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月下に咲く薔薇

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月下に咲く薔薇 23.

 
前書き
2014年3月20日に脱稿。2015年12月20日に修正版が完成。 

 
「え…?」
 誰もが意表を突かれた。
 当然の反応だ。驚かない方がおかしい。その存在を知っていながら、正体どころか潜伏場所さえ特定できなかった異界の異物。それを、牡羊座機と専属パイロットだけで体内から取り出して見せると豪語したのだから。
 自信のある素振りから、普段多用している転移能力の応用で試行するつもりなのだろう。ジェフリーの言う読み違いが発覚してから、アイムにとって最大の関心が再接触から多少逸れているのがわかる。
 そこまで躍起になる動機ならば見当がついた。おそらくは再接触時、自分以外のスフィア所持者が体内に爆弾を抱えていると敵前で大変都合が悪いからだ。
 クロウとブラスタのみをZEXISから引き離し、虚言家は青い異世界でスフィア・リアクター2人だけによる何かを実行するつもりでいた。いや、まだその企みを捨ててはいないかもしれない。
 昨夜、生身のクロウを青い異世界から救い出したアリエティスだが、操縦者は本人も知らぬまま大きな危険と背中合わせの救出劇を演じていたようだ。当時の危険度の高さに気づき、アイムは平素の顔を浮かべつつ偽りの下で焦燥している。
 本当に可能なのだろうか、アイムとアリエティスには。
 もし、異物を取り出せるのならZEXISには大きなメリットが生まれる。機体、パイロット、母艦、基地とそれぞれに残されてしまった敵の痕跡を1つでも取り除く事ができれば、何らかのバランスを崩し、敵の狙いから自分達を解放する事ができると思われるからだ。
 ZEXISが計画している再接触の際、クランと中原を危険に晒すのはクロウの本意ではない。ましてや、それがランカに起きるなど論外中の論外だ。
 作戦前に、件の異物を取り出す。
 アイムの提案は、クロウのみならずZEXISの中に急速に浸透した。意識から意識へと伝わって広がる甘美で舌触りの良い毒のように。
「目を覚ませ!」ロックオンが背後で肩を掴みながら、クロウを思考の世界から強引に連れ戻す。「いい加減に学べよ。またご丁寧に聞いてやってるぞ」
「あ…、ああ」
 我に返った途端、方便の可能性に思い至った。迂闊にも期待してしまい、落胆の憂き目に遭っている自分がここにいる。
 クロウは、心の中で自身の頬を叩いた。
「また騙されるところだったぜ。ま、明日のコンタクトにこいつは必要かもしれねぇ。親鳥よろしく暖めておくさ」
 むっとするかと思いきや、アイムがおやおやと肩をすくめる。
「取り出して使えば良いではありませんか」
「へ…?」
「歌とサイコミュの併用で成果を上げる事が狙いなら、わざわざ体内に留まらせておく必要などない筈です。損傷の激しい滑走路にでも直接置いて使う事をお勧めしますよ」
 意外にも正論を持ち出され、今度はクロウの方が戸惑った。
「…アリかよ。出して使う、とか」
「聞こえますね? ジェフリー・ワイルダー」クロウを無視し、アイムはロックオンの携帯端末に映るマクロス・クォーター艦長に呼びかける。「場所は、バトルキャンプ上空。そこで、ブラスタに搭乗したクロウ・ブルーストから異物を取り出して差し上げましょう。ZEXISとして回避できるものが大きくなりますよ」
『連れ去る意図はない。そう言いたいのか?』
「ええ」容易く虚言を唱える口が、短く肯定する。「まずは、『揺れる天秤』に引きつけられた敵の置き土産を除去します。それ無くして、私と彼の連携もあり得ません」
 いつになく突き放した物言いに、「ほぅ」とロジャーが眉を上げる。
 今のクロウとは組みたくない。アイムは遂に断言した。
「そいつぁいい!」極自然な反射でクロウは破顔し、自らの胸を指す。「アイムが俺を嫌う? …まずいな。急にかわいくなってきたぜ」
