蒼き夢の果てに
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第6章 流されて異界
第124話 北へ
前書き
第124話を更新します。
何処がどうと言う訳でもない景色。比較的平坦な土地に、これと言った特徴のない建物。そして、この時期に相応しい白に覆われた田畑が続いて居た。
有り触れた人々の生活の場。俺の暮らして居た街や、西宮のようなごくありふれた日本の地方都市。
心地良い眠りを誘うような揺れと、切れては走る窓から見える風景。
「ねぇ――」
普段のふてぶてしいまでの不遜な態度が鳴りを潜め、何か探るような雰囲気で声を掛けてくる少女。黙って立って居れば容姿端麗。まるで彼女自身がある種の光輝を放つかのような雰囲気を纏う。
何と言うか、御伽話に出て来るお姫様と言うのは、彼女のような存在なのでしょう。
紫と蒼の間から流れては消えて行く風景をただ見つめていた俺。その視線を、珍しく俺の正面の座席に陣取った少女へと移す。
「未だ、怒っているの?」
あの日。有希の記憶の中にだけ存在する未来の記憶の中では、彼女がすべての非日常を排除する為に事件を起こした十二月十八日の昼休み。
「もし宜しければ、私の父方の実家に皆さんをご招待させて貰いますが――」
尚、この申し出が弓月さんから為された段階で、ハルヒの答えは既に決まって居た……と思う。
「何々? 桜、これからクリスマスに出掛けられる温泉旅館に当てがあるの?」
当然のようにあっさりと食い付くハルヒ。俺と話して居る時とは違い、瞳は爛々と輝き、弓月さんがこれから何を交換条件として出して来たとしてもいとも簡単に受けて仕舞いそうな雰囲気。
尚、この段階で既に、俺自身はこの申し出の裏に何かの事件が潜んで居るような気がしていた……のですが。
理由は色々とあり過ぎて――
「ええ、今年は事情が有ってお客さんを泊めていないのですが――」
食事は普段の御持て成しは出来ないでしょうけど、それ以外。温泉施設は利用可能だと言う話です。
俺の不吉な予想――予感は無視……と言うか、気付いてはいない様子で話を進める弓月さん。元々、他人の発する雰囲気に敏感に反応をする彼女からして見ると、これは非常に珍しい対応。
朝比奈さんと弓月さん。何と言うか、どちらもイジメの対象に成り易いタイプの人間なのですが、弓月さんの場合は他者の顔色を窺うような雰囲気がある種の人間からは不快に思われるタイプ。そして、朝比奈さんの方は余りにも鈍感過ぎて、踏んではいけない虎の尾を踏んで仕舞うタイプと言う風に分けられますか。
まぁ、何にしても、この普段の彼女の対応と少し違う態度からも、俺の嫌な予感が強く成って行ったのは間違いない。
そう、何と言うか、彼女自身に少しの焦りのような物を感じると言うか……。
「まて、ハルヒ。温泉旅行なら俺が用意してやる」
だから、今回の話は聞かなかった事にして流せ。
最早、食べきる事を諦めた弁当の蓋を閉じ、朝比奈さんの淹れてくれたお茶で口の中を綺麗にしてから行う、話の流れをせき止めるかのような俺の台詞。
上手い話には裏がある。更に、今日は有希が言う何らかの事件が発生する可能性がある日。
まして、次に動き始める可能性のある弓月さんからの申し出。ここまで状況証拠が揃っていて、反対しない、と言う選択肢は存在しない。
それが例え無駄だ、と言う確信がある行為だったとしても。
その瞬間、菓子パンを食べ終わって居たさつきの形の良い眉が何かを感じたように動き、
朝倉さんが俺と、ハルヒ、そして、弓月さんの三人を順番に見つめて行く。
「ハルヒが行きたいのはこのメンバーでワイワイと騒ぎながら出掛けられる旅行なんやろう。それなら、無理にこの弓月さんの話に乗らなければならない理由はない」
