蒼き夢の果てに
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第6章 流されて異界
第123話 四ジゲンと五ジゲンの間にある物
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第123話を更新します。
次回更新は、
8月26日。『蒼き夢の果てに』第124話
タイトルは、『北へ』です。
ここ最近の見慣れた情景。普段通り、少し緊迫した空気が文芸部々室兼、ハルヒとその仲間たちの意味不明なサークル活動の拠点内を支配していた。
時刻はそろそろ午後の一時。俺の左右には何時も通りの蒼と紫。ふたりの妙に存在感の薄い少女たちが早々に食事を終え、和漢の書物にその視線を上下させている。
俺の正面には何故か炎を連想させる少女が、彼女のお気に入りなのか近所のコンビニから買い込んで来た大量の菓子パンを前に、妙にしかつめらしい表情を浮かべながら、ひとつひとつを吟味するかのように口に運んでいた。
もっとも、表情は非常に真面目腐った、……まるで、これから高尚な哲学の談義を始めそうな表情を浮かべて居る彼女が、実は非常に上機嫌である事は、彼女が発して居る雰囲気から明らか。
この三人の少女たちが、この部屋を支配している妙な緊迫感を発生させている原因ではないのは確実。
俺の右斜め前。ちょうど、有希の正面に座る蒼髪の委員長は……。
自らの手作りらしい弁当――少女らしい可愛らしいお弁当箱に詰められたハンバーグに箸を置いたまま――
俺と視線を合わせた瞬間、わざとらしくため息を吐いて見せた。
尚、彼女もこの部屋の支配者と言う雰囲気ではない。
「あの、武神さん、お茶を――」
向かって左斜め前に存在している黒髪の少女に視線を送ろうとした瞬間、無謀にも俺の左斜め後方から彼女独特の甘ったるい声で話し掛けて来ようとするメイド姿の少女。
但し、その職業的義務感にも似た勇気も、その一瞬後に発せられた殺気にも似た鋭い気配によって、彼女――朝比奈みくるの続く言葉は封殺されて仕舞った。
しかし、何故か朝比奈さんは俺の左側から声を掛けて来る事の方が多い。普段の態度などから考えると、どうも彼女は有希の事を苦手にしているようなのですが……。ただ、同じようなタイプの万結に関しては別に苦手にしているような雰囲気がない事は、俺と万結の間から平気で顔を出し、お茶などを差し出して来る事からも察せられる。
う~む、性格や雰囲気などを苦手にしている訳などではなく、何か有希本人に朝比奈さんが苦手とする要因があると言う事なのでしょうね。
「ねぇ」
突然、自ら専用の机……何処から持って来たのか甚だ疑問ながらも、この部室に設置されている教師専用の事務デスクから掛けられる声。
「あんた、何を食べているのよ」
自分は弁当をさっさと平らげ、非常に不機嫌そうな雰囲気を発散し続けて来た少女が、終に我慢し切れなくなったかのような声……。例えて言うのなら、空腹で今にも襲い掛かって来そうなライオンが出したのなら、このような声で話し掛けて来るのではないか、……と言う声で話し掛けて来たのだ。
成るほど、彼女の性格から考えると、かなり長い間我慢を続けたな。
「これは出汁巻き卵と言うやつやな」
お弁当のおかずとしては標準的な物で、世間一般の男性の好物でもある。まぁ、これを美味く作る事が出来る女の子の評価は高いな。
俺もさつきに倣った訳ではないが、妙にしかつめらしい表情で、その標準的な大きさに切り分けられた出汁巻き卵を、まるで吟味するかの如き雰囲気で口に運び……そして、小さく首肯いた。
「うむ、美味い」
もっとも、元々、ふたりとも与えられたレシピを機械の如き精確さで再現する能力には長けている。故に、不味い物を作る訳はない。これは単にワザとハルヒに聞かせる為に発した一言。
むしろ、挑発した、と言うべき行為でしょう。
「あたしは別におかずの説明を聞いた訳じゃないわよ!」
何であんたが当たり前の顔をして有希が作ったお弁当を食べているのか。その理由が聞きたいだけよ!
