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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第六話 厄日

 そろそろ切り上げるか。俺は開いていた教科書を閉じカバンにしまった。さて、今日は何を読もうか、と考えていると校内放送が入った。
「兵站科専攻のヴァレンシュタイン候補生。校長室まで出頭しなさい。繰り返す、兵站科専攻のヴァレンシュタイン候補生。校長室まで出頭しなさい。以上」

はて、何かやったか? 半年前士官学校への編入試験に合格し、士官候補生となって以来問題を起こした覚えは無い。先週は期末試験も終了し、兵站科では3番、全校でも31番という成績をとった。全校生徒数5,120名に及ぶなかでの31番だ。

きわめて真面目でしかも手のかからない生徒だと自認している、少し病弱な点を除けば。特に思い当たる節は無かったが、ノイラート校長を待たせるのはまずいだろう。相手は中将閣下なのだ。俺は図書室を出て急ぎ足で校長室を目指した。

「エーリッヒ・ヴァレンシュタイン候補生、入ります」
「ヴァレンシュタイン候補生か。此方へ来なさい」
ノイラート校長は執務机から呼びかけた。隣にはクレメンツ中佐がいる。戦略、戦術を担当する教官だ。学生からの評判は非常にいい。面白くて覚えやすいというのだ。よくシュターデン大佐と比較されている。後年、ミッターマイヤーに理屈倒れと揶揄されるシュターデンとだ。性格も明るく、その点でも僻みっぽいシュターデンとは違う。クレメンツ中佐がいるなら大丈夫だろう。校長の機嫌も悪くなさそうだった。

「さて、ヴァレンシュタイン候補生。先日の進路調査には兵站科を専攻すると書いてあったが本当かね。君の成績なら戦略科を選んだ方が良くないかな。そうだろう、クレメンツ中佐」
「はい、閣下のおっしゃるとおりです。ヴァレンシュタイン候補生、君は戦略、戦術に対する理解力、コンピュータシミュレーションの成績も優れている。何故戦略科を選ばないのだね」

なるほど、そういうことか。厄介だな……。通常士官学校に入学するときは専攻する学科を2つ選ぶ。第一志望、第二志望を戦略科、戦史科、空戦科、陸戦科、技術科、兵站科、航海科、情報科等から選ぶのだ。そして成績の良い順から希望する学科に入れていく。当然だが既に希望する学科が定員になれば、それ以外の選ばなかった学科に振り分けられる。

ところで編入試験を受けた人間、例えば俺などはどうなるのかだが、これは全て兵站科に入れられる。理由は兵站科が他の学科に比べて楽だからだ。兵站科以外だとレポートやシミュレーション、実技などで時間を取られたり体力を消耗したりする。半年遅れて入ってきたのだから、楽な兵站科に入れてやる。早く追いつけ、という訳だ。

但し、この専攻学科というのは士官学校の4年間で固定では無い。その年度の最後の期末試験で成績が通知された後、翌年度専攻する学科を選ぶ。これが1年から3年まで続く。つまり4年間の学生生活の中で自分にもっともあった専攻学科を選べというわけだが、ほとんどの学生が1年の終わりには専攻を決めている。入れるかどうかは別として。

「兵站科が悪いというわけではないが、もったいないと思ってね。私も閣下も君の才能が生かされないと思うのだよ」
「うむ。クレメンツ中佐の言うとおりだ」

 彼らの言うのはもっともだった。各専攻学科の中で一番人気は当然戦略科だ。ほとんどの指揮官、参謀は戦略科出身だ。エリートコースなのだ。それに戦史科が続き、空戦科、陸戦科となる。戦史科なら指揮官、参謀になる可能性は戦略科に次ぐ。そして空戦科、陸戦科は実戦部隊として昔から人気が有る。実戦部隊である以上、武勲を挙げ昇進する機会も多いからだ。

一部マニアックな人間(職人気質、オタクと言っていいだろう)に根強い人気を持つのが技術科、航海科、情報科だ。兵站科を選ぶ人間はほとんどいない。地味だし、武勲を挙げる機会が無く、当然昇進も遅れるからだ。希望する学科に入れなかった人間が集まると言っていい。兵站科は落ちこぼれなのだ。補給は戦争の基本、補給を軽視すると死ぬよ。

「ありがとうございます、閣下、クレメンツ中佐。ですが自分はやはり兵站科に進もうと思います」
「どうしてだね、ヴァレンシュタイン候補生」
「戦略科を選べば将来は参謀か指揮官になります。当然戦闘指揮を行うことになりますが、自分は体が弱いので長時間の戦闘指揮に耐えられるか自信が有りません。反って周囲に迷惑を掛けてしまうのではないかと思うのです」
「なるほど、それで兵站科を選んだのか」
「はい。兵站科でなら自分でも国家のお役に立てると思ったのです」

 俺は出来るだけ深刻な顔をして答えた。二人とも俺の言った「国家のお役に立てる」という言葉に感動したらしい。しきりに首を縦に振ったり横に振ったりしている。ちなみに体が弱いというのは嘘ではない。仕官学校に入ってからも2度ほど貧血で講義を休んでいる。

