ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
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アインクラッド編
74層攻略戦
久方振りの死闘を 07
全てが終わった瞬間、僕とアマリは次なる獲物を探すように視線を彷徨わせ、そしてバッチリと目が合った。
獰猛な狂喜の笑みを浮かべた天使が1人。 向こうの目に映る僕も、きっと似たような表情なのだろう。
「あは、あははー、もう終わりですかー?」
「んー、多分ね」
「あはー、久し振りに殺戮ができて満足ですよー」
「ふふ、僕もだよ」
ブンとディオ・モルティーギを一度振るってから肩に担いだアマリと、チンと涼やかで軽やかな音を立ててエスペーラスとマレスペーロを腰の鞘に落とした僕。
周囲への警戒は怠らないけど、それでもこの状況までくればさすがに新たな敵は出ないだろうと、そう考えたところでファンファーレが鳴り響き、リザルト画面とCongratulations‼︎の表示が同時に現れた。 間違いなくボス戦終了の合図だ。
「さて、戻ろっか?」
「はいです」
互いに危険域まで落ち込んでいるHPに苦笑いをして、僕とアマリは手を繋ぐと歩き出した。
目的地は当然丘の上。 完全にドン引きしている仲間の元へと歩き出す。
「バカ!」
丘の上に戻った僕たちを待っていたのは、労いでもお礼でもなく、端的かつ単純な罵倒だった。
それでも何も反論できないのは、そんな罵倒をした張本人であるアスナさんの目に涙が溜まっていたからだ。
「2人が死んじゃったらどうしようって……そう思ったら……」
「ごめんなさいです」
「うん、ごめん」
か細く震える声と涙目とのコンボを受けて無心でいられるほど、僕たちは人間を止めていない。 まっすぐな心配のされように返せる言葉は、やっぱりまっすぐな謝罪だった。
見るとキリトは呆れたような苦笑いを浮かべ、クラインさんたち風林火山の面々も一様に呆れ顔だ。 軍の一団は慄いているけど、あまりつつくと面倒なことになりかねないのでこの際無視。
「とにかくポーションを飲んどけよ。 終わったって言っても油断はできないしな」
「あー、ほっとけば回復す……はーい、飲みまーす」
キリトに返す言葉を急転換したのは、おっかないお姉さんに睨まれたからだ。
さすがは美人。 涙目でも眼光の迫力は凄まじい。
おとなしくポーチから安物の素材で作った(それでも店売りよりは高性能)ポーションの瓶を口に咥えると、今まで沈黙していたクラインさんが堪りかねたように口を開いた。
「そりゃそうとおめえら、さっきのあれはなんなんだよ? あんなスキル、見たことねえぞ」
「……クラインさん、その『おめえら』ってどこまで含まれてるの?」
「おめえとキリト、それにアマリちゃんに決まってんだろ」
「言いたくない、は通用しないよね……」
小さく息を吐くと、クラインさんたちだけではなく、アスナさんや当事者のキリトでさえ興味津々に僕を見ていた。 と言うか、キリトも同系統らしきスキルを持っているでしょうに。
で、どんな時でも僕の味方のアマリは、先ほどの殺戮がよっぽど楽しかったのか、いつもの緩い微笑に愉悦を重ね、何もない宙空に視線を固定している。
「まあ、別にいいけどさ」
今度は長くため息を吐いて、冴えない頭を強制的に切り替える。
これだけ大々的に使ってしまえば隠しようもない。 隠していた持ち札を切ったのは僕の判断なので、何もかもが今更だろう。
「これはエクストラスキルだよ。 名称は『双剣』。 左右それぞれに片手用直剣を装備する武器スキルで、見てもらった通り手数重視だね」
「出現条件は?」
「さあね。 1年くらい前にいきなりスキル欄に現れたから、多分、何かしらの条件に合致して攻略の進捗具合に併せて解放されたんじゃないかな?」
「てことは、お前専用のユニークスキルってことか?」
「だと思う。 キリトもそんな感じでしょ?」
詰め寄るクラインさんの矛先をキリトにズラすと露骨に嫌な顔をされた。
とは言え、さすがに僕にだけ説明させるつもりはないのか、思っていたよりもすんなり頷いた。
「ああ。 俺のは『二刀流』。 お前の双剣に比べると手数には劣るけど、それでも普通の武器スキルに比べれば手数が多いな。 やっぱり同じく出現条件は不明で、1年くらい前に追加されてた」
「火力重視で手数もそこそこなのが二刀流で、徹底的に手数を追求したのが双剣、って言う認識で良さそうだね」
「しっかし、兄弟揃って同系統のユニークスキルを習得するなんて、おめえら、相変わらず仲良いな、おい」
「ま、たった1人の肉親だからね。 で、アマリのスキルなんだけど……」
未だに興奮でトリップしている相棒に視線を送ってから嘆息。
説明役は僕に丸投げのつもりらしい。 そうでなくても軍の一団がいる以上、こちらの会話に混ざるつもりがないのだろう。
「あれは『爆裂』。 これも出現条件不明……って言いたいところだけど、なんとなくの心当たりはあるんだよね」
「あんのか? 詳しく教えやがれ」
