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機動戦士ガンダムMSV-エクリチュールの囁き-

作者:桃豚(21)
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9話

 カタカタとコンソールを叩く音が響く―――。
 UC.0090年代にあって、軍用MSのコクピットはほぼ全てが全天周囲モニターに換装されている。
 ちょっとした大きさのドームの中に、パイロットが乗り込むシートがわびしく敷設されている様は、MSという高度な技術でもって完成しうる戦闘兵器のコクピットにしては、旧世紀の古臭いロボットアニメのコクピットのごときインチキ感のある物だった。
 かちゃん、という小気味良い音が一際大きく鳴る。
「一先ず終わりっと……」
 MS―――《ガンダムMk-V》のコクピットに籠っていた紗夜が大きく伸びをし、欠伸をする。彼女の今日の仕事は、一先ず終わりだった。
 自分の仕事の出来栄えを確認するように、今一度眼前のモニターへと目を落としては手早くコクピット内の計器や自前のコンピューターのキーボードを叩く色黒の少女を、クレイはキャットウォークから眺めていた。
「こうして実物を見るとすげーなぁ」
 気の抜けた温い息を吐いたヴィルケイが見上げる。つられてクレイも己が愛機を見上げた。
 漆黒に身を包んだ新鋭のMSも、今は猛禽の如き鋭い眼光を暗くしていた。
 黒地に、所々稲妻のように白のラインを引くといカラーリングは、戦闘用の兵器であって、どこか2000年代初頭の先鋭化した精神的美術を想起させる美しさがある。
 対して―――。
 否が応でも、黒々とした長砲身のライフルがクレイの視界に入ってくる。
 ライフル、というよりかは無反動砲。ジゼルが言ったそんな言葉も、実物を見ると尚更実感のあるところだった。
 肩部に増設されたアタッチメントを介して、《ガンダムMk-V》に接続された新型ビームライフル『N-B.R.D』。無機的なその黒々しさは、《ガンダムMk-V》を構成する漆のごとき黒とは異なるように感じられた。
「しっかし、今では一般化したビームライフルもまだまだ発展の余地あり、なんだな」
「一応理論上では高圧縮・高速にすることで大型MAクラスのIフィールドを貫通できるらしいですね」
「マジかよ!」
「まぁ、今のコレじゃあ、そこまでの速度にはできないそうですけど」
 なぁんだ、と失望感を滲ませるヴィルケイ。キャットウォークの柵に寄りかかると、反動でさらさらの金髪が振り子のように揺れる。
 クレイも柵に寄りかかり、ズボンのポケットに手を突っ込む。
 目的のブツはすぐに手に当たった。ごく自然な動作でポケットから、物を取り出した。
 緑色のパッケージのジュース。例の、ゲル状のグリーン・ティーだ。背面に取り付けられたストローを袋から取り出すと、挿入口の銀円へと突き刺す。
 小気味良い音が鳴った。
 するするとストローを突き刺すと、クレイはストローの口を咥えた。
「うげぇ。お前それ飲むのかよ……」
 ヴィルケイが顔を引きつらせる。
「ホント不味いですよね、これ」
「はぁ? じゃあなんでそんなの飲んでるんだ?」
「なんででしょうね……」
 疑い深い顔を向けられる―――確かに、クレイが何を言っているのかヴィルケイが理解はできなかったであろう。クレイにしても、自分の行動はいつもよく咀嚼しきれていない。
 意地汚く、品性を欠いた惨めな意識。
 変な奴、というヴィルケイの嘯きを聞きながら、ぐいと力を込め、内容物を押し出す。ストローを登った緑色の魔物が口内に流れ込んだ。
 相も変わらず、スッキリした緑茶の味を台無しにする甘ったるい塊が舌に絡まる。どこが美味しいのか、クレイにはちっとも理解できない。
「俺の知り合いにもいるよ。そのグリーンティー好きなやつ」
「そーなんですか?」
「知り合いっつーか、同僚。フランドール中尉はそれ好きなんだよ」
 へぇ―――。
 エレア・フランドール。どこかの吸血鬼の妹のような名前の上司に、クレイは未だ出会っていない。それ故に、その人物がどんな人物かは霞の中だ。
 以前、攸人と語った際に出た強化人間か―――という話も、未だ不明。プライベートを聴くのも憚られる。
 クレイの勝手なイメージでは、フェニクスのようなどこか超然としたオトナの女性、といったところだった。
 ストローを離し、パッケージに目を落とす。
 どうやら、どこか人外のように想像していた上司はこんな物が好きらしい―――面白い話だ。案外、世俗的な人なのかもしれない。
