| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

珠瀬鎮守府

作者:高村
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

柏木提督ノ章
  戦闘指揮所

 
前書き
木曾の話ラストシーン近く、二三時からの提督目線での話です。予め言っておきますが、鎮守府内での出来事がメインなので、最上や吹雪達の戦闘シーンはありません。一応申し訳程度の艦娘が出ますが殆ど地上に残った提督や木曾の話最初のほうで出てきた警備の人等の話です。 

 
 無線の先で散る命に手が届くことはなく、最期に見た顔が泣き顔だった者もいた。数多の命がこの海で果て、そうして幾多もの深海棲鬼を生んだ。しかし、彼女達の奮戦は功を奏し、人類は今や優位の元に立つ。それには散った幾千万もの英雄がいたから。それに比べて私という存在はどれ程矮小か。この手に掴んだものは何だったか。学に励み勤勉たる青年期を過ごし、築いたものはなんだったのか。今となれば築いたものが本当にあったのかも怪しい。故に、英雄と同胞なんて烏滸がましい。私が出来るのはその英雄を殺すことと、それを忘れぬ事だけだ。
 だが、私は逃げない。矜持なぞ呼べる物ではない。其処にあるのは情けなさと現実主義だ。私が逃げたところで彼女達が救われる事はなく、誰かが代わってより良くなる保証もない。だから殺す。彼女達を死地へと向かわせる。帰りを祈る事はなく、涙を流した(ためし)はない。そうする資格すら私は持ち得ぬ。帰らぬ故は私にあり、その死の責任は私にある。
 私は、提督なのだから。

