SNOW ROSE
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騎士の章
epilogue
その後、彼らがどうなったかは、詳しいことは語られてはいない。
しかし、福音史家の一人、ルースの記述にはこう書かれている。
マルスは二月の間、王都プレトリスに留まって王の補佐をし、崩れかけていた現体制の立て直しをしたのであった。
王はマルスに功績を讃えるため「王国騎士」の称号を与え、アルフレートもローゼン・ナイツの長である「聖騎士」の称号を授与したのであった。
マルスはこの後、王の補佐をクレンに引き継ぎ、アンナの待つリリーの街へと戻って彼女と結婚したのである。
彼らの子の一人であるマルセスは、後に新興国を樹立させた英雄となるのだが、それは別の物語である。
一緒に旅をしたエルンストはローゼン・ナイツに留まって副長となり、エフェトの発足させた騎士団「ゼーレン・リーべ」と共に、賢王アルフレートに仕え続けた。
彼らのお陰で、この王の治世は最も穏やかで安定した時代を築き、芸術などの文化が発展したのである。
ベッツェン公の執事クレンは、マルスの後を引き継いで後、食物の改良を促進させるよう勤めた。その功績が認められ、王よりベッツェン公の後任を許されたのであった。
彼は地の開発にもその手腕を発揮し、晩年まで民の中で働いたと言われている。
ベルクはマルスが帰ってきて後にベッツェン公の召喚に応じ、公爵家の筆頭執事となった。
実際は領主代行として召喚されていたのだが、クレンを強く推薦したため、この地位に収まったのである。公爵家文書には「大執事殿」の名で記されている。
ガウトリッツは勤勉に学習する傍ら、都の内外に赴いて民の仕事を見て回った。そして自らもその仕事を手伝い、何が本当に必要なのかを見極めていたのであった。
補佐官になってから、その時学習した知識を余すこと無く発揮し、後に“王の賢者”と呼ばれるようになったのである。
さて、賢王アルフレートの治世は五十八年続いた。
国は豊かさを増し、他の国々の追随を許さないほどに成長したのであった。
しかし賢王亡き後、この国に大いなる災いが訪れることとなる。
別大陸より侵略の手が伸び、ラッカの国変以降無かった戦乱の時代を迎えるのである。
その戦乱の中、白き薔薇の伝説は廃れてゆき、信仰は蔑ろにされかけたのであった。
現在残されている遺跡の中で、マルスに関するものは皆無である。戦によって破壊されたのだ。
唯一、聖文書と王家秘文書に記されている物語があるだけであり、確かめる術はもはや無いのである。
しかし、形は残らずとも、彼の言葉は残されたのであった。
「民は国である。民の苦しみは国の苦しみである。貴族が国の僕であるならば、働く民に頭を垂れよ。原初の神の前では、我らは皆、赤子のようなものなのだ。」
「騎士の章」 完
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