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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第七話 出会い 

 脳天気なまでに明るい声で話しかけてきたのは、アントン・フェルナーだった。声だけ聞けばなんの邪気も感じさせないが、こいつの顔には何か面白がっているような表情がある。不愉快な奴だ。俺はこいつが好きではない。

原作で知っているだけで、話をしたことも無い相手を嫌うのはどうかと思うが嫌いだ。乱世を楽しんでいるような、いや好んで平地に乱を起こしそうな所が好きになれない。部屋に帰りたかったが、声を掛けられては仕方が無い。逃げたと思われるのもしゃくだ。

俺は手近な視聴覚用ブースに座ると、適当に電子書籍を選択した。「帝国経済におけるフェザーンの影響力の拡大とその限界」……妙なタイトルの本だがフェルナーの相手をしているよりはましだろう。読みはじめたが、何故逃げなかったかとすぐ後悔した。つまらなかったのではない。いつの間にか相手は3人になっていた。ミュラーとキスリングが参戦したのだ。

「校長先生から呼び出しを受けたようだが何の話だった?。当てて見せようか。次年度の進路のことだろう?」
この本はなかなか面白い。目の前にうるさい奴がいるが無視しよう。

「図星のようだな。そんなに無視しなくてもいいだろう。ちょっと話がしたいだけだ」
「知らない人間と話をしちゃいけない、と言われてるんだ」
そう、こいつらはまだ自己紹介もしていない。不躾な奴らだ。

「ああ、すまない。こちらが悪かった。俺の名はアントン・フェルナー、そっちはナイトハルト・ミュラー、ギュンター・キスリングだ。戦略科を専攻している」
「ギュンター・キスリングだ」
「ナイトハルト・ミュラー、よろしく」
「エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、兵站科」
教えたんだか、吐き捨てたんだか、わからんような口調になった。いかんな、気をつけよう。お前らも空気読んでさっさと帰れ。

「そう警戒しないでくれ。君に興味があったんだ。君はコンラート・ヴァレンシュタイン弁護士の息子だろう」
「そうです。父を知っているんですか、フェルナーさん」
「アントンでいいよ。そりゃー知ってるさ。英雄コンラート・ヴァレンシュタイン弁護士だからな」
「英雄……」
「ああ、英雄さ。ヴァルデック男爵家、コルヴィッツ子爵家、ハイルマン子爵家を相手に一歩も引かずに戦って、リメス男爵を守ったんだ。みんなが英雄だって「不愉快だな」……」

「父を知らない人間が勝手に父を英雄にして面白がっている」
俺は立ち上がり、フェルナーを睨みつけながら喋った。視線で人を殺せるならフェルナーは死んでいたろう。
「いや、俺は何も、」
「不愉快だ! 話がそれだけなら帰ってくれませんか。私は忙しいんです。今日中にこの本を読んでしまいたいんでね」

 お前らに何が判る! 父を英雄だと? 父がそんなものになりたいと思っていたというのか! 父はただ弁護士として義務を果たしただけだ。母のためにリメス男爵を守っただけだ。父の死顔は酷く暴行され原型を留めていなかった。痛かったろう、苦しかったろう。父の変わり果てた顔を思い出すたびに俺は胸が張り裂けそうになる。

だがそれ以上に父は辛かったに違いない。子煩悩で俺をあれほど愛してくれた父が、俺を独りにしてしまう、俺と二度と会うことが出来ないと悟ったとき、どれほどの絶望が無念が父を捕らえたか。お前らに何が判る! 叫びだしそうだった。目の前のフェルナーに殴りかかりそうだった。俺は必死で怒りを抑えた。(我慢だ、我慢するんだエーリッヒ。だからもっと怒れ、もっと怒ってぶち切れて目の前のこの馬鹿を滅茶苦茶にしてやれ)

「待ってくれ、ヴァレンシュタイン」
ミュラーか。引っ込んでいろ、俺の邪魔をするんじゃない!

■ナイトハルト・ミュラー
 
 目の前のフェルナーを睨みつけ、ヴァレンシュタインは小柄な体を小刻みに震わせながら怒りを表していた。一方のフェルナーは何が起きたか判らず、呆然としていた。いかん、止めなければ殴り合いが始まる。 
「待ってくれ、ヴァレンシュタイン」

俺は夢中で叫んでいた。しかしヴァレンシュタインはこちらを見向きもしなかった。
「話があるのは俺なんだ、ヴァレンシュタイン。頼むからフェルナーを許してやってくれ」
「ミュラーの言うとおりだ。落ち着いてくれ」

俺とキスリングの言葉にヴァレンシュタインがようやくこちらを向いた。ギギギギギギと音がしそうなくらいゆっくりと。
「すまない。話があるのは俺なんだ。その、君にどうやって話しかけて良いか判らなくてね、悩んでいたらフェルナーが自分が間に入ろうと言ってくれたんだ。君を怒らせてしまったようだが、決して君や君のお父さんを侮辱するつもりは無かったんだ。不愉快な思いをさせてしまったことは詫びる。だからフェルナーを、俺たちを許してくれ」