最初から分かり切って居た内容を詳しく……。しかし、けんか腰で問い掛けて来るハルヒ。俺としては、お前が何に対してそれだけけんか腰に成れるのか、その理由の方が問いたいのですけどね。
そもそも、ハルヒの中の俺の立ち位置は未だ友人レベルのはず。但し、ほぼ唯一とも言うべき異性の友人で、更に彼女が求めていた異世界。比喩的な意味で現実世界と反対の意味での非日常が支配する異世界を体現した存在であるが故に――
「お昼休みの間に弁当を喰うのは当たり前の事やと思うけどな。違うか、ハルヒ?」
朝比奈さんの淹れてくれたお茶を飲み、一度、口の中のリセットをした後、ハルヒの方も見ずに正論を口にする俺。
もっとも、これは少し論点をずらした正論。おそらく、彼女が問いたいのは――
「あたしが聞きたいのはそんな事じゃなくて、涼子がお弁当を作ってくれるって言う話は断る癖に、何で有希と万結が作って来るお弁当は簡単に食べられるのか、……って聞いているのよ!」
予想通りの答えをくれるハルヒ。これの答えも簡単。
有希や万結は仲間だが、朝倉さんは違うから――
身も蓋もない答え。但し、そんな事を口に出来る訳はない。ならば……。
「ハルヒ、今日の日付は分かっているのか?」
それまでワザとそっぽを向いて……と言うか、弁当を喰って居たのだから、当然のように弁当を置いた折り畳み式の長テーブルの方を向いて居た俺が、ここに来て初めてハルヒの方向に身体を向けた。
相変わらずはっきりとした目鼻立ち。長い艶やかな黒髪が蛍光灯の白すぎる光をきらりと反射する。そして、リボン付きのカチューシャは見た目よりも幼く彼女を見せる役を担って居るかのように思えた。
……何にしても黙って立って居たら美少女なのは間違いない。但し、俺以外の人間を相手にする時は無愛想そのものか、もしくは地底人からの毒電波を受けて、かなりイッチャッて居る内容――真面な会話の成立しない少女。
俺を相手にする時は、俺の微妙な立ち位置が気に入らないのか常に不機嫌、と言う、可愛げがあるのだか、ないのだか分からない対応しか出来ない少女。
俺が思うに、……なのですが、その部分。彼女の心の奥深くに存在する感情は嫉妬。彼女自身が気付いているのか、将又、気付いていないのか定かでは有りませんが、少しばかりの嫉妬が含まれているのは間違いないでしょう。
但しこれは、ハルヒ自身が俺に対して恋心に近い物を抱いて居る、と言う訳ではなく、まるで気のない相手であったとしても、その相手が明らかに順位を付けて同じ女性と接して居る事が分かって、その自分の順位が案外低いと言う事に対する嫉妬心と言う物を抱いて居る、と言う事だと思いますね。
ここから発展すれば、もしかすると恋に発展するかも知れませんが――
いや、彼女に取って、更に言うとこの世界にとっても仮初めの客に過ぎない俺には関係ない話ですか。
ほんの少しの寂しさを感じながらも、そう考える俺。その瞬間、背中に視線を感じたような気がしたけど、それは無視。
彼女との関係についても未知の部分が多すぎるから……。多分、彼女が言うように、俺と彼女の間に何らかの繋がりがあるのは確実なのでしょうが――
まして俺の方から言わせて貰うと、この場合の人間関係に順位を付けるのは当たり前。有希や万結は自らの背中を預ける相棒ですが、その他の人間。特にハルヒは一般人扱い。
ここに扱いの差が現われたとしても不思議ではない。
そもそも、俺が近付くと言う事は、俺の方の事情にその人間を巻き込んで仕舞う恐れがある。一般人……と言うには問題があるけど、それでも未だこちら側の世界を興味のみで覗き込んで居るだけならば、彼女を俺の世界に巻き込む訳には行きませんから。
「十二月十八日でしょ」
それがどうしたって言うのよ。
俺の意図が見えないハルヒが、それでも律儀に答えを返してくれる。
