SNOW ROSE
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騎士の章
Ⅴ
城での晩餐は、とても静かであった。
皆は王に対し、右側にアルフレート他四人、その四人の正面にはガウトリッツが座っていた。王妃の席は空席となっており、幽閉が事実だということを物語っている。
さて、マルスとクレンがガウトリッツに対面するのは初めてであったが、その品の無さには呆れ果てるばかりであった。
ガウトリッツとは謁見のための大広間で初めて会ったのだが、彼らが入るやいきなり「王城に招かれたのだ、光栄に思うが良い。」と、平然と言い放ったのである。
その言い草は大変不快なもので、彼に付き従っていた者達は薄笑いさえ浮かべている始末であった。
暫らくは誰も言葉を発することなく食堂は静かであったが、その静寂をガウトリッツが破った。
「父上。そこのマルスとやらは、かなりの剣の使い手だと聞いています。ここで少し、手合せを願いたいのですが。」
かなり酔っている様子である。それを見て、父王はため息を洩らして言った。
「明日にでも頼めば良かろうて。」
しかし、ガウトリッツは王の言葉を無視し、マルスに視線を変えて「相手をしろ。」と言ってきたのである。それを横からクレンが止めに入った。
「ガウトリッツ様。互いにこう酔うては、手元も儘なりませぬ。明日の午後にでも場を改めた方が宜しいかと存じますが。」
「無礼であろうが!この私が遣りたいと申しておるのだ。口出し致すなっ!」
クレンの言葉に、ガウトリッツは真っ赤になって怒鳴った。だが、呂律も怪しげなガウトリッツを前に、どこまでも冷静であった。
「ガウトリッツ様。そうは申されますが、もし万が一、御身に傷でもつきますれば一大事でございます。王子一人のお躰ではございません。」
クレンの冷静沈着な言葉に、王も言葉を付け足した。
「ガウトリッツ、もう止めんか。もう夜も更けてきたゆえ、ここまでとしようぞ。さぁ、お前は寝室に行って休みなさい。アルフレートも皆を寝室へ案内せよ。」
王は皆に下がるよう命じ、その場を解散させた。
ガウトリッツは未だ何か言いたそうではあったが、そのまま何も言わずに出て行ったのであった。
その後、マルスは用意された部屋にて月を眺めていた。窓は大きく、開けておくと心地よい風が入ってくる。
リリーの街を出る前日も、このような美しい月が大地を照らしていたことを思い出していた。
「あいつ、元気にしてんのかな…。」
月明かりの中に、帰ると約束した女性の姿を描いていた時、不意に扉を誰かが叩いた。
「どうぞ。」
マルスがそう声を掛けると、エルンストが中へ入ってきたのであった。
「邪魔したか?」
「いや、月を見ていただけだ。で、何か用なのか?」
問われたエルンストはマルスの近くに歩み寄り、一通の書簡を彼に手渡した。
「これは?」
「アンナから君宛ての書簡で、一月程前にアルフレート様の館へ届いていたのだそうだ。まぁ、懸命な判断だと思うよ。バタバタして渡す機会が無かったそうで、先程渡すよう仰せ遣ったんだ。」
そう言い終わるや、エルンストは微笑を浮かべ、用は済んだとばかりに部屋を出て行ったのであった。
エルンストが部屋を出た後、マルスは書簡の封を切り、月明かりの下で読み始めた。
他愛もない内容ではあったが、それはマルスを元気付けるには充分な効力があったようである。
「何も変わってないな。ベルクの親父さんも元気そうだし…ん?以前働いてた二人が戻ってきてんのか。随分と都合良く戻って来たなぁ…。」
何となくこの二人に嫉妬してしまい、マルスはそんな自分に苦笑いしてしまった。
マルスは窓辺に立ち、月に付き従っている星々を見つめた。それは美しく壮大な光景であった。
だが、そのような穏やかな月明かりの中…
―サクッ―
何が起きたのか、マルスには理解出来なかった。
彼はそのまま意識が遠退き、力なく床の上に倒れ込んでしまったのであった。
隣の部屋でその音を聞き付けたエルンストは、直ぐにマルスの部屋へ駆け付けると、そこには胸を矢で射られたマルスが、月明かりの中に倒れていたのだった。
「マルスッ!」
その光景を目にしたエルンストは、直ぐ様マルスのもとへ駆け寄ったが、まだ息があることを確認すると部屋を出で叫んだ。
「誰かいないか!早く医者を呼んでくれっ!」
