エターナルトラベラー
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外伝 クロスアンジュ編
前書き
年内最後の更新です。初めてのロボットもので拙いですが、楽しんでもらえれば幸いです。
そこは照明が少ないのか暗く周りを十分に照らしてはいないが、コンソールからの照り返しを光源に含めるともう少し明るい。
色々な機械が立ち並ぶその中心に一人の女性がコンソールを操作していた。
「完成、ね」
無心針に緑色の液体を入れ軽く揺するとチャプリと音を立てる。
注射器のトリガーに指を掛けると首筋に押し当てる。金属の冷たい感触に肌が少し震えた。
いや、それは本当に肌の振るえだっただろうか。
引き金を引こうとした瞬間、彼女の後ろから声が掛けられる。
「それをどうするつもり?」
この場所には似つかないような少女の声だった。
「あなた様は…」
女性にはその彼女の存在が何であるか分ったらしい。
「そんなもの(LiNKER)を投与したらどうなるか、分らない君じゃないでしょう?」
「ええ。だからこそ、よ。今の地上は人間が生きるには過酷過ぎる。だったら遺伝子の方を改造するしかないじゃない」
「まあね。でももうちょっと待って」
「あなたは人類に全滅しろって言うのっ!?」
その言葉に少女はふるふると首をふった。
「さっき皆で話し合ってね。わたし達でどうにかしてみようって事になったよ」
「え?」
「アウラ。君には特等席を用意してあげる。わたし達の最後のライヴ、特等席で見て行って」
少女は強引に女性の手を取り研究室から連れ出した。
一瞬の内に彼女の視界が切り替わる。いつの間にかどこか通路のような所に彼女は立っていた。
暗く狭い通路を抜けると甲板に出る。どうやらここは艦上のようで周りに漣が聞こえている。
「ああ、月が綺麗だ」
少女が呟く。
「おそーい」
「まったくだ」
「あなたはいつもそう」
甲板の上には数人の少女が待っていたらしい。
「ゴメンゴメン。でも歌は誰かに聞いてもらうもの。わたし達の最後の歌だもの、一人くら観客が居てもいいじゃない」
「まぁ…」
「そうだな」
アウラを案内してきた少女の声に他の少女は一様に頷いた。
アウラは驚いていた。今の地上は人間の生きていける世界ではない。それなのに今自分は見えない何かに守られて地上に出ていた。
先ほどの少女の声を思い出しアウラは空を見上げる。
そこには月が燦々と輝いていた。
久しぶりに見る月。
月を回るリングが美しく輝いていた。
大昔は月にリングは無かったらしい。資料映像にしか残らない、はるか昔だ。
なんでも落下する月の破片を砕いて今の形に押し留めたらしいと言う事しか資料にはない。だが、それを成しえたのが誰か、アウラは知っている。
アウラの目の前の少女達は輝く装甲を身にまとい、背中には光る翼を現していた。
「それよりほら、早くやるデスよ」
「歌が世界を滅ぼした、なんて…わたし達が許せるはずが無い」
そう、かつて世界を救ったのが歌だったのなら…世界を滅ぼしたのもまた歌だった。
アウラは振り返ると彼女を連れてきた少女もまた、いつの間にかプロテクターに身を包んでいた。
「いろんな事が有ったけど…」
「お前といられた時間はとてもあったかくて」
「とても愛おしくて」
「例えこんな終わりだとしても」
「それはキラキラと輝いて」
「でも、だからこそ」
「この星にいる人たちにも」
「等しく明日が来るように」
末期の言葉はあまり多くなく。彼女達はすでに受け入れていた。
彼女達の纏うプロテクターから旋律が紡がれ始める。
「こ、これはっ!?どうしてっ!!」
アウラにしてみれば驚愕に値する、嫌悪する旋律。
それはこの星を破壊しつくしたものだったからだ。
しかし少女達はアウラのその驚愕に止まる事無く彼女達は歌う。
それは彼女達の持てる全てを燃やす…
絶唱
「これは…違う…?」
彼女達の歌う唄。それは優しさに包まれ、星に満ち、風を通り世界をかける。
命を燃やすその歌は汚染を浄化こそ出来なかったが、新たなサイクルを生み出した。汚染は世界のサイクルに組み込まれる。だが、そこまでだった。
「ここまで…かぁ…」
「まぁ、あたしらって壊す方が得意だからな」
「世界丸ごとの再生はいくら権能込みのシンフォギアでも難しい、か…」
「出来れば来世もあたなと一緒に居たいけれど…」
「あら、いいわね。どこかの誰かさんの作った後宮でバッタリ、とか?」
「もうちょっとドラマティックな再会がいいです」
「それに次が有るなら、会ったった事のないライバル(あいつの嫁)に会えるって事だろ?今回は不戦勝だったが…」
「いつかの時代、いつかの場所で、会えたら素敵だね」
「それじゃあ」
「それを楽しみにして」
「私達は消えるデスよ」
「またね……ぉさん…ぃちゃん」
少女達は一人、また一人と光と消えて…そして、最後の一人がすまなそうに顔をゆがめた。
「ごめんね。わたし達の命を使ってもこれが精一杯みたい。後はやっぱり、君に任せるしかないみたいだ」
「そんな、…あなたが謝る事はありません。後は私達が何とかします。ですので、良い旅を」
アウラは自然と流れてきた涙でクシャクシャになりながら言葉を返した。
「でも、心配だから…そうだな…これを」
少女は光り輝くなにかをアウラに渡した。
「これは?」
「それを使えば、いつかの時代、いつかの場所から、わたしがきっと現われる。それはわたしかもしれないし、私かもしれない。世界に混沌をもたらす災厄になるかも分らない。だから、どうにもならなくなった時まで使わないで。でも、それがきっと人間をやめてしまう君に送るわたしからの餞別」
「わかり…ました…ありがとうございます…」
「うん…それじゃあ…いつかの時代、いつかの場所で…運命の交差路で、また」
「はい…いつか」
そう言って少女は光と共に消え、世界には一匹の巨竜が生まれた。
…
……
………
意識が覚醒する。
まぶたを二、三まばたかせ、上体を起こす。
体が思うように付いてこない。
ゆっくりと何とか上体を上げると床を弾く足音が聞こえ、数人が自分を囲むように駆けつけたらしい。
「目が覚めたか?」
視線を向ければ何やら軍服を着た女性と高級なスーツを着た女性が見えた。
「ここ、は…」
「アルゼナルの医療病棟だ。お前はドラゴンに撃墜されて意識不明のまま一月も眠っていた」
と軍服の女性。後にジルと言う名前を知った女性が言った。
「ねむって?」
と呟く少女。
「あなたの現状認識を答えなさい」
もう一人の女性、これも後でエマ監察官であると知った彼女が問いかけた。
少女は問われるままに答える。
「目を開けたらあなたたちが居ました」
ジルの視線が吊り上げられる。
「おまえ、ここがどこで、自分が何ものなのか分っているか?」
と言う質問。しかし少女は答えることが出来ない。
「記憶喪失か」
「そんなっ」
ジルの言葉にエマが驚きの声を上げた。
「ちっ、誰かコイツに現状を教えてやれ。身の振り方はその後だ」
ジルは舌打ちし、エマをつれて病室を出て行った。
変わりに入ってきた女性、この病棟の主治医でマギーと名乗った彼女からこの場所での常識を教え込まれた。
ここは兵器工廠と言い、「Dimensional Rift Attuned Gargantuan Organic Neototypes」通称ドラゴンと呼ばれるどこから現われるかも分らない化け物を倒す為の前線基地であり、ノーマ達の隔離施設であるらしい。
ノーマとはマナと呼ばれる人種から一定確立で生まれる突然変異種らしく、女性しか生まれないらしい。
マナとは高度に情報化されたシステムにマナを通して繋がり魔法のようなものを使える人間達の事であり、このアルゼナルに送られてくる人間は逆にマナは一切使えずに逆にそのマナを壊してしまう存在で、大多数のマナと呼ばれる人間からは脅威として認識され隔離されるらしい。
ノーマはこのアルゼナルに送られ、ドラゴンを倒す兵器としてのみその存在価値を認められる消耗品。
大雑把に言えば魔法が使える大多数の人間がマナ、魔法が使えない人間がノーマと言う事だろう。
ノーマはパラメイルと呼ばれる兵器を用いドラゴンを狩る。それがここでの常識で、この世界での当たり前であった。
記憶を取り戻す前のアオはそのドラゴンを狩る兵器、パラメイルの操縦士、メイルライダーと呼ばれる職種についていたらしい。とは言え、初陣前の訓練で不幸にもドラゴンに襲われて撃墜してしまったらしいが。
ノーマである自分はこの世界での居場所はこのアルゼナルだけみたいだし…どうするか…
幼年期を過ぎた自分には兵役が課せられ、アルゼナル独自ではあるが貨幣システムの中で生きていかなくてはならない。
しかし、覚醒したばかりのアオには全く見に覚えの無い事だが、撃墜した機体の損害賠償金や入院費などで莫大な借金を抱えていた。
一億キャッシュって…どうやって稼げばいいのだろうか…
はぁとため息が漏れる。
一番稼げる仕事はドラゴンを狩る事。もちろん死ぬ危険性がある分報酬も高い。
それはもう桁がおかしく感じるほどに稼げる。…自分のパラメイルが有れば。
…アオの全く覚えていない所で支給されたパラメイルは大破してしまったらしい。
二三日、アオは常識なんかを教えられたが、生活常識を失っていなかったと言う事で後は司令官の判断を待っている状態だが、その司令官にしてみてもアオをどう扱えばいいのか捉えられずに居るのだろう。特に命令が無いままに時間ばかりが過ぎていく。
やる事が無いのでアオは格納庫に足を向けていた。
この基地にはそこまでの機密性は無いらしく、割とどこでも足を運べる。情報を得たとしてもこの島を出ることが出来ないのなら隠す必要も無いと言うことなのだろう。
格納庫にはパラメイルが何機か止まっていた。それは戦闘機のようでもあり、しかし変形すると人型になるらしい。
「これって…」
それは記憶に新しい苦い記憶。
「ラグナメイル…」
世界を壊した災厄がそこにあった。
「でも…これは劣化コピーか…」
そこにあったのはガワだけ一緒の模造品。本来の威力を発揮しえないデッドコピー。
♪~♪~♪~
歌が聞こえる。
どこか物悲しい歌声。
しかしそれはかつて世界を破壊した歌。
だがアオはその歌声に込められた歌い手からの感情をもろに受けてしまう。
歌い手は一人パラメイルの操縦席に背を預けていた。
アオの居る場所からはチラリチラリと短い金の髪が揺れるのだけが見える。
日本語で歌われる歌についアオも返してしまった。
♪~♪~♪~
驚きに見開いて左右を見渡しデッキ下を歩くアオをようやく見つめたのだろう。アオは遮蔽物があって彼女の顔を確認できなかったが歌は続いた。
輪唱するように歌を紡ぐが終わりはすぐにやってくる。
そう長い歌ではないのだ。
歌い終わるとヒュッと風きり音だけを響かせて金髪の女性がコクピットから降ってくる。
アオはその姿を見て戸惑った。
「フェ、フェイト?」
少女は無言でアオに駆け寄るとアオの腕を取り固めるとそのままデッキに転ばし、自分は体重をかけてアオの上に乗っかった。
「なぜあなたがミスルギ皇家に伝わる永遠語りを知っているのっ!?」
「ちょ、いきなり何てことをするんだよ。フェイト」
「あなた、何を言っているの?」
「痛い…んだけどっ!」
アオは無理やり膝を曲げ甲板を蹴ると二人分の体を跳ね上げ、甲板を転がり二人で主導権を握りながら互いを拘束する。
どうにかマウントを取ったアオはその少女の両手を取り押さえ込んだ。
「フェイト、では無いの?」
「はぁ?人違いよ」
少女は呆れた顔をした後に険しい顔を作ると全力で否定した。
「私は…」
そこで何かを思いつめたような、それでいて悟ったような顔になって続ける。
「私はアンジュよ、…ただのアンジュ。あなたは?」
「アオ、だよ。一応ね」
「アオ、ね」
グググと力を強めて拘束を抜けようとするアンジュ。
しかし念で強化しているアオを力で抜くことは出来ない。
「それより質問に答えて、なんであなたが永遠語りを知っているのっ!」
「とわがたり…か…そんな名前が付いたんだ、この…世界を滅ぼした歌に…」
「え…?」
「なんでもない」
そう言ってアオはふるふると首を振る。
「君は…うん…やっぱり彼女に似ているよ」
アオはそう言うとアンジュの上からどいて立ち上がった。
「質問に答えてっ」
「知っているから、としか答えられないよ。わたしもまだ混乱しているからね」
一応記憶喪失であると言う診断結果もある。
「そう言えば、第一中隊にもう一人居るって言ってた、あなたが…?」
「らしいよ。絶賛記憶喪失中だけど」
「なによ、それ…?」
バカな物言いにアンジュの険も取れかかる。
「まあいいわ。何か思い出したら教えなさい」
「…くっ」
かなり高圧的な言葉にアオは思わず笑ってしまう。
「な、何がおかしいのよっ!」
「いや、ゴメン何も。あまりに…そう、あまりに似合っていて、似合わないから笑ってしまった」
ゴメンと謝るアオ。
「はぁ?意味が分らないわ」
それはそうだ。
似合っていて、似合わない。どっちなんだと言う話だろう。
「あはは、そうだね。でも、そう感じたんだ。…なんでだろうね?」
