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ソードアート・オンライン -旋律の奏者-

作者:迷い猫
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アインクラッド編
74層攻略戦
  久方振りの死闘を 03

 運の悪いことにモンスターが現れ、その対処をしている間に軍の一団が索敵範囲から外れてしまった。
 元々ギリギリの位置から追っていたので仕方のないことではあるけど、連中の行き先は分かっているのでそのままボス部屋まで急いで向かっていると、ようやく索敵に反応が出る。

 「うわ、ちょっと遅かったみたいだね……」

 誰にでもなく呟いてから、僕は走る速度を限界まで上げる。 この時点で残ったメンバーはアスナさんとキリト、それからアマリだけになった。 筋力値を優先的に鍛えているクラインたち風林火山の面々を置いていく形になったけど、彼らは少数とは言え攻略組の一角を占めるギルドだ。 滅多なことはないだろう。
 ちなみに筋力値優先どころか、敏捷値を切り捨てていると言っても過言ではないアマリが何故残っているのかと言うと、僕が背負っているからだ。 互いの武器をストレージに戻し、数少ない金属装備を外すと言う蛮行にアスナさんが顔をしかめていたけど、緊急事態のため何も言わないでくれている。 こうでもしないと筋力値の低い僕はアマリを背負って走れないのだから仕方ないので、できれば落ち着いてからのお小言も勘弁して欲しいものだ。

 そんなこんなで走ること数分。
 僕たちはボス部屋の目前まで到達する。 アマリを降ろしつつ急いで中を確認すると、そこには案の定ボスと戦闘中の軍がいた。

 「撤退しろ! その人数じゃ無理だ!」
 「うるさい! 私に指図をするな! ……貴様ら、何を怯んでいる! 戦え!戦うのだ!」

 キリトの指示を一蹴したコーバッツは、どう見ても無謀な戦いを命令する。

 盾持ちの前衛がグリームアイズの大剣を防ぎ、斧槍を構えた後衛がその隙に攻撃を仕掛ける。 ボスモンスターを攻略する上での基本戦略だけど、レベルが足りていないため6人でも完全に防ぎきれていないし、攻撃してもダメージが殆ど通っていない。 加えて、グリームアイズの攻撃には盾での対応が難しいブレスがある。 このままでは壊滅も時間の問題だろう。

 と、外した装備を整えていた僕は、見たくもない最悪のシナリオを見た。

 グリームアイズが放ったソードスキルにより、前衛の2人が吹き飛ばされ、ボス部屋の床を転がる。
 SAOでは攻撃による転倒はバッドステータス扱いで、動けるようになるまで時間がかかる。 本来であればこの時点で他のプレイヤーが威嚇だったり投剣だったりのスキルでボスのヘイトを稼ぎ、ターゲットを転倒したプレイヤーから移すべきだけど、ボスモンスターとの戦闘経験が浅い彼らは仲間が吹き飛ばされたことに竦み、呆然とするだけだった。
 そして、その隙を逃すほどボスモンスターは甘くない。

 グッとグリームアイズが上体を反らす。 あれは先ほどの偵察の時に何度か見たブレス攻撃のプレモーションだ。 この角度からだと僅かしか見えない口元に、青白い輝きが充満していく。

 「ーーーーっ」

 それを確認する前には、僕は既にボス部屋を駆けていた。
 アマリを背負っていない僕の全速力。 徹底的に鍛え上げた絶大な敏捷値を全開にした疾走は、さながらロケットのような速度を生み、ブレスを吐き出す直前のグリームアイズと転倒した2人との中間地点にギリギリで滑り込んだ。

 とは言え、このタイミングで割り込んだからと言ってもできることは数少ない。
 何しろ僕は頭に超が付く軽装薙刀使い。 盾を以ってしても防御が難しいブレス攻撃に対処する術はかなり限られている。 より正確に言うのならたったひとつしかない。
 これが僕だけであれば、あるいは後ろにいるのがアマリであれば、僕が選択する行動は回避になるだろう。 あれだけ分かりやすいプレモーションを見せてくれているのだから回避は簡単だ。
 でも、今の状況でそれはできない。 それをするくらいなら、そもそも割り込んだりはしない。

