機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
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81話
An der Brücke stand
Jüngst ich in brauner Nacht.
Fernher kam Gesang:
Goldener Tropfen quoll`s
Über die zitternde Fläche weg.
Gondeln, Lichter, Musik―
Trunken schwamm`s in die Dämm`rung hinaus……
Meine Seele, ein Saitenspiel,
Sang sich, unsichtbar berührt,
Zitternd vor bunter Seligkeit.
―――――――――――――――――――――――――――……
ねむいなぁなんておもいながらしょうじょはかおにかんじるあたたかさでめをさますすてんどぐらすごしにかんじるいろのついたひかりがみょうにもうまくにささってめがちかちかするあくびをひとつばんざいするみたいにりょうてをあげたしょうじょはじぶんがみなれないばしょにいることをなんとなくりかいするずらりとならぶよこにながいいすにてんじょうがひどくたかいおごそかということばをおもいうかべながらしょうじょはすやすやとみみもとでささやくねいきにきがつくちいさいじぶんのしんたいをすっぽりだくようにするくらいおおきなからだのかれそれでもふりかえってねがおをみてみればこどもみたいにむじゃきでおとうさんみたいにはやさしげでわきばらからまわっておなかのまえでじぶんをだくそのてもやっぱりおおきいのにこどもみたいででもやっぱりおとうさんみたいにやわらかいかれがめをさますむぼうびにあくびするかれそのをしぐさがかわいらしくてついついかれのほほにふれるかれの形相ははずかしげなてれわらいをうかべてぎゅっとだきしめるちからをつよめるずっとこのじかんがじぞくしつづければいいのにわたしとかれなんてくべつがどうでもよくなるこのみつのくうかんきょうかいせんのたわむれちへいのあそびでもそれはできないだたってしょうじょはうばったからかれからだいじなものきれいなものうつくしいものぞーえもびおすもあいもしょうじょはうばったかれからぜんぶをだからいつかおわってしまうこのじかんげんかいはすぐそこにきているかれがたちあがるしょうじょはたてないかれがいってしまうまっていかないでそれでもかれはつうろのあいだをあるいていくたちあがるまえのめりにたおれるしろいどれすのすそをふんだのだかれがいってしまうまってとこえをかけたときにはおおきなどあにてをかけていたかれがふりかえるいっちゃいやだだってまだなんのぎむもはたせていないでもかれはかまわずさっていくおおきなきょうかいのドアをとおってかれがしろいせかいにいくしょうじょにはとめられないたつのもめんどうくさくてはってどあまでいくはくちゅうのせかいにかれのすがたはなかっ
※
エレア・フランドールは、頭蓋の奥に拳大の石でも埋め込まれた様な鈍い頭痛の中、朧な意識を取り戻した。
暗いなぁ、と思った。自分の座るシートのあたりがぼんやりと光るばかりで、丸く切り取られた黒い世界は酷く窮屈だった。
かちゃかちゃと異音が耳朶を打つ。コクピットハッチの前で誰かが何かしているらしい、とぼんやりと思いながら、エレアはヘルメットのバイザーを開けた。暑かった。
「しかしここまで厳重だとは思いませんでしたよ」男の声だった。
「それだけの物だということだろう。『神の人』計画の遺産……いや、その亜種か」こっちも男の声で聞いたことがあるような気がしたが、エレアにはどうでもいいことのように思えた。
何があったのだろう「しかし連邦の強化人間なんて信用できるんですかね」頭がずきずきする「そこは連邦のお偉いさんたちの情報を信じるしかあるまい」あぁもううるさいなぁこっちは考え事をしているのに。《私》にはやらなければならないことが確かにあったはずなのだからそれを思い出したいのだ―――。