その声にクレンだけでなく、王城警備兵や小間使い達も駆け付けた。
「どうしたんですか!?」
クレンがエルンストに向かって問た。
「マルスが射られたのだ!私は矢を射った者を捜し出すから、君は医師が来るまでマルスに付いていてほしい。」
エルンストはそう告げるや、警備兵にアルフレートと王にこの事態を報告するように言い、その場から駆け出したのであった。
翌朝、王は皆を大広間に集めた。だが、そこにはエルンストの姿はない。未だ城内外を“ローゼン・ナイツ”の仲間と共に探索中なのである。
「これはどういうことかっ!」
王は大きな声を出して怒りを露にした。
だが、そんな王を見ても、平気な顔をしている者がいたのである。
「父上、どうでもよいではないですか。たかが民一人、そう騒ぎ立てる程のことでは。」
「ガウトリッツ様、口をお慎み下さいませ。」
そう言って微笑を浮かべているのは、ガウトリッツとプロヴィス家当主シェパールである。シェパールはガウトリッツに用があり、今朝早くに訪ねて来ていたのであった。
王はこの二人を見て尚のこと不快となったが、その時は何も言わなかった。
そんな王を察し、アルフレートが口を切った。
「兄上、不謹慎にも程がありましょうぞ。人一人殺されかけたのですよ?まるで自らに都合の悪い者が居なくなったと、嘲笑っているようではありませぬか!」
アルフレートの言葉に、ガウトリッツは顔を真っ赤にして怒ったが、反論してきたのはシェパールであった。
「アルフレート様。ご無礼とは存知ますが、何か証拠でもございますかな?たかが一介の民一人、なんということもありますまい。それに比べ、ガウトリッツ様は王座に着かれる身。そのような高貴な御方が、何故に罪など犯しましょうや?」
さも馬鹿にしたように、シェパールは返答してきたのであった。アルフレートは怒りに震え口を開こうとした時、横に居たクレンが割り込んできたのであった。
「プロヴィス殿、あなたは勘違いをされておられます。」
「勘違い…ですと?」
クレンの言葉に、シェパールは訝しげに顔を顰めた。
「ええ、そうです。現段階では、誰が王になるか判りません。“王座に着かれる身”と申されましたが、その言葉、何の論拠があって口にしたのでしょうか?」
この国は世襲制ではない。王家の者しか王にはなれないが、それを決めるのは貴族院の役目である。
プレトリウス王大典には<自らを律し、民の安寧を考え、礼を重んずる者、これ王の資質とし、これ無き者は王座に就くべからず>とある。他にも細やかな規定はあるにせよ、より良い国を築ける者が王となることに変わりは無い。
このクレンの言葉に、さすがのシェパールも、口を閉ざさざるをえなかった。
そんな中、探索中だったエルンストが戻ってきた。その後ろにはローゼン・ナイツの面々も顔を揃えていた。
「只今戻りました。」
エルンストらは膝を折って礼を取り、王にこれまでの調査報告を行なった。その後、一人の男性を王の前に差し出したのである。
「この者が昨夜、マルス殿を射った者にございます。」
周囲が騒めいた。しかしその中で一人、青い顔をして俯く者がいた。
エルンストはそれに気付きつつも、話を進めたのであった。
「この者、名をエフェトと言い、プロヴィス家に仕える傭兵の一人にございます。」
それを聞いて王は驚き、シェパールを見て問い質した。
シェパールは青い顔をしたまま答えようとはしなかったが、そこへガウトリッツが声を出したのであった。
「そのような者、私は知りませぬ。きっとどこぞの農夫でも連れてきたのでは…」
「お前になぞ聞いてはおらぬはっ!」
ガウトリッツの言葉を、王は雷のような声で制した。その声に、さすがのガウトリッツも真っ青になり、何も言えなくなってしまったのであった。
「こうなった以上、洗い浚い話しましょう。」
静寂の中、凛とした声で言ったのは、捕えられていたエフェトであった。
しかしその直後、エフェトは床に倒れこんでしまった。
「しまった!」
エルンストは直ぐ様エフェトを抱え起こしたが、もう息絶えていた。その首筋には吹き矢が刺さっていたのである。
「誰だっ!」
次に声を上げたのは、クレンであった。彼はそっと柱の影から立ち去る人物を見逃しはしなかった。
