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外伝 クロスアンジュ編その2
前書き
すみません、長かったので二つに分けなおしました。
「ん…?」
朝日を感じて目を開けるとなぜか付いてこない上半身。どうやら何かに拘束されているようだ。
すぐ首元をくすぐる誰かの吐息。
「…アンジュ」
どうやって抜けよう、そう考えていると扉を潜り誰かが部屋に入ってくる。
「お早うござ…あら…これは先を越されましたか?」
サラが開口一番そんな事を言う。
「何、もう朝…?」
低血圧なのか寝起きが悪いアンジュがもぞもぞと起き出す。
ドラゴン化したアンジュの服装はパイロットスーツでは羽と尻尾の問題で窮屈だった為にアウラの民の一般的な服装だ。それは生地面積の少ない服装では有ったが利便性を考えると仕方ないのかもしれない。
そんな服装なのだが、それもいつの間にかはだけてしまっていた。つまり今アンジュの体を覆うものはかけてある布団のみ。
眠気眼にアオに抱きついている自分をまず認識、さらにはだけた自分の裸身へと視線を落として固まった。
「っ!?」
ガバっとアンジュはアオから布団をむしりとると自分の裸身をかくした。
「わ、私に何かしたのっ!?」
真っ赤になってアンジュが言う。
「ふむ…アンジュの豊満で魅力的な体を隅々までマーキングしてやりたい衝動は感じるが…」
「っーっ…」
真っ赤になるアンジュ。
「マーキング、致しましたの?」
とサラが問う。
「残念ながらオレも今起きた所だ」
心底残念だと言うアオに二人ともそれ以上何もいえなかった。
アンジュは真っ赤になってアウアウと繰り返していたし、サラはその細められた視線の内で肉食獣の様に見定めていた。
「で、サラ子は何の用よ」
とアンジュ。
「朝食も出来ましたので、ご一緒しようかとお誘いに来た次第。まさか私もこのように盛るアンジュを目撃するとは露にも思わず」
「サラ子ーっ!!?」
「な、なんですか?私は事実を口にしたまでっ」
恥ずかしさにアンジュが毛布を包まりつつサラに突っかかっていった。
「まったく、この二人は…」
アオはヤレヤレと肩を落とすと伸びをして朝の空気を吸い込んだ。
アオは朝食を終えると武術道場へと足を運んだ。
そこは凛とした空気が張っているように感じるのは武術の修練場だからだろうか。
アオはその道場の隅で正座をして瞑想している。
瞑想を終えると壁に掛かっていた模造刀を手に取ると型の練習。
パチパチパチ
一通りこなすと入り口の方から拍手が聞こえた。
「綺麗な所作に私見とれてしまいましたわ、アオさま」
とサラ。
その奥にブスっという表情を浮かべるアンジュの姿も見える。
「今度の対決は剣術なのか」
「ええ、その予定でしたのですけれど」
とサラは言葉を濁すと彼女はそのまま壁に掛かっている模造刀を一振り取るとアオの正面に回り剣をかまえた。
「お相手願いますでしょうか、アオさま」
鋭い剣気が飛ぶ。
「オレでよければ、喜んで」
久々に握る刀に懐かしさを感じ、ついアオも応じてしまった。
サラと対峙したアオはサラの出方を伺う。
アオは刀を腰に据え抜刀の構え。
サラは上段に構えると気合と共に振り下ろした。
「やぁっ!」
「ふっ!」
振り下ろされたサラの太刀を腰から抜き放たれたアオの刀が押し返す。
二合、三合と切り結び、互いに攻撃が鋭さを増していく。
サラの攻撃は気持ちの良い剣気をおび、鋭い。
何度も何度も、その身になじむほどに刀を振ったのだろう。しかし、それゆえに読みやすく組し易い。
「はぁっ!」
気合と共に打ち放たれたサラの一撃をアオは身を捻って避けた。
「しまった!?」
スッとサラの首筋に突きつけられた刀。
「私の負けですわね」
「ああ。その歳にしてはサラは強いね」
「ありがとうございます。でも、これでもっとあなたのもになりたくなりましたわ」
「どうしてそうなる」
「近衛中将たる私と互角を張る武人なんて殆どおりませんもの。それがドラゴンの男性ともなれば愛して欲しくなるのは当然でございましょう?」
「こら、サラ子。コイツは私のものよ、ちょっかい出さないでくれないかしら」
とアンジュ。
「ええ。ですから、アオさまはアンジュのもの、私はアオさまのもの。なんの不都合も無いではありませんか」
「不都合だらけよっ!」
「いいではありませんの」
「この、泥棒トカゲ女っ!」
「今はあなたもドラゴンですわよっ!」
ウガーとアンジュが吼え、いつもどおりサラとの取っ組み合いが始まる。
腕と腕、足と足、尻尾と尻尾をぶつけ合う。…なんかいつの間にかアンジュの尻尾の扱いが巧みになっているような気がする。
「まったく…この二人は…」
ため息を一つ、アオは汗を流しにその場を辞した。
この国は温泉入浴の文化があるようで、露天の源泉掛け流しが楽しめる。もちろんドラグニウム汚染されている事を考えるべきだったのだが、アンジュもヴィヴィアンも平気そうに暮らしていた為に失念していた。
その為アンジュが失調したのだから自分のうかつかに腹が立つ。
とは言え、アオはこの程度は全く問題が無いので体を洗い、ありがたく温泉に浸かる。
行儀は悪いが仰向けになって温泉に浮くように空を見上げた。
戦いはどうやら空中戦になったらしい。慣れない翼を持ち前のガッツと適応能力で物にし自在に空を飛んでいるアンジュが目に入った。
「と言うか、アンジュ気付いているのかね。今自分がマナを使っている事に」
どれだけ巧みに羽を動かしたとして、両腕を広げた程度の翼で空は飛べない。その程度で人間が空を自在に飛べるのならば人類最初の飛行機はもっとコンパクトになっていただろう。
ドラゴンだから空を飛べるのではなく、翼をアンテナに飛行魔法を使っているから空を飛べているのだ。
「ああ、落ちるっ!?」
ドンパチ空中戦を繰り返す中両者ノックアウト。ドボンと水しぶきを上げて温泉へと突き刺さる。
「こほっ」
「ごほっ…もう、アンジュあなたはっ!」
「あなたの所為でしょうっ!」
アンジュとサラが罵りあいながらお湯から顔を出す。
「なに、このふにゃふにゃしているものは…」
「はて、何でしょう?」
アンジュとサラがなにかを握りこんでいる。
「あー、それ以上は流石のオレもいきり立つと言うかなんと言うか…」
「……っ!?」
「あらあら…」
アンジュは勢い良く手を放すと飛びのいた。
「この、ヘンタイっ!」
アンジュ自分の体をその両手で隠すと、体を捻りその尻尾を鞭の様に振るった。
「きゃあっ!」
その振るわれた尻尾を難なく掴むと体重を崩すようにお湯の中に転ばせる。
プカリと膨らんだ双丘がお湯から出るとアオの体は一変、女性へと変貌していた。
「せっかくだ。このままお風呂で汗を流した方がいい。服を着たままと言うのはマナーに反するから脱いでおいで」
「うぅ…なんだろう…男のはずなのに女の子同士だから怒れない、このもどかしさはどうすればいいのよ…」
「それ、どう言うことですの?」
とサラが女体化したアオに問う。
「ああ、オレは特異体質でね。どちらにでもなれる」
「でも安心して、心は男だそうよ」
「それは安心しました」
何が安心したのか…二人はすごすごと温泉から上がるとアンジュとサラは服を脱いで帰ってきた。
「はぁ…気持ちいい…」
「やはり温泉は掛け流しに限りますね」
とアンジュとサラ。
更衣室の方から二人ほど人の気配を感じる。
入ってきたのは良く似た二人の女性。
「アンジュ発見っ!とうっ!」
露天風呂の入り口からヴィヴィアンが現れて露天風呂にダイブ。
「ちょっと、ヴィヴィアンっ!やめっ…」
ヴィヴィアンがアンジュの尻尾を握り締めて遊んでいた。
遅れてヴィヴィアンの母親、ラミアも入ってきてヴィヴィアンの元気一杯の行動をうれしそうに微笑んでいる。
「それにしてもいいにゃぁ…尻尾に羽。アンジュにはあって何であたしには無いんだろうね?」
「それは切ったからだろ。アルゼナルの人たちが、ヴィヴィアンがドラゴンだと分っても死なせなくても良い様に」
とアオ。
「そっか…あたしはアルゼナルの人達に守られていたんだね」
ヴィヴィアンがほんの少しくすぐったそうに笑った。
「失ったものを再び生やすのは我々でも難しいですから…」
サラがラミアを見てすまなそうに言った。
「いえ、私は…ミィが元気に帰ってきてくれただけで十分です…」
と言いながら複雑そうな表情をする。
「お母さん…」
それを見てヴィヴィアンがしょぼくれた。彼女に悲しい顔をして欲しくないのだろう。
「ヴィヴィアン、ちょっとおいで」
「んー?何?…は、まさかサラとアンジュに飽き足らずあたしまでその毒牙にかけようと…」
「毒牙って…何を想像したよ…」
「えっとね、エルサの引き出しの置くにある男と女がちゅっちゅするやつ」
「ヴィヴィアンっ!?」
ヴィヴィアンの的確な表現にアンジュが赤面。
と言うか、エルサ…そんな本を持っていたのね…しかもヴィヴィアンにバレているとか…不憫な…
「違うから、ちょっとおいで」
「ほい来たっ」
バシャンとなぜかアオの膝の内に収まるように据わるとその背中を預けてきた。
「ちょっとヴィヴィアンっ」
「アンジュ、子供に嫉妬なんてみっともないですよ」
「サラ子は黙っててっ」
取り合えず外野は無視してアオはそっとヴィヴィアンの背中に触れる。
そして離すと同時にいつの間にかそこにあるのが当然と言う感じでヴィヴィアンの背中に翼が生え、腰から尻尾が生えていた。
「お、おおっ!?なんじゃぁ、こりゃぁ!」
バサバサと動かすヴィヴィアンの翼。そして何かを思い出したかのように空中に舞い上がると空を駆けた。
「み、ミィっ!そのままでは風邪をひきますよっ」
とラミアが慌ててバスタオルを掴むとヴィヴィアンと追った。
「アオ…」
「アオさま」
何やら二人の驚いたような、呆れたような顔を向けられる。
「いやぁ、いいものだね。自分の翼で飛ぶのも。パラメイルで飛ぶのももちろん好きなんだけどさ」
と戻ってきたヴィヴィアンが言う。
「それは良かった」
「ありがとうございます、アオさま。なんとお礼を言っていいか…」
ラミアが涙を溜めている。本当はヴィヴィアンの翼と尻尾がもがれていた事にさびしさを感じていたのだろう。
「いや、大したことでも…」
「今のどうやりましたの?」
サラが代表して問いかける。
「うーん…過去のヴィヴィアンの翼と尻尾を切ったと言う因を無かった事にした感じ?」
「言ってる意味は分かりませんがやってる事が凄いと言う事は理解しました…」
と、サラ。
「あなた…マナを使えるのよね」
とアンジュ。
「まあ…」
「だったらなぜあなたはノーマの…アルゼナルに居たの?」
「さて、それは俺にもわからないが…多分マナを破壊する事が出来るからかな」
「はぁ?」
「元々を辿ればアンジュ達がノーマと呼ばれマナを破壊してしまうのはエクリプスウィルスの分断能力によるもの。それで、その元々のキャリアーは何を隠そうこのわたしです」
「ええっ!?」
いきなりのカミングアウトにアンジュがフリーズ。再起動までにしばらくの時間を要した。
「劣化したエクリプスウィルスが誰かをキャリアーにして向こうの地球に行ったのだろう。そしてどこで進化したのか、いや退化したのかその発症が女性に限定されてしまった、と。仮説を立てればこんな所。まぁ確証は無いから事実はまったく別かもしれないけどね」
というか。
「アンジュをこっちの地球に適応させる為にぶっ込んだタイプMリンカー。エクリプスウィルスも最適化されたからアンジュもマナを使えるけど?」
「えええっ!?」
「あ、いや違うか。あの世界のようには使えない。でも、訓練すれば似たような事は出来るよ。そもそもそんな小さな翼で本当に人間が空を飛べると思っているの?」
「飛べないの?」
「飛べない。それはマナの力…ドラグニウムを使って飛んでいるんだよ」
「アオさまは博識でいらっしゃるのですね」
するりとアオの腕の中に入ってくるサラ。
「ちょっと、サラ子っ!何しているのっ」
「あら、悔しかったらご自分もすればよろしいじゃありませんか」
「くっ…」
アンジュは難しい顔をすると意を決してサラの反対側へとくっつく。
「おおっ!アオ、両手に花だにゃ。ここはあたしもっ!」
そう言うとヴィヴィアンが再び正面に抱きつく。
「こんな時間を過ごしていると、ドラゴンを狩ったり、生死を賭けて戦っていたのがウソのよう…」
とアンジュ。