そもそも、年末年始にお客のいない温泉旅館って、廃業した、と言う訳でないのなら、何かあまり宜しくない理由が有りそうで――
最初の理由だけで終わらせて置けば良い……それだけでも十分説得力があるのに、思わず余計な事まで口にして仕舞う俺。確かに一般人なら普通はこれで待ったを掛ける事が出来ただろう。
しかし、相手は――
「そう言えば妙な話よね」
「未だ、あたしが付いて来た事を怒っているのでしょう?」
再び現実の時間。十二月二十日の午後。目的地に向かう電車の中。
成るほど。朝の段階では、
「みんな、これから不思議に満ちた旅が始まるのよ!」
……などと言いながら拳を振り上げ、朝早くに偶然、西宮駅に居た人たちの注目を浴びて居た彼女が、その内に妙にテンションが下がって静かになって行った理由がようやく分かりましたよ。
しかし、柄にもなく、くだらない事に……。いや、本来の彼女はこう言う人物。物の道理を弁えた理性的な人間の可能性の方が高いか。
それならば――
「何を訳の分からん事を……」
口調は少し呆れた、と言う口調で答える俺。そして、
「確かに今回の弓月さんの依頼に危険な部分はあると思う。せやけど、危険があると分かった上で、それでもハルヒ自身が付いて来る事を決めたのなら、その意志は尊重するさ」
もっとも、オマエの事は俺が必ず守ってやる、……と言えたら良いんやけどな。
最後はかなり冗談めかした口調で閉める俺。但し、最後の言葉はホンネ。残念ながら、今の俺の実力では、必ず守ってやる、などと言う出来もしない約束など出来る訳がない。
尚、今回の弓月さんの招待に応じたのは俺と有希、それに万結の水晶宮関係者。それに術者としても一流の相馬さつき。当然のように招いた本人の弓月桜。
最後は一般人の涼宮ハルヒ、と言う一行。朝倉さんと朝比奈さんに関しては、この招待の裏に危険な事件を感じた俺が説得をして一時的に西宮へと居残りとして貰った。
但し、もしこの招待自体に危険な事件が存在して居ない、もしくはクリスマス以前に事件が解決した場合には、二十三日に俺たちと合流する、と言う約束にも成って居る。
未だ学校自体が完全に冬休みに入って居る訳でもないので、この辺りが妥当な落としどころでしょう。
既に皆で出掛ける温泉旅行と言う趣旨からは大きく外れている今回の北への旅。
そう、弓月さんが俺たちを温泉旅行に招待してくれる理由とは……。
「一時的に旅館を閉める理由は、若女将の私の従姉が病に倒れたから……なのですが……」
そして再び十八日の回想。
ハルヒのもっともな疑問に対し、僅かな逡巡。しかし、その後に普段通りの彼女。弓月桜らしい仕草で俺から僅かに視線を逸らしながら会話を始める彼女。
「女将さんが病気……。そんな所に大勢で押しかけて本当に良いの?」
相手によって傍若無人に振る舞う相手と、物の道理を弁えた常識人的な対応を使い分けるハルヒが、今回は常識人の対応でそう聞き返す。
俺が相手の時も、そう言う対応で居てくれたのなら、どれぐらい相手をし易いか考えて欲しい物だが……。
「いえ、その事に関しては問題ないのです。ただ……」
何か嫌な雰囲気を纏いながら言葉を続ける弓月さん。これ以上、彼女の話を聞いて仕舞うと、俺が何かの危険な事件に巻き込まれて仕舞う。そんな気がするのですが……。
「始まりは四年前の一九九八年――」
一九九八年十二月二十三日。あまり雪の多くない地域としては珍しく白に覆い尽くされた公園でその死体は発見された。
凄惨な現場。赤……と言うよりは黒に近い色彩で彩られた白い大地。
すわ、殺人事件の発生か、と思われたこの事件であったが、死因は死体の右手にしっかりと握り締められたナイフに因り頸動脈を切り裂いた事による失血死と判明。更に、死亡した青年……東京の大学に進学して居た蘇芳優と言う青年自身が、最近、自らの病に悩んでいた事が明らかとなり……。