そう、今日は十二月十八日。有希が言う事件が起きるその日……のはず。
朝から悪かった天候は未だ改善されず、シベリアから呼ばれもしないのに張り出して来た寒気団がこの時期に相応しい気温で日本を覆い尽くしている一日。
ただ、どうも、有希が俺の知っている普段の長門有希と一ミリすら違う様子もなく、世界が昨日までと違う世界に相を移しているような気もしないので……。
俺と有希の警戒は正に杞憂に終わる可能性の方が高いでしょう。
自らの思考は少し別方向。しかし、あまり心ここに在らずの態度を表面に出して仕舞うと、その事を理由に更にハルヒが怒り出す可能性が高いので、表面上は彼女との会話に集中している振りを続ける俺。
そして、
「お前、ここまで言っても分からんのか?」
鈍いと言うか、何と言うか……。
少しは察しろ、と言わんばかりの様子でそう続ける俺。もっとも、これでは妙に芝居じみていて、初めからマトモに答える心算がゼロだと言う事が丸分かりかも知れない。
「来週の火曜日はクリスマスイブやろうが、ハルヒ」
朝倉さんが弁当を作って来て上げても良い、と言ったのは球技大会決勝戦の日。もし、その事を簡単に了承したとしよう。そうすると、当然、その実費に関して、俺は朝倉さんに毎日の昼食代として用意しているワンコインを払う事となる。
俺の説明。但し、その言葉に対して、「私は別にお金儲けをする為に、お弁当を作って来て上げる、と言った訳ではないのだけどね」……と蒼髪の少女が呟いたのは素直に無視した。
これにイチイチ反応していては、ハルヒやその他の人間を舌先三寸で丸め込めなくなる。
「しかし、今は時期がマズイ。クリスマス直前でそんな提供を受けて仕舞うと、返って高く付く可能性も低くはない」
確かに実費は毎日ワンコインで足りるだろう。しかし、其処に朝倉さんが早起きをしてお弁当を作ると言う手間に対する報いがない。これは、素直にありがとうの言葉だけでは足りないし、済ませる訳にも行かない。
割と誠実な人間の振りをした台詞。尚、「ふたり分のお弁当を作るのも、三人分のお弁当を作るのも手間の上で変わりはないし、別にプレゼントを期待して作ってあげると言った訳でもないのだけど」……と、苦笑混じりで呟いた独り言も素直に無視。
……と言うか、朝倉さん、ツッコミが的確過ぎ。
「それにな、ハルヒ」
取り敢えず朝倉さんのツッコミは無視。そんな細かい事は、彼女も気にしないでしょう。少なくとも、朝倉さんも、この微妙な部室内の雰囲気はどうにかしたいと考えていたはずですから。
そう考え、引き続き真面目腐った顔のまま、ハルヒに問い掛ける俺。
「そもそも、学食で昼飯を食えないような状況を作った責任の大半はオマエさんにあると思うんやけどな、俺は。違うかな?」
その問いを聞いた途端、それまで明らかに俺の事を睨んでいたハルヒが、少し視線を外した。これは明らかに彼女の中に何か後ろ暗いトコロが有る証。
……と言うか、本来は学食派のハルヒすらも、ここしばらくの間は弁当を作って来ていると言う事は、コイツも今の学食で昼飯を食いたくないと言う事のはず。
そう、俺たち一年六組は見事に球技大会の野球の部で優勝を果たした。其処までは良い。それぞれの競技にひとつずつ優勝チームが存在している学校行事なのですから、そのこと自体が別に珍しい訳では有りません。
しかし、この優勝に至る経緯がばらされる事によって、状況は少し違う方向へと進み始めた。
最初に起きたのは野球部々員が大量に……と言っても四人なのですが、その四人が一気に退部する事となった。
尚、この退部した四人と言うのは、当然、決勝戦で審判を務めて居た連中。当然、その退部の理由はあの決勝戦の不可解なジャッジに対する責任が追及された結果、と言う事なのですが……。
其処で流れ始めた実しやかなウワサ。ヤツラが準優勝した二年七組を優勝させる為に、云々と言うウワサが流れ始めた。