「でも、それは紛れもない事実。世界は今もエンブリヲの支配を抜け出してはいません」
「エンブリヲ。世界の調律者…ね」
サラの言葉に黙考するアンジュ。
「実はアウラの居場所が分りました」
とサラが告白する。
「近日中に我々はアウラ奪還の為に大規模な行動を起こします。アウラの幽閉場所はミスルギ皇国、暁ノ御柱の地下。その為には無辜の民に多数の被害を出しましょう」
「それを私に言ってどうしろっていうの?一緒に戦えと?それとも私に止めて欲しいのかしら?」
「私達はもう止まれません。長年の悲願。アウラ奪還の為に動き出しましょう。私個人はあなたの協力を得たいし、協力したい。ですが…」
とサラが少し複雑な表情で答えた。
まさか彼女の故郷を攻める事になるとは思わなかったのだろう。
「その時に向こうの世界と特異点が開きます。帰られるならそれもよろしいでしょう」
とそれだけを言うとザパリとお湯をかき分けサラは温泉を上がった。
「ねえねえアンジュ。アンジュはどうするの?」
そうヴィヴィアンが言う。
「どう…すればいいのかな…ヴィヴィアンは?」
「あたし?うーん、あたしは皆が心配だから一回帰るよ。そして皆をあたしん家に招待するんだ」
「そっか…」
迷い無いヴィヴィアンの言葉にアンジュが揺れる。
不意にアンジュの視線がアオと交わった。
「アンジュの好きにすると良い。わたしはアンジュの選択を肯定する。例えどんな選択をしたとしてもね」
「アウラはいいの?知り合いなんでしょう?」
「そっちはまぁ、何とかするよ」
「何とかって…まあアオなら何とかしそうね…」
その後答えも無く皆黙り込む。
「私は…まだ何が正しくて、間違ってるか分らない。でも、だからこそ悔いの無いように行動してみようと思う」
「そっか」
とアオは一言だけ返す。
「そろそろ逆上せそうだ。上がろうか」
「そうね…」
「ああ、そう言えば」
と言ってアオはアンジュを呼び止める。
「羽と尻尾は訓練すれば完全に隠せるよ。サラ達は自分達のアイデンティティだから隠すと言う発想が無いのだけれどね」
「ほ、本当に?」
「遺伝子提供元が言うのだから間違いない」
それからの訓練でアンジュは何とか羽と尻尾を隠せるようになったが、まだまだちょっとの刺激で飛び出してしまうのでこちら風の衣装からの脱却は出来ないだろう。
ゆっくりとだが確実に時間は過ぎて…
ドラゴンの一大勢力が目の前に集結された。
アウラ奪還の為に集められた戦力だ。
「あれ?ヴィヴィアン、その機体…」
ヴィヴィアンが乗るのはコクピット周りをパラメイルの操縦席に改造したピンクの龍神器だ。
「えへへ、良いでしょう。ここでクイズです。このパラメイルはどうしたのでしょうかっ」
「えっと…」
答えに詰まると出立まではまだ時間があるのか、サラがこちらにやってきて答えた。
「ヴィヴィアンさんのパラメイルは損傷が激しく直せそうも無かったので、作ったは良いけれど乗り手の居ない四號機のコクピット周りを付け替えてお渡ししました」
「と言う事なのでした」
どうだ良いだろうと自慢するヴィヴィアン。
「その名もピンクドラゴン号ッ!」
「違いますっ!桜龍號です。間違えないで下さいっ」
「えー…ピンクドラゴンで良いじゃんっ!」
「ダ・メ・です。よろしいですね?」
サラにすごまれてヴィヴィアンはブンブン頷いた。
「壮観だな」
目の前には数多くのドラゴンたちが出撃の号令を待っている。
「そうね。見た事のないドラゴンがいっぱいいるわ」
大型の巨大竜。それは交戦した事のある形をしたものも居れば、全くの初見のドラゴンも居る。
壇上のサラがドラゴンの軍勢を鼓舞するとその上空にシンギュラーが開いた。
この先はミスルギ皇国の上空へと繋がっているらしい。
ドラゴンが一斉に空へと駆け上がっていく。
「それじゃあ、オレらも行こうか」
「ええ」
いつものアンジュの青いパイロットスーツは今は背面をばっさりと繰り抜かれいつもよりも肌面積を削っているが、これは仕方が無い。
「後ろからあんまりジロジロ見ないでよ。もしスケベな気を起こせば…」
にょろりと尻尾が生えるとそれでアオを威嚇した。
「了解、善処する」
不意にまだ羽や尻尾が飛び出るのだ。その時に圧迫されると途轍もなく痛いとの事。その事故の為の処置だった。
サラマンディーネを先頭にシンギュラーを多数の門を潜る。
「戻ってきた…」
と感慨深いアンジュの呟き。
「海…?」
シンギュラーはミスルギの上空に開くハズだったのだ。しかし周りを見れば空と海。陸地は稜線にしか見えない。
サラ達から仕入れた地形データを照合するとここはやはりミスルギではない。
「ミスルギから北東48000m…それに…」
望遠レンズに捉えるパラメイル。いや、あれは…
「黒い…ヴィルキス…?」
呆然と呟くアンジュ。
「いや、あれはラグナメイルだ…シンギュラーが開けばアルゼナルが動くのは当然…だけど…」
サラ達が応戦するが、たった五機のラグナメイルにドラゴンたちは一方的に討ち滅ばされていく。
それほどまでにラグナメイルは圧倒的だった。
「くっ…」
唇を噛むとアンジュはスロットルを噴かす。
「アンジュ、どうするんだ?」
「サラ達を助けるっ」
「そうこなくっちゃっ!にゃっほぅ」
ヴィヴィアンはアンジュの言葉を聴いてラグナメイルに向かう。
アンジュも全速力で駆けると今まさにラグナメイル剣が振り下ろされるサラの間に割り入って駆逐形態で剣を取ったヴィルキスで受け止めると、剣同士がぶつかり合い火花が散った。
「アンジュ、アオさまっ!」
サラが驚きの声を上げる。
「サラ子、今は引きなさいっ!」
「できませんっ!アウラを助け出すまではっ」
アンジュの言葉にサラが返す。
「たった五機のラグナメイルに戦線が保ててないっ。すでに作戦は瓦解しているのだぞっ!兵達に無駄死にを命令するのかっ、サラマンディーネっ!」
アオが辛らつな言葉を吐いた。
「そ、それは…」
「根性論だけではどうにもならない現実を受け入れろっ!今は負けても再起をはかれ」
「くぅっ…」
「サラ子っ!」
アンジュも目の前のラグナメイルと交戦しつつサラを嗜める。
「わ、分りましたわ…全軍、撤退っ。全軍、戦線を縮小しながら特異点の内側まで撤退っ!」
サラは悔しそうに命令を下すと後退の援護を始めた。
そのオープンチャンネルによる会話を聞いていたのか、目の前のラグナメイルが飛行形態になるとそのパイロットの姿が現われる。
「その声、アンジュなの…?」
現われたのはサリアだった。
「サリア…、その機体は何?」
アンジュも飛行形態にするとコクピットを開きその顔をサリアに向けた。
「これはエンブリヲ様からいただいた、私だけの機体。私の忠誠はあの方へ」
「エンブリヲ…?あなた、私が居ない間に何があったのよっ!」
「あなたが知る必要はない事よ」
とサリアはばっさりと言い捨てる。
「それよりも、その機体は何?」
やはり相手もその機体が気になるのか質問が返される。
「ヴィルキス、よ。ちょっとどっかのバカが凶悪な改造を施したけれどねっ」
そう言ってアンジュはアオをジロリと睨む。
「あはは…」
「男っ!?あなた、いつの間に男を誑し込んでっ…アオはどうしたのよっ!」
「はぁ?ここにいるじゃないっ…て、あー…背格好が変わってるから気がつかないか…」
「何を一人で納得しているのよ、この下半身デブっ!」
「言ったわねっ!このっ…貧乳ドヘンタイコスプレイヤーのくせにっ!」
「なっ!それは言わない約束でしょうっ!?」
ぎゃあぎゃあと罵りあいが始まる。
「本当にアンジュちゃんなの?」
「驚き…しかも男連れ」
傍に飛んで現われたのはエルシャとクリスだ。
「二人とも…じゃあ残りの二機はヒルダとロザリーと言うわけね」
「違うわ…あんな裏切り者っ…」
クリスがアンジュの言葉をすぐさま否定する。その言葉にどこか憎悪が混じっていた。
「ええ、はい…分りました」
どこかと通信している風のサリア。その後険しい顔つきになるとサリアがこちらを向いた。
「アンジュ、あなたとヴィルキスを拘束する。いいわね、二人とも。これはエンブリヲ様の命令よ」
「了解」
「分ったわ、サリアちゃん」
「またエンブリヲ…あなた達いったいどうしちゃったのよ」
エンブリヲ。サラ達が言う所の世界の調律者。倒すべき敵。
「私は気付いたの、真に信じるべき相手に…」
サリアが陶酔したような声を出す。
それを聞いたアオは撤退を促した。
「アンジュ、情勢が分らない。一旦引くよっ」
「アオ?」
「君は、訳も分らず仲間と戦うというの?」
とは言え、明確に敵だと分ればアオは容赦しないだろう。
「くっ…ヴィヴィアンっ」
「がってん承知っ!」
今しがたシンギュラーへと向かっていたラグナメイルの一機を行動不能にし、もう一機が助けに行かざるを得ない状況を作りアンジュのヴィルキスに併走する。
「その声、ヴィヴィちゃんっ」
「ヴィヴィアン、あなたも…」
当然、桜龍號はコクピット閉鎖型だが、その声に気付くものがあったらしい。
「あれ?エルシャとサリアだ。どったの、そんな機体に乗って」
「あなたこそ、その機体は何っ」
「えへへ、良いでしょう。ピンクドラゴンちゃん…じゃなかった桜龍號って言うの」
「ヴィヴィちゃん、あなた…」
エルシャが複雑な声を上げた。
「アンジュ、サリア達が戸惑っているうちにっ」
「分ったっ」
アンジュは飛行形態で併走する桜龍號を駆逐形態に変形して二本の腕で掴むとそのまま背中のスラスターを噴かす。
「牽引するような状況で私達から逃げ切れると本当に思っているのっ!」
とサリアの怒声が響く。
「出来るわよっ!ヴィルキスならっ!」
力強く宣言したアンジュの言葉に呼応するように指輪が輝くと、ヴィルキスの期待から旋律が流れ始めた。
「アンジュ、歌えっ!」
「ええええっ!?ここでっ!」
「いいからっ!」
「くっ…」
一瞬で覚悟を決めるとアンジュは歌い始める。
それはいつかの彼女の抵抗の歌。
「これは…」
「…歌?」
アンジュの…ヴィルキスの常軌を逸した状態にサリア達が呆然としている内にヴィルキスは蒼く染まっていき、スラスターの出力がアップ。
「とっべーっ!ヴィルキスっ」
「な、アンジュ…何をっ!」
アンジュの気合と共に加速するヴィルキスはサリアの静止の声より早く飛行形態のラグナメイルを軽々と置き去りにしては飛び去った。
PICの範囲を桜龍號を包むまで広げる事で二機分の質量を軽々と加速させ、さらに加速のGからも守る。
PIC有ってこその荒業である。
超加速による縮地で気がつけばそこはサラの一撃で崩壊したアルゼナル上空だった。
ヴィルキスから通信で呼びかけても何の応答も無いそのアルゼナルを不審に思いカタパルトに着地すると館内を調査する。
「なに、これ…」
アルゼナル館内はそれは酷いものだった。
アルゼナル各所には死体が転がり、生きている人間は皆無だ。
確かにサラの強襲で失われた命はあっただろう。しかし、この惨状は人間が起こしたものである。
銃弾による殺害痕が見られ、アルゼナルも抵抗したのか巨大な丸ノコギリを思わせる兵器が破壊された物が所々に朽ちていた。
「あっちもこっちも同じ感じ…みんな死んじゃったのかにゃあ」
館内を検めたヴィヴィアンが割り切った声を出した。
「いったい何が起こったと言うの…」
アンジュも暗い表情で言葉を零す。
「わからん。だが、弔ってやらないとね…」
遺棄された少女達の弔が終わるまでに日が傾いてしまった。
どうにもアルゼナル館内で一夜を明かす事に抵抗を覚えたアオ達は海岸に移動すると焚き火を焚いて暖を取っていた。
「アルゼナルがこんな状態だなんて…皆はどこに行ったのかしら…」
とアンジュ。
「サリアやエルシャは生きていた。敵だったが…。指令達の死体は見つけていない。捕まったか…あるいは脱出したか…」
「大丈夫、きっとみんな生きてる」
とヴィヴィアンの直感から来る言葉。
「モモカ、無事でいるかしら…」
「彼女は見かけよりもしぶとそうだ」
「それもそうね…ボロボロになっても私の元に駆けつけたくらいだものね」
アンジュとそんな会話をしていると海面に光球が浮かび上がり、トポンと言う音を響かせて黒い丸っこい何かが海面から覗いた。
「な、ななな…なにあれっ!?」
「うにゃ、むむむ…?」
一番に見つけたアンジュは戸惑い驚き死体ですら気丈に振舞っていた自分をかなぐり捨ててアオに抱きつく。ヴィヴィアンはすぐさま臨戦態勢をとり体を斜に構えて腰を落とした。
「落ち着いて、アンジュ。あれはたぶん…」