単なる自殺として処理される結果と成った。
そして一年後の一九九九年。今度も十二月二十三日の朝……丁度、休日出社中の会社員たちの瞳を赤く焼いたのは……。
鐘、そしてサイレンを鳴らしながら南へとひた走る消防車の姿であった。
最初に自殺の有った公園の南に存在する一棟のアパートから上がる黒煙。
そして、
古いアパートを完全に包み込んだ炎が完全に消し去られたのは、通報から三時間経った後のお昼前であったらしい。かなり火の勢い自体が強く、火元と成ったアパートを含め周辺の商店などに延焼。ただ、幸いな事に死傷者は出火元とみられる部屋の住人。東雲紫と言う女性のみであったらしい。
其処から更に一年。二〇〇〇年十二月二十一日。今度は最初に自殺のあった公園から東に存在する道路で交通事故が発生する。
時刻は午後の二時前。交差点を突き進んで来た一台の乗用車が中央分離帯に突っ込み大破炎上。
ただ、道路自体はこの都市の主要幹線道路には違いなかったが、しかし、所詮はこの都市の主要幹線道路。ましてその当時、雪が降り出した直後と言う事で、他の自動車が徐行して居た為に他の自動車や通行人などを巻き込む事故に発展する事もなく、死傷者はその事故車のドライバー北野巌と言う人物のみであった。
尚、現場は見晴らしの良い交差点。ただ、比較的長い距離を単調に真っ直ぐ続く道路であった事と、現場にブレーキ痕がなかった事などから、ドライバー自身の居眠りなどにより発生した事故として処理されたらしい。
もっとも、当時の天候から考えると、はっきりとしたブレーキ痕が残らない可能性も高いとは思いますが……。
そして其処から更に一年。二〇〇一年十二月二十一日。最初の自殺が行われた公園から見ると北に存在するマンションからの転落事故が起きる。
時刻は夜の八時ごろ。死亡したのは白金岬と言う女性。
ただ、この事件に関しては転落事故なのか、それとも自殺なのか、その辺りに関してはっきりとした事は分からなかったらしい。
少なくとも遺書はなし。実生活に置いて悩みなど……例えば、蘇芳優と言う青年のように、自らの未来に対しての不安などを感じていた様子はなかったらしい。
弓月さんの説明。そして、その後に自らが少し調べた結果を頭の中のみで反芻する俺。彼女から伝えられた情報は、俺や有希たちが調べて得られた情報と大差ない物。まして、その情報の中に、危険な事件の兆候を臭わせる物は少ない。
但し、まったくない、……と言う訳でもない。
「なぁ、ハルヒ」
自分の感じているこのモヤモヤ。その正体を確認する為にも、自分と違う立場の人間の意見を聞くのは良い。まして、彼女は有希や万結とも違う、まったく違う立場の人間。
立場は完全な一般人。多少、エキセントリックな人物を装うと言う悪癖が有りますが、こちらが真面目に問い掛ければ、真面に受け答えを返してくれるはず。
「オマエさんはどう思う、この事件?」
すべてが関係していると思うか? それとも――
俺の顔を少し探るように見つめるハルヒ。当然、俺自身は真剣な表情。確かに、普段はかなりふざけた態度で相対する事も有りますが、それが全てと言う訳でもない。
「これは間違いなく邪神召喚の儀式よ! ……とでも言えば満足してくれるの?」
最初の台詞は、普段……いや、違うな。意識してハイテンション不思議大好き少女を演じて居る時のハルヒ。そして、後半の台詞は素の――教師やその他、礼儀正しく相手をしなければならない相手と相対する時の彼女のソレ。
但し、俺を相手にそんなよそ行きの態度で相対す必要などないので、おそらく、これが本来の彼女。
「そもそも数万人規模で暮らして居る街で自分の首を切るような猟奇的な自殺なら未だしも、火事や交通事故なら月に数度は。それに、マンションからの転落事故でも年に数度は起きて居るはずよ」