「し、知らないわよ、バカっ!」
何かに感じ入る事があったのか、アンジュの頬に少し朱が射していた。
「それと、私にあまり喋りかけないで。あなたも隊の中で浮きたくはないでしょう?」
急に真剣な表情で言う。
「ふむ…どうしようね?」
「あなたっ!」
「こう言う時、記憶喪失って便利だよ。自分の交友関係が全てリセットされている。だからわたしが誰と話そうと、誰と仲良くなろうと自由だろう。スタートラインは皆一緒なんだから」
「それでも私はやめなさい。もし、万が一記憶が戻った時にひどい目にあうのはあなたよ」
「そうだね。でも残念ながら今回は前回とは違うさ」
「はぁ?だから、意味が分らないわ」
心底訳が分らないと言うアンジュ。
「とにかく話しかけないでっ、良いわね」
言い捨ててデッキを出て行くアンジュ。
「やれやれ、どうしようね…」
アオは困り顔で見送った。
「に、しても…」
振り返ったアオの表情は険しい。
「ラグナメイル…」
見上げた先にあったものはアンジュのパラメイル。『ヴィルキス』だ。
「と、言う事はここはあの世界なのか…?」
スゥとひんやりとした船体に触れると一瞬ヴィルキスが輝いた気がした。
さて、アオの現状の確認をしよう。
念能力は確かに使える。しかし権能を感じない。
体の内側に眼を向ければ聖遺物のエネルギーも感じず、一番肝心のソルがいない。
どんな召喚術式を使っても現われず。
他の技能も有ったり無かったりとつぎはぎだらけのハンカチのよう。いや穴だらけ、と言った方が適切かもしれない。
「と、言う事は…まいったね…」
アオは現状を確認するとそう一言呟いた。
「まぁしょうがないか。そう言うことも有るってことだろう。まったく迷惑なヤツだ」
アオはデッキを抜けると廃棄物施設へと足を向ける。
そこには幾つもの使えなくなった兵器がまとめて置いてある。原形をとどめているものは少なく、直すよりも新しく作った方が早いレベルに破損しているものばかりだった。
「そこで何してるの?」
と声を掛けてきたのは髪を左右で短く纏めている少し小柄な少女だ。
「ここにわたしが落っことした機体があるって聞いたんだけど」
「ああ、そういや確かに有ったね。えっと」
そう言って案内された所に有ったのはパラメイルの操縦席だけだ。
「パーツは全部他の機体にまわしちまった。当座必要なかった為に余ったのはシートだけだな」
「おおう…」
何気にひどい扱いである。まぁ撃墜されてほぼ植物。意識が戻ったのが奇跡と言う状況では命があっただけでもうけ物位に思っておかなければいけないのだろう。
「ここにあるのは好きに使っていいの?」
「あぁ?ここのガラクタをか?別に構わないけど…まさか、作るのか?パラメイルをっ」
「借金のある身は辛い…あのノーマ飯を食えと言われれば誰でもお金を稼ごうと思うようになるさ」
ノーマ飯とはここの食堂で配給される生きる為に必要な栄養が取れる完全栄養食で、見た目、匂い、食感全てにおいておおよそ食欲をそそられる要素を感じない。
「…まぁ、好きにするがいいさ。でも、わたしは無駄だと思うけどね」
そう言い置くと少女は歩き去って行く。
「さて、やりますか。誰かの手ほどきでパッチワークは得意だ」
小さかった誰かの顔を思い浮かべた後アオは作業に取り掛かった。
パーツを集め、やはり金髪の誰かから教わった錬金術を使い足りない所を埋めていく。
「と言うか、壊れているけれどわたしにしてみれば宝の倉庫か…魔法世界とかファンタジーまみれなはずなのに何でかこっち系の技術は割りと多いんだよねぇ…インフィニットストラトスの延長でどうにかなりそうだし」
そうとは分っていないが、やはり機体の運営の基本は脳波コントロールだ。アクセルやスラスター操作位しかコックピットで出来る事はない。
実際パイロットスーツから伸びるプラグをコックピットに指すことにより擬似的に同期させている。
ゴミをあさると色々と見つかった。
「と言うか、明らかに設計ミスな部品が多々あるのはどう言うこと?」
可変型のスラスターかと思えば取り外し可能なビーム兵器なのだが、これ、どうやって操るつもりだったのだろうか。と言うか普通は浮かないし、この程度の推進力じゃ浮き続けられないだろう。
ああ、いや、マナは魔法を操るのだったか。ならば浮かせることくらい出来るのだろう。しかし、ノーマには不可能だ。
「脳波コントロール兵器…えっと…」
そう言ってアオは古い記憶を思い出す。
「ファンネル…いや、ドラグーンかな。このままじゃ使えないけれど…小型のPICと組み合わせれば…パラメイルの動力自体はドラグニウム反応炉に近いから…」
ドラグニウム反応炉。
それは旧文明を破壊したエネルギー融合炉。それ自体は無限にエネルギーを放出する。しかし、意図的に推進剤には廻されていない。これはアルゼナルからの逃亡を阻止する為で、推進剤だけは別のエネルギーで動かし、出撃には往復分の燃料しか積まないらしい。
けれど、中を見ればそれはドラグニウム融合炉ではなく…
「結晶、か」
そこには小さな結晶が埋まっていて、それが巨大なマナを溜め込んでいた。
そう、溜め込んでいただけだ。実は推進剤以外も消耗品だったらしい。
「融合炉は後回しかな…まずは形くらいそれらしくしないとね…」
ドラグニウムと言っているが、アオに言わせれば魔力融合路。クリーンエネルギーのはずだった。
事故さえなければ…
数日、そんな感じでアオはパラメイル作りに精をだす。
そんな時、ふと思い出したようなタイミングでジル指令から呼び出しがかかり司令室へと招かれた。
「失礼します」
「ふむ、来たか」
アオが訪れたブリッジ。来訪者は珍しい事ではないのだろう。ブリッジクルーは特にこちらに気を向けることなく仕事を続けていた。
「体調の経過はどうだ?」
「問題ありません」
ジル指令の健康面への問いかけに大丈夫だと返す。
実際落ちていた筋力も一般人程度には戻っている。
「そうか。なら、お前に指令を与える。本日現時刻をもってお前にはアンジュとペアを組んでもらう」
「はあ?」
…
……
………
そう言えば第一中隊の人達とはまだ会っていなかった。
アオの記憶喪失を加味して隊長であるサリアから隊員の紹介をされる。
まずは隊長であるサリア。
紫の髪をツインテールに纏めている。勝気の目が印象的だ。
少し若いヴィヴィアンと呼ばれた小柄な少女、保母さんのような雰囲気を纏うエルシャ、内に闘志を秘めたようなヒルダとその取り巻きのようなロザリーとクリス。そして…
ムスッと言う表情を崩さない金髪の少女。
「なに?」
「いや、べつに…」
取り付く島も無い対応はアンジュだ。
「本日付でアオには第一中隊に復隊、アンジュとペアを組んでもらう事になったわ」
「はぁ?何よそれ、必要ないわっ!」
「ジル指令の命令よ。聞き分けなさい。不服だったらジル指令に直接言って。多分無駄だと思うけど」
「ぐぅ」
ジル指令の高圧的な態度に覚えがあるのか、流石のアンジュも押し黙った。
「でも、ペアってどう言うこと?こいつとペアでフォーメーションを組めとでも?」
虫でも見る眼でアンジュが睨む。
「そうじゃないわ。だいたい、アオにはまだパラメイルが無いもの。あなたはこいつとタンデムを組んでもらう」
「タンデム?」
格納庫に走るアンジュを追いかけて到着する。
すると、その目の前でアンジュの機体であるヴィルキス、そのシートが改造されていた。
コックピットの後方にバイクで言うタンデムシートが付けられてあり、左右にレーダーなどの計器コンソールが付け加えられている。
「ちょ、ちょっとっ!今すぐ改造を止めなさいっ!」
アンジュが整備兵にとっかかる。
「と、言われてもね。これは指令からの命令。逆らうわけにはいかないんだなぁ」
と、以前にアオも会った事のあるあの髪を両サイドでアップに纏めた小柄の少女、メイが部下でアンジュを取り押さえ、その間も作業を止めない。
「それに、もう殆ど終わってる」
「くっ…」
悔しそうに顔をゆがめるアンジュ。
結果は変えられないと分ったアンジュはアオを振り返りキツい表情を作り吼えた。
「いい、私の邪魔だけはしないで。出撃するなら遅れてきなさい、いいわね」
「ああ、置いていくのね…」
それだけ言い置くとアンジュはツカツカと格納庫を出て行った。
「ああ、丁度いいわ。タンデムコンソールの使い方を教えるからこっちに来て」
「あ、うん」
メイの言葉に従ってヴィルキスの元にやってくるとタンデムシートに跨る。
「これがレーダー、それからこっちが…」
「ああ、いやだいたい分る」
ピッピッとコンソールを叩くと自分の手の届く位置にパネルが伸びてくる。
「へぇ、おどろいた。記憶喪失だって言ってたけれど、そう言うことは覚えているんだ」
「あ、うん…そうみたい…」
アオは笑って誤魔化した。
午後ははじめてのパラメイルシミュレーター訓練。
シミュレーター室で簡単にパラメイルの操縦を教えられると取り合えずやってみろとの事。
バイクのような操縦席に跨りアクセルに手を掛ける。足元のギアペダルはスラスターの制御のようだ。
「わぁ…」
シミュレーターとは言え、加速と共にGが係り、風が流れる。四方のスクリーンには3Dマッピングされた空が広がり、まるで空を飛んでいる様。
そこに騎乗Aのスキルが遺憾なく発揮された。
スラスターを吹かし機体を操ると高度を上げる為に上昇、更にそこから下降。地面すれすれで機首を持ち上げ旋回。
エルロン・ロール、インメルマン・ターンと目まぐるしく回る高難度技を遊び半分に決めるといい汗をかいたとシミュレーターを出る。
バシュっとシミュレーターのハッチを開き、外に出るとあっけに取られた顔をしている第一中隊の面々。
「…どうか、した?」
アオが見渡すと、皆視線を外して曖昧な答えを返す。
「いや…なぁ?」
「うん…」
「おいおい、どうなってやがんだ?」
とはヒルダ、クリス、ロザリー。
「あらあら」
「すっげー、アオってすごいんだね」
とはエルシャとヴィヴィアン。
「…まぁ、初シミュレートでこの成果なら問題ないわ」
と冷たいような合理的な答えはサリアだった。
「…コックピットで漏らされるよりはいいわね」
「漏らしたんだ?」
「……っ!!ふん」
アンジュは顔を真っ赤にして怒った風に出て行ってしまった。
「おいおい、そいつはひどいな。大抵の新兵は吐いたり失禁したりするものだ。…てぇ…なんであたしがイタ姫さまの肩をもってんだよっ」
言葉にして、なぜか最後に怒り出したヒルダ。
「イタ姫って?」
「アルゼナルに連れてこられても自分が高貴で崇拝されるべき人間だと思っていた勘違い女にはぴったりのあだ名だろう?」
ヒルダはいやらしく口角を上げるとニヤつきながら答えた。
「しかし、あんたもついてないな」
「何が?」
ヒルダの言葉に問い返す。
「あんた、死ぬよ」
「おい、まてよヒルダ」
「…まって」
ヒルダはそれだけを言い置くとロザリーとクリスを連れてシミュレーション室を出て行った。
ヒルダやロザリー、クリスはどうやらアンジュに何か腹にイチモツ抱えているようだ。
「何かあったの?」
アオのその問いかけに困った顔で答えたのはエルシャだ。
「アンジュちゃんが入ってきたばかりの時にね、アンジュちゃんだけのせいとは言えないのだけど、新兵二人とその当時の隊長が亡くなってるの」
それから少しの会話でようやく現状を認識した。
ああ、なるほど。つまりアンジュのせいで殺された人間がいるのに仲良くなんか出来るか、と言う事か。
しかし、このアルゼナルと言う場所での認識では、墓石を買い弔った彼女の贖罪は済んでいると認識されるらしい。
とはいえ、彼女達も心のある人間だ。難しいのだろう。
いろいろとすれ違ったままドラゴンが現われる前兆であるシンギュラーが観測され、第一中隊に出撃命令がくだる。
ヴィルキスのタンデムシートに跨ると遅れてアンジュが飛び乗った。
「なんで来たの?」
「仕事だから、かな」
「…ちっ」
あ、コイツ舌打ちしやがった。
「アンジュ機、出ます」
スラスターが噴かされると滑走路をすべり空中へ。
風を切る感覚が気持ちいい。
「お前も災難だよなぁ。イタ姫さまとタンデムなんて。せいぜい死なないように気をつけな」
と隣を飛んでいるヒルダの言葉。
「…ちっ、羽虫が」
うわぁ、アンジュ口悪い…
「大丈夫。そう簡単には死なないよ」
「あんた…」
アンジュが呆れたようにボヤいた。
こんなに死が身近にあり、ノーマなんて消耗品だとでも言うように次々に死んでいく。そんな日常の中に『死なない』なんて言葉ほど信用できないものは無いのだろう。
目の前にはシンギュラー…門のようなゲートから大量のドラゴンが出てきて襲いかかってくる。
サリア隊は散開して各個撃破となったのだが…
ボフンッ
「なっ」
「おや?」
煙を噴いて落下していくヴィルキス。
「くそっ」
途中で戦闘機形態から人型形態へと変形し、襲い掛かってくる小型のドラゴンを相手取るが、あっけなく落水。幸い、下は海だった事とスラスターによる落下速度の減衰で墜落死は免れたが…目の前には絡みつくドラゴン。
「こ、このっ!」
