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鎧虫戦記-バグレイダース-

作者:
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第40話 暗闇の中を漂う君へ

 
前書き
どうも、蛹です。

まずは、前回のあらすじから
謎の女性の正体は、なんとアスラの母親だった。
そして、真実に気付くと同時に世界が消滅を始める。
全てが光の中に消えていく中、アスラはその向こう側へと走っていく。
現実に戻るとそこでは、アスラの"超技術"により
瓦礫や皆が空中を漂っていた。制御が可能だとわかり
ジェーンとホークアイを救出したが、未だ彼女は目を覚まさなかった。
そして、瀕死の彼女は夢のように過去を振り返っていた―――――――――――――

それでは第40話、始まります!! 

 
俺は必死に歩いている。嵐が吹き荒れる薄暗い町の中を。

「ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥」

父の仕事に行った家が少し遠いことは知っている。
前にも何回か言った事があるから道に迷うことはない。
しかし、俺はこのとき考えていなかった。
嵐の中での歩行が、いかに困難な事かを。

「うぅ‥‥‥‥ハァ‥‥‥ハァ‥‥‥」

雨がフードに覆われていない顔を叩いて来た。
真正面からの向かい風に、身体を前に傾かせたまま
必至に一歩ずつ進んでいた。

「ぷはぁ!ハァ、ハァ、ハァ」

俺は路地裏に急いで逃げ込んだ。
建物が風を防いでくれるので、ここなら安全だった。
俺は息を吸って呼吸を安定させようとした。
しかし、嵐の中の移動で体力をかなり使ったので
なかなか息が整わなかった。

『お父さん、大丈夫かなぁ‥‥‥‥‥』

もしかしたら風でハシゴが傾いたりして
落下して怪我を負ってしまったのかもしれない。
不安が頭の中を歩き回っていた。
俺は頭を横に振って、それを振り払った。

「‥‥‥よし‥‥‥‥ハァ‥‥‥行くぞ‥‥‥」

俺は路地裏から出て再び嵐の中を進み始めた。



    **********



 ガタガタッ!ガタンッ!ガタガタガタガタッ!

「だいぶ‥‥‥‥‥外は荒れてますね」

そう言いながら、父さんは家の主の奥さんが用意してくれた
おいしそうな料理の内の一つを口の中に入れた。

「あ、このお肉‥‥‥‥とても美味しいです」

父さんはそれを頬張りながら、微笑んで言った。

「お口に合ってよかったです」
「言ったろ?妻の料理はウマいってな」

それを聞いた二人は笑顔でそう言った。
しかし、父さんの顔から不安の表情が抜けることはなかった。
それを見て察した家の主は訊いた。

「やっぱりジェーンちゃんが心配か?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい‥‥‥‥」

父さんは力なくうなずいた。
それを見た家の主は頭を掻いた。

「家が吹き飛ぶほどの嵐じゃないんだ。大丈夫だって」

しかし、父さんの表情は曇ったままだった。

「あの子は少し不幸になりやすい体質で
 前にも大雨の日に迎えに来たことがあったんです。
 着いた時には、膝や手や顔に擦り傷が出来ていて
 行く途中に雨で滑ってこけた時に負ったらしいんです」

父さんはゆっくりと目を瞑って、その時の俺の姿を思い浮かべた。
膝の怪我が特に酷く、赤い血が雨に濡れて滲んでいた。
俺はその痛みに耐えながら、父さんには笑顔を見せていた。
父さんを心配させたくなかったからだ。
しかし、それが逆に父さんの心に刺さったらしく
普段は物静かな父さんが声を荒げて怒った。
その時の事を、俺は今でも忘れていなかった。
父さんはゆっくりと目を開けた。

「その時は風はほとんどありませんでしたが
 今日は風が吹き荒れていて、飛んできた木の枝とかで
 大怪我を負ってないかが不安で不安で‥‥‥‥‥‥‥」

そうして父は黙り込んでしまった。
二人もしばらく父さんに声をかけることが出来なかった。


 パンパン!


奥さんは場の空気を切り替えるように手を叩いた。

「さぁ、悲しい話はそれぐらいにしてお昼を食べてしまいましょう。
 ご飯は温かいうちに食べた方が美味しいですから」

そして、父の方を向いた。

「ジェーンちゃんも大きくなってるんだから
 そんな簡単に怪我はしませんよ。きっと」

奥さんは微笑みながら言った。

 ガタガタッ!バンバン!ガタガタガタンッ!