まして、死んだ人たちの名前から同じ一族に属する人間でもなさそうだし、性別もバラバラ。死亡した日や方法、時間にも一貫性がない所から、この事件がひとつの意志の元に起こされた事件だと考えるのには無理があるわ。
非常に理路整然とした考えを口にしたハルヒ。但し、無理があるからと言って彼女自身がその……非日常に染まった事件である可能性を完全に否定している訳ではない事が、今の彼女が発して居る雰囲気から読み取る事が出来る。
成るほどね。
「流石に頭が良いだけの事はある」
小さく首肯きながら、そう呟く俺。これは常識人の判断と言うヤツ。
但し……。
「今回の事件に関して言うのなら完全に関連性がない、とは言い切れないトコロに問題がある」
先ず犠牲者の名前。これは明らかに五行に関係している。更に死亡した場所。これも同じく五行に対応している。
更に言うと、中央 → 南 → 東 → 北 この順番は明らかに縁を逆に辿って居る。縁を逆に辿る、と言うパターンを取る術式は……ハルヒが最初に口にした邪神召喚の儀式の中でも冥府に堕ちた存在を呼び戻す時に使われる事が多い。
そして、もうひとつの共通点は……。
「その一貫性のない日付と言う部分にも、実は共通点を見付け出す事が出来るんや」
一九九八年と一九九九年の十二月二十三日。
二〇〇〇年と二〇〇一年の十二月二十一日。この日の共通点とは……。
「それは冬至。一年の内で一番昼間が短い日」
これは、一年の中で一番陽気が弱い日と言う事。
つまり……。
「陰気に塗れた……冥府から呼び出す類の邪神を召喚するのには、この日は一番適した日と言う事になる」
本来なら大半のこの手の話は一笑に付す事が出来るのだが、今回の場合は簡単に与太話だな、と言い切る事が出来ない理由がこの辺り。
普通に考えると、こんな薄い繋がり。更に、一年置きに五人の生け贄を捧げて召喚するような気の長い術式などに外部の人間が気付くのは難しいから、邪神召喚に成功する可能性が高い……と思う。
つまり、何処かの誰かが邪神を召喚しようとしている可能性もゼロではない、と言う事。
「それにもうひとつ、どうしても解せないトコロがある」
胸の前で腕を組み、考える人の基本姿勢でそう呟く俺。但し、これは最早独り言のレベル。別にハルヒに話し掛けて居る訳ではない。
「そんな薄い繋がりの事件を、一体、何処の誰が繋げて考えたんや?」
そもそも、ハルヒが言うように火事や交通事故での死者などそんなに珍しい物ではない。特に十二月は火事の件数も増えるし、更に言うと二〇〇〇年の交通事故は起きても不思議ではない状況下……天候だったと言える。
確か火災による死亡者は人口十万人に一人か二人。交通事故の死亡者なら十万人で四,五人と言うトコロだったと思う。
元々、どう考えても繋がりの薄い自殺や事故。それも一年置きに死者の出る事態を何処の何方が繋ぎ合わせて、次に被害者となる可能性のある人物が、公園の西に住む高坂さん……弓月さんの従姉に当たる家から出る可能性がある、と思わせたのか。
これが事件。殺人事件の類で、それぞれに犯行予告なり、事件現場に同じメッセージが残されて居た、と言うのなら話は分かるのだが……。
「これは一種の呪いなんや」
本来、偶然の積み重ねを如何にも何らかの人為的な……魔術的な作用に因る不幸だと思い込ませる事によって、其処に陰の気の停滞を招かせ、更なる不幸を呼び込ませる。ごく初歩的な呪いの方法。
今回の場合は、既に弓月さんの従姉に当たる女性が原因の良く分からない病気で臥せって居ると言う事なので、もし犯人が居るのなら、ソイツの目的はある程度達成されていると思う。
「何よ、それ。地味な事件じゃない」
平安貴族じゃあるまいし、現代人がその程度の目的の為に、こんな手の込んだイタズラをすると本気で思っているの?
