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エターナルトラベラー

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エイプリルフールIF 【ワルブレ編】

 
前書き
これはシンフォギア編を書く前に書いて、やっぱりお蔵入りにしていた作品です。エイプリルフールと言う事で投降。楽しんでいただければ幸いです。 

 
「あ、やっべ…思い出すのが遅すぎた…」

そう神鳥谷(ひととのや)(あお)は言葉をこぼした。

直近の前世の記憶は古代フォルトーゼでの事。転生した事はすぐに受け入れた。

だが…

ここは亜鐘学園高校。日本全国から輪廻転生者(リンカーネイター)が集まる学校である。

この世界には六年ほど前から兵器での殲滅が難しい化け物…異端者(メタフィジカル)と呼ばれる異形の化け物が現われ始めた。

現代兵器では有効打を与えられない難敵を屠ったのが前世の記憶を持ち、前世の武技を匠に使える輪廻転生者(リンカーネイター)達だった。

後に救世主(セイヴァー)と呼ばれる事になる彼らは、その力で異端者(メタフィジカル)を打倒せしめ、次々に現われる異端者(メタフィジカル)に組織だった対応が求められ、成立したのが白騎士機関(オーダー)と呼ばれる組織。全世界六国に支部を持ち、現われる異端者(メタフィジカル)を打ち滅ぼす。

亜鐘学園はそんな戦士を鍛える教育機関だ。

全国から輪廻転生者を見つけ出し、本人の了承のもと戦士として教育する。

中学三年の少年少女に軽いテストを受けさせ、それで輪廻転生者であると確認が取れると白騎士機関からスカウトが来て、それに応えると亜鐘学園への入学が認められる。

卒業後は白騎士機関で働くか、もしくはドロップアウトするか選べるらしい。

一応日本支部はサラリーらしく、公務員扱いの為扱いは悪くない模様。まぁ命を懸ける分の給料が貰えているかと言えば閉口するが…

前世を完全に思い出す前はリスクとリターンを考えてこの亜鐘学園へと入学したらしい。

この学園に入学する救世主(セイヴァー)の殆どは二つの世界からなる。

光技の発達していた正解と闇術の発達していた世界。

前者を日本では白鉄(しろがね)と言い、後者を黒魔(くろま)と言う。

そうして入学した亜鐘学園の最初の実技の授業中、蒼は唐突に思い出したのだ。

前世の自分を。

前世が現世の記憶を食いつぶし、ようやく状況を把握すれば、訓練機関の一員。

入学直後のドロップアウトはそれはそれで難しい。それならばと力を付ければ異端者の矢面に立たされる。

うーむ…ま、なる様になるだろう。とあっけらかんと考える事を放棄した。

そう言えば、と蒼は思う。前世の俺はこんな性格だったっけ?と。

白鉄とは前世の記憶にある念能力者だ。

体内にある七つの門をこじ開け、そこから通力(プラーナ)をくみ出し身に纏う事が基本とされる。

通力(プラーナ)とは言い方は違うがオーラの事で間違いない。

対して黒魔は魔導師である。

大気中にある魔素をリンカーコアに集め魔力を生成そ、闇術を行使する。そのとき手で虚空に古代文字のスペルを描き、詠唱を必要とする。

基本、その両方を使いこなす存在は居るかもしれないとされるが、転生には数千年の時間がかかり、さらに記憶を継承しての転生を二回も繰り返す存在はまずいないだろうとされている。

と言う訳で、蒼は白鉄として授業に臨んだのだが…記憶が戻った蒼にしてみれば授業なぞ児戯に等しい。

何故なら白鉄の殆どがまだ自在に纏すら行えていないのだから。

そんな訳で蒼は直ぐに授業を受けるのを止めた。

実技の時間は昼寝の時間だ。

中庭の芝生がぽかぽかして気持ちよさそうだ。

纏をしながら睡眠。

精孔は開いているが、まだまだ記憶の通りとは行かない。

これは前世を思い出すのが遅れた弊害だ。まだ馴染んでいない。

昔は寝ていても纏が解けることは無かったのだが、今は起きるころには解けている。これは修行不足と言った所だ。

「あ、やっぱり居たのです」

と、艶のある金髪にそれこそ天使の輪を作り無邪気に声を掛けてくる幼女が一人。

「まーやか」

「はいなのです(にぱ)」

彼女は四門摩耶(しもんまや)。早くに救世主(セイヴァー)として覚醒した為に亜鐘学園(こんなところ)に閉じ込められている少女だった。

彼女は蒼がサボっていたときに知り合った昼寝仲間だ。

「お昼寝です?」

「ああ…」

「サボタージュはいけないのです」

「とは言え、太陽が気持ちいいからね。絶好のお昼寝日和だ。だから今日は一日昼寝をすると決めた」

「そうなのです?」

「ああ」

と真顔で頷く。

「それじゃまーやもお昼寝するのです」

「そか」

そう言うと蒼は左腕をだらんと芝生に転がした。

「えへへっ」

ごろんと躊躇いも無く蒼の腕を枕にして寝転がるまーや。

程なくして蒼が眠りに入った。

「すぅ…」

蒼の寝息が微かに聞こえてくる。

「いつ見ても蒼の通力(プラーナ)は綺麗なのです」

蒼銀のオーラが蒼を覆っている。

蒼だけを覆っていたオーラがだんだんとまーやを取り囲んでいく。

「ん…っ」

まーやはこれが好きだった。黒魔のまーやは魔力(マーナ)は纏えても通力(プラーナ)は纏えない。魔素を取り込んで自分のものにする魔力(マーナ)とは違い、自身の内よりでる通力(プラーナ)がこんなに暖かいものだとは思ってなかった。

「今日は寝ぼけるですかね?」

まーやは期待して待つ。

完全に寝たことを確認するとするすると腕から抜け出し蒼に乗りかかると、その小さな唇が蒼のそれをついばみ、割り入れ、そこに少量の魔力(マーナ)を注ぎ込む。

すると、虚空にうっすらと何かが浮かび上がってくる。

本当にうっすらと巴模様の真ん中に十字の剣が描かれている何か。

「まーやの魔力(マーナ)に反応しているのは確かなんですけど…」

最初はほんの出来心だった。余りにも幸せそうに寝ている蒼にちょっとしたイタズラをしただけ。しかし、ほんのちょっとまーやから魔力が蒼に流れると、一瞬何かが見えた気がした。

最初は錯覚かと思ったけれど、確かめようと再び魔力を流し込むとやはりうっすらと見えるのだ。

そして蒼がまとう通力(プラーナ)が変化するの。

それは通力でも魔力でもない、力強いなにかだ。

「通力と魔力の相乗…ですが…」

通力と魔力、光技と闇術の両方を使える最古の英雄。エンシェントドラゴンと呼ばれる存在は、机上の空論から現実のものとなったのが最近の事。

亜鐘学園の一年に入学してきた灰村諸葉(はいむらもろは)は二つの前世を持っている。そのため光技も闇術も使える最も古き転生者。その存在は瞬く間に学園を掛け、白騎士機関全てに知れ渡る事になった。


太陽が傾き、日が翳ってきた頃、はっと蒼が置きだした。

「そう言えば今日は二組の保奈美ちゃんとデートの約束がっ!」

「あ、それはまーやがちゃんと電話で断っておいたのです(にぱ)」

「ノーーーーーーッ!?」

他人の予定を勝手にキャンセルする子悪魔がここにいた。

「その代わり、今日はまーやが付き合ってあげるのです。うれしいです?」

「えー…」

「うれしいです?」

「う、うれしいです…よ?」

顔は笑っていたが妙なプレッシャーに首を縦に振っていた。

HRに出るとまーやが来る前に街へ繰り出してナンパでも…と思っていたのだけれど、田中先生の放下の合図と同時にまーやが教室に入ってきた。

「蒼、デートに行くのです」

「まーや…」

周りの視線がいたい…その目がこのロリコン、幼女趣味死すべしと言っているのが分る。

周りの視線なんてお構いなしとまーやは教室に乱入してくるとギュっと蒼の手を握った。

「わかった、わかったからこの手は離さねえ?」

「ダメなのです(にぱ)」

そう言うと強引に蒼の手を引いて教室を出るまーやと連れ出される蒼の絵。

蒼はあきらめて引かれるがままになっている。

街まで出るとそれはデートというよりも仲の良い兄弟の様。周りの人も微笑ましそうに眺めている。

蒼としては見目麗しい女性に声を掛けたいのだがまーやが手を離してくれない。

一瞬手を離された時に麗しの女性に声を掛けているとおもむろに腕を引かれ振り返ると笑顔のまーやが…いや、目が笑ってなかった。

それ以降蒼はあきらめてまーやに付き合っている。

「あ、あれが食べたいのですっ」

そう言ってまーやが指差したのはジェラードの専門店。

「むぅ…悩むのですっ…」

まーやはガラスケースの中のジェラードとにらめっこしている。

一応この店はカップに三種類のジェラードをよそってくれるのだが、まーやは絞り込めない模様。

「マンゴーとブルーベリー、抹茶の三つと、後はこのバニラとチョコ、ストロベーリーで」

決められないまーやに代わって蒼が勝手に注文する。

「蒼?」

「決められなければ二人でシェアすればいいだろ」

そう言うとまーやはその手が有ったっ!と言う表情を浮かべた。

商店街の外れに設置されているベンチに二人で腰をかけるとジェラードを突く。

「バニラはやはり王道なのです」

と、まーや。

「しまった…柑橘系に抹茶は合わない…」

「う…本当なのです…」

まーやが蒼のジェラードにスプーンを延ばし頬張ると同じ感想を述べた。

ほんの少しの幸福な時間。しかしそれを終わらせたのは狂獣の咆哮だった。

グラアアアアアァァァァァァッ!

パリンパリンパリンッ

商店街のガラスと言うガラスが突然前触れも無しに砕け散った。

「キャーーーーっ!?」
「な、なんだっ!」
「どうしてガラスがっ?」
「おい、頭上気をつけろよっ」

二階の窓から飛来するガラスの破片で商店街は阿鼻叫喚だ。

商店街のアーケードの上にそれは居た。

体躯は全長五メートルほどだろうか。

首が三つに尻尾が二つ付いている黒い犬のような化け物だ。それは神話に出てくるケルベロスのよう。

異端者(メタフィジカル)…」

「それも多頭種だな…」

まーやの言葉に訂正を加える。

通常、頭が多い方が異端者(メタフィジカル)は強力だと言われている。

グラァァァアアアアッ

再び咆哮。

今度はまーやの耳を蒼が塞ぎ、そのまま通力(オーラ)で防御する。

その衝撃はすさまじく、商店街に立っている人は居ない。皆地に伏していた。

そんな中に立っている人間を異端者が目にしたとしたら?

