大海原でつかまえて
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03.提督と岸田は似ていた
5人の艦娘に曳航されながら一時間ほど経過した頃、目的の鎮守府が見えてきた。“叢雲たんチュッチュ鎮守府”というけったいな名前とは思えないような立派な施設だ。入港した僕達を出迎えてくれたのは、メガネをかけた理知的な美人の大淀さん。
「お待ちしておりました。川内以下救援部隊4名とあきつ丸、及び岸田様と橋立シュウ様は、このまま執務室に向かって下さい」
「フツクシイ……シュウ……これは夢か……大淀さん……なんとフツクシイ……」
「現実だ。しっかりしてくれ……」
「シュウ……人は美しい物を目の当たりにした時、涙を流すというのは本当なんだな」
川内さんと大淀さんを先頭に、僕達は執務室に向かう。道すがら、たくさんの女の子とすれ違い話しかけられた。特に印象深かったのは、天龍さんと龍田さんの二人。
「お前たちが岸田と橋立シュウだな?」
「はいそうです。あなたは?」
「俺の名は天龍。フフ……怖いか?」
「怖いお!! 天龍ちゃん怖かわいいよぉぉおおおぉおおぉおお!!」
「お、おう……」
「あらあら……天龍ちゃんをたじろがせるだなんて……さすがは提督の分身とレ級に立ち向かった人間ねぇ~……ヤりがいあるわぁ~……ウフフ……」
こんなことが日常茶飯事なのかこの場所は……つーかヤりがいって何だ何する気だ……まぁいい。つーか僕は何もやってないし言ってない。
執務室の前まで来ると、川内さんが勢い良くドアをノックし始める。
「ていとくー!! 川内以下救援部隊4名、目標3名を回収して今戻ったよー!!」
『了解した! 全員入ってくれ!』
「はーい!!」
川内さんがドアを開ける。部屋の中は広々としており、高級そうな机が部屋の奥に置いてあった。床は板張りなのだが、執務室に似つかわしくないジュークボックスが置いてあり、そのジュークボックスからは演歌が流れていた。なんというか、果てしない異空間だ。
机には『提督』と書かれた名札とオシロスコープのような機械が置いてあり、その席には、真っ白い軍服に身を包んだ、僕たちより年上に見える一人の男性が座っていた。その男性は、僕達が執務室に入ると立ち上がり、机の前に立って僕達を出迎えた。
「あきつ丸とピックアップ部隊のみんな、よくやってくれた。お前たちは随時入渠して疲れを取った後に解散してくれ。二人は話があるからここに残ってくれ」
「了解! それじゃあ岸田、シュウ、明日にでもまた話しようね!」
「岸田殿、シュウ殿。それでは自分もこれで。改めて、来て頂いてありがとうであります」
そう言い残し、あきつ丸さんたちは執務室から出て行った。確かに色々あったし怒涛の展開だったけど、彼女たちと過ごした時間は楽しかったな。
あきつ丸さんたちが部屋から出て行くと、軍服の男性は『さて……』と言いながら自身の帽子をかぶり直し、こちらを見据えた。
「いきなりのことで色々訳がわからないとは思うが……まずは自己紹介をさせてもらいたい」
「はい」
「俺はこの鎮守府を預かっている叢雲たんチュッチュ提督だ」
「ぶふッ」
いきなり真面目な顔をして“叢雲たんチュッチュ”とか言い出すものだから、僕は思わず吹いてしまった。やっぱオカシイだろこの名前。
「なぜ笑うッ?!」
「いやだって……すごい真面目な顔で“叢雲たんチュッチュ”て……」
「名付け親の岸田にいえよぉぉおおおおン?!!!」
そう言いながらその男性……提督はスベスベマンジュウガニに退化して痙攣しながら泣きだした。一方、当の名付け親の岸田本人は、そんな提督を見て指差して大笑いしている。一体誰のせいだと思ってるんだこいつは。
「“叢雲たんチュッチュ”て!! いや名付けたの確かに俺だけど!! ブハッ……」
「お二人とも! 提督は自身の名前が珍妙なことをとても……ブフッ……気にされています! それ以上おちょくるのは……!! おやめ……ブホッ」
大淀さんは笑いをこらえている僕と大笑いしている岸田を諌めるが、彼女もまた笑いをこらえきれてないのを、僕が見逃すはずはない。
「ま、まぁそれはさておき……」
……あ、提督がスベスベマンジュウガニから人間に進化した。
「岸田。そして橋立シュウ。当鎮守府を代表して二人を歓迎する。よく来てくれた」