                 ◇

 二十三時を迎えた珠瀬鎮守府内では、様々な人間たちが忙しなく動いている。私は非戦闘員の撤退を支持しながら指揮所に座っていた。側では鳳翔が卓上に広げられた地図に敵艦隊を示す駒を動かしている。
「第五艦隊最上より交戦開始と連絡が入りました」
 無線手が連絡を私に投げかける。だが、私は既に最上に作戦を言い渡した後だ。私は黙したまま椅子の上に座り続けた。
 そのまま、これといった続報がないまま十数分が経った頃、無線手によってその言葉は放たれた。
「最終防衛線突破されました。湾内に向けて敵艦隊進撃中」
 視界を卓上に移す。敵艦隊は戦艦二空母二重巡一駆逐一。鎮守府内のほぼ全ての艦娘を投入しても撃滅は叶わず。
「抜けたのは」
 無線手に投げた質問の返答は、中々辛い現状を表していた。
「戦艦空母重巡各一。駆逐は撃滅、戦艦と空母の残りは鎮守府正面海域で交戦中」
 漏れそうになった溜息を噛み殺す。戦艦と空母の撃滅はこちらも重巡洋艦を出している為長くはかからないだろう。問題はその時の死傷率とかかる時間だ。奇跡的とも言うべきか、今現在戦線離脱の報は入りしも轟沈した艦娘の報せはない。だが、湾内に敵の侵入を許せば先にこちらの地上員が死にかねない。
「警備課の予備員に対深海棲鬼用の装備を持たせた上でここに来るよう伝えろ」
 頷き、指揮所を後にしようとする鳳翔に私は言葉を投げた。
「伝えた後、お前は非戦闘員と共に撤退しろ」
 私は鳳翔に心のなかですら謝らなかった。ただ同時に、確かに悪いことをしたという自覚はあった。
 鳳翔は無言だった。その異常な事態は、何かをこちらに伝えようと振り向いた無線手ですらその開きかけた口を一度絞らねばならない程だった。命令に忠実である鳳翔が、今、口を閉ざす故は明白である。戦場に立ち闘う。其れが艦娘。それが彼女達が今此処に居る所以。
 ならば戦場に立たぬ奴は何者か。
「伊隅鎮守府を介し伊勢より入電。索敵機が丙艦隊と交戦中の木曾を発見。尚、丙艦隊に姫を確認との事です」
 姫という言葉が聞こえると同時に、心臓が一度、痛い程に大きく高鳴った。
「第二艦隊の状況は」
「木曾は無線応答なしとの事です。それに……木曾以外の艦は発見できずと」
 目の前の鳳翔が息を呑む。第二艦隊には彼女の旧友である響も居た。それに、何やら鳳翔と響で随分と木曾に接触していたらしい。その二名を失う、否。その二人に限らずとも仲間が死ぬという事自体が耐え切れぬ重荷に違いない。
「第四艦隊はそのまま丙艦隊へ。撃滅叶わない場合は撤退を許可する。鳳翔!」
「了解しました」
 彼女はやっと返事をして指揮所を去った。私はまた卓上の敵の布陣を見る。数は入れども駆逐艦の損失なしには撃滅は時間がかかる。今全艦が敵へと吶喊し魚雷を撒けばそれは直ぐにでも叶うだろうが、それには幾程の被害が出るか。
 爆発音が近く聞こえた。敵艦の主砲に他ならぬ。無線手の僅かな指の動きの停止に私は気づいた。臆している。私は無線機へと繋がり集音器の前に陣取り、無選手に声をかける。
「無線が繋がる全艦に伝達しろ」
 もはや之迄。湾内への敵の侵入を許した。全て私の失策故だ。数があればと戦艦と空母を伊隅へと送り、敵の攻撃に対し艦娘の生存率優先の愚策を敢行する。悲劇であれば呆れを誘い、喜劇であれば顰蹙を買う出来だ。
「本指揮所はこの通信をもって破棄する。全艦の指揮は継続して最上に有ると共に、全指揮権も現在を以って最上へ譲渡する。尚、第四艦隊が合流した場合、そのどちらもを第四艦隊旗艦へと移す。
 諸君、湾内の非戦闘員の撤退は大方完了した。後方への被害を考えずに戦闘を継続し給え。以上だ」
 私は言い切ると無線手に撤退を言い渡し、腰を無線機の前の椅子へと下ろした。無線機は今、数多の艦娘からの無線で溢れていた。今や此処も戦闘区域だ。いつ敵の主砲が飛んでくるやもしれぬ。だが、それでも私は聞かねばならぬ事があった。そうしてそれを……。
「響か……戦闘は継続中。ごめん。防衛線は破られた。港に被害が出始めてる」
 最上のはっかりとした無線の言葉に、私は驚いた。響は、生きて戻ってきていたのか。
「提督に連絡は今着く?」
 響の無線は雑音混じりで聞き取り辛かった。まだ距離が遠いのか。
「重要事項?」
「とても」
「ちょっと待って。…………こちら最上。戦闘指揮所、未だ誰か居ますか?」
「こちら柏木。まだ撤退準備中だ。要件は何だ」
「て、提督!? 撤退」
「二度は言わんぞ」
 建前を越えようとした最上を牽制する。大丈夫、この程度で動揺するような艦娘では彼女はない。
「響から入電がありました。重要事項との事です」
「お前の無線を中継して繋げ」
「了解。……今繋ぎました」
「響か、どうした」
「丙艦隊に姫の存在を確認。木曾が単艦で残り私達は撤退しました。私を除いた四艦は暫くしたら私に追いつきます」
「な! 見捨てたの!?」
 最上の声は、響を攻める声音だった。だけれど私は響を賞賛したかった。彼女のお陰で、死んだと思っていた四艦は生きていた。
「大方、撤退時に一人だけ転進したんだろう」
「その通りです」
「響は四艦を守ったんだ。責めてやるな」
「響、ごめん」
 普段の最上なら、こんなに取り乱すことはなかった。度重なる戦闘の緊張感と疲労、そしてもう死にゆくだろう木曾の事で頭が一杯だっただけ。私は最上に何か言おうと口を開く、がその時丁度、響からその無線が入った。
「敵の潜水艦を---」
 後半は爆発音に掻き消され、私達の耳に入ることはなかった。
「響? 響、響!」
「最上、各艦へ潜水艦への警戒を促せ」
 無線越しの最上の言葉は頭に入らなかった。そうして私の頭のなかで幾度も蘇る彼女の記憶も追い出して、私は思案した。展開した艦隊に対潜装備を持たせたものはいない。潜水艦が居る限り、彼女達は水上艦を撃滅したとしても帰投は叶わない。だが、湾内に敵艦隊が侵入してきた今、展開する艦娘の換装も叶わない。
 どうしようもない。新たな脅威に、否、想定していなかった脅威に対しこちらは無力なのだ。今から伊隅への撤退戦を命令するべきか---。
 扉が開けられた。無線を聞いた皆が破棄されたと思っているはずのこの指揮所の扉を、開けた者が居た。それは鳳翔が呼びに行った警備課の者達であった。ただ、それだけで終わらずに一人の英雄を此処に連れてきていた。
「島風、発動機の補修終了しました。即時出撃できます」
「警備隊、参上しました」
 私は此処に来ての助っ人に命令を下す。
「島風、対潜装備に換装し命令を待て。警備隊はその護衛だ」
 命令に、数多の了解の声が返る。私は彼女達を見送って、一人元指揮所に残った。
 誰もいない指揮所で無線機の前に座る。流れる言葉に耳を傾けようとした矢先に、私の鼓膜は破けた。至近距離での爆発が起きたからだ。近くの壁を外側から粉砕したその爆発は無線機を破壊し側に居た私を吹き飛ばした。振れる視界とくぐもる聴覚。なんとか床に手を付き上半身を起こす。右耳の鼓膜は破け何も聞こえなかった。粉塵舞う室内で考える。これは敵戦艦の主砲に他ならない。敵はこの戦闘指揮所を狙える位置に既に居るのだ。もしかしたら、上陸しているのかもしれない。
 なんとか立ち上がり、灯りが落ち暗い部屋を壁伝いに移動して行く。途中、何かにぶつかったと思えば、壁にかけてあった九九式歩兵銃だった。私はそれを杖代わりとして持つと、床に落ちていた携帯無線機を拾い上げ指揮所を後にした。 
 

 
後書き
木曾編では被害が出たとしか表現されなかった鎮守府内での出来事です。提督目線で地上でのやりとりだけですので(木曾編のように他者目線はなく柏木提督のみです)艦これである必要性はあんまりありません。
尚二話だけの章です。次回で柏木提督編は終わりです。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