もっとも、現実に俺たち六組が相手をしたのは一年九組。ただ、この一年九組と言うクラスは本来、この学校には存在して居らず、今回、この世界に干渉する為にクトゥルフの邪神がでっち上げたクラスなので……。
これもおそらく、世界の修正作用と言う事なのでしょう。
そこで出来上がったのが、不正な行為に対して正面からぶつかって粉砕して仕舞った俺たち一年六組の英雄伝説。そもそも、絶対的権力を持って居た悪い連中が倒される物語と言う物は好まれる。ましてここは関西。そう言う判官びいきに通じる物語は大好物。
負け続けても人気がある関西の某球団の例からしてもそれは明らかでしょう。
但し、彼らが戦って居る相手が巨悪だとは思いませんし、更に言うと権力者でもないとは思いますけどね。
ただ、何にしても非常に分かり易い悪が倒されて、正義が残った。そして、その悪が倒されるシーンを記録した映像や画像が多く出回った。
これは、俺たちが審判の偏った判定に対して、試合後に異議を申し立てる為に記録して貰った物の一部。出所は、一年六組の女生徒たち。
まぁ、その映像や画像を俺も見せて貰いましたが……。
コイツ、何処の夢の国の王子様だよ、と言う映像でしたね。マウンドの上に立つ、背はそれなりにあるように見えるけど、男性としては華奢な印象の少年。蒼の髪の毛に良く似合う包帯が風に靡く。
少しピントがずれているかのようなソフトフォーカスの画像がその印象を更に助長する。
このソフトフォーカスの画像と成って居る理由は、おそらく歴史に介入したヤツラの所為。あまりにリアルな映像となると、決勝戦を戦ったのが実は二年七組などではなく、この北高校に存在していない生徒たちだった、と言う事がばれる為に、こんな映像となって仕舞ったのでしょう。
ただ、その所為で俺たち六組……いや、SOS団の関係者以外のふたりの男子生徒は単に足を引っ張る為に居たような物ですから、SOS団所属の生徒たちは一躍時の人となって仕舞ったと言う事。
特に、黒一点。これまでスポーツ関係のイベントで大暴れしていたハルヒ以下の女生徒たちに関してはある程度、受け取る方も慣れた物だったトコロに、新入りが一人入った事で……。
何にしても他人からの好奇の眼差しで見つめられる、と言う事に慣れるのは難しいと言う事ですか。裏の世界に身を置いて居た人間としては。
「まして、ハルヒの御蔭で試験の結果もすこぶる良かったからな」
更に、少しの嫌味を籠めた口調で続ける俺。
そう、あの球技大会が開かれた理由と言うのが、教師たちが直前に行われた二学期末の試験の採点及び、二学期の成績を付ける為に設けられた時間。そして、俺はハルヒの命令により、無理矢理に試験勉強をさせられた結果……。
俺がタバサにより召喚される前に通っていた高校と言うのは、この北高校に比べると偏差値にして五点ぐらい上の高校。更に、俺が暮らして居たのは二〇〇三年の世界。つまり、俺に取って二〇〇二年の二学期末の試験と言うのは一年前に一度受けた試験。
そして、俺の学校の成績と言うのが……某赤門で有名な大学にストレートで合格する生徒が数人いる高校で、得意教科ならばその数人に入る人間。ついでに言うと、不得意教科ならば、二桁の得点が有ればガッツポーズだった。
「小学校時代にモテる男と言うのはスポーツで目立つ男の子。中学生になると、其処に喧嘩が強い男と言う選択肢が加わる」
そして、高校生になると頭の良い人間がモテるようになる、……と言う言葉の意味がようやく理解出来たよ、本当にな。
かなりの嫌味。ただ、球技大会で活躍させられた理由だって、元はハルヒが余計な賭けを受けて、俺が賞品にされて仕舞った為。
そして、決勝の相手が人外の存在であったが故に、他のメンバーを隠れ蓑にして、俺自身があまり目立たないようにする、などと言う小細工が出来なかったのも悪い方向に作用して仕舞った。