「そうか、残念だな中佐」
「はい閣下。ヴァレンシュタイン候補生、兵站科に進んでもシミュレーションは怠るなよ。軍人である以上、何処で戦闘に巻き込まれるかは判らん。腕を磨いておけ、いいな」
「はい、御忠告有難うございます、中佐」
 
 校長室から開放された俺は、図書室に向かっていた。うまくあの二人を説得できたので俺の心は軽かった。俺が兵站科を選んだのは体が弱かったからだけではない。他にもいくつか理由がある。

 第一の理由は戦略科が危険だからだ。俺はラインハルト・フォン・ローエングラムに協力して門閥貴族をぶっ潰してやりたいと思っている。しかし俺に何が出来るかだ。今は帝国暦477年、そしてラインハルト・フォン・ローエングラムが元帥になるのが帝国暦487年だ。10年しかない。しかも士官学校で4年取られるから実質は6年だ。6年でどれだけ出世できるだろう。

戦略科を選んでも良くて少佐か中佐だろう。もちろんナイトハルト・ミュラーのように6年で中将にまで出世した人間もいるが、全員が彼のようになれるわけではない。彼は本当に能力と運に恵まれた人間だったのだろう。ちなみにナイトハルト・ミュラー、アントン・フェルナー、ギュンター・キスリングの3人は今士官学校の一年生で俺とは同期生になる。3人とも戦略科に属しエリートコースを歩んでいる。兵站科の俺は彼らとは話をしたことも無い。

 話を戻そう。6年間でさほど出世できそうに無いとなれば、次に問題になるのは生き残れるかだ。この点でも戦略科はあまり高く評価できない。なぜなら戦略科には馬鹿が多いからだ。エリートコースでありながら馬鹿が多いというのは矛盾するようだがこの場合は矛盾しない。

なぜなら戦略科には高官子弟枠が存在するからだ。高官子弟枠、つまり貴族や高級軍人の馬鹿息子のために用意した優先席だ。こいつらは本来なら落第して士官学校を放逐されてもおかしくないのだが、有力者の息子ということで保護されてしまう。

始末が悪いのはこの阿呆どもが上級司令部付きの指揮官、参謀になってしまうことだった。そして平民出身、下級貴族出身の真のエリートは下級司令部、最前線の指揮官、参謀になってしまう。おそらく俺も其処に配属されるだろう。

これで何が起きるかだが、「上級司令部が犯した戦略的なミスを下級司令部が戦術的な成功で覆そうとする」、になる。覆せれば良いのだが、実際にはそうはならないのは数々の歴史的事実が示している。となれば下級司令部の壊滅だの全滅という悲惨な状況が発生することになるのだ。

 帝国軍が強くなるのはラインハルトが実力主義を取ってからだといっていい。今現在では身分制度が帝国軍を頑なに縛っている。帝国が自由惑星同盟に占領されなかったのはイゼルローン要塞のおかげなのだ。

 第二の理由はローエングラム元帥府には実戦指揮官は豊富だが、後方支援を得意とする人間が少ないように見えるからだ。原作を見るとオーベルシュタインの他にはフェルナー、グスマンぐらいしかいない。後方支援の練達者がもっといてもいいだろう。

 第三の理由は兵站科が暇だからだ。俺はこの4年間に資格を出来るだけ取ろうと思っている。なぜならリップシュタット戦役が終結したら軍を退役しようと思うからだ。理由はリップシュタット戦役の4年後には宇宙が統一される。宇宙が統一されたら何が起きるか。

少し歴史を顧みれば解かる。軍縮だ。常備軍ほど財政を圧迫するものは無い。兵士、物資、金の全てがただ消費されるだけなのだ。生産性など皆無と言っていい。敵がいるうちは我慢して維持しているが敵がいないとなれば削減することになる。また軍の発言力を抑えるためにも文官たちは軍縮を要求するだろう。

原作では触れられていないが、ラインハルト・フォン・ローエングラム死後の帝国の最重要課題は軍縮だったと思う。社会に労働力を提供し産業を活性化するという意味でも徹底して行われたに違いない。ちなみに古代ローマ帝国では初代皇帝アウグストゥスが軍縮をしているが、50万の兵を17万に減らしたと聞いたことがある。三分の一に減らしたのだ。
 これから先、軍は成長産業では無い。リストラの嵐が吹き荒れ、昇進も武勲が無い以上遅くなる。早めに見切りをつけ、民間に転職したほうがいいだろう。そのためにも資格取得だ。

 そんなことを考えながら図書室に戻ると其処には先客がいた。あまり会いたくない奴だった。係わりあいたくないので部屋に戻るかと考えていると
「やあ、ヴァレンシュタイン候補生だろう。君に話があってきたんだ」
 と話しかけてきた。どうやら今日の俺は厄日らしい。一難さってまた一難か……。
 
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