甲殻類から人間に進化した提督は、僕達の方に来ると手袋を外して握手をしてくれた。その握手は力強く、なにか強い意思のようなものを感じ取れる握手だった。提督は握手が終わると自身の席に戻り大淀さんに何か伝えると、大淀さんは頷いて部屋の奥にある扉から室外に出ていった。
「二人には色々と話があるんだが……あきつ丸からどこまで話は聞いている?」
「姉ちゃ……比叡さんが囮になって敵に囲まれているってことぐらいです。具体的なことは特にはまだ何も……」
「そうか。橋立……あーめんどくせ。シュウでいい?」
「いいですよ」
「ありがと。シュウが来るのは元々はイレギュラーな事態で、本来のあきつ丸と比叡の目的は、岸田をここまで連れてくることだったってのは?」
そういえばあきつ丸さんは、僕を呼ぶのは独断だって言ってたっけ。
「いや、別に来ちゃダメだったわけではない。実際、俺を始めとしたうちの子たちも、岸田と同じくきみに会うのを楽しみにしていた。だから単にイレギュラーってだけの話で、そこは気にしないでくれ」
う……そんなこと言われると恥ずかしいような……あと岸田、僕をそんな目で睨まないでくれ……
「そして、本来の目的……岸田に鎮守府に来てもらった理由だが、きみは深海棲艦の勢力から、最重要人物として命を狙われている」
「はい?!!」
岸田が素っ頓狂な声を上げて、またワタリガニに退化し始めんばかりの勢いで痙攣しはじめた。しかし、この事実は僕にとっても驚きだ……まさかこの甲殻類が……
提督の説明によると、この鎮守府は司令部から“ノーリスクでマックスリターンを得る奇跡の鎮守府”と言われるほどの戦果を上げているらしい。そして、その指揮を取り、鎮守府を運営しているのは今目の前にいる提督なのだが、実際は彼は岸田のゲームプレイを再現しているに過ぎず、この鎮守府で奇跡とも言える多大な戦果を上げているのは、岸田の判断によるところが大きい……とのことだ。提督には、実際には岸田に操られている自覚というのはないのだが、その辺に『提督が岸田の分身』『提督はこっちの世界での岸田』という側面につながっている……というよく分からない理論を展開していた。
提督は自身の席に戻り、椅子に座って帽子を脱ぐと、まっすぐにこちらを見据えた。
「この事実に関しては、深海棲艦の方が我々よりも早く真相に辿り着いた。奴らは“艦娘との戦争に勝利するには、ゲームとして鎮守府を背後から操っている無力な奴らを抹殺すればいい”という結論に達したらしい。シュウと比叡が撃沈したレ級は、元々は岸田の抹殺が目的だったようだ」
僕達の世界に深海棲艦が遠征してしまえば、まだ世界を飛び越える技術を持たない鎮守府は手出しが出来なくなる。そうなる前になんとか岸田を確保し、この鎮守府で岸田を守りぬこうというのが、岸田をこっちの世界に連れてきた意図らしい。
「でも提督、だったら比叡姉ちゃんやあきつ丸さんが僕達の世界に来れた方法は?」
「先だって全国の鎮守府を巻き込んだ大規模な作戦があった。その際に敵勢力から奪取した拠点の一つに、そちらの世界への渡航設備が備わった拠点が運良く見つかったんだよ。あきつ丸はその渡航設備を使ってそっちの世界に渡ったんだ」
あーなるほど。敵のものを手に入れたのか……。
「姉ちゃんは?」
「ちょうどあきつ丸と一緒にこっちに渡ってきた君たちと同じ理屈で、渡航するレ級に巻き込まれる形でそっちの世界に行ったんだろう。君たちも体験したとおり、実際に渡航する際は、発動してから渡航するまでしばしのタイムラグがある。そのタイムラグ中のレ級ともみくちゃになり、レ級と一緒に渡航してしまった……比叡の証言から推理するとこんなとこだな。実際に比叡がバットを持ち帰ってきたり、あきつ丸と一緒にきみたちがこっちに来られたのがその証拠だ」
なるほど。よく分からんけど、とりあえずは納得した。
それで今回岸田の確保を目的に、あきつ丸と比叡姉ちゃんが僕らの世界に渡ろうとしたところ、設備奪還のために侵攻してきた敵に遭遇。姉ちゃんは設備とあきつ丸さんを守るために残り、あきつ丸さんは僕らの世界に来た……今回の事件の流れはこんな感じだと説明された。
……ん? 設備がすでにあるんなら、いちいち岸田をこっちに連れてこなくても、艦娘のみんなを僕達の世界に連れてくればよかったんじゃない?