「結果、運動系の部活からはひっきりなしに誘いの声が掛けられ、遠巻きにした女の子たちからは好奇の眼差しで見つめられる。あんなトコロで飯が食えるような図太い神経は、残念ながら俺は持ち合わせてはいないんだよ」
特に見栄も外聞もかなぐり捨てて動いた野球部からの勧誘には、流石に辟易とさせられましたから。
確かに一気に四人の部員が抜けた野球部です。その代わりの新たな部員の勧誘に動くのは分かりますし、それに、球技大会での俺の活躍は実際の映像と言う証拠が残っているので勧誘し易かったのは分かりますが……。それにしたって、俺たちに多大なる迷惑を掛けたのは、その辞めた野球部員たちじゃないですか。
それで仕方なく、静かに飯が食えるトコロを探すと、矢張り、ここ。文芸部の部室しかなく、そして、購買でパンを買うのも結局、不特定多数の人間の前に出て行く必要が出て来るので、それもダメ。
でかい男に、公衆の面前で土下座をされて気持ち良く感じるヤツは既に心が腐っているわ。
結局、巫蠱の術の修業の一環として有希と万結が交代で俺の弁当を作る事となった。
これが、学食派だった俺が、急に弁当持参になった理由。
尚、俺自身が作ると言う選択肢は初めから存在していない。
「これで、ゆ……長門さんや万結の弁当まで禁止されたら、俺は昼に何を食えと言うんですか」
結局、すべての元凶はハルヒ。妙に高いレベルの壁を設定――いや、球技大会の時の設定は高校生が越えられる壁とは考えられなかったけど、その壁を越えると悪目立ちになって仕舞う。
もっとも、どちらもハルヒの意志が働いているのは確かなのですが、それと同時に有希の意識も強く作用しているように感じるのですが……。
例えば、試験の時にはハルヒよりも先に完璧に試験の内容を予想した問題を用意したり、九組の三番を敬遠しようとしたのを拒否したり、最後の場面では、一瞬、俺の意図を見誤って、俺があっさりと敬遠される心算だと勘違いしたりもしましたから。
最後の場面。逆転打は自らが打つのではなく、俺に打って欲しいと考えて居た事が、あの一瞬の空白から感じ取る事が出来ました。
ぐうの音も出ないハルヒが視線を逸らした事により、今回は俺の勝ち。昼休みは十三時三十分まで。残り後、三十分で弁当を終わらせる必要ありか。
元々、そんなに慌てて飯を食う習慣がないのと、本当にある程度、彼女らの料理の腕前を判定する必要があるので……。妙に昼食に時間が掛かっている状態。
何にしても、話が終わったのだから飯の再開。半分ほど平らげた後に、妙に噛みついて来たハルヒの相手をした事によって、お預け状態と成っていた弁当の方に向き直る俺。
しかし……。
「つまり、武神くんに自作のお弁当を食べて貰いたければ、実費のみは受け取るけど、それ以外の要求をしなければ食べて貰える。そう言う事でしょう?」
それまで小さな声でツッコミを入れて居ただけの朝倉さんが、先ほどの俺のハルヒに対する説明の穴を付いて来た。
そう、あの内容なら、そう受け取っても間違いではない。あの会話の中には、俺と有希や万結の関係は一切、触れていないから。
まして有希の事を、未だ長門さんと妙に他人行儀な呼び方をしていますから。
「そもそも、御昼にお弁当を作って来て、と長門さんや神代さんに武神くんが頼んだと考えられない以上、最初はふたりの内のどちらか一人が作って来たと考える方が妥当でしょう?」
折角、ハルヒを丸め込めたと思ったのに、余計な言葉を続ける朝倉さん。
尚、彼女の推理は大筋を外していない。弁当を最初に作ったのは有希で、次の日に持って来たのは万結だった。
そして、おそらくこの程度の事は、ハルヒも気付いて居ると思う。但し、彼女は気付いてもそんな事は出来ない。
間違いなく、俺の方からハルヒに頼み込まない限り、自分から俺の分の弁当を作って押し付けて行く事など出来ない、と言う事。