アンジュは必死にペダルを踏み、操作グリップを引き絞るがなれぬ海面にどうする事もできず…さらにはコックピットに浸水してくる始末。この決戦兵器、密閉性は無いらしい。
「あー、これはダメかも…」
「何諦めてるのよっ!私は、こんな所で死にたくなんて無いっ!何をしても、どんな事をしても生きるっ!」
アンジュのその力強い言葉にアオは眼を見開くとニヤリと笑った。
「強いね、アンジュは」
「クソっ!このままではっ…」
しかし無情にも海水はコックピットを埋め尽くして…
「じゃぁ、生き残る為に頑張ろうか」
アオはタンデムシートから身を乗り出すと、気を失いかけているアンジュの上からグリップを握る。
そのままスラスターを逆噴射させると海中へとまとわり付くドラゴン諸共に沈みこむ。
「な…何を…か、かはっ…」
と言う言葉を最後にアンジュは海水を呑み込み意識を失った。
アオは海中で呼吸ができなくなる事を恐れたドラゴンが引き離されるのを待ってスラスターを噴射。一気に海中へと出るとコックピットのハッチを開き、排水。
ヴィルキスは仰向けに海面を浮いていた。
金属の様に見えるパラメイルだが、浮力を得る構造になっているのかスラスターを弱噴射させるだけで沈みきる事はなかったのだが、いつまでももつものでもない。
トンと一撃背中からアンジュの肺に刺激を与えると勢いよく海水を吐き出した。
「はっか…はぁっ…」
アンジュは一度大きく深呼吸した後再び気絶した。
「さて、どこか陸地はっと…」
アオは目視で四方を見渡し何とか陸地を見つけるとスラスターを噴かし陸地を目指す。
どうにか陸地に流れ着くとアンジュを抱え起こし浸水するヴィルキスから飛び降りる。
「目立った外傷は無いし呼吸も安定してる。命に別状は無いけど、体が冷えたな」
幸い、浜辺からすぐに森がある。生木は燃え難いが、何とか火床は確保出来るだろう。
問題は…
「そこでこっちを覗いているやつ、出て来い」
アオは森の茂みに声を飛ばした。
「出てこない、か?」
ガサッ
草木が擦れる音。だがそれはアオが視線を向けた方とは逆から聞こえた。
「ガァアアアアアッ!」
現われたのは一番小さなタイプのドラゴン。
「あぶないっ!」
と声を出したのはアオが視線を向けていた茂みから現われた男だった。
「グルルルっ!グラァっ!」
「う、うわーーーーっ!?」
ドラゴンが尻尾を一振り。しなった鞭の様に振るわれた一撃で男はあえなく撃沈。気を失った。
「まてっ!」
「グラッ」
男を食い殺そうと飛び掛るドラゴンに向かって大声で威嚇。アオの威圧を込めた言葉にドラゴンは静止し、こちらを向いた。
「誰がこの場で一番強いか、分るよね?」
「…グ、グルゥ」
「おすわりっ!」
「グッ、グル…」
ちょこんと砂浜に座ったドラゴン。少しシュールだ。
ペタペタとドラゴンを触ると、トカゲのような変温動物ではなく、きちんと体温が通い、ほんのりと暖かい。
「ふむふむ…」
それを確認するとアオはアンジュの濡れたパイロットスーツをひん剥くとドラゴンに寄り添わせた。
「グ、グルゥ?」
「このままじゃ風邪を引きそうだ。あっためてやって。食い殺したりしたら…分るね?」
コクコクとドラゴンが頷いた。どうやらこちらの言葉は分かるらしい。
「まいったな…意思の疎通が取れそうな生命体だとは…戦い難い。まぁ、命令されれば殺さないとだけれど。今は特に戦闘中でもないしね。それと…わたしはドラゴンは嫌いじゃない」
アオのその言葉をドラゴンは不思議そうに聞いていた。
薪を拾ってくるとアオは炉を作り誰も見ていない事をいい事に(ドラゴンは見ていたが)口元に指を持っていくと息を飛ばすように火の粉を飛ばして着火。それを囲むように暖をとる。
パチパチと燃える薪の音だけがその場に響く。
ドラゴンはアンジュを抱えたまま寝転がると腕を開きアオを誘った。
どうやらアオも暖めてくれるようだ。
「それでは、お言葉に甘えて」
アオは濡れたパイロットスーツを焚き火の近くに吊るすとネコの様に丸まるドラゴンに身を預け、震えるアンジュを暖めるように抱いた。
ほんのり暖かいドラゴンの熱が眠気を誘い、少しの時間で眠りに付いたのだった。
一夜明けて、一番最初に気がついたのは意識を失うのが一番早かったアンジュである。
「ここ…は…」
暖かい何かに包まれているのは分るが、前後の記憶が繋がらない。
たしか自分はドラゴンとの戦闘で海に落下して、そして…
眼を開くと一番最初に目の前にはアオの顔。
「っ…」
彼女を包むものが何も無い事を確認して、視線を落とすと平坦な胸。女性よりも筋力のありそうな二の腕、そして…
「きゃああああああああっ!?」
アンジュの絶叫にアオも飛び起きる。
「な、何事っ!?」
そして、アンジュの視線を追って自分の状況を知る。
「おおっ!」
「グラァっ!?」
「きゃああああああああっ!?」
アンジュ二回目の絶叫。それは当然だ。何故なら今自分はドラゴンにくるまれていたのだから。
「な、何、何事っ!?」
砂浜の端で誰かが飛び起きる。
昨日ドラゴンに伸された少年だった。
「いったい何がどうなってるのっ!?」
盛大なパニック。その隙を突いてアオは元に戻る。
「おちついて、アンジュ」
「これが落ち着けるわけ無いわ、アオは男だし、ドラゴンに捕まっているし、おまけにあの男はだれっ!」
「と、取り合えず、最初のはアンジュの見間違いじゃないかな?幾らわたしが男言葉だからと言って男かと言われれば…」
そう言って胸を持ち上げるように隠すアオ。
「あ、あれ…?」
「次にこのドラゴンはわたしが屈服させたから、こっちを襲う事はないよ」
「ど、どうやって…?」
「ひみつ」
唇にそっと指を押し当てて答える。
「じゃ、じゃああの男は何っ」
「それはわたしも知らない」
三対の視線が男を射抜く。
「お、俺はタスク。この島に住んでいるんだ」
聞けばタスクと名乗ったこの男は本当にこの辺りに一人で住んでいるらしい。
洞穴をくり貫き竪穴式の住居を作っていた。
この男、どう言う訳かパラメイルの修理が出来ると言う事なので、難破したヴィルキスを修理してもらう事に。
「あれ、こんな所に何かが挟まって…」
突っ込んだ手が引き抜いたものは大量の女性用の下着。
「こ…これって…」
「そんなに挙動不審になるなんて、このヘンタイ性欲の権化っ!近寄らないでっ」
「ご、誤解だっ」
アンジュが真っ赤になって叫ぶが、…若い男なのだ、仕方が無いのではなかろうか。
でも原因は排気口内に異物が詰まった事によるオーバーヒート。
「でも通信機くらいは直せそう、かな」
とはタスクの言。
アオはドラゴンに跨り空を飛んでいた。
「周りにはなーんにもない。まさしく孤島だね」
数日、奇妙な共同生活は続き、ある日の夜。
アンジュは岩陰で歌を歌っていた。
いつかヴィルキスのコックピットで歌っていた『永遠語り』を。
「盗み聞きとは趣味が悪いわね」
「盗み聞きとは失礼な。堂々と聞いていたよ。なぁ」
くるりとドラゴンを振り返る。
「グルァ」
同意とばかりにドラゴンが鳴いた。
「歌には力がある。特にこの世界ではね」
「何それ、意味が分らないわ」
「アンジュの歌は好きだって事さ」
「好き…っ」
赤面してうつむく。どうやらこう言う方向は弱いらしい。
「たまには、わたしも歌おうか…わたしの歌はちょっと力が強すぎるからあんまり歌わないけど、今夜は歌いたい気分だ」
「グラァ、グラ」
「何?」
ドラゴンがアオを小突き、何かを訴えようとした。
しかし、その時風きり音が空から聞こえる。
ライトが四方を照らし警戒しながら複数機で大きな何かを吊って運んでいた。
「あれは…」
「ドラゴン!?」
運んでいたのはパラメイルの凍結バレットで氷付けにされた大型のドラゴン。
「どこかに運んでいる?」
「でも、どこにっ!?」
そんな事をアオに聞かれても分るはずがない。
それを見たのはアオとアンジュだけではなく…
「グラァァァァァアアアアアアア」
ドラゴンが唸り声を上げたかと思うと空中へと駆け上がって行く。
ドラゴンは輸送機の攻撃を受けながらもその全てを撃墜。巨大な氷付けされたドラゴンは地面に落ち、粉塵をあげた。
「グラララァァァアアアアアアアッ」
「あ、ちょっとっ!アオっ!?」
アンジュの静止も聞かずにアオは森の中を駆け、巨大ドラゴンの元へ駆けつけた。
「キュァアアアアアア」
氷付けのドラゴンの前で小型のドラゴン一生懸命氷を溶かそうとしている。
「…残念だけど、死んでるよ」
「キュアア…」
アオの言葉を理解したのかドラゴンは悲しそうに鳴く。
「たぶん、わたし達はこれからも君達ドラゴンを殺していくよ。…でも」
アオは息を吸い込むと歌を紡ぐ。
それはかつて星を救おうと命を掛けた歌。
アオの足元に巨大な魔法陣が浮かぶとドラゴンを包み込む。
氷付けのドラゴンが光に包まれたかと思うと分解され空へと昇る。その先にシンギュラーが開き吸い込まれていった。
「ほら、君も帰りな。次は殺さなければならないかもしれないから、お互い出会わない事を祈ろう」
「キュ、キュア…」
「ほら、閉じきる前に」
「キュー」
ドラゴンは悲しそうに鳴くとシンギュラーの向こう側へと消えていった。
「アオ、何がっ!」
「ううん、何も。帰ろうか」
「でもっ…さっき歌声が…」
「今は、何も聞かないで欲しいな」
「アオ…」
シンギュラー反応が確認されればここにアルゼナルの偵察部隊が来るだろう。
程なくしてアオ達は発見されアルゼナルへの岐路に着いた。
撃墜されてからアンジュは少し丸くなったようで、ヴィヴィアン達を名前で呼ぶようになったが、ヒルダ達の嫌がらせが終わるわけではなく…
そんな中で更に問題を複雑にする事件が起こる。
「アンジュリーゼ様、どちらにおいでなのですか、アンジュリーゼ様っ」
メイド服に身を包んだ少女。
それはアンジュのかつての侍女であるらしい。アンジュの本名はアンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギと言い、その身分は皇女であったようだ。
「いいから、私に構わないでっ!」
アンジュはそのメイド…モモカ・荻野目をうっとうしそうに払っている。
アンジュはモモカから逃げ、たまたまアオの近くにやってきた。
「そう邪険にするものじゃないよ。特に自分を慕ってくる人間を、ね」
「慕ってる?ノーマである私を?」
とアンジュ。
「好き、と言う感情には種類こそ有れ、否定されるものではないよ」
「だからってどうすれば良いのよっ!」
「受け入れれば良いじゃないか。彼女の好きと言う気持ちを」
「そんな事…出来る訳…無い…」
「なんで?」
「彼女はマナで、私がノーマだからよっ!」
「で?」
「ノーマは人間ではないの。人間では、無いのよ…」
ノーマは人間ではない。それは外の世界では常識で、そこで生きていたアンジュには一番理解するもの。
「そう言うアンジュが一番ノーマを否定しながら、受け入れているのかもね」
「そんな事無いっ!」
「相手に感情があり、言葉を交わし、理解しあえる存在であるのなら。人間かそうでないか、何て些細な問題じゃないかな?」
「そんな事…無い…」
アンジュの葛藤。信じたい、でも信じられない。それが一度大きなものを失ったアンジュの心。
「ああ、そう言えば」
とアオはもったいぶって言葉を続ける。
「このアルゼナルがドラゴンを狩っているって外の世界の人は知っているの?」
「それ…は」
十六年間外で生きてきたアンジュリーナ。しかしその答えは知らなかったと言うもの。
「と、いう事は。彼女、ここを出て行ったらどうなるか、アンジュなら分るんじゃない?」
「…まさかっ!?」
最初から覚悟をしてきた人間ならいい。しかし彼女はそうではない。
秘密の漏洩を考えればその口を塞ぐ事に何が一番有効か。
「死ぬ…モモカが…?」
アンジュが去ってからしばらくすると警報が鳴った。
ビーッビーッ
スクランブルの警報だ。
ヴィルキスに乗り込むと遅れてやってきたアンジュは表情が硬い。しかし、何かを決意した表情だ。
「今日の私はちょっと荒っぽいわよっ、ちゃんと付いてきなさい」
「はいはい」
「今日のドラゴンは全て私が…私達が狩るわよっ!」
大中小、もろもろのドラゴンをヴィルキスの銃で、剣で撃ち滅ぼしていく。
「ほら、次は十時の方向。それで最後だ」
「ふっ」
グンとアクセルグリップを握ると旋回。最後のドラゴンも駆逐する。
基地に帰島するとアンジュはヴィルキスを駆け降りて駆けて行った。
「やれやれ」
受付で大金を下ろすと紙袋に詰め込み、そのお金でモモカを買い上げたらしい。
ここがお金さえ払えば何でもかえるアルゼナルだから出来る暴挙ではあったが、結果モモカはこの島から出れなくなった代わりに死なずに済んだのも確かな事実。
まぁ、そのためにまたアンジュと周りが不仲になるのだが…
ドラゴンを狩り、大金を稼ぐとジャスミンモールで食材を買い、モモカが調理しアンジュが食していた。
「またあいつ一人だけ特別扱いかい?」
とヒルダ。
「美味そうなもの食いやがってっ」
ロザリーが握りこぶしを握りこんで唸る。
「でも、自分で稼いだお金をどう使おうとアンジュちゃんの自由だし…」
とエルシャ。