「…現状を理解しているのでしょうに。あなたは、一体誰と戦いたいのですか」
 一度ならずZEXISがぼやいた言葉を、今度は他ならぬアイムがクロウに返して寄越す。
「ヒイロが言っただろ? この世界の脅威って奴とだ」
 当然、その括りの中にインペリウム帝国が入る事を敢えて仄めかす。
 今のZEXISにとって、アリエティスのみが持つ能力は喉から手が出そうな程魅力的だ。Dフォルト突破の決定打を欠いている事をアイムに見透かされてしまったし、クロウ自身、虚言家との共闘はやむなとしと諦めかけている部分は少なくない。
 しかし、だからこそつい反射的に粋がってしまう。本人が目前にいるので尚更だ。
 それは主導権争いを意識したものというより、単に感情の問題だった。
『結論が出た、アイム』と、ジェフリーが端末経由で回答する。『それについては、ゼロが直接お前に話す』
「ゼロが…?」
 仮面の天才戦術家の名が出てきた途端、会議室の中で宿敵の存在感が僅かに後退した。ジェフリーと共に、ゼロが難敵との駆け引きをZEXISに有利なものへと導いてくれる。これ程心強い援護があろうか。
『アイム。お前の提案を飲んでやってもいい。但し、ブラスタの使用は不可だ。お前とアリエティスの力だけで異物を取り出してもらう』
「つまり、二重の意味で私を試すつもりなのだ、と」
 ヒューとロックオンが口笛を吹けば、『考えましたね』とサンドロックからカトルの声がする。
 取引に応じるところまではクロウも読んだが、ゼロの提案は凡人の想像の遙か上をゆくえげつなさを含んでいた。
 今の反応を見ただけでも、アイムにクロウとブラスタを確保する意図があったとわかる。天秤座機をその場に持ち出さずともアリエティスだけで異物への干渉が可能な事を、ゼロは看破していたのだろう。
『当たり前だ』と、ゼロが居丈高な物言いでアイムを見下ろしにかかる。『怪植物を操る異界の敵とインペリウム帝国。今どちらがZEXISの脅威であるかを我々に伝えたいのならば、証明するしかあるまい。ブラスタを一切頼りとせず、我々の組んだ接触計画にも穴を開けぬよう、最高の結果を出してみせろ』
「そうですか」しかし、アイムも怯まなかった。全てを正面から受け止め、眉間に皺を寄せつつ色の違う両眼に強い光を宿す。「いいでしょう。しかし、これは国連軍たるZEXISと私の正式な取引です。甘受するからには、当然相応の報酬を私からも要求します」
『報酬だと? 勘違いするな。お前は既に望みを言っているのだから、了承した段階で取引は成立だ。クロウが元の状態に戻る事をお前は希望した。敵の身でありながらクロウに接触し望みを叶えるのだから、文句はあるまい』
「更に、もう1つ。先程私が要求した、明日行われる感応接触の立ち会い許可を」
『だめだ。接触に立ち会う者は、侵入などせずともバトルキャンプに滞在する事を許された人間だけだ。お前はそれに相応しくない』
「ほぉ」
 たった一声に、アイムの怒りと敗北感が混じる。あくまで排他的な態度を貫くゼロに、今は退くしかないと悟ったのだろう。
「では、見事クロウ・ブルーストから異物を取り出し、ZEXISの信用とやらを得る事ができるよう努めましょう」
 表向き虚言家も納得し、両者による交渉は成立した。
『クロウ。お前も、決定事項に異存は無いな?』
 形ばかりの事後承諾に、「ああ」と短く答えておく。先程の会議で、この身の使い方は上が決めてくれと進んで提案したばかりだ。指揮官がその権利を行使しているのなら、従うより他にあるまい。
「クロウ・ブルースト」ロックオンが掲げる携帯端末から向き直り、アイムが柔和な笑みを送って寄越す。「嬉しく思いますよ。あなたの存在に手をかける事ができる機会を、ZEXISが正式に用意したのです。これも、私とあなただけが特別であればこそ」
「よせ。ストーカー野郎がそういう話をすると、洒落にならねぇだろ」遅ればせながら、その時クロウはようやく理解した。自分は、『偽りの黒羊』のスフィア搭載機とパイロットに命と体を預ける話に同意したのだ、と。「言われた事だけきっちりこなすんだな。出来なきゃ、その場で笑い飛ばしてやる」