「スタート地点から差が付いて居るのだから、少しは強引に成っても良いと思いますよ」
涼宮さんの場合は。小悪魔の笑みを浮かべてそう締め括る朝倉さん。しかし、今まで、朝倉さんは俺の味方……と言うか、有希の味方で、その付属物として俺を認識しているのだと思って来たのですが……。
これは――
「長門さんや万結に関しては、料理の腕を磨きたいから、と言う目的があるから俺の弁当を作って来てくれている、と言う事は理解出来ているのか?」
明らかにハルヒを煽っている。確かにハルヒ自体がへそ曲がり故に、この程度の煽りで動き出すとは思えないけど、もし、彼女がこの言葉を真に受けて行動に移した場合、俺は基本的に押しに弱いので――
しかし、当のハルヒはと言うと――
「あたしは別にそんな事がしたかった訳じゃ――」
今は俺の状況を見る余裕さえない雰囲気。この感じならば、明日、明後日の間にハルヒが弁当を作って来る、などと言う事はないでしょう。その二日を乗り切れば、二十一日は土曜日。その日から二十三日までは三連休となり、二十四日は終業式。
そうか、後少しでクリスマスか……。
ハルケギニアではそんな日の事など忘れていただけに、この世界の平和を改めて感じる俺。もっとも、この世界が取り立てて平和だ、などと言う訳ではなく、ハルケギニアの状況が不穏で有り、且つ、俺自身の置かれた立場と言うヤツが、のんべんだらりと怠惰に過ごす事が許されない立場にあった、と言うだけの事。
……事件が起きて居て、且つ、事件が起きて居る事に気付いた場合。更に、その事件を解決するだけの能力が有る場合に、その事件を放置して仕舞っては、俺の所属する洞統の戒律に違反する事と成ります。
為政者が解決……人間レベルで解決出来る問題。例えば、無知などから発生する貧困や飢餓。主義や主張の食い違いから発生する戦争などに、直接、大規模に関わる事は禁止されていますが、ハルケギニアで起きて居る事件の裏側には、何モノかの介入を窺わせる部分がありますから。
人の力だけではどうしようもない、危険なモノの存在が――
「所で、SOS団としてのクリスマスの予定はどうなっているの?」
私は従姉妹と二人暮らしで、従姉はクリスマスには用事が有るらしいから、割と暇なんですよね。
俺が少し意識を別の方向に泳がせていた瞬間、唐突に話題の転換を行う朝倉さん。
もっとも、完全に違う話題、と言う訳ではなく、一応、先ほどまでの話の流れをトレースしているのは間違いない。
彼女は、俺が有希の部屋で暮らして居る事に、薄々感付いているみたいですから。スタートラインで出遅れているのに、冬休み開始直後のクリスマスに何のイベントも用意しなければ、そのままお正月もスルーとなる可能性が高く成り……。
次に顔を合わせるのは正月が終わって、三学期の最初の日、などと言う事に成り兼ねませんから。
冬休み前半に予定……強制されている補習授業などブッチする気満々ですからね、俺は。何が楽しくて高校一年生の冬休みの補習を二年連続で受けなければならないのか。
「まぁ、今から予定を入れるのが可能なのは、この文芸部の部室でクリスマス・パーティを開く。カラオケにでも行って、其処でクリスマス・パーティを開く。何時も通り、長門さんの部屋でクリスマス・パーティを開いて、そのままの流れでお泊り会となる」
妥当なトコロではこの三つぐらいだろうな。
少し行儀が悪いけど、弁当を食いながらそう提案する俺。一番、可能性が高いのは三番目。この部室でパーティを開くのは料理の点で問題がある。カラオケの場合は時間的な問題。あまり遅くまで騒ぐと言う訳にも行かないので、朝倉さんの目的と言うヤツには合致しないと思う。
しかし……。
「それって、あまりにも在り来たりよね」
何か無難に纏めたって言うか、意外性に乏しいって言うか。