「でも、本当においしそうだにゃぁ。一口くれないかな」
とはヴィヴィアン。
「頼んでくれば良いんじゃない?」
アオはそう答えるとヴィヴィアンはなるほどと頷いた。
「おお、ナイスアイディアっ!アーンジュ」
素直が一番と言う事なのだろう。アンジュはぶっちょうツラではあるがヴィヴィアンが奪うがままにさせている。
「うまうま」
「くっ…ヴィヴィアンめ…」
ロザリーが再度うらやましそうに唸る。
「でも、本当にあの料理には興味あるわね。食べてみたいわ」
「エルシャ…」
「お金があれば素材は手に入るんだけら自分で作れば良いんじゃない?」
と言うアオの言葉に周りの皆が難しい顔をする。
「…?」
分らんという顔をすると答えがあった。
「料理のレシピなんて、このアルゼナルには無いもの」
サリアが答えた。
その言葉に皆黙り込む。
「あらら…ごめん…」
さらには多くを望まないように、不必要なものはお金が掛かり、またその情報そのものは規制されてしまっていた。
「……仕方ない」
アオは呟くとジャスミンモールへと赴く。
アオの取り分は撃墜賞金の10分の1。しかしアンジュの稼ぎが多い為にそれなりだ。まぁ借金で消えて行くのだが、それでも手元にいくらか残っている。
材料自体は高額だが、牛乳、小麦粉、塩やバター卵など、難なくそろえられた。
厨房をお金を払って貸してもらうと手早く調理を開始する。
「くんくん、何作ってるの?」
一番最初にやってきたのは鼻の利くヴィヴィアンだ。
「さて、それは出来てからのお楽しみ…ああ、そうだ。第一中隊の面々を呼んできておいて。わたしから日ごろの感謝って事で差し入れだって」
「あいあいさー」
作るのは手順さえ守れば難しい事のないシュークリームだ。
シューが焼きあがるとカスタードクリームを挟んで完成。
「みんな呼んできた」
とヴィヴィアンが厨房に頭を突っ込んで呼びかけた。
「丁度完成したところ」
シュークリームを盛り付けるとみんなが集まるテーブルへ。
「ちょっとヴィヴィアン、なんで私まで?」
「アンジュリーゼ様、見てください。シュークリームですよ」
「そんなものがアルゼナルに有る訳…て、確かにシュークリームね。これアオが?」
アンジュとモモカがやってきて問いかけた。
「作った。まぁちょっとでも仲良くなれれば、とね」
「よく作れたわね」
「こう言うのは得意なんだよねぇ」
とアンジュの言葉にアオは答える。
「ま、皆で食べよう。別にアンジュと仲良くしろって言ってるわけじゃない。ただ…まぁ美味しいものでも食べればみんなのイライラも少しはおさまるかと、ね」
「そ、それなら…」
「いい、のか?」
「う、うん…」
ヒルダ、ロザリー、クリスが消極的に賛成してした。
「それじゃあせっかくのアオの好意だし、皆でいただきましょうか」
サリアが空気を呼んだ、と言うよりも自分も食べたいようで、先を急がせる。
「いっただきまーす」
「いただきます」
「うま、何これっ!」
「シュークリームよ、ヴィヴィアン」
アンジュがヴィヴィアンに答える。
「あ、これ美味しいです、アンジュリーゼ様っ」
モモカが驚いたように口を開いた。
「あ、本当。これほどのもの、宮殿でも食べた事が無いわ」
と満足そうに口を開いた。
「ヒルダ?」
「う…おいしい…」
「ま、当然かな」
「その勝ち誇った顔が憎らしい…」
美味しいからそれ以上言えないのだろう。
「ち、行くぞ。ロザリー、クリス」
「ちょ、ちょっとヒルダ」
「まって」
慌ててヒルダをロザリーとクリスが追いかけた。
「でもまぁ…このシュークリーム分だけ手加減してやる…」
「あらあら、素直じゃないわね」
「うるせっエルシャ」
捨て台詞をエルシャに突っ込まれてばつが悪く去っていった。
「あの、アオちゃん、これをもう少し作ってくれないかしら」
とエルシャ。
「どうして?」
「初等部の子達にも食べさせてあげたいのよ。お金は払うから、ね、お願い」
「まぁ、良いけど…」
その隣からバっと札束が突きつけられた。アンジュだ。
「アンジュ?」
「もう少し、食べたい…余ったらその…幼年部の子達の食材に当ててもいい」
「あ、そう…」
もう少し素直になっても良いともう。ほんの少し、子供達にも分けてあげたいと思ったのではないだろうか。
新種のドラゴンの討伐に風を引いてフラフラになったままに駆けつけたアンジュの行動に隊の雰囲気は変わりつつあった。
そして今日はフェスタと呼ばれるアルゼナル唯一の休日であり祭日。お祭りの日。
ノーマがマナに休む事を許された日だ。
この日はマナが色々な催しをノーマの為に施してくれるらしい。
「要するに奴隷のガス抜きね」
とはアンジュの言だ。
とは言え、借金でお金の無いアオとしてはフェスタと言えどやる事はない。
借金王とヒルダ達に笑われたが、返す言葉もありません。
やる事も無いのでアルゼナルをフラフラ。
「アンジュ?」
カートに武器弾薬を詰め、なぜかその上に手足を縛られた少女を乗せて爆走していく。
その先は今朝方到着した慰問団の乗ってきた輸送機が止まっている。
「何してるの?」
「くっ!」
アンジュはその手に銃を握り、セーフティを外すとアオに向けてぶっ放した。
「あぶなっ!」
「ちょっと、ちょこまかと動かないでっ」
「当たっちゃうでしょっ!」
「当ててんのよっ!手元が狂っちゃうじゃないのっ…ていうか、本当になんで当たらないのっ!?」
右に左に、銃よりも速く避けていくアオに驚愕の声を上げるアンジュ。
「ああああ、もうっ!あなたも来なさいっ」
「え、え?」
最後はかんしゃくを起こすとアンジュはアオの手を取って輸送機に飛び乗った。
「モモカ?」
「アオさま?どうして?」
コクピットに押し込められるとその先にはモモカ。ついでに縛られている少女。名前はミスティ・ローゼンブルムと言うらしい。
ローゼンブルム王国の王女らしい。
しばらくして輸送機が離陸。遅れてアンジュと、なぜかヒルダが現われる。
ここまで来たら流石に理解する。
「脱獄とはね」
「止める?」
「今更だね」
そうアンジュの言葉に返す。
すでに同乗しているのだ。脱獄の結果は変わらない。
フェスタと言う一年で一番警備の薄い日を狙い、都合よくマナが使える人間が居た事が幸いしマナでしか動かない輸送機で脱出と言う事になった。偶然に偶然が重なった千載一遇のチャンスだったのだ。
しばらく飛ぶと陸地へとたどり着く。どうやら無事に到達できたらしい。
「それじゃ、あんた達とはここまでね」
とヒルダとは別行動。
「お互い、無事に目的を果たせると良いわね」
「ああ」
分かれ道で二手に分かれるアンジュとヒルダ。
「で、あんたはどうすんのさ」
とヒルダがアオに問いかける。
「どっちについて行こうね?」
ミスティはすでに置いて来た。輸送機が見つかればすぐに保護されるだろう。
「あんたはイタ姫様についていったやんな。それがコンビってもんだ」
それだけを言うとヒルダは奪ったバイクで走り去っていた。
アンジュ達は故郷である旧ミスルギ皇国へと侵入。彼女達の目的はアンジュの妹、シルヴィアの救出らしい。
なんでもモモカに救援の通信が入ったそうで、どうやら危機的な状況らしい。
それを救い出すために脱走した、と。
「ええ、と…どうやって助けるつもり?何も持たない君が」
「その為の武器と弾薬よ」
「それで?」
「後は助けてから考えるわ」
うーわー…
「あなたとは此処までね。上手く逃げなさい」
早くもコンビ解散宣言。
まぁ確かにアオにはアンジュについて行く意義はないし、助けるプランを聞けば自分は付いていけない。
日が沈むと同時にアンジュとモモカは消えていた。
「行ったか」
日が明けるとアンジュの処刑というニュースが街に響き渡った。
「捕まってるし…」
はぁ…とため息をつく。
広場にて始まるアンジュリーゼの処刑。
彼女はボロを纏い、妹であるシルヴィアに鞭で打たれていた。
そして始まる処刑コール。
囚人を吊るせと連呼する民衆。
アオは気配を消すと囚人に紛れながら移動していった。
処刑台を見上げれば彼女は歌っていた。
彼女がいつも歌っていた、『永遠語り』を。
その顔は絶望に染まらずに強い意志が感じられ、彼女のその魂の強さに心が奪われそうになった。
「今にも死にそうだというのに、諦めない。アンジュはすごいね」
「あなたっ…アオっ!?」
「あなた、どうやってっ!?」
「普通に歩いてきたけど?」
「貴様、どこからっ!」
衛兵がアオに銃を突きつけた。
「いつの時代も人間は変わらない…」
吊るせコールは終わらない。
「これがノーマを見下すマナなんだって。なんて…」
「汚い。…家畜以下のゴミ虫ども。こいつらの為に死ぬ命は私にはないわっ!」
「じゃあどうしようか」
「もちろん、帰るのよっ!私の有るべき場所にっ!」
「殺せっ!」
一際通る声で号令がかかると絞首台の床が抜ける。
体重が首に巻かれた縄に掛かりアンジュの首を絞め…つけなかった。
寸での所でアオが縄を断ち切ったのだ。
バサリとマントを掛けると二人の姿が一瞬で消える。
「な、アンジュリーゼはどこにっ!?」
壇上から忌々しい声。アンジュの兄、ジュリオの物だ。
アオは地面を蹴ると壇上に駆け上がり捕まっていたモモカを浚い更に跳躍。
「モモカっ」
「アンジュリーゼ様っ」
ハタと抱き合う二人。
周りが騒然となり消えたアンジュとモモカを探していた。
「早く逃げないと、見つかってしまうわ」
「でも、どうやって…」
とアンジュとモモカ。
アオは近くの物陰にうつると、バサリとかぶせてあった布を剥ぎ取る。
「これは…」
「エアリアのエアバイク…」
「これを使って逃げる。合流ポイントは此処」
とアオは広げた地図を指差した。
「このエアバイクは二人乗りで、マナが扱えるモモカしか動かせないから私かあなた、どちらかしか乗れないわよ」
「だから、二人で行くんだ」
「ちょっとまって。アオはどうするのよ」
「わたしは大丈夫。合流ポイントで、また」
それだけ言うとアオはすぐさま駆け出して姿を消した。
「ちょ、ちょっとっ!?」
後にはアンジュとモモカだけが残され、仕方が無いと二人はエアバイクに跨り空を駆けた。
アオに言われた合流ポイントに付くとそこに待っていたのはサリアだ。
「あ、アンジュ?」
「サリア?何で此処に?」
「それはこっちのセリフだわ。でも手間が省けたのは事実ね」
サリアはアンジュとモモカを隠していたパラメイルに積み込むとすぐさま飛び立った。
増曹処理をしてどうにかアルゼナルから飛んできたが、往復分でギリギリなのだ。後は追ってが追いつかないスピードでアルゼナルまで帰還すればいい。
「ま、待って。まだアオがっ」
「はぁ?アオはアルゼナルに居るわよ。脱獄した誰かさんとは違ってね」
「え?」
「帰還するわ」
「ちょっと、まって…アオーーーーッ」
…
……
………
アルゼナル帰還と同時に牢屋に放り込まれたアンジュ。モモカはマナである為に扱いが微妙だ。
見て見ぬ振りと言うやつなのだろう。
コツコツと硬い廊下を歩きアオは独房へと向かう。
鉄格子の前に立つと中を覗く。
「アオ、あなたっ!」
中から鉄格子に手を掛けて対面したのはアンジュだ。
「な?だから言っただろ。アオは脱獄すらしていないって。訳わかんねーけど、そう言う事なのさ。あたしらはキツネか何かに騙されたんだよ」
と、やはり連れ戻されていたヒルダが言った。
「久しぶり、アンジュ」
「あなたどうやって戻ったのよ」
「さて。わたしは最初からアルゼナルを出てないからねぇ」
「な?」
アンジュの問いかけに元から出ていないと答えると、そうだろう?とヒルダが言う。
「何しに来たの?」
「差し入れ」
衛兵にそれ相応のお金を積めばわりと簡単に通してくれた。
「栄養が付きそうな物を持ってきた」
と鉄格子に通る大きさのお弁当箱を二つ手渡した。
「わたしのお手製、味は保証する」
「そんな事より…」
くー
可愛い音が響いた。
「わりぃ、あたしだ」
たははと笑うヒルダ。
「食べましょうか…」
流石にお弁当のかぐわしい匂いにアンジュも逆らえないようだった。
おなかを満たすと自然と会話が始まる。
「それで、二人とも脱獄してどうだった?」
「どうって…最低だったわ…裏切られて、罵られて、最後は吊るされた」
「あたしも…うん、変わらない。裏切られて、通報されて、捕まった」
アンジュとヒルダがそれぞれ答えた。
「だから決めたわ。この世界をぶっ壊す。ノーマを虐げるだけのこの世界…このムカツク世界を」
「おおう…なかなか壮大な夢だね」
でも…
「中々いい夢だ。叶えられるといいね」
「アオ?」
「応援してあげるよ」
牢屋を後にすると久しぶりにアオは廃棄場へと足を運ぶと作りかけのパラメイルを再び弄り始める。
私財の没収でヴィルキスは取り上げられている。アンジュ達は無一文で投獄されているのだ。
「世界を変える力、か…」
ビーッビーッ
スクランブルの警報が鳴る。
しかし、アンジュが投獄されている今、乗る機体も無い自分はやる事が無い。…と思っていたのだが、どうやら今回シンギュラーが開いたのはこのアルゼナル上空らしい。
門から大量のドラゴンが這い出てきてアルゼナルを襲う。
「歌?」