「くっそっ!」

蒼の目の前でメタフィジカル…ケルベロスが空中へとおどり出す。視線は完全に蒼たちに向いていた。

まーやがどこかに電話している。きっと応援を呼んでいるのだろう。

だが、間に合わない。

「ひっ…」

まーやの顔が恐怖に歪む。

ケルベロスは完全に此方をロックオンしているし、着地後アスファルトをめくり上げながら此方めがけて駆けてくる。

「逃げるぞ、まーや」

「蒼一人で逃げるのです。まーやは置いていってほしいのです」

「女の子を一人置いて逃げられるかっ!」


入学したての亜鐘学園の生徒がいくら救世主(セイヴァー)と言えどいまだ新人。それにメタフィジカルが出た場合多人数で囲んで殲滅するのが常道で、一対一など先ずありえない。

普通の救世主ならおそらく一秒後には絶命しているだろう。

しかし、蒼は普通とは言いがたかった。

地面を蹴って振り上げられた豪爪。しかし、それを蒼は一歩下がる動作で距離を取ってかわして見せた。

空振りする鉤爪。

蒼はケルベロスから10メートルほどの距離を置いていた。

「くっそ…まーじかよ…相当なまってるなぁ…」

「え…え?」

蒼とまーや、両方ともショックを受けていた。

まーやはいったい何が起きたか分らないと疑問をうかべ、蒼は自身の能力が十全でない事にショックを受ける。

くるりと蒼はまーやを担いで反転すると一歩二歩と走り出す。

それを追うようにケルベロスが迫るが三歩踏み出すと同時にやはり蒼は10メートルほど距離を取って現われる。

破軍(はぐん)じゃ…ない…

とまーやは蒼に担がれたまま考える。

破軍とは光技の中の七つ有る神速通(じんそくつう)の一つ。その最上級技で、瞬間移動したかのように高速で動く縮地の法である。

それ相応の反動がある技で、担がれているまーやが無事でいられる技ではないのだ。

それにこんなに連発できる技じゃないです…

一歩二歩三歩と、蒼は三歩進むたびに瞬間移動してケルベロスから距離を取っている。

「まーや、援軍は?」

蒼の声にまーやはすまなそうに声を発した。

「来れないのです…実戦部隊(ストライカーズ)は待機命令が出てるのです…白騎士機関の到着はまだ先なのです…」

「なぜっ!?」

「もう一匹メタフィジカルが出現しているのです。そちらが先に確認された弩級(ドレットノート)なのです…命令が混乱して実戦部隊(ストライカーズ)が出せないのです」

「良く分からんが、応援は来ない、ここは自分達でどうにかしろって事でオーケー?」

「このまま敵を引き連れて亜鐘学園に逃げるのです、そうすれば…」

「無茶を言う…普通出来ねーぞ?」

「でも…それしかないのです…このままどうにかあのメタフィジカルをつれて学園に逃げるのです…」

なんてしゃべっていたのがいけなかったのか、いつの間にか距離を詰められていたケルベロス、その振り上げられた鉤爪を避ける事が難しいタイミングで振るわれた。

「くそっ!」

踏み出した足はまだ二歩。全盛期の勘を取り戻して居ない蒼にはこの攻撃を避けるのに三歩分のインターバルが必要だった。

とっさにまーやを抱きしめ庇うと、振るわれた鉤爪を光技で言うところの「金剛通(こんごうつう)」、念で言うところの「堅」でガードして受けると、勢いを殺すように自身から跳ね上がった。

跳ね飛ばされた先に有ったのは大きめの工場後。倒産し、廃墟となっていたそこの入り口を盛大に破壊して転がりながら中に入る。

「大丈夫かっ!まーやっ」

「め、めがまわるのでふ…」

「それだけ言えれば大丈夫だな」

ようやく混乱から立ち直ったまーやが気遣わしげに声をだす。

「あ、蒼は大丈夫なのです?っ…その傷はっ」

すぐさま闇術で癒そうとするまーやの目にはずたずたに引き裂かれた蒼の背中が映った。

「ダメだ、時間が無い」

まーやの闇術を制した蒼は視線を入り口に向けると獣の影が近づいてきた。

それを見るなりすぐさま蒼は印を組んだ。

「分身の術」

ボワワワンと現われるのは無数の蒼。

「ええっ!?幻影の像っ!?(ファンタズマル ヴィジョン)」

闇術に光学的幻影を作り出す術があるが、光技では実現されていないそれ。

次いで蒼は自身の胸元にあるドッグタグを引き千切るように握り締め、通力(オーラ)を込めた。

亜鐘学園の生徒なら誰でも、蒼も首から下げている認識票。これに白鉄のつかう通力(プラーナ)、黒魔が使う魔力(マーナ)と呼ばれるエネルギーを込める事で生前使っていた愛用武器を再現できるアーティファクト。

が、このままでは蒼には使えない。

蒼は自身の背中に手を当てて滴る血液を指に集めると再び印を組み上げ、その手のひらでドッグタグを再び握り締めた。

「来いっ!ソルっ!」

ドッグタグがいつしか宝石に変わっていた。

「ソルっ!」

呼びかけても返ってくる言葉は無い。

「まさか魔力不足かよっ!リンカーコアがまだまわってないからかっ」

入り口から入ってきたケルベロスは複数の蒼を見るや飛び掛り、遠方に入ると見れば今度は口から炎弾を吐き出していた。

「まーや、よく聞け。今からあいつの敵愾心をあおる。俺があいつを連れて出て行くからそれまでまーやは隠れていろ。大丈夫、まーやにあいつの攻撃は当てさせないさ」

「で、でもっ!」

まーやの言葉は最後まで聞かず蒼は物陰から走り出していった。


クソッと蒼は心の中で舌打ちをする。

リンカーコアがまだ覚醒しない。

廻すための魔力が足りないからだ。

権能がまだ機能しない。

権能を自在に使う感覚がまだ肌に染み渡っていない上に、実際はまだ精孔が開ききっていなかったからだ。

同じ理由で万華鏡写輪眼も使えない。

ぎりぎりでようやく写輪眼が使えるようになった程度。

蒼の目が赤く染まった。

写輪眼だ。

とりあえず、それだけでも相手の動きを見逃す事は無い。

ケルベロスはついに蒼の分身を全て片付け、今度こそはと蒼のにらむ。

対する蒼は背中に大きな傷を背負い万全とは行かない状況。

素早く蒼は印を組む。

「火遁・豪火球の術」

蒼の口から巨大な炎弾が撃ち出される。

「ガッ!」

迎え撃つケルベロスの炎弾は威力負けして炎を被った。

そのまま入り口へと走る。

追いすがるケルベロスはそのアギトをギラつかせた。

すんでの所でそれを回避すると光技で言う所の金剛通、剛力通(ごうりきつう)のあわせ技である崩拳(ほうけん)、念能力で言う「硬」でカウンター。頭の一つを潰して見せた。

「くっ…」

渾身の一撃だったが蒼もまた肩に激痛が走る。

「まさかまだ頭が有ったとわね…」

頭を殴った拍子に振り子のように振られた胴体。その尻尾が突然頭に化け、蒼の右肩へと噛み付いたのだ。

どうにか噛み千切られる前に身を引けた為に裂傷で済んだが、一歩間違えれば右腕を失っていただろう。

そう言えば…尻尾は二本あったはずだが…?



蒼がまーやをかくまいつつ戦っている。

わたしは何も出来ないの?

実際まーやには実質戦闘力は皆無と言って良い。

だが、だからと言って何も出来ないで隠れている事しか出来ない自分を恥じる事は出来た。

それしか出来ないと言ってもいい。

そんな自責の念に駆られている時、まーやの耳に何か声のようなものが聞こえた気がした。

…おね…い…す

「え?」

お…が…です

「だれ、誰なの?」

誰かの声に必死になって耳を傾けるまーや。

わたし…ひ…って…ください…

「どこっ!?」

必死に視線を左右に向けると目に映ったのは蒼が置いていった一つの宝石。

まーやは急いでそれを拾い上げると胸元へと持ち上げた。

『おねがいです』

今度ははっきりと聞こえた。

「あなたがしゃべっているの?」

『はい、時間が有りません。お願いがあります』

「え?あ、うん…なに?」

相手がしゃべる宝石だと言う事に驚いている暇は無かった。

『マスターのリンカーコアを廻す為に魔力を譲渡してもらえませんか?』

「え?それって…」

『あなたが持っている魔力をマスターに分けて欲しいんです。きっかけがあればマスターのリンカーコアがまわり始め、自力で魔力を生成するはずです。そうすればこの状況を打破できるはずです。私のマスターはあんなに弱いはずは無いっ!』