音を立てて揺れる窓の騒音の間にドアを叩くような音が聞こえた。
三人はそれに気付き、ドアの前まで急いで向かった。
そして、一番早く着いた父さんがドアノブに手を掛けてドアを開けた。

 ギィ‥‥‥ ブオオォォォォオオオッ!!

開けた瞬間に、隙間から風が吹き込んできた。
しかし、そんなことを気にせずに父さんは更にドアを開いた。

「あの、すいません」

ドアの前には、この家のすぐ近くに住む男が立っていた。
正直、三人共ジェーンが来たものと思っていたので
来たばかりの男でも見て分かる様なガッカリ感がそこにあった。

「‥‥‥‥どうしたんですか?」

気を取り直して、父さんは男に訊いた。

「いえ、大した用ってワケじゃないんですけど‥‥‥‥‥」

そう言った直後、黄色いものが男の後ろから頭を出した。
フードを深く被っていて顔をうかがうことは出来ないが
この町にこのレインコートを持つ子供は一人しかいない。

「この子が家の前でずっと立っていたので‥‥‥‥」

 ブオオォォォォォォォオオオオオッ!!

吹き荒れていた嵐の威力がさらに増して
レインコートのフードがとれて顔が露わになった。
そこにあったのは、今日の朝にドアを開けた後を最後に
家の中で帰りを待っているはずの女の子の顔だった。

「ジェーンッ!!!」

三人は驚きのあまり声を上げた。
俺はそれに驚いて頭をもう一度引っ込めた。

「ジェーン‥‥‥‥」

父さんがもう一度俺の名をつぶやきながら
俺の前に来て、片方の膝を付けて俺の顔を見た。
 
「ケガは‥‥‥‥‥ないか?」

父さんは俺の身体を見回しながら訊いた。
顔にも、手にも、膝にも、怪我は見当たらなかった。

「‥‥‥‥‥うん」

俺は大きくうなずいた。

 ギュウッ!!

その瞬間、父さんは俺を思いっきり抱きしめた。
暴風と豪雨で濡れて冷え切った俺の全身を
父さんの温かさがゆっくりと包み込んだ。

「‥‥‥‥‥良かった‥‥‥」

父さんは俺を抱きしめたままつぶやいた。
そして、立ち上がって男に礼を言った。

「すいません。ありがとうございました」
「いえ、私は何もしていませんし。では私はこれで」

男はそう言いながら急いで自分の家の方へと走って行った。
いざ入るとなるとどうするべきかを困っていた俺を見て
近いとはいえ酷い嵐の中に出て来て、ドアを叩いてくれたのだ。
俺はお礼は言えなかったが、心の中で感謝した。

「とりあえず、家の中に入りましょう」

奥さんは風に負けないように少し声を張って全員に促した。
全員は風で強く押さえられたドアを開いて家の中に入って行った。

 ギィィ‥‥‥‥バタン!

ドアを閉め終えて振り返った父さんは少し険しい表情をしていた。
その理由を、俺はこの時十分に理解していた。
父さんはしゃがみこんで俺の両肩を少し強く掴んだ。

「‥‥‥‥‥どうして」

父さんはそう言いながら下げていた顔を上げた。

「どうして家で待ってなかったんだっ‥‥‥!」

肩を掴む力がさらに強くなる。少し痛かったが
父さんが感じていた心の痛みに比べれば大したことはなかった。

「‥‥‥‥だって」

俺は俯いたままつぶやいた。

「お父さんがすぐに帰ってこなかったから‥‥‥‥」

両手をギュッと強く握りしめた。

「おじさんの家は近いからすぐ帰ってこれるって言ってたのに‥‥‥」

身体を小刻みに震わせている。

「帰って‥‥‥来ないから‥‥‥‥心配で‥‥‥‥‥‥」

両目から涙が溢れ出て、それは頬を伝って床に落ちた。
俺は両手を顔に持って行って涙を拭おうとしたが
とめどなく溢れて来る涙は拭い切れずにまた頬を伝って行った。

「う‥‥‥うぅ‥‥‥‥グスッ‥‥‥‥」

身体の奥から湧き上がってくる何かを抑えようとしたが
幼い俺にはどうしても我慢できそうになかった。

「うあぁあああぁぁ~~~~~~~~~~~ん!!!」

俺は大声で泣き始めた。涙が止まらなかった。
こすってもこすっても悲しみと共に溢れて来る。
もはや俺にはどうしようもなかった。
泣き始めた俺を見た父さんの手の力が緩んだ。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥そうか」

