ソードアート・オンライン -旋律の奏者-
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アインクラッド編
龍皇の遺産
戦慄の記憶 01
「ちょっと待テ。 スヴァローグ・ザ・エンペラー・ドラゴンと2人だけで戦ったって言うのカ?」
「うん、まあ。 て言ってもかなり弱体化してたよ。 体感だけど、フロアボスだった頃の半分くらいのステータスかな。 攻撃パターンは殆ど一緒。 厄介なブレス攻撃はなかったけど、HPバーが最後の1本になると龍人形態になるから、それが注意点だね。 細かい攻撃パターンと攻略法は後でメッセージにして飛ばすよ」
「フー坊の無茶苦茶さ加減は相変わらずだナ……」
鼠の情報屋さんこと、アルゴさんは盛大なため息を吐いた。
なんて言うか、激しく大きなお世話だけど、それでも一応は僕たちの心配をしてくれているみたいだから文句を言ったりはしない。
「ところデ、マーちゃんはどこに行ったんダ? フー坊が1人なんて珍しいことも……いや、そうでもないカ」
「察してくれて何よりです。 アマリはでぃーちゃんの強化をお願いしに行ってるよ。 元々の口実はそれだったからね」
「その間に別の女と密会しているト……。 ニャハハ、フー坊は浮気者だナ」
一転、楽しそうに笑うアルゴさんにジト目を送るけど、当の本人はまるで気にしていない様子だ。
アルゴさんがこの調子なのはいつものことなので、今度は僕がため息を吐いて話しを進める。
「まあ、浮気者で良いけどね。 で、クエストの話しだけど、報酬は強化素材、《ドラゴニュート鉱石》。 重さと丈夫さの添加材に1個使うだけで、強化回数に関わらず成功率を最大に引き上げてくれる上に、強化が成功したら武器の全ステータスが5上昇するって言う、とんでもないレア素材だよ」
「個数ハ?」
「2人で40個。 元々はでぃーちゃんをインゴットに戻す予定だったけど、おかげで強化だけで済むよ」
「確カ、でぃーちゃんの強化試行上限数は72だったナ」
「よく覚えてるね。 で、残りは51回。 今が+18だから、多分、+50にはなるんじゃないかな。 そうなれば当分は使えるだろうね」
「+50って強化レベルの上限じゃないカ」
驚きすぎて逆に冷静になっているアルゴさんに僕は頷いた。
まあでも、その反応は仕方ないと思う。
何しろ、フル強化に成功すれば、武器の全ステータスが160も上昇する計算だ。 そうなれば今の最前線どころか、下手をしたら100層までだって十分に通用する可能性だってある。 と言うか、今までの傾向を見ている限り、敵側の大幅なレベルアップでもないとそれは現実になるだろう。
当然、今でもとんでもなく重いディオ・モルティーギが更に重くなるわけだけど、それも大きな問題にはならないはずだ。 問題があるとすれば、でぃーちゃんを抱き枕に使うとベッドが崩壊するだろうと言うことくらいで、それはこれから考えればいい話しである。
とは言え、問題はディオ・モルティーギに関することだけじゃない。
ドラゴニュート鉱石の噂が広まれば、それを求めてクエストに挑むプレイヤーが激増するだろう、と言う現実的な問題がある。
《龍皇の遺産》は結婚しているプレイヤー限定のクエストだ。 それを受けるためだけに結婚するプレイヤーは増えるだろうし、そうなればそれに比例してトラブルも増えるだろう。
けど、僕が懸念している問題はそれでもなくて、もっと単純に、無茶な挑戦で死者が増えるかもしれないことだ。
SAOがデスゲームである以上、死の危険に飛び込まないのが普通だけど、多くのプレイヤーがそれを無視してでもクエストに挑戦しかねない。 それだけの価値……言ってしまえば魔力がドラゴニュート鉱石にはある。
僕と同じ懸念を抱いたらしく、アルゴさんも苦い顔で黙っていた。
「情報規制が必要だろうね。 少なくとも、中層ゾーンのプレイヤーには知られないことが大前提。 じゃないと、死人が出るよ」
「そうだナ」
「と言うわけで、僕が口止め料を払うよ。 とりあえずは1万コルでいいかな?」
言って、僕はアルゴさんの返事を待たずにトレードウインドウを開いて金額を入力する。 これはアルゴさんの主義を考慮しての提案だ。
デマとゴシップは売らない。 それ以外なら売れるネタはなんでも売ると言うのがアルゴさんの主義だ。