「でもこれで万事オッケーですよ。これで僕たちが守りたかったものが守れるようになる」
「―――あぁ、そう、だった、な」
嬉々とした若い男の声に、どこか歯切れ悪く壮年の男の声が返した。
守りたかったもの、守りたいもの。守らなければならないもの。
中身を刳り貫かれてドーナッツみたいな言葉がぐるぐるエイドスの器官を巡っていく。
ぽっかり空いた空無の奥、安らいの淀みの内に住まう存在が静かに叫ぶ。
薄く白い繭の中でゆっくりと絞殺されていくような感覚の中、少女は誰かの姿を瞼の裏に、薄暗がりの向こうに見た。
―――どこか黒い森の奥。朝焼けの空の下、目覚めたばかりの小鳥たちが耽美な詩神たちと睦まじげな物語りを詠っている。舗装されていない細い道はデザートイエローの砂で、一歩歩くたびに軍靴がちりちりと小石を噛む。小高い丘の上、襤褸になり始めた小屋に手をかける。ずっと人の手に触れられてきたのだろう、そして建立から緩やかな時間の到来の中を過ごしてきたのだろう、取っ手は触るだけでかたかたと音を鳴らし、手触りは古い木の滑らかさと厳かさを感じさせる。
扉を開ける。人一人生活するのでやっとといった風の小屋の中で、その思索する人は足を組んで椅子に座っていた。いつものように親の仇とでも相対しているように眉を厳しく寄せた険しい顔に、思案気に顎を掴んだ手。まるで人間とは思えない何かが静かに木製の色褪せた灰色の椅子に座って分厚い本を眺めていた。まるで広々とした荒涼の野の中、堅い岩くれに座って孤独に過ごすかのよう。
幼年の澄んだ闇の戯れと成熟の明るい知悉、光に当てられなおの事はっきりと輪郭を刻む無時間的な野の道の記憶。その上を駆けていく風は冬の嵐と豊饒の緑が混じり合い、春萌ゆる湿り気を孕む。色濃い残り香を漂逸させ、背の高い木の上を、晴れやかなる高き天の秋空を穏やかに流れていった崩御の肌触りは、そのまま永劫に回り続ける大いなる原初の一なるものへと還っていく。
今まで音一つ立てなかったそれが身動ぎする。そして少女の姿を戸口に認めた男は、どこか気恥ずかしそうにはにかんだ。
あぁそうだ―――わたし、が守りたいもの、守らなければならないもの。わたし、が奪ってしまったもの。わたしの中に神聖なるものを、精液をふきこんだもの……。
薄く目を開ける。硝子体が淀んだように視界ははっきりしない。先ほど酷く長い刹那の瞬間に見た光景はもう、混濁した記憶の隙間の中に隠れてしまった。その光景が単なる幻想なのか遥か未来のことなのか、それともずっと昔の在りもしない記憶なのかは、よくわからないけれど。
わたし、は、確かに、立ち現われる彼を感じている。
身体が、心が、それが、彼の形相をはっきりと覚えている。
行かなくちゃ―――そして、そして。
エレア・フランドールは操縦桿を握りしめた。
※
「―――なんだ?」
ガスパールはふと感じた明示し難い悪寒に顔を上げた。
《ゼータプラス》を無事確保してから十数分。予定では既に機体からパイロットを降ろしてどちらも不祥事が起きないように厳重に『保管』していなければならない筈だが、ガスパールは未だコロンブス級の格納庫に居た。
機体のコクピットハッチは本来製造会社を問わずに規定の入力をすれば開放されることになっている。だが、この《ゼータプラス》は何かしらのセキュリティにより外部入力を完全に受け付けないように改修されているのだ。そう言うわけで、《ゼータプラス》のコクピットハッチをなんとか開けようとエンジニアとメカニックが取り掛かっているところだった。
黒々した《ゼータプラス》のコクピットの前、かたかたと忙しなくコンピューターを操作する技術屋数人を目端に捉えながら、ガスパールは顔を上げた。
あの《デルタカイ》とかいう機体に乗ってからだ。何か異様に意識が先鋭化する。サイコミュシステムを積んだ何かの機体、というのは聞いていたが、その詳細はガスパールの聞き知ったことではなかった。『エウテュプロン』が連邦政府の高官から受け取る手はずを整え、ガスパールはそれを受領するのが仕事なのだ。
サイコミュシステムが何等かの影響を及ぼしている。そう考えるのが妥当なのだろうか。
だとしたら、この悪寒は―――?
