大海原でつかまえて
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02.艦娘たちとの初会合
自分の姿が消えるという世にも珍しい体験をした後、僕は人生三度目の気絶という体験をした。そして次に気がついた時僕達は、目の前には海岸、背後には森林というロケーションの寒空の下、震え上がっていた。
「ぉおおおッ! 寒っ!!」
いつの間にかスベスベマンジュウガニから人間に進化していた岸田が、体中をガタガタと震わせながらそうつぶやく。
「誰がスベスベマンジュウガニだッ! つーかここは……」
「夏の戦いで深海棲艦たちから奪取した島の一つであります」
僕達の背後で、あきつ丸さんが右耳に手を当てながらそう教えてくれた。どうやら本当に、僕達は艦これの世界に来たようだ。
「シュウ……」
「ん?」
「お前……妙に落ち着いてるな……」
ぁあ、そう言えばまだ岸田には姉ちゃんの話をしてなかったっけ。……もう隠す意味もないし、話しちゃっていいか。
「お前、前にさ。自分とこの鎮守府から比叡がいなくなったって大騒ぎしたことあったじゃん」
「そういえばあったなぁそんなこと」
「あの時さ、比叡さん……いや姉ちゃん、うちに来てたんだよ」
「なんだとッ?!!」
今も思い出すだけで胸が締め付けられる。あの梅雨時の日の神社で出会った、神秘的な美しさとお日様のような笑顔とあたたかい優しさを持った姉ちゃんとの、かけがえのない大切な日々。
「んじゃあれか?! うちの比叡たんが言ってた弟って……!!」
「うん。僕のことだよ」
「なんで教えてくれなかったぁあああン?!!」
「いや、どうせ言っても信じられないだろ?」
岸田は蛇口が壊れた水道のように涙を流しながらわんわんと叫び始めた。最初、僕が岸田に秘密にしていたことがあったということを嘆いていたのかと思っていたが……
「なぜシュウばかりが?! おれの鎮守府なんだからおれんとこ来いよぉおおおオオオ!!」
と言うセリフを聞いて、姉ちゃんに最初に会ったのが僕でよかったと心から思った。
「それはそうとあきつ丸さん、姉ちゃんを助けに行かないと……」
岸田との漫談を切り上げ、僕はあきつ丸さんを振り返った。あきつ丸さんはどこかと通信しているようで、ぶつぶつと何かをしゃべっている。岸田は岸田で先ほどから7歳児のように泣きわめいているし……手持ち無沙汰になった僕は周囲を見回した。
すでに夜なこともあり、周囲は5メートル前後までしか見通しが効かない。空を見上げると、周囲に光源がないせいか、星と月がよく見える。逆に言えば、満月ですらない月の明かりだけが頼りな状況だ。
「はい……はい……承知したであります」
あきつ丸さんの通信が終わったようだ。あきつ丸さんは右耳に添えていた自身の右手を下げると、僕達の方を向いた。
「もうすぐ迎えが到着するであります。まずは鎮守府に来ていただき、提督がお会いしたいと」
「え……姉ちゃんを助けには行かないの?」
「すでにここは敵勢力圏内に入っているであります。早くここから移動せねば……それに残念ながら、比叡殿が今いる場所はここからかなり離れている様子」
確かに、この近辺で戦闘をしている気配はない。レ級と戦った時は、小田浦港から離れたうちにまで、レ級の砲撃音が聞こえてたもんな……それに比べたら、ここは波の音以外何も聞こえてこない。ぁああと岸田の泣き声。
「加えてこのあきつ丸も戦闘力はあまり高くない故、今のままでは比叡殿の救援に向かっても、かえって足手まといになるであります」
「そ、そんなんやってみなきゃ!!」
「よせ岸田! あきつ丸は支援タイプの艦娘で戦闘力は確かに高くない。足手まといになるってのは正しい」
突然岸田が覚醒してこんなことを言い出す。なんだこいつ突然真人間みたいなこと言い出して……
だがたとえ甲殻類であったとしても、艦これ歴の長い岸田がそういうのなら、確かなのだろう。僕はなんだかんだで艦これのことはまったく知らない。あの後自分でもプレイしてみようと思ったのだが、『姉ちゃんではない比叡』を手に入れることにどうしても抵抗があり、結局プレイすることはなかった。
「だから我慢だシュウ」
「うう……」
「お気持ちはお察しするが……どうかこらえていただきたいのであります」
確かに今すぐにでも助けに行きたい気持ちではある。あのレ級との戦いを体験したあとだからなおさらだ。あの時のように傷だらけになってなければいいけれど……。