 虚勢を張ってから、虚言家を信用する事が如何に困難かをクロウは思い知った。
 今のアイムには、ゼロ達ZEXISの指揮官が押しつけた不利な条件を克服して見せたいとの思惑がある。アリエティスの持つ鋭利な刃で突然五体を切り刻んだりはしないと思うが、人は日頃の行いによって語られる。何をどう定義しても敵にしかならないこの男に、自分をどうこう出来る機会を与えてしまった事自体が途方もなく不快だ。
「では、5分後に滑走路でお会いしましょう」
 言うが早いか、アイムの姿は突然消えてしまった。
「ちっ!」と、五飛が険しい表情のまま舌打ちする。
「気にするな。これは確保の失敗ではないのだから」ロジャーが、武装した4人をフォローする。「奴も持っているであろう能力の存在を、今確認した。単にそういう次元の話だからだ」
『私もそう判断する』と、ジェフリーもアイム転移の現実を前向きに捉える。『奴は5分後に必ず現れる。包囲網は維持するが、フォーメーションを変更してアリエティスの出現に備えるんだ。そしてクロウ』
「わかってる。俺だけ、生身で外に出ればいいんだな?」
 腹を括って返答した。
『そうだ。申し訳ないが、君には最も危険な役割を1人で担ってもらう事になる。取り出しの成否については考えなくていい。奴自身の殺意についても、だ。今のアイムは、万難を排してでも君の身を守ろうとするだろう。自分は必ず生還できると信じるんだ』
「ああ。ただ、奴を信じるのは癪だから、精々自分の強運ってやつにでも祈っておくさ」
『その強運なら、サンクキングダムで私は見届けている。あの時も、君は見事生還した』
「そうだったな」
 腹を大きく引き裂かれた事を思い出し、幾らか元気が出る。金との縁は薄いようだが、強運なるものは確かに持っているのかもしれない。
『では諸君、改めて行動開始だ』
 窓外で、アルト機とサンドロックが建物から離れた。
 クロウの背後では、ロックオンが申し訳なさそうに自分の携帯端末を服の中に入れる。
「俺もデュナメスで出るつもりだ。…頑張れよ」
 そうそう付きっきりという訳にはゆくまい。「頼むぜ、ガードマン」と笑いかけてから、クロウは駆け足で会議室を出る。
 5分などあっという間だ。急がなければ。
 左手に通話状態の携帯端末を握りしめ、落下する勢いで階段を下る。
 外に出ると、植物片捜索の為に広がっていた仲間達がケンジの指示で一斉に撤収を始めていた。それを地上で待機しているヨーコ達のガンメンや空中待機しているオーガスが守っている。
 機体サイズが不統一なので遠近がついて見えるが、クロウが立つ事になっている場所を全機が睨みつつ海側に1列、陸側に1列と合計2列の直線を成し滑走路を挟んでいる。
 クロウは1人、ZEXIS機が作る包囲網に入るつもりで人の流れに逆らって走った。
「どうかご無事で!」
 クラッシャー隊隊員の1人が、すれ違いざまに声をかけてくれた。そういう小さな心配りが嬉しい。
 トレミーからデュナメスが発進する様子は、まだなかった。
 代わりに、万丈のダイターン3がダイグレンからダイタンク形態で発進する。バルディオス以上の120メートル級機は、ファイター、タンクのいずれに変形しても破格のサイズになる文字通りの巨大ロボットだ。
 太陽の紋章を額に戴き、その圧倒的な火力で万丈が敵と判断した者を容赦なく裁く。ダイターン3が額を指した時。それは、日輪の輝きが悪を断罪する時だ。
 操縦者の万丈は、ZEUTHの幹部の1人とも言うべき存在になる。聞いた話によると、明朗快活な彼もまた財団を率いているという。アクシオン財団の総帥カルロスと立ち位置は似ていなくもないが、テロリストやインペリウム帝国の出資者となって世界の変化を望んだカルロスとZEUTHの万丈は、自らの手を血で汚す覚悟の差で大きくかけ離れていた。
 変形し、陸側の列の端にダイターン3が立つ。万一の事態に備え、その大きな機体にバトルキャンプの施設群を守らせるつもりでいるのかもしれない。