だがその者は足が速く、広間の外へと逃げられてしまったが、クレンはそのまま追い駆け捕まえようとした。だがしかし…クレンは直ぐにその足を止めたのであった。その必要が無くなったからである。
「こいつが何かしたのか?」
クレンの前に現れたのは、重体であるはずのマルスであった。
マルスは逃げようとした人物を連れて広間へ入ったが、その姿を見るや、人々は自らの目を疑ったのである。
エルンストもまた、その中の一人であった。
「マ、マルス…君は…」
彼は驚きの余り、声も出せない様子であった。
それもそのはず…マルスが倒れているのを発見して抱き起こした時、マルスの胸…心臓近くに矢が命中していたのを確認しているのだ…。それは即死でも不思議ではない位置だったのだから…。
そんな彼にマルスは微笑んで言った。
「エルンスト、お前は大地の女神に言葉を授かっただろ?だったら分かるはずだ。」
そう言われたエルンストは、ハッとした。
「“捕えし者死する時、彼の者目覚め真実を語らん”か…。」
唖然としている周囲の人々には、彼らが何を話しているのか理解できなかった。
傍にいたガウトリッツも然りである。故に、彼は意味も分からず喚き立てた。
「よくもそのような戯言を!お前等は我々を落としめるため芝居をうったのだな!そうでなくば、何故その男がここにいるのだ!そうだ、お前達が我々を妬んで画策したに相違ない!」
まるで子供が駄々を捏ねているようであった。
王はそんなガウトリッツを見て、哀しげな顔をして諫めた。
「ガウトリッツよ。目の前では人が死んでいるというに、自らの言い訳しか並べぬとは…恥を知るがよい。汝に王の資格は無い!」
そう言われたガウトリッツは暫らく茫然としていたが、次にはそれが怒りへと変わった。そして、あろうことか、腰に差していた護身用の短剣を抜き、父王に向って切り付けたのであった。
それを見ていた家臣達は慌てふためき、エルンストらは王を護りに前に立ったが、それらはさして意味を成さなかった。
ガウトリッツの短剣が、刹那に砂と成り果てたからである。
「親であり、主人でもある者に刄を向けるとは…何ということか。」
どこからともなく、女性の声が響いてきた。皆、その声の主を探してみたが、全く見つけることは出来なかった。
ただ一人、エルンストだけはその声を誰の者か知っており、その場に頭を垂れて言った。
「大地の女神エフィーリアよ!」
エルンストの呼び掛けに答えるように、エフィーリアは王の前に姿を現わしたのであった。
エフィーリアは先ず、跪くエルンストに向って言った。
「汝はよくやった。後は彼の者が役目。」
そう言うや、近くに控えていたマルスを呼び寄せたのである。
「そろそろ良いのではないか?その剣を以て真実を明かしても。」
エフィーリアは微笑んでいるが、マルスは未だ考えている様子である。
人々は何が起こっているのか理解に苦しんだ。突然現れた女性を女神と呼ぶ者、生死を彷徨っていた者が何事もなく歩き語っている様。その上、目の前には死体が横たわっているのであるから無理もないだろう。
まるで幻想の世界へ迷い込んだ心地であったに違いない。
だが、ガウトリッツだけは違った。短剣を砂に変えたのは、このエフィーリアだと確信していたのである。それ故…彼は真っ青になり震えていたのであった。
そんなガウトリッツを、エフィーリアは険しい顔をして見つめて言った。
「ガウトリッツよ。汝は何をしようとしていたのか分かったか?そこで一緒に震えているプロヴィス当主と何をしようとしたのか。」
エフィーリアはきつく言い放つと、今度はエルンストとクレンの二人を呼び寄せた。
「汝等、各密命を受け作成した書簡を王に差し出すのだ。」
思いも掛けぬエフィーリアの言葉に、目を丸くして玉座に座していた王が口を開いた。
「大地の女神よ、その者達が何を…。」
その弱々しい発言に、エフィーリアは溜め息を洩らして答えたのであった。
「原初の神に認められし者よ。エルンストは王子アルフレートにより、クレンはベッツェン公の命によって、ガウトリッツとプロヴィス家との関係を調べていたのだ。クレンはこちらへ書簡を運ぶ役目を受けてもいた。」
エフィーリアがそう語った後、王の手元に書簡が渡された。それに目を通すや、王は驚きのあまり立ち上がったのであった。
「何ということ!民から集めた税を、リチェッリの公爵に横流ししていたとは!」
