ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
アインクラッド編
74層攻略戦
久方振りの死闘を 02
ほのぼのとした雰囲気での食事を終えた僕たちは、そのまま安全地帯休憩していた。
少し前なら攻略最優先、より早い解放が史上命題、とでも言いそうなほど切羽詰まっていたアスナさんだけど、いつの間にやらその焦りはなくなったらしい。 今も楽しげにキリトやアマリとおしゃべりしている。 とは言え、まだキリトに彼女がいると言う事実に整理がつかないのか、時折気まずげに目を伏せたりはしているけど、概ね順調に交流を深めていた。
安全地帯と言うのはあくまでモンスターが侵入できないだけの場所なので、PKの一団に襲われる可能性も皆無とは言えない。 最前線の迷宮区に奴らが来ることは滅多にないので、それは限りなくゼロに近い可能性だけど、だからと言って僕は警戒を怠ってはいなかった。
だから、安全地帯に僕たちとは別のパーティーが入ってきたのに気付いた僕たちは、今までのほのぼのとした空気を霧散させて警戒した。 立ち上がり、いつ何が起こってもいいように身構える。
「おお、キリトにフォラスじゃねえか! しばらくだな」
そのパーティーの先頭にいたカタナ使いのプレイヤーは見知った顔だったので、引き上げた警戒レベルはすぐに下げた。
向こうもまさか知り合いがいるとは思っていなかったのだろう。 少しだけ驚いたような顔をして、それから気の良い笑顔を浮かべる。
「おめぇらが一緒なんて珍しいな。 しかも、アマリちゃん以外が連れ、に……」
見知った顔のカタナ使いことクラインさんは、僕とキリトの肩をバシバシ叩きながらそれぞれの連れを見て、そして固まった。
「あー……っと、ボス戦で顔は合わせてるだろうけど、一応紹介するよ。 こいつはギルド『風林火山』のクライン。 で、こっちは『血盟騎士団』のアスナ。 ……っておい、なんとか言え。 ラグってんのか?」
固まっているクラインさんは、キリトに脇腹を小突かれてようやく再起動する。 そのまま物凄い勢いで頭を下げた。
「こっ、こんにちは‼︎ クライン24歳独身! 恋人募集ちゅぼおっ」
途中で言葉が崩れたのは、アマリがキリトとクラインさんとの間にディオ・モルティーギを振り下ろして、物理的にアスナさんへ伸びる魔の手を断ち切ろうとしたからだ。
「あはー、お久しぶりですクラインちゃん。 ところで、今なんて言いかけたですかー?」
「お、おお久しぶりだなアマリちゃん大丈夫俺は何も言ってないぜ」
「ですかー。 なら良かったです。 クラインちゃんの首をぶった切らないですみました」
句読点すら怪しいクラインさんの弁明にアマリが笑い、僕とキリトも顔を見合わせて笑う。
状況に追いつけていないアスナさんは呆然としていたけど、すぐにそれも回復してクスクスと笑った。
そんな微笑ましい交流をしているアマリたちを尻目に、僕は下げていた警戒レベルを今度こそ最高まで引き上げていた。
クラインさんや風林火山の面々、そして当然アマリたちとも違うプレイヤーの反応が僕のマップに表示されているのだ。 その数は12。
それだけで誰が来たのかは分かる。 そして、その後に起こるであろう面倒ごとも、大体の予想がついた。 僕がため息を吐く頃にはみんなも気がついたらしく、警戒の面持ちで安全地帯の入口に視線を集中していた。
そして現れるのは黒鉄色の金属鎧に身を包んだ一団。 つい数時間前にニアミスし、その時は遭遇を避けた軍の連中だ。
見た時よりも分かりやすく疲労しているのは当然だろう。 何しろ安全マージンを取れていない74層の迷宮区を踏破してきたのだ。 むしろ死者が出ていないことが奇跡とさえ言える。
12人と言う大所帯なので連携はかなり難しいだろうけど、そこを徹底的に訓練したんだと思われる。 たとえ迷宮区であろうとも基本的に敵は1体か2体で出ることが殆どで、多かったとしても3体程度だから、連携さえなんとかなれば大人数である分危険は少なくて済む。 それでもそんな戦闘は神経を使うので、疲労して当然だ。
軍の一団を率いているらしい先頭の男が「休め」と合図を出すと、残ったメンバーは崩れるように座り込む。 そんな仲間の様子に気を配るでもなくこちらに近づいてきた男は、僕たちの先頭に立ったキリトに愛想のない声で語りかけた。