 空中に留まるキングゲイナーの頭部と天冠の隣で、張り出しを持つ左の肩パーツが海の青さを描き出す。
 陸側の列は、既にクロウの後ろにあった。
 ダイターン3、キングゲイナー、ヨーコMタンク、オーガス、キングキタン、ナイキック、グレンラガンの7機が陸、空、陸、空と留まる場所が交互になるよう配置されている。
 ガンメン2機にダイターン3とグレンラガンが加わっているだけに、高く厚い壁という印象だ。
 一方海側の列は、メサイア・ルカ機に始まり、ガンダムサンドロック、やはりメサイア・アルト機、紅蓮弐式、ガンダムエアマスターバースト、チームDのVBMが4機、そして∀ガンダムと、空中戦が可能な機体が多く含まれている。
 いずれの機体も、変形が可能なものは全てロボット形態にしアリエティスの出現に備えていた。
 アイムの牡羊座機は何故か地上に立つ事を余り好まず、常に高所からZEXISを見下ろす。陸戦用機の備えは、アイム対策と言うより奴の手足となって働く次元獣対策に見えなくもない。
『そこで止まってちょうだい』
 携帯端末からスメラギの声がする。場所的には、ZEXIS機が作り上げる2つの列のちょうど中央辺りか。
 指示通りに踵を止めた直後、頭上の蒼天にしみが1つ生まれた。
『見えるわね。アリエティスよ』
 女性戦術予報士の声が、強い緊張を含む。
 濃色のしみは急速に膨張すると、赤と青に染め上げられた人型機体として空に航跡の斜線を描き出す。
 至近距離に着陸するのを避ける為かと思いきや、機体は止まらず、やおら水平移動に移る。
「ちょ…! 何しやがる…」
 球に近いアリエティスの頭部と白銀の爪が目に入ったかと思いきや、クロウの体は既に牡羊座機と共に上昇を始めていた。
 何がそれ程嫌なのか、あくまで着地というものを拒む。
 それに、この巨大で硬質な手の感触。間違いなく、青い異世界からクロウを助け出した時のものと同じだ。
 バトルキャンプの上空、おそらくは200メートル程のところでアリエティスが静止する。
 オーガス、ナイキック、キングゲイナー、そしてメサイア2機に∀ガンダム、エアマスターバーストが、インペリウム機を追って上昇し円を成して包囲した。
『てめぇ! やっぱり俺達を騙しやがったのか!?』
 罵るウィッツの声が聞こえているのだろうに、アイムが『それでは始めましょう』と何食わぬ様子でクロウをアリエティスの胸部パーツの上に立たせる。『私は伝えた筈ですよ。バトルキャンプ上空で行う、と』
『確かにそうだけど、敵襲と同じじゃないか。こんなやり方』
 露骨に不満を漏らすゲイナーに、『相手はアイムだぜ。期待しすぎだろ』とアルトが横やりを入れる。
 コートのボタンをかけながら、クロウは敢えて仲間の機体と下方の景色に目をやった。
 風が弱くなったのは幸いだ。陽光を浴びれば、僅かばかりの暖を取る事ができる。
 下方には、海と陸地の境目が不規則な線として最奥まで続いていた。岬全体を利用しているバトルキャンプと、その半面を囲む海。段差があるので、基地上空に留まっているクロウには、バトルキャンプ以上に海が遠い。
 人工物と岩、海のほぼ3色だけとそっけないが、開放感が強く悪くはない景色だ。
 もし踵を返した時、あの赤いハゲ頭が巨顔を自分に向けていなければ。おそらくは、もっと穏やかな気持ちになれるだろうに。
『いいわ。始めてちょうだい。…気をつけて、クロウ』
「ああ」スメラギの声に短く応答し、「だとよ」とアイムに呼びかける。
 深く息を吸って、腹に力を入れた。
 クロウがブーツで踏みつけている胸部パーツから、赤い光が滲み出た。発光の原理は、ブラスタに搭載されているVXとほぼ同じ筈だ。
 天秤座機ブラスタの胸部が黄色系の光を放つのに対し、牡羊座機アリエティスは禍々しい赤い光を放つ。
 今のところ、昨日指先に感じたような痛みは体の何処にも感じない。アイムが慎重に進めているからか。或いは、正に今何かが準備されつつある瞬間故か。
 不意に、足の裏が何も感じなくなった。
