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悠久のインダス

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1部分:第一章


第一章

                       悠久のインダス
「とんでもない国だよな」
「そう思いますか」
「ああ、思う」
 彼は真顔でガイドに答えていた。彼、矢吹隼士は今インドにいる。
 茶色の癖のある細い毛の髪を女の子の髪型で言うショートにしている。目は一重でアーモンド型で横にある。細面で唇は少し厚い。薄めの鱈子にも見える。背は一七六程で高いと言えばまあ高い。全体的にすらりとしている。
 服はジーンズにシャツ、それにリュックという旅行者とすぐにわかる格好だ。彼はそのインドの人がやたらと多い町の中でこう言ったのである。
「だから何だよこの町」
「インドの町ですが」
「それはわかるけれどさ」
 それでもだというのである。
「だから何でこんなに人が多いんだよ。中国より多いじゃないか」
「人口二十億ですから」
 ガイドの言葉はとんでもないものだった。
「ですからこのニューデリーもです」
「二十億って。本じゃあ十一億ってあったよ」
「数字には多少の間違いがつきものです」
「十一億と二十億じゃあ全然違うだろ」
「些細な違いだと思いますが」
「全然違うよ。九億も違うじゃないか」
 隼士は日本人の観点から語る。その彼の周りに子供達が群がってくる。そうしてそれぞれ様々な言葉で彼に言ってくるのである。
 その子供達を見てだ。彼は怪訝な顔でガイドに尋ねた。ガイドもまた子供たちに囲まれている。それは群がるといった感じであった。
「この子達ってまさか」
「はい、物乞いです」
 それだというのである。
「先祖代々、由緒正しい真面目な物乞いの子供達です」
「そういうカーストなんだよな」
「その通りです」
 インドでは三千程度のカーストがあると言われている。それは代々受け継がれるもので物乞いのカーストも存在しているのだ。
「ですからここはです」
「ああ、わかったよ」
 彼は早速財布を取り出した。それでコインを子供達に一枚ずつ与えるのだった。どれも空港で両替して手に入れたものである。
 それを渡しながらだ。彼はガイドに言うのであった。ガイドは当然インド人である。浅黒い肌に彫の深い顔、それに口髭である。ターバンまでしている。誰がどう見てもインド人の格好で彼の横にいるのだ。
「これでいいんだよな」
「はい、これが彼等の仕事ですので」
「先祖代々の」
「そういうことです。それでは」
「行くんだよな、ホテルに」
「この通りをまっすぐです」
 ガイドは前を指差す。しかしその道は。
 人、人、人であった。道なぞ見えずいるのは人だけであった。
 その道を見てだ。隼士はまた言った。
「道だよな」
「はい、道です」
「人だけで道が見えないんだけれどな」
「そうですか?」
「そうだよ。っていうか」
 彼の言葉がここでうわずったものになった。
「何だよ、人だけじゃないじゃないか」
 見れば牛もいた。道を普通に歩いている。それも何匹もだ。
「話には聞いてたけれど実際に牛が普通に町を歩いてるのかよ」
「普通の光景ですが」
「インド以外じゃ全然普通じゃないよ」
「ここはインドです」
 身も蓋もない言葉であった。
「ですからこれでいいのです」
「インドなんだな」
「そうです。インドでは牛は神聖な動物です」
 ヒンズーの教えによる。
「だからいいのです」
「ううん、牛が普通にか」
 話を聞いてもだ。まだ信じられないといった顔の彼であった。
「実際に見るとびっくりするよな」
「人と牛が共に暮らしている。いいと思いませんか」
「俺も牛は好きさ」
 彼もそれは認めた。
「けれど。畑や牧場にいるのじゃなくてか」
「畑にも勿論いますよ」
「町にいるのは凄いよな」
「私も驚きました」
 ガイドもだというのだ。
「他の国では町に牛が一匹もいないのですから」
「それが普通だろ」
 隼士はまた日本の常識から述べた。
 
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