大海原でつかまえて
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04.懐かしのバット。懐かしい感触。懐かしい匂い
「シュウくんが来るって分かってたら、ベッドのシーツも変えておいたんですけどネー……」
金剛さんは笑顔を浮かべてそう言いながら、姉ちゃんの部屋のドアを開けた。ドアの向こう側に広がる部屋はさっぱりと片付けられた小奇麗な空間で、僕は『姉ちゃんの部屋』と聞いてカオスな状況の部屋を想像していた自分を少し責めた。
「大丈夫デース。実はシュウくんがくるって聞いて、私が慌てて片付けたのデス」
金剛さんがケラケラと笑いながらそう言う。そういえば僕が来るのはイレギュラーだったんだよね。
フと、ベッドの上の包帯のような細長い布が気になり、手に取った。
「Shit……多分それは、比叡のサラシネー……片付け忘れていたデース……」
そういえば姉ちゃんブラじゃなくてサラシを使ってるって言ってたっけ……あ、てことは……ぼくはサラシをベッドに戻し、見なかったことにした。
「そういえばシュウくん!」
突然手をパンと叩き、金剛さんが大声を張り上げる。
「まだお礼を言ってなかったデス!」
ほ? お礼? 僕何かしましたっけ?
「あっちの世界で比叡を助けてくれたこと、比叡の弟になってくれたこと……艦娘として、比叡のお姉ちゃんとして、お礼を言いマス。本当にありがとうゴザイマス」
金剛さんはそう言いながら、両手の僕の手を取り、満面の笑みを浮かべてくれた。その笑顔と握った手の感触は、どことなく姉ちゃんを思い出した。
「そんな! 僕の方こそ!! 姉ちゃんには色々助けてもらいました!!」
「プフッ……ホントに、仲のいい姉弟デス」
顔が熱い。そんなこと言われると恥ずかしい。
「ほら、シュウくん」
金剛さんが目線を動かした。僕もつられて、金剛さんの目線の先を見ると、そこには懐かしいものが立てかけてあった。
「あ……あのバット……」
忘れもしない。僕がテレタビーズで活躍する姉ちゃんに上げたバットだ。あのベコンベコンにへこんだ『ひえい』と書かれたバットは、僕にとっても、とても思い出深いものだ。
「比叡、あのバットだけは誰にも触らせないのデース。テートクが前こっそり触ろうとして、怒られてたネー」
姉ちゃん、そんなに大切にしてくれてたんだ。僕はそのバットに手を伸ばし、グリップに触れた。よくあるバットと触った感触は変わらないはずなのに、それはとても懐かしい感触がした。
「……こっちに戻ってからの姉ちゃん、どうでした?」
「戻った日はさすがにちょっと落ち込んでたデス。シュウくんのそばにいられないことをとても悔やんでいまシタ。ずっとシュウくんの名前を呼んで泣いてマシタネー」
「……」
「今はもう元気いっぱいで、シュウくんのことをみんなに自慢しまくってマスけど、時々バットを見つめて複雑な表情をしてたデス。姉としてなんとかしてあげたかったデスけど、ワタシじゃどうにもならなかったネ……」
僕のこと忘れずに、心配してくれてたんだなー姉ちゃん……僕は姉ちゃんがどんな気持ちで帰っていったのか、その最後の表情をよく見てなかったから……。
「さて、積もる話もありマスけど、また明日にしまショー! 今回は時間もたっぷりあるしネー!!」
「分かりました。金剛さん、ありがとうございました!」
「のーぷろぶれむデース! それじゃあシュウくん、ぐんないッ!!」
金剛さんはそう言ってウィンクをしながら部屋を出て行った。後に残されたのは僕一人。……あ、そういえばベッドを使っていいのか聞きそびれたな……まぁいいか。
僕は、先ほど自分で無造作に置いてしまった比叡姉ちゃんのサラシを手に取る。……いかん。考えるな。考えちゃダメだ。そのサラシを小さなテーブルの上に置くと、急に眠気が襲い掛かってくる。倒れこむようにベッドに寝転がり、心地いい感触に身を委ねた。
「……あ、なんか姉ちゃんの匂いがする」
懐かしい匂いを感じたことで、初めて寝る場所のはずなのに、ものすごい安心感に包まれながら眠りにつく。その日は、久しぶりに姉ちゃんに膝枕されて、頭をくしゃくしゃ撫でられる夢を見た。
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