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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五話 リメス男爵

 翌日は両親の葬儀の準備、翌々日は葬儀だった。俺はほとんど何もすることが無かった。葬儀は全てハインツを中心として法律事務所の人間が取り仕切った。帝国と同盟が戦争を始めて以来150年近く経っている。毎年大勢の人間が死んでいるのだ。皆、葬式には慣れてる。両親の棺が墓の中に入れられたときには涙が出た。

 俺が将来の事についてハインツと話しをしたのは葬儀の後、俺の家でだった。ハインツの妻、エリザベートも一緒だった。
「繰上げ卒業をして、士官学校の編入試験を受けようと思うんだ」
「繰上げ卒業? エーリッヒの成績なら難しくは無いと思うが軍人になるのかい?」
「うん」

 繰上げ卒業というのは、単位を取得して半年早く卒業できる制度だ。原作ではヤンとユリアンが話している。戦争によって人的資源が慢性的に不足しつつある今、社会への人的資源を補給するには少しでも早く学生という予備戦力を取り入れなければならない。そんなことから出来た制度だった。となれば当然受け入れる側もそれに順応する。士官学校の編入試験制度だ。半年早く卒業した学生を遊ばせることなく受け入れる。新入生は半年前に入学しているが、半年くらいなら十分対応可能ということから出来た。実際、編入試験を受けるのは半年早く卒業した生徒だ。出来は良い。この制度が社会的に問題になったことは無い。

「エーリッヒ、君はまだ子供だ。士官学校に入るのは止めなさい」
「そうよ、エーリッヒ。ハインツの言うとおりだわ。士官学校は無理よ。それより私たちのところへ来ない? 」
「君さえ良ければ、私たちの息子になって欲しいんだが」
「ごめん、おじさん、おばさん。でも決めたんだ」
「エーリッヒ、それは復讐のためかい?」
「ちがうよ、おじさん。幸せになるためだよ」

しばらく押し問答があったが、結局は俺の意見が通った。
「判った。エーリッヒ、君の思うようにしなさい。但し、必ず幸せになるんだよ」
「うん。ありがとう、おじさん」
「残念ね、せっかく自慢の息子ができると思ったのに」
「ごめん、おばさん」

その後、俺はハインツに士官学校を受けるための推薦状を頼んだ。士官学校の編入試験を受けるのには、ただ成績が良いというだけでは駄目だ。本人が社会的地位のある人物の息子、または社会的地位のある人物からの推薦状がいる。俺の場合は父親が弁護士で、貴族の顧問弁護士もしていたから問題は無いと思うが、念を入れておきたい。ハインツは快く承知してくれた。

 今ある家は貸家とすることになった。手続き、管理はハインツがしてくれることになった。もちろんそれに対する代価は払うことにした。ハインツは最初受け取れないと言ったが俺は仕事としてお願いしたいといって受け取ってもらうことにした。一段落した後、ハインツがおもむろに切り出した。

「エーリッヒ。頼みがあるんだがな」
「何?」
「うん。リメス男爵が君に会いたいと言っているんだよ。どうだろう?会ってもらえないだろうか?」
「リメス男爵が……。いいよ、会っても」


「エーリッヒ・ヴァレンシュタインです」
「よくきてくれた、エーリッヒ。カール・フォン・リメスだ。こんな姿ですまんな。もっとこちらへ来てくれ」
俺を迎えたのはベッドに横たわった老人だった。疲れた顔をしているが目は澄んでいた。
「君にはすまんことをした。まさか連中があそこまでするとは。典礼省への手続きさえ済んでしまえば連中も諦めるだろうと思ったのだが。本当に君にはすまんことをした。許してくれ」
リメス男爵は頭を下げて謝った。

「男爵閣下は大丈夫なのですか?」
「わしが死んだら、典礼省より検死官がくる。死体に異常があれば当然調査が入る。真っ先に疑われるのは連中じゃ。そのことは連中もわかっている。腹は立っても何も出来ん。むしろ何かしてくれれば良かった。わしはもう老い先短いからの。そうすればコンラートもヘレーネもあんな事にはならんかった。すまんことをした」
「閣下、使用人たちは信じられるのですか」

ハインツが問うと、男爵は天井を見ながら
「もうだれもこの家の使用人に興味を持つ人間はおらんよ。自分のもので無くなると思えば関心も無くなる」
そう言って、今度は俺の顔をじっと見つめた。
「君は本当にヘレーネに似ているな。そっくりだ。よく自慢の息子だと言っておった」
「母と親しかったのですか。仕事以外でも」
「親しかったよ。親子じゃからな」
「親子?」
俺は間の抜けた声をだして男爵を見た。そしてハインツを。ハインツの顔にも驚きがある。
「嘘ではないよ。これを御覧」