 ヒュンッと空気を裂く音をひとつ響かせてから、両手を巧みに使って雪丸を回転させる。 やがてヒュンヒュンと連続的な音を奏でる頃には、雪丸が薄緑のライトエフェクトを灯し、同時にグリームアイズのブレス攻撃が発動した。
 武器防御スキルを鍛えていると習得可能になる、汎用ソードスキル『スピニングシールド』。
 短剣などの小型武器を除く全ての武器で使用可能な珍しいソードスキルで、物理攻撃はもちろん、ブレス攻撃すらも防いでくれる優れものだ。 ただひとつ難点があって、この技は武器の耐久値をいっそ冗談かと思いたくなるくらいの速さで削るのだ。

 薄緑色をした光の円盾(ラウンドシールド)と、青白い輝きを放つ吐息とが衝突する。
 そもそも回避を前提に能力構成(ビルド)を組んでいるので当然だけど、僕は防御行動が苦手だ。 それでも幸いなことに、ブレス攻撃の殆どは威力が高くても重い攻撃にはならない。 幾らかのダメージは受けたものの、特に問題もなくブレス攻撃を防ぎれた。

 大技の後の技後硬直に襲われているグリームアイズから一旦視線を切って、僕の後ろで呆然としたままのプレイヤーに指示を飛ばす。

 「転移結晶で撤退して。 時間は僕が稼ぐから」
 「ふざけるな! 我々アインクラッド解放軍に撤退の二文字はない!」

 ようやく転倒から復帰したプレイヤーたちが僕の指示に従おうとした瞬間、ようやく駆けつけたコーバッツがそう叫ぶ。
 あまりの言葉に反駁し損ねた僕を見て、更に言葉を重ねた」

 「貴様ら! オレンジ風情の言葉になど耳を貸すな! 我々は一般プレイヤー解放と言う大義を任せられているのだぞ!」
 「だからってこのままだと全滅するよ。 それでもいいの?」
 「黙れ! 我々は死を恐れるような軟弱者ではなーー」

 ヒュンッと空気を切り裂く音。
 コーバッツの鼻先を雪丸の刃が掠めると、さすがのコーバッツ(馬鹿)も言葉を失った。

 「誰かを巻き添えにするのは許さない。 そんなに死にたいならあいつを殺した後に僕が殺してあげるよ」

 コーバッツは僕の顔に何を見たのだろう? その表情を恐怖に染め、一歩後ずさった。
 僅かにできた空白を見逃すわけもなく、僕はそのまま声を張り上げる。

 「軍の人たちは早く撤退して!」
 「だ、駄目だ! 結晶が使えない!」
 「だったら、ボスを迂回しつつ部屋の端に! ボス部屋の外はモンスターが出るかもしれないから危険ーー」

 僕の指示がグリームアイズの咆哮に掻き消される。
 瞬間、部屋を照らす幾多もの青白い炎が揺らめき、その身を雷撃へと姿を変え、部屋にいる僕を含めた13人全員を貫いた。

 ーー範囲攻撃⁉︎ しかもこれ……

 床に倒れこみながら、僕は戦慄する。
 視界の左上に表示された4本のHPバー。 その最上段にある僕のHPバーの枠が緑色に点滅し、右端に同色のデバフアイコンが表示される。
 現状考えうる最悪のバッドステータス、『麻痺』。
 最弱のものでさえ自然回復に結構な時間がかかる悪辣な状態異常を受けた僕は、抵抗する術もなく地に崩れ落ちた。

 僕とアマリが偵察した際、あんな攻撃を使ってはこなかった。 おそらくボス部屋にいるプレイヤーの数が一定以上になると使用するスキルなのだろう。 そう言う条件で繰り出される攻撃があることを僕は知っていたのに、完全に油断していた。
 麻痺中は利き腕以外動かないので、回復はかなり難しい。 おまけに一瞬で状態異常を回復してくれる浄化結晶は使えないのだ。 色々とあって耐毒スキルをカンストしている僕は、ある程度の時間で回復するだろうけど、それでもこのままグリームアイズが何もしないでいてくれるわけがなく、地に伏した全員が殺されることは避けられない。