「ひ、ひぃぃいいいいいっ!お化けっ…いぃやああぁぁあ、こっちこないで、お願いっ!?」
アンジュの絶叫。その恐慌に羽と尻尾が飛び出した。
「…ジュ…ゼさま…」
微かに響く人の声。
「アンジュリーゼ様っ!」
自分の名前を呼ばれた呼び声にどうにか正気に戻ったアンジュが視線を向けると、ダイバースーツを脱いだモモカの姿がある。
「モモカっ!」
「アンジュリーゼ様っ!」
ハシッと二人はしっかりと抱き合った。
モモカのその後ろにはヒルダとロザリーの姿が見える。
「本当にアンジュリーゼ様ですのね…しかし、このゴツゴツした感触は…はわわ、姫様に可愛らしい尻尾が付いています…」
「モモカ、少し落ち着きなさい」
「本当にアンジュなのか…?」
ヒルダも心配そうにアンジュに近づいた。
「その格好はいったい…」
そしてやはりその羽と尻尾に気がついたらしい。しかしヒルダの意識はそれよりもその近くに居たアオへと向かう。
「あんたは…」
「ああ、オレは…」
「そいつはアオよ。少し性別が変わっているけれどね」
とアンジュが説明した。
「アオだって言うのか?コイツが!?男じゃねーかっ!」
あぁ…仕方ない、とアオはTS。
「これでいい?」
「お、おう…いったい、アンジュ達の身に何があったってんだ…」
ヒルダ達と合流したアオ達は招かれるように潜水艦へと案内された。
「ここは…この船は…どうしてここに?」
アオは懐かしいものを見るような眼で見渡す。
「ようこそ、アウローラへ」
とメイが甲板に出てきて言う。
「そっちのパラメイルも凄く気になるけど…もしかしてこれ…ヴィルキス、なの?」
ヴィルキスと桜龍號を潜水艦の格納庫に格納するといの一番に駆けつけてきたのは整備士のメイだ。
「そうよ」
とアンジュの肯定の声。
「何がどうなっているのよっ!ヴィルキスはどうなったのよっ!」
「知らないわよ。アオに言ってちょうだい。それ改造したのアオだから」
「こっちにマル投げかよっアンジュ」
知らないわ、とアンジュはアオの抗議を無視。
「……まぁシンギュラーの最後尾、閉じかけの門を無理やりに通った時にヴィルキスもぶっ壊れてね。しょうがないからわたしの機体をパッチワークでくっ付けて直した」
「ほ、本当に…それで、ヴィルキスは…」
なんで彼女がそこまでヴィルキスに拘るのか。そはら恐らくヴィルキスがラグナメイルであると知っているからだろう。
劣化コピーのパラメイルでは無い、純粋の先史人類の最終兵器。ラグナメイルを。
「そう、あなたがヴィルキスを人一倍気に掛ける理由はそれがラグナメイルだったからね」
「それは…」
アンジュの的確な言葉にメイが押し黙る。
「でも残念ね。それはもう、パラメイルでもラグナメイルでもない、別の何かよ」
それだけを言うとアンジュはアオの腕を取って歩き出す。
「行くわよ」
「お、おいアンジュ?」
まずはジル指令に会って詳しい話を聞こうと言う事なのだろう。
会議室に通されるとアンジュとヴィヴィアンの様子の変化に対面したアルゼナルの生き残り達との壁が出来ていた。
来る途中にモモカやヒルダからの話を纏めると、アオ達がシンギュラーの向こう側に行った後、ノーマ開放をうたう戦艦が現われ、降伏を迫ったが、それを罠と断じ抵抗すると虐殺が始まったらしい。
何人かは連れ去れれ、その他は殺された。
ジル達はこの潜水艦に逃げ込んで目的の為に潜伏していると言う。
作戦名を「リベルタス」と言い、ノーマの解放を謳い文句に元凶であるエンブリヲを倒す事が目的らしい。
「ふん、ドラゴン達が平行世界の人間で、こちらを責めるのはそのアウラと言うドラゴンを取り戻したいが為だ、と?くだらん。しかもドラゴンになって帰ってきました、などと、笑い話にもならん」
とジルが吐き捨てた。
「でも、事実よ。あっち側はそうでもしなければ生き残れない世界だった。そう言うこと。ねぇ、ドラゴン達と共闘は出来ないのかしら」
とアンジュが提案する。
ドラゴンとの戦いの真実。それはこの世界のマナを維持する為に狩っていたと言う事実を告げ、アウラ奪還の為に動くサラマンディーネと共闘しようと言ったのだ。
だがそれに対するジルの答えはNOだった。
ノーマの解放はアウラを助けただけでは達成できず、必ずやエンブリヲを打倒しなければならない。で、あるならばドラゴンの目的なんて知った事ではない、と言う事なのだろう。
「サラ子はエンブリヲ打倒を手伝ってくれるって言っていたわ」
「身も心もドラゴンに毒されたようだ。お前は知っているはずだ。この世界がいかに醜く、汚いか。祖国に裏切られ、民衆にツバを吐かれ殺されかけたお前には、この世界をぶっ壊す私の思いを十分に受け入れてもらえると思っていたのだがな…お前が無茶しないようにつけた重しが思いのほかお前の心をほだしたようだ」
と言ってジルの厳しい視線がアオに向けられた。
「知らないね。誰に会い、誰と語り、誰に影響されようがそれはアンジュ自身の問題。わたしの影響?当然あるに決まっている」
ハッ!と鼻で笑ってやった。
「話はこれまでだ、一時解散する。アンジュも考えが改める時間が必要だろう」
そう言ってジルは会議室を辞す。
会議は一時解散。
アオはその空いた時間で潜水艦を見て回る。
特にすることも無いと訪れた格納庫。そこではメイがヴィルキスに悪戦苦闘していた。
「どうするんだよ。ジルからはタンデムシートを外せって言われているけど…まったくこっちのアクセスを受け付けないよ」
「そりゃそうだ。メンテナンスコードも全部書き換えてある。アンジュかわたしでなければロックは外れないよ」
「アオ…」
しまったとバツの悪い顔をするメイ。
「アルゼナルはもう無い。事実を知ったアンジュはもうドラゴンと戦う事は無いだろう。メンテナンスフリーで整備もいらないこの機体を弄られて何か仕組まれては困るだろう?」
「見抜かれていたみたいでイヤな感じ。でも整備がいらないってのは聞き捨てなら無い」
「すまん、言い過ぎた」
彼女は矜持をもって整備をしてきたのだ。
「でもまぁ、出来れば今のこのヴィルキスに手は出さないでくれないか。さっきも言ったがアルゼナルが無い今アンジュと君達の道が交わっている、とは言い切れていない。今みたいにね」
「それは…」
ヴィルキスからアオを強制的に排除させようというジルの命令なのだろう。
「そう、…でもこれだけは答えて。これはヴィルキス?」
彼女達の作戦の切り札であるヴィルキス。その性能如何ではエンブリヲを打ち倒す以前の問題になってしまう。
「ヴィルキスは一度大破した。フレーム、エンジン、コクピットと改修が入ってる。元のヴィルキスの部分なんて全体の半分も無いよ」
「そんな…それじゃリベルタスは…」
「どうしても元のヴィルキスが欲しかったら…あのサリア達が乗っている機体を鹵獲したらいい…まぁ、その性能差で不可能なのだろうけれど」
寝返ったサリア達が乗っていた黒いヴィルキス…ラグナメイルは以前のヴィルキスと同型機である。鹵獲できればリベルタスの足しになるだろう。あくまで出来れば、だが。
時間を置いての再召集。
ジルの言葉は一転。ドラゴンと共闘しても良いと言い出した。
独自の調査で敵の本部がミスルギ皇国、暁ノ御柱らしい。
それに当たってドラゴンの戦力を前方に展開。まず敵のラグナメイルをおびき出す。その後自分達は海底深くを通って後ろ側に浮上。不意を付いて挟撃し相手の戦力を削る。
なるほど、理に適っている。だが…これはキレイすぎる。
「わたしならこうする」
とアオは地図の一点を指差す。
「ドラゴンを囮に敵の懐まで入り込み、単機で侵入。エンブリヲを叩く」
「ちっ」
「そんなっ!ドラゴン達を囮に使うって言うのっ!?」
ドラゴン寄りの考え方をするアンジュは激昂する。
「ジル指令?」
バレちゃしょうがない、と言う顔をするジル。
「まさか、そんな命令聞けないわっ!」
「ならば聞くようにするまでだ」
ジルがボタンを操作するとモニタに写ったのは手足を縛られて拘束されたモモカの姿。
「私がボタンを押せば減圧室に海水が流れ込む。さあ」
どうするのだ、とジル。
「モモカ…」
「はぁ…」
アオはため息を一つ。
「起きろ、スキーズブラズニル」
ブゥンと一瞬潜水艦が震えた気がした。
「ふ、何を言っている。気でも狂ったか」
ジルが勝ち誇った表情を浮かべる。
『お呼びでしょうか』
いきなり電子音が響き渡る。
「な、何?いったい何なの?」
「ハツネ・ミライの権限で命じる。艦内の全制御をマニュアルからスキニルに移行」
『魔力照合開始、完全一致確認。お帰りなさい、マスター』
「減圧室のハッチをオープン。アンジュ、迎えに行こう」
「お前、いったい何をしたっ!」
襲い掛かってくるジルの目の前に光の障壁が現われる。スキニルに内蔵されている防衛装置だ。
「この船、わたしが昔改造したものだよ?使用権限の一位はわたしにある」
「意味がわからん。この船は昔、古の民が使っていたものだ。そんな事が有るわけがないだろうっ」
「古の民…この地球の本来の人間達がどうしてこの船を持っていたのかは知らないが、この船はわたし達が使っていたものだよ」
「言い忘れていたわ。アオって五百年前の人間の生まれ変わり、だそうよ」
形勢が逆転した為にアンジュが意を高くして言い放った。
「アオ…貴様…やはり貴様が最大のイレギュラーかっ…」
ジルが忌々しげに言う。
「しかし、マナの光であるのならっ!」
目の前の光の壁を触れる事によって破壊しようと試みるジル。しかし…
「ノーマはマナを拒絶する。それはこの世界にエクリプスウィルスが分断すべきエネルギーがそれしかないからだ。その為にそれに特化し、また退化した。それはマナとは似ていて非なるもの。破壊はあなた達では無理みたいね」
「おのれっ…」
ジルの忌々しそうな声が響いた。
「作戦事態は悪くない。時には捨て駒も必要だろう。だが…それは捨て駒にされるものの意思を聞いた場合だ。他者を利用するだけの人間にいつまでも人の心は付いてこないよ」
「アオ…」
アオは悲しそうに言うと会議室を後にすると減圧室に拘束されているモモカを救助に向かう。
「モモカっ」
「アンジュリーゼ様っ」
助け出されたモモカが感極まってアンジュに抱きついた。
「これからどうする、アンジュ」
「分らなくなったわ…」
と眉を曇らせるアンジュ。
「エンブリヲを倒す。それは誰の為?」
「それは…ノーマを解放するため…」
「ノーマの解放するのはなぜ?」
「それは…いくらこの世界では人間ではないと言われていてもノーマにも幸せに生きる権利位あるわ」
「じゃあアルゼナルしか知らない彼女達の幸せって?」
「それは…」
「アンジュが…ヒルダがノーマを不幸だと思うのはアルゼナル以外を知っているから。アンジュが命をベットし続ける日常を疎うのはそれが異常だと知っているから。だけど、一人だけ逃げないのは、君が根っからの為政者だからだ」
「為政者…私…が?」
「そうですよ。アンジュリーゼ様は皇女様なのですから」
当然ですとモモカがアオの言葉を肯定する。
「ノーマが幸せであって欲しい。自分が幸せになるには周りがそこそこ幸せで有って欲しいと思っている」
裏切られ、罵られ、吊るされてもその根底は変わらない。
「そうね…リベルタス。ジルの考えには賛同できないけれど、ノーマの解放はやっぱり必要。その手段に一番適した解はやっぱりアウラの解放、かな」
アウラを助け出せばマナが使えなくなる。
「マナが使えなくなればノーマも人間も関係なくなる。世界は混乱するだろうけれど、ね」
「そんなの混乱すればいいわ。こんな一方から搾取しなければ成り立たない世界など壊れてしまえば良い。それが私の、リベルタス…」
「そして歴史は繰り返し、戦争と混沌の時代が来る」
「あら、人間はそう言うものよ。生きる為に殺し、自由の為に奪う。それで滅びて…気が付いて…サラ子達の様に償って…でも、それで良いじゃない。それが生きると言う事なのだわ」
「アンジュは眩しいね…長く生きると君のような輝く魂に目を奪われる」
「ふん、当然よ。しっかりその目に焼き付けて、私に付いてきなさいっ」
「あらら、さすが皇女様は違う」
さて、と。
カツカツと通路を歩きデッキへと移動すると前からヒルダとロザリー、それとヴィヴィアンが歩いて来る。
「おや、アンジュ。どったの?」
とヴィヴィアン。
「ジルとは袂を分かつ事になったわ」
「なっ!」
「おいおい、そいつはいったいどう言うことだ?」