「わかったわっ」

そう言って立ち上がるまーや。しかしその顔は少し赤く染まっていた。

『どうしました?』

「ちょっと照れるなって思って」

『は?』

宝石が素っ頓狂な声を上げたとき、ケルベロスの体から一本の一歩が分離し、まーやに向かって飛んできた。

その尻尾はいつの間にか頭が生え、四肢が生え、小さな狼になっていた。

それにまーやが気がついた時にはすでに遅い。

狼の首はまーやを確実に捉えている。

絶体絶命だった。

まーやは死を覚悟した。

が、一行にその死はやってこない。

「まったく…隠れていろと言っただろ…」

蒼が一足でクロックマスターを行使し過程を省略し狼に肉薄して崩拳を食らわせたのだ。

「くぅ…」

大分無茶をした為にその場で蒼は膝を付いた。

それをまーやは小さな体で抱きとめた。

「わりぃ…逃がしてやれそうにねぇわ」

蒼にしては気弱な発言だろう。しかし、それほど今の蒼は弱っていた。

「蒼、おまじないなのです」

そう言うとまーやはおもむろに顔を近づけ…

「はぁ?むぐっ…」

その小さい唇が蒼の唇を割り、その小さなしたが精一杯に伸ばされる。

「な…何を…」

と、何かを言おうとしていた蒼にまーやは自身のありったけの魔力(マーナ)を注ぎ込んだ。

まーやの魔力は蒼のリンカーコアをこじ開け、そして魔素が吸収され始める。

瞬間、周りの魔素が暴食の限りを尽くされたかのように薄くなった。

「ソル…」

蒼の呼び声。それに応えるようにまーやの持った宝石が光る。

『スタンバイレディ・セットアップ』

瞬間銀光がはじける。

発光は一瞬。しかし、その一瞬後には銀の竜鎧を着た蒼が立っていた。

「蒼?」

まーやが心配そうに訪ねた。

「全く無茶をする」

『おひさしぶりです、マスター』

「ああ、久しぶりだ」

『…ちょっと性格が違うようですね』

「ちょっと覚醒が遅すぎてね。混じった」

『なるほど…ですがあなたはあなた。わたしはいつでもあなたの杖です』

「うれしい事を言ってくれるな」

会話の途中でケルベロスが乱入、その巨体で踊りかかる。

『プロテクション』

ガンと突如現われた障壁に激突し、ダメージを負ったのはケルベロスだ。

「そんな…スペリングも詠唱も無く闇術を…?」

二度、三度と襲い掛かるケルベロスを阻むように二枚、三枚とプロテクションが遮る。

「さて、リンカーコアは動き出したけれど、まだまだ勘は取り戻せていない。ぶっつけ本番だけど、やれるか?」

と言うと蒼はオーラと魔力を合一する。

蒼の背後に巴と剣十字の紋章が浮かび上がると蒼の体から力強い力が溢れた。

「輝力合成…紋章を強化っ!」

ぐんと背後の紋章がその存在感を増した。

「プラーナとマーナの合成…そんな…まさか…」

と口を押さえるまーや。

再びの鋭爪での攻撃。

蒼はプロテクションを展開しなかった。

代わりにその攻撃を受け止めたのは巨大な肋骨。

攻撃が受け止められると距離を取り、今度は炎弾をケルベロスは撃ち出して来た。

現われるのは巨大な左腕と霊体で出来た鏡の盾。ヤタノカガミ。

炎弾が着弾するよりも速く蒼の気力がまーやをも包み込む。炎弾はヤタノカガミが弾き返す。いくら連射されても蒼にダメージは無い。

肋骨、左腕、右腕と現われると最後にシャレコウベが現われ、人の上半身だと分る。

グルルルゥ…グアアアアアアアァァアァッ

ケルベロスが吠えると蜜首の後ろからさらに二つ頭が現われ、新たに生えた二つの尻尾からも頭が現われた。

その体躯も倍以上になり、まさに異形。

「そんな…まだ頭が増えるなんて…」

とまーやが驚愕の声を上げる。

蒼はその肩を抱いて声を掛けた。

「大丈夫だよ…俺のスサノオは負けないさ」

「スサ…ノオ?」

まーやの見上げた先でドクロが肉付くように女の形を形成し、それを修験者のような鎧が包み込んだ。

現われる益荒男。

ケルベロスは頭が伸びて既に犬の様相ではなくなっていた。

その伸びた口からそれぞれ炎弾が発射される。その数都合6個。それも連射可能なようで雨アラレと発射されていた。

「きゃーっ」

まーやがその恐怖にたまらず絶叫。

しかしその程度で揺らぐヤタノカガミではなかった。

爆炎と噴煙が蔓延し、互いの視界を塞ぐ。

結果、ケルベロスは目標を付けられずに炎弾を吐くのを中止した。

噴煙が晴れるその刹那、一条の剣戟が走る。

「ふっ」

ズパンッ

それは快活な音を立ててケルベロスの首の一つを両断した。

返す刀でもう一頭。一瞬の内に二つの首を失った異端者(メタフィジカル)は残りの首でようやく噴煙が晴れた為に目視できた大太刀を封じようと絡み付こうと躍動した。

しかし…

一閃、二閃と大立ちが翻るたびに屠殺される動物の如く首が撥ねられていった。

「これで最後だーーーーーっ!」

気合と共に振り下ろされた大太刀。草薙の剣はメタフィジカルの体を両断し、廃工場の床を粉砕。ちょっとしたクレーターが出来ていた。

「よしっ…て…あら?」

メタフィジカルが倒れたのを確認すると蒼の四肢から力が抜けていった。

「あ、蒼?どうしたのです?」

ズルっとつんのめるようにして倒れこむ蒼の下敷きになって一緒に倒れこんだまーや。

「蒼…蒼?」

「ぐー…」

「って、ねてるーっ!?起きるのですー、蒼ーっ」

揺すっても大声を出しても起きない蒼にまーやはあきらめて携帯電話を取り出した。

掛ける先はまーやの従姉妹であり亜鐘学園の校長である四門万理その人である。

「まーや、無事っ!?」

携帯電話が繋がると、開口一番で万理の口からまーやの安否確認の言葉が漏れた。

「まーやは大丈夫なのです。蒼お兄さんがメタフィジカルの攻撃で重症なのです…直ぐに迎えに来てほしいのです」

「メタフィジカルはっ!?」

まーやは前世の記憶を持っている分歳不相応に聡明だ。

だからこの場で…万理の周りで誰が聞き耳を立てているかわからない状況で本当の事を言うと言う愚はおこさない。

「逃げていったのです。まーやも蒼お兄さんも命からがら逃げ切ったのです」

「……そう。詳しくは後で聞くわ。メタフィジカルは逃げたのね?」

「はいなのです」

「分ったわ。も一頭の弩級の反応も消えたみたいだから直ぐに迎えを向かわせるわね」

「よろしくなのです。万理お姉ちゃん」

そう言ってまーやは携帯電話の通話を切った。

「蒼はエンシェントドラゴン(最古の英雄)だったのですね…まーやはびっくりなのです」

通力と魔力を両方扱い、さらには二つを合成してみせた。

「守ってくれてありがとうなのです。わたしの英雄さん」

そう言ってまーや蒼のほっぺにキスを落とした。


亜鐘学園学園長室。

そこには今万理とまーやの二人だけだった。

「それで、まーやを襲ったメタフィジカルだけど…」

と切り出したのは万理だ。

「蒼が一人で倒しちゃったのです」

「そう…よく一人で倒せたわね」

「そうなのです。まーやもびっくりなのです。多頭種、それも弩級(ドレットノート)だったのです」

「ちょっと、それ聞いてないわよっ」

「言ってないので当然なのです」

事前の事情聴取。蒼はまだ眠りこけているのでまーやが受け答えしていた。その中でであったメタフィジカルは通常のメタフィジカルであると報告している。

それを聞いて万理は頭を抱えてイスにもたれ掛った。

「灰村くん一人だけでも頭が痛いと言うのに…」

「もう一体現われたメタフィジカルも弩級だったみたいなのです?」

「そうね。それも嵐城サツキさんや漆原静乃さんの二人が居合わせたようだけれど、実質倒したのは灰村くん一人ね」

「Sランク救世主(セイヴァー)…なのです?」

ランクS。

一人では打倒し得ない異端者を狩った者に送られる称号だ。

「七人目の…ね…いえ、神鳥谷(ひととのや)くんもいるから八人になるのかしら?」

「それは違うのです、万理お姉ちゃん」

「は?」

「蒼はセイヴァーオブセイヴァー(SS)なのです」

まーやの言葉に絶句する万理。無邪気な表情を浮かべるまーやとは対照的だった。


あのメタフィジカルとの戦闘から数日。

特に変わり映えも無く、いつもと変わらない生活に戻っていた。

と言うのも、蒼はメタフィジカルとの戦闘で負傷して担ぎ込まれた事になっていたからだ。

傷自体は大方運び込まれる前には治っていたらしく、医者の先生からもさっさと退院しろと言われる始末。

そんな訳で今日も今日とて蒼は実技の授業をサボって昼寝していた。

その傍らにまーやが居るのもいつものことだ。

そこに乱入者が現れる。

長い髪をサイドでひとくくりに纏め上げた少女。名を嵐城サツキと言う。

全身から怒気を立ち上らせ、肩を怒らせて歩いてくる。

「こんなところに居たっ!ってー幼女と添い寝しているっ!?」

「うるさいのです…」

目をこすりながら先に起きたのはまーやだ。

「あ、あな…あなたたちなにやってるのよっ!」

「何って、昼寝です?」

「それは見れば分るのよっ!」

「じゃあ訓練なのです?」

「昼寝が訓練な訳無いでしょうっ!訓練はいま授業でやってるところよっ!」

どうやらこの嵐城、蒼を連れ戻しにきたようだ。

「サツキお姉さんには分らないのですか?」

「なにがよ」

「蒼には一年のカリキュラムは必要無いのです」

「うぇええ!?」

「蒼は七門全部開いてるですよ?」

見て分らないのか?と馬鹿にするように言い放つまーや。

一年の白鉄の実技は一年掛けて七門全てを開いて自在に通力(プラーナ)を汲みあげる事が出来るようにする事だ。

サツキも見れば確かに蒼の体は蒼銀の通力が溢れ出ていた。

「だから蒼には今の実技の演習は必要ないのです。むしろ蒼の修練の邪魔をしないで欲しいのです」

「昼寝がどうして修行になるのよっ!」

食って掛かるサツキ。

「サツキお姉さんには蒼が今どんなにすごい事をしているのか分らないのですね」

「ぜんぜん分らないわ」

はぁ…とため息一つ。まーやは説明する。

「サツキお姉さんは寝たまま通力(プラーナ)を纏う事が出来るのですか?」

「え?…それは…えと…」

と考え込んだ後サツキはポソリとつぶやく。

「出来るの?」

「先生に聞いてみるといいです。でもきっと答えはこう返ってくると思います。修行すればいつかは」

「え?」

「理論上は可能なのです。でも、この学園じゃ教えないのです。何故なら継続戦闘時間に重点を置いてないからなのです」

「どう言う事?」

「メタフィジカル戦は短期決戦が望ましいのです。つまり瞬間的に力を発揮する事を優先して教えているのです。でも蒼のこれは逆に継続戦闘時間の延長を目的とした訓練なのです」

「えっと…」

「プラーナを長時間放出する事は実は結構難しい…と蒼が言っていました。金剛通(こんごうつう)が戦闘中常時展開できるくらいじゃないと話にならないね、と。まーやはその時は頷いたのです。でも、そんな事ができる白鉄が居るとおもうです?」

「居るんじゃ…ないの?」

実戦部隊(ストライカーズ)の隊長でもそれは出来ないって言ってましたのです」

「それじゃあ…」

「でも、だからこその訓練なのです。常時プラーナを纏う事が出来れば、戦闘中ずっと金剛通を使い続けることが出来るかもしれないのです。だから蒼は四六時中プラーナを纏っているのです」

