機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-
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67話
槍はもはや時代遅れである。
当たり前の話であるが、MSの近接戦闘用の装備はビームサーベルが主流であり、あとは頭部の迎撃用CIWSなども含まれよう。
何故、MSの装備が剣となったのか―――理由は明白だ。単純に、使いやすいのである。ただ手に剣をもって、それを上下左右、時々刺突などをするだけで良く、ほとんど学ぶことは無いとすら言える。もちろん機体の挙動の一部に思考制御を導入している以上、自分のイメージが機体の挙動に在る程度反映される。都合、個人の身体能力にそれなりに左右されるし、それ故に単純化して剣はただ振るだけの武装とは言い切れない。とはいえそれは一定以上の水準を超えた話であり、個人技能がそれほど求められない現代戦争ではさして重要な話題ではない。論点は、その水準そのものなのである。
簡単に習得できて、皆が皆一定程度の戦闘能力を発揮すれば良い。そう言う意味で、ただ振るだけでも一定以上の性能を発揮する剣が再び戦場に登場したのである。
一方、淘汰されたのが槍である。システムとして巨大な槍は何をもってまず扱いづらく、まともに動かせるようになるのでもそれなりの習熟度が必要になる。加えてその巨大なシステムはMSそのものの重量増加に繋がる上、ビームサーベルに比べて必要な資源も多い。さらにサーベルとは異なった機体の消耗の仕方により、整備兵にとっても厄介な存在となったのである。かつての戦争における槍の利点であるリーチは、その優位性を火器に強奪されて久しい。
扱いづらさ、運用面での困難、使用する利点の不在。様々な要因から、槍と言う兵器は歴史の表舞台からほとんど消え去ったのである―――。
―――木霊する剣戟。
金属同士が連続して激突し、その度に甲高い音が室内に響いていく。
一際大きな鈍い音と共に片方の影が敵の斬撃の反動も推力にして飛びのく。
もう片方、両手に得物を構えた男は追撃するのをひとまず止め、肺に溜まった澱のように熱い空気を吐き出した。
かれこれ数十分。早朝のひやりとした感覚は既に自分の身体の中の熱のせいでほとんどわからなかった。
両腕が痛い―――180cm近くあるクレイよりも巨大な、200cmほどもある長い棒状の武器―――模擬槍2本をそれぞれの手でフックでも作るようにして、脱力しながら保持していた。一本数十kgあるそれは、そもそも両手で1本を扱うものである。
それを、片手で振るう。振るうだけでなく、まるで意思を持った生命体の如く自在に振るうなど、並みの人間が出来ることではない。
「毎度思うがよくやるよ」
数mほど先で呆れたような声を出すオーウェン。右手に握られた刃渡り100cm未満の小型の片手剣は、身長200cmを超える巨漢が持っているせいか玩具のようだった。
クレイに対して、オーウェンは汗一つ掻いていない。扱う武器の差と言えばそうであろう、だがそれは一要因でしかない。
「来ないのか? それでは槍兵の名が泣くぞ」
小ぶりなサーベルを肩に乗せ、オーウェンが挑発気味に目を細める。それがなんだか酷く芝居臭いのは、何かの台詞の真似でもしているからだろう。クレイはそれがなんだかわかる気がしたが、結局なんだかわからなかった。
言葉は要らず、クレイは足場を蹴り上げた。元々生身における戦闘訓練のために作られたホールはクレイの身体を軽々と跳ね挙げ、数m先のオーウェンの元へ一息のもとに肉迫する。
槍の形状から、主要な攻撃手段は刺突―――と思われるが、その実槍の主な挙動は薙ぎ払いにある。強靭な肉体から放たれる鋼鉄の殴打は、人間の肋骨を容易に破壊して余りある威力を持つ。
片手で振るっているとは思えないほどの速度で振りぬかれた一撃を、オーウェンは両手で構えた剣で受け止める。遠心力も加えた一撃を、鼓膜を突き刺すような激しい金属音と共に顔色1つ変えずに破壊的な一撃を平然と受け止める様には戦慄を覚える。