「―――あれ、この《ゼータプラス》……」
エンジニアの1人の女性が顔を上げた時だった。その漆黒の体躯の主機が立ち上がる音と共に、微かな振動がキャットウォークの上を揺らし始めた。
起動した―――何故、パイロットは麻酔で昏睡状態に陥っている筈で――――と一瞬思案した瞬間に、その鋭利な瞳にぎらと光が灯り、キャットウォーク上の人間を見下ろした。
なまじ人間に相似したカメラ配列のせいもあった。それはさながら神罰を下す超越者の、色のない瞳が卑俗な人間たちの群れを見下ろして―――。
ずるりと何かが引き出された。まるで内蔵を、脊髄を、脳みそをずるずると引きずり出されるような異様な激痛と混じり気の無い純粋無垢な恐怖の感情が意識系列をびっしりと埋めつくしていく―――。
「なんだ、こいつ急に!」
「―――離れろ!」
絶叫しながら飛びのいたガスパールは、間際に誰かの手を掴んだ。
閃光が膨れ上がった。鼓膜を暴力的に殴りつける甲高い音は、アナハイム・エレクトロクス社が採用している60mm頭部機関砲の発砲音だった。一瞬の間隙も無く、丸々太った蠅がぶんぶん飛んでいるかのような音と共に射出された金属質の鋭い猛禽の如き眼差しを想起させる志向は、羊のように無防備なメカマンたちの群れに襲い掛かった。
60mm機関砲の弾丸は、人間に直撃すれば一たまりも無いなどという、陳腐な言葉を語ることがなんて無責任なんだと思うほどの威力がある。事態を把握しきれない人間に降りかかった砲弾はそのまま5、6人いた人間たちの頭蓋を砕き、脳髄を破裂させ、四肢を四散させ、細切れになった肉をさらに細かく裁断していった。
わずか数秒―――いや、もっと短かったかもしれない。とにかく、それだけの時間で、ガスパールの視線の先に、単なる肉の塊が―――元々何人いたのか判別不可能なほどに混ざり合ったミンチ肉が重なり合っていた。
ガスパールは、なんとか、握りしめた誰かの方に目をやって、咽喉が痙攣した。
宇宙服に包まれた手。その先に肩があって、胸部があって、頭が、半分、だけ―――。
それだけ。ガスパールが握りしめた手の先で、無重力に揺蕩う辛うじて人間だったと理解できる肉の塊があるばかりだった。かつて人間の思惟を司っていた高尚な器官、頭部は半分だけ保存されていて、白いくりっとした目が視神経に繋がれてふわふわと―――。
目を閉じかけた瞬間、そのかつて目だったものがぎょろとガスパールに眼差しを与える。意思のない視線がじっとりとガスパールの中へと流れ込んでいく―――。
(こちらブリッジ、格納庫で何があった!)
不意に耳朶を叩いた声に我に返ったガスパールは、手に繋がった遺構から手を離した。
(こちら格納庫、『白雪姫』が意識を取り戻した! メカニックの何人かが―――うわ!?)
《ゼータプラス》が身動ぎする。機体を両側から固定する支持アームを無理やり引きはがし、檻のように前にかかっていたキャットウォークを右のアッパーで破壊した漆黒の《ゼータプラス》が歩みを進める。
(聞いていた話と違うではないか! 例のシステムを使えば『白雪姫』は目覚めないと……)
「おい、《デルタカイ》出すぞ! あれを止められるのはこいつしかいない!」
無線越しに聞こえる艦長の声を聞き流し、首のアタッチメントにぶら下がっていたヘルメットを被ったガスパールは近くのメカニックに怒声を浴びせた。
《ゼータプラス》が壁際に懸架されたビームライフルを手に取る。そうしてグリップを掴み、トリガーに指を重ねると、《ゼータプラス》は躊躇など欠片も無く格納庫のハッチ目掛けて銃口を指向した。
視界が白く染まる。数千度を優に超える白閃光は、コロンブス級の内壁を灼熱へと変化させる。高出力で長時間照射されたメガ粒子はまず小さな孔を抉り、そして一瞬で周囲を溶解させてMS1機が通れるほどの黒々した孔を開けた。
真空へと開いた孔から逃げるように空気が漏れていく。慌ててコクピットの中に身を滑らせたガスパールは、暗い空間の中で自分の左手の掌に目を落とした。
誰だっただろう。自分の記憶にすら碌に影を残していない誰かの容貌を想起し、そしてキャットウォークに広がった赤い残骸、誰がどれなのかすら不明になった1つの塊。
全身の血管がうねる。脳髄のどこか、きっと情動を司るどこかの部位が声を張り上げる。
何に怒りを感じているのか。
ようやく明かりの開いた全天周囲モニターの向こうでスラスターを焚く黒い《ゼータプラス》にか?
それともこの一連の出来事を画策した人間か?
それとも自分にか?
ふと浮かんだ思惟のままに操縦桿を握り、素早く、なお正確に機体を起動させていく。
黒い《ゼータプラス》が闇へと飛翔する―――。
悪態をつきながらガスパールは、未だ《デルタカイ》の正面のキャットウォーク上に人がいることなど気にも留めずに《デルタカイ》の右腕を振り下ろした。まるでプラスチックのスプーンをへし折るかのように通路を破壊し、上に乗っていた誰かの悲鳴が耳朶を打つのに不快を感じながら、《デルタカイ》をMS1機が通れるほどの穴へと相対させた。
あれを喪ってなるものか。あんな玩具のために、あんなもののために、一体どれだけの有望な仲間たちが逝ったことか―――。
(同志、格納庫内でスラスターは……!)
「クソッタレが、ここまで来て逃すものか!」
スロットルを開放し、フットペダルを踏み込む。閃光を爆発させた《デルタカイ》が翼を広げ、真空の常闇へと羽撃たいた。
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