「え?そんな訳ないわ。わたしは一緒のクラスなのよ?さすがにプラーナを纏っていれば見れば分るわよ」

「今度、天眼通(てんげんつう)で見てみるといいのです。まーやの言っている事がうそじゃないって分ると思うのです」

「う、うん…分ったわ…ってまだわたし天眼通使えないんだったっ!」

「七門もまだ開けてないんでしたね……サツキお姉さんは他人の事に構ってないで自分の事を心配するほうが言いと思います…」

と幼女に駄目出しをされるサツキ。

表情にちょっと涙目が入っていた。

「それはそうと、あなたの纏っているそれってプラーナ?あなたは黒魔じゃなかったけ?」

「まーやは黒魔なのです。これは蒼のプラーナなのですよ」

と、自分の周りにまとわりつく蒼銀のプラーナを指差していった。

「え?他人にプラーナを纏わせる事って出来るの?」

辰星(しんせい)の応用だと思うのです。…蒼は「流」って言っていたのです」

「体に害は無いの?」

「今の所は特に無いのです。それにこれはまーやの特訓なのです」

「特訓?」

「これだけ近くでプラーナを感じていればまーやもプラーナを扱える日が来るかもなのです」

「来ないわよ。黒魔は光技を使えない。常識でしょう?」

「その常識はサツキのお兄さんのせいで覆ったのです。もう古いのです」

「お兄さまがすごいのよ。前世が二つも有るのはわたしとしては腹立たしくあるのだけれど、強いお兄さまは尊敬するわ。ふぉーふぉっふぉっ」

「と言う事でまーやはお昼寝に戻るのです」

「まてぃっ!」

とサツキがすかさず突っ込む。

「何ですか?まーやは眠いのです。手短にお願いしますね?」

「特訓している事と授業をサボるのは別だわっ」

「これはマリお姉ちゃんも認めているのです。一学年のカリキュラムは終了しているので問題ないのです」

「校長先生が?ホントに?」

「本当なのです。疑うのなら田中先生辺りに聞いてみると良いのです」

話は終わりとまーやも寝入る。

サツキはすごすごと踵を返していった。

「実際黒魔が光技が使えないと言う常識は古いのです」

とまーやは誰とも無しにつぶやいた。

かざした右腕、蒼銀のプラーナに隠れて分らないが、その下層には水色のプラーナがにじみ出ていた。

それをにまにまと見つめてまーやは再び眼を閉じた。



どうしてこうなった…

ここは亜鐘学園男子寮。

亜鐘学園は寮にしては珍しく一人一室で、大浴場もあるが、ユニットバス完備と豪奢なつくりをしている。

部屋も決して狭くないつくりで、ルームメイトが居ても十分なほどに広い…のだが…

「今日からよろしくお願いしますなのです(にぱ)」

イイ笑顔で頭を下げる幼女が一人。

「まーや…ここ、男子寮」

「マリお姉ちゃんの決定なのです。まーやは今日からここで暮らすのです」

「えー?」

「まーやの事は抱き枕だと思って可愛がってくれるとうれしいのです(にぱ)」

決定事項だと譲らないまーや。

「何度生まれ変わっても俺は幼女に憑かれる運命なのか…?」

がっくりと肩を落としてうなだれる。

「とりあえず…飯つくろうか…」

「さっそく食堂に行くのです」

「そうか…まーや一人で行って来ていいぞ」

「?…蒼は行かないのですか?」

「食堂もまずくないがね。記憶と実感を擦り合わせる為にメシは自分で作る事にしてるんだ」

「蒼が作るのですかっ!?」

「何を驚いている…」

「いえ、別に…なのです。それじゃあまーやの分もお願いするのです。蒼」

「へいへい」

蒼嘆息すると冷蔵庫を開け、ざっと中身を確認する。

手前にある茶碗蒸しの器を手に取るとまーやに向かって投げ渡した。

「わ、わわっ!?」

綺麗な放物線を描き茶碗蒸しの器はまーやの手のひらに収まる。後からスプーンを投げるのも忘れない。

「茶碗蒸し…ですか?」

不思議そうに蓋を開けるとバニラエッセンスの甘い匂い。

「もしかして、プリンなのです?」

「器はちょうどいいのがそれしかなかったから勘弁な。それとちょっと時間が掛かるから、それ食べてまってろ」

と蒼はそっけなく答えた。

「蒼がこれを作ったですか…」

感心してからまーやは一口プリンを口に含んだ。

「うまっ!?…うまいのです」

夢中でプリンを頬張るまーやはまるでリスのよう。

まーやも居る事だしと、蒼は手際よく調理を進める。

流れるように調理場に立つ蒼を見てまーやはショックを受けている。

「蒼の前世は料理人だったのですか…?」

「和、洋、中にトルコ、フランス何でもござれってな」

そう言いつつ蒼はひき肉を混ぜていく。

ハンバーグの種が完成したら冷蔵庫で冷蔵。油を固めておく。

その間に揚げ油を火に掛け暖めると同時にキャベツを千切りにしてパプリカで色を添えた付け合せのサラダを用意。

さらにフライパンを取り出して暖め始めた。

蒼は冷蔵庫に戻ると右手でトンと冷蔵庫を叩く。

螢惑(けいこく)ですか?」

目ざとくまーやがつっこんだ。

「俺は『発』って呼んでいるよ」

光技、螢惑(けいこく)

通力を己の根源へと近づけ、変化させる技だ。

「へぇ、蒼はもう自在に螢惑が使えるのですね」

どんな効果かと問わないまーやに蒼もつい口が緩む。

「まだまだ生前のそれには遠く及ばないけどね。昔は因果も思いのままに操れたんだけどねぇ…」

「蒼はすごいのですね」

「まーね。俺はすごいのよ」

がちゃりと冷蔵庫を開ければ程よく冷えたハンバーグの種。

それを適量に分けると空気を押し出すように右手と左手でキャッチボール。小麦粉をまぶすと熱したフライパンに落とす。

ピピピピっ

どうやらオーブンの余熱も終わったようだ。

ハンバーグの両面に焼け目が付いたら200度のオーブンに移して10分すれば出来上がり。

その間に冷凍庫から下処理して冷凍しておいたナチュラルポテトを取り出すと油で揚げるとオーブンが鳴った。

さらに付け合せのサラダ、ポテト、ハンバーグと乗せ、作り置きのアップルソースをかければ完成。

最後に冷蔵していたオニオンスープを温めなおすのも忘れない。

「まーやはパンとご飯、どっちがいい?」

「まーやはこう見えても日本人なのです。ごはんでお願いしますなのです」

と言う事はナイフとフォークにこだわる事も無い。

割り箸を準備するとテーブルへと運んだ。

「いただきますなのです」

「いただきます」

と二人で手を合わせてから食事を開始。

「うまっ!?うまいのです…」

感激するまーや。いや、どこかショックを受けているようだ。

「おー、そーかそーか。…んーまぁ有り合せじゃこんなもんか」

「ねぇ、蒼」

「なんだ?」

「まーやと結婚してくださいなのです」

「おっと、幼女からのプロポーズかよ。だったらこう返そう。大人になったらなー」

「絶対なのですよ?まーや、一生懸命美人の奥さんになるのです。だから蒼は毎日美味しいご飯をまーやに食べさせてくれなきゃダメなのです(にぱ)」

「普通逆じゃね?可愛い奥さんが旦那さんを食わせるべきでは?」

「うー…だって前世を合わせればどうがんばっても10年でまーやが蒼に追いつくことは出来ないのです…」

「はっはっは」

「笑い事じゃないのですー…真剣なのです」

その後、誰もいない時間を見計らい、清掃中の立て札を大浴場に掲げ、貸切のそれにまーやと二人で浸かる。

「見ちゃダメなのです…」

恥ずかしそうに顔を赤らめるまーや、しかし…

「残念。俺の守備範囲は14歳からでした」

「むー…今に見ているのです」

何の感慨も無い蒼にまーやはむくれた。


さて、どうしてまーやが蒼の部屋に転がり込んでいるかと言えば、それは蒼が授業中の事。

まーやはそこが当然とばかりに校長室に居座っていた。

革張りのソファに身を沈め、リラックス。

するとポウっと青白い光がまーやを包み込んだ。

通力(プラーナ)だ。

「血液が循環するように…漏れでたそれを止める…」

まーやはまだ精孔が開ききっていないのか、纏うオーラが薄い。

それに直ぐに霧散した。

「う…難しいのです…」

気を取り直してもう一度。

うっすらと青白いオーラを纏う。

あまりに集中していたからだろう。ガチャリと開けられた校長室の扉の音を聞き逃してしまった。

入ってきた何者かはまーやを見て驚き、しかし声を飲み込みまーやを見つめていた。

「はう…やっぱり難しいのです」

「まーや」

「はうわっ!?」

突然かけられた声に、飛び起きて回りを確認するまーや。

「ま、…マリお姉ちゃん…」

すると途端にバツが悪いような表情を浮かべると弱弱しい声を出した。

「み、…見たですか?」

「ええ、…それ通力(プラーナ)よね?黒魔のまーやがどうして…?」

「さ、さっきのは通力(プラーナ)じゃないのです。念能力(オーラ)なのですっ」

だからまーやが使えても何の問題も無いのだ。とまーや。

「オーラ?詳しく教えてくれないかしら?」

「誰にも言わないですか?」

「約束するわ」

まーやは万理には隠し事をすることが出来ないくらい彼女が好きだったし、また信頼もしていた。

「オーラは蒼が使っているエネルギーの名称なのです」

神鳥島(ひととのや)くんね。でも彼は白鉄で、周りもそれに違和感を感じてないわ?」

「きっとオーラもプラーナも根っこの部分は同じなのです」

「同じ物?だったら…」

それこそ黒魔であるまーやが使えるはずが無い。

「蒼は言っていたのです。黒魔は先天技能。白鉄は後天技能だって」

「え?」

「殺すつもりで1万人くらいプラーナを纏った拳を叩きつければびっくりして一人くらい門を開くんじゃないかって言ってました。あ、蒼は別の言葉で言っていたのですが、万理お姉ちゃんにはこの方が分りやすいと思います」

念を纏った攻撃を1万人くらいすれば一人くらいは精孔も開くだろうと言ったのだ。

「でも、本質はそこじゃなくて。輪廻転生者じゃなくても覚醒できるだろうって蒼は言ったのです」

「それは…でも…」

「古来、英雄と呼ばれる人たちは皆自然と門を開く事が出来た人たち。だから超人的な力を得て英雄になれた。今の世も天才と呼ばれる人たちは無意識に使っているそうですよ」

「もしかして、黒魔が少ないのってそれが理由なのかしら?先天技能と後天技能、比べるまでも無く後者が多いのは当たり前よね」

「はいなのです。そして後天技能は努力すれば覚えられると言う事なのです」

「まって、それはおかしいわ。一万人に一人くらいでしか覚醒できないのなら、それは先天技能なのではなくて?」

「蒼はそれについては何も言わないのですが、さっきの話はびっくりして起こした拒絶反応の事だと思うのです。ゆっくり自力で七門を開ける事は不可能じゃないとまーやは思うのです。そして、結果まーやは不完全でも門を開ける事に成功してるのです」

「ど、どうやって…」

「?…蒼にくっついて昼寝してただけですよ?」

「どうしてそれで門が開くのよ…」

「やってることは同じなのです。蒼のプラーナがまーやを包み込むと、まーやの体の中の門がうっすらと小さな穴を開けるのです。それがどんどん大きくなっていって、ようやくうっすらとプラーナを纏えるようになったのです」

「後天的にプラーナを全身に通す事によって覚醒を促すって事ね」

「オーラは生命力なのだそうです。それは誰もが持っているものなのです」

「じゃあ黒魔は?」

「それはリンカーコアを持って生まれた人の総称なのだそうですよ。蒼は魔導師っていってました」

「リンカーコア?」

「周りの魔素を貯蔵する器官の事らしいです。これが無いと魔力(マーナ)は操れないのです。地球人でこのリンカーコアを持って生まれてくる確率はそれこそ一万分の一くらいなんじゃないかって言ってました。例外はリンカーコアを持ったまま転生してきた輪廻転生者くらいだろうって」