 いや―――元々、そんな超然としただけの人間なぞいないのだろう。仮にニュータイプという力を得ていても、それは人間の枠に留まる存在。会ってみれば、そこらへんに歩いている人と変わらないようなもの、というのは当然のことだ。
 アムロなんてパンツに下着姿でネットのスレに噛り付いてるような奴だったんだぜ―――昔ちょっとした縁で話をしたジャーナリストが言っていたことだ。
 脳裡を掠める彼女の姿。
 どこかおっとりした、あの小さな少女。
 あんな子だったりして―――。
 ―――まさか。
 ストローを口に含み、今一度反吐の出るような甘美な時間を楽しむ。
「そういや先生はロリコンなんだよね?」
 耳朶を打つ女性の声―――クレイは盛大に緑色の固形物を噴き出すと、酷いくらいに噎せた。
 咽喉が痛むくらい咳き込み、目じりに液体が溜まる。
「うーん、口から緑色の何かを吐き出してる人間の絵面って中々……」
 先ほどの発言の張本人―――紗夜が《ガンダムMk-V》のコクピットカバーからひょっこり顔を出していた。
「なに? お前ロリコンのお兄さんなわけ?」
「いや、まぁ……」
 肺を手で扱かれるような狼狽。あるいは、困惑。
 ロリコン―――ロリータ・コンプレックス。いわゆる少女趣味。少女愛者。
 文化的に「異常」な性的倒錯と思われているスティグマを押し付けられるのは構わないが、それで人間性までも「異常」と思われるのは癪な話なのだ。
 うぅだのなんだのと応えにあぐねいている―――それ自体が最早肯定なのだが―――と、じゃあよ、とクレイを見とめた。
「プライマリースクールの嬢ちゃん見て欲情するわけ?」
 馬鹿にしているというより興味津々な顔だった。
「いや、流石にその年代には…欲情するまではハイスクールくらいまで行かないと中々」
 顎に手を当て、唸る。
「そうなると、あれはお前的にどうよ」
 ヴィルケイが顎をしゃくる。対象は、コクピットから顔だけ出してる紗夜―――どんな答えなのか、と紗夜は楽しみなような恐れているような複雑な顔をしている。
 どう応えるべきなのだろう。というかこれ、セクハラじゃないのか。
 降って湧いた難題に内心頭を抱えた。色々な側面を考慮して無難に応えるべきか、あるいは―――。
 咳払いを一つ。
 改まって腕組みすると、努めて冷静な顔をしてみせる。
「あくまで外見に終始した話、ですけど。紗夜さんはパッと見ジュニアハイからハイスクールくらいで小柄な子って感じだと思うんですよ。個人的にそれぐらいが最高だなって思ったりして……」
 クレイは、何故か生真面目に応えるという選択をした。と、いうのも敢えてクソ真面目に本音を言ってみて、フレンドリーな感じになったりしてという奇妙な期待を抱いてしまうという愚考の故であった。
 言い終えて、慌ててなまっちろいストローを口に含んだ。妙な心臓の鼓動―――緊張を感じ、ワザとらしく強く吸い込み、音を立てた。
 幾ばくかの沈黙―――クレイは心臓をこねくり回されるような、異様な緊張感を気分の沈降を―――。
「じゃあ今日の朝のオカズは私だったりして?」
 明らかに、ワザとらしい艶っぽい声色、ワザとらしい誘うような顔―――クレイは再び、盛大に緑茶を噴出した。
「お、なんの話だよ?」
「ジゼルが言ってたんだよねー、今日の朝せんせーの部屋に行ったらアレのにおいがしたって。結構真面目そうなのにやっぱ男の子なんだねーって話、してたんだよ」
 コロコロと破顔する。
「へぇ。んで、先生よ、そこんとこどうなのよ」
 ぐいとヴィルケイの顔が近寄る。からかいの対象を見つけた、あのどこか寒気のする笑み―――それでいて、憎めない笑み。
 クレイは内心に微かな穏やかさを覚えながらも、狼狽は極致に達していた。
 顔をひきつらせつつ、「きょ、今日は違いますよ」となんとか声を出す。
「今日「は」ってことは……?」
「今後とも、です!」
 顔まで赤くなりながら、声を張り上げた。
「うーん、そこまで否定されるとちょっと自信なくすけど」
 俯く彼女。本気でへこんでいるのか、ワザとなのか。どちらにせよクレイは不味いことをしたかな、と委縮するのを感じる。
「まぁ、どうでも、いいけど。それじゃあちょっと説明するから中に入ってよ」
 なんの含みもないころころとした笑みを浮かべ、紗夜がコクピットの中へ入っていく。特に、気にしてはいないらしい―――少しばかりの安堵感とやるせなさが肺を満たしていくのを感じながら、コクピットへ向かった。
「おい、先生これからお楽しみなわけ?」
 場末った笑みを浮かべるヴィルケイ。「うるさいですよ」とつっけんどんに返しながらも、クレイの声にはふにゃけた棘しかない。