驚きの声はヒルダで質問はロザリー。
「言ったとおりの意味よ。ジルの考えには賛同できない」
「だったらどうするつもりだ。アンジュ」
ヒルダがアンジュに問いかける。
「本当はこの船を強奪、と言いたい所だけれど、今のノーマ達にはここしか居場所が無いのよね…だから私が出て行くことにしたわ」
と宣言するアンジュ。
「あたしも行くよ」
「ヒルダっ!?」
バッと身を震わせて驚くロザリー。
「ヒルダ…」
しかしそれをアンジュはフルフルと首を振った。
「ヒルダ、あなたは今はまだここに居て」
「あたしはアンジュには必要ないって言うのかっ!」
「そうじゃないわ」
とアンジュはヒルダの肩を持つ。
「今この船はジルと、歴戦のパイロットのあなたでどうにか希望が保たれている。そんなあなたが居なくなったらこの船はすぐに瓦解してしまう」
「それは…」
ヒルダも薄々そんな空気を感じ取っているのだろう。指揮の経験もあるヒルダはそう言う空気を何となく感じ取れていた。
「ヒルダ。今はノーマ達の事をお願い」
「アンジュ…あたしは必要ないのか…?」
「そんな事ない。ヒルダがいてくれればどれだけ心強いか」
「アンジュ」
自然と抱きついたアンジュにヒルダが赤面する。
「今は任せられるのがヒルダしかいないんだ。お願い」
「…わかった」
しぶしぶとヒルダは食い下がった。それがアンジュの願いであったからだ。
ヴィルキスと桜龍號にそれぞれ搭乗するとスキニルが浮上。海面に出ると共にハッチをオープン。
「スキニル。AI本体をヴィルキスに飛ばせる?」
『可能です』
「そ。じゃあ本体をヴィルキスに写した後に我々は脱出。その後障壁を張りつつリモートで潜水、いい?」
『了解しました。マスター』
海面に浮上するとヴィルキスと桜龍號は出撃。アルゼナル…ジルと決別した。
桜龍號にモモカを乗せて空を飛ぶ。
「どうするの?これから」
「取り合えず、サラ子の所に行きましょうか。こちらの反抗勢力の実情も知れた。サラ子達がどうなったのかも気になるわ」
「どうやって?」
「どうにかして、よ」
「まぁ、元々次元跳躍能力がヴィルキスには付いているから、行ける筈だが…アンジュっ!」
なんて事を言っていると空中からビーム粒子が飛んできた。
「くっ…」
スラスターを噴かし直撃を避ける。
高速で接近してくるのはいつかの黒いラグナメイル達だ。
哨戒中に偶然引っかかってしまったのだろうと思いたい。出なければ居場所がバレバレだと言う事になってしまう。
「狙いはアウローラか」
現われた二機のラグナメイルはバシュッバシュとビームを飛ばし執拗に潜水艦を狙っていた。
「やめなさいっ」
アンジュはそのラグナメイルに応戦。ヴィヴィアンもライフルで牽制していた。
『敵機反応、三機です』
とスキニルが飛ばしたドラグニウム粒子の反響で少し離れたもう一機を確認。
「どうする?」
「逃がしてくれそうもないわね。…だったら」
アンジュは目の前のラグナメイルと交戦しながら宣言する。
「倒して進むわよ。自分の道は自分で切り開く。目の前の障害は取り除くっ!私が生きるためにっ!」
「オーケー。それじゃ、目の前の敵は倒して進む。ならば…」
ヴィルキスから旋律が流れ始める。
「歌え、って事ね…」
アンジュは二度目となれば慣れたもの。
駆逐形態に変形したヴィルキスの体表が蒼く染まり、心の内を歌詞に乗せ響かせる。
♪~♪~
「歌…?」
「戦場で歌なんて、バカにしてっ」
襲い掛かってきていた二機のパイロット、エルシャとクリスが戸惑いと怒号を上げる。
しかし歌う事で出力を増し、速度を増したヴィルキスは残像を置いていく速度で飛ぶと剣を持ち二機のパラメイルに襲い掛かる。
「うっひゃお、すごーい」
ヴィヴィアンの暢気な感想。
二対一でも速度、手数とヴィルキスが押している。
「この、なんで当たらないのっ!?」
「あの機体、何か変よ。気をつけて、クリスちゃん」
「そんなの分ってるっ!歌う機体が普通な訳ないっ」
「私だって、好きで歌ってるわけじゃないわっ!」
あっはっは、言われてるー。
♪~♪~
アオも輪唱しながらさらに出力を上げるとアオは背中のドラグーンを飛ばす。
「アンジュ、ヴィヴィアンっ」
「くっ」
「ほいきたっ」
ヴィルキスと桜龍號がそれぞれエルシャとクリスの気を引くようにライフルを撃ち合う。
互いに巧みな為に直撃こそしないが、意識は狙い、回避する事に集中する。それはこちらも同じ事だが、ヴィルキスはタンデムシート。二人乗りなのだ。
故に機体制御と攻撃の担当を分断できる上に、先ほどスキニルも返してもらった。
シールドエネルギーをピンポイントに集め防御すると言う人間には出来ないような神業もスキニルの演算能力があれば可能。
ヴィヴィアンの桜龍號をヴィルキスの後方に置き援護させ、回避が難しいのはバリアで確実に弾く。
そうしてエルシャとクリスの意識を完全に向けさせた所で背後からのドラグーンの一斉射。
「あたれーっ!」
「なっ!?」
「うそ、何でっ!?」
攻撃と言うのは初見でこそ必殺たり得る。
「おーっ」
ヴィヴィアンが驚きの声を上げた。
ドラグーンの攻撃はエルシャとクリスのラグナメイルのスラスターを見事に撃ち抜き海面に撃墜させるとヴィルキスに戻ってくる。
「死んだ?」
高高度からの海面への墜落はなんのクッションもなり得ない。最悪死ぬだろうが…
「二人とも姿勢制御用の補助スラスターを全開にしていたから生きてはいるだろう」
しかし激突のショックまでは完全に相殺できていない為、相当にダメージを受けているだろうが。
「アンジュ、右舷上方三度。ライフル構えて」
「え?」
「いいから、マーカー出すからそこに向かって一斉射」
「分ったけど…なに?」
マーカーに指定されたポイントに向かってヴィルキスはビームライフルとレールガンを撃ち出す。
「きゃぁっ!?」
フレキシブルな動きで旋回しながら回避した黒い何か。
「サリア、サリアだ」
いち早くその声の正体に気が付いたのはヴィヴィアン。さすが元ルームメイトと言う所だ。
「なんで、どうしてっ!?」
「探知と言うのは何も無いと言うことを感じ取ると言う事なんだよ」
と、アオ。
「くっ…アンジュ、そしてアオ。あなた達にはエンブリヲ様の所まで来てもらうっ!」
そうサリアが言う。
「あらら、ラスボスが向こうからお呼びのようだけど、どうする?招待を受ける?」
「当然…」
ニヤリと笑ってからアンジュはサリアに宣言する。
「お断りよっ!」
二挺のビームライフルが火を噴いた。
「アンジュっ!」
忌々しそうなサリアの声。
「サリアー」
そこにヴィヴィアンも加わって戦況は二対一でこちらが優位。
「くっ…」
流石にパラメイルとは違いラグナメイルに乗っているだけあり機体性能が向上していているが、同程度の桜龍號とアオの改造が入ったヴィルキスの二体を相手には立ち回れない。
奇跡でも起きなければサリアは撃墜できるだろうと思っていたところに上空から声が掛けられた。
「どきたまえ、サリア」
「エンブリヲ様っ」
と恋する少女のような吐息を出すサリア。
その視線を向けると一機のラグナメイルが空中に浮かんでいた。
「エンブリヲ…あれがっ!」
アンジュの視線の先。どうやってそのラグナメイルを操っているのか、エンブリヲ本人は生身でラグナメイルの肩に乗り睥睨している。
そして…
♪~♪~
「歌…」
「いけないっアンジュっ!」
エンブリヲの歌に反応するように両肩が開き、ディスコード・フェイザーのチャージに入った。
狙いは撃墜したエルシャとクリスを回収しようと浮上してきたアウローラ。
「ど、どうすれば…」
同種の歌では歌い始めが早かったエンブリヲに適わない。
だったらっ!
「世界を壊す、歌があるっ!」
ヴィルキスから禍々しい旋律が流れ始める。
「あ、アオっ!?」
アオはかつて金髪の少女が世界を壊す為に歌った呪歌を口ずさんだ。
♪~♪~
アオの歌に呼応するようにヴィルキスのディスコード・フェイザーが開き収束し始める。
その禍々しさに金に染まるはずのヴィルキスが黒よりも黒い、漆黒へと染まっていく。
「……る…ラブ、ソング…」
放たれるエンブリヲのラグナメイル…ヒステリカから放たれた終焉の旋律をヴィルキスが世界を分解する旋律で向かい打つ。
「ほう…相殺したか…大したものだ」
エンブリヲがニヒルな声で言った。
それを見てエンブリヲが歌が続いた。
「第二射っ!?」
アンジュが焦る。
「くっ…」
アオも続きを歌い上げる。
♪~♪~
再びヴィルキスの両肩が粒子を収束し始める。
「…終わらせる」
再度ヒステリカとヴィルキスの両肩から閃光が放たれ相殺。
「ほう、やるな…だが…その呪歌をどこで知ったのか分らぬが、よくもそこまで歌えたものだ」
とエンブリヲ。
「何を言って…」
そう言うアンジュの背中トンと何かが触れると、生暖かく滴るものが垂れ流れる。
「アオっ!あなた、この後に及んでお漏らしなんて…」
振り返ったアンジュの表情が一瞬で驚愕に染まる。
振り返ったアオは血涙を流し、口から吐血して、また古傷が避けたかのように全身から血が噴出していた。
「アオっ!?」
「流石に…呪歌による絶唱は…今のオレには負担が…でか…い…」
そう言うとアオはアンジュの背中で気絶してしまう。
「アオっ!アオっ!?」
アオの惨状に動転してしまい、エルサの拘束をのがれられず。
「アンジュー」
「ふむ、メイルライダーの補充も急務か…」
「ちょ、ちょっと離せ、離せったらっ」
援護に駆けつけたヴィヴィアンもエンブリヲによって拘束されてしまった。
…
……
………
「…う…ん…」
意識が覚醒する。
上体を上げようとして付いてこない腕に戸惑い視線を向けるとアオの腕を掴んで離さないアンジュの姿。
「あ、アオさま。起きましたか?」
掛けられた声はモモカのもの。
「モモカ…?ここは…」
「ここはアンジュリーゼ様のお部屋です」
アルゼナルではない。ここの調度品は品があり高そうだ。
と言う事は、スメラギ皇国にあるアンジュの部屋と言う事だろう。
体には白い包帯がグルグルと巻かれていた。
「っん…はっ!」
ガバリと起きたアンジュがアオの体をペタペタとまさぐる。
「か、体は大丈夫なのっ!?」
「…まぁ…何とか、ね」
体の節々がまだ痛いが我慢できなくは無い。
呪歌の反動も殆ど抜けている。
「で、アレからどうなったんだ?」
「それは…」
と言いよどむアンジュ。
「アオが血みどろで倒れたのを見たアンジュが錯乱しているうちに捕まってしまったのだにゃ」
「ヴィヴィアン」
いつの間にか部屋のドアを開けて入ってきたヴィヴィアンがそう答えた。
「し、仕方ないじゃない…別に血みどろの光景には?慣れてるけど?まさか、自分の背中に張り付かれるとは思わないじゃない?」
「あー…ごめん」
「別にいいわっ」
顔を真っ赤に染めたアンジュがそう言って俯いた。
「歓談の所失礼するよ」
慇懃な声がその場に響く。
「エンブリヲッ」
途端アンジュの顔が険しくなりエンブリヲを睨みつける。ヴィヴィアンの表情も硬い。
「具合はどうだい。アオ」
「馴れ馴れしいな。敬称を付けろ、敬称を」
「これは手厳しい。アオさんと呼ばせてもらっても?」
「ゴメンだ。お前に名前を呼ばれたくも無い」
「おや、困った。これは取り付く島も無いな」
「アオっ!あなたっ!」
腰巾着の様にエンブリヲについて入室してきたサリアが吼えた。
「いいんだ、サリア。彼女も混乱しているのだろうからね」
「エンブリヲ様…」
「サリア…あなた…」
恋する乙女の表情で応えるサリアにアンジュも、そして周りも二・三度サリアを見つめる視線の温度が下がった。
「さて、私は君達と少し話しをしようと来たのだがね。どうやらアオさんは話をする気がなさそうだ。どうだい、アンジュ。私と少し話さないかい」
エンブリヲの声音は聞くものに心地よく、脳にやんわりと入ってくる。
「ええ、良いわよ。私も少しあなたに聞きたい事があったの」
「では、そのように」
と言ってキザッたらしくアンジュをエスコートしようと手を伸ばし、アンジュに払われていた。
「ダメだ」
アオが歩き出すアンジュの手を握り引きとめた。
「アオ?」
「ほう、どうしてだい?」
「たった数言会話しただけだが、分るよ。お前の言葉は耳に心地よい」
「悪い事かい?」
「会話をするつもりは無い。喋るな」
「そっ…」
エンブリヲが何かを言う前にアオが言葉をかぶせる。