「一度、神鳥谷(ひととのや)くんとはじっくり話し合ってみる必要がありそうね」

と万理。

「それはまーやがそれとなく聞き出すのを待って欲しいのです。まーやがきっと蒼を篭絡してみせるのです」

「あら、それは頼もしいわね」

と万理はくすくすと笑ってから「じゃあ」と提案した。



提案されたのが蒼とまーやの同居。

一種のハニートラップだが、まーやにはとくに否やはなかった。

夜、まーやは蒼のプラーナに包まれて眠る。それはいつもの夜よりもとても安らいだ物になるのだった。


ある日、ルームメイトのまーやが疲れたように帰ってきた。

「なにかあった?」

「怪獣大決戦を目撃してきたのです…」

「メタフィジカルでも出たのか?」

「いいえ、諸葉とサー・エドワードの戦いの現場に居合わせたのです…」

ランクSと言う噂のある最古の英雄の灰村諸葉と白騎士機関の異名の源である六頭領(シックスヘッド)の一角。ランクS、サー・エドワード・ランパード。

その二人が幾つかの思惑でぶつかり、引き分けてきたそうだ。

「それは…確かに怪獣大決戦だったな…」

事の詳細を聞けば灰村が山一つを凍らせるほどの禁呪をぶっ放したそうだ。

まーやの固有秘法(ジ・オリジン)・夢石の面晶体、(フィールドオブドリーム)が無ければ現実空間を永久凍土に変えてしまう程だったと言う。

「なるほど、ランクSはカンピオーネ並みと言う事か…」

「カンピオーネってなんです?」

とまーやは可愛く聞き返す。

「神を殺した神殺しの魔王の事さ」

「へぇ、アオも神様殺した事が有るのですか?」

「昔なー。スサノオとかオーディンとか…強敵だったな…」

「へぇ…アオはとっても強いのですね」

「まーね」

「それじゃ、アオとサー・エドワードが戦ったらどっちが勝つのです?」

「まだ習熟が足りてないからなんとも言えないなぁ。権能もまだ十分に使えてないし。とは言え、昔の俺だったら負けることは無いと思うけどね」

と、蒼。

スサノオは日本神話の三貴神、オーディンは北欧神話の主神のはずです。それを倒した?時代背景どころか場所も違いすぎます。それに権能ですか。

まだまだアオは分らない事は多いのです。

そうまーやは心の中だけで蒼の失言を反芻した。


その日も蒼は実技をサボって昼寝していた。

『まったく、エドワードさまはっ!いったいどちらに行かれたのかっ』

と、クイーンズ英語で暴言を吐きながらどすどすと芝生を歩いてくる金髪のメイドさんが一人。

ドスドスドス、ムギュ…ムニ…

「ぐえっ…」

カエルがつぶれたような声が下から聞こえる。

『なんだ?』

と視線を向ければどうやら学生を踏み潰していたようだ。

「なかなかに絶景だね」

視線が交錯…しなかった。

蒼の視線はスカートの中の神秘を焼き付けんばかりに凝視している。

『い…い…い…いやーーーーーーーっ!?』

ゲシゲシゲシゲシッ

真っ赤に染まった顔で金髪メイドさんはプラーナを纏った強烈な蹴りが蒼に見舞われる。

「おっ…おふっ…ちょ…まっ…ぐふぅ…」

躊躇い無く振り下ろされる蹴撃。『硬』で守らなければ頭蓋骨陥没は免れなかっただろう。

ダメージは殆ど無いが、流石にそろそろ蒼も辛い。

『しねーーーーーっ!』

蒼は振り下ろされた足を掴むと最小の力で投げ返し、出来た隙で立ち上がる。

『え、ええ!?』

放り投げられたメイドさんはくるりと一回転。そのままフワリと着地した。

着地したのだが…スカートは風で捲し上げられて、時間差で膝を隠した。

…つまりは丸見えだった。

『はじめまして、可愛らしいメイドさん。大人の魅力溢れる下着でしたよ』

と、流暢な英語で弁明を計る蒼。しかし、恋人でもないのに下着を褒められて喜ぶ女性がいるだろうか?

むしろ顔面はさらに烈火のごとく真っ赤に染まった。

『ころす…』

『え、なんです?』

『殺すっ!ぜってー殺すっ!エドワードさまにもまだ見せたこと無いのにっ!』

そう言うとメイドさんは胸元の認識票を取り出し握り締めた。

認識票を良く見ればアンジェラ・ジョンソンと書いてあるようだ。

握り締めた認識票が形を変え、途端に双頭剣がその手に現われる。

真ん中の連結部が外れ、両手に一刀ずつ握り締めると神速通を使って切りかかってきた。

『しねーーーーっ!』

『ちょ、ちょっとっ!そんなに怒る事無いのにっ!だいたい俺が寝てたところに通りかかったのはそっちだろー』

と言い返す蒼をメイドさんは一刀両断。

しかし、捉えた剣筋は虚空を斬るだけ。一瞬前には確かに蒼の姿があったと言うのに切り裂いた感触はアンジェラには無かった。

神足通・巨門(こもん)。蒼の言うところの変わり身の術の応用。

緩急を付けた素早い移動で残像を残して移動する技だ。

『猪口才なっ!』

五メートルほど後方に現われた蒼をすぐさま追撃するアンジェラ。

それを再び巨門で避ける。

救世主(セイヴァー)の私闘は禁止されてるんじゃなかったっけ?』

『これは私闘では無い。誅殺だっ!』

『そんなむちゃくちゃなっ!』

攻撃の当たらないアンジェラの怒気がだんだんと大きくなってきた。剣筋もだんだん鋭さを増してくる。

『ちょ、流石に無手は厳しいか?』

蒼はそうつぶやくと認識票を手に持ちオーラを込めた。

現われたのはソルの刀身。鞘も変化して二本の刀が現われる。

キィンキィン

一合、二合と剣を交えると、互いの刀身から火花が散った。
三合、四合と打ち合うと
アンジェラは怒りを通り越し、冷静さが戻ってきた。

おかしい、と。

アンジェラはランクAの白鉄だ。

ランクA以上は表面上はランクSしか存在せず、それも世界に六人しか居ない。そのことを含めてもほぼ最高位の自分が、まだ学生である少年と打ち合いながら未だ有効打に至っていない…どころか軽くあしらわれている。

太白(たいはく)で通力を武器に流し込み、斬りかかる。

並みの学生ならまず受ける事叶わない一撃。

しかし、相手は何の気無しに同量の通力(プラーナ)を込めてこれに打ち合う。

相手を破壊せんと流し込まれる通力(プラーナ)はしかし拮抗し、アンジェラの武器は弾かれる。

ならばと込める通力(プラーナ)を増やした攻撃もまた、同じようにいなされてしまった。

しかも、しかもだ。相手は一撃も自分から攻撃してきていない。アンジェラの攻撃を受け止めているだけだ。

明らかに手加減されているのがアンジェラにも分る。しかし認めたくない。

『くそっ…』

相手はどうみても学生。そんなやからにランクAの自分が遊ばれて良い訳が無い。

『もうやめましょうよ、下着を見た事はあやまりますから。ね?』

アンジェラにしてみればもう、そんな事はどうでもよかった。いや、どうでも良くはないが、ついにその武器を投げ捨てて無手になった蒼にさらに怒りを増大させていた。

『バカにしてっ!』

神速通・貪狼(どんろう)

全力全速での爆発的なスピードで、まるで分裂したかのように他方向から襲い掛かる分身技だ。

残像を残してまるで二人に増えたかのようなアンジェラの攻撃。

紅い…瞳?