父さんは力なくこう呟いた。そして、俺を抱きしめた。

「待たせてごめん‥‥‥‥‥‥怖かったよな‥‥‥‥‥」

そして右手で頭を優しく撫でた。そして気付いた。
父さんも俺と同じで怖かったのだ。
俺のせいで父さんが危ないのではと思ったように
父さんは俺自身の不幸が道中に俺を襲うのではないかと
不安で不安で仕方がなかったのだ。

「でも、お父さんを心配して来たジェーンがケガをしたり
 死んじゃったりしたら、それこそ大変な事だろう?」

そうだ、父さんの事ばかり心配してたけど
自分だってこの嵐に巻き込まれて死んでたかもしれないのだ。

「もっと沢山の人が悲しんでたかもしれない」

俺の友達、その家族、俺を知る人たちが今以上の悲しみを
突き付けられていたかもしれないのだ。

「ジェーンちゃん、俺のせいでもあるんだ」

家の主は俺に寄ってから言った。

「俺が君のお父さんを止めたんだからな。『食事でもどうだ』
 なんて言ってな。まさか、この嵐の中ウチまで歩いて来るなんて
 想像もしてなかったんだ。話を聞いた時には驚いたよ」

家の主も俺の頭に手をポンと置いた。

「よく生きてここまで来たな。えらいぞ」

そして、笑顔でこう言った。その間を抜けて
家の主の奥さんが俺の目にハンカチを当てた。

「本当にえらい子ね。でも、あんまり危険なことは次からしちゃダメよ。
 あなたのお父さんも言ってたけど、私たちだって心配してたんだから」
「‥‥‥‥うん」

奥さんにそう言われた俺は小さく頷いた。
俺の涙を拭い終わると濡れたハンカチを
ポケットに仕舞った奥さんは両手を合わせた。

「じゃあ、改めてお昼にしましょう!」
「ずっと心配でほとんど食べてなかったもんな。
 言われてみると、腹減って来たなぁ」

家の主は腹の虫が再び鳴き出さないうちに部屋へと向かって行った。
父さんは立ち上がると、手を俺の肩に置いて言った。

「さぁ、ジェーンも行こうか」

そして、手を離して部屋へと向かおうとする父さんの
服の裾を軽く掴んで引き止めた。

「お父さん‥‥‥‥‥‥」
「うん?どうしたんだい?」

父さんは笑顔で訊いて来た。俺は少し俯いて言った。

「‥‥‥‥‥‥‥ごめんなさい」

それを見た父さんは驚きを隠せていなかったが
すぐに笑顔になってこう言った。

「お父さんもごめんな。帰るのが遅くなって」

そして、俺の背中に手を当てて進むように促した。

「さぁ、行こう。奥さんの料理は結構おいしかったからね」

それを聞いた奥さんはピクリと反応を示し踵を返して
少し怒った顔で父さんに早足で歩み寄って来た。

「『結構』じゃなくて『とっても』じゃないんですか?」

奥さんは至近距離で父さんの顔を見上げながら訂正を迫った。
ささいな違いだが、その違いが奥さんの
料理人としてのプライドを刺激してしまったようだ。

「あ、そうですね。とってもおいしかったです」

父さんは若干焦った顔ですぐに訂正した。

「分かればいいんです」

そう言うと、また部屋へと向かって行った。
父さんは一息つくと、もう一度俺の方を向いた。

「行こうか、ジェーン」

そう言われて、ようやく俺は足を進めた。



    **********


「ジェーンちゃん、手は洗ってきた?」

奥さんはドアを開けて入ってきた俺に訊いた。

「うん、石鹸使って洗ってきた!」

俺は元気に答えた。外から帰ってきたら手を洗うように
父さんからいつも言われていたのが役に立った。
ちなみに、この町は"鎧虫"による被害はあまり多くなく
水道もポンプ室が破壊されていない為か使用することが出来る。
蛇口をひねれば水が出てくる。そんな常識が今の時代にはとても貴重なことなのである。

「そう、バイ菌だらけの手でご飯食べちゃったらお腹壊すかもしれないからね。
 お父さんからは手を洗うように言われてるの?」
「お父さんもおばさんと同じことよく言ってるから」

