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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第八話 シミュレーション

「シミュレーション?」
「ああ、俺とシミュレーションをして欲しいんだ」

 昨日と同じ場所で、俺たちは会っていた。キスリングと驚いたことにはフェルナーも来ている。三人とも前日の非礼を詫びてきた。俺としても少し興奮しすぎたことは解っている。互いに非礼を詫びる形でけりがついた。

 シミュレーションには2つのパターンがある。「遭遇戦型」と「任務達成型」だ。どう違うかというと次のようになる。
「遭遇戦型」:通常宇宙空間でほぼ同数の兵力を持つ艦隊が出会って艦隊戦の優劣を競う。
「任務達成型」:作戦目標、勝利条件が提示され互いにその目標の達成を競う。

 言ってみれば、「遭遇戦型」は戦術能力を重視し、「任務達成型」は戦略能力を鍛えつつ、その中で戦術能力をどう発揮するかを目的としている。
 士官学校の1年では「遭遇戦型」しかやらない。まずは戦術能力を鍛えろということだろう。「任務達成型」は2年からだ。ミュラーが言っているのは当然「遭遇戦型」だろうが、俺とシミュレーションというのが良くわからない。戦略科というのはエリートなのだ。落ちこぼれの兵站科など相手にする人間はいない。なんの冗談だ?
「兵站科とシミュレーションをやっても仕方ないと思うけど。勝っても自慢にならない」

「君は編入生だろう。だれも君を兵站科の落ちこぼれとは思っていないよ」
「2年生になっても兵站科です」
「知ってるよ。クレメンツ中佐が言っていた。もったいないってね」
「判らないな。何故そんなにシミュレーションをしたがるんです」

俺は不思議に思った。何か有るのか? 俺の質問に答えたのはフェルナーだった。
「簡単だよ。君に負けたからだ。この間の授業でね」
「……なんの話です。それは」
どういうことだ。何故そんな事を知っている。シミュレーション授業の対戦相手はわからないはずだ。
 
シミュレーション対戦には4つの種類がある。
1.授業での対戦。
2.自由時間でコンピュータを相手にする対戦。
3.自由時間に友人と行う対戦。
4.自由時間に知らない相手と行う対戦。

1のシミュレーションの授業は全生徒で行われる。5,120名が全員行うのだ。これは専攻学科は関係ない。何を専攻しようと軍人ならば戦闘に巻き込まれる可能性はあるのだ、例外は無い。士官学校には100人程が入るシミュレーションルームが100部屋あり、生徒はその100部屋のどれかに入る。そしてシミュレーションブースに入り、自分の学生番号を入れる。後は勝手にメインコンピュータが対戦相手を選ぶ。

2はシミュレーションブースに入った後、自分の学生番号を入れ対戦相手にコンピュータを選択する。
3はシミュレーションブースに入った後、自分の学生番号を入れ対戦相手に相手の学生番号を入力する。
4はシミュレーションブースに入り、自分の学生番号だけを入れる。後はメインコンピュータが勝手に対戦相手を選択する。

 この1~4の中で1と4は対戦相手が判らない。100部屋あるシミュレーションルームのどこかにいるのだが、極端な事を言えば自分の隣にいる人間が対戦相手の可能性もあるし、コンピュータが対戦相手という可能性もある。

 当初、シミュレーションは誰が対戦相手か判るようになっていた。しかし帝国暦400年頃、いまから80年ほど前に対戦相手が判らないようにしたのだ。理由は士官学校で起きた殺人事件だった。自由惑星同盟との戦争が始まってから、士官学校ではシミュレーションの成績を重視してきた。

戦略科であればその度合いはさらに強くなる。その結果勝つ事を重視するあまり敗者を侮辱、愚弄する風潮が起きた。勝敗は実力によるものだ。敗者は実力をつけて雪辱すればよい。しかし雪辱できなかった場合はどうなるか?

当然侮辱は強まるだろう。そして敗者は勝者を憎悪するに違いない、殺したくなるほどに……。80年ほど前にそれが起きた。何度目の敗戦なのかはわからないが、口汚く、得意げに自分を罵る勝者を刺殺したのだ。メッタ刺しだったという。

止めようとした人間も刺された。この事件で3人が死亡、1人が重傷、2人が軽傷を負った。重傷者は軍務に就くのは無理と判断され最終的に殺人者を入れれば5人の学生が士官学校からいなくなった……。これ以後対戦相手は判らなくなった。教官はメインコンピュータの情報から対戦相手が判るが彼らも教えない。教えたことが判れば軍籍を剥奪されるのだ。既に前例がある。

「この間、君は少し遅れてシミュレーションルームに入ってきただろう」
「ええ、ちょっと具合が悪かったので」
「君の2つ後ろのブースに俺がいたんだ。なかなか対戦相手が決まらないんで、妙だと思っていた。其処に君が来てブースに座るとすぐ対戦が始まった。そして終わるとすぐ君は部屋を出て行った」
「それだけじゃ判らないでしょう。偶然かもしれない」
「もちろんそうだ。だから君の対戦記録を調べたよ。それで判った、君だとね」

対戦相手は判らないのだが、たった一つ調べる方法がある。ミュラーが言った対戦記録だ。生徒のシミュレーション記録は全てメインコンピュータに記録されている。そして記録の閲覧は誰でも可能だ。つまりこの記録を調べれば自分の対戦相手を見つけることができるのだ。

例の事件の後、閲覧も不可能しようという意見が出たのだが2つの理由で却下された。第一に授業では5,000人以上がシミュレーションを行う。5,000人のシミュレーションデータを調べ、そこから自分の対戦相手を探すのは不可能だということ。

もう1つは相手の癖、弱点を調べ、それを突く作戦を立てるのは用兵の基本であり、その能力を摘むような事はすべきではないという意見が出た事だ。まったく同感だ。俺自身ロイエンタールやミッターマイヤーの対戦記録をダウンロードし、教本として使っている。
「どうだろう。嫌かな」
「……考えておきます」

 ミュラー達が帰った後、俺はしばらく読書をし(昨日の本の続きだ)、7時頃食堂で食事をして部屋に向かった。ありがたい事に俺は1人部屋だった。本来2人部屋なのだが、俺の場合年齢が低く同室の人間に苛められかねないと言う理由で1人部屋だった。

だがそれとは別にもう1つ理由がある。俺は童顔というより女顔なのだ。髪の色、眼の色は父親譲りで黒なのだが、容貌は完璧なまでに母親似だった。小さいころ母に連れられて歩いているとよく女の子に間違えられ、「かわいいお嬢さんですね」と言われたものだ。当然だが軍では同性愛は禁止だ。俺の場合はそれを誘発しかねない。さて、部屋に戻ったら明日の予習をして、資格取得の勉強をしなくては。

部屋に戻るとTV電話に留守電が入っている。ミュラー達3人からだった。
「決して意趣返しとかじゃない。自分より強い相手と対戦して少しでも上手くなりたいだけなんだ。信じて欲しい」
「俺がこんな事を言える立場じゃない事はわかっている。でもあいつは本当にいいやつなんだ。決して意趣返しとかじゃない。だから一度でいいから対戦してもらえないだろうか」
「……ああ、その、なんと言うか、ミュラーと対戦してもらえないだろうか、頼む!」

 畜生。こんな風に頼まれたら断れないじゃないか。まったく悪賢い奴らだ。フェルナー、お前か?
 
 
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