 冬の外界も消滅する。視界は黒に傾いた赤一色で、濃淡はなく全体が透明度を持つ鈍い明るさに満ちている。
 落下の印象は垂直方向で、またも足から落ちてゆく。
 但し、アリエティスから振り落とされたのではないようだ。自由落下よりももっと緩やかな移動は、切り裂いている筈の外気を肌に刺してはゆかなかった。
 これは、アイムの仕業なのか。
 インペリウムの支配空間に、ZEXISはクロウただ1人。
 やはり騙されたのかもしれない。

          * * *

 一方、昨日の行動を再現すべくショッピング・モールに向かったミシェル達だが、12時が近づこうという真昼時にもかかわらず未だ施設内に入る事ができなかった。
 駐車場入り口のゲートは閉じたままで、ゲート前に置かれた立て看板には「本日の営業は、午後1時からとなります」という内容が詫び文と共に綴られている。
「あちゃー」デュオが頭をかく横で、「せめて車だけでも出させてもらえないかしら」と琉菜が駐車場の上階を仰いだ。
 昨日分乗し駐車スペースに収めた6台の車はここで一夜を過ごし、今も同じ場所にある。流石に車が足らなくなって、今日はクラッシャー隊の隊員から善意の提供を受け皆が5台に分乗した。
 1台少なくて済むのは、クロウとロックオン、ロジャー、ドロシーの4人がバトルキャンプに残ったからだ。しかも、クランと中原は基地にさえいない。
 往路、ミシェルは余り皆と話をせずに済んだ。気を遣う女性達が何人も同じ車に乗ろうとしたが丁寧に辞退し、同車にはデュオとキラ、アスランの他に唯一の女性としてミヅキが乗った。
 運転を買ってでたミヅキは、始終何かの話をしていたように覚えている。それらは意見を求めるものではなく、自分が考えた今日の再現プランを発信し続ける内容だった。
 助手席に座るミシェルへの配慮もあったのだろう。ただ、彼女自身が手探りをし、零れ落ちるものがないよう計画の反芻をしている。話しぶりからそんな印象を受けた。
 折角、最初の異変が起きた地点にZEXISが再び向かうのだ。拾えるものは全て拾って帰りたいとの強い思いをミヅキから感じる。
 しかしそれは、開店前という現実にいきなり阻まれてしまった。
 5台の車から何人かが降り、頭を寄せ合って修正の検討に入る。
「どうする? って、引き返す訳にもいかねぇだろ」帽子を直しながら、デュオが建物の外観を見遣る。「息抜きで来た昨日とは事情が違うしな」
「そうね。とにかく中には入れてもらいましょう」
 大山が、ショルダーバッグから名刺を1枚取り出す。
 21世紀警備保障の社章とロゴも入っているが、最も目につくのはダイ・ガードの近景だ。
「名刺?」目を輝かせたミヅキが問うと、何故か大山は少し残念そうに眉をひそめる。
「そう。ダイ・ガードが有名になり始めてから、会社が刷り直したものなの。私達にはクラッシャー隊程の権限がないから、これが効かなかったら少し時間がかかるわ。とにかく、やれる事は全部試してみないと」
「助かります」と、ミシェルは大山に軽く頭を下げた。「今日ここに来た顔ぶれの中で、こちら側の日本に通じる信用があるのは21世紀警備保障だけですから」
 ミシェルが言う信用には、2つの条件を満たす必要がある。
 1つは、この多元世界に存在する組織である事。そしてもう1つ、表の顔が広く知られている事だ。
 ダイ・ガードは、元々21世紀警備保障のロボットとして広報活動には参加していたと聞く。当初、武装は皆無な上、装甲もスコープドッグ並と社内で大変評判が悪かったものの、その状態のまま初めてのヘテロダイン戦で戦果を上げ、知名度と共に周辺予算も上がったらしい。
「ダイ・ガードの21世紀警備保障」という浸透によって、今ではクラッシャー隊に次ぐ影響力を国内に持つに至った。
 勿論、共にクラッシャー隊協力企業として立つ「トライダーG7の竹尾ゼネラルカンパニー」も今尚21世紀警備保障と同位置にある。
 名刺に刷り込まれているダイ・ガードの近景。おそらく、この写真の存在感は大山の要望を通す程の力を発揮するに違いない。