周囲に動揺が走り、皆一斉にガウトリッツ等を見たのであった。
当時、プレトリウスとリチェッリとの間には深い亀裂が入っており、国交も儘ならない状態であったのである。だがこの二人は、そのリチェッリの公爵と繋がりがあった。
「麦や宝飾の見返りに…純銀・シルク・乳香か…。どれも我が国では高値の付くものばかりであるな。」
王は顔を顰め、書簡に目を通しながら呟いた。
女神はそんな王を見て頷き、それからマルスへと視線を変えた。
「マルスよ。その柄の布を外し、真実を語る時である。」
マルスにそう言った後、未だ夢覚めやらぬ人々を叱咤した。
「原初の神は大いに怒っておいでである。汝等は内情を知りながら、誰一人として正そうとはしなかったからである。」
女神の言葉に、貴族である者達は反論した。自分はそうではないと、彼らは口々に捲し立てたのである。
それらを聞いて、女神は初めてその怒りを顕にしたのであった。
「愚か者どもっ!」
その一言で天より雷が落ち、城の庭に古くからある大樹を真っ二つにして燃え上がらせた。
人々は皆、目の前に立つ女神を恐れ跪いた。
「己が権力に溺れ甘んずるとは、汝等は民を何と思うておるのだ!」
次には季節外れの雹が、城の屋根や壁を激しく叩いたのであった。風は荒れ狂い雷鳴は未だ続いていた。
玉座の王も恐れおののき、その座より降りて女神にひれ伏した。
その場に立っていられたのは、マルスただ一人であった。
「さぁ、その剣を王や貴族共に見せてやるのだ。」
目を閉じて覚悟を決め、マルスは目を開くや女神の言葉に従った。
エルンストやクレン等は、その布の下に何があるのかと目を見張っていたが、それを見るや驚愕したのである。王もまた然り、声にならぬ声で言った。
「その紋章は…!」
その柄に刻まれた紋章は、麦・葡萄・剣を模したもので、その周囲には名が彫り込まれていた。
―“マルシウス・ステラ・フォン・プロティーラ”―
その紋章と名を知り、王はもはや言葉すら出せなかった。
この地に現在の王家の基礎が築かれたのは、今より千年程前のことで、ラッカという小国に来た若き一人の旅人によるものである。その名はシリウス=フォン・プロティーラと言う。
当時のラッカは暗黒時代とも言われ、時の皇帝が勝手気儘に政権を振るっていた。それを見兼ねたシリウスは、単身で城へ踏み込み込んだのである。
民はそれを知るや一斉に蜂起し、雪崩の如く城に攻め入ったのだという。
その後、それを聞いた貴族達も立ち上がり、皇帝を討つことが出来たのであった。
何故シリウスがここまで信頼されていたのかは定かではないが、民に多くのことを伝え、生活を豊かにしたのだとも言われている。
後にシリウスは皇帝に推挙され、その位に着くことになった。その直後より国の拡大を始め、現在あるプレトリウスを作り上げたのである。
自らの名も改め、皇帝という呼称も廃し、国を王国と定めたのもこの時である。
それと同時に、民を圧政で苦しめることの無いよう王典を作成し、従わぬ貴族には厳しい処罰を与えたのであった。
後世に伝えられている“ラッカの国変”である。
暫らく驚きのあまり口を鉗んでいた王が、やっと言葉を口にした。
「その紋章は…我が王家の祖、プロティーラ王家のもの。何故このようなところに…」
王はマルスを見上げた。その問いの答えを待っている様子である。
マルスは再び瞳を閉じ、その問いに静かに答えた。
「我が王家は十二年前に滅亡した。我一人残し、国は滅んだのだ。友好関係であった隣国の裏切りによってな。その後、我は諸国を旅し、この大陸までやってきたのだ。」
偶然なのか、それとも必然なのか…。マルスがこの大陸に辿り着いた直後、賊に連れ去られていたアルフレートを救ったのであった。
それを思った王は、再び深々とひれ伏したのであった。
だが、ここで終わりと言うわけにはゆかなかった。「王よ、あなたには是非ともガウトリッツ様を指名して頂かなくてはなりませんな。」
そう言い放ったのはシェパールであった。そこには幽閉されていたはずの王妃が連れてこられており、首筋に短剣が押し付けられていた。
王はそれに動揺したが、王妃の凛とした姿を見て覚悟を決めて言い返した。
「シェパール、王を選定するのは貴族院の役目だ。我がガウトリッツを推挙したとて叶うわけではない。しかし、そのような卑怯な取引なぞ、我が従うとでも思うてか!」