だがそれで終い。槍のデメリットは、まさに一撃ごとの挙動の大きさ故に次の攻撃に移るまでにどうしても間隙が生ずることにある。槍を双頭に構える利点は、まさにそこ。一撃打ち込んだ隙に間髪入れずに一撃を叩き込み、その隙にもう一撃の準備を済ませるのだ。
クレイはその僅かな間隙すらも赦さず、左腕に握った長槍の刺突をその巨漢の右胸目掛けて叩き込む。
槍の突きはほぼ挙動がないうえに、その『点』の攻撃は打ち込まれた後に躱すことなどほぼ不可能といっていい。
空気を切り裂き、今やオーウェンと討ち果たさんと突撃する模擬槍の切っ先は―――。
されどその直後に虚空を穿った。
直撃の寸前、剣から右手を離したオーウェンはほんの僅かだけ―――それこそその槍がボディアーマーに掠るほどの身動ぎだけでそれを躱すや、即座に模擬槍を小脇に抱えるようにして挟み込み、その棒にぐるりと右手を絡ませた。
それこそ1秒ほどすらない一瞬の出来事に瞠目する。だがその驚愕もまた秒ほどの長時間も持続せず、クレイは既に引き戻した槍の一撃を叩き込まんとし―――。
「げ!?」
流石に、それには驚愕どころではなかった。
槍を梃代わりにし、右手だけでオーウェンはクレイの身体を宙に浮かせた。右腕こそぷるぷると震えていたが、相変わらずその鋭い目つきと厳つい表情をぴくりとも動かさしていない。
手を離さなければ、と思ったときには遅かった。大股で大地に踏ん張ったまま、オーウェンはぐるりと身体を回しながらクレイの身体を宙に放り出した。
それこそ数mは飛ばされたであろう、着地時になんとか受け身を取りながらも、殺しきれない衝撃が強かに身体を打ち付ける。
肺を握りつぶされ、一気に空気を抜かれた様な痛撃に思わず咳き込む。鈍い痛みに足を取られながらもなんとか立ち上がったところで終わりだった。
「武器を捨てて投降しろ。命は奪わない」
背後から首筋に模擬刀を当てたオーウェンの声が耳朶を打つ。防護用ヘルメット越しに、自分の首筋に確かに刃が当たっているのを視認した。
そのオーウェンの声が酷く事務的なのがなんとなくおかしくて、クレイは両手に握っていた槍を手放した。
「負けました。投降しますよ」
からん、という槍の軽い音がホールに響いた
ホールの端にどっかりと座り、ヘルメットを脱ぐ。顔中を覆っていた熱気が一気に外気へ逃げていき、ひんやりとした空気が肌を突いた。
「お前らってMSのパイロットなんだよな? よくやるよ」
暇だから、という理由でクレイとオーウェンの模擬戦闘を眺めていたヴィセンテが一言。クレイからヘルメットを受け取り、代わりに良く冷えたドリンクのパックを放り投げる。感謝と共にそれを受け取り、そのパッケージを眺めてみる。
これまた奇怪な文字とモンスターが饗宴―――狂宴を繰り広げ、新商品の文字がどこか場違いな風にでかでかと書かれていた。
酷く早いペースで新商品を開発しているが、こういう飲み物を開発しているどこかの部署だか民間の企業だかは暇なのだろうか? いやまぁ、『これ』を開発するのだって厳しい審査なりなんなりを潜り抜けているエリートなのだろうが……。
「まぁ、MS動かすのもレバーとスロットルとペダルだけで出来れば必要ないんでしょうけど」ストローをパックの銀紙の部分目掛けて突き刺し、ストローに口を付ける。頬を萎ませて中身を吸いだせば―――おや、旨い。
「思考制御ったって何割かだろ? こんな朝っぱらから汗だくになってやるほどかよ?」
「必要ないと言えば必要ないんですけどね。実際、装甲剣術なんて士官学校の時にやったきりで後は全然やらない人だって多いそうですし、実際の機体の挙動に反映される割合だってそう多くは無いですから」
「なるほどね」ヴィセンテが壁に寄りかかる。「「そう多くない」部分をきっちりやりたいと」
ええ、とクレイは肯く。
ニュータイプ用でも間接的な思考制御は導入されているが、思考制御が担う割合は左程大きくはない。やはり機体の挙動を占めるのはIMPACシステムなどの、機体側の自動の機体挙動なのだ。