 手をひらひらと振り、キャットウォークの向こうへ歩いていくヴィルケイを見送りながら、開放されたコクピットハッチに足を掛ける。手でハッチの上部を掴み、勢いをつけて登る。
「早く、早く」
 コクピットシートに座り、手をこまねく紗夜の顔は、先ほどと同じで無邪気そのものだ。
 そこに淫猥な物は何もない。何もない。
 何も、ない。
 クレイ・ハイデガーにそんなイロっぽさも、淫の気配も、淀んだ匂いも。
 そういう頓着は、記憶になかった。だから、クレイは、乾いた咽喉を潤すために唾液を飲み込んだ。
 手招きにつられ、クレイは全天周囲モニターのコクピットへと身を入れた。球体の床を恐る恐る歩き、コクピットシートをよじ登る。
「はい、じゃー座って座って」
 いつの間にやら、コクピットシートから降りていた紗夜が、シートの後ろ―――複座の後部座席に座っていた。
 正確には、複座のシートに積まれた計器の上に座っていた。
 ちょっとの驚き。昨日まで、《ガンダムMk-V》のコクピットは単座だった。
「色々計器載せるために複座にしたんだと」
 考えを読んだように―――実際は、表情で読んだのだろう。軽く、こつんと自分の椅子になっている計器を叩くと、ニカっと笑みを浮かべた。
「結構大がかりな設備なんですねぇ」
「まぁ、サナリィもそれだけ気合入れてるってこと……かな」
 紗夜が、少しだけ眉を顰めた。
 この紗夜、という少女に出会ってから、1週間ほど。それでも、彼女の性格は大よそつかめてきた感があっただけに、この時紗夜の声色がいつもの調子でなかったのが異様な違和感となった。
 なんだろう。
 なんだろう―――?
「何か、あるんですか?」
「んあ? いやぁ、私も軍の人間だからね」
 笑みを浮かべる彼女。でも、いつものような笑みではない。
 なるほど、と思った。
「モニカちゃんはちょっと急用らしいから、FCSの調整とか色々調整は私がやってるだけなんだよ」
 このコロニーで推し進められている一連の計画は、地球連邦とサナリィの合同―――ということになっているのだが、無防備に技術を提供してくれるわけではないらしい。無論、上の方では色々な情報の提供が成されているが、現場レベルでは完全に開放的というわけではない。理由は様々あるが、何分事態は単なる二元的な話ではないのが面倒なことになっているのだ。
 地球連邦。
 サナリィ。
 そして、アナハイム・エレクトロニクス。
 この三者の奇妙な逢魔の場が、このニューエドワーズなのであった。
「ま、それはそれだね。それじゃあシートに座って」
「了解」
 促され、いつも座っているシートに座った。
 いつもと変わらない―――。
 違和感。
 形容はしがたい。
 目がかすむような、視界がクリアになるような。
 手先の感覚が鈍るような、敏感になるような。
 いつも着ているノーマルスーツではなく、SDUでシートに座るから感触が違うのだろうか。何度か座りなおす。
 一息つく。
 改めて、コクピットのレイアウトを見回すと、まず気づくのは右手の光景だ。
 視界を遮るように設置された大型のモニター。
「それがN-B.R.D用の計器ね。といっても出力調整とかができる奴だけど」
「スティックだけで出来るようには出来ないんですか?」
「ちょっとねぇ。元々規格外の装備な上に、今日届く新型のシールド? も含めたらFCSの調整がきつくなっちゃって」
 ごめんね、と頭を下げる。すまなそうな顔―――いやいや、とクレイは首を横に振った。
「紗夜さんだってできることはやってるんですから。俺にはそれを責める言葉の持ち合わせはありませんよ」
「そー言ってくれると助かるよ」
 照れたような笑み。
 バツの悪そうな笑み。
 ――――笑み。
 目にかかった髪を払いのけ、軽く、操縦桿を握る。それじゃあ次は、と元気そうな声を出す紗夜の声をどこかで聞きながら、クレイは視線を上げた。
 室内のみ照らされた全天周囲モニターには何も映っていない。宇宙のようにただ黒々した液晶があるだけだが―――。
 違和感。
 違和感……。
 違和感―――。
「聞いてる?」
「え? あぁ聞いていますよ」
 ほんとーに? と疑るような顔の紗夜に苦笑いを返しながら、クレイは妙な心臓の拍動を感じていた。
 熱心に説明する紗夜―――上の空の自分。
 薄い唇。
 日焼けか、それとも地の肌なのか―――淫猥な志向を惹起させる浅黒い艶やかな肌。
 ―――クレイは、全身が強ばり、脂汗が噴き出た。 
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