 大山に、赤木、いぶき、青山、キラ、ミシェル、そしてミヅキがついて行き、まずライノダモンの口が浮かんでいたエントランスを外から眺める。昨日の後始末と今後の気がかりが最も集中している場所だ。施設の責任者がいる可能性は高い。
 実際。そこに数人の人影があった。
 しかし、明らかに施設関係でも店舗関係でもない人間が混じっている。部外者風の3人は、最も背の高い人物が裾の長い白衣を着ており、他の2人は同じ色の制服に袖を通している。
 東洋人2人が前屈みになる辺り、何らかの事情で施設関係者は部外者に頭が上がらなくなっているようだ。
「あれは…!」
 背格好と仕種を見た途端、ミシェルは3人の素性を看破した。何故ここにいるのかという疑問と、以前と全く変わらない既知の人物達に対する安堵。それが同時に発生する。
 屋内でも、ほぼ同じ事が起きた。
 真っ先にミシェル達に気づいたのは、栗色の髪をしたスザクだった。
 彼の視線が建物の外に逃げた為、中にいる数人も1人、また1人と外から中を覗くミシェル達と目が合ってゆく。
 スザクはただこちらを伺うに留めていたが、ロイドが大袈裟な仕種でドアを指し中に入ってくるよう盛んに促す。
 赤木が驚いて、「おい! あれってブリタニアの特派、だったよな」と青山に確認を求めた。顔はひきつり、既に波乱の予感からは逃れられない状況にある事を彼なりにしっかりと悟っている。
 勿論、訊かれた青山も例外ではない。「どうして連中がここにいるんだよ…」とようやく絞り出す言葉は、誰に送ったものでもなかった。
「こうなったからには、とにかく中に入るしかないでしょ。行くわよ」
 先導が大山からミヅキに代わり、ぞろぞろと7人で店内に入る。
「やぁ、聞いたよ~」対面直後、ロイドから爆弾発言が飛び出した。「ここにライノダモンが現れかけたんだって?」
 そうだとも違うとも断言できず、全員がその場で凍り付く。施設の責任者が目前にいるので、自然とZEXIS全員の視線が彼に集まった。
「わ…、私が話したのではありません」怯えた目つきで首をしきりと横に振りながら、謝るように男が説明をする。「8時頃突然おいでになり、事情は聞いているからと申されまして。今は開店準備中ですし、こちらにご案内しました」
 おそらくは、男の人生の中で初めて目の当たりにするブリタニアの貴族だ。ロイド達に圧倒された上に事情は既に知っていると押され、ひとたまりもなかったのだろう。
 ロイド博士やスザク達は、ブリタニア・ユニオンに作られたブリタニア帝国側の組織・特別派遣教導技術部に所属している。少人数ならではのフットワークを効かせた組織で、部管轄のKMFはランスロットという伝説の騎士の名を持つ白い機体だ。
 黒の騎士団のカレンが操る紅蓮弐式と同世代のKMFと言われ、同国製のグロースターとは一線を画する高レベルの性能を保有する。
 デヴァイサーと呼ばれる操縦者は、ここにいるスザクが専属。日本人ながらブリタニア側の名誉市民という、2国に跨がった生き方を選んだ心の強い人物だ。
 店長など、所詮は社内に通用する肩書きで働く一サラリーマンにすぎない。所作どころか立ち姿一つ違う帝国の純血貴族が突然現れ、心臓を銃弾で撃ち抜かれた気分になっているのだろう。
 しかも、昨日のライノダモン騒動を武器に「全て知っているから」と開店前の施設内に進み入るなら、異国の干渉とはいえ無下にもできなくなる。
 彼等には荷が重い。ミシェルは、2人に同情した。
 ZEXISと特派。所属だけで解釈すれば、本来国連麾下のZEXISとブリタニアの特派は相容れない敵対関係にある。しかし、ロイドの態度を見てもわかる通り、彼はZEXISに対しかなり好意的で、ランスロットは一度ならず二度までもZEXISと共闘した過去を持つ。
 二度目など、短い期間ながらZEXISと寝食まで共にした。
 何故、ブリタニア・ユニオンの人間が制服を着たままここにいる。
 そして、何故またも特派なのだ。
 震動音がし、店長の携帯が鳴った。これ幸いと男は、「10分程で戻ります」と言い残して部下と共に足早に輪から抜ける。