それでも、多少なりとも向上し得る余地があるならそこに全力をかける。たとえそれが数パーセントほどだとしても、だ。それが、教導隊という地位にある人間の責務でもあるし、その地位に自分を近づけなければならない。
「なんかお前、変わったな」
ヴィセンテが剣戟を眺めながらそう言ったのは、パックの中身を丁度空にした時だった。
「そうですか?」
とんとその実感は無かった。
「おう。なんつーのかな、肩の力が抜けたっつーのかな。お前、良い顔してるぜ」
親しみ深げな、ニカっとした笑みを見せるヴィセンテ。そう言われてもやはり実感はなかった―――が。
そう言われて、クレイは少しだけ素直にその賛辞の言葉を受け入れられた。自分で気づかぬ間にどこかに違いが生じたのだろう。人間なんて得てしてそんなものだ、自分だけでは自分の適応には気が付けない。
自分の手のひらに目を落とす。
白いグローブに包まれた自分の手。
前を見る。広々としたホールには、時間のこともあってほとんど人が居ない。そんな中、カーボンブレード同士がぶつかり合う剣戟の音が連続してホールを裂く。
オーウェンともう一人、他部隊の男の模擬刀がぶつかり合う。
その巌のような見た目に反して―――否、むしろその頑強な肉体通り、と言うべきか、嵐の如く苛烈な斬撃を見舞うオーウェンは、やはり表情筋の動かし方を忘れてしまったかのように表情を動かさない。
かといって、それは手を抜いているわけではないのだ、と知ったのは数か月ほど昔のことである。彼は、ただひたすら黙然と己の為すことを為しているだけなのだ―――まるで機械のように。
「そういえば、なんですけど」
「なんだ?」
「コロニー守備隊の教導任務って来月の中ごろでしたよね?」
はて、とヴィセンテが思案気に天井を見上げる。クレイは、開いた手を握りこんでいた。
整備兵はその仕事柄上、物資の供給などに常に目を光らせている。都合、実機を稼働させるスケジュールなどは数か月先まで頭に叩き込んであるのだ。
十秒ほども考えた後、ヴィセンテは確かそうだったな、と腕組みして壁に寄りかかりながら応えた。
「でもなんだ? お前のことだからそんくらい記憶にありそうなもんだけど」
「一応って奴ですよ。俺最近物忘れが多くて」
「ふーん。確かそれで合ってたような……いや、ちょい待ち。そういや茨の園に物資搬入する都合でスケジュールが延期になったんだった」
言いながら、ヴィセンテは少しだけ眉を顰めた。それが気になってヴィセンテの顔を眺めると、黒髪の男は肩を竦めてみせた。
「茨の園に物資搬入するっていうから最近物資の搬入のスケジュールが変わったらしくてさ、延期するんだってよ」
それは、知らない情報だった。
握った手の力が抜ける。そうですか、と応える声も表情もさして気にしている風でもなしに、左手に握った紙パックをぐしゃりと握って潰した。
まだ彼女に会っていない。セキュリティクリアランスの関係で、流石にコロニー守備隊の情報の閲覧は行えなかったのだ。もちろんコロニー守備隊の駐屯地―――ニューエドワーズに加えて、荒廃した小型のコロニーをそのまま廃都市戦闘用の演習場とするために再利用する形で復興されたプレサイド8、2バンチコロニー『ニューメリーランド』やらに存在している駐屯地にいきなり赴くわけにも行かず、クレイにはどうしようも無かったのである。
「最近機体の整備にも民間の人間をどんどん入れてるけど大丈夫なんかねぇ―――まぁ、サイド4の再建計画が本格的に動き出すのも10年後だからなぁ。お偉いさんの中にはそっちを優先したいって人もいるみてーだし」
叫び声のような金属音がホールに木霊する。模擬刀が宙を舞い、巨岩のような男が恐ろしい速さで上段から剣戟を叩き込んだ。
クレイはヴィセンテの声をどこか遠くに聞きながら、そのカーボン合金の刃が寸前のところで止まる光景を眺めていた。
※
温いシャワーを浴び、汗を流したクレイは何個か存在する食堂のうちいつも訪れる食道に来ていた。
配膳口から室内に視線を流す。流石に起床時間から少し時間を過ぎたくらいなだけはあるな、と思うほどにはテーブルは埋まっていた。