本当に呆れた者の口調での問い掛け。
ただ当然のように、先ほどまでの俺の言葉は、その辺りも加味しての判断。
何故ならば、この世界は這い寄る混沌が色々と画策している世界。何を考えて居るのか分からないヤツだけに、面白そうだと言う理由だけで、このような迂遠な方法で呪いを実行する術式を誰かに教える可能性はある。
但し……。
「故に、実際に危険な事件が起こりつつあるのか、それとも、単なる偶然が積み重なっているのか分からない状況と言う訳なんや」
まさかハルヒに対して、この事件の裏で這い寄る混沌が動いている……いや、おそらく動いて居た可能性がある、などと説明出来る訳はない。
彼女自身もその犠牲者で、更に、未だその影響から完全に脱し切っていない可能性が高いのですから。
「何よ、それ。結局、あんたは何も分かっていないと言う事じゃないの」
相変わらず、ここと言う時に使えないわね。
俺の方こそ相変わらずの物言いだな、と言いたい気分。彼女の中の武神忍と言う存在が、一体、どんな存在なのかきっちりと話し合いたい気分なのですが、それでも、そんなに気分の悪い……普段と様子が違う為に、何となく座りが悪い雰囲気からは終わり、今朝西宮の駅前に集合した時から続いて居た何か探るような瞳も消え、普段の才気と精気に満ちた瞳へと戻って居た。
まぁ良いわ。そう、まるで肩の力を抜くかのようにそう呟くハルヒ。いや、多分、俺が不機嫌だと思って居た可能性があるから、本当に肩に力が入って居た可能性は有りますか。
朝からの俺の表情から今回の弓月さんの招待に因り向かう先に待って居る事件が、最初に感じた彼女の予想以上に大きな事件の可能性がある、と考えたとしても不思議ではありませんでしたから。
但し、俺の勘では何らかの危険な事件が起きて居る可能性が高い、……と考えて居たのも間違いないのですが。
「ねぇ、あんたが以前に通って居た学校って、もしかして魔法を教える類の学校だったの?」
例えば、昔の陰陽寮みたいな――
未だ思考の迷宮から脱する事の出来ない俺。結局、この辺りに関しては現場に行ってみなければ答えを得る事は不可能か。そう考えを纏め終える。そんな俺に対して、今度は興味津々、と言う雰囲気で問い掛けて来るハルヒ。瞳は普段の彼女のソレに等しく光り輝く。……そう言えば、彼女、タバサ、それに有希にしてもそうなのですが、やや釣り目気味の瞳と言うのは俺の好みの瞳なのかも知れない。
もっとも、有希は俺以外の人間を見る時は路傍の石を見る時と変わらない瞳で見つめる事がほとんどだし、タバサも熱意のまったく籠って居ない、ただ開いているだけ、と言う瞳でしか他人を見つめる事がないので……彼女らの瞳が少し釣り目気味の理知的な瞳をしている事を知っている人間は、現実には少ないとは思いますが。
それに三人とも妙に強情なトコロがあるのも、瞳が示す通りなのかも知れないですし。
「いや、俺が通って居たのは普通の公立高校やで」
北高校と同じように総合選抜制度を採用した。
別に隠すべき内容でもないのであっさりと答える俺。
もっとも、その高校の教師が俺の仙術の師匠で有り、今の俺たちの担任教師甲斐綾乃さんの旦那さんで有り、
更に、ハルヒの言う陰陽寮の系譜を継ぐ、日本の術者養成用の学校を首席で卒業した術者でも有る……と言う部分までは流石に口に出来ませんが。
「まぁ、俺の様な外様は日本の術者養成用の学校からは嫌われるから、通ったとしてもあまり良い顔はされなかったと思うけどな」
そもそも、日本の術者の主流を占めているのは土御門や賀茂などの名前を継ぐ連中。もしくは、そいつらの傍系。今現在の俺や相馬家などはあまり良い評価は得られなかったでしょう。
もっとも、弓月さんに関しては、微妙な線だったかも知れませんが。