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」
ヘルメットを外して口にした名を、僕は記憶している軍の情報から照会する。
コーバッツ中佐。
アインクラッド解放軍の階級制度の正確な仕組みは分からないけど、佐官を名乗っている以上、そこそこ高位のプレイヤーだろう。 その名には聞き覚えがあって、確か軍の中でも極めて野心的なキバオウの一派に属していたはずだ。
キバオウ派はオレンジの捕縛を主任務としている一派でもあるので、僕とは衝突の機会が多かった。
短く名乗り返したキリトに対して頷くと、そのまま横柄な口調で続ける。
「君らはもうこの先も攻略しているのか?」
「……ああ。 ボス部屋の手前まではマッピングしてある」
「うむ。 ではそのマップデータを提供してもらいたい」
「て、提供しろだと⁉︎ てめぇ、マッピングする苦労が分かって言ってんのか⁉︎」
横暴極まる要求に声を荒らげて異議を唱えたのは、キリトではなくクラインさんだった。
マッピングの苦労は尋常ではない。
何しろ、いつモンスターが出るかも分からない道をトラップに警戒しながら進み、そして戻るを何度も繰り返して手に入れるものだ。 その危険度と苦労は言うまでもないだろう。
だけど、中佐を名乗るこの男は止まらない。
「我々は一般プレイヤー解放のために戦っている! 諸君が協力するのは当然の義務である!」
「ちょっとあなたねえ……」
「て、てめえなぁ……」
爆発しかねない調子で唸ったのは2人。
先ほどまではクラインさんだけだったけど、今度はそこにアスナさんが加わっていた。 2人とも完全に怒っている。 一昔風に言うなら『おこ』だ。
「ふふっ」
そんな一触即発の空気で、僕はいつもと変わらず笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「ん? ふふっ、何がって中佐さん、おかしいことだらけだよ」
「なんだと?」
「だってさ、軍は今の今まで下層フロアに引きこもってたんでしょ? それがノコノコ最前線に来たと思ったら一般プレイヤー解放のために戦っている、だって? もうおかしすぎるよ」
「き、きさ……」
かあっと憤怒で顔を紅潮させたコーバッツは、僕の顔を改めて見て絶句した。
「貴様、戦慄の……」
「懐かしい名前だね。 でもそれはもう返上したから、今はただのフォラスだよ」
「貴様のような薄汚いオレンジ風情が私に口答えするな!」
ミシッと言う不穏な音が後ろから聞こえる。 アマリがディオ・モルティーギの柄を恐ろしい筋力値で握りしめた音か、はたまた空いている手をきつく握った音か、背を向けている僕には判断できない。
ただ確実なのは相当に怒っているだろうと言うことだけだ。
「マップデータを提供すればいいんだな?」
こちらも負けず劣らず怒っているらしく、クラディールと相対した時以上に重い声音でキリトが割り込んできた。
このままコーバッツが喚こうものならアマリの我慢が限界を迎えると思ってのことだろう。 そして、その予想はきっと正しい。
「いいの?」
「どうせ街に戻ったら公開する予定だったんだ。 悪いな、勝手に決めて」
「いいよ。 『マップデータで商売する気はない』でしょ?」
「まあな」
ひょいと肩を竦めたキリトは、手早くトレードウインドウを開いてマップデータをコーバッツに送る。 苦い表情のまま受け取ったコーバッツは、「協力感謝する」と、まるで気持ちの籠っていない上辺だけの謝辞を述べて踵を返した。
その背中にキリトが忠告を投げる。
「ボスにちょっかいを出すならやめといたほうがいいぜ」
「……それは私が判断する」
「さっきちょっと覗いてきたけど、生半可な人数でどうこうなる相手じゃないぜ。 仲間も消耗してるじゃないか」
「私の部下はこの程度で根を上げる軟弱者ではない! 貴様ら、さっさと立て!」
明らかに消耗している仲間(本人の弁を借りるなら部下)を気遣う様子もなく発した号令に、軍の面々は弱々しく立ち上がると、それでも健気に整列した。 怒りでなのか傲慢でなのか、狭窄したコーバッツの視野にはパーティーメンバーを思いやる余裕がないのだろう。
そのまま何を言うでもなく重い足取りで安全地帯から出ていった。
「じゃあ僕たちもいこっか?」
「行くってどこにだ?」
「そんなの決まってるよ……」
首を傾げるクラインに僕は言う。
「あの愚鈍な中佐殿の様子見にだよ」
ページ上へ戻る