アンジェラの意識はそれを最後にしばらく途切れた。


「まったく、パンツ見たくらいでそんなに怒らなくても…」

倒れこむアンジェラを支える蒼。

二分身したようなアンジェラの攻撃に、蒼も堪らず写輪眼を発動させてしまった。

写輪眼を通してみればどんなに速い攻撃だろうと見逃す事は無い。

最小の動きでアンジェラの攻撃の間合いに侵入し、光技の一種、鎮星(ちんせい)で肉体を傷つけずに意識だけを刈り取った。

アンジェラを抱えて木陰に移動すると、どうしようかと考える。

うーむ…このまま放置は流石に出来ないか…

蒼はアンジェラを自分の膝を枕に寝かせると覚醒を待った。

「アオっ…って金髪のメイドさんがいますっ!?しかも膝枕です!?」

やってきたのはよりによってまーやだ。

「こ、これはちがうぞ?いかがわしい事はちっともしてないからな?」

幼女相手に全力の弁明。

なぜか蒼はまーやのすごみに弱かった。

「本当なのです?」

「本当本当。ただほんの少しこのメイドさんに襲われただけだ」

「襲われて、返り討ちにしたのですね」

「…まぁね」

「それはまた…悪手なのでした」

「どうしてだよ」

「この方はアンジェラ・ジョンソンさんと言って…」

と、まーやの言葉は最後まで言えなかった。なぜならその言葉を継いだ者がいたからだ。

『ランクAの白鉄で、ボクの右腕だよ』

と、まーやの後ろから金髪のさわやかな青年が英語で話しかけてきた。

「ああ…えっと…」

またヤバそうなのが出てきたと蒼は思った。

「この方はサー・エドワード・ランパード。エリザベス女王から騎士の位を戴いた六頭領(シックスヘッド)のお一人です」

そうまーやが紹介する。

「ランクS…」

『ボクの可愛いアンがまさか簡単にあしらわれるとはね』

『気のせいじゃないですかね?彼女は貧血で倒れただけで…』

『そんな言い訳は通じないよ。ボクは校舎から天眼通で見ていたからね』

『おう…』

『彼女はこれでもイギリスでは高位のセイヴァーでね。それを簡単にあしらう君はさて、ランクはいかほどの物なのか』

『えっと、亜鐘学園に入学したてだから…ランクDですかね?』

『それは正当な評価じゃないね』

『アオはランクSSなのです(にぱっ)』

『おいーーーーっ!?可愛い顔してなんて事いってますかねぇ?』

『へえ、小さなレディは彼がセイヴァーオブセイヴァーと言うのかい?』

『はいなのです(にぱ)』

『それはボクが直々に手合わせしてみないとねぇ』

『武道館を使うと言いのです。許可はまーやが取っておくのです』

『ありがとう。小さなレディ』

『ちょっと、どうして二人で勝手に話が進んでますかね?』

『これは必要な事なんだよ』

と言うエドワードの言葉で武道館へ。

アンジェラは覚醒した瞬間にかなりやばい事になったのだが、今は割愛しておく。

放課後の武道館。

そこを貸し切って対峙する蒼とエドワード。

観客は少ない。極秘と言う事もあり、アンジェラとまーや、そして校長である万理だけだ。

めんどくさいが、適当に瞬殺されれば角も立たないか、と蒼は思っていた。

が、しかし…

「アオーっ!ワザと負けたりしたらこの写真をネットにばらまくのです(にぱっ)」

そう言って渡されたのはまーやに乗りかかるように倒れこんでいる蒼の写真。

これは先日メタフィジカルに襲われたとき、倒れこんだ蒼に押しつぶされたまーやが携帯の写真機能で撮影した物だが、見ようによってはまーやを襲っているように見える。

「社会的にしぬーーーーーーー!?」

あの子悪魔、すでに蒼を手玉に取っていた。末恐ろしい幼女だった。

蒼はあきらめて認識票を取り出す。

「ソルっ」

【スタンバイレディ・セットアップ】

蒼の通力が、魔力が型をなし、実体化する。

シルエットを見れば銀色の甲冑。しかし、そのディティールを見れば竜の鱗のよう。

『これは珍しい。それじゃボクも本気で行かないとね』

そう言うとエドワードも認識票を取り出す。

通力が迸ると、一瞬後には白銀の騎士甲冑を身に纏い、両手に盾と槍を持つ騎士が立っていた。

『これがボクの固有秘宝(ジ・オリジン)。銀嶺アーガステンだよ』

その甲冑は勇壮で荘厳。さらにエドワードが纏う通力はとても力強く輝いている。

互いに鎧を着用して対峙する。

槍を構えるエドワードに対して蒼は無手だ。

開始の合図は必要なかった。すでに二人とも戦闘開始だと認識していた。

先に動いたのは蒼だ。

まずは小手調べと印を組み上げる。

『おいおい、それは何の冗談だい?まるで忍者じゃないか』

と印を組む蒼を笑うエドワード。

が、しかし、それも直ぐに驚愕にかわる。

「火遁・豪火球の術」

ゴウッと蒼の口から放たれる巨大な火球。

『うわっとっ!本当に忍者だとでも言うのかい?キミは』

驚きながらアーガステンの盾で豪火球を完全にガード。熱量すらその盾は通さなかった。

視界を完全に塞ぎきった蒼は既に次の印を組み上げる。

「忍法・分身の術」

ボワワンと現われる蒼の幻影。

分身がそれぞれエドワードに突撃を開始する。

『貪狼…ではないね。ファンタズマル・ヴィジョンかっ』

エドワードも直ぐに看破し、槍を薙ぐ。

太歳(たいさい)を乗せて振るわれた一撃は暴風を起こし蒼の分身を直撃。実体のないそれを吹き飛ばす。

当然、分身にまぎれていたと思われた蒼はその全てを破られたときにはすでにそこには居なかった。

『後ろかな?』

硬での一撃。

盾での防御は間に合わなかった問うのに受けた鎧はビクともしない。

変わりに衝撃で地面が陥没していた。

一撃入れると蒼は直ぐに距離を取り仕切りなおしだ。

『硬すぎるだろ…ノーダメージとか、俺…自信無くすよ?』

『硬さはボクの自慢でね。そうそうダメージを食らう事はないから安心して攻めてくるといいよ』

と、エドワード。

『しかし、驚いたよ。さっきのは忍術かい?キミの前世はジャパニーズニンジャだとでも言うのかな?』

『そう言う過去も有ったと言うだけの話だね』

『それじゃ今度はこっちの番かな?』

そう言うとエドワードは槍を構えると一直線に突撃した。

しかし、神速通を使ってのそれは戦車と言うよりも一陣の閃光。

【マルチディフェンサー】

ソルが幾重にも防御魔法を展開し、エドワードの前進を阻もうとするが、速さは威力と言わんばかりに打ち破る。

『まじかよっ!マルチディフェンサーが飴細工のように…』

これには堪らずと蒼は回避。

斜線上を外れてようやくエドワードの突撃は止まる。

止まった一瞬、待ってましたとばかりに設置型のバインドが発動。

大技の為の反動でわずかばかり動きが鈍ったエドワードを見事捕まえた。

【ロードカートリッジ】

ガシュっと腰につるした刀から薬きょうが排出される。

【ディバインバスター】

眼前に浮かぶ魔法陣を蒼は右手で押し出す。

『シュートっ!』

ゴウッと銀色の閃光がエドワードを襲う。背後から仕掛けたつもりがいつの間にかバインドを引きちぎりエドワードは盾で正面から受けていた。

銀光はエドワードを貫かず、盾に弾かれて拡散。武道館を土ぼこりを開けつつ削るが、威力は大分落ちている。

「まじか…」

あまりの事に、悪態も日本語に戻っていた。

銀光が止むとそこには無傷のエドワードが立っている。

「『徹』を使った『硬』も、ディバインバスターもダメージ無しとか…硬すぎるにも程があるだろ…」

『スペリングも詠唱も無しに闇術を使うとは、驚きだよ。それも今のは軽く見積もっても第七階梯クラスの闇術をこうやすやすと行使するとはね』

とエドワード。

『それをノーダメージで耐えるあんたは何ものだよ…いや、ランクS様だったな』

『さぁ、次に行こうか』

地面を蹴って突進してくるエドワード。

【マルチディフェンサー】

突撃では無いので、突然目の前に現われたディフェンサーは障害物の役割を果たし、破壊ではなく、回避を選んだエドワードはさらに次々と現われるマルチディフェンサーに動くたびに阻まれるが…。

それを神速通を駆使してついにディフェンサーを掻い潜り接近。太白での一撃が振るわれる。

その攻撃を写輪眼で見切り、地面を蹴ると空中へと躍り出る。

『その選択は悪手だよ』

そう言うエドワードは太歳を振るう。

巻き起こる暴風は蒼に一直線に向かってきた。

【フライヤーフィン】

突如蒼の背面に妖精の翅が現われた。

それはまるで空気を掴むかのように広がると、蒼は空中で身を捻り、太歳を避け、そのまま高度を上げていく。

15メートルほどの所で振り返ると滞空し、追撃はと身構えた。

『ワォ…それはビックリだね』

『…何が?』

『セイヴァーは空は飛べない』

空中を飛んでいる蒼に常識だろ、と言うエドワード。

『え?そうなの…?』

蒼は知らなかったが、光技でも闇術でも空を飛べる技は存在しない。

『いや、実際は飛べるセイヴァーもいるにはいるんだけどね。彼は六頭領(シックスヘッド)の一角で、彼の技は固有技法(ジ・オリジン)の認定を受けているよ…とは言っても、それも君が空を飛んで見せた以上今日までだけど』

『こっちはまだ亜鐘学園に入学したばかりでね。そんな込み入った事情は知らなかったよ』

しかし…

『なるほどね、やはりいつの世も空を飛べるのはとてつもないアドヴァンテージだね。だからこう言う事もできる』

【フォトンランサー・ファランクスシフト】

蒼の眼前に現われる無数の光球。それ一つ一つが雷を帯びている。その数実に38基。

『ファイヤ』

それらが一斉にエドワードめがけてフォトンランサーを撃ち出した。毎秒七発×38基分撃ち出される暴力の嵐。

『これはこれは…彼の雷帝の第八階梯闇術に劣らないじゃないか。まぁ耐えられなくは無いだろうけど…ボクの足場を削るつもりだね?』

エドワードは蒼のこの攻撃の裏にある意図に正確に気がついた。

初撃はエドワードに収束されている。しかし、彼が攻撃に縫い付けられる事を嫌って避ければ拡散されたそれにエドワードは当たらずとも地面に振り落ちたフォトンランサーがエドワードの足場を削るだろう。

『だから、こうだね。お願いだから、死んでくれるなよっ』

エドワードはつぶやくと四肢にプラーナを込めると地面を蹴った。

神速通・破軍。

神足通の最上級。途轍もないスピードでまるで瞬間移動したかのような宿地の法。

それを使ってエドワードは空を駆けた。

それはまるで瞬間移動。不可視の一撃。…だが蒼には視えていた。

時が止まったかのように引き伸ばされた一瞬。まるでスロー再生したかのようにエドワードの動きを捉えていた。

写輪眼と、エドワードが放つ殺気に脳が瞬時にリミッターを解除した結果だ。

…だが。見えたからと言って絶体絶命は変わらない。

避けられない。その結果は覆らない。もはや確定事項だ。

あれが当たればこの結界の外に出れば傷すら残らないこの武道館に設置されているチート結界内であっても死ぬのではないか?

その恐怖が蒼の体に変革をもたらした。

エドワードの槍は確かに外れることもなく蒼の体を突き貫き、どうにか捻った為に中心線をそれた蒼の体の脇腹から左肺を貫通し、その衝撃が暴風となって荒れ狂い左半身全てを消し飛ばされて天井へと打ち上げられた蒼の体は…

柳のようにゆらりと揺れてありえない回避行動を取り、無傷で着地する。

エドワードも破軍を使い終わり、着地。

両者は再び対峙した。

『…いったいどんな手品だい?ボクは確かにキミを刺し貫いたはずだよ。あれは確かにかわせるタイミングじゃなかったはずだ』

『エドワード。キミのおかげでようやく掌握出来た。だから答えて上げるよ。あれは因果を操ったんだ』

『因果だって?』

そんなまさかと言う顔をするエドワードだが、実際エドワード自身蒼を貫いたものと幻視していた。

『君の攻撃に対処が遅れ、かわせなかった未来を、確実に対処したと言う事象に置き換えた結果、回避は間に合い無傷で君の前に立っているという今に繋がった』

『そんなバカな事が…そんな事が出来るのは、それはもはや神の所業だ…』

『そう、だからこれは神の…いや、神から簒奪した『権能』だよ』

『なっ…』

さすがのエドワードも絶句する。

『…じゃあキミは神を弑逆したとでも言うのかい!?』

『ああ、昔ね』

『あははははっ!それじゃあこれからボクはキミに神に挑戦するつもりで挑まなければいけないと言う事だねっ!』

『うれしそうだな』

『うれしいさっ!人間を超える存在だ、化け物だと言われてきたボクがだよ?そのボクが今、挑戦する立場になっているなんて、これは愉快としか言いようが無いじゃないかっ』

『やめろよ…面倒くさい。記憶の中で君と似たような事を繰り返してきた剣の王がいたよ…』

『へぇ、それは後でじっくりとうかがいたいな。だが…今はっ』

そう言うとエドワードは一層プラーナを充足させる。戦意がプラーナを高めているようだ。

『君のアーガステン、途轍もない宝具だよね。あらゆるダメージを遮断する銀嶺の鎧。人の手では到底作れない、神造兵器にして神滅具(ロンギヌス)…だから本調子じゃないソルを抜けないのは辛い』

今のソルは認識票を基に再現されている為か、強大な呪力には耐えられず崩壊してしまう恐れがある。

『だから…』

そう言って現したのは真紅の槍。

重奏なエドワードの槍と比べると細く威力よりも振り回しやすさに重点を置いているようなそれを虚空より取り出した。

『へぇ…おもしろいっ…ねっ!』

槍を構えた瞬間エドワードは駆ける。

その攻撃を、しかし蒼は全く避けなかった。

『おやおや、これはどうした事だい?』

疲れた蒼はびくともしない。

火眼金睛(かがんきんせい)。西方の猿の英雄の権能で、鉄壁の防御力を与えてくれる』

『ちょっと、それはひどいな。ボクのアーガステンが霞むじゃないか…』

『うるせぇこのやろうっ!自分がどれだけ戦い辛い相手か自分で戦ってみろってんだっ!いい機会だろ?』

バックステップで距離を取るエドワードに踏み込みながら紅い槍を振るう。

確実に避けたと思った一撃はしかし…刃先がありえない方向を向いているような錯覚。

避けたはずのやりはアーガステンの胸元を突き、エドワードを弾き飛ばす。

ズザザーと煙を上げて減速するエドワード。

追撃する蒼と迎え撃つエドワードの槍が二合、三合と交錯する。

互いの槍を互いの鎧で受け、巨大なプラーナが嵐のようにはじけ飛び、互いに弾かれるように距離を取った。

『その槍もただものじゃないね。前世じゃそれは有名な槍だったのだろう』

とエドワード。

『そりゃ有名だろう。北欧神話の主神の持つ必中の槍だからな』

『なっまさかっ!それはオーディンの持つグングニールだとでも言うのかっ!?』

『そう言っているな』

『それこそバカな…君はオーディンを屠ったのかっ!?…いや、まて。では先ほどの西方の猿の英雄とはまさか…』

『察しがいいな。斉天大聖の号を持つ神仙。孫行者。またの名を…』

『孫悟空…そうかい…だが、権能と言うのも一筋縄では行かないようだね?』

『ん?なんだ』

『さっきから飛んでいないようだけど?』

『ちっ…』

『今のキミの体重はどれくらいだろうね?その鉄壁の体は流石に強力だけれど、やはり重たいみたいだね。その点もやはりボクのアーガステンに似ているね。似た物同士と言うわけだ』