「冷静になれよシュウ。お前、なんか知らんけどいきなり美少女がたくさんやってきて海の上走ってて大砲撃ったりして化物と戦ってたら、何も知らない人はドン引きだろう」
「そうだ。艦娘たちがいきなりやってきたら街は大パニックだ。ったくこれだからヲタ以外の人種ってのはイヤになるぜ……お前おれの友達だろ……」
「まったくだ。これで比叡の弟っつーんだから笑わせる」
「ホントだぜ」
ちょっと待て。ぼくは二人にここまで息ぴったりで罵倒されなきゃいけないようなアホなことを言ったのか? ヲタじゃないってそんなに罪深いことなの?
「はいはい! おれも質問があります!!」
「はい。岸田くん」
岸田が小学生のように勢いよく手を上げ、提督が新任の女教師のようにその岸田を指名する。なんだこの茶番劇は……一心同体だからか?
「元の世界に戻るにはどうすればいいんだよ?」
確かにこれは問題だ。比叡姉ちゃんもあきつ丸さんも、絶妙のタイミングで元の世界に戻った。何か元の世界に戻る条件でもあるのか……
「詳しいことはまだ分からん。ただ、深海棲艦の設備に残っていた資料を解析した結果、“目的達成で、自動的に戻る”ように設計されているとのことだ」
続けて提督が詳しい話をしてくれたのだが、要約すると、本人にとっての“渡航する目的”を達した時に、自動的に元の世界に戻る仕組みなようだ。どういう技術なのかはよくわからないが、あきつ丸さんが僕達を確保した途端に戻って来れたことから考えると、あながち的外れな話ではないらしい。
姉ちゃんの場合、本人は『シュウくんを守るため』と言ってくれていたが、実際には『レ級を倒すため』だったのだろう……というのが提督の見解だ。その方が確かに筋は通る。レ級ともみくちゃになっていた姉ちゃんは、きっとレ級を倒すことで頭がいっぱいだったはずだし、何よりその頃、僕と姉ちゃんは出会ってないのだから。
続けて、僕も質問があった。こっちの世界に来た一番の目的だ。
「僕も質問がある」
「よし来い」
「姉ちゃん……比叡さんの救出はいつなの? なんかみんな、仲間がピンチだってのに、すごく落ち着き払ってるけど」
そう。僕がこっちの世界に来た一番の目的は、姉ちゃんに会って、助けるためだ。姉ちゃんは今一人でピンチに陥っているが、その割には皆落ち着き払っていて、慌てる素振りが全くない。今もこうして提督からして悠長に会話をしている。それが僕には不可解だった。
「ふむ……確かに最初に伝えてなかったのは俺の落ち度だな。すまん」
提督は僕の質問を聞いたところで、椅子に深くもたれかかった。
「すでに妙高型4姉妹とビスマルクと赤城、計六名が、救援部隊として出発している」
そうか……すでに救援隊が出発していたのか……だからみんな落ち着いていたんだ。
「今回出撃させた6人は当鎮守府でも打撃力に秀でた手練だ。加えて、比叡はこの鎮守府でもトップクラスの練度を誇る艦娘だ。囮を引き受けた後に何度か報告を受けたが、今のところは大丈夫だ。比叡であれば、救援部隊が到着するまで持ちこたえられるだろう」
よかった……提督も落ち着き払ってるし、何も心配することはなさそうだ。……ん? ちょっと待て。
「提督、僕は姉ちゃんを助けるために来た」
「うん。そう聞いてるな」
「だとしたらマズくないかな。姉ちゃんが助かったら、僕の目的は達成されたことになる。そうしたら僕は、姉ちゃんに会うこと無く元の世界に戻るってことにならないかな……」
「比叡が勝手に助かる分には大丈夫だと思うぞ。キミが助けなければ、目的未達成ってわけだし」
そんな簡単なことなのか?! そんな言葉遊びみたいな程度のことで片付く問題なのこれ?! 姉ちゃんが助かった途端に強制送還なんて僕はイヤだよ?!
