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鶴の舞う空へ 

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第1部 異世界へ
3.六年前のあの日
  鶴の舞う空へ

 
前書き
前回までは

不思議な夢を見た後、鏡へ吸い込まれ異世界へと来た梶原海斗は、この世界のこの国の姫ー鶴姫ーに助けられる。
彼女が不思議な夢に出てきた少女だと気づいた海斗は、彼女に運命を感じ...


梶原海斗・・・高校二年。剣道、フェンシングに長けているまっすぐした青年。ある日異世界へと飛ばされたことを機会に鶴姫の元で戦う。自分がこの世界にきたことは運命だとおもっている。両親が幼い頃死んだせいか、元の世界に帰りたいという意志は薄い。

鶴姫・・・豊洲国の姫。六年前、祖国が佐伯国に攻め落とされた際に立ち上がった。優しくまっすぐな女性。本名は井上鶴千風紫(いのうえのつるちかぜむらさき)

風早・・・五人将の長。鶴姫の幼い頃から彼女に使えている。頭がよく、剣の腕もなかなか。人望もある優しい青年。本名は中府風早太介(なかふのかざはやたすけ) 

 
ーこの世界に来たこと、俺は運命だと感じるんですー
3.六年前のあの日
 「海斗、こちらへ。私についてきて下さい。」
「はい。」
海斗と風早は牢を出た。外には、草原の真ん中の少し離れたところに、大きな屋敷が建っていた。牢は洞窟のような場所にあったのを、海斗は外に出て、初めて知った。洞窟の牢すぐ横は林になっており、川の流れる音がかすかにする。おそらく林の奥で小川が流れているのだろう。二人が草原の先の屋敷へ歩いていると、冬の名残を残した春風が、草や木々を揺らした。海斗はその風の運んできたにおいをなぜか懐かしく感じた。建物や服装、言語などから考えて、ここが異世界だとはいえ、日本に近い国であるためだろうか。 
 宮の門の前に着くと、兵が多く集まっており、どことなく慌ただしい様子だった。
「...すごい人ですね。こんなにたくさんの人が仕えているなんて...。」
「ええ、だいぶ兵が集まってきましたね。さあ、海斗こちらへ。」
海斗は風早に連れられて、宮の中へと入っていった。長い廊下を多くの兵とすれ違いながら、歩いて行った。
「ここは...お城なんですか?」
「そうか、君は何も知らないんですね...。」
そうほほえみながらつぶやいた風早の目は、どことなくさびそうで、海斗は少し戸惑ってしまった。風早は少し立ち止まり、窓の外の青い空を見上げた。そして、少し立つと、何も言わず歩き出した。海斗も何も聞かずついて行った。長い廊下を一度曲がってまた少し廊下を歩くと、大きな扉があった。それを横に引くと、たくさんの剣や鎧や槍が置かれているのが見えた。どうやらここは武器庫らしい。風早は入った早々に隙間をわずかに残して閉めた。扉の隙間から少し光が部屋に入り、うっすらと明るかった。風早は一本の剣を手に取り、海斗に差し出した。海斗はそれを両の手で受け取り、真剣の重みをまじまじと感じていた。
「真剣は初めてですか?それは真剣の中では軽い方ですよ。」
「やはり、竹刀とは違う重みがありますね。」
「ええ、同じ重さの物ともまた違う重みです。これが...命の重みなのかもしれません。」
「命の...。」
海斗は思わず剣をぎゅっと握った。風早はその手をみて海斗にこう続けた。
「君にはきちんと話さなくてはなりませんね。鶴姫様の父君は風盛(かざもり)様、母君は(せん)様、そしてお二人のたった一人の実子が鶴姫様です。千様はお体が弱く、鶴姫様をお産みになられた後はお子様の産めるお体ではなくなったため、お子様は姫たった一人なのです。風盛様も千様を大切になさっており、御正室の千様以外女性をめとろうとしませんでしたし。風盛様は賢明なお方で、私たちの豊洲国は太平でした。しかし、六年前、佐伯国が国に攻め込み、私たちの故郷は落とされ、なくなってしまいました。その日、当時9歳の鶴姫様はご両親と多くの従者を亡くしたのにもかかわらず、こうおっしゃりました。『皆、よく生き残ってくれた。私たちの国はなくなってしまった。しかし、私はあきらめぬ。私に時間をくれ。私は必ず強くなってこの国を取り戻してみせる』と。そして、二年前に初めて佐伯国に反旗を翻し、敗北を幾度も経てやっと昨年の冬の戦で初勝利を得、今やっと三連勝しているのです。しかし、私たちはまだ国の半分も取り戻せていません。しかしながら、戦う兵は皆信じています。鶴姫様ならば国を取り戻してくださると。ちなみにここは千様の生家をお借りしているのです。ここは豊洲国の端のほうです。」
「.....そうだったんですか。そんなことが...。」
海斗は六年前の鶴姫の気持ちを考えようとすると、胸が痛くなるのを感じた。そして、今も強い信念の元で生きているのだと知った。あの姫君のまっすぐな瞳は彼女のまっすぐな心の表れかもしれない。そして、その姫を守って死んでいった者、生き残った者それぞれの思いを考えると、海斗はなぜか涙が出そうになった。そんな海斗を見た風早は静かに告げた。
「海斗、この剣をとれば、戦が終わるときまで離せなくなるでしょう。それでもいいのですか?」
海斗は少しうつむいて考えた後、まっすぐな目で風早の目を見てこう返した。
「さっきまで俺は直感のような何かで、運命をあの人に感じてこの世界で戦おうと思っていました。しかし、今は...。うまくはいえませんがこの国の人たちのためになにかできることをしたいです。それに、こんなに怪しい身なりの俺を信じて助けてくれたあの姫様に恩返しするつもりで戦おうと思います...。」
海斗がそういうと、風早は優しく微笑み、はい、と一言返した後、鎧一式を彼に託した。
 
 

 
後書き
次回  いよいよ海斗は戦場へ

来週末更新予定です。 
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