廃水
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10部分:第十章
第十章
「罠の中身が重要ですが」
「重要っていいますと?」
「何かあるんですか?生ゴミじゃないんですか?」
「はい、それも用意はしますが」
それだけではないというのである。
「もう一つ用意するものがあります?」
「!?」
「何ですか、それって」
工員達は話を聞いても首を捻るばかりである。しかし学者はその彼等に対して述べるのだった。
「つまりです。私達です」
「私達!?」
「っていうと」
「はい、私達が囮です」
こう首を傾げる工員達に対して述べた。
「私達自身が囮となってです」
「廃水を誘うんですか?」
「まさかとは思いますけれど」
「いえ、そのまさかです」
しかし学者ははっきりと答えるのだった。
「そのまさかですよ。本当に」
「あの、それはかなり」
「危険ですよ。下手しなくても喰われますよ」
工員達はその顔を強張らせてそれぞれ彼に対して言ってきた。
「そうしたら元も子もないんじゃ」
「違います?」
「ですがそれでもです」
それでも彼は言うのだった。学者らしく合理的な、そうして全てが計算済みだという感じのする言葉で。だからこそ説得力のある言葉ではあった。
「我々はです。そうしなければなりません」
「命を賭けるんですね」
「つまりは」
「その通りです。如何でしょうか」
あらためて彼等に告げた。
「それで誘き出して一気に焼きます」
「確かに危険だがな」
工場長もここで言った。
「しかしやる価値はないか?」
「やる価値はですか」
「廃水を倒すだけの」
「このまま何もしないでいてもやがて皆廃水に喰われてしまう」
工場長が今話したのは何も空想的なものではない。現実である。あくまで現実でありそうやって実際に何人も喰われている。これは工場にいる誰もがよくわかっていた。
「そうなりたいか?」
「そうなりたくないから今ここに集まってるんですけれど」
「そうですよ」
答えはもう出ていた。
「じゃあ。仕方ないですね」
「俺達が囮になってですね」
「既に河の魚や川辺の生き物、それに工場の生ゴミや虫に鼠達は完全にいなくなっています」
学者の今度の言葉はそれが廃水によるものであることをはっきりと伝えていた。
「後は私達だけですし」
「確実に襲い掛かってきますか」
「それにそれだけのものを吸収してきたならば」
話はまだ続くのだった。
「その大きさはおそらくかなりのものになっているでしょう」
「大きさもですか」
「じゃあ本当に化け物みたいになってるんですね」
「その通りです。だからこそです」
学者はまた言った。
「ここで私達が囮になってでもやりましょう」
「では早速かかるぞ」
最後に工場長の言葉がかけられた。こうして彼等は溶接炉の周りに生ゴミを置いた。そうしてその溶接炉のすぐ側に集まりそのうえで廃水が来るのを待つのだった。
「いいですか?」
学者がスタンバイしている工員達に対して告げる。彼と工場長もまた現場にいる。溶接炉のすぐ側にいてそこから下を見下ろしている。溶接炉は巨大な窯でありそこにはもうマグマの如き火が燃え盛っていた。それはまるで煉獄の炎であった。邪なものを焼き尽くす。
「廃水が来たらです」
「ええ、わかってます」
「すぐに上に避難ですね」
「廃水は間違いなく生ゴミに襲い掛かります」
その周りに置いている生ゴミにだ。
「続いて私達に向かいます」
「俺達にですね」
「そして喰おうってわけですか」
「そこを逃げて一気にです」
彼は言葉を続ける。
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