「ごめん。なんか気になっちゃって……」
「いいさ。それだけ比叡のことを大切に思ってくれてるってことだろ。それは提督として嬉しいかぎりだ。もっとも、そんな俺の分身である岸田はそうでもないみたいだが……」
僕と提督は、自然と岸田に目をやる。岸田はサワガニに退化して、泡を吹きながら痙攣していた。ブツブツと何かうわ言を言っていたのでよく聞いてみると、『ちくしょう……シュウにおれの比叡たんが……NTRだ……これはNTRだ……』と言っていた。よく見たら血の涙を流していた。
不意に、誰かがドアをノックした。提督が再び帽子を被り、席から立ち上がる。
『テートクぅ~。OH! 淀に呼ばれてきたヨぉお~』
「おう。入ってくれ。あとOH! 淀じゃなくて大淀な」
提督が入室を促すと、見覚えのある巫女装束に身を包んだ女性が、大淀さんと共に部屋に入ってきた。栗色の長い髪や、柔らかな顔つきといった違いはあるが、どことなく雰囲気が比叡姉ちゃんに似ている。
「というわけで、順調に行けば明日の昼ごろには比叡たちも戻ってくる。それまでシュウはゆっくり休んでくれ。世話役として金剛をつける。比叡の姉だ。知ってるな?」
そっか。この人が姉ちゃんのお姉さんの金剛さん。
「ユーがシュウくんですね? 私はシュウくんのお姉ちゃんのお姉ちゃん、金剛デース!!」
「はい。はじめまして」
確か比叡さんの話だと、仲間思いのすごく優しい人って聞いてたからもっとおしとやかな人を想像してたんだけど……なんか思ってたのと違う感じの人だ。比叡姉ちゃんの姉と言われると、すごく納得するはっちゃけ具合だ。
「そしてユーがテートクのドッペルゲンガーのキシダデスネー? 二人ともこっちの鎮守府にようこそデース!!」
「は、はいぃいいッ!! 金剛ちゃん!! 本物の金剛ちゃんだぁあああ!!!」
「ハイ! 本物の金剛デスヨー!」
本物の金剛さんを目の前にした岸田は甲殻類から霊長類ゴリラゴリラにまで進化し、今は広がった鼻の穴から蒸気を噴出させつつ金剛さんと握手している。その『ふーん! ふーん!!』て鼻息はよせよ岸田……
「ふぁあああああ!!! 洗わねえ!! おれ、もうこれからずっと手を洗わねぇ!!」
岸田……本人の前でキモい発言は謹んでくれ……
「では解散。金剛、シュウを比叡の部屋に案内してくれ。そこで就寝してもらおう」
「わかったネー! じゃあシュウくん、ふぉろみー!!」
金剛さんが比叡さんに似たお日様のような笑顔でそう言い、僕の肩をポンッと叩いてウィンクしてくれた。姉ちゃんとは違う感じだが、この人も悪い人ではなさそうだ。
「あれ? じゃあおれは?」
相変わらずのゴリラ岸田がポカンとした顔でそうつぶやく。その言葉を聞いた提督が岸田の隣にやってきて肩を抱き、ニヤッと笑ってこう言った。
「キミはおれと大淀と3人で、隣の司令室で楽しい楽しい漫談タイムだ」
「ちょっと待てよ! おれも鎮守府の中散歩したい! 比叡たんの部屋行きたい!!」
「ダメだっ。おれと一緒に大淀に笑われようぜ」
「お、大淀たんに……嘲笑されるだと……?」
「そうだ。あの大淀にあざ笑われ、蔑まれ、“この豚野郎”と罵倒されるんだ」
「そ、それも悪くない……」
マジか岸田……生粋の変態ではないだろうとは思っていたが、僕は岸田のことを過小評価していたというのか……大淀さんをチラッと見ると、困ったように苦笑いをしていた。大淀さん、こういう時はたとえ上官でも怒っていいと、僕は思います。
「ではシュウ、また明日会おう。おれはこれから大淀さんに罵倒されてくる。キリッ」
「そういうことだ。では俺達は大淀に罵倒されなきゃいかんので失礼する。キリッ」
岸田……僕は今日限り、岸田のことを変態ドM野郎だと思うことにするよ……。あと提督、あなたこの鎮守府の責任者ですよね? そんなことでいいんですか?
「テートクはいつものことデース。さ、ワタシたちは部屋にいくヨー!!」
マジか……これでいいのか叢雲たんチュッチュ鎮守府……いや名前からしてすでにアウトだけど……つーか、やっぱ似てるんだなこの二人……
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