パンケーキを台座にし、山のように聳えるクリームを乗せた白いプレートを嗄れ声の女性から受け取りトレイに乗せ、クレイは溜息交じりに佇立した。
数百人規模で収容できるにも関わらず、だいたいの席に人が座っている。
流石に相席しないのは無理そうだ―――あまり喜ばしくない事態に少しだけ嫌そうな顔をしていると、ふと遠くでひらひらと手が上がった。
それが自分を呼んでいるらしい、と気づけたのは、その手を上げた人物が立ち上がり、クレイを真っ直ぐ目にしたからだった。
馴染の顔、というわけではない。だが、その年の割に未だに若々しさを感じるその男の顔には覚えがあった。
ガスパール・コクトー中佐。その名前を心の内で反芻したクレイは、ガスパールの席の前へと向かった。途中人とぶつかって嫌そうな顔をされたりしつつ、クレイはなんとかガスパールの前の席に座った。
白いテーブルにトレイを置く。かちゃん、とプレートが鳴った。
ガスパールの手許には資料の山やらが出来ており、食事をしながら紙の山と格闘していたのだろう。
「久しぶりだな。ハイデガー少尉」
まるで旧知の仲、と言った風に柔らかな微笑を浮かべる。中佐という階級にやや身体を強張らせていたが、「作戦前、でしたか?」と応えるクレイの声も、角の取れたものとなった。
「余所者だからかな、周りに人が来ないのは」
「仕事をしていらっしゃるから遠慮するのでしょう?」
「だといいがね」
自嘲気味に肩を竦めて見せる。
案外人懐っこそうというか、無邪気そうな素振りをする人なんだな、と思う。
「まぁ、あと数日したら元の場所へ帰るからな。それまでお客さんで居ることにするよ」
何かのスープを音も立てずにスプーンで掬い、トマトのスープを飲み込む。あちこちでプレートとフォーク、スプーン同士が擦れる鈍く甲高い金属音が鳴る中、優雅さ、気品高さを感じさせる色黒の男の存在は、なんだかずれている―――奇妙、だった。
感じた違和感を打ち消すように、クレイはスプーンをクリームの中に埋没させる。中から掻きだすようにして白い塊を掬い上げると、クレイも変に緊張しながら口に入れた。そのせいか、なんだか味がわからない。
「君はそういうものが好きなのか?」
圧倒されたように目を見開いたガスパールがその白い山を眺める。
「好き、というわけではないのですが―――気分、でしょうか。それにあまり甘くありませんし」
「―――これが甘くないのか。若さだねぇ、俺は胃がもたれそうだ」
胃のあたりを撫で乍ら、大仰に顔を顰めて見せる。やはりこういうフランクさが隊長としての1つの在り方なのだろう。
自分の隊長を思い浮かべる。彼女は、ガスパールとは正反対のイメージだ。
「―――一皮剥けた、か?」
パンケーキにクリームをこんもりと乗せ、無理に口に押し込んでいる時に、ガスパールがそんなことを言った。
その声は―――その声は、何故だろう、何故だろう、穏やかで大人の寛恕を感じさせる声なのに―――。
「以前に見た時とはどこか違う。実戦を経験したから、だろうな」
うんうん、と肯くガスパールの声は、やはり心底嬉しそうといった風だ。別に縁もゆかりも無いような間柄なのに気に掛けてもらえているという事実を素直に受け取れている。もちろん、やはりまだ抵抗はあるが。
「そういうものでしょうか」
「あぁ。今まで色々な人間を見てきたが、実戦を経験して生きて帰ってきたとしても軍人を続けられなかった人間は少なくなかった。PTSD―――心がやられてしまうんだ」
ガスパールが苦々しい表情を作る。
悔いや怒り―――隊長、という立場を経験しているが故の苦悩なのだろう。なの、だろう―――。
でもやっぱりどうして、眼前の男の苛立ちがどこを向いているのかわからないのだろう? クレイは、自分の裡に不意に訪れるこの奇妙な感情―――予感に、気味の悪いものを感じた。
「その点、君は強かったのだろうな。こうして、良い顔をしている―――それが何よりのエビデンスだ」
クレイをリニアニティに見つめるガスパールの視線に思わずたじろぐ。