「術の上手い、下手以外に、家柄で順位が決められるって言うの?」
それって歪じゃないのよ。
何故か頬を膨らませて文句を言うハルヒ。こいつ、自分も其処に通う心算……な訳はないから、俺やさつきの代わりに怒ってくれている心算なのでしょうが……。
ただ……。
「いや、そもそも、何故、その連中の家が名家として代々やって行けているのか、……を考えると、一概に家柄で優劣を付けるのがナンセンスだと言い切れない部分もある」
そもそも、俺の使う仙術を使用するには仙骨と言う素質と、更に見鬼の才が必要とされる。その内、仙骨と言う部分は素質が低くても修行で何とか補える物なのだが、もうひとつの見鬼の才と言う部分は百パーセント才能。天分に左右される部分。
大体、百人に一人が持つ才能なのですが、その百人に一人の才能が必ず名家の跡取りに生まれる訳はない。
まして、その百人に一人の才能では、凡百の術師が出来上がるのが関の山。本当に必要な才能は、その百人の内の一人が集まった百人の中の更に一人、と言うぐらいの可能性しかない。
「術を受け継いできた名家と言うのは、少なくとも千人に一人ぐらいの才能の子供を幼少の頃から教育して、養成用の学校に入学する頃には基礎的な部分は全て終えている。そう言う連中なんや」
それだけの労力を何代にも渡って惜しみなくつぎ込んで来た連中と言うのが、今の日本の術師を牛耳っている連中。当然、その確率統計を無視した可能性の代償はヤツラが背負う業と言う形で現われているはず……ですが。
「故に、俺のような出自のはっきりしない外様は嫌われる……と言う事になる訳なんや」
一応、そう話を締め括る俺。
但し、これは表面上だけの事。少なくとも俺の本名の方の出自は分かっている。元々、神職を代々続けて来た家柄なのだから、一九九九年までの俺ならば、間違いなく現代に蘇えった陰陽寮の方に進学していたでしょう。その程度の才能は示していましたから。
但し、現在の俺の場合は別の理由で嫌われているから、日本の術師養成用の学校には通わなかった、のですが。
水晶宮と言う組織は日本の術者を中心とする組織などではなく、大陸に端を発する術者の組織ですから、排他的な日本古来の術者との相性は最悪でしたから……。
ふ~ん、と言う様子。但し、彼女が発して居る雰囲気は、先ほどのこれから向かう高坂市で起きて居る事件の話をして居る時よりは、余程関心を示しているのが分かる雰囲気で話を聞いているハルヒ。
そして、
「さつきは相馬なんだから、出自から言うと平家の出自になるのよね。桜は、弓月だから秦かと思って居たけど、この間の話だと賀茂か、もしくは安倍の可能性もあるとは思うけど……」
そう言って、一度言葉を切り、俺の顔を見つめるハルヒ。もっとも、この先の問いは分かる。
俺の出自は……。
「俺は藤原。割と有り触れた出自だ」
後書き
最後の方の出自に関する内容は……。多分、意味不明でしょう。
それに、弓月桜の出自が何故に安倍に成るのだ、と言う疑問も出て来ますし。
尚、最後の方にちょろっと出て来た目的地の高坂と言う都市は架空の都市です。場所的には東北地方の太平洋岸の都市的な感覚で捉えて置いて下さい。
……って、その辺りの地方で安倍だの藤原だの平氏だのと言うと、かなりヤバい内容に突っ込んで行く気配が大きいのですが。
まぁ、既にハルケで起きた最後の事件、ルルド村の吸血鬼事件の時と同じで冬至がどうのこうのと言う記述が出て来たり、邪神召喚がどうのこうのと言う内容が出て来たりしているので、アレなのですがね。
それでは次回タイトルは『名門の名門たる所以』です。
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