さっき、完全に沈黙させたはずのアイツが復活してきて、矢張り、俺の意見にイチャモンを付けて来る。
「まぁ、あんたの見た目や能力が普通じゃないのは認めるけど、そんなんじゃつまらないじゃない。折角のクリスマスなんだから、もっと、こう意外性に満ちた物でないと」
かなりのイベント好き……と言うか、中学時代はその言動の奇矯さから孤立していたらしいハルヒが、クリスマスなどと言うイベントを放って置く訳はない。……のでしょうが、それにしたって、その曖昧な表現で意外性に満ちた物、などと言われても……。
「例えば、どんなモンがお好みなんや、ハルヒは?」
わぁ~とやって、ドカンと成る、などと言う、最早日本語として成り立っていないモノは却下やからな。
実はみんなでワイワイと騒ぐのは嫌いではない俺。ただ、クリスマス・パーティとなるとプレゼントと言う問題があるので……。
正直に言うと、何を渡したら喜んでもらえるのか分からないので、実は回避したいのですが。
「そうね、例えば――」
誰かに聞かせる為ではなく、独り言を呟くような小さな声でそう言った後、何処か遠くに視線を送るハルヒ。もっとも、本当に何処か遠くを見つめている訳などではなく、何か考えて居るのでしょうが。
「例えば温泉旅行ね。ちょうど、商店街で歳末のガラポン抽選会の一等の賞品が温泉旅行だったから――」
そう言ってから、それまで何処か遠く。もしかすると、その抽選会の会場か、もしくは既に温泉旅館にまで飛ばしていた意識を俺の方に向ける。
そして、
「あんた、その福引を当てて来なさい」
これぐらいの意外性が有れば合格点かな。
後、欲を言えば、その旅館には曰くあり気な離れが有るとか、その陰鬱とした土地には昔からの言い伝えが有ってとか――
どんどんと妄想が膨らんで行く阿呆は放置に限る……のだが、しかし、
「おい、ハルヒ」
取り敢えず、密室殺人とか、猟奇殺人事件と見せかけた何らかの邪神を呼び出す為の生け贄の儀式とか、などと、とてもではないがクリスマス・パーティからかけ離れた妄想を口走り始めた阿呆を現実の世界に引き戻す俺。
コイツに取ってはどうでも良い事なのでしょうが、俺は未だ食事中。食欲を失くすような発言は慎んで貰いたいですね。
……本当に。
軽く、心の中でのみ悪態を吐く。そして、
「お前の中の俺がどんな人間か知らへんけど、福引で一等を狙って当てる事が出来るようなびっくり特技は、現実の俺は会得していないぞ」
……と続けた。
もっとも、福引で一等を当てるのは、実はそんなに難しい事ではない。やろうと思えば出来ない事ではないレベルの術式。
別にガラポン抽選機が術に対する強い耐性が存在する訳ではなく、更に、周囲に居るのは魔法に関係していない一般人だけの可能性が高い。このような場所ならば、割と初歩的な術で目当ての物を引き当てる事は出来るでしょう。
但し、これは反動が出る。おそらく、無理矢理に歪めた因果律が何処か別の段階で俺か、もしくは俺の周囲の人間に対して何かの不都合を生じさせるのは間違いない。
俺の場合は、自分自身が少々不幸に見舞われるぐらいならば何とも思わないのですが、周囲の人間に対して不幸を撒き散らせる訳には……。
何よ、使えないわね。……そう現実の言葉で一言文句を言った後、
「そんなのやって見なくちゃ分からないじゃない」
要は気合いが足りないのよ、気合いが。……などと、ダメなスポーツ指導者にありがちな精神論を口にするハルヒ。確かに、今回の場合は精神論が基本となる魔法の世界の技術でどうにかなる物なのですが……。
ただ……。
「お前、どうしても温泉旅行に行きたいのか?」
一応、それまでの飯を食いながら、などと言うテキトーな対応などではなく、真顔で確認を行う俺。
何故ならば、ハルヒの能力は王国能力。もし、彼女が本当に温泉旅行を願うのなら、それを無意識の内に叶えて仕舞う可能性がある。