『ぬかせっ!』

再び蒼は斬りかかり、剣戟が続く。

『その紅い瞳は魔眼かい?巴の勾玉。ふむ、それも東洋の神仙から簒奪した物だろうね?いったいどんな能力があるのやら…』

至近で顔を合わせたエドワードは蒼の瞳を覗き込んでそうつぶやいた。

『流石にこのままじゃ勝負がつかないな…そろそろギアを上げるが、いいか?エドワード』

『こんなにボクは必死だと言うのにまだまだギアが上がるのかい?』

『謙遜するなよ。お前の通力(プラーナ)はまだまだそんな物じゃないだろう?』

『はははっ違いないっ!』

エドワードの纏う通力が力強さを増す。

『驚いてちびんなよっ!』

そう言う蒼の背後には巴模様の真ん中に剣十字のマークが入った紋章が浮かび上がる。

『輝力合成』

『おいおい、まさか…通力(プラーナ)魔力(マーナ)を合成して新しいエネルギーを生み出したって言うのかい?全く何て…なんて化け物なんだい、キミはっ!』

蒼から迸る輝力は依然、あのメタフィジカルの時に行使したそれと比べるまでも無く強烈だ。

魔力は充足し、またようやく権能も掌握した蒼の輝力は全盛期のそれだった。

『さて、『矛盾』と言う言葉を知っているか?』

と蒼。

『それは日本のことわざかなにかかい?』

『残念ながら中国の故事だ。ある商人が矛と盾を売っていた。曰く、この矛はどんな盾でも貫くだろう。また商人は言った。この盾はどんな槍をも防ぐだろう、と。ならばその矛で盾を突いたらいったいどうなるのだろうな?』

『なるほど、それは実に興味深いね』

『ああ、だから答え合わせと行こう』

蒼の右腕が銀色に染まると、グングニールにも纏わりついた。

『それも権能かい?』

『ああ』

『誰の権能か聞かせてくれないか?』

『イギリス人のお前なら分かるんじゃないか?』

『ああ、失言だったね。孫悟空、オーディンとこの世界の神の名前が続いたんだ。予想はつく、だが、キミの口から聞きたくてね』

『なるほど。これはケルト神話の神、銀の腕のヌアザの権能。全てを断ち切る能力を武器に付与する』

『なるほど…それじゃあ…』

と、エドワードが身構える。

『ああ、勝負と行こう…』

エドワードが大盾を眼前に構え、蒼が獣のように低くした体勢から助走をつけてエドワードへと駆ける。


ぶつかり合う槍と大盾。

「おおおおおっ!」

エドワードの通力(プラーナ)が今までに無い輝きを見せた。

一瞬の均衡。しかし…

「ここに誓う。俺は俺に断ち切れぬものを許しはしないっ!」

輝力を食いつぶす勢いでグングニールはまばゆく輝き、必殺の一撃となって均衡をくずし…ついに大盾を貫いた。

大盾を貫いたグングニールはそのままアーガステンの鎧をも貫き、右脇腹を貫通してようやく止まる。

『なるほど…これが矛盾の結果か…』

『権能クラスのぶつかり合いの場合、込めた呪力が多いほうが勝つ。俺の輝力が君のプラーナを上回った結果だ』

『なるほど…ね…ボクの初めての…敗北…か…』

そう言うと同時にエドワードは倒れこみ、気を失った為か、それとも通力(プラーナ)を消費しすぎた為か銀嶺アーガステンも霞と消えた。

それを見て蒼も鎧とグングニールを消す。

倒れたエドワードを抱き上げる。

この武道館に張ってある結界は、一度結界の外に出ると結界の中で出来た傷はふさがるようだ。さも夢であったかのように。

目の前で血を流して倒れているエドワードを治療するにはそれが一番手っ取り早い。

観客は三人居たはずだが、近寄ってきたのはまーやひとり。

万理は難しい顔をして立ちすくみ、アンジェラは驚愕の表情でエドワードが傷を追った現実を拒否しているよう。

「おつかれさまなのです。アオ」

「まったくだ…もうあの写真は消してくれたか?」

「何の事です?」

「おいっ!」

「まーやはそんな約束した覚えは無いのです(にぱ)」

「ノーーーーーーーーーーっ!?」

そう言えば、ネットにばら撒くと脅しただけで確かに消すとは言っていない。

話の流れで蒼がなんとなく勘違いしただけなのだった。

武道館の結界を潜り抜けると、問題なくエドワードの傷はふさがったのを見てその場に投げ捨てる。

「アオ…それはなかなか辛らつなのです…」

「だって、男をいつまでも抱きかかえている趣味は俺には無い。どうせならやわらかい年頃の女の子をだな…」

「アオはもしかして今の抱き枕に不満があるのですか(にぱ)」

「…いや、なんでもない…です」

まーやにすごまれて言葉をつづけられなくなった。

「さて、腹もへったし、寮に帰ってメシでも作るか。まーや、今日は何が食べたい?」

「今日はロコモコの気分なのです」

「またハンバーグかよ…まぁいいけど。じゃあ帰って準備しないとな」

「でもでも、今日は普通に寮のご飯にした方がいいと思うのです。きっと時間無いのです」

「は?」

「まぁ直ぐに分るのです。行きましょう。アオ」

まーやに引かれて夕飯を食べに寮に戻る。

しかし、まーやの言ったとおり、ゆっくりとご飯を食べる時間はなかった。

なぜならすぐさま校長室に呼ばれたからだ。

革張りの二人掛けのソファに腰を下ろすと隣にまーやが陣取った。

テーブルを挟んだ向かい側には金髪の貴公子…サー・エドワード。その後ろに此方を射殺さんとばかりににらみつけるメイドさん、アンジェラ・ジョンソンが控え、お誕生日席には校長である万理が座る。

エドワードが紅茶を一口嚥下し、のどを潤すと言葉を発した。…もちろん英語だ。

『いやー、まいったね。『白騎士(ホワイトナイト)』、『白騎士機関の異名の源(ザ・モデルイメージ)』や『獅子の心臓(ライオンハート)』とか言われていても、敵わない存在が居る。それがボクと似た戦い方|も(・)できる救世主(セイヴァー)で、史上二人目の最も古き英霊だとは、ね』

あれは完敗だったとカラカラ笑うエドワード。

『このボク(ランクS)を倒したキミはめでたくSSランクと言う事になるんだけど』

その言葉に蒼は心底面倒そうな顔を浮かべる。

『うぇ…いらねぇ…』

『とは言っても、キミのランクは覆らないよ』

『えー…俺、亜鐘学園をドロップアウトするつもり満々なんだけど?』

『おや、面白い事を言うね。日本の亜鐘学校は入学前に懇切丁寧に説明してから選択を自分でしてもらうって言うスタンスだったと思うのだけれど?』

と、エドワード。

『それは以前の俺が考えてた事だろう?』

『まさかキミは…完全覚醒者…なのかい?』

『字ずらから、まぁ意味は分かるかな。…ああ、そう。俺の記憶は完全に前世から続いている。…変わりに現世の記憶の殆どを失ったがね。思い出したのは高校に入ってからだ』

性格や考え方がかなりの部分で現世の部分が強く残っているが、根っこは完全に前世だ。

『白騎士機関に入るつもりは無い…と?』

『今の俺が白騎士機関に入って何かメリットがあるか?』

と言う言葉に皆閉口する。

『今の白騎士機関の救世主(セイヴァー)の日本での扱いはただの動く兵器だ。能力一つ使うのに政府の許可が要るとか、何が面白いのだろうな?』

禁呪級の高威力技には政府の許可が必要なのだった。

『だが、それは人類社会を混乱させない為の必要措置だと思わないか?』

『ただの兵器ならな。核弾頭を押す、押さないの問題ならいいだろう。勝手にやれ。だが、何故自身の事を自分で決められない?俺は命令受けて術をぶっ放すだけの兵器じゃない』

『人間達と救世主(セイヴァー)との共存においてはやはり仕方の無い事だよ』

『ああ、そうかもな。だから、それが受け入れられるヤツだけ白騎士機関に入ればいいさ。俺はイヤだ』

『イヤだイヤだと言って君は人類支配にでも乗り出すのかい?』

『は?なんでだよ。持ってたって使わなければ良いだけだろ、力なんて』

『は?』

『白騎士機関の六頭領(シックスヘッド)が自制できているから今も世界は平和なんだろ?いや…それも違うか…』

『何がだい?』

救世主(セイヴァー)達じゃ人間達に敵わないから彼らにおもねっているのだね』

『どう言う事だい?』

蒼はそれには答えず言葉を続けた。

『俺はこのままDランクのままがいい。ついでに来春には亜鐘学園を転校する予定と言う事でどうだろう』

と、万理の方を向いた。

『それは…』

と、言葉を詰まらせる万理。

『アオは亜鐘学園をやめちゃうのですか?』

と、まーや。

『俺は救世主(セイヴァー)になる気はないからなー』

『辞めてどうするのです?』

『高校を中退したら飲食店で働くかな。料理の腕には自信がある』

『そうなったらまーやとお別れですね…まーやはこの学校から離れられないですから…』

『あー…』

気まずそうに頭を掻いた。

『管理された兵器の代表がここにも居たよ…それもこんな可憐な少女なんだが?』

ジロっとエドワードをにらみつける。

『悪いがそれはボクの管轄外だ。ここはイギリスではないのだからね?』

それもそうか。

『まーやはアオとまだ離れたくないのです。あと三年は一緒に居られると思っていたのに…』

期限が決められているのは承知していたが、予想よりもずっと少なく、また蒼が救世主(セイヴァー)にならなければ接点も設けられない事にまーやはとても悲しんだ。…ように見えた。

『そんな事になればまーやは悲しくてこの写真を直ぐにでもネットに拡散するかもしれないのです…』

携帯に現われたのはまーやを押し倒している風に見える写真。

『ノーーーーーーーーッ!?だから社会的にしぬーーーーーーーっ!??就職も出来なくなるだろうがっ!』

『三年、まーやの傍に居ればこの写真はきっと携帯の中から綺麗さっぱりと消えてなくなるのです』

『幼女に脅されてる?ねぇ、俺もしかして幼女に勝てない運命なの?何度生まれなおしても幼女には勝てないのかっ!?』

(それに、いまさらこの一枚だけだと思っている辺り、アオも可愛いものなのです)