「ほら、クラインさんは覚えてるかな? 『背教者ニコラス』」
「お、おう……。 そりゃ、覚えてるっつーか……」
「まあ、あの時のあれこれは置いといて、爆裂はニコラスが使ってたスキルなんだ。 あの戦いでラストアタックを取ったアマリが習得したから、多分、そう言う設定だったんだろうね」
「ニコラスを倒した報酬ってわけか? ……ったく、水臭えぞ、おめえら。 こんなすげースキルのことを黙ってるなんてよ」
背教者ニコラスの名であの時のことを思い出したクラインさんは、微妙になりかけた空気を無理矢理押し流した。
背教者ニコラス。
去年のクリスマスの夜、僕とアマリが殺したモンスター。
そしてそれは、年1回しか出現しない特殊なモンスターで、倒せば多くの財宝と蘇生アイテムが手に入ると言う噂が出回ったモンスターなのだ。
リーナを蘇生させるために背教者ニコラスを殺そうとしていた僕と、その頃には既にオレンジを、否……『レッド』を何人も殺していた僕を捕らえるために集まったプレイヤーたちとの戦闘が勃発した。
僕を捕らえようとしたプレイヤーたちの先頭にいたのはアスナさん。 そして、そこにはキリトやクラインさんもいて、僕はその全員に狂気の刃を向けたのだ。
あの夜の出来事はその内話すとして、とにかくそれ以来、僕は決定的に攻略組の敵になった。
それを思い出して気まずくなるべきは僕だろうに、お人好しのクラインさんの方が気まずげにしている。
「僕は色々なところで恨みを買ってるからね。 自業自得って言われたらそれまでだけどさ」
クスリと笑った僕は、ウインドウを操作してエスペーラスとマレスペーロを除装した。
どうせバレてしまった双剣を今更隠す理由はないけど、だからと言ってこれ以上見せびらかす理由もない。 と言うか、使い勝手が良すぎてそれに頼りきりになりかねないのだ。
「それにしても、ずいぶんと悪辣な難易度になってたね。 今までのボス戦の傾向とか、各層におけるボスの強化具合から考えてもさっきのあれは異常だったよ」
「そうですね。 73層も苦労はしましたが、この層の難易度に比べれば優しかったと言えるでしょう」
「そりゃ、不測の事態ではあったけど、それでもね。 これからの攻略が思いやられるよ、本当に」
やれやれと首を振りながら、僕は考える。
縦構造のアインクラッドは上層に行けば行くほど難易度が上がる。
敵のレベル。 ダンジョンの複雑さ。 トラップ。 クエスト。 それら諸々が一部の例外を除いて一定のペースで高度になっていく。 少なくとも、今までであればそうだった。
だけど今回。
74層フロアボスは今までの上昇ペースを無視して、その難易度が跳ね上がっていたのだ。
ボス部屋の結晶無効化空間。 おそらくはプレイヤーの人数に対応した特殊スキルのアンロック。 ボス討伐後の強制転移。 圧倒的物量による妨害。
跳ね上がった難易度が下がることは、これまでの経験からしてないだろう。 そうでなくても次の層は75層。 3度目のクォーター・ポイントにして、100層を除けば最後のクォーター・ポイント。
25層、50層と、それぞれのクォーター・ポイントの難易度は悪辣だった。 いくつかある例外のひとつが、クォーター・ポイントに於ける難易度の急上昇なわけだけど、この分だと今までのそれよりも更に難易度が跳ね上がっていると見るべきだ。
「また難しいことを考えてるですか?」
ふと、僕の思考を突き崩す声。
確認するまでもなくアマリだ。 知らない人の前ではしゃべりたがらないアマリが、僕を見て、僕だけを視界に納めて笑う。
「フォラスくんがいれば私はそれでいいのです。 フォラスくんと一緒なら私はなんだってできるのです。 だから大丈夫ですよ」
ぎゅっと僕の腕に抱きついてきたアマリの熱は、それまで重ねた思考の全てを溶かす。
いっそ、劇毒じみたその熱に寄り添って僕も笑った。
その後。
丁寧なお願い(クラインさん曰く『脅迫』)で双剣と爆裂、それからついでに二刀流に関しても口止めをしてから、僕たちはそれぞれ解散した。 軍の一団は転移結晶で1層へと戻り、キリトは愛する彼女を安心させるために帰宅。 アスナさんは今回の報告をするためKoB本部へ。 僕とアマリと風林火山の面々は75層のアクティベートに向かった。
75層の主街区に向かう道中、こんな一幕があった。
「なあ、フォラスよ……」
「ん?」
「おめえがあの時、軍の連中を助けに飛び込んだ時、なんつーか嬉しかったよ」
お人好しのカタナ使いはそれだけ言って、野武士面に似合わない優しい笑みを浮かべた。
「おめえはやっぱいい奴だよ」
「……よくそんな恥ずかしいセリフが言えるね。 別にあの人たちのためじゃないよ」
照れ隠しをしても隠しきれていないことは自分でもわかっていた。
優しい笑みをニヤニヤに変えたクラインさんを追い払って、主街区への道程で出てくるモンスターをクラインさんたちに押し付けながら、僕とアマリはいつまでも手を繋いでいた。
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