王の返答にシェパールは怒り、王妃の首筋に短剣を差し込もうとした時であった。
「止めろっ!」
シェパールの手にガウトリッツが飛び付いたのである。その拍子に王妃は床に倒れ、難を逃れることが出来た。エルンストはその機を逃さず、倒れた王妃を二人から遠避けたのであった。
ガウトリッツとシェパールは激しく争っている。
「母上に手を出すとは、何ということだ!貴様に利用されまいと幽閉までしていたと言うに!」
その言葉にアルフレートが反応していた。まさかこのような理由があったとは、考えもしなかったからである。
しかし、二人の争いは激しさを増し、終には短剣がガウトリッツの胸に深く突き刺さってしまったのであった。
「兄上っ!」
ガウトリッツは名を呼んだアルフレートへ視線を向け、そのまま床へと倒れていった。
アルフレートは直ぐに駆け寄ったが、既に息絶えていたのである。
シェパールはただ立ち尽くし、その青白い顔でガウトリッツの亡骸を呆然と眺めていた。
エフィーリアはその一部始終を見届けるや、皆に向かって言った。
「今、神の言葉は成った!」
そう言い放つと、周囲に白き花弁が舞い散ったのである。その瞬間、息絶えていたはずのエフェトとガウトリッツが目覚め、人々は驚愕したのであった。
これを合図に、マルスはことを終わらせるべく、力強く言葉を発したのであった。
「原初の神の命である!今こそ変革の時である!」
そこにある全ての者達は、一斉にマルスへと視線を向けた。
これだけの奇跡を顕されても未だ信じきれぬ様子で、人々は恐る恐る顔を上げていたのである。
マルスの隣には女神エフィーリアが控えており、あたかも祝福を与えているかの様であった。
「聞くのだ!今、民は苦しんでいる。このような時に争いをしているとは何たる怠慢か!権威とは民あっての力である。貴族もまた人なのだ。軽佻浮薄な精神の者共よ、心せよ!」
一気に言い放ったマルスは、今度は王に厳命した。
「王と選ばれし者よ!この者達と自らを裁き、国と民を健やかにするのだ。」
ひれ伏していた王は、その言葉を直ちに実行に移し、関わった者全てに処罰を下したのであった。
王の下した処罰については、近くにいた書記官がこう記している。
ガウトリッツには、王家による全て権威の剥奪と領地の没収。シェパールには財産全ての没収と国外追放。他の貴族達には相応の罰を与え、その一部には領地を返上させた。
アルフレートは民を擁護し続けてきたことを認められ、謹慎処分だけであった。しかし謹慎の間、治世に関与することは許されなかった。
王自らは、この騒動の後始末を終わらせた後に座を退き、王位をアルフレートに譲ることを明言したのであった。
「これでいかがでございましょうか。」
王は伏してマルスに尋ねてた。
しかし、マルスは不満があるようで、王の言葉に幾つか付け足したのであった。
「ガウトリッツは五年の後、王の補佐官をせよ。それまで勤勉に励み、民を敬う精神を養うよう心せよ。エフェトには騎士三等位を与え、新しき騎士組織の結成を命ずる。その組織は権威に関係無く、あらゆる階級の犯罪を取り締まるものであり、貴族の捕縛も許可する。この組織は王直属の機関とし、王を守り助けることを第一に考えよ!」
誰しもが言葉を失っていた。罪人に職を、それも王の側近と言っても過言ではない職を与えるなど、それまでの歴史を紐解いてみても無い事例であったのだ。
だが、それがマルスの狙いだったのだ。
「よく聞け!これからの時代、身分など意味を成さなくなるだろ。努力し、善きことを行う者達が幸いを得るのだ。しかし、自らに甘んずる者達は投げ棄てられるであろう。これは原初の神の決め事である!」
王やアルフレート、エルンストにクレンにその他全ての人々は、マルスと女神エフィーリアへとひれ伏した。
その言葉は力強く、決して揺らぐことの無いものであったからである。
エフィーリアはそれを見届け、微笑んでこう告げたのであった。
「人々よ、心して聞くがよい。神は今、マルスに騎士の称号を与えられた。これより先、この者は<女神の騎士>と呼ばれるであろう。」
そう告げ終わるや、再び白き花弁が辺りに舞い散り、女神エフィーリアの姿は消えてしまったのであった。
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