小声でつぶやくまーや。

同居して、まーやを抱き枕に眠っているのだ。すでにその手の写真はごまんと存在する。

それに…

(携帯からは消してあげます。…携帯からは、ね)

と子悪魔の囁き。

『あっはっは。とてもたくましいお嬢さんだ』

『笑い事じゃねぇんだぞ?社会的に殺されるってーのはっ!』

『まぁ、じゃあキミの意見を尊重して、君が卒業するまでこの話は保留って事にしておこう。その方が面白そうだ』

『…俺は何も面白くないが?』

もういろいろ疲れたと、肩を落とす。

『もうすこし、ボクの話に付き合ってよ。完全覚醒者なんて珍しい…それも高技能保持者が目の前に居るんだ。聞いておきたい事が山ほど有るね』

と、エドワード。

『何が知りたいんだよ』

『まず光技の基本を教えてくれないかい?』

『いまさらじゃないか?』

『大事な事さ。出来ればキミが習得した時の言葉で教えてくれるとうれしい』

と言われれば蒼もしぶしぶ了承する。特に隠すことでもないからだ。

『まず、七門を開けてプラーナを纏う、『纏』』

うっすらと蒼銀のオーラが蒼を包み込む。

『で通常より多くのプラーナをくみ出す『練』』

『金剛通だね』

『逆に全くださない『絶』。これをすると体力の回復が速まるな』

『なるほど、内活通だ』

『プラーナを一部分に集め、その部分を強化する『凝』』

『強力通や天眼通、天耳通の事だ』

『最後に搾り出したプラーナを意味ある形に変えるのが『発』。まぁ太歳や螢惑だな』

『ふむふむ』

『それが基本』

『基本と言う事は応用技が有るね』

やれやれと蒼は言葉を続ける。

『『纏』の応用技で、触れたものにプラーナを纏わせて強化する『周』』

蒼はテーブルに出されていたお茶請けのケーキの為に用意されたフォークを手に持ちオーラを纏わせる。

『太白だ』

『『凝』の応用で使用するプラーナの配分を調整するのは『流』』

フォークの周りに通常よりも多くのオーラが纏わりつく。

『『練』の応用技、『堅』。常時金剛通を纏った状態とでも思ってくれ』

強烈なオーラが迸った。

『そんな事をしたら直ぐにバテてしまわないかい?』

『バテないようになるまで体をならし、修行すればだんだん伸びていく物さ』

『ちなみにキミは?』

どのくらい持つのか、と。

『どのくらいだろ?さっきのエドワードとの戦いで権能の掌握もすんだし、結構伸びただろうけど』

『今までは?』

『何もしないで六時間って所だったね。権能の覚醒で肌が昔の感覚を思い出したから、今はどれほど伸びてるか分らないけれどね』

『六時間…アン、出来る?』

と後ろに居たアンジェラに問いかけるエドワード。

『おそらく一時間も出来ません…そもそも白鉄の金剛通は一瞬を守る技能で継続させる物ではなかったので…』

『確かに鍛えてないね。ボクなんかはもっと顕著だろうさ。アーガステンがあったのだから』

さて、続きだ。

『さらに『纏』の応用技、『円』』

蒼のオーラが円形に拡散され、それでいてやはり蒼の周りを漂っている。その距離5メートルほど。ここに居る人間全員を包み込む形だ。

『これは?』

『プラーナを触覚のように操り、触れたものを正確に感知する技術だ』

『索敵レーダーみたいなものかい?』

『まあ、そうだな。で、プラーナを相手に感知されないようにする『絶』の応用技、『隠』』

途端、蒼銀の光は色を失った。

『もしかして、螢惑をこの『隠』で隠してしまったら…?』

『『凝』で見破るしかない。まぁ四六時中天眼通を使っていれば良いのだけね』

『また、キミも無茶を言うね』

『で、最後は集大成、『硬』』

右手だけ集まったオーラが力強い輝きを見せた。

金鳥(きんう)だね。プラーナを一転に集中する技術。そしてその他は無防備だ』

『ま、こんな所だろう』

『そう言えば、キミが使ったジャパニーズニンジュツはなんなんだい?』

『あれは印をスペリングに見立て、プラーナを変質させて現実に干渉する能力、といった所だ』

『だれでも使える技術なのかい?』

『修行すれば、ね。だが、個人の資質に大きく左右される物でもあるし、独学での習得は基礎理論が分らないのなら不可能だろうね』

『キミなら教えられるんじゃないの?』

『メンドウ…』

『なかなか簡素な答えをありがとう。それじゃしょうがないね。あれはキミの固有秘法と言う事にしておこう』

やれやれと肩をすくめたエドワード。

『じゃ、次だ。あの無詠唱、スペリング無しの闇術はどう言うこと?』

『それは簡単だ。詠唱もスペリングも全て杖が代わりにやってくれていただけだ』

『杖が?それはまた、アーティファクトクラスの杖なのかい?』

『あの杖は確かに俺専用のワンオフ物だけど、別にアーティファクトじゃないな。前世では一般的な技術だった』

『どう言う事?』

『詠唱もスペリングも戦いの中では速い方が有利だろう?だったら如何に速く行使できるのか、研究するのが人間と言う物だ』

『そうだろうね』

『だが人間ではどれだけやっても短縮には限界がある。で、行き着いた結論は、別に人でなくてもいいのではないか?と言う事なのだろう。計算式を前にがんばって筆算するくらいなら今の人たちは電卓を使用するだろ?結果を求めるのに計算を電卓に肩代わりさせているわけだ』

『理解は出来るが…なるほど、その答えに辿り着けなかった黒魔の前世はとても原始的なファンタジー世界だったと言う事だね。いや、しかし…今の現代でもそれに気がつかないでスペリングを磨いているパリのサンジェルマンって…くっくっ』

『どうした?』

『いや、当代最高方の黒魔が余りにもかわいそうになってね…確かに筆算より電卓の方が速い。手書きより印刷の方が速い。今の世界を生きていれば当たり前の感想だね。人間はいつも便利な補助具を生み出す生き物なんだと再確認されるね』

くつくつ笑うエドワード。

『闇術補助具の研究。そんな発想は無かった。今度研究するように白騎士機関に言っておこう。それだけでも今日キミと出会えた奇跡に感謝するよ。もちろん、一番の感謝はボクを見事打ち倒してくれた事だけれど』

『エドワードさま…』

気遣わしげにアンジェラがつぶやく。

『あーそーかよ。だいたい高々百年かそこらの修練で抜かれるような前世は送ってこなかったんでね』

『まさに経験値が違うわけだ。完全覚醒者は格がちがうね』



さて、話はもう終わりかと思われた時、ようやくと万理が声を出す。

『サー、本日我が校におこしいただいた用件がまだです』

『あ、そう言えばそうだったね。そこの規格外の所為で忘れるところだったよ』

とエドワード。

『話の半分は実はすでに見てもらっていたのですが…残りの半分が…まーや』

万理はまーやを手招きで呼んだ。

『この子は黒魔なんですが…』

『ああ、夢うつつの小さな魔女さんだろ。有名だ』

『ええ、ですが…まーや、おねがい』

『はいなのです』

そう言うとまーやはうっすらと体からモヤを立ち上らせた。

『なっ!?』
『ほう…』

「あ…あちゃぁ…」

アンジェラ、エドワード、蒼とそれぞれ声を洩らす。

『プラーナだ。黒魔のお嬢さんがプラーナを操ったと言う事は3人目のエンシェントドラゴン…ではないようだね』

『はいなのです。まーやの前世は黒魔なのです。これは現世で覚えたのです』

さんざんまーやに手玉に取られていた蒼だ。二人の仲から原因は規格外である蒼にあるだろうとエドワードが視線を向けた。

『まーや、いつのまに?』

『アオにくっついていたら自然と、なのです』

『あー…なるほど…俺の無意識の纏がまーやの精孔のよどみを押し流したのか…うかつだった…』

四人の目が蒼に集まり、説明は?と視線が訴えていた。

『簡単な話だ。黒魔は先天技能、白鉄は後天技能。修行すれば…プラーナを感じ、自らのえっと…七門ってこの世界では言っているか?それが開ければ光技は使えるだろ』

そんなの常識じゃーんとばかりに言い放つ蒼。

『なんだ、もしかして白鉄はみな天然者だったのかよ…めんどうな。…いいか、精孔はプラーナを流し込まれるとびっくりして開く事がある。未熟者が適当に打ち込んでもズタズタになるだけだけどね』

『…それはつまり…白鉄はただの人間って事?能力的にはどこにでも居る人間となんら変わらない、と?』

『プラーナの潜在量には個人差があるだろうけれど、ある程度は鍛えられる。ランクDとかでくすぶるような白鉄は一般人を鍛えた方が強くなるかもしれないほどだな』

『そんな…それじゃぁ、白鉄に至っては輪廻転生者を集めるのは全くの徒労…?』

『即戦力としてなら良いんじゃないか?前世の記憶を経験として昇華できるのなら、一般人を鍛えるよりよほど効率がいい。…後は生前持っていた聖剣魔剣と言った宝具の関連か。キミのアーガステンが良い例だろう?』

『アーガステンが?』

『あれほどの逸品、今の世界では神秘が薄くて作れない。古代のアーティファクトは時より現代兵器よりも高威力を発揮する場合もある。宝具持ちの方がやはり戦力になるのなら、輪廻転生者を集めるのが効率がいいよね』

と、蒼はおどけて見せたけれど、周りの表情は暗い。

『今日はびっくりする事ばかりだな…少し整理したい。今日はもうお暇するよ。一応この話はボクの中にしまっておく事にする。キミたちも軽薄な事はしないでくれるとうれしい。出来れば日本支部には知られたくないが…』

ちらりとエドワードは万理に視線を向ける。

『…それがいいのかもしれません』

と、万理。

『じゃ、解散かな。あーつかれた』

と言って蒼は席を立つ。

『あ、そうだ。精孔が開きかけているんだが、不安定は逆に危うい。まーや、おいで』

『なんなのです?』

とてとてと蒼に近寄るまーや。

まーやをくるりと回転させると蒼はそっと右手を首の付け根に押し当て、蒼銀のプラーナを流し今だ。

『うっ…くぅ……』

蒼のプラーナに導かれるように立ち上るのは青白いプラーナ。

しかし、その量が先ほどよりも多く、また綺麗に胎動していた。

『ま、後で一緒に修行しようか。…まーやが光技を覚えたいのなら、ね』

『あ、はいなのです。よろしくお願いしますのです』

と、微笑ましい雰囲気の中、もう驚く事はないと思っていたエドワードたちも流石に驚いていた。

『七門、綺麗に開いているな』

『はい、エドワードさま…』

エドワードのつぶやきにアンジェラが同意する。

固まる一同を置いて蒼はまーやの手を引くと、お腹がすいたと校長室を後にした。
 
 

 
後書き
と言う事でアオ無双の話でした。ではまた来年のエイプリルフールで。 
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