おばさんと呼ばれるのをあまり快く思っていないらしく
奥さんはその瞬間、眉をピクリと動かして反応した。
しかし、歳の随分離れた俺にとっては"小母さん"と呼ぶのが普通なのだ。

「一応、若いってよく言われる方なんだけどなぁ‥‥‥‥」

"オバサン"と呼ばれていると思っている奥さんは
ため息をつきながらつぶやいた。"小母さん"と呼んでいる俺には
いったい何が悪かったのかが理解できなかった。

「そう悩むなよ。シワが増えるぞ?」
「あなた!!もう!!」

奥さんは怒ってそっぽを向いた。父さんに何が悪いのかと訊いたが
『ジェーンは間違ったことは言ってないよ』と言い包められてしまった。

「それは私が老けてるって言いたいんですか!?」
「い、いや、別にそう言う意味ではなくてですね‥‥‥‥‥」

奥さんの怒りの矛先は父さんに向いてしまった。
彼女の強気の一言に父さんは若干後退気味の様子だ。
そんな感じで賑やかになっていた場の空気が次の瞬間に一変する。


 ピシャアアアアッッ!!!


閃光と共に空気を切り裂く轟音が鳴り響いた。

「きゃッ!!!」

俺は驚きのあまり声を上げた。随分近くに落ちたのだろうか。
今まで聞いた雷鳴の中で一番と言えるほどの威力だった。

「‥‥‥‥嵐ももっとひどくなるのかしら‥‥‥‥」
「‥‥‥‥さぁ‥‥‥どうだろうなぁ‥‥‥‥‥」

この家の夫婦も心配そうにしていた。
彼らにとってもこの雷の威力は初体験なのだろうか。
もしも、この家にそれが直撃したら一体どうなるのだろうか。
俺の不幸がそれを実現しそうで怖かった。そのせいで震えが止まらなかった。

「‥‥‥‥‥‥‥大丈夫」

震える俺の手を父さんは優しく包みながら言った。
すると、震えは少しずつ治まっていった。

「もし何かあっても、お父さんたちが何とかするさ」

父さんは笑顔でそう言った。それを聞いた夫婦も
その言葉に励まされたのか表情が明るくなった。

「‥‥‥‥フフッ、そうね」
「年長者の俺たちがビビってたんじゃ話にならねぇな」

奥さんは軽く笑いながら、家の主である男は頭を掻きながら言った。
二人も、父さんも、自然という規格外の対象の前ではちっぽけで
その自然が俺たちに攻撃して来ているのだ。なす術はない。
しかし、それでも二人は、父さんは笑った。守るべき存在の為に。

「‥‥‥‥‥ジェーン、そろそろお腹すいたかい?」

 クゥ‥‥‥

そう問われるのを待っていたかのようなタイミングで
俺の腹の虫は小さく鳴き声を上げた。
それを聞いた三人は笑い始めた。
俺は恥ずかしさに顔を赤くした。

「実はお父さんもお腹すいてるんだ」

父さんは頭に手を置いて照れながら言った。
遅れてみんなの腹の虫も鳴き始めた。

「ジェーンちゃんが心配で全然食ってなかったからな」
「もうすっかり冷めちゃったけど、まだまだ美味しいはずよ?」

話題はすっかり食べ物のことになってしまった。
お腹を空かせた俺の心は目の前にある美味しそうな昼食に強く魅かれた。

「ジェーン」

父さんに呼ばれて、俺は我を取り戻し顔を向けた。
そこには笑顔があった。久しく見る父さんの満面の笑みだった。

「食べようか」

父さんは俺にそう促した。
これを断る理由など、今の俺には存在しなかった。

「‥‥‥‥‥‥うん!」

俺は元気に相槌を打った。
そして、いただきますをして昼食を口に入れた。
今まで食べてきた物の中で一番美味しかった。 
 

 
後書き
何とか夫婦の家までたどり着けたジェーン。
しかし、そのとき彼女は知らなかった。自らに待つ負の運命を―――――――――――

更新までかなりの間が空いてしまってすいません。
先の文章がなかなか思いつかず、気が付いたらこんなになってしまいました。
次からは少しずつ復活していきたいと思います。


見る限りはこの世界ではよくある普通の日常。
彼女も、父親も、あの夫婦も、このまま時が過ぎていき
いつもの一日が終わる――――――――――――そう、思っていた。


次回 第41話 暗闇の先へ手を伸ばせば お楽しみに! 
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