但し、この世界には彼女が能力を行使する事を望まない組織がある。ここは多種多様な生命が存在している世界。そう言う世界でハルヒが唯一絶対の存在――神だと言う訳ではない。一人、そう言う特殊な能力を持つ人間が居るのなら、二人目、三人目が居ない訳はない。
そうでなければ世界は面白くない。
おそらく、今、表面上は無風状態のように見えるのは、俺や万結、それに日本の裏の世界ではそれなりに名の通った綾乃さんや和也さんがこの件に絡んでいるので、様子見に徹して居る組織が多いから。
もし、無意識の内に彼女が願望達成能力のような物を行使している、と傍から見て感じるような事態となれば、それでも尚、様子見で居てくれるかと言うと甚だ疑問である、と言わざるを得ない。
もし、本当にハルヒが温泉旅行を望むのなら、コイツが無意識の内に現実を歪めるその前に、水晶宮の方から温泉旅行を融通して貰った方が、何処にも迷惑を掛ける事もなく、更に、周囲からは不審に思われる事もなく事態を推移させる事が可能……なのですが。
一瞬、会話が途切れた。但し、それは重い物ではない。ましてや硬い物でもない。
最初は少し驚いたような瞳で俺を見つめた後、まるで俺の真意を測るかのような視線で見つめ返すハルヒ。
そして、
「別にどうしても、と言う訳じゃないけど……」
私は、みんなでクリスマスを楽しめたらそれだけで――
あたし、ではなく、私と、よそ行きの言葉……教師や目上の人間を相手にする時の口調に近い形でそう答えるハルヒ。
成るほど。別に温泉……に拘っているか、そうでないのかは分かりませんが、少なくとも事件が起きる事を期待している訳ではない、と言う事ですか。
球技大会の決勝戦が有った日の夜に言われた十二月十八日に始まった会話だけに、少し警戒して居ましたが、この感じならば、ここから不穏当な事件が始まる、などと言う事は無さそうです。
少しの安堵と共に、綾乃さんに、今から冬休み最初の日から出掛けられる温泉旅館の手配を頼むしかないか、そう考える俺。何、水晶宮の表の顔は世界的にも有名な総合商社。社員の福利厚生施設のひとつやふたつは持って居るはずなので、其処を使わせて貰えたら良いだけ。
そう言う施設なら、温泉は有るだろうし、カラオケの施設ぐらいは有るでしょう。
いざと成ったら、南洋の島にバカンスとしゃれ込む方法だってある。
もっともあの島は俺どころではない不思議の塊で、其処にハルヒを近付けさせるのは問題が有り過ぎるのですが……。
「あの……」
既に予算の計算にまで行いつつあった俺に、躊躇いがちに掛けられる小さな声。
そう言えば、彼女の存在を忘れていた。球技大会の時はあれほど目立って居た彼女……弓月桜だったのですが、それ以降は元の彼女に戻ったかのような音なしの構え。
何らかの動きを開始する、と考えていただけに少し肩すかしを食らったような感覚を最初に受け、次に学内の雰囲気が俺たちの一挙手一投足に注意を払うようになって仕舞い、弓月さんの次の一手に注意を怠って居た。
ただ、彼女は術者。球技大会の時に感じたソレだけは間違いない……と思う。
結局、神でも万能でもない、更に多少面倒臭がりの俺に出来る事など高が知れている。その事を改めて思い知らされる。
普段からかなり控えめな彼女。その彼女が雰囲気は普段のままに。ただ、少しの勇気と何かを持って続く言葉を発した。
ある種の期待と――
「もし宜しければ、私の親戚に当たる家に皆さんをご招待させて貰いますが――」
――諦めを内包して。
後書き
始まりました温泉編。
尚、この温泉編が異世界漂流譚の最後。これが終わればハルケギニアの聖戦です。
それでは次回タイトルは『北へ』です。
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