門の先から現われた三機のパラメイル。
その一機から歌声が響いてくる。
「この歌はっ!?それに、ディスコード・フェイザーだとっ!?」
赤いパラメイルが金色に染まると両肩が開き閃光が収束する。
「ってぇ!?こっちに撃つっ!?直撃コースだって、やばいってっ!」
アオは急いで作りかけのパラメイルに乗り込むとスロットを全開に噴かしその直撃を回避したが、その攻撃はアルゼナルの半分を吹き飛ばす威力でもってその場を戦慄させた。
「あっぶな…」
何とか空に上がったアオは旋回しながら周りを見渡す。
新たに現われた三機の敵パラメイルに応戦するも性能差でアルゼナルは劣勢。
「ヴィルキス?アンジュ…じゃない」
よく見れば乗っているのはサリアだ。
アンジュの牢屋は先ほどの攻撃の範囲外。生きてはいるはずだが…
サリアではヴィルキスの性能を引き出せないのか、相手の攻撃で機体を損傷させていく。
撃ち落される、と言う所でヒルダのパラメイルが隣接、同乗していたアンジュが飛び移りギリギリで機首を持ち上げ海面への激突を防ぐ。
「危ない事をする…」
その後アンジュはサリアを落とすとヒルダに拾わせ自分は赤いパラメイルと戦闘を開始。接戦を繰り返すと赤いパラメイルから再び歌声が聞こえ金色に光りだす。
その旋律に何かを感じ取ったのか、アンジュも永遠語りを歌うとヴィルキスまでもが金色に染まっていく。
ディスコード・フェイザー。
両機の両肩から竜巻のような破壊の渦が射出されると打ち消しあい、相殺するように収縮した。
その後、アンジュはその赤い機体と二三言葉を交わした後赤いパラメイルはシンギュラーの門へと後退していった。
だが、アオは後退するドラゴンの最後尾に突撃する。
「アオ?」
抜いたアンジュが何かをいった気がするが今は門に入る事を優先する。なぜ、あの赤い機体はあの歌を歌ったのか。アオにとってそれはアンジュの永遠語りよりもよほど重要で確かめなければならない事なのだった。
シンギュラーの門が閉じきる寸前何とか滑り込めるタイミング。
しかし後方からアンジュの声が聞こえる。
「アオーーーーーっ!」
「バカ、戻れっ!」
「あなたはっ!?」
「オレはあっちに用があるっ!くそっ!」
追いかけてきたアンジュは既にシンギュラーの門の内側。そして門は閉じかけていた。
「え、きゃあっ!?」
空間が閉じかけ、その歪に飲まれかかるヴィルキス。
アオは制動を一瞬かけると機体をヴィルキスの後方に密着させると叫ぶ。
「スラスター出力を限界まで上げろッ!飲み込まれるぞっ」
「わ、分ったわっ!ヴィルキスっ」
アンジュの呼びかけに答えるように機体が青く染まると出力を増していき、閉じかけた空間から強引にそれこそ一瞬で抜け出して見せた。
空間を強引に跳躍した反動か、アオとアンジュはどこかの地面に投げ出され…二三回バウンドしてようやく止まる。
「アンジュ…無事?」
「な、なんとか…ね」
しかし機体はボロボロ。ヴィルキスも直るかどうか分らないほどに破損していた。
「いたたたたた」
第三者の声にアオとアンジュが振り返る。
視線を彷徨わせるとアオ達のすぐ近くに墜落しているピンクのパラメイル。
「「ヴィヴィアンっ!?」」
「ここで問題です。どうしてわたしがここに居るのでしょうか」
と言う質問にアオとアンジュは考え込むが、間髪置かずに答えが返った。
「正解はー。わたしもアンジュ達を追いかけたからっ!まさかシンギュラーを抜けたら未知の惑星だなんてね」
「未知…ね」
見える光景は廃墟。しかもかなりの時間放置されているのか木が侵食し苔むしている。
ここは道路の上のようで、アスファルトから伸びる鉄柱から標識や案内板が並んでいた。
案内板を読み上げる。
「新宿、池袋…ここは…日本だ」
「読めるの?って言うか、ニホンってどこの国?…あなた、何を知っているの?」
アンジュの声に険が混ざる。
「オレもまだ混乱している。後にしてくれ」
「アオ…あなた変よ…いつもとなんか違うわ」
「ああっ、そうかっ…いや、ごめん。なんでもないわ」
イラついて、しかしどうにか自制して言葉を和らげるアオ。
パラメイルは全部燃料切れで飛べる状況ではない。そんな中での探索は無為に時間だけが過ぎて、日中だった太陽はとっくに沈んでいた。
「おなかすいたー…ごはんー」
ヴィヴィアンが空腹を訴えるのも無理は無い。
「非常食のようなものはあったけれど…」
とアンジュの手には缶詰のようなものが握られていた。
「開けてみる?」
「開け方が分らないわ」
「あそう…」
アオはアンジュから缶詰を貰うとプルタップに指を掛け、起こす。
プシュと空気が抜ける音と共に強烈な匂いが立ち込めた。
「うっ…」
「くっさーい…」
「まぁ…腐ってるわな」
「うう…ごはん…」
ヴィヴィアンが本当に残念そうに涙を溜めていた。
「今日は此処で野宿かな」
倒壊したモールの中からどうにか羽織れるだけの毛布を見つけ出すと簡易の寝床を作る。
「後は明日だな」
「あなた…いえ、なんでもないわ」
「お、寝るのか?よし、寝よう寝よう」
ピョンと飛び掛るようにヴィヴィアンがアオにのしかかり布団の中にもぐりこむ。
「ウーン…アオっていい匂いがするにゃぁ」
「ちょっとヴィヴィアンっ!」
アンジュが抗議の声を上げるが、何に抗議しているのか本人にも分っていない。
「わたしはこっち。アンジュはそっち。二人でアオを半分こー」
「オレは物では無いのだが?」
「いいじゃんいいじゃん」
「っもう」
アンジュは何かに葛藤した後諦めたように布団にもぐりこんできた。
「いい、これは非常事態だからなの。変な意味なんか無いんだからね」
「はいはい」
「変な意味って?」
「っ…なんでもない」
やぶ蛇を突かれたくないアンジュは布団に深く潜った。
周りの探索に疲れたのか二人の寝息はすぐに聞こえてくる。
「ここは…たぶん…」
空に浮かぶリングを纏う月をみてアオが呟いた後眠りについた。
…
……
………
「う…うーん…」
覚醒し始めたアンジュは暖を取ろうと暖かいものに抱きつく。
ボゥとした意識で抱きついたものを確認。
「…アオ」
抱きついたアンジュの右手は眠るアオの胸元をまさぐっていた。
「……っ!?ええっ!?」
一瞬で覚醒。しかし、そこにあるべき弾力が無くて更に困惑した。
さらに…
「キューーーー?」
「ど、ドラゴンっ!?」
しかし一度ドラゴンと暮らした事のあるアンジュはほんの少しの耐性があり、何とか銃を握る事を自制した。
「っ…アオ、アオっ!」
アンジュがアオを揺り起こす。
「ん…あぁ…」
「ド、ドラゴンが…そ、そうだ、ヴィヴィアンはどこ?ヴィヴィアンっ」
「キューーーーーー」
ここにいるぞっ!と声を出すドラゴン。
「お、おお?…やっぱりそう言うこと、か」
覚醒したアオが現状を確認する。
「そう言うことって…?まさか、ヴィヴィアンっ!?」
「キュー?」
分っていないヴィヴィアンを鏡の前に連れて行く。
「キューキューっ!?」
これ、わたしっ!?とでも言っているような鳴き声だ。
「ねえアオ、これってどう言うこと?ヴィヴィアンはどうなったの。それとあなたもっ」
「オレ?」
「分ってないのねっ…」
アンジュはおもむろにアオに近づくとアオの股間を握りこんだ。
「はうっ!?」
「っ…やっぱり付いてるじゃないっ!!」
真っ赤になって後ろに下がるアンジュ。
「あー…しまった、しくじった」
「あなた…男なの…?今までの胸は作り物っ?…ではないわね。シャワルームで何度も見てるし触られているのを見た事あるし…そんなもの…ついてなかったし?」
視線を下半身に落として赤面する。
「オレは特異体質でね。どっちでもなれるんだよ」
「そんな事って…」
「確かめてみる?」
「…っ!」
赤面を深くするアンジュ。
「そ、それよりもこのドラゴン。…ヴィヴィアン、なの?」
「ヴィヴィアンだろうね」
「キュー」
小型のドラゴンが顔を摺り寄せてくる。
「そんな、それじゃあ…まさか…」
「ドラゴンは人間だったって事だろう」
「そんな…そんなっ…うぅっ…ぐぅっ…」
アンジュは今まで殺してきたドラゴンが人間であると言う事実にショックし嘔吐。胃の中には何も入っていないから出るものは無いのだが、嘔吐感に苛まれて苦しんでいる。
「人…私…は、人を殺していたの…?」
「未知の敵が人間だった…なんて、良くある事だろ」
「そんなっ!」
「その事実にショックを受けられるなら…アンジュは大丈夫」
「アオ…アオ…」
アンジュはすがりつくようにアオに抱きついた。
「キュー」
ヴィヴィアンも心配そうに擦り寄った。
「ヴィヴィアン…」
アンジュが恐る恐るヴィヴィアンを撫でる。
「キュー」
その声はくすぐったいよとでも言っているよう。
感動の和解の最中に上空に大型のドラゴンが旋回。こちらの前に着陸すると、その頭から二人の女性が飛び降りる。
「まさか特異点を抜けてくる者がいようとは」
「ようこそ、偽りの星の民よ」
小太刀二刀と青龍刀を構える女性がそう言った後、巨竜が取り囲んだ。
「我らが大巫女さまがお呼びだ。ご足労願おうか」
「そちらのシルフィスの一族は?」
「ヴィヴィアンの事?」
とアンジュ。
「まさか…いや、取り合えず移動するとしよう」
と二人の女性が先を急がす。
「どうするの、アオ?」
「付いていこう。オレは少し知りたい事があるし、ね」
「と言うか、あなた…男言葉…」
「今は男だ」
「もうっ」
コンテナに詰められて輸送されること一時間。
彼女達、ドラゴンの街へと案内され、一際大きな王宮へと案内された。
途中、ヴィヴィアンは連れて行かれたが、彼女はドラゴン。手荒な真似はしないと言う言葉を今は信じる。
御簾の向こうに何人もの息遣いを感じる。
御簾の奥から名前を聞かれ、人に名を尋ねるのならまず自分が名乗れと啖呵を切るアンジュ。
大巫女に食って掛かったが、大巫女からの質問に辟易したのかアンジュが逆に質問する。
ここがどこで、あなた達はだれなのか、と。
交渉にもならない話し合いは平行線を辿る所を止めに入った少女が居た。
黒い髪、青い瞳の少女だ。しかし、やはり翼を生やし、尻尾が生えている。
サラマンディーネと名乗った彼女に連れられて謁見の場を辞す。
「それでは、少し説明しましょう。偽りの星の民たちよ」
ドラゴンの背に乗って飛び立つ。
「ここは真なる地球。あなた達が居た世界は平行世界ある地球。この地球から逃げ出したもの達が住む世界です」
「逃げ出し、た?」
とアンジュが聞き返す。
「かつてこの世界は一度滅ぼされたのです。悪魔の兵器、ラグナメイルによって」
「ラグナメイル?」
「お分かりになりませんか…そう、あなたのヴィルキスもその一機なのですよ」
とサラマンディーネ。
「世界を滅ぼした…まさかっ!?アオは知っていたのっ!?」
キッとアンジュはアオを睨みつける。
「アンジュが乗るヴィルキスがラグナメイルであり、かつて世界を滅ぼした兵器であると言う事?」
「ええ」
「知っていたよ」
「あら、そちらの方は世界の真実に深く認識があるのですね」
「いや、サラマンディーネ。オレもね、分からない事があるからここに居るんだ」
しばらく飛ぶと眼前に朽ちた塔が見えてくる。
「暁ノ御柱…」
「私達はアウラの塔と呼んでいますかつての…」
「ドラグニウム融合炉…」
「あら、やっぱり知っていましたのね」
とサラマンディーネの目が細められる。
塔の中に入り、降っていくとそこに巨大な空間が現われる。
「ここにアウラが居たのです」
「アウラ?」
とサラマンディーネの言葉に問いかけるアンジュ。
「あなた達の言う所の最初のドラゴンですわね」
昔、大規模国家間戦争。後に「第七次大戦」「ラグナレク」「D-War」と呼ばれる国家間戦争で地球は総人口を11%まで減らす戦いの果てに導入された兵器、ラグナメイルが壊したドラグニウム融合炉、それの共鳴爆発し人類は生きていける場所を失った。
ドラグニウムにより地表が汚染されてしまったからだ。
生きていけない地表でどうにか人間が行きぬく為には人間の方を改造するしかない。それが彼女達ドラゴンなのだという。
男達は結晶化したドラグニウムを喰らい体内で結晶化、安定させる為に巨竜に変じ、女達は男達を助け、子を産み浄化のサイクルを続けてきていたらしい。
しかしアウラはここには居ない。アウラはエンブリヲと呼ばれる男によって平行世界に連れて行かれたらしい。
マナの光を生み出すエネルギー源として。
しかしエネルギーはいつか尽きる。だからドラゴンを狩り結晶化したドラグニウムを取り出しアウラに食わせる。そのためにアルゼナルのノーマ達はドラゴンを狩らされていた、と。
エンブリヲとは世界の調律者にして黒幕。世界を管理する存在。陳腐な言葉で言えば…神。
「アウラ…君は…」
「あなた…アオさん、でしたか。アウラを知っているようですね」
「そうよ。アオ、あなたは…いったい…」
サラマンディーネとアンジュの目が細められる。
アオはそれには答えずに女性へとトランスすると歌を紡ぐ。
♪~♪~
「その歌っ!?」
「そんな、まさか…っ!?」
驚いたのは二人ともだが、サラマンディーネの方が驚きが強い。
キュァァァァ
一瞬光が集まって巨大な竜が鳴いた気がした。