「あー!! いたいたー!! おーいあきつまるー!!」
僕が真人間になった岸田とあきつ丸さんに説き伏せられてこらえていると、不意に海の方から女の子の声が聞こえた。声のした方を向くと、ライトをつけた女の子4人がこっちに向かってきており、ノースリーブのセーラー服を来た子が一人、こちらに向かって手を降っていた。4人の子たちはあの日の比叡姉ちゃんのように水面に立って滑走しており、4人で小さなボートを引っ張ってきていた。
「迎えが到着したであります」
あきつ丸さんがそう言い終わるか終わらないかのところで、4人の子たちが波打ち際までたどり着いた。4人は砂浜に上がり、僕達のところに歩いてくると、ビシッと敬礼を決めた。
「軽巡洋艦川内以下4名。みんなを迎えに来たよ!」
「やはり川内殿が来たでありますか。ご苦労であります」
「夜だからね! 夜は誰にも譲れないよ!!」
あきつ丸さんと話をしていた人……川内さんはそう言うとニカッと笑った。暗闇なのに、白い歯がキラーンと光ったように見えたのは僕の気のせいか? その後、川内さんはこっちを見ると、ツカツカと僕達の方に歩み寄り、僕達をランランとした瞳で見つめた。
「あなたたちが向こうの世界の人?」
「そ、そうです」
「ムホーッ!! 川内たん!! 川内たんが目の前にッ!!!」
興奮して膨らんだ鼻の穴から水蒸気を噴射している岸田はとりあえずほっとこうか……
「私たちが曳航した船に乗って! 話は鎮守府に帰りながらしよう!! ニヒッ!!」
川内さんはそう言いながら、比叡姉ちゃんとは違う感じの、フラッシュライトのような笑顔を向けた。眩しい笑顔って、きっとこういう笑顔のことを言うのだろう。
その後、僕達は川内さんに言われたとおり、船に乗って鎮守府に向かった。戻る最中、4人から自己紹介を受け、その度に岸田が『ふぉぼぁ!! ◯◯たんかわいい!! かわいいよぉおお!!!』とうるさかった。敵に見つかったらどうするのさ……
まず、このピックアップ艦隊のリーダーが、さっき僕と話をした川内さん。
「夜戦なら任せておいてね!!」
「お、俺も夜戦したいよぉぉおお!!!」
「岸田、自重してくれ……」
寒空にもかかわらずノースリーブのさわやかなセーラー服を着ているのが、涼風ちゃん。
「てやんでぇ! あんたのことは比叡のあねさんからイヤってほど聞いてるよ!!」
「なんて聞いてるの?」
「なんでもあねさんに頭を撫でられたら、安心して泣いちゃうらしいじゃねーか!!」
「忘れるんだ。いいね?」
「シュウって時々シシリアンマフィアみたいな口調で話すよな……」
なんだか運動部のマネージャーみたいなジャージ姿の人は、速吸さん。
「お二人ともおなかすいてないですか? おにぎりありますけど、食べます?」
「食べる!! 速吸たんの握ったおにぎり食べるぉぉおおお!!!」
「アハハハハ……ど、どうぞ……」
「すんません……すぐ黙らせます……」
涼風ちゃんとは違った感じの、僕らが“セーラー服”と言われてポッと想像するタイプのセーラー服を着て、ちょっと控えめな子が潮ちゃん。
「う、潮です……」
「潮たん!! うひょぉおおおお潮たーんッ!!」
「ひ、ひぁぁああああ?!!!」
「岸田、いますぐその遠隔セクハラをやめろ」
「どこがセクハラだッ?!!」
「顔」
「シュウ……俺、海の藻屑になるわ……」
そんな感じで賑やかな中、僕達は鎮守府に向かう。これは後であきつ丸さんからこっそり聞いた話なのだが、岸田はワザとはしゃいでいる節があったそうだ。なんでも、僕の顔が険しくなるとタイミングよく岸田がはしゃぎ、涼風ちゃんや川内さんがツッコミを入れてやいのやいのしていたらしい。
僕は鎮守府に向かっている間もずっと比叡姉ちゃんのことが頭から離れず、確かに時折険しい顔をしていたかもしれない。そう考えると、7歳児だったり人間以外だったりする岸田だけど、やっぱりイケメンの素質を持ってるんだなぁ……と感心した。本人には言わないけど。
「いいねいいね~。岸田! 私と夜戦するッ?!」
「ヤる! 川内たんとヤるぉぉぉおおおお?!!!」
……本当か? 本当にこれはわざとなのか? 岸田、川内さんと一体何をやるつもりなんだお前は……。
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