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廃水

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11部分:第十一章


第十一章

「溶接炉の火で焼きます」
「それはわかりましたけれど」
「物々しいですね」
「そうですよ、わざわざこんなものまで付けて」
 見れば彼等はそれぞれ何かに乗っていた。それは簡易リフトであった。それを工場の天井に付けてそこに彼等を乗せているのである。
「廃水から逃げる為っていっても」
「物々し過ぎじゃないんですか?」
「用心には用心を重ねるべきだ」
 しかしここで工場長が彼等に告げた。
「充分過ぎる程度にな」
「だからですか」
「それでここまで」
「そうだ。だからだ」
 工場長の言葉は真面目なものだった。
「ここはな。すぐに避難できるようにだ」
「命綱も忘れないで下さいね」
 学者は彼等の腰にあるそれについても言った。
「それもいいですね」
「ええ、それももう」
「忘れてませんから」
 工員達はすぐに彼の言葉に答えた。彼等のうちで勇敢な者達が溶接炉の前にそうやって装備して立っている。他のメンバーはその溶接炉の周りで何時でも動けるようにしている。
「何時あいつが出て来ても逃げられるように」
「操作も頼みますよ」
「それはわかってるからな」
「任せておけよ」
 何かの機械の前にいる工員達が仲間達に対して応える。
「何かあったらすぐに動かすからな」
「心配するな」
「よし、皆頼むぞ」
 工場長自身は学者と共に溶接炉を動かす装置の前にいる。
「要はタイミングだ」
「はい、その通りです」
 学者が彼の言葉に真面目な顔で頷く。
「タイミングさえ合えばそれで廃水を」
「そうだな。逆に言えばタイミングを外せば」
 ここで工場長はあえて逆のことも言ってみせた。
「全てが終わるということだ」
「その通りですね。本当にタイミングです」
「とにかくだ。もうすぐ来る」
 工場長はこのことを本能的に察していた。
「覚悟はしておくか」
「はい、是非」
 皆固唾を飲んで相手が来るのを待っていた。そうして遂にであった。その廃水が来たのだった。どろどろとしたものが上から現われそうして生ゴミを吸収しだした。その不気味な汚らわしい赤い色はまさしくあのトイレにあった水そのものだった。それ以外の何者でもなかった。
「水か?」
「間違いない、あれだ」
 囮役の工員達はその不気味な姿を見て言い合った。それはまさにアメーバであった。極めて原始的な生物のそれに見えるものだった。
「水だ、あの」
「じゃあやっぱりこれまでの事件は」
「あいつの仕業だな」
「そうですね」
 それを見て工場長と学者も言葉を交えさせる。
「あの時生ゴミを吸収していた奴だ」
「やっぱり出て来ましたね」
「いいか」
 ここで工場長はリフトのスイッチのところにいる工員達に顔を向けて告げた。
「焦るな」
「タイミングを間違えるなってことですね」
「リフトをあげるタイミングを」
「早過ぎては向こうが気付く」
 その廃水のことだ。
「知能はないが感覚はあるからな」
「その通りです。感覚は間違いなくあります」
 学者もここで言う。
「感覚はです。ですから」
「気付く」
 その通りだった。
「気付かれたら終わりだ。だからだ」
「そうです。だからこそです」
 学者もリフトのスイッチの側にいる彼等に告げた。
「タイミングは間違えないで下さい。いいですね」
「わかりました」
「それじゃあタイミングだけは」
 彼等もまた固唾を飲んでいた。そうしてそのうえで身構えていた。そのタイミングが来ても何時でも動けるように。そして間違えないように。
 
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