「父や母の事を興味半分で話さないと言うのなら」
「ああ、もちろんだ。約束する。それから、話があるというのは忘れて「明日17:00にここで」・・・いいのか、ヴァレンシュタイン」
ヴァレンシュタインは無言のまま視聴覚用ブースに座って本を読み始めた。
 

図書室を出て中庭にある大きなカエデの木の下に俺たちはいた。
「驚いたな。あんなに怒るとは」
そう言うとキスリングはため息をついた。
「驚いたのはこっちだ」
フェルナーはしきりにボヤいている。

「とりあえず、殴り合いにならなくて良かった」
「殴り合いになったかな」
「なった」
俺とキスリングの答えが重なった。
「危なかったんだぞ、フェルナー」
「ん、なにがだ」
「一つ間違えば、俺たちは数を頼んでヴァレンシュタインを侮辱したって事になったんだ」

「おいおい大袈裟だな、ミュラー」
「大袈裟じゃない。いいか、まず最初に俺たちは正規の入学生だ。そしてヴァレンシュタインは編入生。次に俺たちは16歳でヴァレンシュタインは12歳。それから俺たちよりヴァレンシュタインの方が成績がいい。これだけ揃ってたら俺たち三人が嫉妬から体の小さいヴァレンシュタインを取り囲んで侮辱したって事になってもおかしくないんだよ」
ましてフェルナーは教官から睨まれているとは言わないが目を付けられているのは事実だ。
「……やばかったなあ」

俺たち三人は揃ってため息をついた。危なかったと思う。士官学校には正規入学者と編入者がいる。この両者の溝は決して小さくは無い。半年の差というのはそれなりにあるのだ。しかしそれをもって編入者を侮辱することは許されない。士官候補生とはいえ、軍人なのだ。

軍に属する人間が国家の制度を侮辱するようなことがあってはならない。それが原因で「繰上げ卒業制度」、「編入制度」が崩れたらどうなるか。この制度の恩恵を受けているのは何よりも軍なのだ。当然軍は侮辱するような行動を取ったものを許さないだろう。既に軍内部では編入生は優秀だというのは常識になりつつある。もっともそれが正規入学者と編入者の軋轢の一因になっているのだが。そんなことを考えていると、キスリングがおずおずと話しかけてきた。

「なあ、フェルナー。ヴァレンシュタイン弁護士というのはそんなに有名なのか」
「ヴァレンシュタイン弁護士がいなければ、リメス男爵は謀殺され、リメス男爵家の財産は親族たちで奪い合いになったろう。オーディンの社交界では皆そう言ってヴァレンシュタイン弁護士を賛美している。当然軍でも知っている人間は多いだろうな」
俺たちはまた三人揃ってため息をついた。

「なあミュラー、明日会うのか」
「ああ、せっかく向こうが指定してくれたんだ。会うつもりだ」
そうか、と小さな声でつぶやくと、少し戸惑いながらフェルナーが話し始めた。
「実はな、これは先日ある筋から聞いたんだが、エーリッヒ・ヴァレンシュタインが士官学校に入ったのは、暗殺から身を守るためだという噂がある」

俺とキスリングは顔を見合わせた。暗殺?どういうことだ。
「親だけでなく子供も殺そうというのか。酷い連中だな」
キスリングは吐き捨てるように言った。俺も同感だ。
「碌な死に方はせんだろう」
「リメス男爵家が爵位と財産を返上したとき、現金が妙に少なかったらしい。財務省の人間が少なすぎると言っていたそうだ」
「少ないってどれぐらいだ」

貴族の少ないって言うのはどのくらいなのだろう。俺はそんなことを考えながら問いかけた。
「ざっと200万から300万帝国マルクは少なかったそうだ」
「200万から300万、おいそれ本当か」
あえぎながらキスリングが問う。
「何処まで本当かはわからん。だが少なかったことは事実だそうだ」
「お前、その話信じられるのか? ある筋って何だ?」
かついでいるんじゃないかと疑いながら問いかけると

「俺の知り合いがある大貴族に仕えている。信憑性は高いと思う」
と神妙に答える。嘘をついているとは思えない。
「その金がヴァレンシュタインに渡ったと」

「解からない……。そう考えている人間がいることは事実だ。暗殺うんぬんも実際にそんな計画があるのかどうか判らんが、そこから出ていると思う。自分たちに入る金が関係の無い平民に渡ったとね。ただ、彼が両親の死後リメス男爵に会ったことは事実らしい。なあ、自分のせいで両親を失った子供に会ったらどうする。しかも自分はもう長くないと解かっていたら……後を継ぐ人間もいなかったら」
俺たち三人はまた顔を見合わせ、溜息をついた。今日何度目だろう。溜息の重い一日だ。

 俺はヴァレンシュタインの事を考えた。彼はいったい何を知り、何を背負っているのだろう。そして何処を目指すのか……。
  
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