「コイツは言葉で人間の心を懐柔する。会話を続ければ続けるほど心の隙に入り込む。耳に心地の良い言葉で相手を操る…マインドコントロール」
「そんなこt…」
無いとでも言おうとしたエンブリヲの言葉をやはりアオが遮る。
「目の前に実例がいるだろう。アレだけジルの言葉に忠実だったヤツがこの有様だ」
「なっ!?私はコントロールなんてされて無いわ。エンブリヲ様だけよ、私と必要としてくれたのはっ」
サリアの絶句からの否定。
「分っただろう?」
サリアの態度で皆その危険を理解した。
「おやおや、…仕方ないね。こちらとしては穏便に済ませたかったのだが…会話が成立しないのなら他の手段を取らざるを得ない」
「痛みによる支配。弱みによる支配。そんな所か…このゲス野郎がっ」
バッとアオはベッドから飛びのくように駆けるとエンブリヲの背後に忍び寄り首を締め上げる。
「エンブリヲ様ッ!?」
「はっ!」
サリアが懐から拳銃を抜き出し構えるが、アンジュが蹴り上げ奪い取るのとゴキンと何かが折れる音が響くのが同時くらいだった。
どさりと崩れ落ちるエンブリヲ。
「エンブリヲ様っ!?」
倒れこんだエンブリヲに駆け寄るエルサ。
「殺したの?」
「あんまりにあっさりだにゃぁ…」
「オレもコイツには怨みが有るからな」
「ほう、どんな恨みだい?」
「なっ!?」
ドアの淵に腕をかけたエンブリヲが何事も無かったように声を掛ける。
バッとエルサの方を見ればそこにエンブリヲの姿は無い。
「くっ…」
アオは再び駆けるとエンブリヲのコメカミを引っつかみ床にたたきつけるとやはり両腕で首を捻り骨を折る。
「これで…」
「やれやれ、無駄だよ」
しかし再び部屋のドアの辺りに現われるエンブリヲ。
「私は不死身だよ」
「不確定世界の住人…」
ジルから話は聞いていた。
エウンブリヲを殺す事は不可能である、と。殺した瞬間不確定世界の自分と入れ替わる為に殺しきる事はできないらしい。
「エンブリヲ様っ!」
サリアよ、君のセリフはそれだけだな。
「なるほど。観測者が居なければ確定できない不確定世界…シュレティンガーの猫」
「おや、君は中々に博識だ。この世界の人間にシュレティンガー等と言う言葉を聞くとはね」
エンブリヲは死んだ瞬間、観測者が観測できなくなった瞬間を見計らって殺されていないと言う結果で世界を騙している。
人間がずっと一つの事を観測し続けるのは不可能だ。視線をそらす、いやまぶたを閉じるなどした瞬間に確定された過去が変化する。
もしかしたら死んでいなかったのではないか?と。
「まぁ、それならそれでやり様はある。精神を殺してやれば良い。生きていると言う事実を不確定にしてしまう事は出来ないだろう?」
「くっ…」
その言葉に初めてエンブリヲの表情が歪む。
アオは残忍な笑顔で駆けると思い切りエンブリヲの腹を拳で突き破った。
「ぐぅ…かはっ…」
ドバドバと血が吹き出る。
「だが、無駄だよ。これでは致命傷だ。ここは一旦引くとしよう」
死ねば不確定領域から新しく現われる。無限のコンティニュー。それがエンブリヲの強み。
だが…
心音は止まった。確実にエンブリヲは死んだだろう。
「アオ…?どうしてエンブリヲは生き返らないの?」
とアンジュ。
「今、オレがエンブリヲが死んだと言う事実を観測し続けている。観測され、確定されている事項は変えられないだろう?」
「どう言う事?」
「まぁちょっと…説明が難しいのだけれど」
簡単に言えばアオの円の中にエンブリヲの存在を収め続けることで観測し続けているのだ。
「エンブリヲ様っ!?」
サリア、やはり君の言葉はそれだけなのかい?とアオが呆れる。
「ちょっと黙ってて」
サリアを気絶させるとベッドに放る。
「エンブリヲは死んだの?」
「今は、ね。でもいつまでもこのまま、と言う訳には行かない」
アオもいつまでもこの死体と一緒に居る訳にもいかない。
「アンジュ、ヴィルキスと桜龍號は」
「それなら…」
窓から中庭を見下ろす。そこには拿捕されている二機のパラメイル。
「エンブリヲは動けない。パラメイルはこんなに近くにある。アウラも目の前。なら…」
アオは思いっきり壁を殴りつけると壁に大穴が開いた。
「あ、アオさま、な、なんて事をっ!?アンジュリーゼ様のお部屋がぁ…」
一番に怒り出したのはモモカ。
「ヴィヴィアン」
「がってんしょうち」
「え、え?きゃあっ!?」
ヴィヴィアンはモモカを連れて窓から飛び降りる。
「きゃ、きゃあああああっ!?」
バサリと途中で羽を開き滑空。桜龍號へと飛び乗る。
アオはむんずとエンブリヲを掴むとそのまま飛び降りる。
「アンジュっ」
「わ、分った」
破壊されたドアからヴィルキスに飛び乗るとアオをヴィルキスの手に乗って飛び立つとすぐ隣の暁ノ御柱に向かってビームライフルを発砲。粉塵を上げ暁ノ御柱に開いた穴。
「アウラは…」
「地上部分にアウラは居ないわ」
「何で分る?」
「私、これでも皇女だったのよ」
「なるほど、納得だ。…となれば地下か」
侵入した御柱。人間達の阿鼻叫喚の叫び声を聞きながら地下への通路をこじ開ける。
そのシャフト部分を降下していくと大きな機材にエネルギー源として組み込まれた巨大なドラゴン。
「アウラ…」
「それじゃあ、この装置を破壊すればっ!」
ビームライフルを撃ち出すヴィヴィアン。だが、その光は障壁で弾かれて霧散してしまった。
「いいっ!?弾かれたっ!」
「ビーム兵器じゃ破壊できない…なら…」
ディスコード・フェイザーならいけるだろう。
「調節は?」
「端っこの方を狙うわっ」
さようで。
「おやおや、これはいったいどうした事だい」
とどこからとも無くエンブリヲの声が聞こえた。
「エンブリヲっ!?どこから」
バシュバシュと風を切る音を立てて光線が桜龍號を襲う。
「はにゃっ!?」
ビームライフルを持った右腕と左足の二箇所を打ち抜かれ、制御を奪われた所ギリギリで飛行形態に変形し体制を立て直した。
「逃げるなんて悪い子だ」
現われたのはヒステリカだ。
しかし、エンブリヲは確かにまだ死んでいて、ヒステリカから生体反応は感じない。
「いや…これは…」
良く見ればヒステリカに誰かの念が取り付いている。
「エンブリヲ…」
バシュ、バシュとヒステリカがビームライフルを連射。
「くっ…」
当たるわけにもいかず、スラスターをふかして避けるアンジュ。
「しまっ…っ!!」
その回避行動でエンブリヲを振り落としてしまったアオ。
「くっ…」
「おやおや、これは…いったいどうして、長い間私を殺してくれていたらしい」
エンブリヲがヒステリカの肩に現われる。
対峙するヒステリカとヴィルキス。アオもエンブリヲを倣ってヴィルキスの肩に乗った。
「それでは部屋での話の続きと行こう。何、いつかきっと君達も私の事を信じてくれる。そう思っているよ」
エンブリヲの甘言が続く。
「いいか、ヴィヴィアン、アンジュ。耳を傾けるなッ!歌を歌うのも良い。何でもいいからあいつの言葉を受け入れるな」
「酷いじゃないか、アオくん。人は話し合える種族だと言うのに。特にこの地球ではね」
「統一言語。カストディアンがバラルの呪詛をかける前の地球、か」
「詳しいじゃないか。向こうの地球でもその事実を知っているものなどもう居ないと言うのに。ますます君に興味が湧いてきたよ」
ゾゾゾ、と鳥肌を立てるアオ。
「アンジュ、逃げるよ」
「でも、エンブリヲが目の前にっ!」
「今は倒せる手段が無いっ!」
エンブリヲは倒しても再び現われる。ヒステリカはどうだろうか。試したいが、この場で試している場合ではない。この場は敵の本拠地で少々劣勢だ。このままここに留まるのは得策ではない。
「くっアウラ…今は…ごめん」
一瞬アウラを見上げるとその目が見開きアオをと視線が合う。
「ほう、アウラが覚醒するか。…だが無駄な事」
とエンブリヲ。
ポウゥと装置の外に光る光球が現われると自然とアオに吸い込まれて消えた。
「何だ…?」
エンブリヲが少し険しい顔をする。今何が起きたのか分らないと言う事らしい。
「これは…まさか…アンジュ、逃げるよっ!」
「でも、このままではっ!」
「歌え、アンジュっ」
♪~♪~
アオの声に反応したのか、ヴィルキスから旋律が流れ始め、アンジュの歌声に反応してヴィルキスが蒼く染まる。
「ほう、やはりそれは…シンフォギアシステムか。なかなかどうして興味深い」
ヒステリカのビームを避けながらヴィルキスは桜龍號を回収に向かう。
「ヴィヴィアンっ」
「逃がさないよ」
二機の間にビームライフルを撃ち近づけさせないヒステリカ。
「くっ」
余裕そうなエンブリヲの声がたまらなく憎らしい。
「アンジュ、君は逃げろ。いいな、スキニル。アンジュを逃がせ」
そう言うとアオはヴィルキスから飛び降りた。
「アオ、だめっ!」
制動を駆けアオを回収しようと操るがその操舵の一切を受け付けず、ヴィルキスはアンジュを回収すると一目散に暁ノ御柱を抜け出していく。
「アオーーーーっ!」
「アンジュ、生きるのを諦めないで」
「一人残って私の気を惹いたか」
落下するアオを受け止めにやってくるヒステリカとエンブリヲ。
「そんな事、する訳が無いだろっ!」
と次の瞬間、シャフト内を高熱の炎が湧き上がりその炎はアオとヒステリカ、エンブリヲを包みなお余りあり、シャフト内を駆け上る。
「アオッ、アオッ!だめ、戻りなさい、ヴィルキスっ」
アンジュの必死の叫び。しかし無情にもヴィルキスの操作は戻らず、ヴィルキスはスメラギを出て洋上を駆け逃走していった。
洋上を駆け、流れ着いたのはいつかの無人島。
「うぅ…くっ…アオ…アオ…」
バシュっとヴィルキスのコクピットが開くが嗚咽が聞こえるだけでアンジュは降りてこない。
「っ…ふっ…」
「アンジュリーゼ様…」
「アンジュ…」
桜龍號から降りたモモカとヴィヴィアンが心配そうな声を出すが、今のアンジュを慰められる言葉を持っていなかった。
「む?」
ガサリと言う草木が擦れる音が聞こえると、それでもヴィヴィアンは反射的に身構え、対象を探す。
「パラメイル…しかも知らない機体だ。君達はいったい…」
現われたのはいつかの優男。
「あんた誰?」
「俺はタスクって前も会ったでしょっ。…てことはあの機体は…まさか、ヴィルキス…?」
フォルムの至る所にアオの改修が入りほぼ別物になっているが、コクピットに座るアンジュが見えたのだろう。
「何があったのか分からないけれど、取り合えずこっちに」
…
……
アンジュが泣き止むのを待ってタスクの隠れ家に移動するもアンジュは立ち直らず。
モソモソとモモカに食べされるままに口を動かすのみで、体から気力が感じられない。
「いったい何があったの?」
タスクがモモカ達に問いかけた。
「説明するのは難しいのですが…」
と言ってモモカは少しの説明をタスクに伝えた。
「なるほど…ね」
とようやく事態を飲み込んだタスク。
「それで、あなた様は…?」
とモモカ。
「俺はタスク。…ヴィルキスの騎士だよ」
「はい…?」
ヴィルキスの騎士とは、リベルタスの要たるヴィルキスを守る人間、と言う意味だ。
と、そんな感じの事を伝えたタスクにガバリと動き出したアンジュが懐からナイフを取り出し襲い掛かる。
「あなた…あなた達がっ!」
アンジュはタスクに馬乗りになるとナイフを振り上げた。
「ひいぃっ!」
腕を十字に組んでガードをするタスクに今にも振り下ろさんばかりのアンジュ。
「あ、アンジュっ!」
「おやめください、アンジュリーゼ様っ」
ヴィヴィアンとモモカが必死にモモカを引き離し、押さえつける。
「けほ、けほ…」
「どきなさい、モモカっ」
「いいえ、退きません。アンジュリーゼ様」
「離して…離してよ……」
最後は抵抗する力がぶり返した嗚咽と共に弱まっていった。
気まずい雰囲気に誰も何も話さない。
ふらりと幽鬼の様にたったアンジュは海岸へと歩いていった。
「助けなきゃ…アオを…」
ヴィルキスに跨るとスターターを押す。エンジンに熱が入るとスロットルを廻した。しかし…
ヒューン……
「どうして、どうしてよっ!動きなさいっ!ヴィルキスっ…動いて…」
スキニルに制御が委譲されている現段階ではアンジュの操作は受け付けなった。
スキニルが受けた命令はアンジュを逃がす事。それに…
『心配ですか?あの方が』
「あなたは…」
『スキニル、とお呼び下さい。あの方が付けてくれたニックネームで、私も気にいっています』
「そう。あなたね。ヴィルキスを止めているのは。どうして?」
『アオ様にあなたを助けるよう命令されましたから』