「この歌。君も歌っていたね。誰から聞いたの?」
「それは、我らが偉大なる母、アウラから教えてもらった…星歌です」
「そうか…彼女が…ラストオーディエンスとして伝えずにはいられなかったのかな、アウラは」
とアオが懐かしそうな顔を作る。
「この歌はね、…かつてこの世界を作り変えた歌だよ。わたし達の命を燃やし尽くした…最後の、絶唱」
「絶唱…?」
「燃やしつくした…?」
アンジュもサラマンディーネも分らないといった表情を浮かべる。
「昔話をしよう。世界が滅んだ頃の話だ」
と言ってアオは一度目を瞑る。
「過去、旧世界の遺物を研究し、繁栄させようと人類は躍起になっていた。櫻井理論が開示されてからはその研究に拍車が掛かったよ。年月を掛け、人類はよりクリーンなエネルギー開発に成功する。それが…」
「ドラグニウム反応炉…」
とサラマンディーネ。
「遥か昔。カストディアンから統一言語を奪われた人間は互いを憎み、ついには人類のみを抹殺する生物兵器を開発した。銃もナイフも通じない相手。そんな相手に立ち向かう為に研究され編み出されたのが聖遺物に宿るエネルギーを歌により増幅させ身に纏う技術。シンフォギア…それを纏った少女達はついにその元凶を退け…その後幾人もの人々を救ったよ」
でも、と。
「発達した技術は結局互いを傷つけ、兵器として進化していった。最後は記録にあるような世界の終末。彼女たちは破壊された世界に絶望した。とは言え、人間同士の争い、それも世界戦争規模の争いに個人がどうする事は出来なかったのだから仕方の無い事なのだろう。でも、だからせめて…この滅びるだけの世界をどうにかしようと思った。…歌の力でね」
「歌の…?」
「彼女達の歌には力があったのさ。それをそのエンブリヲが知ってしまったのが終わりを加速させたのかもしれない。ラグナメイルとは聖遺物の力を歌によって増幅させ撃ちだす兵器。つまりは…シンフォギアなのさ」
「聖遺物?」
「先史人類が用いた力ある何か。今は宝石の形をしているようだね」
と言ってアオはアンジュの指輪、サラマンディーネの冠を見る。
「ラグナメイルによって環境破壊された地球を救う為に彼女達は歌い…だが、ドラグニウムを循環させるだけで精一杯だった。ドラグニウムは完全には浄化できず…新たなサイクルを生み出しただけで彼女達は退場。光と果てた。その後は君の方が詳しいだろう」
「アウラがドラゴンになり、私達の浄化と言う贖罪が始まった…」
「少女たちが最後に歌った世界を変革させた歌。命を振り絞り燃やし尽くした絶唱…ラストソング。それに招いた最後のオーディエンス、それがドラゴンになる前のアウラ」
「つまりそれが私達に伝わる星歌…なのですね」
「じゃあアオは…?」
「その時消えた内の一人。その生まれ変わり、さ」
生まれ変わり…と二人は口ごもる。
「君達がドラゴンなのも、元を正せばオレの所為だ」
いつの間にか男に戻っているアオ。
「はい?」
サラマンディーネの表情が面白いように崩れた。
かなり意表を付く言葉だったらしい。
それにクスクスと笑ってからアオは続ける。
「オレがどう生きてきたかは長すぎるから省略するが、オレの特性としては取り込んだものを最適化させる性質があった。そこにアウラは目を付けたのだろうけれど、遥か昔、それこそ記憶が霞む位前にドラゴンへの変身薬なんてものを飲まされてね…」
一瞬の発光の後、アオは銀色のドラゴンへと姿を変えていた。
「なっ…!?」
「ドラゴン…なのですか?」
アンジュは驚愕に目を見開き、サラマンディーネはほんのり頬を染めていた。
姿を人へと戻すと言葉を続ける。
「オレから取ったDNAからリンカーを作り自身に投薬した結果…ドラゴンに変じたのだろう。言っては何だけど、オレの血なんて毒そのものと言っても過言ではないからね」
「では、あなた様は私たちの父なのですね」
とサラマンディーネ。
「そんな大層なものじゃないさ」
さて、とアオ。
「知りたい事も大体知れた。帰ろうか」
「はい」
とサラマンディーネ。
「ねぇ」
とアンジュがアオに問いかけた。
「私達ってこれからどうすればいいの?化け物だと思っていた相手は人間で、私達の地球は偽りで、もう何が何だか…」
「それはオレが答える事じゃない。君が考え、君が決めるべき事だ。…ただ」
「ただ?」
「アンジュの考えを聞くことくらいは出来るよ」
「そう…」
ありがとう、と小声で言うアンジュ。
「そう言えば…」
今更思い出したようにアンジュは呟く。
「結局あなたは男なの?女なの?」
「基本的に体はどちらにでもなれるけど…男だよ」
と答えると高速の平手が飛んできた。
バチン
「いったっ!?」
「エッチ、スケベ、ヘンタイ、信じられない。今まで散々私の体を見ておいてっ!女の子同士だと思っていたのにあなたは影で途轍もない劣情を持って私の体を嘗め回すように見ていたのねっ!?」
ふらついたアオをサラマンディーネが抱きとめる。
「あら、要らないのなら私にくださいな」
「い、要らないとは言ってないわっ」
奪い取るように抱きつくアンジュ。
「だって、コイツはこれでも私のパートナーだもの」
「あらあら、では奪い取るまでですわ」
ニヤニヤと笑うサラマンディーネ。
「いや、オレの意思と言うものが…」
「ないわっ」
「ありませんわっ」
「実は仲良いでしょう、二人とも…」
「「そんな事ないっ」」
「やっぱり…いや…なんでも…」
都市部に戻ってくると部屋を宛がわれる。
備え付けられた家具類を見るとどうやら和と中華が折衷したような文化のようだ。
通された部屋のドアを開けると中にはヴィヴィアンが待っていた。
「ヴィヴィアン?」
「アーンジュ。ここで問題です。わたしはどうやって人間に戻ったのでしょうかっ」
答えられないアンジュ。
「ま、ここならヴィヴィアンの遺伝子を調整するくらい出来るだろ」
とアオが答える。
「せいかーい」
「ヴィヴィアンっ」
ハシっとアンジュはヴィヴィアンに抱きついた。
アオ達が入った後ろからサラマンディーネが数人の人を連れてくる。
その仲に一人、顔立ちがヴィヴィアンに似ている女性が見えた。
「さあ、ラミア。彼女ですよ」
とサラマンディーネ。
ラミアと呼ばれた女性は感極まったようにヴィヴィアンに抱きつき「ミィ…よく無事で…」と涙を流した。
「彼女は…」
とアンジュがサラマンディーネに問いかける。
「彼女はあの子のお母さん、ですよ」
「ヴィヴィアンの…」
「よかった…かな」
アオは親子の再会の邪魔をしないように部屋を出ると回収されたヴィルキスが格納されている所へと向かう。
「うーわー…ボロボロ…」
シンギュラーを無理やり渡った影響か、アオの機体はもちろんヴィルキスももはや原型を留めていなかった。
「見事にスクラップですわね」
と案内してきたサラマンディーネが言う。
「わ、私のヴィルキスが…!」
アンジュも呆然と肩を落とす。
「直るのよねっ!?」
アンジュがサラマンディーネに詰め寄った。
「ここまで損傷が酷いと…ですが、せっかくのラグナメイルですので一応修理させてみますが…でも、直してどうするのです?またあなたは私たちの同胞…ドラゴンを狩る生活に戻るのですか?」
「それは…」
未知の生物なら良かった。だが相手は言葉の通じる人間。それは人殺しに他ならない。
生きる為に殺す、ならばまだ許容できる。だが事実はマナの人たちのエネルギー源を確保する為に戦わされていたのだ。とても許容できる物では無いのだろう。
「まぁ…アンジュが自分の道を選んだ時の為に直すとしましょうかね」
「出来るのっ!?」
「幸いここには二機分の資材があるからね」
と言ってアオが組み立てていたパラメイルを見る。
「パッチワークは得意だ」
「パッチワーク…大丈夫なのかしら…急に心配になってきたわ」
アンジュの視線がジトと下がった。
「それでは私も手伝いましょう。夫を助けるのが妻の務めなすれば」
「サラマンディーネ…」
「サラとお呼びください、アオ様」
「ちょっと、待ちなさいサラマンドリル。なんでアオがあなたの夫になっているのよっ!そこらのドラゴンと盛ってなさいよっ」
アンジュが吼える。
「サラマンディーネです。いいではありませんか。男のドラゴンで人型を取れる者なんて居ないのですよ?だったら積極的にアプローチしなければトンビに油揚げを取られかねません」
「あなたがまさにトンビね、サラマンマンッ」
「サラマンディーネですっ。人の名前も覚えられないのかしら、この娘はっ」
「あなたの名前、長いのよっ!それにさっきも言ったけれどアイツは私のだから、あなたにあげたりしないわっ」
「貰えないのなら力ずくで奪うのみ」
「このトカゲ女はぁああああっ!」
ぐぐぐと取っ組み合うと異口同音で言葉を発する。
「「勝負よ」」
取っ組み合いながら二人でどこかに言ってしまった。
「だから、オレの意思は…?」
たまには肉食系にチェンジしようかと悩むアオなのだった。
「まぁあっちは放って置いて、やりますか。まずは動力の改造からかな」
そう言えば…
「深淵の竜宮、まだあるのか?」
それは遺物の多くを管理する深海の保管庫だ。あの大戦時ですら開放されなかったそこに行けば色々あるかもしれない。
数日を掛けて、途中いろいろズルをしてヴィルキスの修復が終える。
「何…これ…ヴィルキス…?」
アンジュの呟きも最もだろう。
強化されたスラスターは三対の翼のように付けられ、出力を増し、アオが使う事前提でドラグーンが搭載されている。
コクピットはサラ達のパラメイル…竜神器を元に密閉型のフルスクリーンモニターへと変更。これにより投げ出される心配は無くなり、ついでにシートベルトをつけて体を固定させるている。
その他の兵装としては両肩にディスコード・フェイザー、両腰にレールガン、両手にビームシールドが付いている。
その他オプションとして竜神器用のビームライフルを装備して完成。
「頭部は完全に破壊されてイチから作り直したからかなり変わったかな」
そこだけ見ればヴィルキスの面影すらない。所謂一種のガンダ…いや、よそう。
「フィギアは無いのね」
「必要ならつけるけど?」
「では、これにしましょう」
とサラが推してくるのは竜をモチーフにしたフィギアだ。
「イ・ヤ、よ。それなら無い方がマシだわ」
アンジュの断固拒否。
「に、してもよく直したわね」
「まぁ殆ど別物なんだけどね、試運転と行こうかアンジュ」
「分ったわ、それじゃあ…そこのサラマンド、今度はこれで勝負しましょう」
「サラマンディーネです。…でも、その勝負、受けて立ちましょう」
どうやら二人はあれから幾つもの勝負で勝ったり負けたりで引き分けているらしい。
「勝負の内容は、アウラの塔で折り返し、ここに戻ってくる、でいいかしら」
「望むところよっ!」
バッと互いの愛機に飛び乗るアンジュとサラ。
「なんであんたまで乗るのよっ!」
と後ろを振り返って抗議するアンジュ。
「これ、一応二人乗りだから」
「降りなさいっ!」
「良いけど、オレが降りると兵装の半分位使えなくなるけど…いいの?」
「えええっ!?なによ、その欠陥パラメイルっ!」
「お先に行きますわよ、アンジュ」
フフンと勝ち誇ったような声を出してサラが焔龍號で飛び立つ。
「あー、もう。行くわよ、アオ…その姿で私に触ったら…」
「触ったら?」
「もぐ…」
「わ、分った…ぜ、善処する」
ヒイッと咽を振るわせるアオをよそにアンジュはスロットを噴かし飛び立った。
戦闘機形態で飛び立つとあっと言う間に先に行くサラの焔龍號に追いついた。
「速いっ!」
サラの驚きの声が聞こえる。
「ちょ、ちょっと…速すぎるわよっ!?」
「アンジュ、前、前っ!!」
「ひぃぃっ!?」
前方にはすでに目前まで迫った廃墟。
アンジュはグンとスラスターを制御すると錐揉むように回避。
「ウソっ!?」
重力とは無縁のような動きで廃墟を抜けるアンジュとヴィルキス。
「なんですのっ!?その動きはっ!」
とサラ。
「Gすら掛からないっ!?」
アンジュが驚きつつ呟いた。
「はぁ?どう言うことですのっ?」
「PICを搭載したからね」
「ぴーあいしーとは何ですの?」
サラの質問の最中もアンジュは面白いのか急加速、急旋回、急停止と試している。
「パッシブ・イナーシャル・キャンセラー。つまり慣性制御する事で物体の加速、停止に掛かる負荷を軽減する装置の事」
「そんなテクノロジーが旧世界にはあったのですかっ!?」
「さて、ね?」
アオはサラの問いを誤魔化して答えた。
ようやく追いついたサラがビームライフルをぶっ放して前方のビルを倒壊させる。
「ちょ、ちょっとっ!?」
「妨害しないとは言ってませんわ」
急旋回で回避するアンジュだが、避けえた先々にサラが壊したビルの破片が落ちてくる。
狙いをつけてサラが壊して回っているようだ。
「こんのーーーーーっ!あのトカゲ女っ!」
アンジュは駆逐形態に変形すると両手にヴィームライフル、両腰のレールガンを構え、降って来る大き目の瓦礫を吹き飛ばす。
「やるっ」
「当然よっ」
アンジュは再びヴィルキスを飛行形態に変形させると吹き飛ばした為に一瞬できた隙間を縫うように突き抜けた。
「やりますわね、アンジュ」