老人は古びた写真を出した。写真には一組の男女が写っている。男性は40~50歳代、女性は20~30歳代か。親子かと思ったが女性の腕には赤ん坊が抱かれている。
そして男性は多分リメス男爵だろう。約30年から40年前の写真だ。そして赤ん坊を抱いた女性は母とよく似ている。祖母か?。祖母のフレイアは俺が生まれる前に死んでいたはずだが……。俺はまたハインツと顔を見合わせた。どういうことだ?。リメス男爵は俺の祖父なのか。

「私とフレイアは40年前に出会った。そして愛し合い生まれたのがヘレーネだった」
「何故ヘレーネを男爵家の娘として迎えなかったのです」
「フレイアがそれを望まなかったからだ。彼女には父親が残した財産があり、ヘレーネを育てるのに苦労はしなかった。それに彼女は貴族が嫌いだった」
「貴族が嫌い? ですが閣下も貴族ですが?」

「ハインツ、出会ったときは貴族だとは思わなかったのだよ。まあ、わしも身分を隠したし。当時わしは妻を無くし独り身だった。彼女と結婚しよう思ったが、彼女の貴族嫌いを思って途方にくれたよ。まるで初恋のようだった。それでも思い切って身分を明かし結婚してくれと頼んだが、目を丸くして驚いておった。後で随分と文句を言われた。貴族はやっぱり信用できないと」

そう言う男爵の顔には先程までの疲れた表情は無かった。楽しげな、過去を懐かしむ表情になっている。
「彼女とは結局結婚できなかった。貴方を愛しているが結婚は出来ないと言ってな。何でも彼女の友人がやはり貴族の妻になったらしい。じゃが彼女は貴族社会になじめず、夫も彼女を十分に助けず最後は酷い結果になったと聞いた」
「酷い結果というと?」
そう俺が問うと、男爵は悲しげに答えた。
「自殺したらしい」

俺たちの間に沈黙が流れた。貴族と平民の間には厳然とした壁がある。貴族が平民を蔑む以上に平民は貴族を忌諱することもあるのだ。その壁にどれだけの人間が涙を流したのだろう。
「ヘレーネをリメス男爵家の娘にしないでよかったと思っている。もしそうしていたらエーリッヒも殺されたかもしれない」
「父は知っていたのですか」

「もちろんだ。リメス男爵家の顧問弁護士になったのもそれが有ったからだと思っていたようだ。わしは真実、彼の誠実さ、有能さを評価して顧問弁護士にしたのだが。二人で良く君の事を楽しそうに話してくれた。幸せなのが判って嬉しかったよ」

「フレイアさんのことは周りには知られなかったのですか?」
「知っていたのはゲアハルトだけだった」
俺が目でハインツに問いかけると、
「亡くなった執事殿だ」
と答えた。
「エーリッヒ。これを受け取ってくれ」
俺に差し出されたのはフェザーンに本拠を置く大銀行のカードだった。

「受け取れません。そんなので謝罪なんかして欲しくない」
「エーリッヒ!」
叱責するハインツを手を振ってなだめ、男爵は俺に話し続けた。
「違うよ、エーリッヒ。これは謝罪じゃない。お前に幸せになって貰いたいからだ。リメス男爵家の財産は全て帝国に返還される。最後に一度くらい、無駄遣いをしても良かろう」
「……ありがとうございます。大事にします」
「ああ、それとこれを受け取ってくれ」

俺は写真を受け取った。
「エーリッヒ、最後に御祖父さんと呼んでくれんか」
「はい。御祖父さん、今日は会えて嬉しかったです」
「ありがとう。もうお前に会えることはあるまい。会えてよかった。お前はわしの自慢の孫だ。ヴァルハラに行ったらコンラートとヘレーネに御祖父さんと呼んでもらえたと自慢できる」
鼻の奥がツーンとしてきた。男爵の顔が良く見えない。きっと男爵も同じだろう。男爵は俺を抱き寄せ、俺の頭に頬を押し付けた。しばらくの間、鼻をすする音だけが部屋に響いた。
 
 俺達はリメス男爵邸を辞去した。あくまで死んだ顧問弁護士の関係者として。リメス男爵が死んだのはそれから一週間後のことだった。葬儀に出たのは俺とゲラー夫妻の他数名、リメス男爵家の親族は誰も参列していなかった。ひっそりと寂しい葬式だった。

 祖父からもらったカードには200万帝国マルクの預金が入っていた。
  
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