「あなたは平気なのっ!アオが死んじゃった…私の…私の所為で…私が弱かったから…」
『いいえ、あなたは強い。相手を殺す手段が無かったあの場では逃げるしか無かった。それだけです…』
「でも…」
とアンジュは詰まる。
「アオが死んじゃった…死なないって言っていたのに…嘘つき…」
はらりはらりと涙が零れる。
「誰が嘘つきだって…?」
アンジュの後ろから駆けられる声。その聞き覚えのある声にアンジュが慌てて振り返る。
「嘘っ…」
アンジュの息を呑む音が聞こえる。
「やっ、遅くなった」
軽く手を上げて到着を告げるアオだが、アンジュの表情は喜んだ風ではない。
「嘘、嘘よ…アオは死んだわ…私の目の前で爆炎に呑まれて…」
「いやぁ…あれは爆炎じゃ無いのだけど…?」
「あなたは私の脳が見せている幻影…?それても亡霊…?」
「いや、だから幻影でも亡霊でも無いってば…」
「嘘よ、信じないわ…信じない…」
さらにポリポロとアンジュの頬から涙が流れ落ちる。
「大丈夫。足ちゃんと有るだろう?それに、ほら」
アンジュの手を握り締める。
「ちゃんと暖かい」
「うっ…うぅ…」
アンジュから暖かい涙が流れ落ちる。
しかし、ガバリとアンジュはアオに抱きつくとそのまま押し倒し服を剥く。
「確かめる。確かめるわ…あなたが、生きていると言う事を」
「いやぁ…幾らオレが草食系だと言ってもここまでされると流石に滾るものがあるのだが?」
遠まわしにヤメロと言っているのだが、むしろ自分の服を脱いでいく。
「黙ってっ…」
「んっ…」
と今度は強引に実力行使で暖かいもので塞がれて黙らされた。
「これは…浮気になるのかな…」
とアオがボソリと呟く。
「ただ、まぁ…アンジュはきっと…」
と呟く唇もまた塞がれた。
月明かりだけが浜辺を照らすその波打ち際に二人は夜空を見上げて寝転がっていた。
「月、やっぱり丸いのね…」
「七百年前、月の欠片が落ちてこなければあの世界の月も変わらなかったさ」
「そう…」
と相槌を打って、ん?と何かが引っかかる。
「あの世界が滅んだのは500年前よね?」
「そうだな」
「その時あなたはそこに居たのよね?」
「まぁ、ね」
「なのに月の落下は700年前なの?…いったいあなたは幾つで死んだのよ」
「ええっと…月を壊したときは確か16歳位、だったかな」
「じゃぁなにっ!?あなた、200年も生きていたのっ!?」
「まぁ、そうなる」
少ない方だよ、とアオ。
「呆れた…あなた本当に人間?」
「今は残念ながら、人間…かな」
それからまた沈黙が流れて。
「そう言えば、どうやって助かったの?あなた、確実に死んじゃったと思ったわ」
アンジュもいつもの調子が出てきたようだ。
「まぁ、今のオレは出来る事が少ないのだけれど…こんな事も出来るからね」
ボワンと煙を上げてもう一人のアオが現われる。
「分身っ!?アオ、あなたニンジャだとでも言うつもりっ!?」
「まさしく」
とコクリと頷くアオ。
「で、アンジュについて行ったのはこっち、本体はもう少し宮殿内を探索していた、と」
「まさかっ!私が脱走したときについてきたのこっちねっ!」
上体を起こすとバチンと平手打ち。すると分身のアオはボワンと消えた。
「正解」
「何が、正解、よっ!私は、本当に…ほんとうに…心配したんだから…」
バカッ!とアンジュはアオを責めた。
「でも、本当に良かった…生きていてくれて…」
怒った顔、泣いた顔、安堵した顔。アンジュが忘れかけていた表情が目白押しだ。
それがうれしくて、アオは少し心の中で笑ってしまった。
さて、いつまでもここに居られないとアンジュと連れ立って戻る。
「リィザ…あなた、ドラゴンだったのっ!?」
戻るとアンジュが飛び出した時よりも一人増えている。しかしその体が特徴的だ。ドラゴンの尻尾と羽を持っていたのだから。
あちこち鞭で打たれたような傷跡から見るに拷問にでもあっていた様だ。
「アンジュ…リーゼ…さま…」
「あー…、はいはい。大体分りました。サラ子達のスパイだったって訳ね…でも」
と釘を刺すように言う。
「私を売った事、忘れないから」
「申し訳…ありません…」
「謝罪はいいわ。その代わり…ちゃんとやるべき事をやりなさい…」
「はい、アンジュリーゼ…さま…」
「アオが助けてきたの?」
とアンジュ。
「潜入工作は得意だ。忍者だからね」
おどけてみせるアオ。
「ついでにちょっとまずい事も分った」
アオの工作により、エンブリヲが二つの地球をあわせ、その衝撃で双方の文明、人類を破壊しつくす計画であると言う事が伝えられる。
「そんな事、可能なの?」
「理論上は可能なのだろう。搾取される地球とこの地球と言う歪な共有関係にある二つの世界は他の世界よりも近い。ならば…アウラの持つ強大なドラグニウムを使えば…と、そんな事を知りたい訳じゃない、か」
「つまりは出来るって事ね…」
「そんな…」
と息を呑むのモモカ。
「あの世界侵食はこれの事前実験だった、と言う事だろう」
アンジュとサラでどうにかとめたあの災害はエンブリヲによる実験でまず間違いないだろう。
「どうする?」
「もちろん止めるわ。人間を滅ぼす?やってみなさいよっ!ただで殺されてなんかやらい。人間が生き汚いと言う事をエンブリヲに思い知らしてやる」
窮鼠猫を噛むと。
「そうと決まれば、まずサラ子の所に行くわ。何をするにも戦力不足だもの」
「でも、どうやって向こうの地球に行くのだにゃ?」
どうするの、とヴィヴィアン。
「それは…」
「シンギュラーの開放は暁ノ御柱が制御している。ここからでは…」
とリィザ。
「ヴィルキスなら何とかなるわ、そうでしょ?」
「その自信はどこから来るのか…まぁ、出来るが」
「おおっ!」
驚きの声を上げるヴィヴィアン。
「それじゃぁ、早速行きましょうっ!」
即決、速行動。時間は待ってくれない。
「え、ちょっと!?俺の事は?」
タスクが何か喚いていたが、さて?
ヴィルキスが桜龍號を掴んで空に上がるとヴィルキスが蒼く染まる。
「やっぱり、歌うの…?」
「その方が成功率が高い」
「うぅ…」
アンジュが諦めて歌い始めるとそれに共鳴するかのように出力が上がり…
「戻って来たのか…」
リィザの声。
周りは荒廃した都市群。それは虚ろなる地球には無い。月を見上げればリングが見えた。
地図データを照合し、サラ達の居る宮殿へ。
「よく、ご無事で…アオ様っ」
抱きっと熱い抱擁で出迎えるサラマンディーネ。
「サラ子、離れなさいっ!」
「ふふん、こう言うものはやったもの勝ちですから」
譲りませんよ、とサラ。
「これは私のものなの、勝手に触れてもらっては困るわ」
ウガーとまくり立てる。
「良いではありませんか。強い雄には複数の雌が群がるもの。これは自然の摂理、当然の事です」
「サーラー子ーっ!?一夫多妻反対っ、そんな事になったら…」
「なったら…」
「もぐ…」
ひぃ…とアオがひゃんとなる。
「あらあら、流石に種無しは困りますわね」
と言うとサラがアオから離れた。
「アンジュ、先日は申し訳ありませんでした。あなた達だけに敵を押し付けてしまって…」
「それは良いのよ。あの時、ああなったからこそ知りえた事実もあるから。まぁ、結果オーライと言う所ね」
「はぁ」
「積もる話があるわ。ここではちょっと…」
「はい、ではこちらへ」
とサラがアオ達を応接間へと案内する。
「リザーディアもご苦労様でした」
やはりサラの手下だったのかリィザの表情が崩れた。
「はい、サラマンディーネ様」
「どこから話せばいいのか…順序だてが難しいからあなたが判断してちょうだい」
と前置きをしてアンジュが現状を説明した。
「なるほど、世界融合による崩壊。それがなってしまえばあちらの地球も、こちらの地球の人々も全て死滅してしまう…」
「サラ子…」
「ノーマの人たちの作戦。受けることにしましょう」
「サラ子っ!?」
「確かに犠牲は多大に出るでしょう。しかし、誰かが陽動しなければ相手の懐に潜れません」
仕方の無い事なのです、とサラ。
「ただ問題は、そのエンブリヲを殺せるかと言う事」
「最悪、アウラを助け出せれば次元融合は出来ない…かも知れない」
「不確定、なのですね…」
アオの応えにサラが黙る。
「だったらやっぱりエンブリヲを倒すしか無い、と言う事ね」
とアンジュ。
「どうやって?」
「それは…どうにかして、よ」
サラの問いに具体的に答えることが出来ないアンジュ。
「仕方ない…そっちはオレがどうにかしよう」
「出来るの?」
「アオ様?」
「まぁ、何とか…」
ただ、その場合困った事になるが…しかたない、か。
「では、まず休息の後ノーマの人たちとコンタクトを取りましょう。シンギュラーは開けるのですか?」
今までサラの方の都合でシンギュラーを開く場合はリィザの手引きがあったからだ。
「ヴィルキスなら出来るわよ。ここまで飛んできたのだもの、ねぇ?」
「まぁ、ヴィルキスが最大出力を発揮すれば可能だろうね」
と言う事で休息の後、今度はサラが乗り込んだ焔龍號と側近のナーガとカナメが乗る二機を連れて再度向こうの地球へ。
「スキニル。あの船…今アウローラと呼ばれているあれがどこにいるか分る?」
『もちろんです。私の船ですから』
シグナル反応を検知するとアウローラを探しだす。
システムをスキニルが奪い取ると強制浮上。甲板を開くと格納庫へと着艦。
ノーマの人たちが囲むが、その手に武器を構える様子が無い。
「空気が変わったな」
脱出時と雰囲気が変わった事を感じアオがいぶかしむ。
「何があったの、ヒルダ。ジル指令は?」
出迎えた中で一番発言力が強そうなヒルダにアンジュが問いかけた。
「今はあたしがトップなんだけど」
「ほんと、何があったのよ?」
話を聞けばクーデターが有ったらしい。ジルの行き過ぎた行動をヒルダが暴露したようだ。
「で、そっちのドラゴン娘は?」
と肉食獣のような瞳で睨みを利かしサラを見るヒルダ。
「私はサラマンディーネと申します。本日はノーマの人たちと同盟を申し出たく参りました」
「へぇ、あたし達と組もうっての。それはそっちが犠牲を覚悟するって事かい?」
「ヒルダっ」
「ジルから聞いた。いろいろ。当然ドラゴンの犠牲を計画に入れた作戦も」
とヒルダが言う。そう言った疑念がジルを排除した理由なのだろう。
「はい、そう思ってもらって構いません」
「へぇ。アウラの奪還…それがあんたらには何よりも優先されるって訳か…自分達の命すら」
「はい。アウラ奪還は私達の悲願。アウラ奪還まで私達は止まりません。で、あるなら少しでも確立の高い方法を取りたい。それが私達に多大の犠牲がでようとも、です。ですが…」
「エウンブリヲの抹殺、ね。それもジルから聞いた。それなくして世界の解放は成りえないとね」
「いいよ。同盟、受けてやる」
「ヒルダ?」
とアンジュ。
「あたしらだけじゃ手詰まりだ。ドラ姫達とは目的が一致している。だったらこちらも協力して世界をぶっ壊す。それがあたしの…あたし達のリベリタスさ」
そうか。時代の転換期に向かっているのだろう。この流れは止められないほどに強力だ。
「そう言えば、エルシャ達は?」
撃墜した二機に乗っていたエルシャとクリスの所在をアンジュがヒルダに問いかけた。
「独房」
「裏切ったから懲罰房送りって訳ね」
「違うわ。あいつらとはもう会話にもならない」
「マインドコントロールか…」
そうアオが呟く。
心の支配は根深い。今は独房から出さないのが最善であろう。
「ラグナメイルは?」
「あいつらが乗っていた機体はあたしらが回収、修復して使えるようにしてある」
まぁ、パラメイルよりも強力なのだ。それを使うのは当たり前だろう。
「と言う事は、戦力は十分」
「では、後は成るのみですわね」
アオの言葉をサラが続けた。
こちらのラグナメイルは三機。あちらは四機だがこちらには龍神器もいる。パラメイルの戦力は互角。だが…相手は一国。どんな事になるかはやってみなければ分らない。
威力偵察もやりたいが、そんな時間は無いのだろう。世界融合がいつ始まるか分らないのだから。
ミスルギ洋上。
ヴィルキスが、アンジュの歌がシンギュラーを開くと大量のドラゴンがその門を潜って現われる。
アンジュに同行したのはナーガとカナメの二人とヴィヴィアン。
サラはアウローラで潜行して暁ノ御柱へと向かった。
しかしその襲撃を予想していたかのようにミスルギの戦艦が多数向かってきた。