 各店舗の店員達が慌ただしく働いている様子が見えるエントランスで、床に映り込むまとまった人影はミシェル達ZEXISとロイド達特派の人間だけになった。植え込みが整え直されているので、吹き抜け直下のミシェル達がはっきりと見える店舗は極限られている。
 最早、遠慮する必要はなかった。ミシェル達も、ロイド達も。
「どうやって聞きつけたんだ? ここは、エリア11じゃないぜ」
 ミシェルは皆の関心事の中から、まず最大のものに触れてロイドに問う。
「三大国家を侮っちゃいけないな~」目尻を垂らし、軽い口調で貴族の男が答える。「バトルキャンプの動きは、みんな知っているんだよ。勿論君達だって、監視されている事は承知していた筈だよね」
「…やっぱり見張られていたのか」
 ミシェルには、昨日発したとされるキラの言葉が特別意味深なものに感じられた。昨日クロウが聞かせてくれたキラとロジャーの話を嫌が上にも思い出す。
 第4会議室を監視している目があると感じたティファは、それが大変危険なものであるとひどく怯えていたという。昨夜、件の会議室に2本のバラが置かれていた事で監視の目は謎の敵のものと断定されたが、元々バトルキャンプが三大国家に監視されている可能性は全く別なところにも常時存在していた。
 奇しくもロイドは、今それを認めた事になる。
「次元獣についての詳細なデータは、常時優秀な研究機関に提供してもらっているんだ。その研究は、今後も専門家達に続けてもらうよ~」対するロイドも意味深だ。仄めかしている機関が、ブラスタとクロウにデータ収集を行わせているスコート・ラボである事は明らかだというのに。「ただ、今回の騒動は過去に例の無いものだよね。知りたいな~。君達が何を握っているのか」
「まさか、それを言う為にわざわざここに来たの?」
 いぶかしげに尋ねるミヅキだが、邪険な態度を取る事まではしない。
「まさか」とロイドが肩をすくめた。「君達が来るなんて知らなかったよ。だってここには、もう何も無いじゃない」
「じゃあ、何をしに来たの?」
 いぶきが問いかけ、直後に馬鹿な事をしたと後悔する表情に満ちた。第2皇子シュナイゼルの信用も厚い特派のリーダーが、国が敵と定めているZEXISに隠密行動の目的をぺらぺらと話す訳がない。
「ついでに寄ってみただけだよ~。ちょうどバトルキャンプに向かう途中だったから」
「えーっ!!」
 いぶきとミヅキ、大山の驚声に、デュオの素っ頓狂な声が重なった。
 ロイドという男の発想は、時に常識を無効化する。まるで朝の散歩の話をするかのように、ブリタニア・ユニオンの名を背負ったままZEXISの拠点の一つバトルキャンプに向かうと言っている。
 国連平和維持理事会との関係が密なバトルキャンプに、ブリタニア帝国貴族の威光は働かない。しかも、次元獣やZEXIS機の秘密に目を輝かせている技術者ならば、尚の事他の機体周辺に出没されては困る。その辺りの駆け引きで、前回の合流時にイアンや厚井達を消耗させたというのに、何とこの男は再びZEXISとの共闘をもちかけるつもりでいるのか。
「なぁスザク」赤木が思わず、かつて共闘したランスロットの操者に呼びかけた。日本人でありながら帝国に仕え目指すものを掴もうとしている少年の誠実さに、元々赤木達は好印象を抱いている。「本気なのか? ロイド博士は」
 スザクの視線が、巧みにZEXISのメンバーを避けた。
「僕に訊かないで下さい」
 返答の内容を予測しつつ、ミシェルはセシルに笑顔を向ける。頭の回転の早い美女が、「私からお話できる事は何も…」と上官を立てた笑みをこぼす。
「納得した~?」ロイドが、ここぞとばかりに話をまとめようとする。既にこの場は、男のペースで全てが進んでいた。「ところで、君達は何をしに来たの? 事態は収拾して、安全宣言も出した場所に。気になるな~」


              - 24.に続く -
 
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