なんでも、と言う表現に含まれる内に例外はいくつかあるけど、今回の情報に関して言えば例外には含まれない。 あくまで正当なクエストの正当な報酬に関する情報だからだ。
たとえ死者が出かねないと言っても、アルゴさんはその主義を貫くために問われれば答えなければならない。 デマを売らないと言う主義があるので嘘の情報を流すわけにもいかないし、情報屋の信頼を保つためにも理由もなく秘匿することはできないだろう。
そこを踏まえての僕からの提案だ。
僕が口止め料を支払えば、アルゴさんは主義を曲げることなく情報を明かさずに済む。 そして、口止め料を受け取ったことを理由にすれば情報屋としての信頼は僅かたりとも傷付きはしない。
アルゴさんの情報には普段からお世話になっているので、この辺りでその恩を返すのも悪くないだろう。 それに、僕の身内がアルゴさんの主義を何度か曲げさせているので、その謝礼と言う意味もある。
そんなあれこれを、僕は当然だけど口には出さない。 でも、アルゴさんも察してくれたらしく、『分かっタ』といかにも渋々と言った声音で答えてコルを受け取った。
けれど、そこで終わらないのがアルゴさんのアルゴさんたる所以だ。
僕に何を言うでもなくウインドウを操作してストレージから羊皮紙でできたスクロールを取り出すと、それを無言で放ってきた。
「これは?」
「スピード系の素材をドロップするMobとクエストの情報ダ。 今日は気分がいいからやるヨ」
素っ気ない風を装っているのは照れ隠しをしているからだろう。 僕としては口止め料を払った正式な依頼だけど、アルゴさんにとってはそうじゃなかったらしい。 普段はふてぶてしいのに変なところで義理堅いのは相変わらずだ。
ここで下手に遠慮しようものなら、多額のコルを請求されるのがオチなので、僕はアルゴさんの気分が変わらない内に羊皮紙をストレージに収めた。
「ありがとね。 ドラゴニュート鉱石は雪丸の強化に向かないから困ってたんだけど、これでなんとかなりそうだよ」
「どうせ気まぐれだしナ。 それに、お得意様にはサービスしないとだロ?」
「じゃあ、そのサービス精神をもう少し発揮してもらえるかな? ちょっとクエストを探しててね。 大型モンスターを討伐する系のクエスト。 心当たりはない?」
「その情報は有料だナ。 3千コル……と言いたいところだけド、さっき渡した中に目ぼしいのがあるゾ」
「そう。 なら、明日にでも言ってみようかな」
僕がそう言ったタイミングで、丁度メッセージが届いた。 目線でアルゴさんに断わりを入れてから確認すると、差出人はアマリだった。
どうやら強化はつつがなく終わったらしい。
「マーちゃんカ?」
「うん。 強化が終わったみたいだね。 でぃーちゃんの調子を見たいから来て欲しいって」
「まさかいきなり最前線にいかないだろうナ?」
「大丈夫だよ。 さすがにアマリも僕もその辺りは心得てるから」
慣れていない武器で最前線にいくほど、僕たちは馬鹿じゃないし無謀でもない。 それはアルゴさんも分かっているだろうけど、それでも心配して確認する辺りがアルゴさんの優しいところだ。
「まあ、そう言うわけだから」
「ン、あア、さっさといってやレ。 マーちゃんを待たせると後が怖いゾ」
「そうだね。 じゃあ、また色々とお世話になるだろうけど、またね」
そう言って手を振ってから踵を返すと、そのまま転移門のある広場に向けて歩き出した。
「なア、フー坊」
と、アルゴさんの声が追いかけてくる。
首だけで振り返るとアルゴさんは動くことなく僕をまっすぐに見ていた。
困っているような、迷っているような、泣き出してしまいそうな、そんな複雑な表情。 それだけでなんとなく言いたいことは伝わったけど、アルゴさんはその情報を口にする。
「奴らが動いていル」
詳細なんてない。 どう動いているのか、何をしているのかも言わない。
その情報は僕にとって最も聞きたくなかった情報だ。 それが分かっているからアルゴさんの表情は複雑なのだろう。
「……そっか」
僕はそれだけ言って、そのまま転移門に向かった。 あるいは逃げたのかもしれない。
アルゴさんは追いかけてこなかった。
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