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廃水

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12部分:第十二章


第十二章

「間違えないようにして」
「何時でも」
「来るな」
 廃水はその生ゴミを食べ終えた。そうして次第に囮の工員達の方に近付くのだった。
「来た!」
「遂に!」
「だがまだだ」
 しかしここで工場長は言った。
「リフトの動きは早い。いいな」
「ええ、わかってます」
「だからこそですね」
「焦るな」
 スイッチのところにいる工員達にまた告げた言葉だ。
「絶対にだ。焦るな」
「はい、それじゃあ」
「ここは絶対に」
「まだだ」
 工場長は彼等の言葉を聞きながらタイミングを見ていた。廃水は次第に近付いてきている。
「まだだぞ、いいな」
「あと少しですね」
「そうだ。少しだ」
 学者に対しても応える。彼もまたタイミングを見計らっていた。何時でもできるようにだ。タイミングを見計らい緊張の中に身を置いていた。
 そして廃水が来た。それを見て彼は。遂に叫んだのだった。
「来たぞ!」
「はい!」
「今ですね!」
「そうだ、スイッチを入れろ!」
 工場長はスイッチのところの工員達に対して叫んだのだった。
「今だ!」
「わかりました!それでは!」
「スイッチオン!」
 実際にスイッチが置かれた。その時廃水は驚くべき速さで床を這ってきていた。あと少しで囮の工員達を飲み込もうとしたその時に。スイッチは押され彼等のリフトがあがった。
 それで囮の工員達は何とか助かった。廃水は彼等を飲み込むことはできずそのまま空を飲むだけであった。しかしそこに感情は見えない。
「助かったな」
「ああ、間一髪だったな」
 囮役を務めていた行員達はここで胸を撫で下ろしたのだった。
「もう少し遅かったらな」
「いいタイミングだったぜ」
 そしてスイッチのところにいる同僚達に笑顔を向けるのだった。
「おかげでな。助かったぜ」
「おうよ、上手くいってよかったぜ」
「何とか助かったな」
「よし、後はだ」
「今です」
 今度は彼等の番だった。学者が工場長に告げた。
「今こそ溶接炉を」
「動かすぞ」
「どうぞ」
 学者はまた彼に告げた。
「今こそこの炎で」
「よし、行けっ!」
 工場長はまた叫んでボタンを押した。すると溶接炉の窯が動きそのうえで中にある炎を出すのだった。炎はマグマそのもののどろどろとした状態で廃水の上に落ちた。
 廃水はそれにより瞬時にして消え去った。しゅうしゅうと白い蒸気を出して消え去った。これで全ては終わったのであった。
「終わってみれば一瞬だな」
「ええ、確かに」
 誰がどう見ても廃水はそれで完全に消え去った。後には何も残ってはいなかった。その赤いマグマが急激に冷えていっているだけであった。
「これで終わりです」
「やれやれといったところか」
 工場長はここで大きく息を吐き出したのだった。
「何人も犠牲にして。これでな」
「終わりですね、本当に」
 学者もまた終わりだと言う。
「後始末は残っていますが」
「そうだな。しかしだ」
 ここで工場長は首を傾げさせてきた。
「何故だ?」
「何故といいますと?」
「どうしてあんなものが出て来たのだ?」
 彼が言うのはこのことだった。
「あんなものが。どうしてだ?」
「そうですね」
 彼の言葉を受けて学者は考える顔になった。そうしてそのうえで答えるのだった。
「あくまで仮定ですが」
「うん、その仮定は?」
「今我が国は必死に工業化を推し進めています」
 学者はまずこのことを言うのだった。
「それで公害も出ていますが」
「ではこれも公害なのか?」
「おそらくは」
 こう話すのだった。このことは今次第に言われだしていたのだ。工業化を推進すればどうしても起こってしまうことなのである。
「その結果の一つでしょう」
「しかし。水が意識を持つのか」
 工場長はそれでもこのことは考えられなかった。あまりにも馬鹿げた話にしか思えなかった。これは彼の常識の中での考えである。
「そんなことが有り得るのか」
「有り得るのでしょう」
 学者は首を捻りつつまた工場長に述べた。
「私も今までこんなことはないと思っていましたが」
「考えが変わったとでもいうのかね?」
「はい、その通りです」
 彼の返答だった。
「まさか。こんなことが」
「そうか。やはりないか」
「はい、有り得ないことです」
 彼はまた述べたのだった。
「本来は。ですが実際に起こりました」
「そうだな。実際に起こった」
 このことを話す。どうしても否定できない現実だった。
「それではな。否定できないな」
「その通りです。そして何人も死んだ」
 それが余計に現実であることを教えていた。人が死ぬこと程現実を表すことはない。それで嘘だとは学者にも工場長にも言えなかったし思えなかったのだ。
「ですから」
「世の中は常識では語りきれないこともあるか」
 工場長はその蒸発してしまった廃水がこれまでいた場所を見て呟いた。
「それが今だな」
「そういうことです」
 これが現実だった。実際に廃水が動きそうして何人も喰われてしまった。水が意識を持つこともある、何かを汚せばそれは必ず汚した者に帰って来る、そういうことだろうか。


廃水   完


                  2009・6・8
 
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