ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
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アインクラッド編
74層攻略戦
久方振りの死闘を 06
前書き
注意
今回の話で、フォラスくんとアマリちゃんが大暴走します。 と言うか狂います。
苦手な方はお気をつけください。
爆散したグリームアイズの残滓が完全に消えた瞬間、ワッと沸く軍の一団を横目に収めながら、僕もキリトも、それから遠く離れた位置にいたアマリとアスナさん、クラインさんたち風林火山の面々も警戒を解かなかった。
グリームアイズのラストアタックボーナス獲得のメッセージは表示されたけど、肝心の経験値やアイテム類のドロップウインドウが出ていないし、何より鳴り響くファンファーレと共に宙空で瞬くはずの『Congratulations‼︎』が未だに表示されていないのだ。
ボス攻略から遠ざかっていた軍の一団が知らないのも無理はないけど、今までも何回かあった現象に、攻略責任者のアスナさんがさすがの察しの良さで声を張り上げた。
「油断しないでください! ボス戦はまだ続いています! HPが減っているプレイヤーはポーションを飲みつつボス部屋から退避! 麻痺しているプレイヤーを守りながら安全地帯までーー」
的確に出していく指示は、けれど、最後まで続かなかった。
突如、軍の一団を含む全てのプレイヤーの身体が鮮やかな青の光に包まれる。
何度も見てきた転移のエフェクトだけど、当然、僕たちの誰も転移系のアイテムを使ってはいない。 と言うか、結晶無効化空間なので、使えるはずがないのだ。
「強制転移……」
青い膜に覆われた視界の中でボス部屋の最奥を見ながら呟くと、完全に視界が青に塗りつぶされる。
次に視界が晴れた時には、僕たちは全員、周りに何もない場所へと降り立っていた。
そこは小高い丘。 木もなければ敵もいない、ただただ砂と石だけが転がる無味乾燥とした場所に転移させられていた僕たちは、全員の一応の無事を見て取って安堵の息を吐く。
ボス部屋にいた頃の位置関係はバラバラに、それでもある程度密集して転移されていたのは救いだろう。 もっとも、一様に表情は固いけど。
「結晶無効化空間であることは相変わらずのようですね」
「だね。 まあ、そうでもなかったら強制転移でモンスターのいないところに送る理由なんてないもんね」
「……フォラスさんはどう思いますか?」
「ん? ああ、あれのこと?」
パニック寸前になっている軍の一団を刺激しないようにか、小声で話しかけてきたアスナさんと一緒に小高い丘の端から眼下を見下ろす。
「あれ全部ぶっ殺すか、それともあの先にある転移門まで辿り着ければゴール、ってところだと思うよ。 ただし後者は確証なし」
「では、あれをすり抜けつつ撤退は危険ですね。 着いたはいいけど転移ができない、なんて状況になったら目も当てられません」
「同感」
短く返してからまた眼下に広がる衝撃の光景を見て嘆息。
ここは小高い丘だ。 その下には広々とした平地が広がり、そこに所狭しとモンスターが蠢いている。 更に先には転移門があるけど、使用可能かどうかはここからだとわからない。
「さて、どうしよっかな」
「あはー、全部ぶっ殺せばいいだけですよー」
声。
軍の一団に気を使うでもなく響いた声は、僕とアスナさんを絶句させる。
振り返れば、狂気を内包した笑顔を浮かべるアマリがいて、既にディオ・モルティーギを肩に担いでウズウズとしていた。 放っておけばあそこに突撃して暴れ狂うことだろう。
「フォラスくん、あれをやるですよ」
「ふふ、そうだね。 やろっか」
「ちょ、ちょっと待ってください! まさか、あそこに行くつもりですか⁉︎」
「うん。 皆殺しにしてくるよ」
「危険すぎます! あれだけの数を相手にするのに策もなしなんて! こちらはたったの22人ですよ!」
「22人? それは違うよアスナさん。 僕とアマリの2人でだよ」
「なっ」
穏やかな笑みと共に僕が吐き出した言葉は、突然の口論を始めた僕とアスナさんを遠巻きに見ていたキリトや軍の一団すらも絶句させた。
「それに策もあるしね。 僕のこれは対多数戦闘にも対応できるし、そもそも僕のプレイスタイルは知ってるでしょ?」