とサラが激励。
ヒューンと減衰音を立ててヴィルキスの出力計が下がる。
「なっ…どうして?」
アンジュの当惑。
「改修したヴィルキス…その動力源は聖遺物の持つ波動を増幅させたもの。出力低下はその起爆剤が足りてないから起きる」
「ちょ、ちょっと。どう言うことよっ!?どうすれば良いのよっ!このままじゃあのサラマンデンデンに負けちゃうじゃないっ!」
アンジュの表情が悔しそうに歪んだ。
「まぁ通常でも今までのヴィルキスと同じ位のスペックは出せるはずだけど…エネルギーを増幅させるにはさっきも言ったけど起爆剤を投与しなければならない」
「ならさっさとやりなさいよっ!」
「特定振幅波動…つまりアンジュの歌に反応するって事なんだけど?」
「はぁ?」
「だから…歌え、アンジュ」
アオの言葉に反応するように一度アンジュの指輪が光り輝くとヴィルキスの機体から伴奏が流れ出す。
「ちょ、ちょっと!?ヴィルキスどうしちゃったの?」
「アンジュの心に反応して旋律が生まれる、後は歌うだけだ」
「えええええっ!?」
「ほら、躊躇っている暇は無いぞ。ヴィルキスがイントロでループしているじゃないか。自然と心の中に生まれる歌を歌えばいい。それが力になる」
「あああああああ、もうっ!」
アンジュは観念したかのように歌い始める。
♪~♪~
それはアンジュの絶望からの希望の歌。アルゼナルでの日々を語った歌。
「アンジュは歌が上手いね」
「もう、どうして歌が必要なのよ。欠陥兵器じゃないっ」
恥ずかしいのかアンジュは赤面していた。
「それは、そういう風に作ったからね」
言外にワザとだとアオは言う。
しかしアンジュの歌に呼応するように出力ゲージがイエローからグリーンへ。ついでにヴィルキスの機体が蒼く染まっていく。
グンとスロットルを絞ると今までの遅れがウソの様に加速。音を置いてきぼりにして空を駆け抜ける。
「速いっ」
サラの呟きすら追い抜いてアウラの塔を旋回すると制動を掛ける様に駆逐形態に変形。両手に持ったビームライフルを連結させると出力の増したそれを焔龍號めがけてぶっ放す。
ゴウッと唸りを上げて撃ち出されたビームはサラの機体を掠めるようにして抜けていった。
「お返し」
やられたらやり返すの精神でアンジュが言う。
「危ないじゃないですかっ!」
急旋回で回避したサラがアンジュを睨む。
「当たらなかったじゃない」
「当たったらどうするおつもりだったのですか」
「あなたが見え見えの攻撃、当たるはずないじゃない」
「もうっ!あなたと言う人はっ!」
相手の実力を信用していた、と言われてサラは複雑な心境のようだ。
アンジュは再び飛行形態になると攻撃した隙に追いつかれそうになったサラを引き離しに掛かる。
「アンジューっ!!」
サラがビームライフルを乱射。手前の廃墟が崩れ落ちる。
「くっ…」
「アンジュ、歌ったまま突っ込めっ」
アオが一言アドバイス。
「そ、そんな事…」
「良いからっ!」
「し、信じるから…どうにでもなれっ!」
アンジュの歌が力強さを増すとヴィルキスのカラーが赤く染まっていく。青かった時よりも速度は落ちたが機体を包み込むエネルギーが眩い赤色に包み込むと廃墟に激突。
「あ、アンジュっ!?アオさんっ!?」
サラが焦った声を飛ばす。
ドオンッ
粉塵を撒き散らしながらヴィルキスは廃墟を貫通、傷一つ無く駆け抜けた。
「何、これっ?」
「元々ヴィルキスに備わっていた能力だ」
青いヴィルキス。速度強化…行き着く先は光速を超え「次元跳躍」すら可能にする「アリエル・モード」
赤いヴィルキス。出力強化…全身をエネルギーシールドで覆うほどのパワー。それは強度の硬いものに突っ込んでも傷一つ付かないほどの「ミカエル・モード」
それと「ディスコード・フェイザー」など、時空間共鳴現象を引き起こす金のヴィルキス。「ウリエル・モード」
この三形態を使いこなしてこそヴィルキスは本領を発揮する。
サラの妨害なんて何のその。歌の力を得たヴィルキスはその数々を寄せ付けず…
ゴールをぶっちぎるとそのまま急上昇。成層圏、中間圏、熱圏と抜け、地球を一望出来る所でヴィルキスは止まった。
バシュッとコクピットのハッチを開くとアンジュが立ち上がって地球を振り返る。
「これが地球…綺麗、ね」
目の前の地球を見れば人間の矮小さをイヤと言うほど思い知る。
「アンジュ、危ないぞ。ここには本来重力も空気も無い。太陽からの熱も直接受けるからヴィルキスから離れれば一瞬で死んじゃうよ」
今彼女達が無事なのは一重にヴィルキスが保護しているからに過ぎない。
「そうなの?宇宙開発は禁忌とされていたから、知らなかったわ」
「エンブリヲにとってその方が管理しやすかった、と言う事なのだろうね」
「エンブリヲ…世界の調律者、神さま…ね」
そう言うとアンジュはしばし考える。
「あー、もう、考えたら腹が立ってきた。私達は管理された家畜じゃないのよっ」
「神にしてみれば人間なんて家畜みたいなものだろう」
それは色々な神を屠ってきたアオの実感。
「それでも、よ。気に食わない。家畜の様に生きるなんてまっぴらゴメン。私、決めたわ。そのエンブリヲを殺す。世界の解放なんて高尚な事なんて言わない。気に食わないから殺して、世界を壊す」
と赤い瞳が力強く輝いた。
「と言うか、神さまって殺せるのかしら?」
「どんなすごい能力、どんなにすごい力を持っていたとしても、存在するのであれば殺せるさ。オレは昔、神を殺した事があるのだぜ?」
「なるほど。それじゃあ後はヤルかヤラレルかね」
その瞳に決意を闘志を燃やすとアンジュはコクピットに戻り大気圏を抜け地表へと戻る。
ゴール地点のデッキに戻ってくるとサラが待っていた。
「ふん、私の勝ちね」
ヴィルキスを降りたアンジュが出迎えたサラを鼻で笑った。
「この勝負は無効です。なんです、その機体のバカげた性能は。と言うか歌ってパワーアップとか、どんな機能なんですかっ!」
サラがパラメイルの性能差に文句を言う。
「知らないわよ。アオに言ってちょうだい」
と、アンジュ。
「アオさまっ」
サラがアオに説明を求める。
「ラグナメイルとは劣化シンフォギアだからね。オリジナルに少し近づけただけだよ」
「それだけの性能があって劣化…なのですか?」
「昔、四人で落下する月の欠片を粉砕した事もあったよ」
「まさかっ!」
そう言ってサラは天を仰ぐ。そこには月を回るリングが見え、月の一部が欠けているようにも見えた。
「そう言うこと」
内緒だよ、とアオ。
「あなた様は…いいえ、何でもありません」
それより、とサラはアンジュを向く。
「結論を聞かせていただけませんか?」
「結論?」
何の事か分らないアオがつぶやく。
「ええ。アウラを奪還する作戦を我々は進めています。それにアンジュと…アオさまにも協力して欲しいのです」
なるほど。
彼女達は母なるアウラを取り戻したい。
アウラを取り戻せばマナは失われ世界の変革は成る。だからアウラの奪還に協力しろ、と。
「答えはノーよ」
とアンジュが答える。
「では向こうの世界の維持の為に我々を狩る生活にもどるのですか?」
「私は、私の為に私の戦いをする。確かに私達の戦いに意味は無いのかもしれない。でも、だからと言ってあなた達の手先になる事はない」
「アオさまはどうです?」
とサラに聞かれたアオは黙考する。
「アウラを取り返したら、君達はどうするの?元凶を叩かなければいつとも終わらない戦いが待つだけだよ」
「それは…」
口ごもるサラ。
その時、会話を中断させるように時空が震えた。
ドドン
地鳴りを伴い空気が震える。
その振動にアンジュとサラがよろけた。
「な、なにがっ!?」
外に出て確認すると、アウラの塔を中心に何かが広がって行くのが見えた。
「エアリアのスタジアムっ!?」
アンジュの驚きの声。
「世界が侵食…いや融合されていく…?」
「くっ…」
サラは悔しそうな声を出すと焔龍號に飛び乗った。
それを見たアンジュもヴィルキスに駆け上る。
「アンジュ?」
「ヴィヴィアンを助けに行かないとっ!」
ヴィヴィアンも今あの近くに居るはずなのだ。
それを聞いてアオもヴィルキスに飛び乗った。
ビームライフルを駆使して次元侵食を押さえ込もうとするサラだが、まったく焼け石に水。次元侵食は止まらない。
望遠で見れば岩や建物に埋まるように人間が融合、その命を奪われていた。
逃げ惑う人間達もいつ巻き込まれるか。
「いったい何が…」
とサラ。
「理由を考えるのは後でしょうっ!今は今やれる事をやらないとっ!」
アンジュがサラをたしなめる。
「ですが…止める手立てがありません…」
ビームライフルを幾ら撃とうが効果は見えない。
ジリジリとサラに焦りが見える。
「そうだ、あの時のアレを…アルゼナルを吹き飛ばしたアレ撃てばいいじゃない」
「ダメです…収斂時空砲をこんな所で撃てば都市部どころか神殿諸共吹き飛ばしてしまいますっ」
「そんなの三割引で撃てばいいじゃないっ」
「そんな都合よく調節できる兵器じゃないんですっ!」
「使えない兵器ね」
「だったらあなたのはどうなのですっ!」
ディスコード・フェイザーの事だろう。
「どうなの?」
アンジュがアオに問いかけた。
「アンジュの頑張り次第」
「ゴメン、無理みたい」
「アンジュっ!」
即答で不可と言ったアンジュにサラが突っ込んだ。
こう言う時、彼女達なら躊躇わないのだろうな。
アオは一度TSするとアンジュに後ろから抱きついた。
フヨン
「っ!?な、何よっいきなり」
「ちょっとヴィルキスに無理させるけど…頑張って」
そう言うとアオは特異コードを打ち込むと聖詠を口ずさむ。
聖遺物を失ったアオの歌にどれほどの力が有るか分らないが…
「これは…」
「歌…?」
アンジュとサラの呟きをよそにアオは歌う。
絶唱…
Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el baral zizzl
Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el zizzl
アオの絶唱に呼応してヴィルキスのスラスターについているドラグーンが分離、幾つもの鋼鉄の翼が分離して飛ばされ途中で巨大化。拡大していく次元侵食に張り付き、シールドを張るように押し留める。
「アオ…あなた…」
驚愕に振り向いたアンジュの声。
「周りの被害はわたしが食い止める、だからディスコード・フェイザーで次元侵食を吹き飛ばせっ!」
アオの真剣な声にアンジュが頷いた。
「サラ子っ!」
「サラ子!?それって私の事ですかっ!?」
「ごちゃごちゃうるさいっ!アオが食い止めているうちに、やるわよ」
「ああもう、分りましたわっ」
ヴィルキスと焔龍號が駆逐形態に変形。
二人の永遠語りが輪唱される。
ヴィルキスと焔龍號の両肩が変形し、ディスコード・フェイザーと収斂時空砲が収束。
金色に染まった機体の両肩からそれぞれ必殺の一撃が渦を巻いて放たれる。
空気を切り裂き次元侵略に着弾すると収縮するように空間を破壊。広がる侵食を押し留め、逆に打ち消し消失させる事に成功。アオの尽力もあり被害は最小限に留められた。
次元侵食を押さえ込み基地に帰還するとアオは一足先に降り立つ。
地面に降り立ったアオの元にヴィルキスと焔龍號が降りからアンジュとサラが駆け寄ってくる。
「ありがとうございます、アオさま。お陰でアウラの民の多くは救われました」
「ん…」
それでも少なくない数の命が失われた。ディスコード・フェイザーと収斂時空砲の攻撃に骨も残っていないだろう。
「サラ子、私は?」
「はいはい、アンジュもついでに感謝しておきますわ」
「なんかおざなりね」
まあいいわ、とアンジュ。
「それよりも、アオ、さっきのは何なの?説明して」
「そうですわ、先ほどの変化はいったい…」
アンジュとサラがアオを問い詰める。
「…シンフォギアシステム。ヴィルキスとシンフォギアはシナジー性が高かったから、わたしの力を直結させてやればヴィルキスを通して使う事も可能。それはかつて月の破片を穿ったほど」
「飛ばした鉄板が巨大化したように見えましたが…」
それは?とサラ。
「シンフォギアはエネルギーの物質化が可能だからね」
「エネルギーの物質化…そんな事が可能なのですね、アオさまは」
さて、と。
「それで、アンジュ、サラもどうするか決まった?」
今回の変事はおそらく誰かの思惑が絡んでいる。しかもこれほどの大規模な事が出来るのは限られるだろうから、恐らく相手はエンブリヲ。
「私達は決まっております。アウラと取り戻す…ですが…」
サラが少し言いよどむ。
「私は世界をぶっ壊す。その為にまず神を殺す」
「そう…ですね、アンジュ。たとえアウラを取り戻したとしても元凶が取り除かれないのなら同じ事。アウラ奪還の後、私個人はアンジュ、あなたに協力しようと思います」
「いいの?怒られるんじゃない?」
「よいのです。誰かがやらねばならぬ事。時間を置けば相手の力が増すばかり。相手がまだこちらを舐めている内に畳み掛けるのが得策かと」
「へえ。いいわ、それなら私もアウラの奪還に協力してあげる」
「アンジュ?いいのですか?」
