悠久のインダス
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
2部分:第二章
第二章
「どう考えてもな」
「認識に違いがありますね」
「そうだよな」
このことはお互いがよくわかった。実によくだ。
「まあなあ。インドの話は聞いていたけれど」
「予想以上ですか」
「聞くのと見るのとじゃ大違いだな」
「百聞は一見に如かずですね」
ガイドはにこにことして彼にこう言ってきた。
「日本の諺ですね」
「そうだよな。それじゃあ」
「お腹が空きましたし何か食べられますか?」
「ああ、そうだな」
隼士はガイドのその提案に素直に頷いた。
「それじゃあここは」
「何を食べられますか?」
「何をってカレーしかないだろ」
彼はすぐにガイドにこう返した。
「それ以外な」
「いえいえ、それが違います」
「カレー以外にあるのかよ」
「牛肉のカレーはありません」
インドでは牛は食べない。ヒンズーの聖なる動物だからだ。それを食べるということはこの国においては考えられないことなのだ。
「それはご承知ですね」
「知ってるよ、やっぱりさ」
隼士もであった。それはよくわかっていた。インドのことを聞いているからだ。
「だからそれはもう」
「おわかりですね」
「ああ、それはさ」
そうだとまた答える彼だった。
「よくな」
「そしてです」
ここでさらに言うガイドであった。
「鶏肉のカレーに羊のカレーに野菜のカレーに魚のカレーに卵のカレーにです」
「だから全部カレーだろ」
「種類は一杯ありますね」
「だから全部カレーじゃないか」
「それが何か?」
ガイドは隼士の主張を全く理解していないようであった。
「おかしいですか」
「いや、もういいさ」
流石にだ。こう返されては隼士も言い返しようがなかった。項垂れた顔になってだ。そのうえでガイドに対して述べたのであった。
「まあインドに来たんだしな」
「カレーですね」
「だからそれしかないじゃないか」
こうは言ってもだった。彼はそのカレーをガイドと共に食べるのであった。インドだけあって手で食べるカレーであった。それを食べ終わるとだ。
今度は車でニューデリーの外に出た。そこは農村だった。
田で人々が働いている。それはのどかな光景だった。しかしだ。
そこにもだ。やはり牛がいた。彼等は人と共に働いていた。それを車の中から見てだ。隼士はまたガイドに話をするのだった。
「なあ」
「はい、どうしました?」
「ここでも牛なんだな」
車はガイドが運転している。その車は中古の日本車だ。その車はことことと揺れている。それは道が舗装されていないからである。
その車に揺られながらだ。彼は言うのだった。
「インドは」
「いいものですね」
「牛尽くしの国なんだな」
「つまりあれです」
「あれって?」
隼士は助手席からガイドに問うた。
「あれっていうと?」
「我が国は常に神々と共にあるのです」
「牛が神の使いだからか」
「牛には何億もの神がいるのです」
物凄い数であった。
「そして神の乗り物でもありますし」
「何億か」
「はい、何億もです」
「日本の神様より多いんじゃないのか?」
また言う隼士だった。日本もまた実に多くの神々がいる。八百万の神々がいるということは彼もまたよく認識していたのである。
ページ上へ戻る