左右それぞれに握った片手剣に視線を落としたアスナさんは、すぐに視線を上げた。
おそらく今、アスナさんの頭の中では色々な思考が駆け巡っていることだろう。
現状を打破するためには、どうあれ戦闘は必須だ。 アスナさんは22人と言ったけど、消耗具合(HPではなく精神的な)を考慮すれば軍の一団は使えないし、そうでなくてもレベル的に見ても頼りにはできない。
となれば10人だけであそこを突破、あるいは敵を全滅させる必要がある。 けれど、今も呑気におしゃべりをしているここが、いつまでも安全とは限らないのだ。
何しろ、今回のボス戦は不測の事態が多すぎた。
今までの流れを無視した、フロアボスの圧倒的強化。 ボス戦後の強制転移。 終わりの見えない悪夢は、ここの安全性を保証してはくれない。
軍の一団を見捨てると言う選択肢もあることにはあるけど、それを選ぶことはしないだろう。 アスナさんも、キリトも、クラインさんたちも、そんな結論を出すはずがない。 無論、僕とアマリも。
これ以上起こるかもしれない不測の事態に対応するためには、いくらかのプレイヤーを置いておく必要がある。
まずは広い視野を持つアスナさんと、索敵スキルを習得しているキリトは鉄板だ。 護衛が2人だけと言うのは些か不安なので、風林火山の面々にも残ってもらう。
これが現状で取れる最善の策だろう。
けれど、僕には、否……僕たちには、そんな策とは無関係な理由があった。
「もう考えるのは面倒なんだよ。 敵が目の前にわんさかいて、それを放置しろって? そんなの無理。 もう我慢の限界」
「あはー、私も我慢できないです。 殺す! ぶっ殺す! 皆殺し! あそこにいるぜーんぶ、私たちの獲物なのです!」
横取りは許さないですよ! そう宣言したアマリの顔には獰猛な狂喜の笑み。 僕もきっと、同種の笑みを浮かべているだろう。
気圧されて何も言えない仲間たちから視線を外してストレージからポーションを取り出すと、僕とアマリはそれを呷った。
キリトに渡したポーションと同じ物を飲み下した僕たちのHPバーに表示されるバフアイコンを見つつ、僕はもう一度アスナさんに視線を戻す。
「……お願いします」
幸い、葛藤は短かった。
現状を打破するために多少の危険は目を瞑るしかない。 それがわかっているだろうアスナさんだけど、その表情は冴えない。
安心させるように笑いかけてから、僕は小高い丘の端に足をかける。
「アマリ、もう我慢はいらないよ。 いっぱいいっぱいぶっ殺そう」
「あっはぁ、素敵ですねー。 全部食べちゃっていいですかー?」
「いやいや、そこは2人で仲良く、ね」
「あは」「ふふ」
2人で笑って、そして跳んだ。
さあ、パーティーの始まりだ。
丘の端に立つ2人の後ろ姿を眺めながら、アスナはチクリと胸が痛んだ。
何故、死地に赴く2人を止めなかったのか?
そんな思考が駆け巡り、ひたすら己を責め続ける。 いかにフォラスからの提案とは言え、そしてそれが最善だとわかっているとは言え、その痛みが消えることはない。
「仕方ないさ」
ふと、後ろからそんな声が届いた。
「あの2人が行くしかなかったよ。 俺もアスナもあの量のMobとは戦えないし、あいつらが適任だって言う判断も妥当だ」
アスナがよく知る彼らしい、情緒の全てを排した実際的な口調は慰めのつもりだろうか。 それでも声の端々に滲む心配を見て取って、その不器用さに思わず笑ってしまった。
「心配なら一緒に行ってきてもいいのよ? クラインさんたちがいてくれれば、軍の人たちをなんとか守れるもの」
「いや、別に心配なんて……そう言うアスナだって心配してるだろ」
「うん……」
コクンと頷いたアスナの頭に、ポンと彼の手が乗る。
攻略最初期の頃、短くない期間一緒に行動していたアスナにとっては懐かしくも愛おしい感覚だ。
(思えばあの頃から、私はこの人が好きだった……)
先程とは違う種類の痛みを胸に感じ、その手をやんわりと払う。
いっそこのまま、キリトを伴ってあの2人を追いかけたい衝動に駆られるアスナだが、その案は言葉にする前に自身の中で却下した。
このお人好しのことだ。 そんな提案をしようものなら一も二もなく頷くだろう。 アスナの隣で剣を振るい、活路を見出すだろう。
(けど、そんなことは言えない……)
2人が率先して戦地に赴こうとしている理由の大部分は、ただ敵を殺したいと言う狂った狂気だ。 それはアスナにもキリトにもわかる。