「サラ子だけじゃ心配だもの。友達を助けるのは当然だわ」
「友達…ですか。…いい響です」
いつの間にか二人に友情が芽生えていたらしい。
「アオ、あなたはどうするの?」
とアンジュ。
姿を男に戻すとアンジュの質問に答える。
「昔の知り合いを助けるくらいはしてやらないとね。後は…アンジュが心配」
と言って肩をすくめた。
「あ、あなたに心配されるほどではないわよっ!」
とアンジュは真っ赤になって吼えた。
フラッ
「アンジュ?」
「アンジュっ!」
突然体をふらつかせ四肢から力が抜けるように崩れ落ちるアンジュ。
崩れ落ちるギリギリの所でアオはアンジュを抱きとめる事に成功した。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
体が発熱し、呼吸が荒い。
「どうしたのです、アンジュっ!」
サラがアオが抱きとめたサラに心配そうに近寄った。
「何がっ!?」
サラがすがるような目でアオを見る。
「油断していた。ここは向こうの地球では無いのだった」
「どう言うことですかっ!?」
「魔力酔い。幾らアンジュがノーマでマナを使えないと言っても、いやだからこそこれほどバランスの壊れたこの世界で大量のドラグニウムに触れて無事でいられる訳は無い」
「そんなっ!?」
はぁ、はぁと苦しそうに呼吸するアンジュを抱き上げるとヴィルキスのタンデムシートの背もたれに寄りかからせ、自分は操縦席に座った。
「どちらへ行かれるのですか?」
「ここの設備じゃ心もとない。深淵の竜宮へ行ってくる」
「わ、私も参ります」
「まて、そっちじゃ無理だ。こっちへ」
アオは焔龍號に駆け寄るサラを呼び止めた。
「…?どうしてですか」
「時間が無い。一瞬で行く」
言われるままにサラはヴィルキスのコクピットにやってくるとアンジュの隣に身を寄せるとアオはハッチを開けたままヴィルキスのグリップを握り締めた。
「飛ぶぞ、ヴィルキスっ」
一瞬、ヴィルキスの装甲が青く染まったかと思うと景色が一変した。
そこは長い間封鎖されているのか、空気が重い。証明すらない暗闇の中、ヴィルキスのサーチライトだけが中りを照らしていた。
ポウとアオはライトボールを浮かばせ、証明を確保するとアンジュを抱き上げヴィルキスを降りる。
「ここ、は…?」
「深淵の竜宮。かつて先史文明期の遺産を封印した場所。…後期には最先端の技術の保管場所になった場所」
アオが歩き出すと電源施設はまだ稼動しているのか次々とライトが点灯して行った。
「世界崩壊前の…それにしては経年による破損や劣化が見られませんが…」
「それはオレが直したからね」
どうやって直したかとは言わないが、まぁアオにしてみればかなり疲れるが巻き戻した、と言う事だろう。
コツコツと音を反響させながら通路を歩き、目的の場所へとたどり着くとそこは幾つ物大きな試験管が立ち上るラボラトリのようだった。
巨大な試験管のような容器に羊水が注入される。
「アオさま?」
「アンジュのパイロットスーツを脱がせてやって」
「え、ええっと…?」
「オレがやっても良いけれど、オレがやるとアンジュに引っかかれそうだ」
「あ、はい…」
とは言え、酸素マスクを付け半透明な試験管の羊水の中に入れたのだから全く意味は無いが。
アオの操るコンソールに次から次へとデータが流れ記録されていく。
それをスクロールしながら確認するとアンジュの状況が鮮明になった。
「これは…」
「何か分りましたか?アオさま」
「劣化エクリプスウィルス…これが陰性で遺伝され、ごく稀に陽性で表層に現われたのがノーマ…と、言う事は…」
「エクリプスウィルス?」
「オレの持つていた、魔力の結合を分断する力を持ったウィルスの事。…しかし、いったい何でそんな事に?」
しかし、それ自体は世代を重ねる事に劣化、彼女達はノーマである以上の力を持ち得ない。
さらに世代を重ねて劣化した分断能力は今この地球のドラグニウムを中和しきれない。
簡単に言えばキャパシティーオーバー。
「どうしますの?このままじゃアンジュは…」
「今すぐアチラに帰ればあるいは…けど、ここには確かアウラの研究資料もあったはず。アンジュの遺伝子を操作した方が確実か…」
「ではお早めに。アンジュのバイタルが安定していません」
とサラが言う。
「しかたない…か。怨まないでくれよ、アンジュ」
アオは探し出したモデルMのリンカーをアンジュに適合するように再調整して投薬する。
「っ…く…」
試験管の中で苦しそうな声が漏れた。
しばらくアンジュの変化を見守るアオとサラ。
「呼吸、脈拍、共に正常値。ドラグニウムの汚染もクリアされて健康面は問題ないかな」
「ですが、これは…」
「あはは…」
困った事態に取り合えず笑って誤魔化すアオ。
「怒りますわね。確実に」
「だよね…しょうがない、気がつかないうちに切るか」
しかし無情にもアオがコンソールを操作するより速くアンジュの瞳が開かれた。
そして羊水の中に入れられていることにパニックを起こし、目の前の容器に両手を叩きつける。
錯乱したアンジュは口元を覆っていた酸素マスクを外してしまい、慌ててさらに力を込めて目の前の容器に拳を叩き付けた。
パリンッザパー
「「あっ…」」
羊水が排水されるとアンジュは酸素を求めて深呼吸。その時ちょっと羊水を吸い込んだようだ。
「けほけほっ…あー…ここ、どこ?」
「あー、まぁ一応病院…かな」
アオはバサリとタオルをアンジュにかけると容器の中から運び出し、病衣とスリッパを履かせた。
「なんでそんな所に?」
倒れた前後の記憶が曖昧なのだろう。
「ドラグニウムによる汚染が酷くてね。アンジュは意識を失っていたのさ」
「へぇ、でも無事治療は済んだみたいね。一応お礼を言っておくわ。ありがとう、アオ」
「お、おう…」
なんかアンジュにお礼を言われてのは初めてなような…?
「でもまだ完治して無いと言うか、万全ではないと言うか…何か腕が四本あるような感覚があるのだけれど…錯覚ね」
まだ頭が冴えていないわ、とアンジュ。
「フフンッ」
それを聞いたサラがニヤリと笑った。
「なによ、サラ子」
「いえいえ、いつかの仕返しをしようと思いまして。私、痛かったのですわよ?」
「はぁ?尻尾を噛んだ事はちゃんと謝ったでしょう?」
悪い笑顔でサラはアンジュに近づくとスルリと病衣の中からクタリとうねる何かを掴む。
「な、何…?なにかゾワゾワする…」
しゃがみ込んだサラはするりと掴んだその何かをおもむろに口に含んで噛み付いた。
「ふぎゃっ!?」
ゾワワッと悪寒を感じたアンジュは飛びのくように距離を取った。
「どうですか?尻尾を噛まれた感覚は」
「はあぁ?」
アンジュは訳が分らないと言う声を上げたが、体を捻って避ける彼女の目の前で何か尻尾のようなものが揺れていた。
「へ?」
うねうねと動く尻尾のような何か。しかしそれはしっかりとアンジュの尾テイ骨から伸びていて…
「なんじゃぁっ!!こりゃあああああっ!?」
絶叫。
「はうぅっ…」
アンジュは自分の尻尾を掴むとフミフミとまさぐり、その感覚に自分でダメージを受けてへたり込む。
「ど、どう言うことなのっ!?」
キッとアオを睨みつけるアンジュ。
「簡単に言えば…」
「簡単に言えば?」
「ドラゴンになった」
簡潔に、事実だけを伝えるアオ。
「はぁあああああっ!?」
予想は付いていたが、それでも信じたくない一言だった。
「ほら、こっちの地球に適応する為に生まれたのがサラ達な訳じゃない?浄化は進んでいるけれど、まだまだこれから。そんな所で生きる為にはやはりそれに適応しないと、ねぇ?」
「私に振られても困ります」
とサラがアオの同意をスルーする。
「要点を纏めると、死にそうだったアンジュに薬を打ったらドラゴンになった」
「な・ん・で・そ・う・な・る・の・よっ!」
ブンと振るわれた拳は見事にアオの鳩尾にクリーンヒット。
「ぐ、ぐふぅ…ドラゴンになって体の活性が高まっている…今の攻撃、普通の人間だったら穴が開いていたよ?」
両膝から崩れ落ちながら抗議するアオ。
「じゃあなんであなたは平気な訳?」
「そりゃぁ…」
「はいはい、あなたが普通な訳無かったわね」
どこか達観したような言葉がアンジュの口からこぼれた。
「それより、どうするのよこの尻尾っ!」
一応尻尾と一緒に羽も付いているのだが。
「えっと…切る?」
「だ、大丈夫なの?それ」
いきなり自分の体の一部を切り取ると言われたのだ、心配にもなる。
「ちょっとチクっとするかもしれないけれど」
と言うアオに横から声が掛けられる。
「いけません。尻尾や羽を切るなどと、許されませんよ」
「それはドラゴンたちの価値観でしょうっ!?私は人間よっ」
「私も人間ですっ」
サラ達は遺伝子改造した人間である。これは彼女達の歴史が物語る事実。
「ぐぐぐぐぐっ」
「むむむむむっ」
いつの間にかアンジュとサラは取っ組み合いが始まっていた。
「やりますわね、アンジュ…」
「そっちこそ、…ね」
取っ組み合いは結局決着付かず。
「そう言えば結局ここってどこなの?」
とアンジュ。
「ここは深淵の竜宮。先史文明期の遺産の管理場であり…今はノアの方舟って所かな」
「えっと…」
「ノアの…?何です?」
ポリポリとアオは頭をかく。
「あー、そうか。地球を捨てた方も、地球に残った方もそう言った宗教言語は残らなかったか…」
はぁとため息をつくとアオは言葉を続けた。
「旧約聖書、創世記において。神は地上に増えた人間が悪行を行っているのを見て洪水で滅ぼす事にした。しかし神にも慈悲があったのか、新しく作るのが面倒だったのか、ノアという人物に神託を告げる。これより洪水で地上の全てを押し流す。お前はゴフェルの木で船を作り妻と子と全ての動物のつがいを船に乗せろ、と。結局洪水は成され地上の生きとし生けるものは死滅したが、方舟にい乗っていたものたちだけは無事だった、と言う故事」
「つまり、洪水がエンブリヲによる世界の破壊であるならここには…」
サラの言葉を聴いたアオがコンソールを操作するとシャッターが一斉に開く。
「こ、これは…」
アンジュが驚きの声を上げる。声には洩らさないがサラも同様だろう。
その開くシャッターに目をやるとすると次々に培養液に入れられた動植物たちが現われた。
「世界の終末を予期した誰かが集めたのだろうね。ここには多種多様な生物の遺伝子が保存されている」
「これらを解き放てる地球を作る事が私たちの使命であり、贖罪なのですね…」
とサラが少し暗い表情で呟いた。
「らしくないわよ、サラ子」
「アンジュ?」
「あなた達はちゃんとやってる。ここにある動植物を解き放てる日はきっとすぐに来るわ」
「ええ、その通りです…」
サラはアンジュに励まされて少し涙を溜めていた。
「その為には…」
「ええ、元凶のエンブリヲを叩かねばなりません」
とサラが決意を改めた。
「アウラ奪還後、私はあなたと共にエンブリヲからの世界の解放を目指しましょう」
「サラ子…」
どうやら話は纏まったらしい。
世界の敵、エンブリヲ。それがアオが前世で支払わなかったこの世界に対するツケ。
「借りはきっちり返さないとな」
アオもあやふやだった動悸にようやく決意がやどった。
アンジュの治療をして地上に戻ると出迎えたヴィヴィアンの驚愕の声。
「アンジュがドラゴンになってるー」
「こら、ヴィヴィアン、尻尾さわらないっ!あ、やめ…あふん…」
どうやら尻尾は弱いらしい。
「ねえ、どうしてアンジュドラゴンになってるの?」
「知らないわよ。アオに聞きなさい」
アンジュがアオにマル投げ。
ヴィヴィアンに適当に説明すると今日はもう休む事にした。
ここの所ヴィルキスを直す為にドッグに泊り込みだったからね。そんな所に次元侵食に突撃しての戦闘及びフルパフォーマンス。
さすがに疲れた。
バタリと倒れるように布団にダイブ。
そのまま寝息を立て始める。
「アオ、もう寝たの…って、寝具は一組しかなかったのだったわ。…それなのにのんきに無防備に寝ちゃって」
遅れて入ってきたアンジュが嘆息した。
「布団は一組しかないし、背中の羽…幾ら丸め込んでいるとは言えこのまま仰向けに寝ると言うのは…」
しばらく考えた後目の前に丁度よさそうな抱き枕がある事を発見。
「…よし」
そっと布団をはがし体を滑り込ますとその抱き枕の腕の中にスルリと入り込んだ。
背中の翼は抱き枕に体重を預けた為に上を向く。
「あったかい…」
抱きついて、抱き枕の胸がまっ平らなことに気がついた。
「っ…!」
一瞬、赤面し息を呑む。
「男…なのよね…」
こちらの地球に来て初めてアオが男であると知った。いや、見間違いでないのならあの撃墜された時も自分は…
それを思い出して赤面を深くする。
「ん…んぅ…フェイ…ト…?」
「む」
アオの口から漏れた自分ではない女の名前にアンジュは口をへの字に曲げる。
断片的にだがアオがどういった過去があるのかは聞いている。世界を救う為に死んだ、とも。
「バーカ」
既に会えないと理解すれば嫉妬も収まる。そっと寄り添えば眠気が襲ってきたのだった。
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