「私は強くはありませんよ。実戦中は薬物投与でなんとか自分を維持できただけです。戦闘後なんて病院送りでしたから―――」
ガスパールはどうやら自分を買ってくれているらしい―――それは、嬉しいことだが、やはり慣れていないせいかどうにも居心地が悪かった。
口の中にクリーム塊を運びながら、クレイは逃れるように視線を彷徨わせて、壁にかかっている薄っぺらなテレビに目を留めた。
ニュース番組らしい。宇宙歴0093年に終結した第二次ネオ・ジオン抗争の特集番組のようだった。仰々しい軍服を着た男―――シャア・アズナブルが行った演説の映像が流れ、若手の芸能人がなにやら神妙な顔つきで知性の足らなそうなコメントをしているところだった。
昨年―――正確にはまだ一年すら経っていない出来事だというのに、クレイはその出来事が酷く他人事のような感覚しかなかった。むしろ、たった数か月前の出来事だというのにもう何百年も前の客観的な歴史的事実を眺めているかのようですらあった。
「もう一年前のことか」
資料から目を離し、ガスパールもその映像を眺めていた。
「えぇ、ですからシャア・アズナブルは現実を見据えていないんですよ。所詮は良い道化ですよ、あんなものは―――」
いかにも知識人といった出で立ちの太った男が嫌悪感を露わにしてコメントしていた。そこからほかの知識人やコメンテーターがコメントして、そうしてニュース映像にはまた大画面で当時の映像が流され始める―――。
「現実、か」
資料をテーブルに置いたガスパールが物憂げに言う。パンを千切ってバターを塗り、そうして口に運んでは、表情をぴくりとも変えずにもう一千切り口に運んでいく。
その顔色は窺い知れない。無表情というにはその視線は苛烈で、でも激情的かというとその姿はあまりに動かなかった。
まるで、そこだけ世界から括弧にでも入れられているかのようだ。周囲の喧騒の存在はこの男を観測する際の障害でしかなく、周囲の頭の悪そうな喚き声に何故か酷く苛立った。
「君はどう思う?」
「何がですか?」
「さっきのコメンテーターのセリフ」
ガスパールはテレビに視線を固定したまま言った。クレイも、視線はモニターの映像に固定させた。
穏やかな声色だ。だが、苛立っている、と思った。何にかはわからないが―――。
「何が彼をそうさせたか、の方が気にはなりますが」
「ほう?」
「元々エゥーゴを任されるほどの大人物でしょう、彼は。そんな人物を駆り立てたのは一体なんだったのでしょう。たとえ既存の法体系では許されないとしても、それでも尚行為しなければならなかったのはなんなのか―――とは、思います。大義があったのか私怨があったのかはわかりませんが、ですからそこに触れないさっきのコメンテーターの言葉は何の重さもない。そもそも現実とは何なのかとかも―――」
ハッとして、クレイは口を閉じた。つい、声に力が籠ってしまった。
クレイの目には、呆気にとられたような顔をしたガスパールの姿があった。
「すいません、つい―――」
「何を気にする? 別に私は上官として聞いているわけではないぞ? クレイという個人に、ガスパールという個人が聞いているのだ」
ガスパールが微笑を浮かべる。はぁ、と身体を委縮させたクレイは、生クリームにスプーンを差し入れた。
「行為を考える際に、そこに込められた祈りを観ることなくして語ることだけはしたくないと思うというだけの話です」
なるほどな、と肯いて、ガスパールは再びモニターの映像に視線をやった。
元ティターンズの一員だった、という。
何か関係が、あるのだろうか。この男の問いと、その男の出自と、そして、この男が纏う倦怠への憎悪、頽落への糾弾を惹起せる立ち振る舞いが―――。
それ以上何を語るべきかもわからず、語ることも出来ず、クレイも視線をモニターに移した。
シルバーのスプーンとプレートがぶつかる、鈍く甲高い音が頭蓋の奥で飛び散る。
クレイの青い瞳の見やりが捉えたのは、丁度出演者たちがにこやかな笑みを交わしているところだった。
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