「我は神聖ミスルギ皇帝、ジュリオ一世である。ノーマどもは異世界から異形の怪物共を使役し我らの領土を奪おうとしている。だが国民達よ、恐れる事はない。我ら神聖ミスルギ皇族の威厳を掛け、これを殲滅しよう」
どこからか放送が流れてきた。
「お兄様っ…」
アンジュの忌々しげな声が引き金になったのか、その戦艦から多数の円盤ノコギリのような兵器が斜射出されドラゴン達へ銃を乱射し、そのノコギリで切り刻み始める。
「アンジュっ」
「援護するっ…このままではっドラゴン達が全滅してしまうっ」
二発、三発とビームライフルで無人殺人兵器を撃ち落すが、その奥からビームライフルが飛んできた。
グンとスラスターを噴かすと回避。
現われたのはラグナメイルが三体。
「サリアっ…」
「アンジュっ!」
互いに忌々しそうな声を出す。
「ナーガ、カナメ、ヴィヴィアン。あのラグナメイルから抑える。でないとドラゴン達はやられるままだ」
「りょうかいなりー」
ヴィヴィアンがラグナメイル一機と交戦を開始。アンジュはサリアに掛かりっきりだ。
その間にもドラゴン達は殺され落とされて行く。
「スキニル、D×Dの発射許可は出しておく。アウローラ艦内の判断で撃てっ!」
『了解しました』
「おやおや、今お戻りかい?我が花嫁。アオよ」
ゾゾゾとおぞまいし声が聞こえるとヒステリカとエンブリヲが現われる。
「誰が花嫁だって?そんなヤツここには居ないね」
男の声で答えてやるアオ。
「なんだと…?だが、君は確かに…」
「アンジュっ!」
「あなた、しつこいのよっ!サリアっ」
「あのお方の元へは行かせないわっ」
アンジュはサリアに邪魔されている。
「歌え、アンジュっ!エンブリヲが出てきたと言う事は世界融合が始まっている可能性が高いっ!」
その時空気を震わす激震。
「やはり…アンジュッ!」
「わかった、行くわよ、ヴィルキスっ!」
♪~♪~
ヴィルキスが赤く染まるとその強度が増す。
「ははは、君達はやはり私を驚かせるっ」
エンブリヲが歓喜の声を上げながらライフルを撃つ。
「エンブリヲさまっ!」
サリアがエンブリヲを援護。
「くっ…」
周りの無尽兵器が邪魔でこちらの優位を保てない。
ドラグーンを切り離しまわりの兵器を駆逐するが次から次へと現われる兵器に殲滅速度が追いつかない。
「アンジュ、アオっ!」
ヴィヴィアンが敵のラグナメイルの攻撃を掻い潜り援護へとやってくる。
バシュッバシュッとビームがサリアへと迫り一瞬ヴィルキスと離れる。
「ヴィヴィアン、邪魔しないでっ!」
サリアが激昂。ビームを乱射。さらにヴィヴィアンの後ろから二機のラグナメイルが援護射撃。
「にょわわっ!」
しかしヴィヴィアンを皮切りにドラゴンが進行。ヴィルキスとヒステリカの間に割り入った。
「トカゲがちょろちょろと…」
忌々しそうに言うとエンブリヲが歌い始める。
ヒステリカの両肩が開き収束が始める。
「まずいっアオっ、こっちもっ!」
ヴィルキスの旋律が変わり世界を壊す旋律が流れる。
♪~♪~
ヴィルキス両肩が開きその装甲が金色に染まっていく。
♪~♪~
アオの歌にかぶさる歌声。
「アンジュっ!?」
紡ぐ旋律、その歌詞も確かにヴィルキスを通ってアンジュにもフィードバックされている。
「あなた一人にやらせはしないっ半分は私が受け持つわっ!」
「アンジュ…」
♪~♪~♪~
エンブリヲの歌とアンジュ、アオの歌が終わり互いのディスコード・フェイザーがぶつかり合うと対消滅するように相殺した。
「ほほう…だが、無駄な事」
続けざまに第二射。それも何とか相殺したが、呪いがアオの体を蝕む。
「か、かは…」
口からの吐血でコクピットが染まる。
「アオ、アオっ!?」
「その呪歌は強烈だろう?もう一発は撃てまい」
余裕そうなエンブリヲの背後、暁ノ御柱が巨大な砲撃で吹き飛ばされ、跡形も無い。
「ほう、…だが無駄な事。アウラの力はただの呼び水。もはや世界の融合は止まらない」
「なっ!?」
「くっ…」
これではアウラを助け出した所で滅びの結末は変わらない。
「限界、か…」
「諦めてしまうのっ!?イヤよ私は。私は何をしてもどんな事になっても生き延びてみせる。だから…」
一瞬アンジュの言葉が詰まる。
「生きるのを諦めないで…」
と言って一粒ハラリと涙が散った。
「っ……」
生きるのを諦めないその力強さがアオに響く。
「ああ。…ああ。…諦めない。そうだよね…でも…」
バシュっとコクピットのハッチが開く。
「アオ?…っ…」
振り返ったアンジュの唇を塞ぐ。
「お別れだ。アンジュ…ドラグーン使用分だけは置いていく」
「アオ、何を言って…」
「誰だ、お前は…」
エンブリヲは眉を潜めた。
「神殺し、その呼び水だ」
「はっ私を殺すか」
「オレには殺せない。だけど殺す、きっと殺す、必ず殺す。そう言うものを召喚んやる」
バッとアオがヴィルキスから飛び降りる。
「アオッ!?」
「さよなら、アンジュ」
呟くと、いつかアウラから返された光の球に呪力を注ぐ。
「まだ、まだだ…持てるすべてを注ぎ込む…」
光はアオを包み込み、なお輝く。
光は天に昇り、そこから分かれるように幾条もの光が降り注いだ。
「なんだ、この現象はっ!?」
戸惑いの声を上げるエンブリヲ。
「ああ、こんな事もあるんだな…」
光が収まると滞空する光の中から銀の鎧を身に纏い帯剣する少年が現われる。
「アオ…?」
アンジュの戸惑いの声。
「お前はいったい何ものだ…?」
とエンブリヲが言う。
「さて、ね。難しい質問だが…ここは…」
と一拍置く。
「カンピオーネ…かな」
「それは何だっ!」
「神を殺した神殺し。神を殺したものに送られる称号、かな」
アオが腰の刀に手を掛けると瞬間アオの体が消え去り、次の瞬間にはエンブリヲの後ろへと現われると、チンと刀を鞘に戻した。
「な…?」
そして次の瞬間、上下にずれるようにエンブリヲの体がヒステリカごと真っ二つに切り裂かれた。
「え?…なにが…」
アンジュの思考が追いついていない。その一瞬、無人機がアンジュを襲う。
バシュっと上空から光の筋が分割し、その一条がアンジュの目の前に降り注ぎ、そして誰かの声。
「あぶないっ!」
ズドドドドンと閃光と爆音を立てて無人機が爆散する。
「だ…れ…?」
アンジュの戸惑い。
現われたのは黄色いプロテクターに身を包み込んだ少女だ。
「あわわわわ、つい反射的にやっちゃったけど、良かったのかなっ!?アオさんっ!」
「問題ない。ついでに周りのノコギリもやっちゃって、響」
「わ、わかったっ!」
光る羽を灯らせて、既に限定解除されたシンフォギアに身を包み込んだ響はアオの言葉で攻撃を開始する。
「わ、わわわ…」
ヴィヴィアン、ナーガ、カナメがそれぞれ無人機に劣勢になったところに降り注ぐ光。
「な、なんぞっ?」
ヴィヴィアンも驚く。
そこには巨大な剣を振り下ろした誰か。
ナーガとカナメのところにはミサイルと鏡がそれぞれ無人機を殲滅していた。
「ふむ…これは」
「えっと…」
「ま、だいたいあいつの所為って言う事だけは分った」
やれやれと三人が現われて言った。
「翼、未来、クリス、悪いけど手伝って」
「しゃーねぇ、それが連れ合いってもんだ」
とクリスが両腕にバルカンを現して無数の無人機を落とす。
「ドラゴンは攻撃しちゃだめだから」
とアオ。
「ち、わぁったよ。出来るだけ頑張る」
「クリス、お前は…」
「まぁまぁ、翼さん」
「まぁいい。取り合えずこのノコギリを破壊すればいいと言う事なのだろう。いくか、未来」
「はい」
翼と未来も攻撃を開始する。
ドドドンドドドンと爆発音が響く。
さらに光条が降り注ぎ三人の人影だ現われた。
「わわ、何かもう戦闘が始まってるデスっ!?」
「きりちゃん、出遅れた」
「ほらほら、二人とも、出遅れた分、取り戻すわよ」
「うん」
「オーケーデス」
現われたのは切歌、調、マリアの三人。彼女達は手近なところから無人機を殲滅して行った。
「何…なんなの…」
「ばかなっ…シンフォギア装者だとぉっ!?」
再び現われたヒステリカとエンブリヲ。
「やはり死なない、か…不死を殺すのは苦手な分野だ」
ヒュン、ヒュンと不利を悟ったのかエンブリヲが世界の理を捻じ曲げ、不確定領域から複数のラグナメイルを複製して戦闘に加わらせた。
「やぁーーーーっ!」
響の気合の篭った右腕は軽々とラグナメイルを屠る。
「はっ!」
「ちょせいっ!」
翼、クリスも難なくラグナメイルを破壊していく。
「バカなバカなバカなっ…っ!」
次々に現われるラグナメイル。
「切り刻むデース」
「それに変形合体ロボはわたし達の専売特許」
切歌と調のギアが巨大化するといつかより洗練されたフォルムの巨大メカになりラグナメイルを切り刻む。
斬ッとヒステリカを切り捨てるアオ。しかしやはりどこかに再び現われる。
「アオ…なの…?」
ヴィルキスを操り傍に寄るアンジュ。
「久しぶり、になるのか、初めまして、になるのか…オレには分らない。いつかの場所、いつかの時代からやってきたオレにはね」
「アオ…?」
「いいや何でもない…アンジュ。決着をつけよう」
そう言うとアオはTSしつつ鎧を解除、そのまま薄くギアを纏うとヴィスキスの後部座席へと収まった。
「アオ、あの子達は…」
「彼女達は今の時代にはもう居ない。過去世界の亡霊。まぁわたしも含めて、だけど」
アオがヴィルキスの後部座席に座り繋がるとヴィルキスから自然と旋律が生まれる。
「今のわたしは全盛期、フルパフォーマンスの超本気モードだけれど、エンブリヲを倒す為にはちょっと無理をしなければならない。その間、わたしは無防備だから…アンジュにわたしの命、預けるよ」
旋律に乗せ歌を紡ぐ。
永遠を語る、風の歌を。
♪~♪~
そこに混じる響達の歌声。ハーモニーは高まりフォニックゲインは収斂されていく。
「アンジュっ?」
輪唱するようにアンジュが光の歌を口ずさむ。
「あなただけに頼りはしないっ、私もっ!」
「お前達はっ!かつて世界が壊れるまで傍観していたくせにッ!私の世界は否定するのかっ!」
エンブリヲが叫びながらディスコード・フェイザーを放つ。
高まったフォニックゲインを両肩に集め、撃ち放つと相殺どころか完全に押し返した。
「おのれっ!」
破壊され、分解されても不確定世界の自分と入れ替わり再び現われる不死のエンブリオはまさに絶対者であろう。
剣と剣をぶつけ合い、力の限りを尽くすヴィルキス。
「あたれーーーーっ!」
ヴィルキスの翼からドラグーンが放たれ、アンジュに操られたそれらは正確にヒステリカに当たり破壊する。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「無駄だよ。なぜ分らないない」
再び現われるヒステリカ。
「10回倒してダメなら11回。それでもダメなら永遠に、あなたが死ぬまで殺しつくしてあげるわっ」
「どうしてそこまで私を拒絶するんだい、アンジュ」
「はぁ?私の好きな人に粉をかける人間が好かれるとでも?ライバルは多いほうが燃えるけど、シェアしようだ何て思わないわ。そんなに私心広くないもの。そんな私からアオを奪おうとするあなたは殺しつくすべき害虫。大体、その頭何?キモイのよ。服のセンスも最悪で、声は聞くだけで虫唾が走る。そんな人間が私の物に手を出そう何て…百万年早いわっ!」
「いや、あのね…一応わたし、妻帯者…」
と言うアオの突っ込み。
「別れなさい、今すぐっ」
「ええっ!?」
「彼女達ねっ!あの光から現われたっ!なるほど、ライバルは多いわけだ。でも問題ないわね。一番になってしまえばいいのだもの。でも、それにはまずこの邪魔者をどうにかしないと…」
スウッと何か別方向の怒りに染まっていくアンジュ。
「世界が続かなければ戦う事もできないと言うのなら、まず世界を救う。あなたを奪うために世界を壊されるわけにはいかないっ!」
ヴォンとカメラアイが光ったかと思うとヴィルキスの出力が跳ね上がる。
「やるわよ、ヴィルキス。あのヘンタイを完全に、絶対に、殺して殺して殺しつくして、二度とこの世界に手を出させないように切り刻むっ!」
完全覚醒したヴィルキスは空間を捻じ曲げる程の出力で瞬間移動を繰り返しヒステリカを翻弄する。
あああ…理由はアレだけど、なぜかアンジュの心と歌、ヴィルキスの力、そしてわたしの力が完全に同調した…
「アンジュ、準備は出来た。力いっぱい切りきざめっ!」
「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!」
斬ッ!
