊をどうするか決めてください。存続させるのであれば後任者の選定をお願いします」
「……」
「それと、一つお願いが」
「何だ、やはり有るのではないか」
「小官のことでは有りません。閣下、責任を何も取らぬというわけには行かないと思います。ですので今後一年間俸給を返上して欲しいのです」
「俸給の返上か」
「はい。返上した俸給をサイオキシン麻薬の被害者への治療に当てて欲しいのです」
「……いいだろう。……卿は、いやなんでもない、エーレンベルクと話をしよう。大尉、ご苦労だった。」
「はっ。」
ミュッケンベルガーは何を言おうとしたのだろう。俺は何も写っていないTV電話を見ながらぼんやりと考えていた。
帝国暦483年 6月
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、第5次イゼルローン要塞攻防戦における補給任務に功あり。大尉昇進。
帝国暦483年 8月
辺境領域にて軍を中心とした大規模なサイオキシン麻薬密売事件摘発。
帝国軍三長官、サイオキシン麻薬密売事件の責任を取り、一年間俸給を返上。
帝国暦483年 9月
サイオキシン麻薬密売事件、首都オーディンへ飛び火。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、サイオキシン麻薬密売事件摘発において功あり。少佐昇進。
第359遊撃部隊、新司令部発足。
帝国暦483年10月
第359遊撃部隊、イゼルローン方面への哨戒任務に就く。
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