 そんな絶望的な状況で、僕は小さく笑った。

 気が触れたわけではない。 もちろん諦めたわけでもない。
 僕は絶望の直前、確かに聞いたのだ。

 聞くものが聞けば身の毛もよだつ、けれど僕にとっては頼もしくも愛おしい狂気の笑声を。 だから心配はない。

 「あっはぁ!」

 聞きなれたそれと同時、倒れこんだままの視界に収まっていたグリームアイズの巨体が吹き飛んだ。
 そして、開けたそこにいたのは桜色の髪を持つ少女。 惨殺天使などと言う物騒極まりない異名で呼ばれるアマリが、有り余る狂気を滲ませ、ただただ笑っていた。

 「もしかしてピンチだったですかー?」

 グリームアイズを吹き飛ばして転倒させたアマリは、そのまま追撃するでもなく跳躍すると、僕のすぐそばに降り立ってそう言った。

 「ふふ、まさか。 ここから大逆転の予定だったんだよ」
 「あはー、それは悪いことをしたですねー。 そんなフォラスくんにぷれぜんとふぉーゆーです」
 「ん」

 怪しい発音の英語を言いつつ、僕の口に突っ込んできた麻痺解毒用のポーションを飲み下す。
 これは僕が持てる全ての知識と熟練度を集約して調合したポーションだ。 効果は店売りの物よりも早く、実験ではレベル8の毒による麻痺でさえ、たったの10秒で治してみせた。 この麻痺がどの程度のものかはわからないけど、少なくともそれ以上と言うことはないだろう。

 と、適当に当たりをつけた直後、デバフアイコンが消えた。
 所要時間は約6秒。 経験則から判断するに、レベル7相当の麻痺毒だったらしい。

 「アマリ、軍のお馬鹿さんたちを壁際まで運んで。 それまで僕が時間を稼ぐよ」
 「独り占めは許さないですよ?」
 「わかってる。 じゃあ、頼んだよ」
 「了解ですよー」

 頷いたアマリの頭を軽く撫でてから僕は駆け出した。
 HPは6割を切っているけど、それを気にしていられるほどの余裕はない。 転倒から復活したグリームアイズを止めないと、まだ麻痺の抜けない軍の一団が全滅しかねないのだ。

 「みんなも軍を端に避難させて!」

 アマリに続いてボス部屋へと足を踏み込んでいたキリトたちにもアマリと同様の指示を出す。
 遠巻きに見ていたみんなも状況は察しているらしい。 それぞれが威勢良く返事をすると、グリームアイズを大きく迂回して軍の一団の救助に向かってくれる。

 「さて……」

 ここからが僕の仕事だ。
 軍の一団にボスが向かわないように食い止めつつ、あの範囲攻撃を使わせないよう立ち回らなくてはならないのだから、その難易度は言うまでもないだろう
 それでも、僕に気負いはなかった。

 「あなたの相手はこの僕だ」

 大剣を携えるグリームアイズの両足を雪丸で薙ぎ、僕はそう宣言した。 
 

 
後書き
グリームアイズさん(大体2歳)の鬼強化。
と言うわけで、どうも、迷い猫です。

原作では二刀流を解禁したキリトさんに瞬殺(小説で2ページ、アニメでは約1分)されてしまうグリームアイズですが、ここではかなり強化されています。

以下、裏設定。 読み飛ばしていただいても本編に影響はありません。

スキル名『パラライズ・ランス』
The Gleameyes専用、特殊攻撃。
ボス部屋内のプレイヤーが12人を越えると開放される状態異常付与範囲攻撃技。
防御不可。 当たれば耐毒スキルおよび耐毒ポーションの有無に関わらず、レベル7相当の麻痺を付与。 麻痺の確率は95%。
ブレス攻撃後の咆哮がプレモーション。 出は遅いが攻撃速度自体はかなり高速。
技後硬直が長く設定されているのが救い。
回避に成功したプレイヤーがボスのタゲを取り、麻痺したプレイヤーがその隙にポーションなどで回復すれば全滅は防げる。
状態異常付与がメインのため、ダメージ自体は少ない。

いやはや、自分でやっておいてなんですが、実にいやらしいスキルですね。 製作者はきっと性格が悪いことでしょうww
と言うか、実際にこんなスキルを使うボスが出るようなMMOは絶対にやりたくありません。

ではでは、迷い猫でしたー 
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