ヴィルキスが振り下ろした剣はヒステリカを容易に切り刻み粉微塵に吹き飛ばした。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
気力を振り絞った一撃に、流石のアンジュも堪えている。
「無駄だと言う事がわからないのか。困った子達だ」
しかし、再び現われるヒステリカとエンブリヲ。
「くぅっ…」
「お仕置きだよ」
とビームライフルを構えて…
「なにぃ…バカなぁ…っ!?」
現われたエンブリオは再び切り裂かれ粉みじんになって果てた。
「何が…起きたの?」
とアンジュ。
「オレの権能で因果を操ったのさ」
いつの間にかアオは男に戻っていた。
「因果…?」
「幾らエンブリヲが不確定世界の自分と入れ替わろうとその全てに「殺された」と言う因果を発生させた。だからあいつはこの先発生するたびに死に続ける。それも入れ替わり続ける度に無限に、ね」
「死ぬ事も許されないの…?」
「それが不確定領域に生きるアイツの業…なのだろう。世界を破壊したやつには相応しい罰なのかもしれない」
エンブリヲから制御が離れた無人機はその機能をことごとく停止していった。
ドドドドドド
「な、なにっ!?」
スメラギの皇宮が音を立て崩れ始める。
「まぁお約束と言えばお約束だわな」
クリスの呆れ声。
「このパターンは飽き飽きなのデス」
切歌の言葉のその先には大きく巨大なヒステリカが宮殿を割り飛び出してきた。
いや、それは生えたと表現した方が良いだろうか。
ヒステリカの額のフィギュアが光ったかと思うと二条の光線が発射され、スメラギの市街地が縦横無尽に破壊されていく。
さらにその期待の体内から無数の無人兵器が射出され、やはり無差別に人々を襲い始めた。
「く、下郎が…」
翼は眉をヘの字に曲げると無人機めがけて掛けていく。
「つ、翼、まちなさいっ」
マリアが追い、二人で掃討し始めるが間に合わず。
「アオ、これは…」
「最初から用意してあった最終防衛なのだろう。だから本人自ら前線に来ても問題なかったんだ」
大量の無人機に奇襲を掛けたサラ達が苦戦する。
「サラ子を助けに行かないとっ!」
スラスターを噴かし戦場を一直線に割るとサラの隣へと駆けつけた。
「サラ子っ!」
「アンジュっ!このままではアウラの元にたどり着けませんっ」
殺到したドラゴン達は巨大なヒステリカのビーム砲を喰らい損耗率が70を超えている。
「はぁっ!」
斬っと振り下ろされた翼の巨剣はヒステリカの腕を切り落とした…だが…
「再生してるよぉっ!?」
と響が身近な無人兵器を殴り飛ばしながら言う。
「ちまちま攻撃していても無駄だ。一撃でその全てを破壊しなければっ」
「でもどうやってっ!?」
とアンジュ。
世界融合は刻一刻と侵食している。
「スキニル。リモートでD×Dを射出しろ」
『了解しました』
アウローラから一本のミサイルが空中へと発射される。
ミサイルは撃墜されるより速くヴィルキスにたどり着き、搭載されていたものを射出。
撃ちだされたのは二振りの剣。それは双方向に飛びヴィルキスと焔龍號の額に突き刺さるとそのエネルギーを機体と共鳴させていく。
「これは…」
「いったい…」
アンジュとサラが戸惑いの声を上げる。
「収斂時空砲とディスコード・フェイザーの対消滅であのデカブツを吹き飛ばすっ!」
「ええっ!?」
「ですが…威力不足では?」
「その為の完全聖遺物。その為のシンフォギアシステムだ」
ヴィルキスと焔龍號の機体から音が奏でられる。
「歌え、二人ともっ!」
アオの声に応えるようにアンジュとサラが輪唱する。
光と風の歌を。
それに呼応するようにヴィルキスと焔龍號は金と黒に輝いていく。
「わわわ、何かチャージしてるよぉ!?」
響の間抜けな声が戦場に木霊した。
見れば巨大なヒステリカの両肩が開きディスコード・フェイザーが放たれようとしている。
「みんな死にたくなかったら退きなさいっ!」
アンジュの怒声。それから…
「終わりにするわよ、サラ子」
「ええ。これが最後の決着です」
ヴィルキスと焔龍號の両肩から螺旋を描いた砲撃が放たれる。
巨大なヒステリカが撃ちはなったディスコード・フェイザーすらの見込み分解。その巨体を粉みじんに吹き飛ばした。
「これで終わりね…」
「ええ、後はアウラを助け出すだけっ」
サラはそのまま飛行形態になると暁ノ御柱へと突入。
そして…
キュアアアアアっ!
暁ノ御柱から巨大なドラゴンが新生の声を上げて飛び出した。
「やったのね、サラ子」
しかし次元融合は収まらない。
「アウラを助け出しても世界融合は停止したわけじゃない…と言う事か…」
ピッとコクピットハッチを開くとアオは再び飛び出した。
「アオ、ちょっとっ!?」
アオはアウラの元へと飛んでいく。
それを追随するように少女達が飛んでいった。
「アオ様…そのお姿は…」
「すこしアウラと話させてくれないか、サラ」
「あ、はい…どうぞ」
と道を開けるサラ。
「久しぶりだね、アウラ」
『あなたは…アオさま、でしたか』
「うわぁでっかいドラゴン」
「響…」
「響達はまだ君の事を知らないよ」
『なるほど、そう言う因果の帰結ですか』
「そう言うことらしいね」
「みんな、手伝ってくれないか。このままでは世界がヤバイ」
「しゃーねぇ、何が何だかわからねぇが付き合ってやるよ」
とクリス。
「アオさんの頼みですからね」
仕方ありませんと未来が言うと他の面々が頷いてアオを中心に円状に散らばる。
「Aeternus Naglfar tron」
バシュ、バシュッキュルルとギアがアオの体を包みこむ。
アオのギアから旋律を紡ぐ。
その旋律に少女達が声を合わせ、心を合わせると世界を隔てる歌を歌う。
「アオはいったいどうなってるの…彼女達は…」
『シンフォギアシステムの装者。かつての世界で最強を誇った少女達です』
とアウラが言う。
世界の融合は未だ始まったばかり、これ位なら相応のフォニックゲインがあればまだ分離できるだろう。
「きれい…」
その声は誰だっただろうか。ヴィヴィアンだったかもしれないし、アンジュだったかもしれない。またはサラだったのかもしれない。
彼女達の高まったフォニックゲインが光を伴い侵食を押さえ込み切り離していく。
局地的だからこそ可能な変革だった。
「あら…?」
響達の体が光を伴って薄れていく。
「たく、後で説明しろよな」
とクリスが悪態を付き光を伴って戻っていく。
「ではな、先に戻る」
「報酬は後でちゃんともらうのデス」
「頑張った」
「そうね、私もたまには甘えてみようかしら」
と翼、切歌、調、マリアと帰っていく。
「なんか、良く分からないのだけれど、これでよかったんだよね?」
「良かったんじゃないかな。倒したの無人兵器だけだったし」
と響と未来も消える。
そしてアオの体も徐々に薄れ始めた。
「アオっ!」
アンジュがヴィルキスを駆りアオを追う。
「さようなら、アンジュ」
「いや、いやだっ。何でそんな事を言うのっ」
「アオの存在は今の俺を呼ぶ為に使い切ってしまった」
「どう言うこと…?」
「今は触媒になった残滓で記憶が残っているけど、俺はオレだけどオレじゃない」
「だから…前も言ったけれど…意味が分らないわ」
と別れが避け得ないと理解してアンジュの頬から涙が流れる。
「アンジュ、君の魂は輪廻を巡りきっとまた会える。その時までしばしのお別れかな………ト」
その言葉を最後にアオも光と昇って行く。
「嫌…嫌…今の私は今しかないもの、輪廻の先の事なんて知らない。私には今あなたが…アオが必要なのっ!」
必死にヴィルキスの手を伸ばすアンジュ。
しかし昇る速度に追いつけない。
「ヴィルキスっ!頑張りなさいっ!アオが行ってしまう、そんなのダメ、ダメなんだからっ!!」
ヴィルキスの装甲が蒼く染まり加速速度が限界突破。空間と距離を縮めアオを追いひっしにその両腕を伸ばす。掴むぬ物を掴む、その為に。
「アオ、アオ…絶対に逃がさないっ、私の初めてを奪った責任、絶対に取って貰うんだからっ!」
「まて、オレはキスまでしかしてないだろうっ!恐らく、多分…メイビー…」
アオが反射的に反論。なぜか光の速度が弱まった気がした。
「おい…つい…たっ!」
アンジュの気迫がヴルキスに乗り移ったように輝き、ついにヴィルキスの手がアオの体を捉えた。
「いいっ!?引っ張られるっ!?そうか、アンジュの中に置いて来た分が共鳴しているのか…だが…」
召還の術式は発動してしまっている。
「絶対に離さないっ!」
「まて…裂ける…くっ…」
パリンと何かが割れる音と共にヴィルキスのスラスターが煙を上げ落下し始めた。
アオはそのまま光と昇り元の世界へと帰った。
落下していくヴィルキスの中でアンジュが泣いている。
「アオ…アオ…ぐす…」
「泣くな、バカ」
「アオっ!?」
「ぐあっ…痛い痛いっ!」
ギュっとヴィルキスの手が握り締められるとアオの体がヤバイ事になりそう。
「アオっ!」
そんなのお構いなしとアンジュはコクピットを出るとヴィルキスの手のひらへとジャンプ。アオに抱きついた。
落下するヴィルキスは何も言わずにスキニルがコントロール。ゆっくりと地表へと降りて行く。
「アオっ…アオっ…」
「まったく…アンジュは欲張りだ。帰る瞬間に横入れを入れられたから、記憶の一部が受肉して残っちゃったじゃないか」
どうしてくれるんだ、とアオ。だがその皮肉もそれほど悪意が篭っているものではなく仕方の無い子だと言う風。
「ごめんなさい…でも…どうしてもアオを離したくなかったの…んっ…」
アオの存在を確かめるようにその唇を塞ぐ。
「私は、あなたと生きたいのっ。来世ではなく、この現世で」
「まったく、わがままだな、アンジュは」
「知らなかったのかしら?」
「いや、知ってた」
アオが堪えるとヴィヴィアンとサラが飛んでくる。
「アンジュ、無事?」
「ご無事ですか、アオさま。…ついでにアンジュ」
「サラ子…あんたは…」
アウラの周りを多数のドラゴンが舞う。
『世界融合による崩壊は収まりました。ですが、反動で世界同士は離れて行っているようです。このままでは…』
暁ノ御柱は破壊されシンギュラーは開けない。
その状況でシンギュラーを開けるのはヴィルキスのみ。
「そ、それじゃサラ子達を送って行かないとね」
♪~♪~
アンジュの歌でヴィルキスが蒼く染まりシンギュラーを開いていく。
それを潜りドラゴン達は自分の世界へと帰る。
「これからどうする?」
アウラが居なくなれば世界からマナが失われ人々はマナの光を奪われる。それは混迷の時代。時代を模索する黎明期の訪れ。
マナが使えないのならノーマがそこに混ざるのは容易だ。
「私、シンギュラーをくぐってあちらの世界に行くわ」
「それは何故?」
こちらの世界を破壊しノーマが受け入れられる世界を作る、それが彼女の目的だったはずだ。
「あっちの世界があなたが居た世界なのでしょう?あなたが命を掛けたその世界がどう言うものか興味が尽きないわ」
「こっちの世界にこそ君のような存在が必要だと思うけれど?」
「昔の私なら確かに残って民の為にと先導に立ったのでしょうね」
皇国の皇女と育てられたままのアンジュリーゼであればと。
「でも私はアンジュ。ただ一人のアンジュなの。私の人生は私の物、他人を気遣う人生はもう終わり。これからは好きなことを好きなだけやり通すわ」
「まったく…」
やれやれとアオは肩をすくめた。
「私はあなたとならどこまでも飛んでいける。絶対に」
シンギュラーの向こう側、そのどこまでも透き通った蒼穹の彼方をどこまでも。
どこかの隠された孤島、アルゼナル。
そこでまさに世紀の大実験が行われようとしていた。
四方に何やら照射装置のようなものに囲まれた中に一機の飛行機が待機している。
今まさに飛行機を模した有人探査機に人が乗り込もうとしているところだ。
パイロットが乗り込み後は起動スイッチを押すだけ、となった所に響く爆音。
「何が起こったっ!?」
四方の機材が一瞬で爆発したのだ。
「次元干渉は国連加盟の30ケ国以上の承認がなければなりません。非認可での干渉は国際法違反とります。よってあなたを拘束させていただきます。エンブリヲ博士」
鈴の音を転がしたような声でどこからか現われた少女が言う。
「バカなっ!そんな話、聞いた事ないぞっ」
と男…エンブリヲが怒声を上げる。
「できない事になっている次元干渉を縛る法律が表側にある訳ないでしょう?」
「そんなバカなっ!これは人類の躍進になるはずの実験なんだっ!」
だだをこねてもすでに実験機材の全ては破壊されている。もうどうしようもない。
「ええ、しかしそれは同時に神を誕生させてしまう契機になりえるのです。わたしはどうしてもあなたの実験を止めねばなりませんでした」
ただ、見つけ出すのに時間がかかりました、と少女は言う。
「君は何を言っているっ」
少女の連れた黒服に連行されながらもまだ吼えるエンブリヲ。
「可能性の未来にあなたはこれを契機に神になる。もし、あなたが神の視点で人類を管理できる立場になったらどうしますか?」
「それは、より良い方向に導く為に努力するに決まっているっ!」
「そうでしょうね…だからわたしは、あなたを排除したいのです」
「まて、なぜだっ!人類の皆が幸福で有って欲しいと願っているだけではないかっ」
連れて行かれるエンブリヲが何かを喚いているが少女の耳にはもう何も入ってこない。
「未来は不確定だ。これでこの世界の未来はあの世界にはならない。けれど…」
人類の繁栄の先の滅亡はある種の約束されている黙示録である。
「それはその時の人間の選択であるべきか。ただ一人の神様の箱庭にするには世界は大きすぎる」
そう言って少女は踵を返して歩き出したのだった。
こうして世界はまた新しい流れへと収束する。
後書き
ロボットものって難しいですね…と言うか殆どロボットっぽい戦闘が書けていないような…
急に歌うよっ!系でドラゴンに変身とシナジー性が高かったから書きやすくはあったのですが、やはり難しいですね。
エロ要素は極力省きつつ…すみません、タスクさんに出番は無かったんです。
今年は結構更新したような…と振り返ってみればそうでもなかったです…
でも去年よりは多かったのでご勘弁を。
それでは皆様よいお年を。
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