だが、その案の裏側……頭の片隅に、アスナやキリトに対する心配があったのも間違いないはずなのだ。
単純な戦闘で足を引っ張ることはないだろうが、ああ言う対多数の戦闘の経験が圧倒的に不足している2人では、どうあってもあちらの邪魔になる。 もしもアスナやキリトが窮地に陥れば、彼らは自身の身に降りかかる危険を度外視して助けに入るだろう。
自身の無力がもどかしい。
もっと私が強ければ。 もっと俺が強ければ。
グルグルと回る思考のリフレインに曝されていた2人の眼前で、それぞれの弟妹が跳んだ。
跳躍は筋力値を中心に補正がかかるアクションなので、アマリがとんでもない飛距離を叩き出し、フォラスがその後塵を拝する。
飛距離がない分(それでも大概の距離だが)、着地の早いフォラスがまずは接敵。
左右それぞれに握られた片手剣が藍色のライトエフェクトを纏うのを見て、アスナは息を飲んだ。
あの手の混戦の場合、ソードスキルを使わないのが基本だ。
技後硬直は隙を作り、その隙は致命的なものになるからだが、フォラスの双剣はそんな常識を簡単に斬り裂いた。
直後に繰り出されるのは、藍色の2連撃。
リーチの短い片手剣の刀身から吐き出される光の軌跡は、手近にいた6体の敵の首を狙い違わず裂き落とす。 別の敵が技後硬直を狙い殺到するが、それらが攻撃圏に入る前に再びの跳躍でその場から脱した。
どうやらアスナが危惧しているよりも技後硬直は短く設定されているらしい。 ホッと息を吐いたのも束の間、フォラスの着地点にいた一団が持つ両手剣が、毒々しい赤の光を帯びた。
迎撃のソードスキル。
最悪の未来を想像して身を固めたアスナの眼下で、重力に従って落下するだけだったはずのフォラスが急激に軌道を変えた。 それはさながら、空を飛ぶように。
「あれは……」
「『疾空』!」
すかさずキリトの驚愕が隣から聞こえた。
疾空。
その名の通り、空中を走るためのスキルで、疾走スキルの派生スキルだ。
正確に言えば、今しがたフォラスがしたように空中で方向転換する使用法がメインで、空中を走ったりはできない。 それこそ今のような状況では便利なスキルではあるが、そもそもの話し、対多数戦と言うシチュエーションが限りなく少ない上にとんでもないバランス感覚を必要とするスキルなので、攻略組でも習得しているプレイヤーは稀だ。
だと言うのに、フォラスはそんな不人気スキルを使いこなし、空中で器用に体勢を整えると敵の少ない一角に危なげなく着地すると、純白のエフェクトが灯り、24連撃が殺到する敵を切り刻んだ。
瞬間、辺りを揺るがす轟音。
安堵もそこそこに爆音の発生源を見ると、そこには柱のような土煙が天を突かん勢いで立ち昇っていた。
何が、と思考する間も無く、そこから桜色の髪が飛び出し、近くにいた敵を吹き飛ばす。
元々の火力が高いディオ・モルティーギの恐ろしさはアスナも知っているが、あそこまで無茶苦茶な土煙を上げるほどの火力は出せないはずだ。
にも関わらず、アマリが振り上げたディオ・モルティーギがダークブラウンのライトエフェクトを灯して振り下ろされると、そこに2本目の柱が屹立する。 周囲にいた敵はそれに巻き込まれ、あるいは飲み込まれ、その身をポリゴン片へと変えた。
SAOの常識に照らせばありえない光景に目を奪われていたアスナの耳に、ゾッとするほど楽しそうな声が届く。
「あは」「ふふ」
それが笑声だとは気がつかなかった。
「あは、あはは、あっはははははぁ「ふふ、ふふふ、ひははは「あははははははは「ははっ「ははは「はっははは「ははは、あっはは「ふひはっ「はーっはは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
それは哄笑。
狂いに狂い、完全に壊れた狂人たちの哄笑。
その光景に、笑声に、丘の上で呆然と見ていた一同は何も言えない。
それから30分。
狂気にして狂喜の哄笑は敵を全て殺し尽くすまで止まらなかった。
後書き
あっはぁ
と言うわけで、どうも、迷い猫です。
ええ、もう完璧に狂ってます、はい。
言い訳のしようも、弁解の余地もありません。
次からは通常運転なのでご安心を。
ではでは、迷い猫でしたー
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